いつも多くの感想と誤字報告ありがとうございます。
皆様、ここまでお付き合いしてくれてありがとうございます。彼らはついに中山競馬場に戻ってきました。
さぁ走りましょう、楽しみましょう、懐かしい夢をいっぱい見ましょう。2006年『第51回・有馬記念(ヤケクソ)』の開幕です。
というわけで皆様こちらのお土産をどうぞ。つ『中山競馬場の土』
気が付けば自分は走っていた。いつも走っていた、懐かしい競馬場の景色、何度も見た、何度も走った。
人間が中山競馬場と呼ぶ競馬場、芝コース最終コーナー、右回り2500メートル、昨年も走り、自分が勝利したレース。
そこを必死で走っていた、自分は必至で後を追っていた、疲れ切った体を、しびれてきた足を必死で動かして。
苦しい息を無理やりに吸って、傷んでひり付く肺を膨らませて、カラカラに乾いてつらい咽で空気を取り込んで吐き出す。
負けたくなかった、後ろにいる連中にも、周りを走るライバルにも、そして前にいるあいつにだって。
みんな同じだ、ホクリクダイオーも、ツバキプリンセスも、ノルンファングも、ハーツクライも、みんなもはや周りを見る余裕などなかった。
前に向かって加速することしかしていない、加速すること以外に思考を割く余裕がない。
コーナーの向こう側にわずかに見えた栗毛の後姿を目で追って、絶望感を感じていた。
勝利した昨年よりも遥かに追い詰められていた、自分はもはや心が折れかかっていたんだ。
(速く、もっと速く!)
気持ちが急く、気持ちが逸る、あぁそうだ、俺は焦っていたんだ、俺は怖かったんだ。
やっとここまで来たんだ、やっと巡り合ったんだ、こんなチャンスなんてもう二度と来ないんだってわかっていたから。
だからこんな風に終わりたくなかった、こんなはずじゃなかった、こんな結果なんて嫌だったんだ。
加速しているのに、自分でも最高速になっているというのに、それが全く足りないのがわかってしまう。
今までの努力も、今までの経験も、積み上げてきた功績も、すべて無駄だったように思えてしまうほどに。
(まだだ、まだ終わってない、まだ、まだ!!)
無駄だったのかもしれない、ただの寄り道だったのかもしれない、だって本当にそうしたいなら、そうすればよかったんだ。
彼はそうした、やりたいからそうしていた。行動して結果を出した、なら自分もそうすればよかったじゃないか。
加速が遅い、速度が遅い、遅い、何もかもが遅い、自分は遅い、こんな思考にさえ割いてしまうほどに遅い、なんてふがいない、なんて無様だ。
こんなはずじゃなかった、こんな姿を見せるはずじゃなかった、こんな風にあいつと戦うはずじゃなかった。
最終コーナーが終わる、その先に栗毛の後ろ姿が見えて、世界が止まった。自分はいつの間にか走るのをやめていた。
彼も走っていなかった、ずっと遠くに彼が見えた、いくら走っても追いつけない距離の先に彼はいた、その隣に自分は居なかった。
自分がいるべき場所にいなかった、あいつの隣にいられなかった、あいつのライバルで居られなかった…自分を形作っていた何かが張り裂けていくような気がした。
立ち止まってこちらを見る彼の残念そうな視線に、背筋が凍って、気が狂いそうで、毛布を蹴っ飛ばして飛び起きた。
荒い息で周囲を見渡す、見慣れた部屋の中だった。寝藁を覆うシーツは冷や汗で体の跡がついている。
電気は消えているが窓から入ってくる月の光が部屋を照らしていて、彼には部屋の様子が鮮明に見えた。
壁に掛けられた時計を見る、最近最新式のものに取り換えられた時計に記された時間は『20XX年7月21日02:21』と表示されていた。
まだ真夜中だが今は眠気がすっかり覚めてしまい寝直す気にはなれない。
(夢か…)
いつもの部屋だった、彼の住んでいた場所と同じようにしてもらった個室で、中には思い出がいくつも残っている。
屋外用冷蔵庫は常に水と果物やニンジンが常備され、小腹が空いたら食べられるようになっている。
昔なら考えられなかっただろう、気の向くままに食ったりしない自分だから認めてもらえた特別措置だ。
冷蔵庫の横には水道の洗面台と蛇口があり、地面の排水溝には冷蔵庫の排水パイプが伸びている。
部屋の隅にある机の上にはノートパソコンが置かれている、いささか古い型で傷だらけだが埃はかぶっていないし動くことは動く。
常に部屋の掃除はしているのだから当然だ、寝る前に紫のふさふさが付いた人間の便利な道具でなぞって掃除している。
中身のプログラムというものもアップデートをして、ウィルス対策も入れてもらった。
しかし以前に比べてこれを見る時間は少なくなった、これにメールをくれる彼はもういなくなってしまった。
結局、人間の言葉を簡単な記号とニュアンスでしか理解しきれなかった自分の頭では、彼のように言葉と文字を正確に理解するなんてできなかった。
そんな自分にノートパソコンなどという機械の操作方法なんてほぼほぼちんぷんかんぷんで、せいぜい電源を入れてマウスとやらを押して決まった操作をするくらいしかできなかった。
でもそれでよかったのだ、それだけできればメールも見れるし画像も見れる、動画も見れるのだから。
机の横には本棚が置かれ、大判の図鑑や頑丈なUSBメモリが安置されており、取り出すためのトングも置かれている。
(…衰えたな)
鏡に映る自分の姿は、もはやかつての若さを失い朽ち果てていく老人になり果てていた。
肌に瑞々しさはなく皴が残り、体毛はすでに薄くなり所々禿げて黒い肌が見えていて、顔つきはかつての精悍さを思い起こさせる程度のしわくちゃだ。
常に自主練を欠かさず、昔のようにとはいかずとも体作りを欠かしていなくても、衰えを止めることはできなかった。
今はまだ体は動く、重賞は厳しくても条件戦程度ならば勝てる自信はあるし指導する若者には負けてない。
人間を乗せない野良の競り合いでは現役の若者を何度だってやり込めて差を見せつけてやった。
食事だってまだまだ食える。長年の健康的な食生活と歯磨きを欠かさなかったからこそ、顎も歯も健康そのものだ。
同年代の引退馬が野菜ジュースを飲んでいる横で自分は歯ごたえ抜群のニンジンやリンゴを丸齧りして食べている。
歳を取り老体となったが体はいたって健康だ、見た目詐欺の元気爺さんとはまさに自分のことである。
だがそれはそうする以外に自分を納得させられないからだ。こうでもしないと、これくらいやっていないと耐えられないからだ。
自分は生きる、本当にどうしようもないといわれるまで生きて生きて生き続けて、次世代に競馬を教えて、時代を残して、それでやっと親友に胸を張れる。
気儘に、勝手に、自由に生きていたようで、酒蔵の輓馬としても仕事もやり切った彼は、酒の匠としても名を遺すほどだった。
なら自分は競走馬だから、競馬に生涯をささげて生きてきたのだから、競馬の為に生まれてきたのだから、やるべきことはすべてやっておかないと、そう思うしかなかった。
パソコンにメールをくれた彼は後遺症も完治していない状態でも元気に仕事をこなしてみせた。自分たちに気を回すことすらできたから。
もう何年前になるだろう、彼が最後に連絡をくれたのは、最後に他愛のないメールをくれたのは。
パソコンから視線を上げる。パソコンのおかれた机に壁に飾られたコルクボードには、画像を印刷した物や送られてきた写真がいくつも張られている。
現役時代のものとそのあとのものが入り混じった思い出。楽しかった記憶を切り取った人間の技術、見るたびにいつも鮮明に思い出す。
群馬トレセンのダートコースで走る自分たち、団子3兄弟のように頭を重ねて撮って貰ったモノ。
ホテルの中庭に屋台を立ててカレーライスを配るツバキプリンセス。名誉勲章をつけた軍帽を被り首からM4A1カービンをスリングで吊るすノルンファング。
ジャパンカップの優勝レイを首に掛けて息子の勝利を祝うホクリクダイオー。高知競馬場でファンと触れ合い、笑顔を振りまくハルウララ。
子供たちに囲まれ混ざってきた白いあいつに絡まれて苦笑いしているハーツクライ、そして自分たちの相棒だった彼らの笑顔。
緑が豊かな林をバックに舗装されたサーキットを、見たことのある勝負服を模したレーシングスーツを着てフルフェイスヘルメットをした騎手を乗せて駆け抜けるシマカゼタービン。
2012年7月24日、エビスサーキットで行われたタイムアタックレース大会で取られた写真だ。
その隣にはかつて見てきたGⅠなどとは比べ物にならないくらい貧相な風景の中にあるちんけな表彰台の一番上に立ち、いつになく満面の笑みを浮かべて小さな優勝盾を掲げる大竹満。
特別出走、C4クラス、A・Cクラス合併レース、1stトライ『01:07:993』2stトライ『01:04:940』。
彼らは一度だけ一緒に走った。招待されたタイムアタックレースに特別招待枠として出場して、その道のプロが操るスポーツカーを相手に、ただの賑やかしのはずが見事に戦い抜いたのだ。
羨ましくないわけがない、悔しくないわけがない、自分が引退した後も彼は走り屋のままで、ついに自分の及ばないところで成し遂げてしまった。
どれだけ焦がれたのかわからない、どうして自分はそこに行けないのか嘆かなかった日はなかった。もう遠い記憶となってしまった
みんないなくなってしまった。ツバキプリンセスも、ノルンファングも、ホクリクダイオーも、ハルウララも、シマカゼタービンも。
でも覚えているのだ。ずっとずっと楽しかったころの思い出が消えないのだ。だから辛いのだ。
忘れられてしまえばいいのに、それこそボケてしまえれば楽だろうに、ずっとずっと自分の頭は鮮明なままだ。
見慣れた夢だった、もう十年以上も前のことだった、でも今でも鮮明で思い出せる。
ふがいない自分、ふがいないレース、待ち望んでいたはずのレースで、ここ一番のところで自分はヘマをした。
ただのミスならそれでよかった、それで負けたのならしょうがなかった、全力を出し切って負けたのならよかった。
ずっと心に残り続けている、ずっとくすぶり続けている、何度もあの頃に戻れればと思わずにはいられない。
やり直せるのならばやり直したい、馬鹿な老馬の願いだと笑ってくれ、それでも願うことをやめられないのだ。
◆◆◆◆◆◆
2006年12月24日、千葉県船橋市『中山競馬場』の厩舎、馬房内で座るシマカゼタービンの体に背を預けて自分も座る瀬名敏則は己のいる場所の場違いっぷりに天を仰いでいた。
それはシマカゼタービンも同じでとても遠い目をして空中を見たまま馬鹿みたいに呆けている。
実際もはや、思考をいくらしても現実に追いつかないのである。
所詮は地方の条件戦クラスしか走らないシマカゼタービンと騎手としては三流に近い自分が、なぜか正攻法で日本中央競馬の年末大一番といえるGⅠレースに出て走ろうというのだ。
これでも会社ではいくつも修羅場はくぐってきたし、それ相応のことでは動揺しない心構えは持っていたがさすがに感情がオーバーフローである。
「どうしてこうなった…」「ボブシベボーボッバ…」
ここまで何度も頭を抱えたかわからないが、こうしていざとなるとまた頭を抱えるしかない。
最初は自分の父親であり、シマカゼタービンの馬主である茂三のちょっとしたわがままだと軽く見ていた。
あの親父が『第51回・有馬記念』に出走登録したのだ、申請しただけでまともな勝負服も碌に用意していないのに馬鹿な話である。
なので全く危険視も問題視もしていなかった、なぜならまともに考えて自分たちの申請が通るとは思えなかった。真っ当に選考で弾かれてお終いだとタカを括っていたのだ。
きっと茂三もまさか本当に通るとは思ってもいなかったに違いない、自分の親父はそういうやつなのだ。
どうせ受からない、茂三がお小遣いを失って大損して苦笑いするだけで終わりだろうと思っていた。
なので実は碌に準備なんてしていない、せいぜい少し走る量を増やしてレースに備えていた程度だ。
それくらいしか時間も取れなかった、何故なら瀬名酒造の本業に本腰を入れないといけなかったのだ。
シマカゼタービンが主体となり開発に成功した新作である『馬練り・スパークリング』の本格的な生産とそれに応じて必要になったマニュアルや書類作成と提出などに加えて昨今の競馬ブームによる需要増加でてんてこ舞いであったのだ。
正直に言えば今も『こんなもの』に現を抜かしている場合ではない、本業のほうが大事なのは明白だ。
茂三ですらそれは理解していていつになく厳しい顔で悩みまくるという姿を見せていた。
だが自分たちはここにいる。選考に選ばれ、担当者に『出られますのでどうか出てください』と何故か頭を下げられて、あれよあれよとここにいる。
会社の努力と当事者たちの努力によって、この23日、24日、25日に暇を何とか捻り出しての参戦となった。
GⅠに挑むとは思えないバカみたいなスケジュールであるが、やってるこちらは真剣だ。
所詮は趣味と道楽でなったスポット馬主のポケットマネーである、中央競馬の重鎮のように銭がたんまり入っているわけではない。
競馬は趣味だ、趣味は仕事をちゃんとして生活しているからできるのだ、それを投げ捨てて趣味に走るモノはただの愚か者である。
そもそも馬主自ら競馬用の荷物を載せたハチロクで先導し、騎手自ら馬運車を運転して競走馬を運び、競走馬自らが雑用を手伝う陣営なんて自分たちくらいなものだ。
「なぁタービン、これ夢だよな、そうだと言ってくれ…」
「フヒヒッ…フヘ、ムヘッ」
「ほれ」
「ウウィィィン」
頬を抓ってみろとタービンが言った気がしたので、彼の頬を思いっきり抓って引っ張り変顔にしてやる。その様子に変なものを見る目を中央の職員がするがそんなこと知ったことではない。
そもそも実際変な奴らが変なところにいるのである、自分たちは変な奴らで合っていることが間違いなのである。
できればさっさと追い出しにかかってきて現実を見せてほしいくらいだ、ちゃんとゼッケンをつけて交流服も着ているとしてもそう願っている。
そもそもこんな変なことを今回だけはとばかりにお目こぼしする中央も中央だ、おそらくそれほど今回は異常事態なのだろう。
「なぁ、これどうよ?お前勝てる?正直緊張がヤベーんだ」
「あ?」
「プランはなんかある?」
「はッ…」
ねーよんなもん、そういうかのようにシマカゼタービンは抓っていた手を振りほどいて心底いい笑顔で鼻で笑う。それはそうだ、あるわけないのだ。
所詮は地方でも二流の地方競走馬、上等な戦術もくそもあるわけがない、やれることはただ逃げることだ。
「お前の大逃げ、どこまで通じるかね?このメンツにさ」
「ヒハン」
「わかるわけねぇよなぁ…というか、ずいぶんぶっ飛んでるよなこれ。中央ってこれが普通なのか?」
俺に聞くなよ、という視線を向けるシマカゼタービン。正直に言えば、騎手なんてものは副業でしかない敏則は地方競馬も地元の高崎競馬場以外はろくに知らない。
その高崎でも乗るのはシマカゼタービンか多少縁のある馬に臨時で乗る程度であり、簡単に言えばそれほど明るいわけでもないパートタイマーに近いのだ。
だからこそこの中山競馬場で軒を連ねる一流騎手と違い時間は有り余るほどあり、そのお陰でこうしてシマカゼタービンと一緒に駄弁っているのである。
この中山競馬場で敏則は他の競走馬の鞍上をやる事なんてないのだ、知り合いはそうでもないようだが敏則は超が付く暇人である。
敏則は持ってきた競馬新聞を取り出し、何度見たかもわからない『出走表』を見て、大きなため息をついた。
『1枠1番 ホクリクダイオー
2枠2番 ハーツクライ
3枠3番 レイルリンク
3枠4番 ディープインパクト
4枠5番 ダイワメジャー
4枠6番 スイープトウショウ
5枠7番 コスモバルク
5枠8番 ノルンファング
6枠9番 ツバキプリンセス
6枠10番エレクトロキューショニスト
7枠11番ザティンマン
7枠12番キングアンドキング
8枠13番プリンスフローリ
8枠14番シマカゼタービン』
騎手としては二流な敏則だとしても、今年の出走表は明らかに狂っている。ライバルは全員一流なのはわかるが、それでもなお異常なのだ。
まず海外からの出走馬があまりにも多い、普段ならばあり得ない割合で登録が許されているのがまずおかしい。
発表当時、この異常事態にマスコミが大いに沸いたのだが中央競馬の記者会見で『出走回避が多すぎて馬が集まらない時にオファーがあったから受けた』ともう馬鹿正直に答えたのだ。
さすがに言葉は柔らかく濁していたが要は『今年活躍した中央と地方双方の名馬たちが強すぎた上に、国内でもバカ勝ちしたせいで年末に戦いたがる奴がいなくなった』とのことらしい。
ついでに『ルールも規則もあったもんじゃねーのは自覚してんだクソ野郎、でも守って貧相になっても叩くだろこんちくしょう、だから突き抜けてやったぞざまぁみろ!』という心の声も聞こえた気がした。
隠す理由なんてない、隠したっていいことはない、ならもうぶっちゃけちまえというヤケクソじみた記者会見で、普段底意地の悪い記者たちも呆気に取られていたのは敏則も覚えている。
思い出せばそうだ、直近のジャパンカップではディープインパクトとハーツクライの独壇場であり、他の競走馬は総じて人気薄な上に霞んでいた。
ホクリクダイオー、ツバキプリンセス、ノルンファングもまた同じで、直近の重賞競走に距離を考えずに登録して走りまくりそこで独走する圧勝を重ねた。
しかも徹底的に圧勝、圧倒的大差をつけて強さを見せつける走りをしていた。敏則は『バカかなあいつら?』と不思議で仕方なかった、そんなことしなくても強いだろうに。
今となってはこの3頭は芝もダートも走れるうえに、走行距離もそこそこ融通が利くオールラウンダーとして覚醒しつつあるのだ。
それ以外にも今年は地方から有力馬が出てきて中央競走馬の活躍の場を奪い、その立場を大きく揺らがせていた。
そんな奴らがここ最近は国内を荒らしまくり、他の陣営の活躍の場を奪っていた。
勝てるかもしれない勝負をするのはありだが、勝てない勝負はするには理由が必要だ。その理由がないところが多かったようだ。
そしてそんな連中の動向には国内だけでなく国外からも熱い視線が注がれていたのだ。
ただでさえハルウララの活躍で一般にまで昨今の競馬の大荒れ具合と大活躍が知られ、競馬ブームが再燃してきているこの状況でだ。
こんな異常な状況なら回避を選択するのは賢明な判断とすら言える。無理をして変な叩かれ方をしたら、常識では対応できない事態に発展しかねないのだ。
その空いた穴に、海外陣営がうまく入り込んで埋めるような形になった。それを中央も受け入れて招待して今回の特別編成となった、というところだろう。
それでいいのか海外陣営、スケジュールとか大丈夫なのかこいつら、人は良くても馬がやばいんじゃないかこれ…と噂されていたが、そこは金とコネと持ち前の技術の総動員で何とかしたらしく人も馬も元気いっぱいだ。
メディアにも宣伝を欠かさず意欲と熱意を喧伝し、素人目にも何が何でも日本に勝ち逃げさせる気はないという覚悟を感じる。そんな熱にあぶられた日本中央競馬はついにヤケクソとなった。
今年の宝塚記念でさんざん苦しめられたのにさらに絞ろうというのだ、ここでヤケクソにならずしてどこでヤケクソになれというのか。
日本中央競馬の中にある悪乗りスイッチがとんでもない方向に振り切れた上にいろいろな線がプッツンと来たようだ。
「さすが中央、格が違うと思わねぇ?こいつら全部今年注目株だぜ?」
「ヒハン」
「全員ディープとかダイオーたちと同格レベル、何度かやってんぞ」
「…アホバベーボ?」
「クソ極まりねーって、全員プロ中のプロだよ。馬も騎手も超が付く一流ばかりだよ」
相手はすべてにおいて超一流揃いだ。人も、馬も、機材も、技術も、そしてその他諸々のバックアップも。
それに混じる変な集団が自分たちだ。趣味で馬主やってた酒屋の社長、社長に付き合って競走馬していた酒蔵の輓馬、輓馬に変な奴を乗せたくないから騎手をしていた酒屋の倅。
共通点は峠の走り屋だということか。カーレースで例えれば一流ワークスチームだらけのレギュレーションに、何故かいるプライベーターみたいな状況である。
何がどうしてこうなるというのか。全くもって不思議な世界に来たものだ。
「相手が悪いぜ…まぁ逃げるしかねぇな、うん」
「ヴム」
相手が悪すぎるのだ、いくらシマカゼタービンの大逃げが爆速だとしても初手初見でいろいろ見抜かれて対策される自信がある。
超一流を相手にジャイアントキリングするのは夢のある話だが、それがそう簡単に起きないのが世の中だ。
ここまでくるともう清々しいくらいアウェーである、いろいろ考えてももうどうにもなるまい。
いつも通り逃げる、先頭を突っ走って逃げて逃げて逃げまくる大逃げだ。それが一番得意で、結局それしか能がない。
「スタートが肝心だな、他の連中はみんなそれぞれ見てるだろうから、その隙にできるだけリードを取ってやれ。
普段みてぇに悠長に体を温めてたら突っ込まれて終わる、少し無理してでも最初の直線で距離を稼ごう。ギアは最初のコーナーで上げるぞ。
最初にリードを取ったらとにかく加速して回転率を上げていけ、コーナーはインベタで突っ込んで、立ち上がりでギアをさらに上げて速力を稼ぐ。
気を抜くなよ、ディープにダイオーにツバキにノルン、ハーツクライにスイープまで居やがる。こいつらは要注意だ」
「ほぅほぅ…はっふはっふ?」
「対策されたら?てめぇが聞くかそれ。諦めろ、絡まれたらもう手遅れだ。テクニックと経験じゃどう足掻いたって勝ち目はねぇ、プロの強さは臼井で身に染みただろ?
無理して競り合う必要ねーよ、やばけりゃさっさと下がって最後尾から大外に逃げちまおう。仕切り直しだ」
「はっはっは…」
空笑いするシマカゼタービン、その表情は清々しいくらいに納得していた。
「だがうまく逃げたらそん時はそん時だ。てめぇが燃料切れ起こすか、それともぶっちぎるかだけ。いい塩梅じゃねぇか、多分親父もそれが見たいんだぜ?」
そもそも馬主になった理由を単純にすれば『ツインターボの孫で競馬をしたかった』というだけの茂三である、むしろ本望に違いない。
「フヒヒ?ひひーん?」
「親父か?今頃観客席でポジションの品定めしてんだろ、なんだかんだ場所取りはうまいからな」
茂三のことだからすぐに馬主席に上がるような無粋な真似はしないだろう。この大一番を見るならまずは観客席に行くはずだ。
今頃は自分にとってのベストな立ち位置を見つけるためにレースを見ながら場所の品定めをしているはずだ。
それでも駄目なら渋々馬主席に行くだろうが、単身なら身軽であろうし、きっといいポジションに潜り込んでいるだろう。
荷物を下したハチロクを馬主用の駐車場に置いたら速攻で観客席に混じっていく後ろ姿が手に取るように敏則には思い浮かんだ。
そういえばハチロクで馬主用の駐車場に入ったとき、係員に心底変なものを見る目をされたらしい。
まぁそれはそうだろう、大金持ちで運転手付きの高級車が常だろう場所に、峠の走り屋仕様のぼろハチロクをどこにでもいる親父が自分で運転してきたのだから。
しかも競馬用の機材を満載していてそれの荷下ろしを事前にしているとなれば、馬主の車として登録されていたとしても心底不思議な存在だったに違いない。
「そういえばさっき駐車場見たんだが、あいつらの他にスポーツカーが結構混じってたな。さすが都会だ、金持ち多いぜ」
「ほほぅ?」
「ほら、前にやったR33、あいつが来るのは知ってたんだが他にも仲間連れてきてんのかもな。
青いフェアレディZとか、カウンタックとか、コルベット、黒いポルシェに白いR32、FCにロードスターもいたぜ。
しかもありゃみんな走り屋の車だ絶対、めちゃくちゃガチガチに弄ってんのが遠目でもわかるんだ」
峠の走り屋たちが行う改造とはまた違う、首都高での超高速仕様にカスタムされた車を見るのは新鮮だった。
峠ではデッドウェイトに思える羽を載せていたり、機動力重視ではなく徹底したパワー重視だったりと見ていて楽しい。
あれなら見ているだけで一日が過ぎてしまうだろう。
「フヒン!!」
「暇だから見に行くって?俺もそうしたいけどなぁ…さすがに無理だぜ、今日はとんでもねぇ客入りだしな。
いくらオッズ最低のお前だって、いきなり馬が出てきたら騒ぎになっちまう」
何しろ賞金のオッズは堂々の最下位である、ここまで来るとまぁそういうもんだと割り切るのも容易いものだ。
地元の人間やツインターボファンの生き残り、そして一発狙いのギャンブラーくらいしか自分たちを見てなんていないのだ。
中山競馬場は今や入場数がパンクしてしまうほどだというのになんとも世知辛い世の中である。
「さっき18万超えたとかなんとかラジオで言ってたな、確か過去最高超えてたはずだ。普段は閉鎖されてるところも空けて対応してるはず」
「ほむほむ」
「ま、このレースだぜ?世界中から客集まってんだから当然だ。観客席は地獄だぞきっと、親父の奴は平気な顔してるだろうがな」
「ふへへ、ふひひん」
「入れただけマシってか?まぁそれ以上に競馬場周辺がやばそうってのは言えてるかもな、入れない外人はショックだろうよ」
それだけ期待されているレースということなのだ、注目も凄まじく人気もすごい。
普段あり得ないレベルのグローバルな対応を求められて四苦八苦している中山競馬場職員には災難かもしれないが諦めてもらう他ないだろう。
関係者のやり取りに耳を傾けたところ、海外の競馬番組やらテレビ中継やらもセッティングに大忙しらしく、本当にこれが有馬記念なのか耳を疑うありさまのようだ。
さすがに中央競馬の仕事を手伝うなんて地方の二流騎手ができるはずもないので、あまり目につかないここか調整室でおとなしくしているのがみんなのためにもいいことなのだ。
「な?高崎じゃねーんだ、我慢しろ。メシマズで臭くても今日までだから、な?」
「はぁ…ふへぇ…」
「そうだよな、世知辛れぇなぁ…場違いすぎるぜ、高崎のほうが数倍マシだな」
ここ最近は人入りが激しいとしても所詮は田舎、顔見知りばかりで何かと融通が利く高崎競馬場。
全くもって場違いな場所に来てしまったものだ、何度目かもわからぬ溜め息を敏則とシマカゼタービンは同時に深く吐いた。
「あー帰りてぇ」『あー帰りてぇ』
やるからにはやる、ディープインパクトたちとのレースは楽しみではある。しかし何とも言えない気持ちに嘘はつけなかった。
あとがき
前書きのネタがわかる人はジェイド・ロス艦隊経験者、言い訳はしない。だってずっとやりたかったんだ。
この世界のレジェンドは低迷期で『終わった』と思ってたら新たな伝説を引っさげて帰ってきたヤベー奴となりました。
え?なんで勝ったのか?車並みにクソ速い馬のUMAに競走馬の扱いなら負けない競馬のレジェンドを乗っけたらこうなっただけのこと。
まだまだ走りまくってた時期のこいつに超一流のあの人を乗っけたらそれだけバフかかるってことですわ。なんなんだこいつら…
そんなわけでお待たせしました、ヤケクソ有馬記念難易度レジェンドの始まりですわよ!!もうめちゃくちゃですわ。
ディープ以下略が大暴れした結果、世界から藪蛇というか藪馬が飛び込み、中央はその大暴れのせいでプッツンして、世界はこの大一番に大注目という感じ。
原作はとっくに壊れちゃいましたので、こちらも大変恐ろしいことになっております、ぶっ壊れです。
まぁただでさえハルウララっていうお茶の間のアイドルのせいで一般からの注目増えてたんだ、そらそうよとしか。
どうしてここにいるんだシマカゼタービン…とは申しませんがスイープトウショウとダイワメジャーには土下座させていただきます。
コスモバルクさんは頑張ってもろて。変なのがかかわってない純地方馬の怪物としてよろしくお願いします。
あ、ちなみに瀬名陣営はガチで茂三・敏則・シマカゼタービンだけです。ほかの連中?こいつら抜けたからその分の仕事してるよ。
マジで『何しに来たんだこいつら?』というレベルなんです。でもそんなこと気にしてられない鉄火場なのよ中山競馬場、やばいね。
でもこんくらいめちゃくちゃじゃないとこいつが走るなんてありえないからね、しかたないね。
帰りてぇとか言ってるけどやるときはやるんでそこらへんはご理解ください、言ってるだけなんで。
おまけ・『トレジャー№14・中山競馬場の土』
詳細・中山競馬場芝コースの土。それはただの土、懐かしいただの土、彼が走った芝の土。