つまり公道爆走娘の引き起こす被害は拡大する。あとちょっとドロドロ入りますのでご注意ください。
多くの感想と誤字報告、ありがとうございます。
ディープインパクト、それが今年チームに入ってきた新人の名前だった。
中央レースの世界においてメジロ家に並ぶ強豪であり重鎮の秋月家出身のお嬢様。
メイクデビューにて4バ身差で勝利、次に京都若ゴマステークスで大差の圧倒的勝利。
弥生賞ではトレセン学園内でも今期最有力と言われたマイネルレコルトとアドマイヤジャパンを2バ身引き離して快勝。
まさに堂々たる戦績と言えた、次代の傑物だという声も多い。チーム・リギルのトレーナー『東条ハナ』もその評価には同意であったが、同時に不安もあった。
彼女は強い。努力家で、誠実で、一本筋が通っている。しかしその中に、自分にはない何かを求めている。
それを探して多く同期達や上級生とのレースを望む傾向にあった、練習試合としては良い傾向かもしれないが彼女の場合は違う。
勝っても負けても、彼女のどこかには満たされない何かがあって、そのせいか冷めたようなどこかぼんやりと捉えどころがないところがあった。
「私の勝ちです」
「わ、笑えねぇ強さ…」
今もそうだ、練習相手を願い出てくれた群馬トレセン学園の生徒を相手に大差の勝利。実力の差を見せつけた上で、残念そうな雰囲気を漂わせてしまっている。
これまで戦ってきた生徒全員に、ディープインパクトが本気では走れない『ダート』で圧倒的な価値を見せつけ続けたのだ。
地方ウマ娘の多くが走るダートレースにおいても、彼女の強さは歴然としていた。
お前では相手にならない、お前では自分は倒せない、そういう王者の風格だととらえるものは多いが、どこか危うい。
だからこそ、彼女の求めているナニか、足りない何かを見つけてあげる必要があった。だがそれが何なのか皆目見当がつかない。
圧倒的強者ならば用意したが駄目であった、チーム・リギルのシンボリルドルフやマルゼンスキーといった格上にコテンパンにしてもらったが奮起はするだけで埋まらない。
他チームの『チーム・スピカ』『チーム・カノープス』などのメンバーに引き合わせたこともあったが、交友関係が広まって生活に花が出るだけで駄目であった。
最近は周囲の先輩に感化されて強くなって、それにさらに引っ張られた同級生が自主練で潰れかけるなどという実害も出始めて、呪いだの才能の暴力だの悪い噂が立ち始める悪循環。
(周囲の目が痛い)
日本ウマ娘トレーニングセンター学園、通称トレセン学園でのディープインパクトの評判もそうだが、この群馬トレセン学園での目も時間を追うごとにきつくなってきている。
何も知らない純粋な憧れを持つ生徒たちの送る声援と純粋な憧れの中から感じる周囲の目は敵意と猜疑心に満ちていて、しかもそれは自分ではどうにもならない。
「群馬トレセン、ここに何かあるように感じたのだが…間違い?いや、それにしては…」
ナリタブライアンは理解していてもそんな空気も気にせず少し考えこむ。群馬トレセン学園に合同訓練という名目で来たのは、ひとえにヒートアップしたマスコミからの退避であった。
デビュー戦からの連戦連勝、さらにそこから向かうクラシックでの並みいる強豪との対決に心躍らせるファンは多い。
ましてや今期はタイミングが悪い、前期にはサイレンススズカの悲劇と復帰、トウカイテイオーの奇跡、スペシャルウィークの大躍進などが起きて元々ファンの中でも熱が高い時期だった。
それに伴い多くの雑誌や新聞がこぞってネタ集めに奔走と同じくヒートアップ。
その結果、トレセン学園に記者が群がることになり対応によって業務の逼迫が発生。その対応と火消しのために、ディープインパクトはトレーナーとほか数名とともにほとぼりが冷めるまで学園を離れることになったのだ。
そこで訪れたのが群馬から地方エンターテイメントレースである『ローカルシリーズ』へ出走するウマ娘たちを教育する群馬トレーニングセンター学園だ。
ここに到着したときは普段と変わらなかったディープインパクトが、このコースを見た途端に目を大きく広げて息をのんでいたのだ。
まるでほしかったものを見つけたような、そんなキラキラした瞳で。
「ハイ!ディープの反応が明らかに違いマシタ!」
「私もそう思います、この訓練場を見てからなんだか…驚いているような、期待しているような感じがしました」
まだ裏のドロドロとしたものには感づいていないエルコンドルパサーとグラスワンダーもディープインパクトに関しては同じように感じている、ということは間違いないのだろう。
しかし今、こうしてダートコースを走り回る彼女はいつも通りどこか落胆している。
ここに来てから何人かのウマ娘に声をかけて模擬レースをお願いしていたが、だれも彼女と競り合うことはなかった。
この群馬トレセン学園一のステイヤーと言われたツバキプリンセスでさえも。
そのツバキプリンセスは疲労から復活したかと思えばどこか浮ついた様子で周囲を見回し、ほかの生徒に指示を出して何かしている。
「そういえば、変な夢を見たとか言ってましたね。何でも誰かを追いかけている夢だとか、名前とかは覚えてないみたいですけど」
「いつもの話か…」
幼少期から見ている不思議な夢、起きると大体忘れてしまうというソレはハナも知っている。このチーム・リギルにチーム入りした当初にディープインパクトから相談されたことの一つだ。
はっきりといえば東条ハナ自身もトレセン学園の誰もが彼女の見る不思議な夢に関しては何の役にも立っていない。
そもそも、この世界において『ウマ娘』という存在は昔から当たり前のように存在しているがまだ謎の多い存在でもあるからだ。
科学が発達した現代でさえ解明されていないことは数多く、最高の頭脳を持った科学者が最高の設備をもって研究しウマ娘自身が学問に身を投じてその解明に尽力しても謎があまりにも多い。
ゆえに通説では別世界に存在した気高い魂がこちらで生まれ変わった存在と言われて、昔から一般ではそんな認識だ。
(こういう話はあいつのほうが得意だっていうのに…また相談してみようかしら)
脳裏に浮かんだのは『チーム・スピカ』のトレーナー、ウマ娘に対してのアプローチの仕方が違う彼ならばもしかしたらディープインパクトの異変に何か気付くところがあるかもしれない。
現に元リギルのサイレンススズカはそれで立ち直った、アクシデントこそ発生したもののそれでも彼女は走り続けるくらい強くなった。
足への負担を考えて海外留学は取りやめたものの、様子を見ては出やすい海外レースに参加して旋風を巻き起こしている。
自分のやり方では発揮できない強さを持つウマ娘だっている、もしかしたらディープインパクトもそのたぐいの何かを持っているのかもしれない。
(あいつは、何を求めているんだろうな…くそ、解ってやれない自分が恨めしい)
完全管理型の訓練形式で冷めたような印象を受けがちなのは知っているが、ウマ娘に対する愛情やレースに対する情熱は誰よりもある。
だからこそもどかしい、悩む生徒の力になれない自分の無力さが。
「見つけたぁぁぁ!!」
唐突にグラウンドに響き渡る大声に思わずびくりとして声のするほうに目を向ける。そこには先ほどまでナニカしていたツバキプリンセスが指をさしており、その先を追っていくとグラウンドの入り口に立っている一人のウマ娘が目に留まった。
見慣れない緑色の野暮ったいジャージを着こんだ青い頭髪をしたウマ娘が、大きなクーラーボックスと折り畳み式の椅子を抱えて、今まさにどこからか戻ってきたような感じで入ってきていた。
ボーイッシュに切った明るい青の頭髪、赤い左目と青い右目のオッドアイ、冷静そうに整った顔立ちだが活発そうな印象がある。
『群馬県立芦名高校』と胸に名前が入ったジャージを着こんだ彼女は群馬トレセン学園の生徒には見えない、明らかに一般校の生徒だ。
口に火のついていない煙草のような棒を咥えた彼女はキョトンとした様子で、指を向けていたツバキプリンセスのほうに顔を向けていた。
「え、俺?」
それしかないだろう、現にロケットダッシュで彼女のもとに駆け寄ったツバキプリンセスがそのウマ娘に詰め寄った。
「タービン!あなたどこをほっつき歩いてたの!!散々探したのよ!!」
「何だよツバキ、藪から棒に。ココアシガレットを切らしたからひとっ走りして買いに行ってただけだよ」
「…しまった!今日は昼寝じゃなかったのね!!」
ツバキプリンセスの大仰な落胆にタービンと呼ばれた少女は肩をすくめる。
「よくあることじゃねぇか、一体どうしたってんだ?」
「とりあえず、その荷物下ろしてご挨拶してきなさい」
「もう来てるのか?まだ一時間前だぞ、レース前じゃないノルンにしちゃ珍しい」
「騙して申し訳ないけど午後の予定なんて元からないのよ、ノルンもダイオーもカサマツに遠征中。そこのトレセン学園から来たチーム・リギルの皆様がシマカゼタービンの次のお相手よ!」
「りぎ…はぁ!?」
ツバキプリンセスの言葉に目を丸くするシマカゼタービン、どうやら彼女にも寝耳に水の事らしい。
どうやら自分が騙されていたことに感づいたシマカゼタービンが怖い目でツバキプリンセスを睨みつけると、彼女は少し気まずそうに眼を逸らしたが一度目を閉じてまっすぐと見つめ返した。
「今日はトレセン学園のチーム・リギルの皆様と…その、合同で練習する話になってたの、午後から」
「お前、あれターボが言ってたトンデモチームじゃねぇか…なんで初めから言わないんだよ」
「言い訳はしないわ、あなたなら絶対嫌がると思ってたから。でもあなたは間違いなく群馬でもトップクラス、あなたの走りが必要なの」
「勘弁してくれ、俺はそっちにゃ興味ないと…まいったな、いいのかよ本当に」
少し照れ臭そうに顔を背けるシマカゼタービン、その様子はまんざらでもなさそうだ。そこにディープインパクトに敗れた群馬トレセン生徒やトレーナーもやってきて声をかけた。
「姐さん、あたしらモータースポーツ部からもお願いします!マジ強すぎてシャレにならないっす!!」
「すまない、頼む。さすがにこうも暴れられちゃな…先輩の目がやばい」
すっかり敵認定されてしまっている、解っていたことだが改めて感じるとハナは気が遠くなるようなショックを感じた。
見た目はディープインパクトとエルコンドルパサーに惨敗したチームとその担任の懇願だが、その裏にあるものがハナにはわかってしまう。
中央と地方の溝と軋轢は深い。いつも中央と比べられ、格下扱いされてきた地方のウマ娘は常に忸怩たる思いを感じていたはずだ。
華々しい中央レースでの活躍を夢見て、挫折して地方のトレセンに転校したウマ娘も何度も見てきた。
地方トレセンで大きな成果を上げて、それを認められて転入してきたウマ娘が潰されていくのも見てきた。
(それにルドルフもやってしまった、おかげで地方トレセンは余計に窮屈になった)
地方レースでとんでもない活躍をしたのを見つけられたらオグリキャップの二の舞、そうなると地方のトレーナーたちもかなり慎重になる。
中央からの目が届かないレースで成果を上げることはなかなか難しい、だがかといって大きなレースには中央トレセンの目が有って育ちのいいウマ娘や才能のあるウマ娘をかっさらっていく。
かのシンボリルドルフ、トレセン学園の生徒会長であり伝説とはいえ一生徒が、カサマツトレセン学園のトレーナーからオグリキャップとベルノライトを奪い取ったのは関係者には悪い意味でも有名だ。
そのせいで当時の担当トレーナーは受け持っていたウマ娘をすべて失った、トレーナーとしては心を通い合わせて頑張るはずのウマ娘にすべてを終わらされたも同然なのだ。
その当人は別の目標を持って動いていると聞くがそれでも事実は変わらない。それがもう周りには漏れているのだ。
(それにオグリキャップは…六平トレーナーのもとで成功している。してしまっている)
オグリキャップは成功した、今もトレセン学園で担当トレーナーとサポートのベルノライトとともに躍進を続けているがだからこそ悪かった。
当の本人たちの間では美談で終わっているらしいが傍から見ればなんとも悪辣で無遠慮な強奪劇だろうか。
これほどの才能がローカルシリーズのレースで走ってくれたらどれだけわくわくできただろうか、当時のライバルとシノギを削っている姿が見られたらどれだけレースに花があっただろうか。
地方の怪物などと囃し立てられて希望の星として一般からはちやほやされているが、関係者からしてみれば悪夢の一言ではないか。
(悪いことに悪いことは重なる、悪意がないだけに歯止めがない)
それにオグリキャップと同じようにして夢を持ってやってきたほかのウマ娘がみんなそうとは限らない。同じように才能を見出されたがついていけず挫折した例はごまんとあるからだ。
そしてそれはオグリキャップの成功から一気に増えている。そのおかげでトレセン学園の評判は表向きでは最高ランクだが関係者からの評価は極端なのだ。
あまりに才能の上澄みばかりを揃えすぎていて人間もウマ娘も選ばれたものしか生きていけない別世界、そしてそれに一度でも浸ればそこから離れると待つのは惨めな人生ばかりだとも。
事実、以前活躍したウマ娘たちはまだトレセン学園で活躍するのだ。
ミホノブルボン、ライスシャワー、セイウンスカイ、ビワハヤヒデ、ナリタタイシン、ウィニングチケット、メジロライアン、メジロマックイーンなどなど、だれ一人とっても地方からすれば怪物である彼女たちはまだまだ走る。
互いに切磋琢磨してより高みへと実力を昇華するだろう、それに追従できるウマ娘はこの先どれほどいるのだ…ハナには想像ができなかった。
東条ハナは地方のウマ娘を敵視しているわけじゃないし軽視もしていない、地方所属のトレーナーも仲良く切磋琢磨するに値すると思っている。
だが現実はこうなのだ、今回の合同訓練も群馬トレセン学園からすれば中央の勝手で決まったことで反対はしなかったがそれだけで歓迎はされていない。
これまでもかなり針の筵で、それに耐性がありそうな者と軽く弾けそうな者を帯同してきたつもりだったが逆にそれが刺激してしまった。
ディープインパクトがそうであるように、同じウマ娘として配慮なんて無意味と断じるナリタブライアンやその手の事は知らないので普通に元気にやってしまうエルコンドルパサーは平然とこの学園のトップチームを蹂躙した。
配慮ができるタイプのグラスワンダーでさえも普通の練習で実力差を見せつけてしまい、やっぱり練習相手を蹂躙する形になってしまう。
ただ併走するだけで、一回模擬レースをするだけで実力差が見せつけられてしまう。それでも笑ってられる純粋な生徒は多いがすべてではない。
まだ実害自体は出ていないがとにかく周囲の目が痛い。群馬トレセンのトレーナーたちにはどことなく疎遠にされ、中央を知る生徒には警戒される。
もし悪化したりしたら分かっていて毛ほどにも動じないナリタブライアンは逆に啖呵を切り悪化させるだろうし、エルコンドルパサーとグラスワンダーにはあまり見せたくないものを見せてしまうだろう。
それは群馬トレセン学園側も同じだから今はまだ表立っていない、彼らも無邪気にチームリギルを歓迎し応援する生徒たちに嫌なモノを見せたくないからだ。
だからあまり変なことをしないでできればさっさと出て行ってくれ、そんな視線がハナの背中にはビシビシ突き刺さっていた。あのウマ娘が帰ってくるまでは。
「姐さんいうな、お前ら…仕方ねぇなぁ、あの人?」
「そうよ」
「解った。でもその代わりお前今夜付き合えよ、足回り変えたから軽く流したくてな」
「ウゲッ…わ、解ったわ」
一瞬嫌な顔をしたツバキプリンセスが決心した表情で頷くと、シマカゼタービンは口に咥えていた煙草のようなものを口の中に押し込む。
口の中でもごもごかみ砕いているところから、おそらくお菓子の類だったのだろう。
それをしっかり飲み込むと、背筋を伸ばしてハナ達の前に立って頭を下げた。
「こんにちは」
「こんにちは。君は?見たところここの生徒じゃないようだが」
「シマカゼタービンです、今日の模擬レースのアグレッサー担当です。普段は芦名高校に通ってます、まぁ地元の県立高ですよ」
「一般校か?」
「はい」
不思議なことがあるものだ、群馬トレセン学園がわざわざ別の学校から呼び出すほどの娘だというのだろうか。
ハナは疑問に思いながらシマカゼタービンの体を一度舐めるように見る。
野暮ったいジャージで詳しくは分からないが体はできており鍛えられてはいる、だがそれ以上はいまいちよくわからない。
トレセン学園の強豪たちや今横にいるグラスワンダー、エルコンドルパサー、ナリタブライアンのようなジャージ越しでもわかる何かが見当たらない。
何より高校生にしては物腰の柔らかな仕草、まるで社会人経験があるかのような雰囲気がある。それが妙にミスマッチで気味が悪く見えた。
「トレセン学園、チーム・リギルのトレーナーの東条ハナだ。こっちはグラスワンダー、エルコンドルパサー、ナリタブライアン」
「よろしくおねがいします」
「よろしくデース!」
「初めまして」
「お噂はかねがね、いとこから中央のトップチームと聞いています」
どうやら彼女もチーム・リギルの事は知っているらしい。その割には随分と興味がなさそうなように感じる。
今までトレーナーとして働いてきた中では初めて見るタイプのウマ娘にハナは少し戸惑いを感じた。
「ダートコースのルールはご存じで?今日は1600二周の―――」
「ねぇ」
「うぉわ!?び、びっくりさせんな嬢ちゃん、いつの間に?」
いつの間にかシマカゼタービンの後ろにディープインパクトが立っていた。その声に驚いたシマカゼタービンが飛び上がる。
それをじっと見つめるディープインパクトの立ち姿にハナは何か違和感を覚えた。何か違う、目つきがいつもより鋭いような?
「勝負するの?」
「うん?お前さん…へぇ、君も中央の?ならそうなるみたいだな。俺はシマカゼタービン、よろしくな」
「ディープインパクト、ディープでいい。早くやろう、こっち」
「あ、おいそっちは芝コース…いいのかこれ」
「構わないわ、許可は取ってあるから!もう派手にやりなさい!!」
「用意のいいこって」
やれやれ、とシマカゼタービンはポケットに手を突っ込んでそのまま芝コースへと足を向ける。信じられないことに受けるつもりだ。
「ちょっと待つデース!ディープ!!」
「待て、シマカゼタービン」
ディープインパクトにエルコンドルパサーが、シマカゼタービンにナリタブライアンが止めに入った。
エルコンドルパサーに止められたディープインパクトはなぜか不思議そうに首を傾げる。
「なんでしょう先輩」
「なんでじゃないデス!芝で走る意味、解ってマスカ!!」
「解ってます、でもあっちは本気でバトルするつもりだと思います。なら、こっちも本気でやらなきゃ失礼だと思います」
「What!?」
「解りませんけど、そう思うんです」
おかしい、ディープインパクトが随分と熱を入れている。何か彼女に感じるものがあったのだろうか。
止めるべきか、ハナはそう思ったが、ディープインパクトのほうに歩み寄ろうとしたところを後ろから服の袖をつままれて止められた。
「グラス?」
「止めなくていいと思います」
「なぜ?」
「詳しくは分かりません。でも何か感じるものがあるんです、それに彼女もやる気みたいですし」
グラスワンダーが視線を向ける。それを追うと、ナリタブライアンに呼び止められて飄々としているシマカゼタービンの姿があった。
「本気でディープと芝でやるつもりか?」
「やめとけって?あいつの本業は芝じゃねぇの?」
「そうじゃない」
「なら芝だろ、別に俺はどっちもでもいいよ。ダートも芝も変わらんから」
「随分と自信があるんだな、勇気と無謀は違うぞ」
「関係ないね。ツバキがあんなことするくらいだ、汲んでやるのがダチってもんだろ。それにあんな目をされちゃ逃げる走り屋はいねぇよ、だから黙って見てな」
「…チッ、勝手にしろ」
二人の制止を振り切って芝コースのゴール板前まで行くと準備運動を始める二人。どういうわけかディープインパクトは彼女を気にしてちらちらとみている。
準備運動を終えるとシマカゼタービンがコースの内側、ディープインパクトが外側に並ぶ。右回り、距離は2000メートル、芝コースで足場は良好。
どこまでもディープインパクトに有利な設定だ、なのにシマカゼタービンは全く気にする様子はない。本当に何も知らないのか?
本人はチーム・リギルの事は聞いているといっていた、知った上でこの余裕というのもおかしい気がする。
自画自賛はハナの趣味ではないが、チーム・リギルは粒ぞろいだ。一般校に通うウマ娘程度が勝てる相手ではないはずなのだ。
一般校の生徒ゆえにまったく情報がない彼女の様子に首を傾げていると、二人の前にツバキプリンセスがさっそうと歩み出して前に立った。
「私がカウントを担当するわ、良いでしょ?」
「スタートは走り屋スタイルでやろうってのか…いいじゃねぇか、乗せてきやがる」
「その代わり、勝ちなさい」
その瞬間、シマカゼタービンの目の色が変わった。瞬間、ハナの背筋に電流が走ったような感じがした。
あれは明らかに強者の目だと、多くのレースを経験したウマ娘がするはずの目だった。今まで多くのウマ娘を育成したからこそわかる。
だからこそ理解できなかった、なんで一般校に通う彼女がそんな見慣れた目をしているのかと。
「カウント0、私がGOと言ったらスタートよ。ルールはタイムアタック、良いわね?5秒前!」
奇妙な緊張感が場を支配し始めた。ディープインパクトが身構える。シマカゼタービンは自然体、少し身構えた程度だ。彼女は右足のつま先を少し上げ下げして、少し深呼吸する。
「4!」
今まで見たことがない、奇妙なレースが始まろうとしている。不思議な感じがしてハナはむず痒さを感じた。
「3!」
ふとレース場の周囲に人気が増えたのを感じて見渡す、ギャラリーが増えているのがわかった。
空気も変わっている、先ほどまで裏側に淀んでいた重苦しい空気が霧散してまるでお祭りのような雰囲気すら漂いつつあった。
先ほどまで顔をしかめていたトレーナーや生徒まで、話が伝わると途端に雰囲気が明るくなってニヤニヤしているのである。
それも相手の醜態を笑おうなどという悪意などではない、純粋に何かを楽しむそんな明るさがあるものだ。
「2!」
次にギャラリーの配置が妙だった。なぜかほとんどがコースのコーナーに陣取っている、その表情は何か待っているような期待した瞳だ。
ゴール板前に二人、その手にはストップウォッチがありタイムを計測する係に見えるがなぜ二人なのだ。
みんなの瞳にあるのは確信、そしてその上で何を見せてくれるのかという期待、間違いなく群馬トレセン学園の全員が『シマカゼタービン』が何かやらかすと思っている。
「1!」
なぜだ、今までの練習で散々此処の生徒たちに力の差を見せつけたディープインパクト相手にどうしてそこまで期待と好意の目を向けられる。
それ程までにこの一般校のウマ娘が強いとでもいうのか。ついには双方に対する声援まで聞こえてきた。
「GO!!」
ツバキプリンセスが妙に決まったスタートサインの腕を振り下ろす。瞬間、ディープインパクトのスタートダッシュが炸裂した。
あとがき
次回『一般校のウマ娘』
今後話を広めやすそうな人ってだけで案外適当、ナリタブライアンとおハナさんはがっつり決まってた。
グラスワンダー、エルコンドルパサーは悪く言うつもりはありませんがスピーカーです、あと被害者。
そこから交友関係のあるスピカやカノープス当たりに広まってツインターボが胸を張る。無いけど。
ちなみに悪辣に書いてるところあるけどシンデレラグレイでルドルフさんがやったことを考え直すと、ルドルフマジで自重しとけって思いました。
あのお話ではシンデレラストーリーになってるし、美談で美しくステージが切り替わってるよ。でも六平さんが心配するのわかるよ。
例えば今はカサマツに残るしかないキタハラジョーンズ、知らない人からみたら悲惨すぎて笑えないです。
自分たちは読者だからスジがわかるけど、知らん人から見たら中央に担当ウマ娘全部持っていかれたトレーナーだもの。
ベルノライトだって自分から試験受けて通ったとはいえ一緒に行っちゃったらね…不味いってそれ。
それが知れたら?そりゃ有望株は避難させるよね、見せたら黒服きちゃうのよ?たまらんわ。