気儘に生きた転生馬物語   作:イナダ大根

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いつも多くの誤字報告と感想ありがとうございます。いざ出走の時、お待たせしました。
この有馬でユーロビートが聞こえた時はこいつがいる合図だ。





第49話

 

 

 

係員の指示に従ってゲートの中に入る、年季が入っていながらよく整備されたゲートの扉が背後で閉まる音を聞いて俺は周囲に目を配った。

すでに全頭臨戦態勢、発走直前の緊迫した緊張感の中で互いに視線を送って牽制と情報収集に余念がない。

いつもなら入念に警戒してくるディープ達でさえ俺に対する警戒はいくらか薄い、他に割かなきゃならない連中が多すぎるからな。

そんなガンの飛ばし合いの中で俺は特に何かするわけでもなく、台座に乗った係員の合図とゲートが開く瞬間だけを見逃さないようにする。

俺らくらいなもんだ、そんなのは。隣の奴からちらちら視線は送られてくるが、牽制されたところで何か隠すものがある訳でなし。

やることはただ一つ、どこの誰よりも早く前に出て、ロケットスタートかまして絡まれる前に前方へ全速離脱、大逃げかましてやるわ。

だからこっちから何かするくらいなら外に出る瞬間だけに集中した方が何十倍もマシなんよ、絡まれたらどうしようもねーんだもの。

そもそもこいつらとそういうのも一切嚙み合わないような気がするしな、いろいろと違いすぎる。

全く以て、世界というのはままならないものだ。世界は常に理不尽だ、不平等で、それでいてとても身勝手だ。

さほど好きでもない競馬で、親友と命を懸けて勝負して、それを見世物にして来いってんだ。全く以てバカみてぇな話じゃねぇか。

この時代にまさかの中世ローマのコロッセオをやれと来たもんだ、親父さんの我儘じゃなきゃ断固拒否させてもらってたぜ。

 

「つまらなそうだな、無理しなくてもいいぜ?」

 

敏則が苦笑しながら小声で問いかけてきた、それに俺は睨み返す。お前解って言ってんだろ?

 

『走るさ、親父さんは裏切れねぇ』

 

「睨むなよ、解ってるさ…手を抜くとかありえんな、お前なら」

 

あぁ、手は抜かない。俺はこうしてここにいる、俺はもうやると決めた。このレースに泥をわざと塗るような真似はしねぇ。

こいつは仕事だ、仕事ってのはしっかりやるのが当たり前だからな。たとえ気が進まなくても仕事はやらにゃならんのだ。

瀬名酒造もそうだし、前世の会社だってそうだ。碌なことにならん仕事は山ほどあった、気が進まない案件は腐るほどあった。

たとえその仕事を完遂した結果、完成したデパートの影響で商店街が壊滅してそこの人たちに死人が出ても、それは仕方ないことだし関係ない事だと皆は言う。

世の中は本当に理不尽で、どうしようもないことばかりだ。道理が通らず不条理がまかり通るなんて当たり前、ルールなんざないも同然。

そうやって目を反らして、さも関係ありませんて顔して、さも手を汚したことなんてありませんて顔してる連中は山ほどいる。

結局何も変わらんのさ。ペンも銃も金も、命を奪う手段なんざいくらでもあってどれもこれも結果は同じ、前世で嫌ってくらいに経験したよ。

書類にサインして企画を実行に移すのも、銃口を人に向けて引き金を引くのも、結果が同じなら同じことだ。

俺が進めた土地買収の仕事で仕事を失った男が自殺、俺が撃ったM9の9パラがゲリラの男をぶっ殺す。結果は同じだ、死人が出た。

この競馬だってそうだ、競走馬にとっては命の取り合いだ。怪我して予後不良なんざ当たり前だし、負け続けて見切りをつけられればお肉になっちまう。

その無数の悲劇の上に立ってんのがこいつらだ、こいつらだって負けられないもん背負ってきてんだ、それを茶化すなんざできやしねぇよ。

ここがGⅠなだけマシと思うか…いや、それも違うか。

ここにいる連中はみな一流中の一流だ。負けたから即お肉、なんてことになる可能性は低い。だがあり得ない話ではない。

高崎競馬場でも、群馬地方競馬でもその手の話はいくらでもあった、いくらでも見聞きした、目にしたことだった。

可能性がないわけではない、それだけで俺がどれだけ恵まれてるかわかるから嫌になる。親父さんは俺がいくら負けようがきっと気にしねぇ。

俺が働ける限り会社は見捨てない、親父さんが見捨てない、たとえ酒造りが上手くなくても会社にはいくらでも仕事がある。

他の仕事で働けなくなるまで働いて、生きてさえいれば安穏とした引退生活を確実に過ごせるのが瀬名酒造だ。

俺は死なねぇ、競馬で負けたって殺されねぇ、その前提がすでにできちまってるんだ。どこが同じだバカ野郎。

きっとほかの馬主に買われて、真っ当な競走馬なんてやってたら手に入らなかっただろう。それだけ俺は恵まれた生き方を手に入れた。

そんな俺がライバルだって?お前たちと同じ土俵で戦ってすらいねぇ趣味の走り屋がライバルだって?そんな大層なもんじゃねぇんだよ俺は。

俺がここにいるのは親父さんのおかげだ、俺が強くなれたのは親父さんのおかげだ、何もかも親父さんがくれたもんだ。

だからこれくらいどうってことない、命を懸けたって惜しくない。だからこんな恥知らずだって、俺は喜んでやってやるさ。

俺は走るさ、親父さんのために勝ってやる。そのためにこいつらをぶっちぎる、俺は親友を手に掛ける。

 

「ほんと、互いに馬鹿野郎だな…」

 

敏則が俺の首筋を優しく叩く。さすがだな、俺が心底ビビってるのに気づいてたか。

俺は怖い、怖くて怖くてたまらないんだ。負けることが怖いんだ、あいつらを手に掛けることが怖いんだ。

ただ我慢してるだけなんだよ。覚悟だの、決意だの、黄金の精神だの、そんなもん高尚なモノは持ち合わせちゃいねぇんだよ。

怖いぞ、本当に必死な時ってのはな。終わった後にクルんだよ。

自分を殺そうとしてきた連中を返り討ちにしてやった時のあいつらの顔が怖いんだ、生気の消えた目が怖いんだ、流れた血が怖いんだ。

何より自分がたまらなく怖いんだ。あんな事をやって、あんな事を経験して、それを飲み干してる自分が怖くなるんだよ。

 

「大丈夫だ、一人にはしねぇ。俺も同じだ、親父だってそうだ、家族で地獄行きだ」

 

そうか、そりゃそうだよな。親父さんや敏則だって大竹さんやルベルさんとは仲がいいし、頼信達とだって遊び仲間だ。

それだけじゃない、厩務員や調教師の人たちとも気心知れた仲だった。その人たちの人生めちゃくちゃにするかもしれねぇんだ。

俺たちは競馬に人生をかけてるわけじゃねぇ、敏則だって騎手で食っていってるわけじゃない。次期社長候補とただの輓馬のコンビだ。

つまり俺たちは共犯か?なかなかお似合いじゃねぇか、悪くない。

 

『じゃぁ一緒に地獄までタイムアタックと行くか』

 

「任せる、好きなように走れ。俺が合わせる」

 

その声が聞きたかった。

 

『振り落とされんなよ!レースで死体は見たくねぇ!!』

 

係員の腕がわずかに動く、そして同時にゲートの中で機械音が僅かに響く。聞き慣れた作動音、ロックが外れて、ばねが軋む。

同時に俺は開き始めるゲートに向かって足を踏み込み、ゲートが開くのと同時に外に飛び出した。

足をさらに深く踏み込み、大きく踏み出し、そして強く前へ体を押す! 一息に前へ、どいつよりも速く前へ!

一瞬並びかけたほかの馬の横を俺は何とかすり抜けて前に、そして一気に加速、リードを取って前に躍り出る。

こちとら伊達に年がら年中酒の仕込みで走ってんだ、たかが草むらで捕られるような足じゃねぇんだよ。

 

「よし!このまま――ッ!?」

 

いや、来ている!!音1、後方から高速で接近!しょっぱなから鞭を入れてやがる、やはり読んでいた奴がいたかッ!

 

「そううまくはいかねぇか!!」

 

やはりGⅠ、そんな戦術を使うとは覚悟が決まってやがる奴らがいたもんだ。そうやすやすと大逃げとはいかんか。

だがどこのどいつだ。ディープ?いやあいつは出だしで絡まれてた。ダイオー?こいつも同上。ノルン?出だしの駆け引きで陰に紛れようとしてたから違う。

ツバキ?これも違う、足並みを乱すために出遅れを演じていた。ハーツクライ?違う、他の連中に絡みに行った方だ。

ならほかの海外の連中?それともダイワメジャーかコスモバルク?いや違う、この足音には聞き覚えがある。

近い、距離10、足音は一つ。この足の踏み込み、ペース、歩幅…まさか!!

 

「池永さん!?」『スイープトウショウ!?』

 

お前かよ!!驚いちまったが合点がいった。ほかの連中と違ってこいつはいささかマークが少なかったように見えた。

出走の一瞬の隙をついてきたに違いない、出走直後の駆け引きで一番注意する連中は各々決まってただろうからな。

海外勢ならディープやダイオーたちの誰かが確定だったはずだ、一度負けてる相手を警戒して仕掛けに出るのは当然だ。

その点で言うと、スイープトウショウやダイワメジャーあたりは警戒が薄かったんだろうさ。

だがまずい、このまま捕まれば大逃げを阻まれる可能性が高い。スイープトウショウは強い、中央のGⅠクラスは伊達じゃねぇってことは群馬で練習相手をした時によく知ってる。

迷っている時間はない、ここでスイープを潰す!仕掛けてきたんだから迎撃される覚悟もあるってことでいいよなぁ!!

 

『速度をあげる!このまま振り切ってやる!!』

 

「構わんやれ!第2コーナーまでに墜とせ、絡まれたら面倒だ!」

 

『解ってんよぉ!!』

 

一速、アクセル全開、体を温めている余裕はない、ペース配分なんて無駄だ、俺の小手先なんざこいつらには通用しない。

ここでの加速勝負はスイープが優位、振り切る事は不可能、なら後ろはくれてやる。だが前には行かせない、横にも絶対並ばせない、競り合いも駆け引きも絶対にしないしさせない!!

逃げてやる、逃げれるところまで逃げてやる。どっちが先に潰れるか、チキンレースと行こうじゃねぇか。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

警戒すべきところは無数にあった、しかし我儘娘のスイープトウショウと池永の中で完全に意見が合致したことは数少ない。

その中でもひと際警鐘を鳴らしていたのは『シマカゼタービンを好きにさせたらまずい』という直感めいた危機感だった。

彼の恐ろしい加速力と速度、そしてあまりにも既存の競走馬とはかけ離れた頑丈さと無尽蔵の体力、その神髄はすでに群馬トレセンで受けた個別レッスンで身に染みている。

群馬トレセンで行った平地での並走のみならず、駐車場を用いたジムカーナもどきや裏山に設置された坂路での疑似峠レース、そのすべてで自分とスイープトウショウは完膚なきまでに叩きのめされた。

我儘な癖馬であり最初が群馬でもわがまま放題であったスイープトウショウが、シマカゼタービンには内心はともかく一応は言うことを聞く分別を最後はつけたくらいなのだから。

だから怖かった、小耳にはさんだ瀬名酒造の現状が怖かった。仕事でさんざんしごかれただろう彼らの仕上がりが全く未知数だから放っておくのはまずいと判断した。

 

「なんて加速だッ・・・!」

 

大当たりだ、スイープトウショウに出走と同時に鞭を入れての加速、その奇行に判断が遅れた周囲から全速離脱、そして逃げるシマカゼタービンの後ろに潜り込む。

それでもぎりぎりだ、かろうじてスリップストリームが有効な範囲に入った位置に過ぎない。少しでも速度に乗り遅れれば、スタートに失敗した無様な騎乗になり果てる。

それも怖い、しかしそれ以外にも池永とスイープトウショウには避けたい戦いが後ろにあった。

 

(後ろは…地獄か!!)

 

すでに逃げ遅れたダイワメジャーが、周囲の駆け引きと競り合いに翻弄されて大きく消耗し始めている。

何とか抜け出そうともがいているがそのもがきを目ざとく見つけたどこかしらが牽制を入れるのでさらに消耗する悪循環だ。

互いの読み合い、駆け引き、競り合いで走行位置も頻繁に入れ替わる現状、今もダイワメジャーはレイルリンクに睨まれて逃げようにも逃げられない。

ルール違反すれすれも狙う極限の駆け引きが当たり前のように行われているのだ、これが世界での戦いであり、世界トップクラスのレースということ。

そしてそこを生き抜いてきた猛者たちというところだろうか、年末の中山競馬場で行われている普段の有馬記念からは考えられない接戦だ。

だからこそ池永は巻き込まれたくなかった、スイープトウショウをあの中で消耗させたくなかった。

どう考えても勝ち目はない、万が一にも勝ち目が見えない。スイープトウショウが削り切られるか、池永自身が削り切られるか、それとも両方ダウンでお陀仏か、その結末しか見えなかった。

 

(スイープ、踏ん張ってくれ!俺たちは逃げるしかない、それしか勝ち目がないんだ!!)

 

ぐんぐんと遠ざかっていく後方集団から目を離し、再び池永は前を向く。そして大きく歯ぎしりをした。

シマカゼタービンとの距離が離れかけている、再度スイープトウショウに鞭を入れながら、目の前の怪物に肉薄させながら恐ろしくて仕方がなかった。

後ろの地獄もさることながら、前を走るシマカゼタービンはまごうことなき怪物なのだ。

シマカゼタービンはただの競走馬ではない、そもそも競走馬というカテゴリーに分類してよいのかも池永には自信がない。

彼は馬の形をした怪物だ、名前のない怪物だ、まったく新しい未確認生命体だ、そういわれた方がしっくりくる存在なのだ。

それを自分たちは群馬トレセンに遠征して調教を行ったときに嫌というほど身に刻み込んでここにいる。

そんな常識の埒外にあると言わざるをえない怪物を相手にする前方は進むも地獄、下がるもあるのは魑魅魍魎の探り合いと騙し合いの地獄。

 

(だけどスイープが言ってたんだ、こいつが一番怖いって!!)

 

一番警戒するべきはこの底が見えない目の前の怪物だ。この群馬の山から来た怪物だ。池永にとっても、スイープトウショウにとっても、彼らの存在が一番恐ろしい。

だから、自分たちはすべてをこの一手に賭けた。ほかの選択肢と、他の仕事をすべて最後の最後で投げ捨てて彼らに賭けた。

大逃げするだろうシマカゼタービンを捕まえる、あわよくば彼の背中に潜り込んで引っ張ってもらってできる限り楽に逃げる。

逃げ馬ではないスイープトウショウに慣れない逃げをさせるのなら、現状ではこれが最高の手段なのだ。

 

(どっちも地獄なら、逃げることが許されないなら、ぶっ倒れるなら前のめりしかないだろうが!!)

 

持ってくれよ、俺の体。第一コーナーに差し掛かるころにはすでに普段のレース速度を超え、ラストスパートにかかっているかのような加速を続けるシマカゼタービンの速度に何とかスイープトウショウを食らいつかせながら池永は揺さぶられる己の体を叱咤する。

既に殺人的な加速だ、シマカゼタービンの尻に火をつけた自分たちはすでに彼らの背中から逃れることはできない。

第一コーナーに差し掛かる、目測ではすでに時速60キロを超えている。それでもぐいぐいと前に加速して自分たちをちぎらんとするシマカゼタービンの力強い走りとコーナーに差し掛かった瞬間の彼らのコーナリングに、池永とスイープトウショウは背筋が凍るような恐怖と高揚感を覚えていた。

 

「マジかッ…」

 

コーナーに差し掛かり、シマカゼタービンは体を右回りの内ラチギリギリまで寄せていく。それこそ体を擦らんばかりのギリギリまで。

さらに騎手の敏則がシマカゼタービンのコーナリングに寄り添うように、自らも体を内ラチ側に寄せて重心をさらに内に寄せる。

違反にならないギリギリラインを見極めたうえでの荷重移動と重心制御、速度を殺さず加速したまま曲がり切るインベタグリップ走行だ。

目算では馬体と内ラチまでは10センチを切る、その上に敏則が乗るか乗らないかというギリギリライン、怖くて計測したくないと池永の理性が悲鳴を上げた。

コーナーでもシマカゼタービンの速度は衰えない、加速する、コーナーを最短かつ最速で曲がりながら前に前にと加速する。

腹を決めろ池永。男は度胸だ、スイープトウショウに乗ったままビビッて情けない姿を見せるのか?

 

(やってやらぁ!!)

 

歯を食いしばる、何度目かもわからぬ軽い鞭を入れて加速を促し、シマカゼタービンの背中に食らいつく。

スイープトウショウが内ラチぎりぎりまで身を寄せてシマカゼタービンの作った走行ラインを模倣するのと同じように、池永も敏則がやったようにスイープトウショウの走行ラインを保持するために体を違反にならないギリギリ線まで傾かせて重心移動させる。

一歩でも間違えれば死ぬ、自分の右横を後ろに流れていく内ラチがそれを教えてくれている。

内ラチそのものがチェーンソーの刃のように見えて、それがいまにも自分たちを切り刻みそうに見えて、池永とスイープトウショウの心は今にも狂ってしまいそうだった。

ガリガリと己の精神力が削れていくのがわかるのだ、狂いそうなのがわかるのだ。疎ましいはずの内ラチのカザキリ音が、心地よいフルートの音に聞こえるような気すらするのだ。

シマカゼタービンを風よけにしたスリップストリームの内側という恵まれた走りやすい位置にいたとしてもこれだ、なら風避けにしているシマカゼタービンははるかに厳しいレースになっている。

そう思わずにはいられない、そう願わずにはいられない、しかしそんな池永とスイープトウショウの願いとは裏腹に、シマカゼタービンと敏則は軽々とコーナーを曲がり切る。

その姿は力強く、軽快で、常識はずれで、そして安定していた。恐怖など微塵も感じていない、まるでいつもの事とでもいうように涼しい様子でやってのけている。

そしてコーナーが終わる瞬間、シマカゼタービンと敏則の走る姿が僅かに外に向けて横にスライドしてブレた。

 

(滑った!)

 

十八番のドリフトだ、それもスイープトウショウと池永を振り切るための狙いを定めた不意打ちだと直感で理解した。

想定していなかったわけではない、コーナー終わりの立ち上がりで振り切ろうとするのは模擬戦でも多々あったことだ。

それでも読めなかった、どのタイミングで仕掛けてくるかまでは読み切れなかった。

だから食らいつく、一瞬飛び出しかけたスリップストリームの範囲に無理やりにでも体を持ち込んで食らいつく。

 

(まだやれる、耐えろ!)

 

急制動からの無理やりな突っ込みで吹っ飛びそうな体を池永は何とか鞍上につなぎ止め、スイープトウショウは深く足を踏み込んで更なる加速と進路変更を試みる。

後先考えないその加速で乗った速度を生かし、振り切られかけたギリギリのところでスリップストリーム圏内にぎりぎり踏みとどまる。

 

「ヒヒッ」

 

シマカゼタービンが息を吸う、彼がクラッチペダルを踏むその音が聞こえた。息を吸う、4つ数える、息を吐く。そして加速が一瞬緩む。

彼の体のすべてが弛緩し、加速が緩み、一瞬だけ速度が落ちる。半クラッチからのギアチェンジ、そして最高のタイミングですべてを繋ぐ特有の癖。

そこで生まれるほんの一瞬の隙、その隙の間にスイープトウショウを加速させて速度を稼ぎ、わずかに距離を詰める。

後ろを見る、すでに後方集団ははるか後ろだった。自分たちはコーナーをすでに走り抜けているのに、まだコーナーに入ったばかりだ。

自分たちの選択は今のところ正解だっただろう。だが解っている、理解している、地獄はまだ終わっていない、まだ彼は『一速』だ。

 

「ヴゥンッ!!」

 

加速が始まる、体が温まりギアを一段上げたシマカゼタービンがさらに足を速めて加速を始める。

殺人的な加速がさらに切れを増し、無尽蔵の体力が目の前の馬体をさらに増速させ、未経験の加速を実現する。

破滅的といえる後先を考えない加速、それについていく自分達という不思議な状況、けれどもう後戻りする気はない。

池永とスイープトウショウは『二速』で一度目の正面に入りギアを上げてきたシマカゼタービンの更なる加速に歯を食いしばって食らいつく。

大逃げにわざわざ食らいつくなんて本当にバカなことだ、脳裏にそんな常識が苦言を囁く。大逃げは後で絶対に落ちてくるのだからそこを差し切るのが定石だ。

現に後方のほとんどはその体で走っている、こちらの大逃げは一度意識から外して近くのライバルに注視しているのが大半だ。

たとえ大逃げを打つのがシマカゼタービンだとしても、初めての中山競馬場で不慣れなレースならばそうなると思うのが普通じゃないのか?

 

(いやない、絶対にないッ!たかが3キロ、マイペースにやらせたらそれだけで逃げ切るぞ絶対!!)

 

いや絶対にそうはならない、そう池永は断言する。これは直感でしかない、でも絶対にそうはならない。

落ちてこない大逃げ、そうなった大逃げの恐ろしさはこれまで多くのレースで先人たちが見せつけてきた。

そして彼の恐ろしいまでのスタミナはすでに群馬トレセンでの遠征で身に染みていた、何度も並走して疲れ果てるスイープトウショウの横でケロッとしているうえに暇なときは別の馬と並走していたような馬だ。

今回も絶対にそうなる、かならずそうなる、そう断言できる。

だから今は堪える、今は食らいつく、勝負になるのは一瞬しかない。そこまで何としてでも食らいつく、何としてでも持たせる。

これまで何度も危機を乗り越えてきた、何度も辛酸を舐めてきた、ほんの数分の体力勝負がなんだというのだ。

やってやる、負けてたまるか、勝つのは自分達だ。

 

 

 

 






あとがき
『暮れの中山に幻影は疾る』そんなサブタイトルが脳裏にちらついてました今回です。なんかガンダム臭い?作者もそう思っております。
有馬記念スタート、レース序盤をお送りしました。なんでここでスイープ?と思うかもしれませんがどうかご理解ください。
ここは中央なんです、GⅠなんです、タイマンでもないし少数戦でもないんです。しかも自分を目の敵にしてここまで追いかけてきたような奴らまで居るんです。
そんなのいつもみたいに行くわけないがない、ここは勝負したいから勝負できるような場所じゃないんですよね。
全員が解ってる知り合い同士のバトルのようにはいかないんですよ。


ちなみにスイープはウマ娘では魔女っ子キャラだから魔女繫がりでなんか浮かぶかと思いましたが浮かびませんでした。
ヅダの後を追っかけるエアリアルってのはちょっと見て見たいけれども。
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