気儘に生きた転生馬物語   作:イナダ大根

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シマカゼタービン「別に前とやってることは変わらない。ただ随分と時間があっただけだ」(推定年齢十代後半)

チームリギルの『シマカゼタービンに挑戦(初級モード・芝コース・生身)』

多くの感想と誤字報告、ありがとうございます!




第四話

 

一体何が起きたのか、目の前で起きた模擬レースの出来事に東条ハナはまったくもって理解できなかった。

コースを覆い尽くす歓声は互いの健闘を祝福し、勝者であるシマカゼタービンへのエールに満ちている。

シマカゼタービンがトレセン学園からやってきたディープインパクトを負かした、それも目に見える完全な勝利で。

歓声の中にいるディープインパクトはこなれた様子で歓声にこたえて両手を振り、シマカゼタービンは何かするわけでもなく棒菓子を咥えて頭を掻いているのが対照的だ。

 

「バカな、一体何が起きた…」

 

ナリタブライアンの呟きにハナも同意だった。

スタートはシマカゼタービンが負けていたように見えた、そして最初のブロックで確実に彼女の逃げを阻止できる態勢に入っていたはずだった。

あとは消化試合になるのが普通だ、一般校に通っているウマ娘にトレセン学園で実戦を走るウマ娘が負けるわけがないのだから。

だがそれがどうしたことだ、最初のブロックからシマカゼタービンの反撃が始まった。

まるで幽霊のように後ろにぴったりと張り付き、ディープインパクトを焦らせ、しまいには煽り始めた。

それだけならばまだディープインパクトは耐えられただろう、だが彼女はシマカゼタービンをブロックする仕掛けをするつもりで走っていた。

その仕掛けを見抜いたうえでぴったりと合わせて煽っていたのだ、まったく初見の相手のペースを見抜いてついていくことだけでも驚異的な観察眼をしている。

 

「Silencio?あのウマ娘、今何したんですか、最初のコーナー、アレは?」

 

「見てのとおりだと思いますよ、驚きです」

 

「ぐ、グラスもそう見えたんですネ…Son juguetón」

 

そして好きなだけ煽った末にいとも簡単にあっさりとディープインパクトを抜いて、最初のコーナーで見せたふざけた走り。

明らかなオーバースピードで突っ込んでいきながら、レーシングカーがやるようなドリフトでコーナーを一気に抜けていく。

足の動きは今まで見てきたウマ娘とはまるで違った、離れてみていたハナやナリタブライアンたちはすぐに分かったが理解できなかった。

どう表現したらいいのかもわからない、言葉にすればシマカゼタービンは芝の上を滑っていったように見えたからだ。

全速力でコーナーに入り、スピードを殺さずその勢いのままドリフトのように曲がり切ってさらに加速しながらスムーズに立ち上がる。

悪い夢でも見ているようだ、アレはウマ娘ではなく『自動車』の走り方だ。

 

「ますます強くなってるよ、一般校で何してんだ?あんなの教える先生がいるのかよ」

 

「居るわけないでしょう。さすがですね、平地ドリフトのキレも上がっていますがあのインベタグリップ走行、芸術的とすら言えます。

よほど走りこんでいなければあそこまでの突っ込みはできない、自分の体を良く知ってる証拠ですよ。良い指針ができましたね」

 

「どうかしてるわ、最終的にはたぶん3センチくらいにまで攻めながら一気に加速入れてる。少し体がブレるだけで死ぬわね、重心が内向きにいってるから腕持ってかれて次は首よ。

この整備された環境だからこそうちのでもやれるかもしれないけど、あいつはそんなんじゃないだろうし…なんでこっちに来ないのよぉ」

 

「それも含めて走り屋なのでしょう、だからこそあの彼も注目しているのでしょうね。こんな面白いもの聞きつけないはずがない」

 

「参りましたな、あの高橋に根掘り葉掘り聞かれそうだ。これは彼女たちにいい刺激になりすぎてしまう、今夜にでも走りに行かせろとうるさいですよ」

 

「ガソリン代やばくなるわね、トホホ…」

 

朗らかに語り合う群馬トレセンのトレーナーたちの会話も常軌を逸していた。何がいい刺激だ、刺激的すぎる。

しかも使われている単語の意味も分からない。平地ドリフト、インベタグリップ走行なんて走りは初耳だ。

インベタグリップ走行というのはあんな常軌を逸しているとしか思えないスピードで、まるで内ラチにぴったり張り付いているかのようなコーナリングの事だろうか。

狂っている、その時点でスピードに乗っていた、見る者が見れば『破滅逃げ』というにふさわしいペース配分を無視した全開速力だ。

それもその中でも見たことのないくらいの速さ、その状態できっちりと曲がり切るなんてどれほど体幹を鍛えて走ってきたのか。

普通ならば垂れるだろう、ここまで来たら足が鈍ってくる、トレセン学園のどのウマ娘も思うはずだ。

だがそんな走りを最後まで続け、ディープインパクトの追い込みすらも千切ってさらに加速して抜けていく。

中央のGⅡクラスでも有力なウマ娘が集う『弥生賞』を勝ち抜いたウマ娘に目測で4バ身差をつけての快勝、何の冗談だ?

何がいけなかった、怪我をしていた?不調を見抜けなかった?それとも相手が何か奇策を使ったのか?考えれば考えるほどに、思考がこんがらがっていく。

 

「ディープ、大丈夫でしょうか?」

 

未だに混乱の只中にあってわなわなしているエルコンドルパサーを介抱していたグラスワンダーの呟きにハナは熟考から引き揚げられた。

ゴール板の方に目を向けるとすでにディープインパクトはいない、ゴール板の横に定位置のようにシマカゼタービンが折り畳み式のパイプ椅子に座ってスマートフォンを弄っている。

ゴール板には小型のホワイトボードがかかっており『休憩中』という文字と模擬レース再開時間が書かれていて、その下でゴール板に背を預けてグテッと座るディープインパクトの姿があった。

ゴールした時はすっかりバテていたディープインパクトだったが怪我などはなさそうに見えるが、先ほどまでの走りからするとどうだろうか?

 

「ディープ、ちょっと戻ってきなさい!」

 

ハナの言葉に一瞬体を震わせたディープインパクトはハナとシマカゼタービンを交互に見てから小走りで戻ってきた。

 

「すみません、ついうっかり」

 

「ディープ、大丈夫なの?怪我とかはしていない?」

 

「はい?えぇ、大丈夫です!まぁ、負けちゃったんですけど…」

 

「そうか、よかった…ディープ、正直に教えて」

 

一度つばを飲み込んだハナは本気で走ったディープインパクトの感想を聞いてみるのが怖かった。

自分の努力が無駄になったとかそういうことへの怖さではない、何か得体のしれない恐怖が感じられて仕方がなかった。

それでも知りたくなってしまう、トレーナーとしての性なのか、あのウマ娘が彼女にどう映ったのかを。

 

「強かった?」

 

「めちゃ速です、笑っちゃうくらい手も足も出ませんでした。仕掛けは見抜かれるし遊ばれるしで、優位に立てたのは最初だけでした。

凄いウマ娘ですよ!最後なんかバビューン!って一気に置いてかれちゃいましたもん!でも次は勝ちます、もう次に走る予約もしてきました!良いですよね?」

 

走った本人がそう認めるならそうなのだろう。信じられないことだが、あり得ないことだが、シマカゼタービンはディープインパクトに勝ったのだ。

それも何が起きたのかわからないがディープインパクトの顔色はつい先ほどまでとは別人のように晴れやかだ。

何か燻っていたものが取っ払われて、レースなどでは押し込んでいる彼女本来の素である無邪気さが前面に押し出されてきている。

まさかあのウマ娘が彼女の求めていたものを持っていたというのか、それをこの一戦で叩きつけて彼女の中の燻りを打ち払ったというのか。

圧倒的な負けなら経験させたのだ、シンボリルドルフですら満足させられなかったそれを、あの一般校のウマ娘が?

これはまぐれなのか、それとも実力なのか、やっと気持ちの整理が落ち着いてきたことで自分の中に高ぶる何かが芽生えた感じがした。

らしくないことだ、だが、思ってしまった。ここにいるほかの三人はどうなんだ?あのウマ娘はこの3人にどこまでできる?

 

「そう…よく頑張ったわね。しっかり休みなさい。ねぇみんな、走れる?」

 

「はい」

 

「モチロンデース!」

 

「誰からやるんだ?」

 

やれと言われれば走るだろう、でも今の3人はきっとそうじゃない。自分の担当の事はよくわかっている、彼女たちもあの走りに『刺激』されてしまったのだ。

今自分がやっているのはただ焚き付けているだけだ、それでやってこいと許可するだけだ。らしくないが、自分には今火がついている。

ここで今期最有力候補を一般校のウマ娘に敗北させた挙句におめおめと帰ってしまったら、トレセン学園のトップチームである『チーム・リギル』の名が廃る。

何より、目の前にポロリとダイヤの原石が飛び込んできて気にしないトレーナーはいないのだ。少しでもいい、見極めたいと思ってしまった。

 

「え!?待ってください、彼女は私が倒すんです!私のです!!」

 

「まぁまぁ、落ち着いてディープ。まずは相手の走りを外から見て考えるのも必要ですよ?」

 

疲れた体で目一杯アピールするディープインパクトをグラスワンダーがするりと背後に回って肩を抑える。

瞬間、ディープインパクトは肩をびくりと振るわせてがくがくぶるぶると震えた。

 

「せ、先輩がマジだ…なじぇ?」

 

「あらあら…別に怒ってるわけではないんですよー?ただ、ね?」

 

「不退転モード!?」

 

オーマイガ!と思わずタイキシャトルになるディープインパクトをしり目に、ハナは手持ちのタブレットを起動し群馬トレセン学園のデータをもう一度さらう。

できればここの生徒であってほしかった、が生徒名簿にはやはり名前はない。その代わり、練習映像が一般公開されている中に見つけた。

どれもツバキプリンセス、ホクリクダイオー、ノルンファングを相手にした模擬レースの記録映像だ。

どうやらツバキプリンセスやその友人たちが入学したときから、時折彼女たちの練習相手として呼ばれては暴れていたらしい。

しかしあまり参考にはならなそうだ、残っているのは短距離レースの物ばかりでいい勝負をしているがそれだけで見るべきものはない。

あのふざけた加速をしているような場面は残っておらず、逃げを得意としている以外は分からない。

むしろ相手のほか3人の追い上げの凄さが強調されているようだ。

 

「エルコンドルパサー、行ってこい」

 

「いいんデスカ?勝っちゃいますよ、ブライアン先輩?」

 

「それならそれでいい。だが油断するな、本気で潰せ」

 

「了解デース!あとで文句言わないでくださいネ!」

 

「せ、せんぱい、やめてください、おねがい」

 

「ディープ?」

 

「ピィッ!!」

 

そして次のレースはすぐに始まった、シマカゼタービンの怖ろしいスタミナは本物なようでエルコンドルパサーがディープインパクトは疲れているから少し待ってほしいと伝えると、20分のインターバルを置いて模擬レースとなったのである。シマカゼタービンは少し渋ってはいたが。

距離は同じ芝2000、右回りでのタイムアタック。今度は中央でも怪鳥と名高いエルコンドルパサーとの一騎打ちとなればさらに盛り上がるというものだ。

配置は同じ、シマカゼタービンが内側でエルコンドルパサーが外側だ。

先ほどとは違い、モータースポーツ部のウマ娘が行うスターターピストルの合図と同時にシマカゼタービンとエルコンドルパサーが一気に駆け出す。

少し走りシマカゼが逃げ特有の加速を始めたところでその後ろにするりとエルコンドルパサーが入って追走を始めた。

卑怯とは言わないだろう、事実その動きに群馬トレセンの生徒もトレーナーも沸き立っている。本気で戦いに行ってるのだとわかるからだ。

 

「あ、ダメね、タービンにそれは」

 

近くで見ていたツバキプリンセスのちょっと落胆したような呟きがハナの耳にはやけに大きく聞こえた。

それがどういう意味なのか、それはシマカゼタービンとエルコンドルパサーが最終コーナーを抜けたときにわかった。

 

「エル?」

 

「嘘だろ」

 

ナリタブライアンの焦燥に駆られた、けれども己の高ぶりを抑えられないうめきはハナの気持ちを代弁しているように聞こえた。

シマカゼタービンの後ろを取る先行策を取ったエルコンドルパサーは最後の直線に入ってもまだシマカゼタービンの後ろから動かない、否、もう動けない。

涼しい顔で巡航するシマカゼタービンの後ろで、エルコンドルパサーの表情は鬼気迫る表情になりながら追走するだけで精いっぱいという状態だった。

逃げ足を差すために足を溜める、そのためにエルコンドルパサーは彼女の真後ろを取ってスリップストリームを使いながら相手のスタミナ切れを狙ったのだ。

だが誤算があった、相手は全くペースを乱すことなくエルコンドルパサーの追走を受け入れて完全に無視、そのまま加速をかけ続けて好き勝手に振り回したのだ。

最初の直線までは速いが普通の逃げだ、だがそこからどんどんペースが上がり二本目の直線中盤で先ほどディープインパクトと戦った最終コーナーほどの殺人的なスピードに乗って巡航し始めたことが追従するエルコンドルパサーには大きすぎる負担だった。

その巡航速度が目算で時速70㎞あたりとあまりにも速すぎること、そしてそのペースについていこうとしたエルコンドルパサーは最後の追い込みに使う体力を完全に失ってしまったということだ。

また途中のコーナーは群馬トレセンのトレーナー曰く『インベタグリップ走行』という超インコース高速走法、狂ったような攻めに付き合わされたエルコンドルパサーの恐怖は計り知れず精神面も大きく揺さぶられただろう。

漏れ聞いた話では最終的には内ラチと体の間隔を3センチほどまで体を寄せる常識外の超インコース走行なのだ、そんな走りをするウマ娘はそうそういない。

 

「アァァァァァァッ!!?」

 

そして最後の直線、限界ながらも食らいつかんとしたエルコンドルパサーが自らシマカゼタービンの背中から外側に飛び出し抜きにかかる。

スリップストリームの恩恵を失ったエルコンドルパサーは避けていた風圧に煽られ、疲れ切った体では抗えず失速。瞬間、ディープインパクトにも見せた最終加速で一気に置いて行かれる。

結果は5バ身差の敗北、中央の怪鳥が突風にあおられて地に落ちた。

 

「後ろにつくのは良いけど無理はいかんぜ、他人のペースに合わせるってのは案外きついもんだ」

 

何もかも使い切り天を仰ぐエルコンドルパサーに、先ほどよりも汗をかいているとはいえケロリとしたシマカゼタービンの言葉はやや辛辣である。

東条ハナは同意し辛かった、間違いじゃないのだが中央シリーズのGⅠをいくつか取ってるウマ娘に掛ける言葉じゃない。

 

「ヤベーです、途中から速度の感覚無くなったデス、コーナー入って横見たら内ラチが目の前でビュンビュン言ってるデス。

前見るとシマカゼと内ラチの間にほんの少ししか隙間ナイデス。同じ動きしないとすごい風圧で煽られて内ラチに突っ込みかけました…ついてかないと死ぬって思ったです。

二回目は記憶ナイデス、ナイデス、ない、な…ヒィ!?」

 

戻ってきたエルコンドルパサーの最初の感想がこれである。東条ハナはますます背中に怖気と胸に走る高ぶりを感じた。

恐ろしいスタミナと根性だ、おそらくまだまだ使い切っていない。少し時間を置けばまた走れるというくらいだ。

体力を完全に使い果たして生気を失ったような眼をしたエルコンドルパサーにより奮起し、次に挑戦したのはグラスワンダー。

 

「わた、私!わたしー!!次私―!!」

 

「ダメデス、イッテハダメデス、死にます」

 

「最後だけ怖い!」

 

回復したディープインパクトがごねる、が回復しきっていないエルコンドルパサーに抱き着かれて延々と止められる。

マスクをしているのにすっかり素が出ているから重症だ。ディープインパクトには悪いが少し我慢してもらうしかないだろう。

 

「えー…今度はあんたかい?ディープは?」

 

「すみません、ちょっとあれで」

 

「…あー、しょうがないね。じゃ、やるか」

 

グラスワンダーとの対戦、授業の関係で周囲の生徒やトレーナーたちの姿はまばらになったが皆興味津々だ。

3度目の挑戦、シマカゼタービンは内に、グラスワンダーが外に立って合図を待つ。グラスワンダーの表情は一見穏やかだが、背中には何かオーラのようなものが見える。

可愛い後輩が負け、実力確かな同期が完敗、そんな強敵を相手にグラスワンダーは燃えているとハナは感じていた。

残っていた生徒に頼んだスターターピストルの音が鳴る。瞬間、今度は珍妙なレースがスタートした。

 

「邪魔するならあっちいくから、じゃ」

 

エルコンドルパサーの失敗を再現せず、ディープインパクトと同じように逃げ足をつぶす選択に出たグラスワンダーだったがここで躓いた。

それを見たシマカゼタービンがスタートを故意に出遅れて後ろを取り、肩透かしを食らったグラスワンダーに一言置いて外ラチに向かって進路を取ったのだ。

そして一人外ラチギリギリに陣取ると、そのまま勝手気ままに走り出した。勝負を捨てているわけではない、内ラチに沿って全力で走るグラスワンダーの背中を捕らえた目は遊んでいるようには見えない。

突然の進路変更とそのふざけた走りに一瞬気後れしたグラスワンダーだったが、すぐに前を向いて加速を始める。

何か企んでるとは感じても傍目はどう見ても勝負を捨てているようにしかハナには見えなかったが、その予想は当たっていた。

序盤から中盤にかけてはグラスワンダーのほうが先行していた。だが中盤から様相が変わってしまう、差しの走りではないまでもラストスパートの体力を残すグラスワンダーの足は中盤で安定した速度を保って溜めて走る。

その後ろから、外ラチギリギリをまんべんなく使って思いっきり加速をつけて飛ばしてきたシマカゼタービンが猛追。彼女もさすがに表情を厳しくしていたが、それでも異常すぎた。

グラスワンダーよりも長い距離を走って追い付いてきたのだ、なのにその速度は落ちるどころか乗りに乗っており足取りも全く衰えがない。

その恐ろしい猛追に気付いたグラスワンダーもすぐに速度を上げるがもう遅い。

延々と加速して速度の乗ったシマカゼタービンは外ラチに沿ったまま最終直線でグラスワンダーを追い抜き、速度を緩ませることなくそのまま2バ身差でゴールを突き抜けた。

 

「別にルール違反じゃないだろ、コースの中を走ってるし誰の邪魔もしてないし…絡まれたら面倒そうだったしな」

 

「えぇ…?えーーー!?」

 

しっかり意識されていたのにまったく相手にされていないような勝ち方をされてはグラスワンダーも戸惑いを隠せない。

これも逃げの戦術と言えるのか?確かに逃げだ、相手の行動を見てさっさと迂回して避けたのだから逃げといえば逃げだ、普通はしないが。

グラスワンダーも負けた。何もできないままで。ハナは思わず腹が痛くなるように感じた。ドツボじゃないかこれは?

 

「…やるじゃないか、これは、いいな!!」

 

「なんでそんないい笑顔なんかねぇ!?普通に走れば勝てただろ!?」

 

「そうは思わん」

 

「えぇ…」

 

4戦目、ナリタブライアンはシマカゼタービンを外ラチに沿うコースで猛追する。

スタートと同時にナリタブライアンがブロックに出たのを回避して外ラチに向かうシマカゼタービンだったが、それをナリタブライアンが追いかけたのだ。

そしてエルコンドルパサーのように背後を取ってスリップストリームを用いて体力を温存しながら追走、しかし使い切る前に勝負に出るつもりで仕掛ける。

自分がバテる前に差し込んで自分のペースに強引に持ち込む、そのつもりだった。

しかしそれを見越したシマカゼタービンがフェイントを仕掛けた、ディープインパクトも翻弄されたという読めないフェイントにナリタブライアンも機を逸してスタミナを使い果たして凡走。

延々とシマカゼに先行されたまま走りぬいて1バ身差で敗北した。

シマカゼタービンの言う通り、超大外に逃げたシマカゼタービンのことは放っておいてナリタブライアンがインコースを全力疾走すれば勝てたかもしれない。

しかしナリタブライアンがシマカゼタービンを追った理由もハナには理解できた、あの戦術は一度成立すると妨害する手立てがほとんどないのだ。

何しろ物理的に距離を開けて敬遠するコースであり、対処するなら同じ土俵に上がるしかない。無視すれば持ち前のスタミナとスピードで強引に勝ち筋に上がってくる。

分からないのだ、ナリタブライアンの脚力をもってしても埒外の速度で爆走してくるあのウマ娘から逃げきれるかどうかが。

それをわかっていただろうナリタブライアンは同じ土俵にあえて乗り込んだ。それすらも相手は想定していたのも怖ろしい話だ。

そして負けて火が付いたナリタブライアンは、肩で息をしながら実にイイ笑顔をシマカゼタービンに向けて負けを認めている。

こういう走り方をしてくる相手は今まで中央にはいなかった、初めての相手だ。あのナリタブライアンが燃えないわけがない。

 

「タービン、もう一本だ!」

 

「先輩ずるい!次私、わーたーしー!!」

 

「ムガァーーー!負けっぱなしは悔しいです!!シマカゼタービン、Re-desafíoデス!!」

 

「ノー!ネクストミー!」

 

「私も負けてはいられないですねぇ…再戦をお願いします」

 

「ダメ!私が先!!さーきでーすー!!」

 

「なにこれ、増えた?うそだろおい…あ、抱き着くなディープ!」

 

「あ、意外とおっきい」

 

「顔をうずめるな…」

 

ディープインパクトにがっつり抱き着かれ胸に顔をうずめられてがっくり肩を落とすシマカゼタービンの背中がすすけて見える。

さすがに何度も走らされて疲れているのだろう、そこまでしてやっと疲れてくるスタミナというのもおかしな話だが。

 

「あいつ、また精度上げてきたわね…というかますますスタミナついてんじゃないの」

 

ふと聞き覚えのある声がして顔を向けると、ツバキプリンセスがスマートフォンを見つめながらぼやいていた。

先ほどの模擬レースの映像を見ているらしく、その表情は悩ましいように見えて浮かれているような感じがする。

それはお友達が完勝したのはうれしいのだろうけども、と複雑な気分になったハナの目に真っ二つに切った『emperor』の文字ステッカーを封入したような透明なアクセサリーが目に入った。

ツバキプリンセスのスマートフォンカバーにくっついていてゆらゆらと揺れている。

それを見てハナはふと気になった、アレはどこかで見た気がする。どこか身近な誰かが持っていたような…

 

(いや。そんなことはいい。それより…)

 

つい熱が入って引っ込みがつかないうちの連中をどうしようか、ガラにもなく熱くなってしまったことを恥じる東条ハナであった。

 

 

 

 




あとがき
被害者3名入りまーす…良いとこ育ちの仲間は千切れば黙るだろうと思ったらがっつり火を付けちゃったシマカゼタービンであった。
チーム・リギルがすごいとまではツインターボから聞いていたが、詳しいところまでは興味がなくて忘れてるこいつが悪い。
もしシンボリルドルフかマルゼンスキーあたりが来たらもしかしたら思い出してたかもしれない、モンスニー爺さんがしゃべってるだろうから。
その場合は別の逃げになってただろうから多分平和、ただしおハナさんの胃にダメージ。
今回は前世では全部ディープが食らった戦法だけどバラバラに食らってもらった、逃げは逃げでもルール内ならあの手この手よ。
なおまともに相手をしたのは3人の中ではエルコンドルパサーだけ、グラスワンダーとナリタブライアンは特殊な逃げなので普通はノーカンが妥当な感じ。
ちなみに時間なら前世よりもはるかにあったので『経験』はさらに豊富、生まれて二年でイカレ馬と化したコイツにさらに時間を与えちゃこうなるよ。


次回『シマカゼタービンの一日』


公道最速理論の男は存在する、解る人にはわかるよな?


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