気儘に生きた転生馬物語   作:イナダ大根

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ウマ娘は現代、すなわち2020年代に頭文字Dぶち込んでる感じです。
それはそれとして一言、私はシンボリルドルフアンチでは、ありません!(スペちゃん風)

多くの感想と誤字報告ありがとうございます。






第七話

 

 

 

 

あ、これスマホじゃなくて画面の向こうで固まってるわ。そう気づくのに大体30秒くらいかかった、変な沈黙だった。

ターボ、後ろで「だよね」とか言ってるんじゃねぇよというかわかってんなら電話を繋ぐな…あぁ、だから繋いだのか。

俺が速攻で断るって分かってるから速いもんな、あいつも変わんねえ…いや、言いつけ守ってるみたいだから成長はしてるか。

オールカマー頑張ってたしもういい時期だが…いや、もうやってるかな?こうしてるんだし。

 

≪理由を聞かせてもらえないかな?≫

 

おっと再起動したけど顔が怖いぞシンボリルドルフ、笑ってるけど笑ってないわ。でもなお嬢ちゃん、その程度じゃ痛くも痒くもないわ。

 

「もうそんな年でもありません、お話は大変ありがたいのですが」

 

俺は17で高校2年生、でもすこしすりゃ18で立派な高校3年生ですよ、進路もあるし時期最悪、なんもかんも遅いでしょうよ。

フリフリ着て歌って踊るのは趣味じゃねぇしな、うん、無理。

 

≪諦めてしまうのかい?≫

 

んん?

 

「どういう意味でしょうか?」

 

≪君の事は少し調べさせてもらった。とても走るのが大好きで、レースも好きだそうだね。ツバキプリンセス君たちと同じく。

現に群馬トレセンからの要望もあって、時折模擬レースの相手として赴くくらいだ≫

 

それね、俺のせいだわ。ツバキとダイオーとノルン、あいつら群馬トレセン中等部に入った途端、半年もせずに上級生含めて蹂躙して全部撫で斬りにしちまったからなのよ。

幼馴染で従妹のツインターボより長い付き合いだからさ、一緒に芦名の峠を駆け巡って鍛え上げちゃったのよね。

面白いように吸収してくもんだから俺もすっかり調子に乗っちゃってさ、俺も強くなれたからもうノンストップ。

その結果が群馬トレセン黒歴史の一つ『恐怖!新入生3人に!!在校生全員撫で切られたらさらに上がいた事件』っていうわけだ。

んでどうしたもんかと考えた群馬トレセンの行き着いたのが俺、知り合いだから何とか出来るかもと思ってたのね。

だからあいつらに加減を叩き込んで、時々在校生含めてボッコボコにしてたってわけで…まぁこんな特殊事情知るわけないし誰も漏らさんわな。

群馬トレセンの秘密その一だ、ツインターボも知らん。俺も含めて口止めは口酸っぱくお願いされてるから口にはしないモノ。

 

≪ただ勉学だけはいつもツバキ君たちに負けていた。悪く言うつもりはないが、トレセン学園に入れる学力に届かなかったそうだね≫

 

あれれ?事実だけどもなんか変な方向に考えてないかいこの人?確かにそんな頭はなかったが、元々行く気なかっただけなんだけども。

 

≪これは我々からのスカウトだ。もちろん試験は受けてもらうがそれは現段階での実力を図るためのもので、合否には関わらない≫

 

だろうよ、来てほしいとか誘っておいて試験にぶち込んで合格できなかったからさよならとか詐欺じゃん。

んで、そんな特別扱いして俺にあるのは足だけよね、勉学は今もちょっと優秀なだけの普通路線よ、そんなエリート学校の授業とか地獄しか見えんぞ。

 

≪進学の事ならば心配はいらないよ、トゥインクルシリーズへの出走期間中は高等部として在学することになる。

思う存分力を試して、その後の進路は君の自由、地元に戻るもよし、残ってドリームシリーズに挑むもよしだ。

私は後者をお勧めしたいね、君とはぜひ競い合いたいものだ≫

 

…それは留年のお誘いですかな?え、ターボが息を呑んでるの聞こえるんだけど。まさかこれ無自覚で言ってるの?嘘でしょ。

 

「え、堂々留年しろってマジ…」

 

「先輩すぐ高3でしょ、そういう人いるみたいだけどさ…えぇ」

 

「嘘だと言ってくれカイチョー」

 

おっと、留年のお誘いがあらぬ方向に伝播してるぞ。でもテレビ会話ってスピーカーだから周りにも聞こえてるのよね、もう手遅れ。

ウマ娘のレースは人気だからな、素人でもどういう感じとかは大まかには伝わってんのよ。

まず訓練で半年くらい、そのあとデビューでジュニアクラス、クラシック、シニア、これがトゥインクルシリーズの最初の3年間だっけ?

それ終わってトゥインクルシリーズを引退したらシンボリルドルフみたいにドリームシリーズに行くって話だけど…それはあくまで『おおまかに』らしいな。

でもそれってさ、もし行ったら最短で卒業するとき高校5年じゃん!?二十歳じゃん!活躍できなきゃ世間からしたら留年しまくりの問題児にしか見えねぇじゃん。

レースに人生を賭けてるならいいんでしょうけども、俺は趣味だから無理です。勉強だってぜってぇついてけねぇだろうし。

G1レースだとか、皐月賞だとかそういうので一着とったところで世間に出るなら、人間だろうが馬だろうが働くスキルがなきゃ生きてけねぇんだよ。

 

≪当然、すぐに決められるはずもないだろう。どうかな、一度学園に見学に来てみないか?≫

 

あかん、これ喋らせちゃあかん。

 

「申し訳ありません。わざわざお電話いただいて大変恐縮ですが、やはり辞退させていただきます。次の授業もありますので、失礼します」

 

電話を切る、これでいい。横を見ると何とも言えない顔した二人。

 

「言いたいことあるならいいな」

 

「相変わらず容赦ないなと思って。あのシンボリルドルフ生徒会長というか、トレセン学園の面子丸つぶれじゃんこれ」

 

むしろ感謝してほしいくらいだぜ、黒歴史が増えまくることになるぞ。今の時代、情報化が進んでるんだしよ。

この話だって、ここにいる連中からどんな風に漏れるかわかったもんじゃねぇ。

 

「そのマイペースぶりは尊敬いたしますわ、真似はしませんけど…でもいい気味ですわねぇ」

 

テューダー、実に愉しそうだな。周りの連中もすごい複雑そうな顔すんな、聞いちゃったんだからしょうがないだろ、ほら散った散った。

 

「っていうか、これ悪いほうの噂もそれなりに信憑性あるってことだよね。じゃなきゃあそこまでズレねぇでしょ」

 

まぁ、一応前段階で調べてこれなんだろうからな。普通この段階でスカウトされて動く奴はいねぇだろ、リスク高すぎるわ。

ほかのウマ娘でもちらりと考えるだろこれ、18で高校生延長しませんか?いやこれで行きますって即答する奴いる?俺、いないと思う。

 

「で、行くの?なんか見学しないかみたいなこと言ってるけど」

 

「行かんわ、今断っただろ」

 

「これで諦めるとは思えませんけどねぇ、オグリキャップさんの時はかなりえげつないことしたって噂もありますし」

 

「地方の怪物、そういえばスカウトされたんだっけ。例えばどんな?」

 

小町の疑問にテューダーは少し考えて、見るからに黒い笑みを浮かべてにやりと笑った。あかん、アンチな面が出た。

こいつは基本的に良い奴だし信頼もされてるけど、トレセン学園が絡むとちょっと口が悪くなる。

しかもこういう場合、知ってる『事実』をそのまんま一番いやなタイミングで話す嫌がらせするから…

 

「カサマツトレセンに行った同期から聞いた話なんですけどね、その当時のトレーナーさんもスカウトに悩んでいたそうですわ。

当然です、彼女ほどの才能の塊をみすみす手放すなんてそうそうできるわけがありません。きっと東海ダービーを盛り上げる逸材になったはずですもの。

でも中央と地方じゃ設備も何もかも違う、地位も名声も雲泥の差、人の良いトレーナーさんはオグリキャップさんのために悩み続けたそうですわ。

そこにこう口を挟んだそうです『自分の担当にとって一番の選択をお願いします』だそうですよ」

 

ほら、空気が死んだ。ターボに電話したい、癒されたい…

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

 

「ただいまぁ…」

 

「お帰り、どうしたんだお前、元気ねぇな」

 

夕方、家に帰るとなぜか玄関に兄貴がいた、今から外回りに行くって感じのスーツ姿だ。でもなんでだ?まだ会社にいる時間なのにな。

 

「兄貴?仕事はどうしたの」

 

「忘れ物取りに来ただけだよ、それよりお前だ。なんか疲れてんな」

 

「あー…なんかトレセン学園からスカウトが来た。断ったらテューダーがトドメ刺して学校の空気が死んだ」

 

おかげで残り半日、教室の空気がおかしいのなんの、変に気を使っちまっていつもより疲れたよ。

帰りに即ターボに電話したら癒されたけどやっぱり疲れた。

 

「意味わかんねぇな」

 

「俺にもわからん、うちにも電話来るかも」

 

「もう来たけど親父はお前の自由にさせるって」

 

「ナイス」

 

あとでビールを差し入れしよう。

 

「今日はバイト休むか?」

 

「この程度で休まねぇよ、着替えたら会社行くから」

 

「あいよ、じゃ戻るぜ」

 

家のバイトといえば言わずもがな、瀬名酒造の主力商品である日本酒『ウマ練り』の仕込みだ。大体週2~3くらい。

まず手伝いに使う装備を部屋に取りに戻る、会社の支給品でもいいけど俺は自前のこいつがあるしな。

前は普通に背中に背負っていたが、この世界ではそれ専用の運送器具を使って体に酒瓶の入ったケースを取り付けて行うようになった。

親父さんのツテがある地元の運送業社『橋本運送』が運送業を営むウマ娘用に開発し、今じゃ男女共用品が出るまでに広がった『ポーターズギア』と名付けられた装備。

昔どっかで見たような気がするけどこれがすごい、背中の背負子が高性能なこともさることながらなんと両肩や両腿にもケースを固定できるアタッチメントがついてるしそれの固定力が強力でめったに取れない。

瀬名酒造でも会社が社用品として扱ってるし俺も前まで使ってたが、私物のこれはそれの最高級品。

軍隊向けに設計されたミリタリーグレードだ、ダウングレードされてるらしいけど性能は一番、でも滅茶苦茶高いヤツ。

社用の汎用モデルと比べて3倍はするけどそのお値段に見合った性能とフルセットだから買う人は結構いる。

専用ポーターズスーツはオリーブグリーンのツナギみたいな全天候対応型スーツとミリタリーブーツで構成されてる。

こいつは仕事にも練習にもいい、雨の時も風の時も完璧で雨が降ると自然にフードが出てくる機能もついてるし非常に頑丈。

山の天気は変わりやすい、峠だってそれはあるからな。仮にコケてもこのスーツが身を守ってくれる。

ウマ娘流にいえば俺の勝負服になるのかね、仕事用だけど。

 

「いらねぇか、暑いし」

 

でも欠点は厚着になるから蒸すこと、朝は冷えるけど日中はそうでもなくなったし普通にランニングウェアにポーターズギアを付けて着るだけにする、シューズはいつもの蹄鉄付き、いつもの格好だな。

スーツも壊れたら金掛かるし、洗濯も結構手間だったりするから大体はここぞというときか秋から冬が出番なことが多い。

 

「あとは…水筒と発煙筒と…」

 

忘れちゃいけないのが水筒、これは普通のキャンティーン。米軍のお古、フリーマーケットで発見。安くて頑丈、気に入ってる。

中身は普通に水だ。専用カートリッジを入れておけば水を入れるだけでエナジードリンクにしてくれる水筒も売ってるけどこれがバカ高いんだよな。

発煙筒はいつものヤツ、ポケットに突っ込んで終わりだ。家を出て会社へ直行、会社の区画も我が家も同然だからどこに顔出しても顔なじみばっかりだ。

すれ違う社員さんたちに挨拶しながら、今朝も行った倉庫の表ゲートに向かう。うちのアルバイトは大体そこが仕事始まりだからな。

朝は親父が準備していた場所には栗色の長髪を後ろでまとめたウマ娘、モンスニー姉貴が愛車のアルテッツァのフロントガラスを拭いて待っていた。

敏則兄貴とモンスニー姉貴は夫婦なのだ、解っちゃいたけど自分には字面のインパクトがデカい。

 

「姉貴、軽トラは?」

 

「別で使ってる。ほら、最初の分」

 

「仕込みのオーダーは?」

 

「特に指定なしだけど…今日の売れ筋は甘口だったわ」

 

「んじゃ甘口仕込みにするわ」

 

姉貴が渡してきた大量の金属ケースを受け取って、一度地面に置いてから一つづつ手に取ってアタッチメントと背中に背負う背負子に分配する。

まず一升瓶が6本入ったMサイズケースを4つ背中に背負う背負子にしっかりと縛って固定、配送業じゃないから普通に持てる分だけでいい。

それから同じ瓶が3本入ったSサイズケースを両肩と両腿のアタッチメントに固定、めったに取れないがしっかりと固定されているのを確認する。

通りがかった新人社員のウマ娘さんが顔を青くしてるのが見えたが当然だ。背中に24本、両肩両腿合わせて12本、合計36本の未熟成ウマ練りだ。

当然割れたら大損害、たぶん現在の貯金全部ぶっ飛ぶし俺はしばらくタダ働きだ。前世で一ケースダメにした時はしこたま怒られたから絶対にもうやらん。

最後に腰のトランシーバーの電源を入れて、ウマ娘用ワイヤレスイヤフォンを片耳に着けてから姉貴に向かって親指を立てた。

姉貴は頷くと愛車のアルテッツァに乗り込む、姉貴がエンジンをかけると同時に俺は倉庫前から駆け出して瀬名酒造の正門から公道に出た。

走るのは公道のウマ娘専用レーン、それに沿うように併走中の看板を前後に着けた姉貴のアルテッツァが車道側の俺の後ろについた。

 

≪今日は外周ルートを1周でいったん戻る、お酒を付け替えたらもう1周ね。初めは25、体が温まったら30で流しなさい≫

 

「25から30、了解」

 

外周ルートは市街地の外をぐるりと回るコース、山沿いの国道が一本ぐるりと走ってるからかなり気持ちがいい。

距離はルートにもよるけど大体15キロくらいで一度戻り、それなりにアップダウンあるからきついところもあるランニングコースだ。

ちなみに走る速さとフォームとは別に、酒の仕込みのために揺らすことを忘れない。これも完璧に制御してこそ仕事人よ。

 

「姉貴、ところで今日の晩飯って何?」

 

≪麻婆豆腐。あ、お豆腐まだあったかしら?≫

 

「…豆腐抜き麻婆豆腐とか新しいな」

 

≪ルート変えて藤原さんのところ行く?≫

 

「やめて」

 

そんなロングコースやったら帰ってくる頃には飯食べる元気ないって、ここから秋名まで最短距離でも山越えコースだし。

美味しい豆腐は迷うけど、いやかなり迷うけど…いや行くか、行くか、うまい豆腐のためなら、うまい飯のためなら頑張れる。

 

≪嘘よ、無かったら旦那に行ってもらうわ≫

 

よかった、このまま山越え遠征ルートは避けられた。前にやったときは祐一さんの目がキチガイを見る目になったからな。

でも豆腐はうまかった、冷ややっこスープって夏場に運動した体にすげぇ染みるのよ。兄貴には悪いが奥さんの言葉には従ってもらおう。

このまま市街地の外周をぐるっとひたすら走るロングコース。峠とはまた違う体力と根気が必要なタイプだ。

 

≪忘れてた、さっき電話があったわよ。ジムカーナ、やっぱりやるってさ≫

 

思わずガッツポーズ、行きつけのモーターレーシングコースのジムカーナ練習会、路面の再舗装が間に合わなくて開催危ぶまれてたもんな。

峠もいいけどジムカーナとかダートラリーも面白いんだ、次はどこまで攻め込めるかな。

 

≪浮かれるのはいいけど足が下がってる、もう少し腿を上げて、もうちょい背筋伸ばして≫

 

姉貴の指示に従って腿を少し上げて走るようにフォームを矯正する。重たい荷物を背負っていると無意識にいろいろ崩れがちだが、こうしてみていてくれると矯正しやすい。

酒の仕込みも考えて体を揺らしてるとどうしても、意識がズレてくるからな。

元中央経験者の姉貴は資格を持ってるしそういう面の知識量も強いから、うちでは欠かせない人材だよ。

 

≪フォームが大分まとまって来てるわね、これなら次はもう少し重いので行けるわ≫

 

「じゃぁ、そうしよう」

 

夕焼けの綺麗な山に沿って気持ちよく走りながら答える、もう少し量増やせるならもっと金になる、夢が広がるな。

この時間は車の往来はそこそこある、ランニングしている連中もいるけど十分避けられる間隔は開いている。

常連のウマ娘だったりおばさんおじさんだったりに挨拶しながら避けつつ抜けていくと、今日は前に人がいなくなり始めた。

 

≪速度上げていける?≫

 

「もちろん」

 

≪時速40、同行者がいたらスラローム回避、外周トンネル抜けてオールクリアならスパートで50≫

 

50か、まぁ夕方だしな、平地で酒を背負ったまま時速50㎞なら余裕で止まる。

この道に警察はいない、何故ならこのあたりから警察が潜める脇道が全くないから。

撮影装置とかもないから、警察のパトロールを警戒してれば多少速度を出しても平気だ。

そうこうしているうちに人気がなくなり始めた、あ、これもしかしてオールクリア行けるかも。

 

「姉貴、行けそう」

 

≪えーと…いないわね。良いわよ、いつものところで30に落とすこと≫

 

トンネルを抜けたら高速道路入口への分かれ道まで直線、脇道なしで距離800の傾斜五度の上り坂。

絶好のオールクリア、運がいい。気持ちよくいけそうだ。姉貴のアルテッツァがスピードアップすると同時に俺は足を思いっきり踏み込んだ。

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

 

夜の9時、バイト終えて晩飯を食った後。俺はいつも寝る前に日課のランニングに行く、時間はいつもまちまちだがたいてい夜寝る前に峠を一本往復だ。

 

「行ってきまーす」

 

昼間のとは別のランニングウェアに着替えて、玄関から軽く走りながら芦名山の峠道への入り口を目指す。

峠への入り口でいったん足を止めて体をもう一度ほぐす、ここからはノンストップで駆け上がる。約9キロ、いつもの日課だ。

一息入れて坂道を走る、時速45㎞を基準にして速度を変えずに走るランニングだ。前は44が限界だった、これで余裕ができたら次は46だ。

バイトの時のような重りを背負っていない分足は軽い、だがその分速い、そして足取り、踏み込み、フォームなど全てががらりと変わる。まったく同じ走りはできない、それをすべて体に教え込んで染みつける。

上っていくにつれてどんどん息が上がってくる、でも速度は落とさない。携帯速度計を逐一確認しながら、速力を維持しながら登り続ける。

これができなければだめだ、これで体力がつかなければ下りでは全く勝負にはならない。

見慣れた無料パーキングエリアのゴールに上りきる頃には息も上がって辛い、ヘロヘロにならないから成長はしてるが。

でも、これが今の俺の限界だ。まだ次の段階へはいけない。

パーキングエリアの自販機コーナーでスポーツドリンクを買って一気に呷り、一息ついたら近くのベンチで一休みだ。

 

「…今日も一人か」

 

夜になるとここら辺は人も車も捌ける、だから週末は走り屋が溜まるんだ。最近はたまにマラソンしてるのがいるけどそれだってホントにたまにしか会わない。

そもそもウマ娘の方のたまり場はもっと下、最近できた展望台ルートの新道だからな。

あそこはここよりトイレや休憩所がしっかりしてるし、無人運転のロープウェイが24時間使えるから上りやすい。

街灯もそこそこあるから走りやすいし、何より距離が片道約2400メートルだ。レースを目指すウマ娘には魅力的らしい。

テューダーガーデンやクイーンベレーも、今頃は他のウマ娘たちに交じってあそこで走り回ってるだろうな。

もう一人になって久しい、小学校の頃からたまり場にしてて、中学に入ってからは少しづつみんな離れていった。

解ってるさ、それでも俺はここにいるって決めたんだ。あいつらは向こうに求めたモノはあっちにあって、俺にはこの先にある。

あいつらが自分の道を行ったように、俺も自分の道を行くだけだ。

 

「よし」

 

汗が引いて息が整ったら次、登りと違ってここから降り、仮想敵を脳内で設定しながらタイムアタックで駆け降りる。

仮想敵は俺、自分の運転するWRXが前にいる。俺の足は俺の車にどこまで追従できる、どこまでトレースできる、どこまで迫れて、どこを上回れる。

いくら全力で走ろうとまだ俺は追い抜けない、所々で迫れてもまだ俺の足は走り屋の車に本当の意味では及ばない、自分にすら負けている。

でもいつか絶対に並ぶんだ、追い抜いてやるんだ。

車と足のこの両方で俺は最高の走り屋になってやるって決めてんだ。新顔やら新人じゃなくて、この道のベテランに通じる走り屋に。

 

(自分にも追いつけないようじゃ、胸張れねぇっての)

 

そう思った瞬間、目の前の俺に白い車が重なった。そのリトラクタブルライトの美しいスポーツカーは、そのまま速度を落として俺と並走するように速度を合わせてきた。

ロータリーエンジン独特なエンジン音を奏でる『RX-7・FC3S』こんな車をこんな夜に乗り回しているイケメン野郎はただ一人!

 

「高橋涼介か!」

 

高橋涼介、赤城山最速の走り屋チーム『赤城レッドサンズ』のチームリーダーであり双璧である高橋兄弟の兄。

何か企んでると言われてた天才イケメン、高橋兄。

一体何のつもりだ、俺の練習を邪魔しやがって。隠さずに不機嫌な視線を向けると、そのイケメン野郎は面白そうに微笑んで人差し指を一本伸ばして見せつけてきた。

滾った、もう燃えてきた。こんな夜に、まだ少し早いのに、お前はわざわざこの芦名まで勝負しに来たってのか。生身のウマ娘相手に?面白れぇ!

 

「やったろうじゃねぇか!」

 

俺が啖呵を切ると同時に高橋兄はFCを加速させて俺の前に、俺も一段ギアを上げて追いすがる。

速い、エンジン出力もそうだが何よりドライビングテクニックが桁違いだ。ホームコースでもないのに簡単にすいすいとコーナーを抜けていく。

だがだからこそ燃えてくる、ここは俺たちの芦名だ。地元で簡単に負けてたまるかってんだ、諦めるなんて論外だってんだ。

芦名の言葉にゃこういうのがあるんだよ。迷えば敗れるってなぁ!!

 

「だぁりゃぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

もっとギアを上げる、速度を上げる、FCの後ろにぴったり張り付いて追走して、今度こそお前をぶち抜いて千切ってやる。

明日の学校なんざ知るか!今この瞬間をモノにできなきゃ走り屋を名乗ってられねぇ!走る、コーナーを、勾配を、とにかく全速力で駆け抜ける。

右コーナー、こいつはインベタ、5センチ、いやもっと詰めて最小ラインで抜ける。抜けつつ加速、乗せられる速度は全部乗せる、いつも通りに。

次は左、ここは急だ。コーナーに入る前にもう一歩、加速しつつインに寄せたまま体をひねって体を横向きに、蹄鉄で滑りながら一気に曲がり切る。

でも追い抜けない、直線で離されてはコーナーで近づいてを繰り返す、コーナーのドリフトに食らいついても直線ではどうしても差が開く。

抜きに掛かるスキがない、抜きに掛かる足がない、抜きに掛かる速さがない、抜きに掛かるテクニックがない。

きっと向こうも本気じゃないんだろう、こっちに目もくれずに前向いてやがる。見てやがれ、そのすまし顔を面白くしてやる!

 

「たぁぁぁかぁぁぁはぁぁぁしぃぃぃぃッ!!!」

 

声にならない叫びになる、追い抜けない、でも置いて行かれないためにひたすらに駆ける。なのに…

 

「やっぱ速いなぁ、車ってやつは…」

 

最後の3連ヘアピン前、高橋亮介のFCはどんどん俺から離れていく。俺の足はもう限界だ、これ以上は速くできない。

速すぎるよな、アクセル踏めば一気に時速100㎞、そこまで行くのに俺は必死で走ってとろとろだ。

コーナーを抜けるころにはもう次のコーナーに差し掛かっているFCが見えた、だめだ、千切られた。

 

「またダメか、くそったれ、遠い」

 

それでも走る、全速力で残りのコーナーを抜けて、最後の直滑降。坂の下にあの憎たらしいFCが待っていて、ドアに寄りかかるイケメンがストップウォッチを構えていた。

情けない姿は見せない、最後まで、全速力で高橋亮介の目の前を走り抜けた。

 

「14秒、新記録だな。相変わらず無茶するやつだ」

 

「うる、せぇ…」

 

よたよた戻ってくると憎たらしいイケメン顔の高橋兄がストップウォッチを見せてくる。計りながら走ってたのかよ、相変わらずむかつくヤツ。

 

「何の用だ、見てのとおり今日は車じゃねぇぞ。あっても走らんがな」

 

「勝負しに来たんじゃない、話に来ただけだ」

 

「何か企んでんだろ?噂になってるぞ」

 

神妙な表情になる高橋兄、マジだよこいつ。イケメンで天才なヤベー奴が本気で何かしかける気だよ、愉快な方面でありゃいいんだが。

 

「まだ先の話だが、俺たち赤城レッドサンズは関東全てに伝説を残す走り屋を目指す。そのために群馬のコースというコースで最速になる、意味は分かるな」

 

はい、宣戦布告いただきました。面白いことするじゃん。だからわざわざ来たのか。

 

「…お前たちがうちのレコードを破りに来るってか?」

 

「まだ先の話だがな、シマカゼ。芦名の瀬名兄妹、ここのターゲットはまずお前、次は敏則だ」

 

この芦名で最も早いと言われる走り屋が誰か、それは俺たちだ。

AE101GT―Zの兄貴が一位、その次がWRX―STIの俺で二位、遥かに速い親父は引退してるからそういうことになってる。

でもそれは最速を名乗る連中はいないしチームもないから自然とこうなっただけ、結局ただ面白がって付けてる順位なだけだ。

大した箔が付くわけでもないが、それで一目置かれてるってもの事実なわけで…

 

「かかってこい、相手になってやる」

 

高橋兄をまっすぐ見つめて宣言する、受けて立ってやる。勝てるかどうかなんて問題じゃねぇ、やらなきゃダメなんだこういうのはな。

ここは俺たちの芦名だからな。赤城じゃお前たちに勝てっこねぇが、ここじゃお前たちよりずっと速いんだ。

 

「覚悟してくるんだな、次はこんな風にはいかねぇぞ」

 

俺たちだけじゃねぇぞ、良助やツバキだって黙っちゃいねぇよ。ランカー全員でお出迎えするかもな。

 

「そうしよう。邪魔して悪かった」

 

「いいって、こっちも気分転換になった。恐ろしい奴だよ、お前は」

 

「お前には言われたくない。話はそれだけだ、また会おう」

 

高橋兄がFCを発進させると同時に、歩道に大の字に横たわる。もーげんかい、しばらく動けん。

 

「レッドサンズが動く。今年は荒れるな…面白いことになってきやがった」

 

ゾクゾクするね、あのFCとFDが攻めてくる、また本気のバトルができる。俺のホームで、混じりっけなしだ。

勝手に最強名乗るのは構わねぇが、芦名で好きにできると思うなよ高橋兄弟。

 

 

 

 







あとがき

趣味だから、昔からやってるから、正気の沙汰じゃない練習を平然とこなし続けるシマカゼタービン。
以前は5人で、今は1人で、日常を送りつつ延々とこなし続けるNOUMIN系UMA娘。
あの兄貴が目に着けて勝負に来るくらいこいつは標的になる、つまり生足の時点で走り屋として普通に認められてるやばいヤツ。
こんな奴の因子がほか4人にもある程度継承されてる…目立たないのは加減を叩き込まれたせい。
なお瀬名家は藤原とうふ店のリピーター、距離はあるがちょこちょこ買いに来るぞ。
メジロモンスニーの外見は栗毛で目つきが優しい大人メジロドーベル(若奥様)。





おまけ・機材設定
『ポーターズギア』
簡単に言えば死が座礁する世界で運送業をする連中が使う装備品そのもの。
背中に物を背負う背負子のほかに両肩と両腿にケースを固定する器具があり、重量を分散して大量に荷物を運ぶことができるように設計されている。
世界中の運送業だけでなく登山家などのアウトドア派や軍隊に至るまで幅広く採用されるに至ったやばいヤツ。


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