気儘に生きた転生馬物語   作:イナダ大根

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ディープインパクトの騎手である大竹さんのモチーフは言わずもがなあの『彼』なのでこういうエピソードは欠かせないと思いました、後悔はしていない。
なおそれに伴いディープインパクトは着実に強化されています、日本中央競馬はまだウハウハやで。

多くの誤字報告と感想、ありがとうございます。




第6話

 

 

芝コース、距離3000メートル、群馬トレーニングセンターを三度訪れたディープインパクトと大竹が主目標として据えた模擬レースは菊花賞を見据えたものだった。

芝コースを駆ける、大竹は相棒の尻を鞭でたたいてスパートの合図をしながら急激に来る加速に歯を食いしばりながら前を走る栗毛の背中を見つめた。

ディープインパクトは小さく嘶きながら思った通りの追い込みの足を炸裂させ、シマカゼタービンの背中がどんどんと迫る。

ゴールまで残り1000メートル、普通の馬ならこのまま加速していけば追い抜いていける。

皐月賞でも抜いた、日本ダービーだって勝ち抜いてきた。今の日本中央競馬ではトップと言える末脚をディープインパクトはもっている。

どんどん近づいてくる背中、行けると感じた、手ごたえはばっちりだ、今度こそ前に飛び出してやれるのだ。

 

「そんな…」

 

だから信じられなかった、追い込みは完璧だった。スピードも、加速も、ディープインパクトの足も、タイミングもすべて完璧だった。

まるで飛んでいるように走っている、自分たちに羽が生えているかのように。なのに、シマカゼタービンとその背中に乗る瀬名茂三の背中が大きくならない。

3馬身、そこまで迫った、あと少しだ、あと少し、前の時はこれで追いつけていたはずだ。なぜ、止まってしまうんだ?

 

(速くなってるのか、あいつも強くなっているというのは分かっていたはず、なのに!!)

 

シマカゼタービンがスパートを入れた様子はなかった、ならばディープインパクトの最大加速でなお届かない速さでシマカゼタービンは巡航しているのだ。

咄嗟に持ち込んだ携帯型の速度計に目を落とす。時速80キロ、狂っていた、自分たちは明らかに狂った速度でスパートをかけていた。

つまりそれ以上の速度で今もシマカゼタービンは走り続けている、2000メートルを走り切った後にも関わらずだ。

なんだそれは、ふざけているのか、一体どこからそんな足と馬鹿げたスタミナが出てきているんだ?普通の逃げ馬なら2000メートルも逃げればどんなスタミナを持とうが垂れるのだ。

それこそ彼の祖父のツインターボしかり、メジロパーマーしかり、サイレンススズカでさえも2000メートル前後が限界だった。

ずっと全力で走っていられる馬なんていないのだ、最後まで全力で走るのならどこかで足を溜めるのが普通なのだ。

垂れなければおかしいのだ、そうでなければ折れてしまうのだ、かつての相棒のように、あの時のように。

なのに、目の前の馬にはそんなものが一切感じられない。常に全速力で、最後の最後までただただ加速していく頭のおかしいレースを実現している。

圧倒的なスタミナ、それが実現する終わらない加速と持久力、それを支える異常な体の頑丈さ、そして大逃げという何のひねりもない作戦。あれはただ速いだけだ、ただの力技だ、でもそれが強いのだ。

 

「ブゥン!ブゥゥゥン!!」

 

信じられないモノが始まる、シマカゼがさらに加速する。ゆっくりと、だがどんどんと差が広がる。ディープインパクトの足が垂れ始めているのに、そこからまだ加速する。

ディープインパクトは身をよじるように、追い付こうと足を動かす。大竹のそれに応えるようにもう一度鞭を入れる、だが足は動かない、これが今の全速力なのだ。

敏則曰くこれは余力などではない『最高のタイミングで最終ギアに入った上でのアクセルべた踏み、エンジンブロー限界までぶん回す荒業』という文字通りすべてを出し切った危険な最大出力。

そこまで立ち上がるのには馬自身が苦労するのだと言っていた、体への負担もあって苦しいはずなのだ。でも必ず彼はそれを見せてくる。

それ程の相手がディープインパクトなのだと、常に己の全てを出していないと勝てない相手だとシマカゼタービンは認めているのだと。

こんな風に本気で勝ちに行く馬はディープインパクト以外にはそれこそ数える程度しかいない、シマカゼはいつも全力でぶつかっているのだ。

 

(届かない)

 

だから悔しかった、悔しすぎた、あの背中が遠すぎるのだ。どこまでも自分の前を行ってしまう背中が遠すぎる。

自分たちは全力で走っている、ディープインパクトは全力でシマカゼタービンを追っている。でも届かない。

2000メートルまでは勝機が見えた、2400メートルでは負けが込んだ、3000メートルでは影さえ踏めない。

これが今まで自分の勝利してきた騎手や馬たちが見てきた光景なんだ、自分とサイレンススズカはこういう風に見えていたんだ。

作戦も何もぶち壊す大逃げ、追いかけて追いかけてなお届かない、その先でさらに加速して突き放されていく。

まるでレースをしに来た走りではない、文字通りのタイムアタックをしに来たような逃げ、それがサイレンススズカだったから。

 

(悔しいな、あぁ、どうしてこんなにも悔しいんだ)

 

そんなの簡単だ、自分がいた場所だったからだ。そこに自分がいないからだ、相棒をそこまで引き上げてやれないからだ。

シマカゼタービンがゴール板を通過する、3000メートルを悠々と走り切る、かつての相棒すらあり得なかった距離を。夢だった、それがそこにいた。

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

 

さすがに3000メートルはなかなか厳しいぜ、何とか勝ちは拾ったがどんだけ詰めてきやがったあいつら…ほんと怖いわ。

芦名峠で鍛えてきたけどもう次はどうなるかわからんな、こりゃホント、次の練習の時は抜かれかねん。

でもどうしたんだろうな、なんか大竹さんさっきのレースから落ち込んでるみたいだったけど。

親父さんと離れたところで喋ってるっぽい、聞こえないが。というかディープが邪魔、逃げなんかしないのに監視されてちゃコースで雑誌読むくらいしかないよね。

 

『なんだそれは』

 

『車雑誌』

 

トングを使って表紙を一枚ぺらり、良いよねこれ、このフェアレディZのフォルム。かっこいい、乗りたい。

でもスカイラインもいいよな、R33とかデブいっていうけどこの重厚感がまたいい味じゃないの。

これで前を爆走されたら威圧感すげえだろうな、やばいぜ燃えてきちゃうよ。

お、アルトの特集もあるぞ。最新型はやばいよな、あのちっちゃいボディで4WDあるし、軽いからぐいぐい行くんだよな。

下りの軽自動車は意外と伏兵だったりするんだ、うまい人が乗ったら手に負えない。

しかも軽自動車だから安価なほう、だから車体以外にもいろいろ手を入れる資金が余りやすい、フルチューンしたら怖い奴だよ。

 

『変な新聞だな、俺たちの姿が乗ってないぞ。こんなの見て面白いか?』

 

『俺は好きだぞ、これも研究よ。最近はR33持ってくるヤツも出てきたしね』

 

『アールサンサンってなんだ?』

 

車だよ、といっても分かんないか。

 

『次にやるかもしれない相手かな。デカい図体にハイパワー、頑丈な体で強靭な足、非力な俺には辛い相手だよ』

 

『…ヒシアケボノ?』

 

なんでお相撲さん?

 

『ところで今、戦うといったな。どこのレースだ、俺も一緒に出る』

 

『ディープインパクト…すまない、予定が合わん。たぶん来週なんだ』

 

そもそも予定が合うかなんて運次第だしな、向こうはやりたがってるって聞くけど。R33、生で見れるといいな。

みんな32か34は持ってくるけど33はあんま見ないからまだ見たことない。

 

『…ちょっと暴れてくる』

 

『やめーや』

 

暴れて駄々こねれば少し時間稼げると思ってんのかこのお馬鹿、いや馬か。とりあえず大竹さんは悪くないやろ。

うちの親父さんとなんか喋ってるから邪魔せんといてあげてな?行くな、やめろ、どうどうどう!

 

『くっ…お前とレースできる機会だってのに!』

 

『中央のダービー馬がこんなのに顔を出すんじゃねーよ、G3どころかオープン以下だぞ』

 

『だからなんだ、俺はお前とバトルがしたい。本物のレースでだ』

 

『たびたびすまん、タイムアタック形式でタイマンだ。競馬場の奴じゃないぞ』

 

芦名峠ダウンヒルタイムアタックだもの、普通の2車線だから馬でもタイマン発進するくらいが限界じゃないかな。

 

『…ならそのアールサンサンとやらに勝てばいいんだな。奴が次に出るレースを教えろ、ぶち抜いてくる。

そうすれば次にお前が出るレースへの優先出場権は俺のものだ。そいつが出るレースには当然お前も出る、そうだな?』

 

お前はサーキット場にでも飛び込むつもりか、死ぬわ。というかんなもん無いわ。

 

『バカだね、狂ってんのそこのスペシャルさん?』

 

『知らないだけだ、そういうお前はほんと存在感ないな』

 

唐突にディープインパクトの後ろからひょっこり顔を出してきたのはホクリクダイオー、性別以外は親父とそっくりらしい。こいつの親父知らんけど。

群馬トレセンでいつも相手にする訓練相手だ、こいつが暴れると俺以外だとノルンくらいしか相手にならんとかなんとか。

いや、最近はツバキプリンセスもバチバチやりあってるとか言ってたな。あいつ東海のほうが主戦じゃなかったっけ?

 

『ナッ!?誰だお前は!!?』

 

『おおっ?中央のスペシャル様にも僕のステルスは通じるんだね、良いこと知った。僕はホクリクダイオー!いずれは君を超えて、父さんやルドルフお爺さんの跡を継ぐ馬だ!!』

 

『群馬競馬のステルスキラー、結構強いぞ』

 

『ステルスキラー?聞いたことがない走りをするみたいだな。面白い、確かにお前の存在感のなさには驚いた』

 

『それが僕の持ち味だからね、だれも僕が後ろにいても気づかない。タービン以外はね』

 

こいつとはなんというか腐れ縁、前にレースでかちあったとき俺の逃げについてきたから思いっきり逃げながら睨んでやったら気に入られた。

ほかの馬曰く、こいつは存在感が希薄で後ろにつかれていても全然気配がないから抜かれるとびっくりするらしい。

それをいっつも見抜くのは俺だけだとか。そうとは思わんがね俺は、だって足音するじゃん。あいつは歩幅と歩調を合わせてくるけどよく聞けばわかるぜ。

 

『走り方は普通の先行型だぞコイツ、トップにべったり張り付き』

 

『なんでバラしちゃうのさ!?』

 

『すぐばれる』

 

『ワケワカンナイヨ!?』

 

アホ、そんな啖呵切っちゃったら大竹騎手経由で映像見るだろコイツ。もうガチ勝負するくらいじゃねぇと勝てんぞ。

あとお前も十分わけわかんないからね、歩幅を相手に合わせるってどんな足してるんだっての。俺もするけど。

 

『何の用だダイオー、俺は休憩中だぞ』

 

『いやいや、僕の事放っておいて別の馬にかまけてるって聞いてね。どんな泥棒ネコかと思ったんだけど…勘違いだったみたいだね?』

 

最近いちいち言葉が怖いんだよこいつ、なんなの?目が肉食獣のそれなんだけど?草喰え草、馬なんだから。あ、馬って雑食か?

 

『泥棒猫?俺は馬だぞ』

 

『ディープ、お前は清いままでいてくれ』

 

『うん、とってもいい子なんだね。ごめんねディープ君』

 

『??』

 

ディープ、キョトンとしてやがる、こいつって純粋培養だなぁ…雑種根性バリバリな俺たちとはちょっと別な意味で天然な所あるのよね。

競馬以外のこと何も知らないというか、それ以外教えられてないっていうか。おかげでなんか湿ってたダイオーが乾燥してやがる。

 

『タービン、車にご執心なのは良いよ、でも君の隣は――――』

 

『それはユルシマセン』

 

ホクリクダイオーを押しのけるようにやってきたのは幸薄っぽい感じの牝の白馬。うわ、今日はこいつもか。

おい騎手さんたちはどうした?うん、後ろに控えて何ニヤニヤしてやがる!さっさと連れてけ!!

 

『げ、ノルン!!』

 

『誰コイツ、というかまた増えた。いつのまに?』

 

『ノルンファング、こいつに狙われたら苦労するぞ。ダイオーとはまた違った意味で』

 

群馬地方競馬のスナイパー、こいつの場合は本当にどこから突っ込んでくるかわからん。真後ろに馬群があるのに突っ込んでくるから足音も紛れちまう。

それでいて加速力は俺よりもはるか上だ、末脚の鋭さと正確さはマジで狙撃手の撃った弾みたいに最高のラインで相手を差し切っちまう。

こんな目立つ体でどうやって隠れてるのか俺が知りたいくらいだよ。

 

『私は狙った獲物は逃しません、だから次は絶対逃がしません』

 

俺殺されんのかな?目がホントに笑ってないよ。俺とお前の場合相性悪いだけじゃん、射程圏外に逃げちゃえばあたんないし。

だから狙われてんのかもしれないけど、一回短距離戦でぶち抜かれただけであとは勝ってるしな。

 

『休ませて、俺休憩中』

 

『あら?いいですよね、車。私も好きです、M2ブラッドレーとか』

 

『装甲車だぞそれは』

 

『でも強いですよね。あの大きな大砲、あんなのを振り回して走ったらどんなに気持ちいいでしょうか』

 

なおお嬢様っぽいけどミリタリー好き。いや俺も好きだけどね、というか渋くね?M2ブラッドレー。在日米軍乗り回してるの?

 

『あんな加速があったらもうあなたは逃げられませんね、いえ、逃がしませんね、撃てばいいですもんね』

 

やだ、25ミリでなんて粉々になっちゃうよ。ちょっと会話が不思議ちゃん系だけど一応まとも…のはず。

でもコイツ、まじで撃ちそうな感じもある。不思議系は読めんから。

 

『ちょっと待ちなよ、何勝手に盛り上がってるのかな?ノルン』

 

『あら、ダイオーさんまだ居たんですか?』

 

『何言ってるのかなぁ…うん、今日こそ決着付けよっか?』

 

『付けましょうか?』

 

にらみ合いから一転、ホクリクダイオーとノルンファングが前足を振り上げる。でも殴り合いじゃない。

両前足のひづめを互いにくっつけあって二人で支えあう感じに立ち上がって、そして押し合い。

 

『『ふんぬぉぉぉぉぉぉぉ!!』』

 

お相撲開始、誰だよこんな決闘を教えたの?あれか、騎手どもか?まぁ体こすりつけて大喧嘩するより良いけどさ。

ちなみにこれ、力が入ってるの声だけで互いに支えあってるだけだからいつも引き分け、怪我するほど立ってもいられないからすぐ終わる。

押し勝てば勝ちって思ってるみたいだけどね、二人ともバランスいいから絶妙に噛み合っちゃってるの。

終わるときだって引き際解ってるから事故らない、互いに安全な形で離れる。だから絶対決着つかないって気付かないのよね。

 

『…なぁにこれぇ?』

 

あ、ツバキプリンセス。お前もいたのか。騎手さんご苦労さん、あんたも大変だね。

 

『おー、なんかいいなこういうの』

 

ディープ…うん、お前がいいならもうそれでいいかもしれないな。さて次は、ほぅほぅセリカだ。いいねぇ。

 

 

 






あとがき
群馬の不思議なお馬さん大集結!!前半のシリアスなんざ後半は捨てたぜ。
現実版しっとりテイオー『ホクリクダイオー』
なんかできてた対馬狙撃銃『ノルンファング』
最近『変なの』に数えられ始めた『ツバキプリンセス』
変なのに囲まれてもキョトン『ディープインパクト』
ぶっちぎりでヤベー馬、だからお前はUMAなのだ『シマカゼタービン』
なお名誉登録として『ツインターボ』も含まれます。


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