気儘に生きた転生馬物語   作:イナダ大根

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ぶっちゃけ現在のトレセンは戦力過多、ついでにルドルフ絶不調。





第十話

 

 

 

 

東条ハナは厳かな雰囲気を放つ理事長室で秋川理事長の険しい表情に背筋をピンと伸ばしていた。

理事長席に座る秋川理事長は、普段であれば理事長になるにはいささか若い容姿にたがわぬ雰囲気を持ちながらも立派に責務を果たさんとする親しみやすい理事長である。

その傍らに控える駿川たづなもまた、時折とぼけたことを言うことはあっても仕事のできる敏腕秘書であり、トレーナーや生徒たちからの信頼が厚い。

 

(あのキーホルダーにもっと早く気付いていればこんなことには…)

 

チームカノープスに所属するウマ娘『ツインターボ』が、前々から取得に挑戦していたウマ娘限定訓練用運転免許の取得に成功したというのは自分の耳にも入っていた。

職員室での書類仕事の時、チームカノープスのトレーナーである南坂トレーナーがそのキーの管理に関する悩みを相談されていたのだ。

最終的には職員室の席にミニキーボックスを置いて管理するということで落ち着いたのだが、その時に件のキーを見たのだ。

そのツインターボの車のキーについていたアクセサリーは、ツバキプリンセスのスマホについていたものと同じだった。

そのキーホルダーが偶然であるにしろ無いにしろ、一度話を聞くべきだと思った東条はチームカノープスの部室を訪れた。

そこにはすでに先客がいた。部室内にはすでにいつものメンバー、南坂トレーナー、イクノディクタス、ナイスネイチャ、マチカネタンホイザがいるのは当然だ。

だが上機嫌にニコニコとシマカゼタービンとの思い出話を話すツインターボと、それに耳を傾けるナリタブライアンとディープインパクトは予想外だった。

曰く、自主練で朝練に出たらシマカゼタービンの走りと同じような走りをするツインターボを偶然見つけてしまったらしい。

ここ最近、シマカゼタービンの打倒に執念を燃やしていたのは知っていたが、それがいい起爆剤になっているようで放っておいたのが間違いだった。

そこからはとんとん拍子だ。ナリタブライアンからシンボリルドルフに話が伝わり、ツバキプリンセスの一件から朝っぱらから少々調子を外した彼女は即座に行動してしまった。

 

ツインターボからの繋がりで、独断でシマカゼタービンにスカウトを行ったのだ。

 

かつてオグリキャップに行ったことの焼き直しである、当時もそれで大きな波紋を呼んで自分と理事長の胃に大きなダメージが入ったのは忘れていない。

その場で見染めてその場でスカウト、それも担当トレーナーを貴賓席に呼び出して関係者の面前で直接である。

さらにその後、悩む担当トレーナーにいらぬことを吹き込み迷走させてオグリキャップとトレーナーを苦しめた上にそれに苦言を申し立てた。

当時の担当トレーナー『北原譲』の叔父である現担当の六平トレーナーは、北原トレーナーの口から全貌を知ったとき表面上では平静を保っていたが心の中は完全にキレていた。

 

『ああなったのはあいつの弱さだ、弁解なんてあいつもする気はねぇだろうさ。けどな、お前はあの小娘になに教えてんだ?』

 

それこそ当時、すべてを知った六平トレーナーから地獄の底から響き渡るような低い声で言われて本気で死にたくなったのだ。

 

『ルドルフにてめぇがやったこととてめぇが言ったことでどうなったかよく考えさせろ』

 

ぐぅの音も出なかったとはこのことだ。当時の北原トレーナーがどんな気持ちだったか、東条トレーナーには痛いほどわかる。

迷走したうえでアレを言われたら、よほど自覚がないトレーナーでもない限り効果覿面、潰れなかったのはひとえに北原トレーナーの強さだろう。

さらに言えば言い方が悪い、あまりにも悪すぎる。北原トレーナーは地方所属トレーナーなのだ。彼がそう思わなくても彼からこのことを聞いた第三者はどう思うのか、想像に難くない。

あの時もシンボリルドルフにはしっかりとお灸を据えたつもりだった。彼女も思うところがあったのか素直に謝りに行ったのでもう大丈夫だと思っていたのだ。

 

(…せっかく仲のいいマルゼンスキーを生徒会に引き込めたと思ったのに、まさか別件でいないときにこれなんて)

 

スカウトを試みるのは良いがその場でいきなりはもうするなというお達しも当時はあったのだ、ゆえにそれ以降のスカウトは学園情報部との密な連携でうまく回っていた。

ツバキプリンセス以下群馬トレセン生徒3名へのスカウトも同じで、念入りな情報収集をしたうえでのスカウトに踏み切った。

シマカゼタービンにも後日日程を組んでスカウト担当が向かい、挨拶をしてからのスカウト交渉を行う手はずだった。

しかし初手のツバキプリンセスの応対で、ルドルフが窓口となって相手の返答を受け取る立場になっていたのが悪手だった。

ツバキプリンセスに拒否された上に思いっきり弄られたことに感情的になったシンボリルドルフの中から、昔のルドルフが顔を出してしまった。

当然ながらツインターボは渋った。どうやっても成功する見込みはない、それより模擬戦をしたいなどと別案件で誘ったほうが確実だと。

彼女は中央にも地方にも興味がない走り屋で、車で走るほうが得意な面もあるからそのやり方だとまず無理だと。

だがせめて一度やらせてほしいというルドルフに、ツインターボはどうせ失敗すると前置きしたうえで協力した。

結果は失敗、ツインターボはほれ見た事かと当然のような顔で特に何も言わなかった。

 

「憂慮、彼女もまた我々と同じ志を持つものであり、この学園と全国のウマ娘たちの事を思っての行動だとはわかっているが…たづな」

 

理事長の声掛けに、秘書のたづなが用意していたのだろう一冊の雑誌を差し出してくる。

それを受け取った瞬間、東条の目に入った表紙の記事に思わず胃がキリキリとした。

 

『シンボリルドルフまた引き抜き!?次はモータースポーツのウマ娘!!』

 

またこの手のゴシップ記事だ、相変わらず手が速い上にどんな情報入手経路があるのか見当もつかないシマカゼタービンの写真付きである。

どうやら小規模なイベント大会での優勝した時の写真のようだ、横断幕には『新年初走り・群馬ダートラリー大会』とありシマカゼタービンが優勝の表彰台の上に立っている。

イベントに呼ばれた地元のプロレーサーと笑顔で握手している写真もあり、将来有望な新人に見える構図だ。

記事も面白おかしく書き立てる文面で『期待の新人、また横取り』『他業界への宣戦布告か?』と騒ぎ立てていて過去のオグリキャップ騒動の事も蒸し返していた。

 

「幸い、この手の雑誌への根回しは間に合った。だが…」

 

「インターネット上ではすでに話が広まっています、当分はつつかれるでしょう」

 

「芦名高等学校も取材に迷惑しているそうだ。今回の場合、学校そのものが蚊帳の外であるからな」

 

ましてやURAの管轄から離れた他種目競技にまで手を出している、シンボリルドルフがいかな伝説であってもうまく話は進まない。いわばアウェーである。

シンボリルドルフ以下3名には自分でも意外に思うくらいきつい口調で今回は厳しく叱りつけたが、それだけでは済まないかもしれない。

 

「申し訳ありません、私の指導不足です。私からも厳しく指導いたしますので…」

 

「うむ、その話はすでに聞いている。十分に反省してくれたならいい、しかしそれだけでは済まないこともある」

 

やはり、大きな処分は避けられないのか。

 

「陳謝!東条トレーナー以下、今回の騒動に関わった者の代表を選定し瀬名酒造と芦名高等学校への直接謝罪をしてもらう!」

 

つまり直接顔を出して、今回の事を一度平謝りして来いということだ。処分としては穏当である。

 

「日程はこちらで詰めて、決まり次第お伝えしますので準備をお願いします。

現段階では皐月賞の後を予定しています。先方にはすでに承諾を得ていますが、先方の予定にもよりますので本決まりではありません」

 

クラシック最初の冠を競う戦いは間近に迫っている、それを無視はできない。そしてこれはルドルフたちへの反省をより理解させる期間でもあるだろう。

今年の皐月賞も大荒れになるはずだ、向こうで余計なことを言わないように気を配る必要がある。

連れて行くとしたらシンボリルドルフ、ナリタブライアン、ディープインパクトの三名は確定だろう、主犯である。

エアグルーヴも連れていきたいところだが、生徒会メンバーとしては日が浅いマルゼンスキーのみに学内の雑務をさせるわけにはいかないので残ってもらわなければならない。

 

「芦名市内での案内と瀬名酒造へはチームカノープスが案内とバックアップを立候補してくれている、決して粗相のないように!」

 

「カノープスが?」

 

「顔なじみが仲介したほうが話は進みやすいだろうとの南坂トレーナーからの提案だ」

 

あり得ない話ではない、むしろ当然だろう。ツインターボがシマカゼタービンの話をしないわけがないのだ。

もしかしたらどこかで顔を合わせているのかもしれない。

 

「感謝します」

 

「うむ、この話はとりあえず以上だ…では、ごく個人的な話をしよう」

 

理事長が表情を一気に変え、心配そうに眉をハの字にした。仕事としてではなく、一介の生徒を愛する者としての顔だ。

 

「ルドルフの様子は変わりないか?」

 

「はい、表面上は」

 

「そうか…まだ抜け出せぬか」

 

シンボリルドルフは今、スランプに陥っている。それは彼女自身すらも気づいていない、それこそ気付いているのはトレーナーやベテランの教師陣くらいだろう。

シンボリルドルフはまごうことなき天才だ、そして優秀で、努力家で、勤勉だ。それがあまりにもできすぎた状態で彼女をここまで押し上げてしまった。

その中で培われてきた責任感と精神性が問題だ。トレセン学園生徒会長として、皇帝と呼ばれるウマ娘として、今の自分である責任が彼女自身を騙している。

それこそ、赤の他人がどう言おうとも自分では絶対に認められない雁字搦めの状態で、頑固さというよりも自己暗示に近い状態にしている。

そんな状態にしてしまったのは他でもない。このレースの世界で生きてきたからだ。

 

「驚愕、前期は我々も手に汗握った。彼女たちのレースはまさに白熱、まさに伝説である。

故に、ルドルフの焦りを助長させてしまった。そのことに我々は気付かなかった…」

 

シンボリルドルフはまごうことなき天才だ。伝説の七冠を達成し、学園の生徒会長の座に座り、日本中から尊敬と敬意の視線を浴びて『皇帝』と呼ばれた。

だがその席に座った彼女は心のどこかで気付いてしまった、彼女自身が誤魔化しているどこかで感づいてしまった。

頂点の席に座った彼女の『上』には何もなかった。目指される立場に上った彼女に『目指すべき目標』が見えなくなった。

停滞してしまった、進めなくなってしまった、自分が成長している感覚を得られなくなってしまっている。

目標は見方を変えればいくらでも見えてくるものだと知る人は言うだろうが、当事者はそんな風には見えない、考えない、どこまでも苦しめる自縛状態に陥るのだ。

そんな自分の前で、スペシャルウィークが、トウカイテイオーが、そして多くの後輩たちがどんどん活躍して駆け上がってくる。

その成長を喜んでいたのは他でもないシンボリルドルフであり、同時にふがいなさを自分に感じていたのもシンボリルドルフだったのだろう。

後輩たちが成長しているのに自分は変われない、焦りを感じないわけがない、足踏みをしている自分にいら立たないわけがない、でも打開策が見当たらない。

だから試した、やってみた、そして迷走した。

思えば二年前、北原トレーナーにいきなりオグリキャップのスカウトを持ちかけたときから彼女は一種の焦りを覚えていたのかもしれない。

 

「光闇。前期は素晴らしいレースが多かった、我々は多くを失った…」

 

前期のトレセン学園退学者数は過去最高である、何しろ入学した数より出ていった数のほうが多いのだ。

理由は多々あるが一番多く語られたのは『ここで戦える気がしない』『彼女たちに勝てる気がしない』『現実がよく理解できた』という言葉だった。

理由が多すぎた、あまりにも『強者』が多すぎた。

スペシャルウィーク、サイレンススズカ、エルコンドルパサー、グラスワンダー、キングヘイロー、セイウンスカイ。

トウカイテイオー、メジロマックイーン、ミホノブルボン、ライスシャワー、ナイスネイチャ、イクノディクタス、マチカネタンホイザ。

ビワハヤヒデ、ウイニングチケット、ナリタタイシン、マヤノトップガン、エイシンフラッシュ、アイネスフウジン、ゴールドシップ。

オグリキャップ、タマモクロス、スーパークリーク、メジロアルダン、ヤエノムテキ、サクラチヨノオー。

メイショウドトウ、マチカネフクキタル、テイエムオペラオー、メジロライアン、メジロパーマー、ダイタクヘリオス。

エアグルーヴ、ナリタブライアン、ヒシアマゾン、タイキシャトル。

興奮が少し冷めればなんと異様な光景か、気が付けばこの素晴らしい才能だけでレースが組めるどころじゃない超エリート層の完成である。

さらにさほど有名でないにしても強い、別方面でも有名というならさらに多くいるのだ。

ゴールドシチー、エアシャカール、キンイロリョテイ、ファインモーション、アグネスデジタル、アグネスタキオン、メジロドーベル、ツインターボ。

サクラバクシンオー、ハルウララ、ユキノビジン、マンハッタンカフェ、ビコーペガサス、ヒシアケボノ、カワカミプリンセス、スイープトウショウ、クラースナヤ。

ベルノライト、ジャスタウェイ、シーキングザパール、スマートファルコン、マーベラスサンデー、ジャラジャラ、サンバイザー、アドマイヤベガ、トーセンジョーダン。

さらにウオッカ、ダイワスカーレット、カレンチャン、ゼンノロブロイ、ディープインパクト、ハーツクライなど将来有望な次世代まで名を連ねまくっている。

豊作である、そしてそれが問題だった。

昨年はその輝かしい光に焼かれて多くが挫折して出ていった、それこそ地方トレセンや有名私立の手が回らなくなるほどに多くの有望なウマ娘たちが学園を去った。

そして今年はあまりに上が輝きすぎている、入学志願者が増えてもその後の脱落者も増えるのは目に見えていた。

勝負の世界は厳しいものだ、レースの世界は情け容赦のないものだ、走れなかったウマ娘は去るしかない、それが普通だ。

それを理解していてなお恐ろしい格差がここで生まれるのが予想できた。

踏まれたウッドチップが割れるような音が学園中で聞こえると言って、精神衰弱に陥ったトレーナーがいるほどに。

しかも前期活躍したウマ娘たちはまだ走れるのだ、まだまだ全盛期なウマ娘は多くいる。

海外遠征狙いはともかく、G1、G2などといった上位レースだけでなく、それを目指すG3などステップレースにも出てくるのだ。

そしてそんな強者を求めて、海外勢も日本に乗り込んでくるのが予想される。より今期は激しい戦いが予想された。

かのブロワイエを破ったスペシャルウィーク、凱旋門賞で戦い迫ったエルコンドルパサーはまさに格好の相手だ。

活躍したいのならその中に否応なしに飛び込んでいかなければならないのだ、ウマ娘も、トレーナーも。

そんな只中で、精神的支柱になる伝説の『皇帝』が揺らぐなど、あってはならないのだ。

シンボリルドルフもそれを理解している、だからこそ、彼女をどうにかしてやりたい。

 

「東条トレーナー、ルドルフの事を頼んだぞ。また何かあれば知らせる、下がってよろしい」

 

「失礼します」

 

秋川理事長の言葉に東条トレーナーは深々と頭を下げてから理事長室を後にする。

廊下を歩きながら、ふと窓の外に見える歩道を見下ろすとサイレンススズカが軽いランニングを行っているのが見えた。

前期のレースで負傷した足はすでに完治しており、そこからブランクを克服して復活し、今は海外路線に舵を切っても自慢の逃げ足を武器に活躍しているウマ娘だ。

彼女もまた、どんどん成長していく強豪である。かつては自分が指導していたウマ娘ということもあって感慨深い。だからこそ、ルドルフがこれを見たらと思うと気持ちがわかってしまうのだ。

 

(自分の席か…今のルドルフには効果覿面だったろうな)

 

この最盛期で、後輩たちがどんどん前に進む中で、自分をその先に進めることができずに皇帝という椅子に縛り付けられたまま藻掻く。

そんな状態のルドルフには深く突き刺さったはずだ。それも自分自身が気づいていない、無意識に自分を誤魔化して無防備になっている所に突き刺さったはずだ。

ツバキプリンセスがどんな意図を持っていたのかはわからない、今のシンボリルドルフの状態を見透かしたか、あるいはただの嫌がらせだったのか。真偽は不明だ。

しかし結果として彼女とのやり取りはシンボリルドルフを独断専行へと導いた。

 

(だから彼女を求めた?もしかしたら自分もディープのように、と?)

 

シマカゼタービンは異質だ、一般校生徒でありながら地方トレセンのトップスリーを蹂躙し、3冠ウマ娘を有する中央シリーズの猛者に模擬レースでとはいえ全勝した。

その実力差は東条自身も分かっている。あの時の4人は模擬レースだから力を抜いていたわけではない。

単純にシマカゼタービンのほうが強かったのだ、速かったのだ、自分たちのほうが弱かったのだ。

その強さに何かを求めた、ルドルフが自覚していない心の悲鳴が何かを見出しているのか。

気を付けなければならないな、東条は走り去っていくサイレンススズカの背中を見送りながら気を引き締めた。

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

 

シンボリルドルフは強かった、3度の負けを語りたいと言われるほどにそこにはドラマがあった。

負けても仕方ない、この負けでまたルドルフは強くなる、そういう言い訳ができる負けばかりであっただろう。

だからこそ、彼女には必要なのだ。秋川理事長はそう考えていた。

 

「敗北、彼女には負けを知ってもらう必要がある。それこそすべてを出し切って、それでも届かぬという完璧な負けだ。

ことさら、この手の交渉事では彼女は存在するだけでも大きいのだ。負ける要素が見当たらない、押し通せてしまう」

 

故に、秋川理事長は意を決した表情でシマカゼタービンの詳細資料を睨みつけた。

 

「好機、彼女は素晴らしいタイミングで出てきてくれた」

 

他業界が目を付けていても今はただの一般のウマ娘、車両競技の大会で芽を出しつつあってもまだまだ無名だ。

彼女が皇帝の誘いを断り、敗北を味わわせても、根回しさえ怠らなければシンボリルドルフの名前は揺らがない。

彼女は何も心配する必要なく、うるさいことは大人に任せてただ全力でぶつかっていけばいい相手なのだ。

 

「成長、この失敗は彼女の糧になる。また一つ、殻を破れるだろう」

 

群馬の山奥でシンボリルドルフには失敗をしてもらう、それこそ言い訳できない失敗をだ。

そこで潰れてしまえばそれまで、しかしそこから這い上がれる強さをシンボリルドルフは持っているはずだ。

シマカゼタービンには申し訳ないが、その大きな壁としての役割を果たしてもらおう。

 

「彼女はシマカゼタービンをスカウトできない、と?」

 

「今のルドルフでは無理だ、あの子はウマ娘の世界で生きてきている。それ以外の世界はまだ知らない事ばかりだ。現に彼女はハチロクをウマ娘だと思い込んでいたのだろう?」

 

たづなの不思議そうな表情に秋川理事長は頷く、知らない世界は山ほどある。今の秋川理事長が仮にトレセン学園を辞職することになり、その経験に目を付けた陸上自衛隊が雇いに来て、ウマ娘部隊を統括し運用してほしいと言われてもできるわけがないのだ。

秋川理事長やたづなならば『ハチロク』と聞けばウマ娘の名前か?と首を傾げつつも、もしかしたら車か?と考えるような知識がルドルフにはまだ足りない。

スプリンタートレノAE86、通称・ハチロク。旧世代のコンパクトスポーツカーの一車種だ。

秋川理事長も以前、生徒の関係で調べていなければすぐには気付けなかっただろうと思うほどに嫌な問いだ。

 

「不足、彼女にはシマカゼタービンを靡かせる要素がまるで足りていない。今のルドルフでは余計に、な」

 

実力の問題ではないのだ、理事長は調べ上げたシマカゼタービンの資料を思い出しながら確信する。

 

「隔世、シマカゼタービンと我々では住む世界が違いすぎる。それを理解しきれぬルドルフがうまくやる見込みは少ない。

そしてシマカゼタービンと自分の立つ場所に決定的な差があることに気づいたとき、彼女は自ら理解するだろう」

 

それが成長につながる、理解して自らを納得させられないほどシンボリルドルフは愚かではない。

彼女の聡明さは秋川理事長自身もよく理解している、だからこそ彼女の成長が待ち遠しい。

彼女がそれを理解したとき、それは客観的に自分を見る機会になるはずだ、それでなくても新しい道を見る機会になるはずだ。

それで気付いてほしい、理解してほしい、シンボリルドルフの道はまだまだ上がある。皇帝の椅子なんてただの休憩用ベンチでしかないのだと。

 

「伝説、かつて群馬で恐れられた3人のハチロク乗り、その一人である『瀬名茂三』の愛娘だ。

当然、走り屋としての技術を仕込まれている。ウマ娘の常識で縛れる相手ではない」

 

今回の出来事はシンボリルドルフの成長につながる大きなチャンスだ。モノにする必要が絶対にある。

 

「走り屋としての彼女は理解できました、しかしそれでも解せません。彼女は明らかに『走る』ことにも心血を注いでいるようにも見えます。

レースで走る為ではないとしたら、なぜでしょうか?」

 

「それは彼女自身に聞かねばわかるまい。もしかしたら、彼女はもっと上を目指しているのかもしれないな」

 

「と、いうと?」

 

「例題、例えば車に勝つために走っている、とかな?」

 

「可愛いところもあるんですね」

 

荒唐無稽な話ではあるが、ウマ娘が子供の頃にはよく描く夢だ。だからこそ、秋川理事長も何の気なしにありえないと思った。

 

 

 

 






あとがき
これで一応トレセン学園のターンは終わり。シンボリルドルフもまだ学生なので成長もすれば伸び悩むときもあるなお話。
やらかしはどうしようもないし消せもしないが、それを糧にするのはできるので問題ありません。
今期のトレセン学園は新人には優しくないハードコアな難易度が待ち受けております。アニメ混ぜたのであの後に続くとなるときついだろと勝手な妄想。

次は暢気な群馬陣営の話でもやりたいところ、クイーンベレーとテューダーガーデンをどうしてやろうか(暗黒微笑)


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