いつも多くの感想、誤字脱字報告ありがとうございます。
さーて、ウマ娘でも走る準備を始めちゃうぞ♪ちなみに車チョイスは仕様です、好きな車で走るのがこいつらなので。
あと例の芦毛はこんな感じでよかっただろうか…
芦名山の峠道は週末の夜になると顔を変える。ただの寂れた峠道は走り屋たちのコースになり、そこには今日もその走りを見たがる好き者たちが顔を出す。
午後10時を回ったころ、その峠道をセンターラインなど知らないとばかりにはみ出して2台の自動車が駆け上がっていくのを見てギャラリーたちは沸いていた。
前を行く一台はシックな黒色のトヨタ『クラウン・アスリートV』。芦名山の走り屋のウマ娘、ツバキプリンセスが乗る芦名の強者だ。
群馬のローカルウマ娘レースシリーズでも名の知れた彼女が芦名山でも力強い走りを見せることは、知る人は良く知る事実。
その彼女は、愛車の運転席の中で冷や汗を垂らしながら必死で登りの峠のカーブを内へ内へと詰めていく。
(相変わらず速い、走りこんでるだけあるよ)
ツバキプリンセスは愛車のトヨタ・クラウンアスリートⅤのシフトレバーを操作しながらバックミラーに目をやる。
真後ろには相変わらずダークブルーの親友の車が張り付いている。
スバル『WRX―STI』。親友のシマカゼタービンが乗りこなす4WDスポーツカー。
これが芦名のナンバー2として認められる走り屋としてのシマカゼタービンの姿だ。
コーナーを抜けてすぐさま加速、短い直線だがシフトレバーを2速に入れて切り替える。
改造して取り付けたマニュアルトランスミッションは、自分好みにスムーズな変速を実現してくれているが、それでもまだ物足りない。
シマカゼタービンのWRX―STIのカスタムを自分もよく知っているが、それを理解したうえでも異常な速さに感じてしまうのだ。
相手は自分以外にも何本かすでに相手をしているのだが疲弊しているとは思わない、彼女の尋常ではないスタミナは走り屋としても大いに発揮されている。
大の大人が疲弊するようなバトルをしても、彼女は最後の最後までいつも楽しそうにしながら息をほとんど乱さないのだから。
(笑ってんだろうな、きっと今も楽しくて楽しくて仕方ないって顔してんでしょ)
自分もそうだ、彼女とこうして走れるのは楽しくてしょうがない。競り合えているのが嬉しいくらいだ。
(張り付かれてる、こうなるとこいつはいっつも厄介なんだから)
芦名峠で走れなくても、群馬トレセン学園からのツテで近くのレーシングコースなどで散々走り回って技術は高めてきた。
それなのにこうも簡単に後ろにつかれて、その上でまったく引き剥がせない。
真後ろを走るWRX―STIの姿から感じる重苦しいプレッシャーに背中が押されるような感じがする。
速く行け、速く行け、速くしないと抜かれるぞ、とどこまでも追い立て自分を掛からせようとしてくる。
でもそれに乗ったら負けなのだ、例え登りの勝負でも一瞬の運転ミスが勝敗を分けてくる。
それは自分たちが走る平地のレースの世界と同じだ。
(くそッ、当たるか当たらないかでいつも冷や冷やする煽り、よくやるわよ)
自分の真後ろ、バンパーを小突くか小突かないかのギリギリの線でぴたりと止まるWRX―STIから感じる威圧感にアクセルをつい踏みたくなる。
親友の運転技術はよくわかっている、負けているのも理解できる、でもそれが当然だなんて思わない。
(次、右コーナー!)
エンジンを吹かし、思い切り加速しながら車体を一気にインコースギリギリまで寄せる。
続いて一瞬だけブレーキ、車体の遠心力で後輪を浮かせパワースライドの状態でカウンターを取りつつ一気に抜ける。
登りでは少しでも気を抜けば推力を一気に失う、そこをエンジン全開の状態で抜けることでロスを少なくしつつ一気に立ち上がる。
一気に直線を突き抜けて左コーナー、最大限、びっちりとインコースに寄せたグリップ走行で一気に曲がり切る。
どこまで寄せたかなんて考えない、限界まで寄せた全力の攻め込みだ。
(徹底的に振り回してやる、これでぴったりくっつけないでしょ?)
インコースギリギリを攻めぬきながら、コーナーが終わる直前でさらにリアタイヤをわざと滑らせてバンパーを振りながら派手なパワースライドを演出する。
煽るつもりならこちらも対応するのみ、パフォーマンス重視のスキルもこういうところでは十分に役に立つ。
挙動が荒れるクラウン・アスリートVのバンパーフックを食らってはたまらないとWRX―STIが距離を空けた。
それでもギリギリ当たらない線まで後退したのを見て思わず安堵する、これで少しだけリードだ。
(リアタイヤを結構使っちゃった、しばらくおやつ抜きだわ…)
その代償にリアタイヤの消耗が激しくなる、今まで使ってきたタイヤはもう交換しなければならないだろう。
当然、マイカーに使っているタイヤなのだから部費ではなく自腹である。タイヤの交換ですぐ素寒貧になるようなお財布ではないが、気になるモノは気になる。
余計なことを考えた、ツバキプリンセスは意識を切り替えてハンドルを握り直す。
(今度こそしのぎ切ってみせる、さぁ、どう――――)
クラウンのバックミラーに目をやる。真っ暗なそれを見た瞬間、ツバキプリンセスは背筋に怖気が走った。
◆◆◆◆
聞き慣れたスキール音が峠に響き渡る。そのもつれ合う車が出す音を聞き分けたホクリクダイオーは愛車のメタリックグレーのレクサスRC・Fのエンジンルームから顔を上げて、その音に耳を澄ませた。
聞き慣れたスキール音は二つ、ツバキプリンセスのクラウン・アスリートV、シマカゼタービンのWRX―STI、おそらく併走しての縺れ合いに入ったところだろう。
今頃、内側に入ったクラウン・アスリートVが外側でぴたりと張り付くWRX―STIを振り切ろうと必死なはずだ。
「追い付かれたね」
「えぇ」
隣に駐車しているオリーブドラヴ色のSUV、パジェロVR-Ⅱの運転席から顔を出した色白のウマ娘『ノルンファング』が頷く。
まるで白人のような白い肌にエメラルドのような瞳、真っ白なプラチナブロンドの髪をポニーテールにした彼女は、まるで海外の映画女優然としているが生粋の日本ウマ娘である。
少し外に身を乗り出すとB80の胸部装甲が窓枠に押しつぶされながら彼女を支える、常日頃のトレーニングでさながらゴム毬のごとき存在だ。
見た目と雰囲気から深窓のお嬢様っぽいとよく言われるがホクリクダイオーは知っている。
こいつはド天然ミリタリオタクのアウトドア派で、まるで外見とは似ても似つかない面白枠である。
「そろそろ…いえ、ツバキが粘ってます。タービンが一度離れて…いえ、仕切り直しましたが」
「でもそろそろL字…あ、タービンが飛び出した」
二つのスキール音の後に一拍空けて連続でなるエンジンを吹かす音。WRX―STIのEJ20エンジンの音のほうが早く、思いきり踏んでいる。
ツバキのクラウン・アスリートVのエンジンも踏み込んでいるのだろうがタービンの自殺まがいのべた踏みには届いていない。
「ちょっと見に行きますか」
「そうですね」
調整を終えたエンジンルームから手を引っこ抜き、ボンネットを閉め直してオイルまみれの両手を濡れ布巾で拭うとノルンファングも愛車から降りてくる。
二人並んで足を向けるのは、群馬トレセン学園のミニバスの横に設置された仮設本部、通称『野戦司令部』だ。
在日米軍の放出品を安く買い上げた軍用テントで構成されていて見た目は物々しい野戦司令部そのものであるからそう呼ばれるようになった。
その中にたむろしているのは群馬トレセン学園のウマ娘たち、モータースポーツ部の部員と見学者だ。
「トレーナー、ツバキ抜かれた?」
「トレーナーさんなら外してますよ」
「あ、クラちゃん」
設置されたモニターに映し出された中継映像に釘付けのウマ娘たちに向けて声をかけると、その言葉を返してきたのは中継映像を届けるドローンの操作の担当ウマ娘、クラヴァット。
ホクリクダイオーとノルンファングの登場に、周囲から驚いた声が返ってきた。
「マジで音だけで当ててきた…」
「嘘でしょ先輩、解るんすか?」
「何の話?」
「いや、先輩二人なら音で分かるよって話してたもんで」
中継モニターの脇のコントロールスペースで、中継機材であるカメラドローンを制御しているクラヴァットが顔を上げる。
彼女の前にもモニターがあり、そこには中継映像を送ってくるカメラ付きドローンの精密情報が随時更新されていた。
「ついでに言うとL字でタービンがぶち抜いたね、バカみたいにエンジン吹かして」
「正解です、差し込まれて一気に。しかも一瞬ライト消してましたよ」
「相変わらずやりますね」
それはシマカゼタービンの得意技だ、本気になるとそれこそ狂ったように勝ちに来るから怖い。
群馬トレセン学園のミニバスの横に設置された仮設コントロールスペースに入り込み、後輩のクラヴァットが座るドローン操作スペースのモニターに映し出された映像を覗き込む。
全体的に緑っぽい映像は暗視装置を介した映像のためだ、夜間でありながら峠をひた走る二台の車をしっかりとらえている。
「画質はちょっとぼやけちゃうか、もうちょっと近くにできない?」
「無理ですよ、安全ギリギリです。これ以上下げるとドローンが振り回されて余計に乱れます」
「そっか、追従能力の方は?」
「そこはいい感じです、二人とも思いっきり飛ばしてくれてるんで他の走り屋でも通用するかと」
レースをする車に電波発信機を付けてもらい、それをターゲットに追従するようプログラムしたドローン2機の空中中継はまずまずうまくいっているということだ。
より細密な情報と映像は各車に搭載されているカメラと、各所に配置した映像要員たちの撮影を統合するよりほかないだろう。
クラヴァットが言わんとすることは理解できる、ダイオーもそれは理解していたがこういう技術を見るとつい夢を見てしまうのだ。
「しょうがないか…ま、これでいつでも北原さん達を招待できるね」
以前のカサマツ遠征で世話になった北原トレーナーとサウスヒロイン、柴咲トレーナーとフジマサマーチの驚く顔が目に浮かぶ。
走り屋でも何でもない彼女たちに自分たちの世界を垣間見せるならこれくらいはしないと相手が退屈でしょうがない。
カサマツトレセン学園の彼ら彼女らには大変お世話になったのだ、できる限りのお礼をするのは当然である。
「良いんですか?カサマツにうちの秘密教えちゃって」
「いいのいいの、この前お世話になったんだしお礼しなきゃ」
「さんざん千切って煽ってたじゃないですか」
「それはそれ、これはこれ」
カサマツ遠征に付き合い、ノルンファングとホクリクダイオーがカサマツトレセンで走る姿を見てきたクラヴァットが冷たい目線を送る。
別に悪いことはしていない、遠征の合間にカサマツトレセンでトップのフジマサマーチとサウスヒロインを可愛がって千切り倒してきただけである。
それでいて仲良くなってくるあたりそれなりにうまくはできているのだが、やはり群馬トレセン学園の特殊性を広めるとなるとクラヴァットは少し気が引けるようだ。
「これ違法レースなんすけどね?皆さん麻痺ってません?呆れられそうで怖いですわ」
「そりゃしょうがない、それが正しいしね。クラちゃんは東京生まれだから馴染みないかもだけど、そういうもんよ」
群馬の田舎に生きるウマ娘ならば、大なり小なり一度は公道でレースをしたことはあると言われている。
どの自治体もウマ娘が自由に走れる小さなコースを整備しているものだが、それでも数には限りがあるし何より狭く整備もまばらで荒れたコースだ。
思春期真っ盛りの夢を追うウマ娘たちはそれでは満足しない、夢を追いかけるために多少の危険を呑み込んでより追い込める環境で走る。
それが群馬では走り屋たちというお手本を真似たスタイルだったという事だ。
「私も群馬には縁がありますよ、余所者じゃありません」
「解ってるって、じゃ、次もよろしく」
「見ていかないんですか?」
「そろそろ場所取らないとゴール地点が埋まっちゃうからね」
そういうとホクリクダイオーはノルンファングと連れ立って野戦司令部を出る。
今日は群馬トレセン学園が遠征に来ているということもあり、走り屋のレースだけでなくウマ娘たちの練習も見物と考えるギャラリーも多くなっている。
宣伝などは全くしていないのに話が広まっている当たり、走り屋のネットワークも広くなったものだ。
「今日はどっちが勝つと思います?」
「あそこで勝負を賭けられちゃってるし…タービンかな?」
「ツバキが意地を見せるかもしれませんよ?」
シマカゼタービンはこの芦名ではナンバー2の実力者だ、ツバキプリンセスも上位に位置してはいるが実力ではシマカゼタービンのほうが上とされている。
事実ではあるがそれだけで勝ち負けが決まるわけではない、この芦名でもツバキプリンセスがシマカゼタービンを車で負かすことは何度もある。
だからわからない、ホクリクダイオーとノルンファングもシマカゼタービンとは常に張り合える。
今日はどうなるのかワクワクしながらホクリクダイオーはガードレールから少しだけ身を乗り出して、峠の出口の暗闇に目をやった。
「これは…すごいな。これが走り屋の世界というものか…」
「あれ?」
そこでふと、自分より少し前のあたりに陣取りながら周囲を忙しなく見まわす芦毛のボリューム満点な長い髪のウマ娘が目に映った。
普通ならこのあたりでは見ないだろう、中央シリーズの有名人だ。眼鏡を変え、メイクと肩パッドで体格を変えてよく似た別人に変装しているようだがダイオーの目は誤魔化せない。
(ビワハヤヒデ?なんでここに?まさか妹の敵討ち?)
群馬トレセン学園で彼女の妹、ナリタブライアンたちがシマカゼタービンに全敗を喫したのは学園内では有名な話だ。
一般校のウマ娘がそれをなしたということもあり、多少なりともプライドのある学生たちはあまり校外では話はしないが。
そのナリタブライアンの姉がビワハヤヒデ、中央シリーズではライバルのナリタタイシン、ウイニングチケットと一緒に『BNW』と呼ばれるトップの一角である。
理由はどう考えてもシマカゼタービンだ、ホクリクダイオーは所在なさげにお上りさん状態のビワハヤヒデを見ながらふと思いついた。
ちょうどいいから少しおちょくってやろう、意地悪そうな笑みを浮かべて声を潜めてニシシと笑う。
ビワハヤヒデに気付いていないノルンファングに彼女の存在を教えてから、こっそりと視野の外から近づいて小さく軽い口調でビワハヤヒデに声をかけた。
「あれれー?中央のBNW様がなんでこんな田舎に?」
瞬間、なぜかぎょっとした顔になって振り向いたビワハヤヒデがさらに信じられないような表情でホクリクダイオーが一番言われたくない名前を出してきた。
「な!?トウカイテイオー!!?」
トウカイテイオー、自分によく似た中央シリーズの不屈の帝王、いつも自分を偽物だのそっくりさんなんだのと話題にしてしまう有名人。
おかげで自分は大迷惑だ、そっくりなだけで余所者には勝手に騒がれ、そっくりさんだとわかると余所者に勝手に落胆される。
不愉快だ、自分はホクリクダイオーだ、トウカイテイオーのそっくりさんでも偽物でも何でもない!!
「ちがわい!僕はホクリクダイオーだ!!」
ビワハヤヒデの驚きに一瞬周囲がどよめくが、ホクリクダイオーを知る常連はすぐに気付いて和やかな笑いに変わる。
「落ち着きなさい」
一番嫌いな間違われ方をしたホクリクダイオーの言葉に熱が入ったのを感じ、ノルンファングはやれやれと肩をすくめながら彼女の頭にチョップを落とす。
その間にビワハヤヒデはホクリクダイオーの体を舐めるように見直す。
そして何度か全体を見て、胸部と顔を何度も二度見して信じられないといった表情で目を見開いた。
ビワハヤヒデの気持ちもよくわかるノルンはやれやれと首を振る、何故ならホクリクダイオーはトウカイテイオーを一回り大きくして年相応に成長している以外はほとんど同じである。
それこそ大きいだけで顔つきも体つきも似ていて、逆の耳に着けている髪飾りまで同種のものだ。
一番の違いは胸の大きさだろう、B82のロケットみたいにきれいにピンとそそり立つソレはまさに大量破壊兵器である。
「しょうがないでしょう。あなたは似すぎなんですよ、髪型くらい変えたらどうですか?」
「な!?」
「ミホノブルボンじゃありません。ノルンファングと言います」
どうぞよろしく、と柔和に微笑んで会釈をするノルンファング、肌色と髪色が全く違うこともあり目立たないが顔立ちはミホノブルボンそっくりらしい。
「これだから東京もんは…タービンならまだ帰ってきてないよ、今走ってる」
「やはりここにいるのか…」
「あー…そういうこと」
少し疲れたようなビワハヤヒデにダイオーは生温かい目を送る。芦名の走り屋ウマ娘がホームコースにしているのは展望台コースである為、噂のシマカゼタービンもこちらをよく利用すると勘違いする走り屋ウマ娘は実は多い。
彼女が車の走り屋だと知っていても、ウマ娘が優先的に使えるコースがあるのに車と同じコースを利用するとは考えづらいからだ。
理由としては簡単で、単純な住み分けと競合による場所取り合戦を避けるため、そして車両との併走が危険であるからである。
よって勇んで乗り込んだはいいがデートスポットでもある展望台でカップルの甘い雰囲気にタジタジになり、出会えずすごすご帰る途中で車のコースに興味が湧いて見学しに行ったら遭遇したという話は多かったりする。
「だったらいいところに来たね、タービンなら今走ってるから待ってればすぐ来るよ?」
「そうか…ところでなぜ理由がわかった?」
「この前のことでしょう?それしか理由ないですよ」
群馬トレセン学園で撮影された模擬レースはノルンファングとホクリクダイオーも見ていた。
さすが日本トレセン学園で学び、日本ウマ娘レースの最高峰であるG1戦線で鎬を削る猛者たちだ。
ツバキプリンセスが本気で当たっても2度目でディープインパクトに確実に勝てる程度、ほかの3人相手では厳しい戦いになるはずだ。
それはノルンファング、ホクリクダイオーとしても同じ、目の前のビワハヤヒデが纏う強者としての雰囲気に実力を感じ取っていた。確実に勝てるビジョンが思い浮かばないのだ。
目の前のビワハヤヒデは一目見るだけで恐ろしく出来上がった肉体を持っていた。変装で誤魔化していない部分の筋肉の付き方、足腰の使い方、その節々から感じるオーラが違う。
レース前ではない休養中でさえこの完成度、本番となればさらに研ぎ澄まされて走るために生まれてきたウマ娘の理想となるだろう。
「勝負しに来たの?だとしたら今日はだめだよ、タービンはうちの部員と走る予定なの」
「そのつもりはないよ、ただ見物に来ただけさ。彼女の相手というのは?」
ビワハヤヒデの問いにダイオーは無言で駐車場の一角を指差す。
そこには群馬トレセン学園モータースポーツ部が所有しているスポーツカーが2台横並びに停められており、ドライバーの尾花栗毛のウマ娘が車の前で準備運動をしていた。
プロレーシングドライバーの世界を目指す先輩、グッドフェイスだ。
足での勝負では芽が出なかったが車両競技に切り替えるとめきめき腕を上げてきており、本人も自慢の兄と同じ道を目指して邁進している。
「彼女か。ん?後ろの車はS13と180SX…なかなか渋いチョイスだな」
「ほほぅ?」
ホクリクダイオーはビワハヤヒデの言葉に少し感心する。
「その通り。ここでクイズ、あの二車種に共通することは?」
「二車種は実は同型で部品が共通のものが多く整備しやすい、スポーツカー復活期を支えた名車という話かな?」
スポーツカーの歴史は栄枯盛衰、栄えた時期もあればすたれた時期もあった。
世界中で排ガス規制が叫ばれた時期は大排気のスポーツカーは格好の的、騒音被害となればぐうの音も出ない。
さらに法改正による製造基準や安全基準の再設定、燃料価格の高騰時期はお財布に大ダメージなど、様々な要因から人気が低迷。
また旧式化により多くの車種が生産終了していき、新製品の開発すら危ぶまれ、走り屋も暗黒期にあったという。
しかしある一社が世に送り出した名車からスポーツカーの再興が始まり、さらにそれを走れなかったウマ娘たちが目を付けたことで流れが変わった。
ウマ娘は走るために生まれてきた、走ることに生きがいを感じる者がほとんどだ。
そして様々な理由で走れない、走ることがかなわなかったウマ娘たちもまたその衝動を抱えて生きている。
走りたい、走れない、でも諦めきれない、もっと早く走りたい、もっともっと競いたい、もっとあの世界に身を置きたい。
そんな焦がれる彼女たちの目の前に現れたのがスポーツカーであり、往年の生き残りたちだったのだ。
エンジンを吹かせば自分の至れなかった世界に連れて行ってくれる新しい『相棒』だ、それに手が伸びるのは必然だった。
一度火が付けば後は広がるばかり、中古車市場は一気に売れたうれしさと一気になくなる在庫に恐怖した。
そしてそれの扱いに熟知した者たちも、見た目がキレイで心に熱いものを抱えたご同類の頼みとあっては手ほどきを断ることはなかった。
「日産が最初に再生産に踏み切ったスポーツカーだ、今なお売れ筋だそうだな」
「正解。多い分中古も安いしね、だからうちも使えるんだし」
そうなると今度は企業が困った、売れるのは良いがどうにも手札が物足りない。
新車種が売れるのは良いが、その種類が少なくて飽きられそうに見えた。中古車市場の大きな動きも見逃せない、新しい物よりこっちのほうがいろいろとラインナップがあって人気とすらいえた。
しかし所詮は中古車であり残弾は少ない、経年劣化などによる個体差も無視できない。
放っておいたら絶対に事故多発でせっかく盛り上がっている業界の火が消えるし、今ある需要も一気に消し飛ぶ。
どうしよう?と悩んでいたそんなときある社長がポロリといった。
『再生産してみるか?』
もちろん安全基準をクリアし現行法に合うようにする必要があるが、意外なことにすんなり終わった。
古い技術では不可能だったり難しかった強度の強化、新素材フィルターを用いた排気ガスの抑制などが、技術進歩と新素材の使用によって基準をクリアできてしまったのである。
さらに客層に合わせていくつかの別モデルも用意したうえで、リバイバル第一弾として売り出されたのがシルビアS13と180SXなのだ。
結果は大当たり、最新型よりも安く手軽で今の時代では失われていたスポーツカーらしいスタイル重視の個性が受けた。
人気は180SXだ、ほかのスポーツカーよりも手軽な価格でリトラクタブルライトの古くも心擽るスタイルが大人気である。
「よく調べてきましたね」
「下調べは基本だ。すまないがそろそろ失礼する、シマカゼタービンが走る前に場所を確保しなければならないのでね」
峠に観客席はない、自分でどこが一番見どころかを探って見つけて陣取るのが普通である。
彼女もそれに倣って観戦スポットを見つけに行くつもりなのだ、しかしこのままビワハヤヒデを送っても見どころのある場所なんてわからないだろう。
彼女は走り屋の世界ではズブのド素人だ。どこのコーナーが一番見どころか、今日のレースだとどこで勝負が決まるかなんてわからない。
せっかく親友の走りを見に来てくれたのに美味しい見どころを逃してしまうのはあまりにももったいない。
「ならいい所教えるよ、もうすぐ帰ってくるし待ったら?帰ってくるところも見どころだし」
「いや、妹の不始末の件もある。まだ走るのなら、変に気を使わせたくない」
「あなたが悪いわけではありませんし、気にしなくていいと思いますよ?もう終わった話です」
というかあんたの顔をあいつ知らんよ、とはダイオーは言わなかった。
「そうもいかない。ブライアンの奴、どうも諦めきれないようでね…実を言うと、一言謝りたいと思ってたんだ」
シンボリルドルフの電撃スカウトにおける一連の騒ぎに関する謝罪が、トレセン学園理事長から芦名高校や群馬トレセン学園など方々に行われたのはホクリクダイオー達も知っている。
それは瀬名酒造に対してもあり、騒動も収まった今ではシマカゼタービンたちの中ではとっくの昔に終わっている話だった。
しかし申し訳なさそうにするビワハヤヒデを見るとダイオーは少し放っておけないとも思う。
彼女の予定がどうなっているかは知らないがここに長居することはできないはずだ。
今日の走りもストレス発散もかねて夜通しで走りまくる予定になっている、シマカゼタービンもそれに応じてずっと走り続けるだろう。
そうなると彼女はシマカゼタービンに面と向かって話す機会を見つけられない可能性が高い、それはとても気の毒だ。
「なら一緒に特等席でタービンのレースを見学してみない?トレーナーがOK出したらだけどさ。それなら話すタイミングも掴みやすいよ?」
ホクリクダイオーは少し考えて、自分たちの野戦司令部に招待してもいいかと考えた。
自分のおすすめスポットを教えるのも悪くはないが、今日はちょうどいい機材がある。
使わない手はないだろう、秘密兵器というわけでもないのだしレースが終わったら引き合わせやすい。
「いや、そこまでしてもらうわけには…」
「今日は夜通し走る予定なんだ、終わるまで待つとかなり後になるよ」
「そうなのか?それはまずいな。うーむ…良いのか?なら、お言葉に甘えようか」
「うん。ノルン、良いよね?」
「構いません、トレーナーが許可をしたらですがね」
ノルンファングは賛成だ、トレーナーもよほどのことでなければ許可を出すだろう。
それに次にシマカゼタービンが走るレースはテストだ、ビワハヤヒデがどんな反応をするか見るのも一興だと思っていた。
あとがき
シマカゼタービンが知らんところで物語が動いている話、でもシマカゼがいるルートだと馬編と同じただの日常だからな…
ホクリクダイオーは少しデカい以外ほぼトウカイテイオーのそっくりさん、こっちではよく間違われるのでトウカイテイオーがあまり好きじゃない設定。
前世の親父が現役バリバリで伝説作ってる上に、ここでは関係無いのに勝手に比べられたりして迷惑しまくって嫌いになった。
ノルンファングはミホノブルボンベース、全体的にムチムチ、プラチナブロンドで色白、エメラルドの瞳なので顔つき似てるかな程度。
雰囲気は不思議系お嬢様、でも中身はミリタリオタクド天然、ロボットめいた感じはほとんどなく表情はころころ変わる。
なお群馬組がデカいのはデフォ、ツインターボ以外は18歳になるので中央組より大体は年上だしね。