いつも多くの誤字報告、感想ありがとうございます。
芦名峠ダウンヒルタイムアタック、ウマ娘編、始まるよ。ちなみに走り屋共がスパスパやるけど気にすんな。
URAがいろいろ動いてるけどそろそろこれが最後の動きになるはず…なるといいなぁ…
こういう組織系での話にURAが滅茶苦茶使い勝手良すぎんだよなぁ。
芦名峠、3連ヘアピンカーブの入り口のコーナー脇の雑木林は多くの人々で賑わっていた。
その人込みの多い雑木林の中を小町はクイーンベレーたちと一緒に観戦場所を目指して進んでいた。
これから見るバトルの見どころはおそらくこの3連ヘアピンの入り口、シマカゼタービンはそこで勝負を仕掛ける、そう小町は睨んでいた。
場所はレース場となる道から雑木林の脇道に入って奥まった場所にある高台、芦名名物の鬼仏がある場所だ。
この場所は少し道路から離れてしまうが、少し高い場所にある上に奥まっているから他のギャラリーも集まらない場所である。
多少遠くても観戦には十分であるし、遠かったり暗かったりが気になれば双眼鏡や暗視ゴーグルを使えばいい。
良助がリンゴをお供えした鬼仏に向かって一度両手を合わせてから小町達はめいめいに好きな場所を取りに向かった。
クイーンベレーとテューダーガーデンはウマ娘の身体能力を生かして近くの木の枝にするりと登り、枝をかき分けて視界を確保して特等席を確保する。
二人は双眼鏡を取り出して視界を調整しながら、どこで仕掛けるかを興奮気味に話し合う。
小町と良助も、その下でよく見える丘の特等席にアウトドア用の折り畳み椅子を置いて、そのわきに小型のクーラーボックスを置いた。
「良助さん、ジュースください!」
「あいよ」
木の上のクイーンベレーが手を差し出すと同時に、クーラーボックスを開けた良助が二人に向かってニンジンジュースのペットボトルを投げ渡す。
良助もニンジンをワイルドに齧りながら、手に持ったトランシーバーのチャンネルバンドをモータースポーツ部の使っているバンドに合わせた。
簡易的な無線傍受だが、モータースポーツ部には許可をもらっている。これでモータースポーツ部が各所に置いた連絡員たちの実況中継が聞けるという寸法だ。
「お、ここにきたか」
「本山さん?お久しぶりです」
「おう、小町ちゃんにベレーちゃんにガーデンちゃん、久しぶり」
不意に後ろから声を掛けられて振り向くと、小町達もよく知る一人の男が片手を振って気軽に笑いかけていた。
一緒に振り返った良助が親し気にぺこりと頭を下げる。本山恒夫、群馬県内展開のカーレース系ローカル雑誌『月刊・走り屋』の編集者であり記者だ。
自分の記事には責任を持つ昔気質で、そんな彼だからこその信頼で地元の走り屋たちとの接点も多くかなりの情報通である。
「恒夫、お前もきたのか」
「あぁ、よほどのことがなけりゃあそこで仕掛けてくるだろ?」
そして小町の兄である小塚良助の同級生である。良助は腕を組みながら、3連ヘアピンカーブを指差す恒夫の横に並ぶ。
恒夫は紙巻きたばこの箱を取りだして口に一本咥えると、ジッポライターを取り出して火をつける。
妙だな、小町は恒夫の存在に少し不思議に思った。
「大丈夫なんですか?今は会社が忙しいとか言ってたじゃないですか」
「何とか落ち着いたぜ、おかげで次号の目玉が一つパーになっちまったがな。ダートラリーのシマカゼとサーキットの高橋兄弟で紙面を作ってたってのによ」
「なんだ、使わねぇのか?せっかく許可取ったのに」
「天下のURA様がな…まさかこんな地方のローカル雑誌にまで声かけてくるたーよ。
おかげで社長はカンカンだよ、畑違いに首突っ込んでくんなって電話越しに怒鳴っててうるさいのなんの」
月刊・走り屋は地方ローカルのニッチな車雑誌に過ぎない、取り上げる内容もカーレースや車、走り屋たちへの取材記事ばかりでウマ娘の公式レースには一切手を出していないまったくの別ジャンルだ。
取材の過程でウマ娘と接することはあっても、そのほとんどが車両競技関連で元トレセン学園所属ということはあってもほとんどかすりもしないので群馬トレセン学園との接点はあってもURAなどには全く接点すらない。
全く畑違いなので接点もない間柄なのに、いきなりの接触である。さぞ会社は右往左往しただろう。
「へぇ、あの社長さんが珍しい」
「うちらも分相応ってのはわきまえちゃいる、そこからいきなり土足で割り込まれちゃキレもするさ。
俺たちも多少は話題にはするが、ああいうの少し取り上げるくらいだぜ?」
恒夫は坂路訓練で道路の端をかけていく群馬トレセン生徒たちを、双眼鏡で見下ろしながら言う。
周辺に散っていた計測係と撮影要員たちが交代して、訓練がてら上の野戦司令部に駆けあがって行っているのだ。
芦名峠では群馬トレセン学園のモータースポーツ部が来るときによくみられる光景である。
モータースポーツ部が芦名峠を走るのは名目上では夜間坂路訓練でレース特訓の一環なので、ウマ娘ファンがこれを見たくて芦名峠に来る場合もある。
「結局、目玉は高橋兄弟一色、あの二人だけでも十分話題性はあるけど量が足りなくて四方八方で話題集めだ」
「なんだ、ならこいつは仕事扱いか?」
「そういうこった、こうでもしねぇとやってられん」
「では妙義の中里さんの取材なんていかがでしょう?サーキットでもR32で良いタイムを出していると聞きます」
「それも悪くねぇんだが、次号はサーキット系の話で高橋兄弟と被っちまってる。再来月に持ち越しだ」
「そんなー」
「で、恒夫さんは今日のバトルをどう見てるんです?」
クイーンベレーの質問に恒夫は少し考えてから、手帳を取り出して中身を確認しながら答えた。
「相手はグッドフェイスって聞いてる。この峠は初めてだが、サーキットではなかなかいいタイムを出してる新人の有望株だな。
ローカルシリーズじゃ目立たなかったがサーキットでは結構人気者だ。努力家でルックスもいい、レース上がりらしく負けん気が強い。
始めてまだ半年くらいって所だが、サーキットの連中にしっかり食いついてってるから腕前もいい感じに仕上がってんぞ」
「グッドフェイスか、サーキットで俺も抜かれた記憶があるな。レース慣れしてる分目がいいし、追い抜き慣れしてるから結構ギリギリをするりとやってくんぜ。
レース時代は差しでやってたらしいから見極めが良くできてる。車は何なんだ?俺の時は180だったぞ、トレセンの」
「学園のS13か180SXだな。個人で車は持ってないそうだ、今回もそのどちらかだろうね」
「どっちが勝つでしょうか?」
「そりゃシマカゼちゃんだろ、間違いなく」
臆面もなく、解り切ったようにつぶやく恒夫に小町も苦笑しながら同感だと頷く。良助やクイーンベレーたちも、苦笑しながらも同意を示した。
グッドフェイスがルーキーとしてはうまいと言われても、ここは芦名の峠だ。そこに慣れ親しんだシマカゼタービンは走りでは一歩も二歩も上である。
「この前の騒動でしばらく足での勝負は控えてたから、もしかしたらはあるかもしれないぞ?」
「レースに絶対はないからな、もしそうならそうなったでまぁ面白ぇな」
「いやいや、姐さんならぶっちぎり確定ですって!」
「じゃぁ私はフェイスさんに今日は一票入れてみようかしら?トレセンのS13か180なら手も入ってるでしょうし」
一気に空気が騒がしくなる、全員が次の走りを話題にして和気あいあいと話し出すいつもの空気だ。
最近は本当にピリピリしていたからようやく元の生活に戻ってきた気がして、小町はふと気が楽になった気がした。
「基本ができて体力があればタービンだって普通に負けるし、車のセッティングもダイオー達がきっちり詰めてると思うから今日はワンチャンあるかもね」
「フェイス4票タービン1票か、おかしいな、タービンの味方少な過ぎね?」
わざとキョトンとした良助のツッコミの瞬間、空気が小爆発して5人の大きな笑い声に包まれた。
◆◆◆◆◆◆
芦名峠の走り屋がたむろする無人パーキングエリア、その片隅に停めた愛車のWRX―STIの運転席で俺は次のレースの準備をしていた。
上着を脱いで、着てきたレース用スポーツブラを一度緩めてしっかり胸がカップに収まってるのを確認してから締め直す。
胸がこれだけでかいと走るときも一苦労だ、本気で走ると揺れるは擦れるはで一本走ったころには痛いのなんの。
おかげで本業用のレース用ブラでしっかり補助しないとバトルなんてできやしない。
いつものどこにでもある緑色の半袖ランニングウェアを着直して、ハーフパンツのゴムひもが緩んでないか確認する。
その上から反射板を付けた無地の白ゼッケンを羽織る、ゼッケンの肩と腰には前後に反射板がついている。
肘とひざにサポーターを付け、走りを阻害しないようにしつつ取れないようにしっかりと締める。
頭にはヘッドセット型LEDライト、車のモノよりも出力は弱いが慣れたものだ。
トランシーバーをランニングウェアのポケットに突っ込む、何かあったときに野戦司令部から連絡が来る。
靴も運転で使ってた普通のスニーカーを脱いで助手席の足元に、その手で助手席に置いておいた蹄鉄付きのレース用シューズを手に取る。
一般販売されているレース用シューズで蹄鉄も店売りのノーマルだ。蹄鉄の摩耗を確認して、留め具が弛んでおらず嵌り具合に歪みがないか確認してから履き直す。
「そろそろ変え時かな」
いつもの履き心地だけどちょっと足と靴の間に隙間が増えてきた気がする。
最後にもう一度服を確認して、ダッシュボードからココアシガレットの棒菓子を一本口に咥えて外に出た。
車外に出ると一気に周囲の喧騒が耳に飛び込んでくる。ギャラリーたちの喧騒、車のエンジン、鼻にくる排気ガスと煙草の香り。
これだ、この空気、この喧騒、これが峠バトルの空気だ。
「タービン、今日は走んのかい?」
「見て分からねぇか?ひとっ走りしてくるよ」
「そうかい、がんばれよー」
WRX―STIの横に停めてあるスカイライン・GT―R34の後ろで紙巻き煙草を吸っていた見慣れた34のおっさんに俺も気安く答える。
煙草の煙をそっぽ向いて吐く34のおっさんに見送られながら、スタート地点のほうに歩いていく。
「よぅ」
「姐さん、準備は大丈夫ですか?」
「姐さんいうな。もちろん、先にスタンバっていいか?」
「あ、ならこれお願いします」
スタート地点手前のガードレール手前に陣取っている係員の顔見知りの群馬トレセン学生が差し出してきたのは群馬トレセンのジャージの上着、これだけ出してくるってことはつまり…
「パドックか?構わんよ」
「よろしくおねがいします!」
いつものことだ、群馬トレセンのジャージに腕を通さないで肩に引っかけるようにして羽織る。
まだ対戦相手が入っていないスタート地点の道路、俺は下りを見て左側の車線に入りスタート地点に仁王立ちする。
俺のスタンバイに気付いたギャラリーたちの視線が集まってくるのを見計らって、羽織っていたジャージの上を思い切り脱いで合図してきたさっきのウマ娘に投げた。
その瞬間、周囲のギャラリーたちから歓声の声が上がって場が盛り上がる。こういうのもたまには悪くないか。
「魅せてくれんじゃねぇか、見ろよあの体、いつもながらばっちしだ」
「おいおい、なんてトモに仕上げてきてんだ。こりゃ、フェイスちゃん厳しいんじゃねぇか?」
「いや、今日はフェイスちゃんがやってくれると信じてるぞ俺は!」
「上半身もしっかり鍛えてんな、筋肉の張りがヤベーぞ」
「おお、すっげぇでけぇな、まじででけぇな、こらびっくりでゴルシ」
体中に感じるギャラリーの視線がこそばゆい、町内レースでもやってるから慣れてっけども。
国民的娯楽がウマ娘のレースってだけあって男も女も競馬場の連中みたいな視線してんだよな、前世じゃ信じられん。
あとやっぱり胸に視線が行く連中が多いこと多いこと…やっぱ90はでけーよなぁ、俺もそっちにいたらガン見だわ。
「出てきた、S13だ!」
「がんばれー!フェイスちゃーん!!」
ギャラリーの野太い男声や女の甲高い歓声に包まれて、駐車場から群馬トレセン学園モータースポーツ部のステッカーを貼ったシルビアS13が道路にゆっくりと入ってくる。
S13はスムーズに徐行しながら右車線に入って、俺の横にするりと来て停車した。
運転席には尾花栗毛の綺麗なウマ娘、グッドフェイス。足でのレースじゃなくて車でのレースに舵を切ったプロ志望のアマチュアだ。
群馬トレセンの裏山は何度か走ってるそうだが、芦名峠での挑戦は初めてだそうだ。だがなかなかこっちも仕上げてきてんな、見ただけで分かるぜ。
かっちりきっちりS13を調整して、足回りも手入れしてきたな。こいつ自身もスキルを鍛えてきたんだろ、今の停車のスムーズさはいい腕してる。
とはいえ、顔色は若干緊張気味だな。当然か、今日は峠初挑戦だもんな。
「良い音だ、きっちり整備してきたな。どうだ、公道に出てきた気分は?」
「不思議な気分よ、緊張感がまるで違う。あと悪いことしてるって背徳感がびりっと来るわね」
この程度、お前が走ってきた本物のレースと比べれば大したことないと思うがね。どうせ金も栄誉もない野良レースだ、かかってんのは意地と面子だけ。
「そのうち慣れるさ。あとその悪やってるって感覚は忘れんようにな、実際こりゃ悪いことだ。プロになったらこんなバカなことしないことだ」
ウマ娘のレースが国民的娯楽なせいなのか、走り屋のこういう集まりが前の世界よりも世間的に受け入れられてるのは驚きだ。
首都高系は厳しい目で見られてるが、この田舎で弁えてやってる分にはひどい事故を起こして迷惑かけん限り警察もさほどうるさく言わんしな。
群馬トレセン学園も普通は止めるほうだろうに、やんわりやりすぎるなとお小言だけらしい。桜葉理事長、理解ありすぎだぜ。
しかし、こういうことに寛容なおかげか田舎から若者が消えるっていう前の世界じゃよく聞く話題がこっちじゃ出てこないから面白いもんだ。
夏休みでもないのに前の世界なら東京にいそうな若い奴らが今日もこんな田舎でごった返してるんだしな。
「そう?別に否定してるわけじゃないんだけど」
「自分から法の庇護から外れて好きにやってんだ、何かあっても警察とかにゃ頼れん」
走り屋もピンキリだかんね、良い奴もいれば悪い奴もいる。そういうのに絡まれたら警察呼ぶとかできんのよ。
前に妙義のガラの悪い連中に絡まれたことあるけど、もうイライラする連中でキレたテューダー押さえんの大変だったぞ。
ま、つまり自己責任、何かあってそんな愚痴愚痴言うなら公道レースなんざやめちまえって話だ。
「もし合わないなら今回だけでやめときな、考えておくといいさ」
「ご忠告ありがとう。それはそれとしてタービン、勝たせてもらうよ」
そう宣言してくるグッドフェイス、良い顔してるぜ。答えてやらなきゃな。
「できんならな」
今日が初挑戦だろう?初峠のルーキーに負けたことは前世の頃からあんまねぇんだ。
足の勝負でも地元の意地ってのがあるんでね。もし勝てたらそれはそれで一興、今度は車で相手してやるさ。
「じゃ、お喋りはここらでしまいとするか」
「OK、千切ってやるわ」
「やってみやがれ。準備OKだ!いつでもいいぞ!!」
周囲に待機してるだろう係の連中に聞こえるように声を張り上げる。
するとガードレールのそばに寄っていた係員のモータースポーツ部のウマ娘たちがトランシーバーとスマホ類で連絡を取り始める。
次いで通信先から届く返答に合わせて、周囲のウマ娘たちが声を張り上げて報告する。
「ゴール地点、一般車無し!」
「スタート地点、一般車無し!」
「コーナー各所、一般車無し、係員配置完了、ギャラリーは退避済み!」
準備は整った、あとはスタートを待つだけだ。俺は右足を上げ下げして踏み込みを確かめながら待つ。
このスタート前の高まる緊張感がたまらない、心臓がじわりじわりと締め付けられるような、体中に静電気が走るような感覚。
息を吸う、4つ数える、息を吐く。思わず武者震いしちまいそうだ。
僅かな間のあと、ガードレールを颯爽と飛び越えてホクリクダイオーがスタート地点の前に立った。
「さーて二人とも、僕がカウントをするけどいいよね?」
異存はない、俺は頷く。フェイスも頷いた。
「よし、じゃぁ始めるよ!カウント、5!!」
ダイオーが右腕を振り上げてカウントを開始する。S13のエンジンが唸る、それと同時に俺はやや前寄りに前傾姿勢になりながら腰を落としてスタートの姿勢をとる。
「4!3!」
息を整える、吸う、吐く、呼吸と心臓の鼓動をかみ合わせる、筋肉と血流を感じてすり合わせる。
一度力を抜く、そして入れ直す。シフトをニュートラルから一速へ、無理なく加速を進められるように。
意識が前だけに向く、周囲の喧騒が遠のく、ダイオーの一挙一動が、S13の駆動音に意識が集中する。
「2!!1!!!」
まずはスタート、どう出るか、フェイスのS13がどう動くかで俺の動きは決まる。意識が定まる、息を吸う、一瞬止める。
「GO!!」
ダイオーが腕を振り下ろす。瞬間、俺は思い切りアスファルトを蹴りつけて前に飛び出した。
あとがき
ついに始まりました、第――回芦名峠・新人戦ダウンヒルタイムアタック。注目のウマ娘はやはり彼女、シマカゼタービン。
最近はアクシデントにより自粛姿勢でありましたが堂々の復帰、実力はいささかも鈍っておりません。
対するは群馬トレセン学園モータースポーツ部所属シルビアS13、鞍上はグッドフェイス。
サーキットでは期待の新人、運転歴僅か半年ながら技術の上達ぶりは目を見張るものがあります。
しかしここ、芦名峠は初挑戦。さて、彼女のスキルは夜の峠で通用するでしょうか?
以上、この二人立て、タイムアタック形式でのバトルをお送りします。