気儘に生きた転生馬物語   作:イナダ大根

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いつも多くの感想と誤字報告ありがとうございます。
今回は大体駄弁って走ってるだけ!!


第二十三話

 

 

 

 

朝早い芦名の峠は車通りがほとんどない、それは街の人間ならば誰でも知っていることである。

そしてそんな朝の芦名峠を我が物顔で猛スピードで駆け下り、朝からダウンヒルタイムアタックを行う走り屋の車がいるのも知っている人間は知っている。

芦名峠の走り屋ナンバー2、青いスバルWRX―STI。いつもの配達に出かけた帰りのシマカゼタービンはほぼ毎日、この朝の下りで日課として己の限界に挑むというのも知っている人間は知っている。

そんな彼女のWRX―STIは、今日はいつもよりもはるかに遊びのある楽な走りで、助手席のお客さんの痛烈な叫び声をまき散らしながら峠を駆け下っていた。

 

「うひゃー!!」

 

「うわぁぁぁ!?」

 

後ろから楽しそうな声、真横から楽しさもかけらもないような叫び、余裕がないのが自分である。

あぁうらめしや、こんなところで競争ウマ娘として鍛えた体がデメリットになるとは思わなかった。

気絶できればどれだけ楽だったろうか、こうやって正面が正面として機能していない光景を見せつけられることは一度で済んだだろうに、と。

バケットシートの助手席に身を押し付けられ、左右から襲ってくるGに翻弄され、すぐ真横までびっちりとくっつくガードレールや壁面に恐怖し、ギャリギャリと滑りながらスキール音を立てるタイヤに肝を冷やす。

拝啓、お父様お母さま、わたくしナイスネイチャは今、本物の走り屋がやるダウンヒルタイムアタックを初体験しております。

 

(失態した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗したぁっ!!)

 

目まぐるしく変わるフロントガラスの外の光景から目を離すことすらできず、何もかも投げ捨てた絶叫を上げながらナイスネイチャは後悔した。

登りはジェットコースターのような感覚で楽しめたのが判断の誤りだった。

本当にコップの水を一滴も零すことなく、素人目に見て分かるような攻め込みで素早く坂を駆け上っていくシマカゼタービンの運転技術には感心するしかなかった。

彼女が自称するように本業はドライバーというのは本当なのだ、前と周囲をつぶさに見まわしながら手慣れた仕草でシフトレバーを見ないで適宜操作し、両足でアクセルとブレーキ、クラッチを操作して、ハンドルをクイクイと捻って巧みに車を運転していた。

そのスピードには若干怖さを感じたが、あくまで若干でありむしろ初めての体験に興奮していたくらいだ。

それで見誤ったのだ、クライムヒルの後はダウンヒル、下り坂でも走り屋は全力で走ると聞いていたから期待をしていた。

普段は全速力で駆け下るというそれを今日はやめとくという彼女に、つい口を挟んでしまったのだ。

 

『あれ、今日は普通に帰んの?』

 

『そのつもりだよ。お前だけならともかくネイチャも乗せてちゃな…』

 

『えー…まぁしょうがないか』

 

さすがに峠初挑戦であるナイスネイチャを乗せていてはやらないというシマカゼタービン、その言葉にツインターボは少し残念そうにしながらも理解を示す。

しかし期待していたダウンヒルとやらが体験できないことに残念そうなターボの顔に、内心では期待していたいつものナイスネイチャさんがついつい口を出してしまった。

 

『いやいや、これでもトレセン学園生のナイスネイチャさんですよ?多少荒っぽい運転で参るような軟な鍛え方してませんってば』

 

『素人にいきなりダウンヒルはきついぜ?良いのか?』

 

『もちろんですよ、この際体験しとくのも悪くないっしょ』

 

『言ったな?んじゃ、ちょいと軽めに行ってみるか』

 

最初は余裕をかましていた、しかしすぐにそんな余裕は吹き飛んだ。

芦名峠のコースに入っていたため、彼女が小さく息を入れ直した途端、WRX―STIの挙動が明らかに荒々しいものに変わったのだ。

下り坂で、曲がり角がすぐに見える直線で、彼女はアクセルを思いっきり踏み込んで加速していく。

その加速に最初は納得し、すぐに違和感を感じ、そして車内に響くキンコンチャイムの音に恐怖して、一気に視界が横を向く光景に身動きが取れなくなった。

 

(前で林が横スライドしてるぅぅぅぅ!!)

 

横からくる強烈なG、横滑りするタイヤのスキール音、それに耐えながら正面を見れば横滑りしていく林の光景。

ハッとなって横を見れば、ぐんぐん近づいてくるガードレールとその先に見える芦名の遠景。

つまり車が絶賛ドリフト真っ最中なので、思いっきり横滑りしているのである。

ナイスネイチャは初めて理解した、外から見てればドリフトする車はかっこいい、甲高いスキール音と普通ではありえない機動をする車体には素人でも息を呑むものがある。

しかし実際やっている車に乗ってみれば感想は変わる。

生きた心地がしない、普段は前に進むために地面を掴んでいるタイヤがその役目を放棄して地面を横滑りしているのだからそれだけで恐怖は倍増だ。

 

(お尻が、お尻が浮く、変な方向から押し付けられるぅぅ!!)

 

「ってか逆、逆走!!」

 

「この時間なら大丈夫だよ」

 

「居たらタービンなら避けるからヘーキヘーキ」

 

「そーいうもんだい!?」

 

バケットシートに押し付けられているのにお尻が浮いているような感覚がして体が宙に浮くような感覚に陥る。

かと思えば斜め横からくるGにバケットシートに押し付けられ、体がグルグルと回るような錯覚を感じる。

あぁ恨めしい、こういった急激な変化に常に耐える競争ウマ娘にならなければすぐ気絶できたかもしれないのに。

コーナーを一つ抜けたらまたすぐに直線、当然アクセル全開で加速、そしてそのまま次のコーナーも迷うことなくドリフト。

 

「タービン、軽めって言ってたけどかなり手加減してる?二回ともただのパワースライドじゃん、攻め込みも駄々甘だし」

 

(軽め?マジで?これで軽めなの?駄々甘なの?)

 

「二人乗っけてんだから荷重移動の微調整してんだよ」

 

(攻めてすらいなかったぁ!?)

 

「修正できたからそろそろ行くぞ。次、2連、ドリフトからのインベタ、小手調べと行くか」

 

キンコン、キンコンと時代を感じる速度超過チャイムが車内に二度響く。

それにつられて、運転席のスピードメーターを見るとナイスネイチャは絶対零度の恐怖に背筋が震えた。

 

「超えてる超えてるまた105超えてるって!!」

 

「事故りゃしねーよ、行くぞ」

 

「ひゅぃ…!?」

 

ぐらり。

 

「あああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

峠ではやや長めのストレートでその先には右のカーブ、その遥か手前でシマカゼタービンはやらかしたような声を上げてハンドルを切った。

車体が再び横滑りのドリフト状態で滑走を始める、届かない、失敗した、事故る、そんな終末風景がナイスネイチャの脳裏によぎる。

しかし、そんな想像とは裏腹に面白いように直線をドリフトで滑り切った車はきれいにカーブを曲がった。

そしてすぐさまびっちりと左側面を壁に擦りつけるようなインコースに乗り、左カーブに車は全速力で突っ込む。

 

「ひゅっ」

 

シマカゼタービンの手元を見ない素早いシフト変更、一瞬のブレーキで感じる制動と同時にハンドルが切られて、急な左カーブを曲がっているのに、壁際ギリギリを舐めるようにぐいぐいと曲がっていく。

サイドウィンドウのすぐ外を見れば、目測で5センチも離れていない真横を風音を立てて壁面が流れる。

少しでも姿勢を崩せば壁面にこすりつけられ、ドアが削れて自分が壁面に摩り下ろされる光景を幻視してナイスネイチャは呼吸を忘れた。

 

「今のいい感じだったじゃん、自然とラインに入ったね」

 

(だ、ダメだ、わけわかんない、一体どうして私まだ生きてんのかわかんない)

 

「簡単なラインだからな、これくらい弾食らってても余裕だぜ」

 

(これで簡単!?たま!?)

 

何とか理解できたのはシマカゼタービンの運転技術は明らかに常軌を逸していること、そしてそれで峠を一気に下る爆走を平気でやってのけること、それだけだ。

彼女が常にシフトレバーをガチャガチャやって、どんなテクニックを使っているのかは皆目見当もつかない、理解もできない。

しかし車はそれに呼応して、明らかに危険なスピードで下り道を車線関係なく攻めこみながらドリフトやらインベタグリップやらを連発させて最短距離を突き抜けていく。

 

「弾って何!?これで簡単ってどいう事!?」

 

「うん?前世で少々。あんな小口径弾では俺の筋肉は貫通できん!」

 

「前世って何!?」

 

「冗談だよ、ビール調べにアイルランドに行ったときちょっとな。これは機会があったら話してやるよ。

いつもならさっきのところはもっと速く走りながらインベタで行くんだよ、ギリギリまで攻め込んでな」

 

「ぐい、ぐい、ぐいーん!って感じだよ!!こんなもんじゃないよね!!」

 

(に、人間じゃない、な、なんなのよこのウマ娘…普通じゃないよぉ)

 

いくら朝であまり車が来ない時間だからと言って、いつ対向車が来てもおかしくないこの状況で平気でぐいぐいと反対車線に飛び込んで最短距離を突き抜けるその走りにナイスネイチャは恐怖しか覚えなかった。

いつ正面衝突を起こしてもおかしくない、それこそ次のカーブで出合い頭にぶつかってもおかしくないのだ。

だがそれでもタービンは平気でハンドルを切る、アクセルを踏む、そして臆することなく峠を攻めこんでハンドルを容赦なく切る。

怖い、その一挙一動が非常に怖い、思い切りハンドルを切るその姿が異様に怖い。

 

「タービンさぁん!?これカスタムしてるんだよねぇ!!ちゃんとがっちりきっちり峠仕様なんですよねぇ!!」

 

「弄っちゃいるが基本は純正パーツが主だよ、足回りとかラリー用クロスミッションとかは親父の真似てるけど基本は純正の再現だな」

 

「はぁ!?」

 

純正、ノーマル、つまり調整はしてあるけどよくある社外品も使いまくる極め切ったチューンではないという事。

つまりこの車は販売会社が出している対応部品のみを使用して仕上げられている普通のスポーツカーである、ナイスネイチャはそう考えた。

 

「下手に社外品を入れるより、メーカーのハイグレードパーツとか対応部品を入れてるほうが俺には合うんだよ。

その分きっちりチューンもするぞ?手間暇かけると一見性能が芳しくない部品もいい味出したりするんだ」

 

「高橋の兄ちゃん達も不思議がるカスタムというかチューニングだよね相変わらず。タイヤも普通のノーマルだし」

 

「高いのが悪いわけじゃないんだが結局これに落ち着いちまうんだよな、まぁ安いし替えが利くしタイム出るしで満足してるよ」

 

「タービンってそういうの多いよね、エアガンでも飾ってる時はごてごて付けるのにサバゲだとサイト付けるくらいじゃん」

 

「いざ使うとなると結局サイトとグリップ付けるだけでいいやってなるんだよねぇ、そのほうが当たる」

 

「わぁぁぁぁ!?じゃべりながらなんでうごかせるぅぅぅぅ!!?」

 

「まだまだライン取り攻めてないしね。あ、次インベタドリなんてどう?」

 

「伊達にこの峠で慣らしちゃいねーぜ?いいねーやってみよかー」

 

「あんぎゃぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

心臓に悪い、体に悪い、精神に悪い、とにかく悪い、ナイスネイチャの脳裏にはそれしか浮かばなかった。

今もシマカゼタービンは気楽に笑いながら右コーナーをインラインギリギリにまで幅寄せしながらドリフト走行で曲がってみせたのだ。

いつ事故を起こしてもおかしくない、笑った拍子にハンドルを少し切り損ねようものならばすぐに頭からガードレールに突っ込みかねない挙動だった。

そんな挙動の車に一緒に乗りながら、ターボは全く気にせず朗らかにニコニコ笑って楽しんでいる。自分がこんなに余裕がないのにだ。

 

「ん~…?今のはキレ良くないなぁ、車体が重い。ターボ、お前太った?」

 

「何を!?ターボデブじゃないもん!!タービンの胸がおっきくなったんだよ!」

 

「で、でかくなってねーわ、90だしぃ?」

 

「それ去年の身体測定の数値でしょ。タービンの胸なんだから…96?」

 

「ぬぐぅ!?」

 

「うひぃ!?なんか変な風に捻ったぁ!!?」

 

「やっぱりサバ読んでた、タービン気にしすぎなんだって。どーせおっきくなる子はおっきくなるんだよ、小太郎もそうだったじゃん」

 

「あいつみたく背丈だけならな。こっちは胸が余計なんだよ、ブラの出費がシャレにならねぇ」

 

「まーまー、その分モテるという事で一つ、サバゲの時もみんな見てたじゃーん?」

 

「うるせー!乳しか見ん男なんぞ興味ないわい!!仕方ねぇだろ、乗っちまうんだよ、でもプレキャリとか相性悪いんだよ仕方ないじゃん。

だいたいブラさえ壊れなきゃハイグレードブレーキとガスブロAKMの両方がお迎えできたってのによ。

よりにもよって走り用のが壊れやがったんでAK諦めるしかなかったんだよ、あれプロ用で高いんだからな?」

 

「あ、ブレーキも高グレード品にしたんだ。AKMなら買ったから貸してあげよっか?」

 

「いらん!ファイナルズ予選の賞金でリグ含めてフルセットお迎えするんじゃい!速攻サバゲに持ち込んでやるぜ!!」

 

「おー大豪遊、ターボまだ予備マグ買ってないからまだ投入は先だし…お揃いでやろう!」

 

「お、いいねぇ!」

 

「な、なんであんたらはそんな平気なんだぁぁぁ!!」

 

手足と車の挙動は明らかに異次元なのに平気で世間話と悪ふざけに興じるこのクソウマ娘どもに、ナイスネイチャは思わず悪態をつきかけた。

内輪の話で盛り上がっている上に、あのターボが余裕の表情でスマートフォンを弄って音声を流し、それに突っ込みをいれるタービンに殺意が湧いたともいう。

尤も、そんな気持ちは自分が今走っている緩い右カーブの道に気付いて一気に沈下してしまった。

当然ながら車の加速は止まらない、この先は急激な角度で訪れる左カーブである。それなのにタービンはその遥か手前でハンドルを切って車体を右に傾かせた。

 

「ひぇ!?」

 

自然と右に傾いてドリフト状態に入った車体は右に傾いたまま滑走していく。

車の後部が左に流れて全部が右のドリフト気味に流れ、そのまま一気に左カーブに向けて突っ込んでいく車の姿が脳裏に過ってナイスネイチャの意識は遠のきかけた。

 

「うわわわわぁぁ…ぁぁ」

 

左カーブに入る直前、シフト操作とブレーキング、アクセル操作が同時に行われ車体が一気に方向を変え左ドリフトに。

その急激な変化と襲い掛かる慣性にナイスネイチャの視界は真っ暗になりかけ、横滑りする前方の風景に一気に引き戻された。

 

「あんぎゃぁぁぁぁ!!?」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「朝から大変な目に遭ったわ…」

 

「油断したお前が悪い」

 

「なんも言えねぇ…さすがモータースポーツっていうだけありますわ、Gがすごいのなんの、揺れるし、きっついし…ブライアンさんはなんか訳知り顔だねぇ?」

 

「前にマルゼンスキーのドライブに付き合わされてな。首都高で振り回されたんだ、あの時は私も生きた心地がしなかった」

 

「マルゼンスキーさんはああいうのしない人だと思ってましたけど」

 

「あいつは素でスピードを出すほうなんだよ、高速なんかに乗ったら好き放題にかっ飛ばしやがる。

それにあん時はブラックバードとかいう走り屋を見かけてテンションが上がっちまって…他言無用だ、その日は姉貴と一緒に寝た」

 

時は過ぎて日中、瀬名酒造の1600メートルトラックの片隅にあるベンチ。

早朝の顛末を聞いたナリタブライアンの容赦ない切り返しに沈むナイスネイチャであった。

 

 

 

 







あとがき
というわけでナイスネイチャの葦名ダウンヒル(簡単モード)体験版のお話でした。
ターボがクソ余裕で駄弁ってますがそれくらいこいつらにとっては普通な走りです。
当然タービンも超余裕、ぶっちゃけナイスネイチャの反応を見て超遊んでる。
何分こいつらの基準が茂三のハチロク(藤原豆腐店と同類)だからなコイツら、基本的にハードルが高い。
こいつらがガチ顔したらたぶんネイチャさんの意識は…うん…池谷先輩が手招きしてるぜ。



おまけ
シマカゼタービンのサバゲ胴体装備はチェストリグ系かコルセットリグ系、プレートキャリアやタクティカルベスト系とは胸部装甲のせいで相性が悪い。
また豊満な胸部装甲はどうしてもポーチ類の上に乗っかる感じになるので非常に目の毒。
マグチェンジの時に干渉しやすく、勢いよくやると当然のようにむにゅんたゆんバルンと…どうしてもしちゃうのである。

「着なけりゃいい、でも着たいよね、サバゲだもの」(シマカゼ心の川柳もどき、なお装備はかっちり派)



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