気儘に生きた転生馬物語   作:イナダ大根

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第十五話

 

 

 

(おおよそ時速90キロで巡航、そこから加減速調節で翻弄しつつリードキープ、か。ただの走り屋小僧ならこれに泡喰ってだいぶ追い詰められてる。

さすが群馬トレセン、タービンにしっかりついてってるよ。冷静に事を運べてるってわけだ)

 

トランシーバーから流れてくる群馬トレセン生からの生実況を脳内で整理しながら、小町は今夜の対戦相手であるグッドフェイスの実力を上方修正しつつ今回のレースの行方を想定し続けていた。

頭の中でいくつも始まっては終わる芦名峠のダウンヒルタイムアタック、その中での勝率は70%の確率でシマカゼタービンの勝利だと告げている。

これは妥当な数字だ、親友の技術力を知っているからこそシマカゼタービンが負ける確率は十分にありうる。

相手がウマ娘相手だと舐め腐った他県やほかの峠からの挑戦者であり新参者であったり、まったく技術も経験もなっていない増長した走り屋小僧であれば100%で勝てるが今回の相手はそうではない。

群馬トレセン学園モータースポーツ部で馴染みの走り屋であり親友のホクリクダイオー達に仕込まれた立派なレーサーだ。

サーキットで培った経験と技術は決して侮れるものではない、それを十全に発揮できればシマカゼタービンを初戦で追い抜くことは理論上では可能なのだ。

 

≪こちらL字コーナー!来ました、タービン先輩先行、フェイスさん後攻。降りで…変わらず!!登りに入ってタービン先輩がブロック、フェイス先輩がぴっちりくっついた!!≫

 

≪タービン先輩が煽られてます!!車間がほとんどない、一メートルもないのに涼しい顔!!≫

 

小町の脳裏にははっきりとシルビアS13に背中を煽られながら顔色一つ変えずにスピードを上げるシマカゼタービンの姿が思い浮かんだ。

 

「登りで抜かなかった、それとも抜ききれなかったか?」

 

「抜ききれなかった、だから煽ってる。じゃねぇかな?」

 

「ミスったとは考えられんし…タービンがブロックか、ターボのやり方だな。徹底的に抜かせない気か」

 

「あえてそうして出方を見たんだな。で、フェイスちゃんはすぐ切り替えた。新人の技術じゃねぇな」

 

さすがだねぇ、いいネタゲット。恒夫は微笑を浮かべながら付箋だらけの分厚い手帳を取り出して、さらさらと何かを書き込む。

 

「先輩相手に煽りで仕返しとはフェイスさんもリスキーなことしますね」

 

「群馬トレセンやっぱ怖い、ウマ娘相手の煽り方を教えてんのかよ…」

 

テューダーガーデンの感心したような声に、心底何かに安心した声色のクイーンベレー。

これでもかなりマシだけどね、小町は妙義山の走り屋にいるダーティな手段を好む知り合いを思い出す。

シビックEG6を操るその走り屋は、腕前はトップクラスに入るのだが勝負の仕方と態度が非常に悪い。

煽り運転に難癖、コーナーでこれ見よがしにバンパーを突っつきスピンさせる、挙句にガムテープデスマッチなどの特殊ルールで勝負を挑む。

特殊ルール戦では自分も真摯にそのルールを守って勝負するあたり走りにプライドはあるのだが、いかんせん評判は悪く嫌われている走り屋だ。

 

「そんだけ自信ありって所も評価できるな、こりゃ結構持ち直してきたんじゃねぇか?」

 

「どうだろね、次が5連ヘアピンだから多分―――」

 

≪こちら5連ヘアピン!シマカゼ先輩がリード!ヘアピンにそのまま突入!!遅れてフェイスちゃん!!およそ5バ身!≫

 

芦名峠の5連続ヘアピンは峠の中腹にあり峠道の例にもれず勾配とコーナーがきつい場所になっている。

これをフェイスがうまく処理できるか、それがこのレースの流れに関わってくるはずだ。

 

≪ヘアピン通過、依然シマカゼ先輩がリード!さらに離されてフェイスちゃん!!≫

 

≪大差よ大差!突っ込みと立ち上がりで完全に後れを取ってる!!≫

 

現状は変わらず、むしろシマカゼタービンがリードを広げている。相手はかなり手ごわいのだろう、シマカゼタービンの走りを見てきたからこそ小町はすぐに確信を持った。

 

「大差か?千切ってないならやっぱりここまで引っ張る気だな」

 

「だろうな、フェイスちゃんの腕は確かなもんってわけだ。確実に仕留める気だぜ」

 

面白くなってきたな、良助と恒夫が走り屋らしい好戦的な笑みを浮かべる。それと同じように、小町は己の頬が吊り上がるのを感じた。

いつもこうなのだ、彼女の走りに胸が熱くなる。たまらない、自分も早く親友と自分の車でこの峠を走りたい。

 

「先輩、また笑ってますよ?」

 

「あんたたちもね」

 

さて、シマカゼタービンはグッドフェイスのS13にどんな走りを見せる気だろうか。小町の脳裏にはいくつか案が浮かんでは胸が高鳴る。

どれも彼女が10年以上この芦名峠で磨いて身に着けてきた地元走りの粋、この芦名峠であればこそ彼女は足でスポーツカーと並び競り合える。

それをグッドフェイスがねじ伏せるか、それともシマカゼタービンがねじ伏せるか、小町の目に一筋のライトが峠道の先で光ったのが見えた。

 

「ヘッドライト、タービンだ」

 

「すぐ後ろにシルビアS13!やはり詰めてきましたよ!!」

 

「それくらいできて当然だ、だがここで抜ききれるか?」

 

いいや、それは難しそうだ。小町はシマカゼタービンの後ろで乱れるS13の挙動を見てすぐに確信した。

S13の走行ラインが安定していない、右に左にと迷いが見える。そのせいで踏み切れないで隙だらけだ。

その理由はシマカゼタービンにずっと付き合ってきた良助や恒夫、小町にはすぐに分かった。

 

「タービンの奴、煽り返してやがる」

 

「姐さんもやっぱやべぇ」

 

前を逃げながら後ろの相手を煽りかからせ妨害するシマカゼタービンの得意技、芝でもダートでも峠でも彼女に前を走られれば恐ろしく走りにくいと評判だ。

鍛えに鍛えた常識外の速さとスタミナは最大の武器だが、走り屋一家の瀬名家で父から受け継いだ技術をさらに自分なりに鍛え続けて磨いた技は同じ瀬名家の長男にも恐ろしいと言わせる。

違和感を覚えさせない自然すぎるフェイントモーションに騙されないのは本当にベテランの走り屋くらいだ。

自分の判断力を信じられなくなってどうしようもなくなると言われるまでに完成されているのだ。

シマカゼタービンが一歩先に3連ヘアピンカーブに入る。その瞬間、ブレーキングからのグリップで曲がろうとしたS13との車間が一気に開いた。

二つ目のカーブ、これもS13が一方的に置いて行かれている。3つ目、シマカゼタービンがカーブを抜けた後にS13がカーブに入った。

 

「勝負あったな」

 

「相変わらず恐ろしい走りしやがるぜ」

 

心底呆れたような顔で感心しきりな良助と恒夫の二人に小町も同意して頷く。

彼女がやったことは単純だ、この3連ヘアピンカーブまで乗りに乗せてきたスピードで走りながらラストスパートをかけたのだ。

 

「本気のラストスパートだな、今は何キロだっけ?」

 

「最高のコンディションなら116、ノリノリだから多分出てるよ」

 

時速にしておよそ101㎞ほど出ていただろう所からのさらなる踏み込みによる加速、群馬トレセン学園の計測ではラストスパートの最大速度で時速116㎞の超高速走行だ。

あまりに速すぎて走り屋のレースに慣れた小町にでも大まかにしかわからない、だがシマカゼタービンは確実に全力でのスパートをかけた。

ウマ娘の小回りを活かしたコーナリングに長けているとはいえ、生身でのその走りはもはや自殺しに行っているのに等しい。

ラストスパートほどの加速となるとシマカゼタービンの超人的なスタミナもすぐに枯渇するが、それを見せるくらいにグッドフェイスの腕前は良いのだろう。

きっとグッドフェイスには3連ヘアピンカーブに突入した途端、シマカゼタービンの背中が掻き消えたように見えたはずだ。

二つ目のカーブで食らいつこうとしても躱され、三つ目に至っては自分がカーブに入る前にもうシマカゼタービンが曲がり切っている始末。

曲がり切った頃にはシマカゼタービンの背中は遥か遠く、生身のウマ娘相手に完全に千切られている状況になったのだ。

 

(この先はフェイスちゃんの引き際が試されるわね)

 

この3連ヘアピンの先には最後の勝負所、300メートルの直線直滑降、角度にして30度ほどの坂がある。

群馬トレセン学園モータースポーツ部に所属するウマ娘ならば理解できないはずがないが、ここも最後の勝負所だ。

一直線の直滑降に賭けるチキンレース、芦名峠の走り屋ならもつれにもつれた勝負で一度はやったことのある命懸けで一番危険な勝負。

しかし小町にはここではもうグッドフェイスは勝負にならないとわかっていた。なぜなら、彼女の技術はここで勝負できるほど完成されていないのだから。

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

三連ヘアピンが終わる、その立ち上がりで大きく息を切らしながら俺は一瞬後ろを振り返る。

体力がぎりぎりだ、さっきの3連ヘアピンでラストスパートの足は使い切った。これで千切れれば俺の勝ちだ、でもグッドフェイスはそう簡単には千切れない。

そして、やはり車は速いんだ。

 

「来やがった!」

 

速度を取り戻して俺が最後の直線、ゴールの麓までの直滑降に突っ込む直前にコーナーからS13のヘッドライトが躍り出てくる。

立ち上がりはなってない、タイヤが路面を掴み損ねて空転気味、それだけあいつは思いっきり踏み込んでる。つまりまだあきらめてねぇ、最後の最後に差し切る気だ。

そうでなくちゃ話にならん、競争ウマ娘は最後まであきらめるわけがない。アクセルを踏み込んで、シフトを3、いや4に入れた音がする。

馬鹿な女だ、命知らずだ、角度30なんて下り坂はさすがに未経験だろうに。運転席で顔が引きつってるのが見える。

この先は芦名峠の最後の勝負所、直滑降での根性試しだ。話には聞いてるだろうし怖いんだろ?それでも踏むのをやめねぇんだろ?そうじゃなきゃ面白くねぇ!

 

「私が勝つ!!」「俺が勝つ!」

 

何もいらない、最後の直線の下り、急加速してくるS13から逃げるように俺も足に鞭を入れて加速する。

ブレーキはいらない、坂道で重力を味方につけたままS13に押されるように俺も速度をどんどん上げていく。

もう下はゴール、緩い左曲がりでその先は市街地一直線だが、周囲は雑木林だ。

S13もラストスパートのつもりか乗ってきた、そうだ、そこからどこまで行けるんだ?

 

「あんのバカ!!」「フェイスちゃんがキレちゃった!?」

 

横並びになる、もうゴールは目の前だ。ギャラリーの一部が顔色を変えて道路から離れていく。

全力で抜けてもゴールの先で停車できる安全マージンは取っていて慣れている奴はそこまで怖がらないから慣れてない連中だ。

ここまで付いてきたやつは久しぶりだ…だからこそ、ウマ娘だからできる勝ち方ってのを見せてやる。

最後の一歩、残り150、思いっきりアスファルトを蹴りつける!!

 

「抜けた!」

 

「姐さんが抜いたぁ!!」

 

半馬身、そして一馬身、前に出る。S13のエンジン音が後ろに遠のいていく、107、俺はまだ踏める、108、まだ加速できる。

だがあいつはもう踏めない。あいつも分からないはずがない、なぜならここのゴールの先には限界があるのを知っていないはずがない。

走ってみて本当の怖さに気付いただろうよ、公道バトルのゴールの先は公式レース場のソレよりもずっと狭く短い距離になっているってことにな。

止まれなかったら終わりだ。最悪の場合、ギャラリーごと薙ぎ払って自分が路肩の雑木林に突っ込む。

自分がどうなるかなんて考えるまでもない、何よりその結果がどうなるかなんて考えたくもないだろうな。

一瞬だけ振り向いて運転席のフェイスと目を合わせる、グッドフェイスの表情が悔し気に歪んでいるのが見えた。悪いが、これが勝負だ。

S13の加速が止まる、フェイスは腕のいい奴だ。ちゃんとわかってる、たとえ安全マージンを取ったコースを設定していても、ゴールした後にちゃんと止まるように考えて速度を出す必要がある。

車は急には止まれない、ウマ娘も急には止まれないが条件はまるで違う。完全にエンジンのパワーと車体重量が足かせになる。

それに比べたらウマ娘で生身の俺は軽くて小柄で小回りが利く、車が使う制動距離をより短く、そして小柄故に長くより細やかに使って減速ができる。

それだって腕のいい走り屋は車をしっかり制御してきっちり使いこなすが、グッドフェイスはまだそれができるような技量ではない。だから俺の勝ちだ。

 

「シマカゼ!一バ身差でシマカゼが先着!!次いでグッドフェイス!!」

 

ゴール地点を突き抜けて、足の回転を緩める。背中に乗せていた推力を一気に逃がしつつ、ゆっくりと速度を落としながらゴールの先を目いっぱい使って速度を緩め、ぐるりと回ってクールダウン。

周囲のギャラリーたちの歓声が耳に響く、うるさいって言いたいくらいだが悪くない。俺とフェイスの両方を讃える大歓声だ。

立ち止まった瞬間、一気に全身から汗が噴き出てきた。さすがに息が苦しい、体が火照って熱いったらないし、酷使した足ががくがく言ってる。

でもこれが気持ちいい、こうやって全力で走った感覚が、この達成感がたまらないんだ。それで勝ったなら何も言うことはない。

今日は一勝、俺は勝ったぞ。笑みが抑えきれずに笑いながらこぶしを握って右腕を突き上げた。

 

 

 

 






あとがき
ちなみにこれだけやっても生足では今の小町の兄貴に勝てません、前世でも負けてる。


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