いつも多くの感想と誤字報告ありがとうございます。さぁ、ボーナスイベントのお時間だ。
入浴、それは命の洗濯である。ウマ娘になり、前前世のような生活ができるようになれば当然ながら風呂も昔のように入らねばならない。
まぁ…最初は不便だった、女だし、昔は敏則とか親父さんとかがしっかり洗ってくれて楽ちんだったもの。
なんだかんだで馬の時代のほうが恵まれてたところってあるよね、生まれ変わってウマ娘になってからこう、人間社会に戻ってくるとさ。
衣食住完備だったし、仕事もあったし、飯も出してくれるし、掃除洗濯入浴も当番の人とか敏則たちがやってくれたし。
俺、みんなと朝から秋名に日帰り温泉に来ています。食事処と温泉だけの銭湯みたいなもんだが、その分鄙びたゆったりできるいい温泉なんだこれが。
室内はサウナと昔ながらのでかい風呂に打たせ湯、外は露天風呂に坪風呂。ニッチな観光客のほかは地元の人だから人入りもそこそこ。
静かすぎず、騒がしすぎず、夜に散々暴れた身としてはゆったりできるいい環境なんだ。
群馬県は地方の田舎、でも特徴がないわけではないし調べれば観光名所はいくらでもある。
芦名なら城と古戦場などの歴史遺産、先祖代々受け継がれてきたガチの戦国武術道場とオカルト話。個人的には峠道。
秋名といえば山上湖の秋名湖と観光地、麓の温泉街とゆったりとした街並み。個人的にはやっぱり峠道。
秋名の温泉は知名度こそ有名どころより一歩譲るけど、その分ゆったりとした時間ができて親しみやすい優しい感じがするから俺は好きだ。
でも風呂場の洗面台で体を洗う俺は青髪でオッドアイの巨乳美少女…鏡で見るとまるでアニメの世界だよな。
なんか色合いとかそうだし、アニメ顔だし、美形多いし、胸でかいし、髪色フリーダム…
「いや、深く考えんでおこう」
小さくつぶやく、気付いたらいけないことに気付きそうだ…まぁまずは体を洗ってリフレッシュだ、昨日は散々走ったからな。
デカい風呂になみなみ満たされた白く濁りのある天然温泉が待っている。そしてその中で体を癒す女性たち、人間もウマ娘もみな平等。
峠で走りまくった後の温泉は最高なんだよ。なんかいけないことしてるような気もしないでもないが…まぁ事実、今生は生まれからしてウマ娘、女なわけで普通のことだ。
小さなときは堂々と男風呂に突撃してたけどな、小学校2年辺りで羽交い絞めにされながらやめさせられたっけ。
「男風呂行こうとか考えてないでしょうね?」
隣で体を洗うノルンファングが仕切りの向こうから顔をのぞかせる、相変わらず日本人離れした美貌とルックスだ。
というか外見はもろ外人だ、彫りは深いし金髪だし白人系の白肌、見た目は深窓のお嬢様といっても通じるか?
生まれも育ちも群馬の農家育ちでアウトドア派のミリオタって言われてもすぐ信じる奴がまずいないっていうね。
「昔を思い出してただけだよ」
ウマ娘って発育いいからダメだとかなんとかでな。確かに小学生にしては出るとこは出て引っ込むところは引っ込んでたもんなぁ。
それ以来ずっと女風呂、お袋にめっちゃ笑顔で連れていかれたときはちょっと悪いことした気がしたな。それまでずっと親父と男風呂だし。
当然皆さん生まれたまんまなわけだが、今はもう見慣れたっていうかなんて言うか…昔はずいぶん邪な考えが浮かんだもんなんだがね。
「ふふっ、昔は恥ずかしそうにしてましたもんね」
ついでにエロい視線送らないように必死でした、眼福過ぎてな!今はそんなことないが。
着替えとか見られたら悲鳴上げちゃうしさ…やっぱ、女になってんだな。男に告白されるとまだ尻が寒くなるけど。
そりゃそうだよな、今生は生まれたときから女、男で牡では前世の話なわけで…しかし長年連れ添った相棒がいないのが違和感というのも事実。
お馬さん基準でも大変ご立派な相棒は俺の自慢だったのに…女は女でメンドクサイし、現実は無常よな。
「あなたは女性ですからありませんよ?」
「蒸し返さんでくれますかねぇ?」
頬が赤くなるのを感じた。ガキの頃、ついつい言っちまった事まだ覚えてやがんのかコイツ。
「小四の修学旅行の時、お風呂セットに髭剃りセット入れてきたのはどこのどいつだったかしら?」
「シャンプーとかも全部男性用で揃えてきてたもんね」
ツバキにダイオー!?いつの間に?くそ、完全に囲まれちまった。髭剃りは前前世の癖でついつい入れちまったやつで、シャンプーとか単純に俺の好みだよ。
「それが今やこんな女らしく、大きくなったねぇ?」
しみじみとしながらダイオーが両手をワキワキしながら後ろに回ってきたので、胸を守りながら躱して立ち上がる。
髪下ろすとやっぱ大人っぽくなるなお前、最近どっかで見たことあるのは気のせいか?
小町達は…居ねぇか、先にサウナに行ってなければ絶対にちょっかい掛けに来てたな。
「ったく…あ、そういえばお前ら、高橋兄弟の話ってなんか進展ある?」
「今のところはないね」
「うちと同じか」
まだ動きは無い。ま、あっちは大学生だし本格的に動くのはもう少し先になるか?弟の方はともかく兄の方は医大の超エリート、がっつり動けるように下地を整えてる感じか。
一番動きやすそうなのは大学が夏休みに入ってから当たりか?でもレッドサンズ全体で動いてるのは確かみたいだし、末端が偵察に来てもいい頃だがそれもないんだよな。
やること色々でかくなりそうだなぁ…あの兄弟、特に兄貴は何しでかすかわかったもんじゃねぇもん。
「そっか、準備は常にしといたほうがよさそうだな…お前らはどうする?」
「是非って言いたいんだけど、今年は忙しくなりそうであんまり顔出せないんだよねぇ」
「あー…そういえば前に言ってたっけ」
そうだった、こいつら今年は中央のレースに殴り込みする予定だっけ。水沢とカサマツを巻き込んで暴れるとかなんとか。
たぶん地方で有名どころっていえばたぶんコスモバルクか、前世だと同時期にちょいちょい聞いた名前だ。
でもあいつって北海道じゃなかったっけ?ここだと水沢かカサマツにいんのか?
「そういうあなたはどうなんです?次に出るレースは何か考えてるんですか」
「レースねぇ…」
「珍しく年末年始の大会に出てたくらいなんだしなんか考えてるわよね?」
一応考えはある、URAファイナルズ・一般部の地方予選トーナメント。2年か3年前辺りから、トレセン学園の理事長が年末に新レース作るとかでURAが主催してるヤツ。
なんでも主催のトレセン学園理事長がすべてのウマ娘にチャンスがあってしかるべきとか考えてて一般参加のレースも組んだんだそうだ。
しかも本選では本物のレース場で現役の競争ウマ娘たちと一緒に走ることになる。レースは完全に分けられるとは言え、夢にまで見た舞台で走れるなら盛り上がるわな。
ウイニングライブは年末の本戦レースも含めて決勝戦まで基本的に無し、一般は最後まで無しだそうだ。
とはいえ一般参加型のレースの中では段違いに厳しいレースになりそうってのが大方の予想だ。
「URAファイナルズの一般の部、ベレーたちとエントリーしてる」
「またまた微妙なヤツを、広報担当が馬鹿正直に言いすぎて逆に納得させられたヤツじゃん」
「上からはカンカンに怒られたらしいですがね、あのトゥインクルが恐ろしく悪辣に扱き下ろすレベルですし当然ですが」
「見た見た、あの時だけゴシップと一流の論調が逆になっててみんな面白がってたわ」
そもそも応募するためには資格が必要だ。地方か中央かは問わずに元トレセン生だったり、一般のレースで何かしら結果を出していたりな。
その上で指定医療機関の健康診断を合格したら登録できる、俺は一般参加レースの方で資格は十分だった。
しかも地区別予選トーナメントで勝ち抜いた上位者は、開催時期と出走距離に合わせた本物のG2あるいはG3レースに特別出走枠で参加して結果を残さなきゃ本選にはいけないことになってる。
本業と競り合って掲示板入りしたら年末の本戦レースに出走できる、という流れらしい。ここも特別出走枠はライブ免除だそうだ。
普通に考えて勝てるわけがねぇ、赤城の擬音姉妹とかの走り屋トップ層ならまだしも普通のアマチュアじゃ鎧袖一触にされてドベかルール違反で除外だ。
年末は本業の前座とはいえ肩を並べて走るから実力だけはしっかりしたやつを選びたい、大体こんなことを広報官は糞真面目に言ってたな。
向こうの理屈も理解できる。ウマ娘レースは世界共通の話題で文字通り国際イベントだ、日本は後進国って言われてるが世界からの注目度はだいぶ高くなってきてる。
今がまさに飛躍の時って感じな時に、わざわざお遊戯レベルのレースをそんな新レースでやらんでも…って所がURA組織内部でもあったんだろうよ。
とはいえ、地方予選突破でも本物のレースを憧れの舞台で走れる上にオープンすっ飛ばして重賞クラスなんだから、それだけでもう満足できちまうだろう。
本当ならそこまで行けなかった連中にも、そこから先がなかった連中にも、また夢が見たかった連中にも、ちょうどいい塩梅だ。うまく作ってやがるぜホント。
デカすぎる大会はあんまし好みじゃないが、高校生最後だし、今後の進路のためにこういうのでいい成績を残せば箔がつく。
予定がかぶれば棄権すればいい、地方予選だけでも賞金額は良いから勝てば稼げて御の字だ。それが主目的じゃないけどな。
「でもタービン、良い判断だよ。実にイイ…」
あ、ダイオーの奴気付きやがった。ノルンとツバキはまだ理解しきってねぇな?まぁあとで教えるだろ。
「どのレースにエントリーされたか、解ったら即教えてよね?無理にでもねじ込んでもらうから」
「試験と被ったら棄権するからそのつもりでな、さすがに将来とは代えられん」
俺の目的は優勝じゃなくて途中の選抜で走らされるG2かG3だ、うまくいけばこいつらの希望をかなえられる。
出るレースは本物の重賞、ダイオー達がエントリーしてれば当然肩を並べてバトルできるってわけよ。一緒に踊ることはできねぇけど。
親友があんなに願うんだ、また一肌脱いだって罰は当たるまい。首を傾げるノルンとツバキ、うん、気付いて親友、さすがにちょいと気恥ずかしいしさ。
「んじゃ、先に入るわ。ダイオー、あと頼むよ」
それでは風呂へスタコラサッサ。まずは部屋風呂、白く濁りのある天然温泉に満たされた湯船の昨日知り合ったボリューミーな長髪の葦毛のウマ娘の横に、周囲に迷惑にならないようゆっくりと足から入って肩までつかる。
熱すぎず、温すぎない湯温が体を包んでじんわりと体を温めてくれるこの感じ…あぁ、たまらん。
「どうだ?旅館の風呂も良いが、こういうところも悪くないだろ?」
「あぁ、旅館の風呂とはまた別の風情があって、静かで気持ちがいいな」
隣に入るビワハヤヒデも気に入ってくれたらしい、良きかな良きかな。昨日、ダイオーに呼ばれて野戦司令部に行ったら開口一番謝られたときは面食らったが。
なんでも前にディープと一緒に来ていたナリタブライアンの姉らしい。妹が迷惑をかけたから謝りに来たんだと、良い姉さんじゃないか。
彼女も中央ではとんでもなく強いウマ娘らしいが全然知らんから何ともいえねぇ、ウマ娘のレースはダイオー達とかターボが出てるのしか見たことがない。
「そりゃよかった。ゆっくり休んで、次のレースも頑張ってくれや。ほかにも気分転換にいい場所あるから教えるよ」
「そうさせてもらうよ、ところで聞いてもいいかな?」
「なんだ?」
「あんなとんでもない走りができるのにどうしてトレセンを目指そうとしなかったんだ?」
「きょーみなかったの、走るのは趣味なだけでね」
気持ちよくてたまらんわ、さすが温泉。群馬住まいでホントよかったわ。
「周りから勧められなかったのか?群馬トレセンが放っておくとは思えん」
「趣味を仕事にする気はないって言ったら納得してくれたよ」
趣味を仕事にして爆死すんのはやーよ、ぶっちゃけたら学校の先生とかは納得してくれたし。
将来の目標は別にあるって言ったら群馬トレセン学園もしばらくしたら来なくなったしな。
「だが入学してみるというのはありだったのでは?物は試しだ」
「トレセンで酒造の勉強ってできる?免許取ったり、実習したりとかさ」
「…できんな」
「だろー?」
別に嫌いとかそういうんじゃなくてただ目標に沿わないから候補にならんよ。
トレセン学園って地方も中央も要はウマ娘レースの専門教育機関だろ?試す以前の問題やがな。自習で何とかするにも限度があるわ。
前世の敏則だって酒の資格とか一通り取ってから騎手の資格取りに行ってたからな。
「それにレースはともかく、踊るのも趣味じゃないんだ。ああいうステージで踊るのはガラじゃねぇよ。
能力を買ってくれるのはうれしいけどもう18だし、今年は受験もあるからさ。落とすわけにゃいかんのよ」
専門学校の試験はパスできるくらいは勉強してるけど万が一がないとも限らんから勉強はしっかりせんとならん。
第二志望に群馬大学、第三で就職だから企業めぐりもせにゃならんし勉強もしなきゃならん。いろいろ準備が必要なのさ。
これでもし全滅したら校長の道場で迷えば敗れる師範見習い生活か犬童さんに丸め込まれて警察か…習い事で葦名流剣術を選ぶんじゃなかった。
そう考えると今年はやっぱりいろいろ忙しくなるよなぁ…しかもレッドサンズも仕掛けてくるし。
「受験…受験か…」
「ん?どうした?」
ビワハヤヒデがすごく珍しそうな眼をしている、受験なんて珍しいことでもなかろうに。
こいつだって、トレセン学園の試験受かって入ってんだろ?あそこも小学生相手にえらくドギツイことしてるってもっぱらの噂だぞ。
ターボ曰くそんなことはないらしいけど、覚えてる筆記試験の問題を聞いたら小学生にやらせる問題じゃねーって印象しか出ねぇわ。
ホント、ターボの奴よくまぁあんな試験突破して入学できたもんだわ。
◆◆◆◆◆
シマカゼタービンは不思議なウマ娘だ、ビワハヤヒデにとって彼女はそんな印象だった。
彼女の技術と実力は明らかに全国レベル、中央シリーズで十分活躍が見込めるほどに出来上がっていて才能が光るどころの話ではない。
もしトレセン学園に入学してさえいれば文字通り引く手数多であっただろう。だというのに、シマカゼタービンの姿はその才能とは全く逆にあまりにも普遍的すぎた。
秋名山麓の渋川市街地の一角で自分を先導してくれているシマカゼタービンの後姿は、どこにでもいる普通の人というよりほかにない。
夜の峠で走っていたG1ウマ娘も真っ青なあの姿と雰囲気は昼間になるとなりを潜め、どこにでもある量販店のジーンズと白いシャツ、春物ジャケットの飾り気のない田舎娘といった風情だ。
「あそこだよ、藤原豆腐店」
「ほぅ、なんとも風情がある店構えだな」
「ただのボロい店って拓海の奴は言うけどな」
秋名の街歩きで自分のおすすめを案内してくれているシマカゼタービンの足取りは軽く、自然体だ。
心なしかうきうきしており、昭和の雰囲気漂う風情のある個人商店を前に小さく微笑んだ。
その姿がどこまでも馴染んでおり、通い慣れているというのが見ただけで分かる。
「ここの豆腐はうまいぜ、山の上の一流ホテルがわざわざ契約してるくらいだ。でも値段は昔と変わらん街の豆腐屋価格、お財布にも優しいんだぜ。
この商店街にはそんな昔っからの店ばかりだ、東京じゃもうあんま見ねぇだろ」
「トレセンの近くに商店街はあるが…それ以外だとあまり見ないな、確かに」
今は理由がよくわかる。彼女は一般人なのだ、ウマ娘で、走り屋であって、その技術と実力がいかに優れていようとも彼女はただ走るのが趣味の一般人でしかない。
彼女は普通の学校に通い、普通の授業を受けて、普通の世界で生活を送ってきたのだ。
そして今も普通に進路を定めて、学校や企業などの採用試験を受験して社会に出ていくところなのである。
競争ウマ娘としてレースに生きる自分たちとは、生き方も立ち振る舞いも決定的なところで違っている。
「ん?ハチロクがない、配達かな?」
「留守か?」
「いや、店開いてるからどっちかはいるだろ」
シマカゼタービンは手慣れた様子で店の戸に手を掛けて開ける。中はまさに昭和時代の街の豆腐屋と言って差し支えなかった。
店頭販売用の商品が入った棚やケース、レジがある入り口周辺から奥は作業場になっていてその奥が住居になっているらしい。
住居スペースの戸が開いているせいで店の入り口から居間まですべて丸見え、こんな緩さも東京ではもう滅多にみられない光景だ。
店先のレジからしても年季の入った年代物で、呼び出し用ベルや電子マネー用の端末類もない。まるで時間が止まっているようだ。
「こんにちはー!すいませーん!」
「大声出すなよ、聞こえてるよシマカゼ。いらっしゃい」
店の奥から出てきたのは同年代らしい少し眠たげな目つきをした青年、彼がシマカゼタービンの友人らしい。
「拓海か、文太さんは?」
「親父ならいねーよ、タバコ買いに行ってる。今頃、店長と駄弁ってんじゃねーの?寄るって言ってたし」
「なんだ、スタンドの方か。あとで行ってみるか」
「そっちの人は?」
「ターボの知り合いだよ。お前…知ってるわけねぇな」
「ビワハヤヒデだ、よろしく」
「どうも、藤原拓海っす」
住む世界が違う、とはこういうことを言うのだろう。自分を見て目の色一つ変えない藤原拓海の表情をみてギャップを感じる。
自分がただのウマ娘『ビワハヤヒデ』としか見られていない、彼にはただシマカゼタービンが連れてきたお客というだけだろう。
トゥインクルシリーズで活躍し、あのナリタブライアンの姉として、BNWの一人として語られる自分が全く存在しないのだ。
それを見てシマカゼタービンは小さく耳打ちしてきた。
「悪いな、あいつもウマ娘レースは見ないんだ。車すらろくに知らん」
「聞こえてんぞ、別に普通だろ。こっちにいるってことは走ってたのか?イツキもそうだけど、峠なんか走って楽しいんか?」
「そりゃ趣味だもんよ、解らんならそれでいいのさ。お前だってなんかあんだろ」
「そりゃあるけどよ…ついこの前に免許取ってからアイツ車の事ばっかだぜ?そろそろ耳にタコができちまうよ」
「気楽に聞き流してやれって、しばらくすりゃ落ち着くさ」
普通に男性と接して、普通に同年代の友人として気兼ねのない談笑に興じるシマカゼタービンの背中は、どこまで行っても普通だ。
日本ウマ娘トレーニングセンター学園ではまず見ない光景だ、ほかの学校に通う同年代の男性と友人関係にあるウマ娘はそもそも貴重だろう。
トレセン学園にも男性の教員やトレーナーは多くいるので男子禁制というわけではないが、こうして気兼ねなく気安いおしゃべりができる同年代の男子はいない。
学園周辺に出てもそれは同じだ、同年代の学生がいても彼らにはトレセン学園のウマ娘、競争ウマ娘として見られていて気軽な友達になれるような接し方はしてもらえない。
普通の世界だ、一般人としての世界がここにはある。その中で自分がどれだけ異質なのか、それも理解できてしまう。
「でも良かったのか?お前、免許取ったから文太さんに配達手伝わされんぞ?」
「別に、いつものことだし…」
「その分だともうやらされてんな、朝っぱらから秋名山はきついだろ?」
「仕事手伝わされんのは今と変わんねーよ。それより、なんにすんだよ?」
「ま、そりゃそうだ。絹ごしと木綿を3つ、それから厚揚げと油揚げもな。それから…おからも二袋だ。ビニール二つくれ」
シンボリルドルフにスカウトされても断られるわけだ、競争ウマ娘の世界は彼女の世界とは全く別なのだから当然なのだ。
身内が走っているからという程度でしかない、それ以外は知る気もないから無関心。
彼女にとってシンボリルドルフは『ただの有名人』でしかなく、競争ウマ娘として生きる自分たちとは感じ方も見方もまるで違うから響き方や言葉の重さも全く別の捉え方になったのだ。
(会長も難物にぶち当たってしまったわけだ…)
彼女を普通にスカウトするのは難しいだろう、ビワハヤヒデは自室のベッドに座り、床に座り込んで目の前で豆腐に舌鼓を打つ制服姿のナリタブライアンとディープインパクトにはっきり言った。
トレセン学園に帰ってきてからも二人にどう答えるか悩んだが、結局のところ正直に話すしかないと開き直ることにした。
どのみち口では彼女のレースを説明するのは難しい、それを踏まえて正直に答えるほうが彼女たちのためになると思ったのだ。
「なるほど。だから豆腐屋のお土産ってわけか、確かにうまいな」
「あぁ、ツインターボも喜んでいたよ」
自分も買ってきた藤原豆腐店の絹ごし豆腐に醤油を垂らした冷ややっこに舌鼓を打つナリタブライアンの表情は幾分か緩んでいる。
彼女の隣で同じように舌鼓を打つディープインパクトもすっかりとろけた表情だ。
シマカゼタービンのおすすめ通り、この豆腐はうまいのだ。木綿豆腐はどっしりとしていて食べ応えがあり、絹ごし豆腐はきめ細やかで滑らかな舌触り、どちらもそのままでおいしい豆腐だ。
残念ながらこの豆腐と比べると学園の食堂で出される豆腐はいささか味気なく感じるくらいによくできている。
「で、姉貴。あいつの走りはどんな風に見えた?」
「規格外だ、さっきも言ったが言葉では説明できん。あれは見るほうが手っ取り早いだろうな」
「映像とかは無いんですか?」
「さすがにもらえなかったな」
群馬トレセン学園の超機密情報である、頼んでみたがコピーを貰うことはできなかった。
残念そうにしょんぼりするディープインパクト、皐月賞を前にして追い込みも激しくなっているので何かしてあげたいが彼女の希望には添えそうにもない。
皐月賞の冠を取るために真剣に練習に励む彼女であるが、同時にシマカゼタービンに再戦を申し込みたくてうずうずしているのだ。
彼女に負けたままクラシック最初の冠を手にしても、皐月賞に彼女がいなかったから勝てただけと言えてしまって素直に喜べないらしい。
シマカゼタービンはそんなことは思ってもいないし、レースを知る者ならばそういう話ではないと断言できるが当事者としては納得いかないのである。
「惜しいな、あれほどの強さを持ちながらレースに憧れを持っていないとは…」
「野球に憧れて必死で練習している非才に、才能があるからサッカー選手にならんかと聞くようなものだ、ベクトルが違う。
それにウイニングライブが嫌だとも言っていた、ダンスは趣味じゃないらしい」
「割り切りがいいのも考え物だな」
彼女は普通のウマ娘であるが向上心がないわけではないし一端の憧れというものも持ち合わせている。
しかし自分たちがレースにかける情熱を彼女は酒と車に注いでいる、相手からしたら聞く意味もない話だったのだろう。
例で才能のない野球選手の話をしたが、シマカゼタービンの運転技術は才能も努力もあるレベルだ。
故に即答だったのだ、きっぱりと断るのも彼女らしいと言えば彼女らしい。
どうにかしたいと二人は悩んでいるようだが、なかなか難しいだろうなとビワハヤヒデは感じていた。
あとがき
理事長、シナリオ冒頭であんなこと言ってるんですから当然一般ウマ娘も出れるよう整備してるんですよね?(漆黒の目)
というわけで大体ひと段落、実はURAファイナルズシナリオをネタに作ってたりするって話。
なんでって?一般のままで暴れられそうで少し捻っても違和感なさそうなのがこのシナリオだと判断したから。
大体脱いでるのはオリジナルウマ娘だからいいよね?ハヤヒデさんは湯船にいただけだから問題ないよね?
あとハヤヒデさん、話が進みそうだから選定したけど思いのほか使いやすくてヤバイ。会長その他もろもろの出番が無くなりそう。
ついに出てきたクロス先のヤベー奴、藤原拓海。まだ覚醒前でシマカゼタービンとは父親のつながりで関係の長い友人。
ちなみにまだシマカゼタービンは彼のルーチンワークを知らない。
おまけ
ホクリクダイオーの秘密・髪を下ろした状態だと別の某生徒会長にも似てしまうのも最近の悩み。