ウマ娘編では基本的にレースは現代に合わせています。じゃないとほんの数年でゴロゴロ変わりすぎ案件になるので。
群馬県芦名市、芦名駅、いかにも田舎路線的な電車から駅に降り立ったシンボリルドルフはついにこの時が来たのだと身を引き締めていた。
私服姿で変装し、目立たないように行動するように言い含められているが、そうなると自分たちの知名度が凄まじく恨めしい。
日本の皇帝と言われるシンボリルドルフは言うに及ばず、一番新しくシニアで現役の3冠ウマ娘であるナリタブライアン。
さらに新進気鋭のウマ娘であるディープインパクト、今年のクラシック最初の一冠である皐月賞を見事に獲得した今一番の注目株。
そんな超有名ウマ娘、トレセン学園・チームリギルの精鋭の中でもトップが一緒になって歩いているのである。
気付く人間はすぐ気づく、ウマ娘レースを知るものが見ればすぐわかってしまう。注目されないはずがない。
現に、駅のホームに堂々と降りただけで周囲から視線が集まりつつある。観光客は目を丸くしており、こそこそとうわさ話をするようにしゃべり始めるのだ。
「会長、トレーナーさんたちは先に瀬名酒造に到着したそうです」
「解った」
スマホで南坂トレーナーと連絡を取り合っていたナイスネイチャの報告にルドルフは頷く。
今回は瀬名酒造への謝罪とスカウトということもあり、お忍びなので関係各所には周知してはいるがマスコミは一切かかわらせていない。
万が一の肉体スペックに任せた逃走に備え、敢えて人間である東条トレーナーと南坂トレーナーと別行動にして身軽にするくらいには気を揉んでいる状況だ。
今回の件に関しては明らかに自分の勝手な暴走が原因、その謝罪を含めた面会となれば当然『その手』の話題が大好きなメディアがすぐに喰いついてくる。
まるで当然のように背後から感じるこちらを観察するような視線に、ルドルフは辟易しながらもまだアクションは起こさなかった。
「会長、諦める気はなさそうだ」
「だろうな、見たことのある顔ばかりだ」
「え、え?」
名門生まれとはいえ、まだこの手のことには慣れ切っていないディープインパクトが目を白黒させているがそれルドルフはさりげなく手で制して落ち着かせる。
実のところ、トレセン学園から有名なウマ娘を尾行するのは運も絡むとはいえ実は簡単なのである。
トレセン学園及びその周辺はURAが責任を持って管理、警備を徹底しており警察との連携を密にしていて安全ではあるが完璧ではない。
例えばトレセン学園の車両用出入口、何の変哲もない通用門であり対ウマ娘鎮圧護身術を会得した筋肉もりもりの屈強な女性警備員が常に立っているような場所であるが基本的にザルである。
もちろん中に侵入するのが簡単という話ではない、その手のセキュリティは公官庁レベルで厳重だ。
トレセン学園内部に入ろうとしたりやたらと写真を撮ろうとしたり、明らかな出待ち行為などをすれば、すぐにムキムキのメスゴリラたちに睨みを利かされステキなおしゃべりをすることになる。
だがそれは逆に、そうしなければいいという意味でもある。
通用門付近も周囲は普通に市街地であり、店があり、家がある。コンビニもあれば喫茶店もある、小さな会社、事務所なども当然にある。
人通りも多い、天下の日本ウマ娘トレーニングセンター学園の周囲は文字通りの城下町と言えるレベルだ。
近くでただ数分立ち止まり電柱の脇でスマホを弄っているだけの青年がいるとする、それを自分が警備員で見つけたとして声をかけるか?しない、ただいることだけは覚えて静観する。それしかできないとさえいえるだろう。
何も問題がないからだ、たとえそれがトレセンの周囲で嗅ぎまわる情報屋であっても。
簡単な話なのだ、要は生きた情報収集装置として情報屋をちょいちょいと歩かせているだけでいい。
その手の情報屋は現場では一切怪しい行動はしないし、決して表には出てこない。情報を持ち帰って安全地帯でツテのあるマスコミに売り込み、金を貰ってそれで終わりなのだ。
周囲に喫茶店があればそこに入ってもいい、コンビニで立ち読みをしててもいい、それどころかコンビニのアルバイト店員になればもっといい。
遠出する場合、どんなに相手の目を気にしても必ず目に付くのが車、バス、あるいは電車などの公共交通機関を利用する場合だ。
車両での移動は駐車場をマークし、その周囲にさりげなく人を配置すればたとえ細心の注意を払って学園を出てもすぐに見つかってしまう。
そこで情報屋の出番は終わりだ、ただ『●●が学園を出ている』『●●が○○にいる』と一本電話をすれば小金がもらえる。
その情報から記者がどこからともなく現れ、別の情報屋の情報を統合して追跡し、発見してくるのだ。
さらに付け加えるならば、取材の機会を狙ってたちの悪い尾行などをするのは基本的にウマ娘専門ではないゴシップ誌や週刊誌の記者である。
一つミスをすればありとあらゆる尾ひれを付けて大げさにしても売れれば良しとする質の悪い連中だ。
今回の場合、あの皇帝ルドルフのスキャンダルである。何かすっぱ抜けないか虎視眈々と狙っているのだろう。
「はいはい、ターボはスマホしまおうね」
「なんで?ストーカーはいけないんだぞ?」
「後で撒けるからそこまで様子見でね…いやぁ、ネイチャさんもこういうのは初体験ですわ」
「そーなのかー」
尾行の事を悪いストーカーだと考えたツインターボがスマホで警察に通報しようとしてるところをナイスネイチャが止める。
首を傾げて不思議そうな顔をするツインターボは、本当にただのストーカーと同じ程度に思っているようだ。
(ツインターボが手を打つとは言ってくれたが…何をするつもりだ?)
今回のお忍びプランはチームカノープス、というよりもツインターボに丸投げである。
前を歩くツインターボ、その後ろで同じように少し悩みながら歩くナイスネイチャ、今日のプランの提案者でありサポートだ。
いざというときの爆発力はすさまじい南坂トレーナーと百戦錬磨のベテランである東条トレーナーに頼れないのは少し不安もあるが仕方ない。
作戦は単純で、トレセン学園で二手に分かれて時間差で出発、トレーナーたちは車で、ウマ娘たちは徒歩で学園を出る。
行きは公共交通機関の新幹線と電車を使い芦名駅まで直行する。そこから市街地で尾行を撒く、それだけだ。
瀬名酒造のある芦名は田舎であり、排他的ではないが新参者は浮くため見分けやすいらしい。
またウマ娘レース界隈の情報網は少なく、また先のひと騒動でのマスコミ関係者の蛮行によって現地警察からの目が厳しい。
性質の悪い連中が引っ付いてきても、ここで振り切ればそう下手な真似はしないだろうという判断だ。
「お帰り、息災か?ツインターボ」
「ただいま野上駅長!ターボは元気だ!」
「うむ、で、そちらが…なるほど」
本当に大丈夫だろうか、改札を出てすぐに壮年の男性駅長がお出迎えしているのだが?
その光景自体はあり得なくもないといった空気だが、やはりルドルフとしては少し身構えてしまう。
地方ローカル線のみが使用する芦名駅は観光地の駅としては田舎っぽく、昭和時代の駅舎に最新の自動改札機をそのままポン付けしただけの駅なのでどうにも当たり前な牧歌的雰囲気があるとはいえ。
「ネイチャ先輩、大丈夫なんですかこれ?」
「あはは…まぁ、大丈夫だと思うけどねぇ?」
「…そもそもできてるのか?」
「そこは問題ないと思いますよ、トレーナーも太鼓判押してましたし」
ディープインパクトとナリタブライアンの疑問に、ナイスネイチャは困ったように笑いながらも信頼をおいた肯定を返す。
そうは言うが…ルドルフは改めて目の前で駅長と親しげに言葉を交わすツインターボに視線を送る。
そうは見えない、ただ馴染みの人と談笑しているだけに見える。もしや駅長に連絡をして何か手段を用意しているのだろうか…わからない。
「敏則から話は聞いている。まぁ急がなくても良かろう、街を案内してやったらどうだ?」
「うん!そうする!!」
「久方ぶりなのだ、迷うなよ。あと母の店にもできれば寄ってやってくれ、きっと喜ぶ。伊之助も今日は帰ってきておるしな」
「ありがと、みんな!こっちこっち」
駅長との話を終えたツインターボに促されるままに芦名駅の正面ゲートから堂々と出る、そこは東京とは全く別のまさに田舎町であった。
どこか古臭い、昭和の時代が所々に残された古い町並み。そこにツインターボは迷わず踏み込む、その姿は普段見る彼女とはどこか違うように見えた。
そんな彼女の後ろについて、そのまま市街地を歩く。目的地がどこかは教えてもらってはいないが、誰かが迎えにくるらしい。
ツインターボに先導されるがままに駅を出て市街地の大通りを、そして住宅地に入り、少し細い道を行く。
小学校の通学路に入り、住宅地の路地をいくつも曲がって歩く。同じような空間をぞろぞろ歩いているが、不思議と退屈にはならない。
きっと所々でツインターボが街の案内として解説してくれているからだ。
「ここが野上雑貨店、駄菓子屋だぞ!小学校の時はよく買いに来てたんだ」
「こりゃまた、なんとも昭和テイストな…品ぞろえも懐かしいというか」
「テレビで見るような品ばっかり…」
野上雑貨店、つまりは駄菓子屋の昭和時代から時が止まっているような外観にナイスネイチャが嘆息し、軒先に出ている品物を見てディープインパクトは目を丸くする。
軒先の古いガチャマシン、都会では見ないローカルメーカーの自販機、吊り下げられたチープなおもちゃ、そして店内に陳列された駄菓子の数々。
おそらくディープインパクトにとって、この手の駄菓子屋はテレビのドラマの中にしかもう存在しないはずの絶滅した店というカテゴリだったのだろう。
「ツインターボちゃん?久しぶりだねぇ、里帰りかい?」
「ううん、ちょっと違うよ!どっちかっていうとお仕事だ!」
「おやおや!まだ小さいのにえらいねぇ」
店先の話し声に気付いたのか、店の奥からやってきたお婆さんが親し気にツインターボの頭を撫でる。
それにほほを膨らませながらも抵抗しないツインターボは、お婆さんにされるがままに見上げて問いかけた。
「野上おばあちゃん、ターボはもうトレセン学園生なんだぞ!小学生じゃないぞ!!」
「いくつになってもターボちゃんはターボちゃんさ。孫は日に日に息子そっくりになっていくが孫は孫、おんなじさ」
「もー…そういえば伊之助さんは?駅長がいるって言ってたけど」
「奥でのんびりさせとるよ。最近、警察は大賑わいだったらしいからねぇ」
「そうなの、大変だー」
「ターボちゃんほどじゃないさ、あんたもお仕事大変だろう。あまり気を張り詰めすぎるんじゃないよ?」
「うん!」
ツインターボの知っている店主のお婆さんに挨拶をしてすぐ横の裏道へ。
そこから裏路地に入り曲がりくねった道をグルグルと歩いて…そこでふと気づいた。追手の気配が消えていることに。
「みんなはぐれちゃだめだぞ、この道はとっても入り組んでるから迷うとなかなか抜け出せないんだ!」
「マジか…道理でなんか見たことのある道をグルグルしてるように見えるのにそうでもないというか…違和感バリバリなわけだ」
「大丈夫だよネイチャ、芦名はターボのホームコースだからな!こういう道は覚えてるぞ、みんなでよく追いかけっこして遊んでたからな」
「つまり地元の人間しか知らない道を練り歩いてるわけ?」
「うん!敏則兄ちゃんがね、土地勘のない都会の記者ならそれで簡単に撒けるって!」
地元民にしかわからない道順を練り歩くとなればそれこそ生まれ育った町でなければ不可能だろう。
なるほど、確かに有効な手だ。土地勘のある人物の協力がなければ対策は難しい。都会から来た記者であればこれで十分に撒くことができる。
「このあたりは全然変わってないよ、みんなとかくれんぼしてた時のまんま。この道を行けば待ち合わせのファミレスはすぐ、近道だからよく使ってたよ」
「みんなって、あのシマカゼタービン?」
「ううん、小学生の時の友達。ほら、あそこに鬼仏があるでしょ?よくあそこをスタートにして遊んだんだ」
ツインターボが指差したのは、裏路地にある小さな駐車場の片隅にある六つの腕で合掌して厳めしい顔をした地蔵。
群馬県内でも芦名周辺でしか見られない『鬼仏』と呼ばれる地蔵で、歴史文化遺産にも指定されているものだ。
芦名市街地およびその周辺にしか見られないもので、この地域のお地蔵さまは新しい物もこの姿で作られている。
「なんかすごい昔に感じるなー、そんな時間たってないのに」
「相手って普通の人?さぞ無双かましてたんでしょうなぁ」
「そうでもないよ? みんな強くってすぐ捕まっちゃうの、曲がり角からタッチ! ってさ」
「ほほー?そんなに強いならちょっと会ってみたいね。少し待ってたらみんな集まってきたりして」
「ないない、今日は平日だからみんな学校だぞ。あ、鬼仏には噂があるから気を付けてね?」
「というと?」
ナイスネイチャがその話に乗る、どうやら少し興味をひいたらしい。
「夜道に迷ったときにお供え物をして手を合わせると、気付いたら家の近くの鬼仏にワープしちゃってるんだ。青くボワッて光るの」
「なにそれ、お化けとかはわかるけどなんでワープ?」
「芦名じゃそうなの、お化けなら三味線お凛とか有名だよ」
「ふーん、じゃぁ私たちがやったら三女神像の前にワープできるのかねぇ?」
「それは分かんないな。遊びでやると痛い目見るからやめなさいって、荒れ寺の仏師さんが言ってたからやったことないし」
「ふーん、さっき言ってた三味線お凛ってのは?」
「大昔に死んだ芸達者な女の人のお化け、和服を着た女の人で陣笠? とかいうのを被って泣きながら三味線をベンベン弾いてるの。
その曲が何でか心地のいい曲で、三味線の音に誘われて路地裏に行くといつの間にか竹林の中に出ちゃって、そこの柳の下に三味線を弾く女の幽霊がいるんだって」
「ほぅ、で、どうなるんだ?」
興味を惹かれたナリタブライアンが話に入る。
「最初は何ともないけど帰ろうとしたり邪魔すると刀で斬りかかってくるんだって、演奏が終わった後にお凛とお喋りして相談に乗ってあげるといいらしいよ。
一応力業でも何とかなるけど太刀筋が尋常じゃなくてマジでやばいってタービンも言ってたし…あ、ついた!」
裏道を出ると目の前に、敷地全体を駐車場にして店をロフトのように2階に置いた形式のファミリーレストランが見える。
ツインターボは横断歩道を渡ってファミレスの駐車場に入り、中の車をじろじろと見始めた。
「どうしたの?」
「ここで敏則兄ちゃんたちと待ち合わせなんだけど…あ、あった! アルテッツァとトイチ!」
駐車場の隅、目立たないところに並べて置かれていた2台の車を見つけてツインターボはすぐにスマホでメールを送る。
アルテッツァ、トイチと呼ばれた車は普通に見かける乗用車とは少しスタイルが違う一昔前のスポーツカーのようだ。
どちらも4人乗りだが、4ドアのアルテッツァに対してトイチと呼ばれたほうは2ドアで少しコンパクトに見える。
「AE101にRS200?どちらもオリジナルで走り屋仕様って…どんだけ拘ってんだこいつら」
「解るの?ネイチャ先輩」
「2台とも運転席と助手席がセミバケットシートに変わってるし、インパネ周りに計器追加して確認しやすくしてる。
アルテッツァは少し手が入ってる程度みたいだけど…AE101のほうはかなり手が入ってんね、しかも相当こだわりがあると見た。
再生産品じゃないオリジナルだし、それをここまで使い込んでいるのに車体にはまったくガタがない。
ターボの中古車と比べたら一目瞭然、相当腕が良くなければ車が持たないって聞いてるよ」
「よくわかるな」
「最近ターボの車弄り手伝ってるからそれで覚えちゃったんですよ、所詮はにわか知識です。知識ならターボのほうがもっとですよ、語らせたらずっと喋ってますし」
「そうだぞ、敏則兄ちゃんとトイチは芦名の走り屋で一番速くて強い現筆頭なんだ。
トイチっていうのはこのスプリンタートレノAE101のこと、スーパーチャージャー付のGT―Zモデルは芦名じゃ兄ちゃんのトレードマークみたいなもんだぞ。
時代遅れのFF駆動だからってバカにしてきた他所の走り屋なんてすぐにボッコボコなんだから!」
まるで自分の事のように胸を張るツインターボ。実際、かなり誇らしいのだろう。
ということはこのアルテッツァも芦名の走り屋の誰かの車ということだろうか、ルドルフはふと気になって尋ねた。
「ならこのアルテッツァ?という車の持ち主はどれくらいなんだ?」
「お姉ちゃん?お姉ちゃんは峠の走り屋じゃなくてサーキットの方だからそういうのは無いかな。
アルテッツァが走り屋仕様になってるのは仕事で走るからなのと、山道だとぴったりかみ合うからそうしてるだけだし。
でもサーキットでかっ飛ばすとすっごい速いぞ!たまにしかいかないけど、いったらみんな見物しに来るくらい!」
「ターボ、褒めてくれるのはうれしいけど恥ずかしいからやめてって。そんなに速いわけじゃないわよ、ただ直線でかっ飛ばしてるだけだし」
聞き慣れた女性の声にシンボリルドルフは思わず胸が締め付けられるような気分になった。
他人の空似かと思ったがそんなことはあり得ない、本来ならば今も自分と学園にいるはずの尊敬する先輩の物だ。
慌てて振り向くと、ファミレスから出てきたのか車に向かってくる男性とウマ娘。その見覚えのあるウマ娘の顔にルドルフは絶句した。
「メジロモンスニー先輩?」
「久しぶりね、ルドルフ。だいぶ顔つき変わったかしら?」
メジロモンスニー、かつてミスターシービーや自分とトゥインクルシリーズでしのぎを削りあったライバルであり先輩。
皐月賞2着、日本ダービー2着という好成績を持ち、高松宮記念1着のれっきとしたGⅠウマ娘だ。
メジロ本家でも世話焼きの優しい姉として、幼少のマックイーンたちの世話を焼いていたという。
だがその華々しい経歴の最後は勇退などではなく、故障の末のレース引退と学園の卒業、先代当主のメジロ家との決別。
トレセン学園卒業と同時に先代当主に勘当を申し入れ出奔、その後の消息は長らく不明だったのだ。
理由はメジロ家の方針に従えなくなったため、自分を壊してなお理想を求めるメジロ家に愛想が尽きたのだ。
ウマ娘レースの名門『メジロ家』は長年、初代当主の遺言を軸に天皇賞秋春連覇を目標に邁進してきた一門である。
それはメジロモンスニーが走っていた時期も同じ、そして彼女の足は短距離と中距離向きで長距離には向かなかった。
まだ先代当主がメジロ家を仕切っていた時代、過酷な訓練に身を捧げながらも思ったような成績を出せないメジロモンスニーに、周囲はひどい扱いこそしないが距離も遠かったという。
その理由は過酷な練習故に生傷が絶えなかったから、頑張っているのが目に見えても成績は同世代に怖ろしい化け物がいて比較してしまい何とも言えないもどかしい状態だったからというものだった。
そして最後の成果である高松宮記念の優勝も当時はあまり評価してもらえず、その後の過酷な訓練で足を酷使した末にメジロモンスニーは連覇を狙った高松宮記念に敗北し、その後も故障がちになり走れなくなった足に見切りを付けられ引退することになる。
その後先代当主の方針に異を唱えたが聞き入れてもらえず、それにメジロ家への愛想が尽きたとモンスニーは、走れなくなった足を引き摺って家を出たのだ。
当時はメジロ家の圧力で大きな騒ぎにはならず、世間もミスターシービーのクラシック三冠達成とそのタブー破りの走りに魅入られて次第に忘れていった。
だがその騒動が元で先代当主はメジロ家内での影響力を落として失脚、実権が現当主に移って風通しの良い今も良く知られたメジロ家となったのだ。
「どうして、こんなところに…」
「それは長い話になるし、関係のないことよ。まずは車に乗りましょう?ルドルフたちは私の、ターボたちはあっちね」
モンスニーに促されてアルテッツァの助手席に座ったルドルフは、運転席に乗り込むモンスニーに顔を向ける。
後部座席に少し身を寄せ合いながら乗り込んだナリタブライアンとディープインパクトも驚きに声が出ない。
話には聞いていただろうナイスネイチャもAE101に乗りこみながら目を白黒させており、唯一平常運転なのは周囲の反応に首を傾げるツインターボくらいだった。
行方不明になっていたミスターシービーのライバル、歴史の中に消えたはずの人物が堂々と目の前に姿を現しているのだ。
トレセン学園で走るウマ娘にとって歴代の3冠ウマ娘は憧れそのもの、その消えたライバルが急に現れたとなれば当然の話だ。
「バケットシートは乗り慣れてないと変な感じするけど我慢してね」
「え、ええ…」
乗り慣れないセミバケットシートの乗り心地は違和感があって良いとは言えないはずだったが、今のシンボリルドルフの頭はそんなことに構っていられる余裕はなかった。
今まで探しても見つからなかった親しい先輩が、何の前触れもなくひょっこりと前に現れているのだ。
聞きたいことが山ほどある、知りたいことが山ほどある、一体何があのときに起こっていて、今まで一体何をしていたのか。
だが、あまりに聞きたいことが一度に頭に浮かびすぎて、ルドルフの思考はオーバーヒート寸前であった。
「先輩、いったい今までどこにいたんですか?いくら探しても見つからなかったし、メジロ家もなしのつぶてで」
「別に隠れてなんかいないんだけどね…ただ少し一人になりたいから、すこし足取りを消してただけよ?ま、結果的にここに定住してるけど」
「メジロ家は警察に届けも出さないし、体制が変わっても捜索も何もしなかった…シービーは今も探し続けてますよ」
「そう、シービーには悪いことしちゃったわね。アサマ御婆様…今の御当主様ならとっくに知ってる。前当主様の時は、どうせいらない意地張ってたんでしょうけど」
「…だから資料になかったのか。どうして連絡をくれなかったんですか?せめて無事なことだけでも教えてくれたら」
「教えたら連れ戻しに来たでしょ?」
「当たり前です、どんなことがあってもあなたはメジロモンスニーであることに変わりはない。
先輩の知識や経験は次世代の育成に大きな影響があったはずなんです、私だって教えてもらいたいことが山ほどあった…」
「だからよ、もうあの世界には関わりたくない」
ルドルフは出かけていた言葉が喉の奥に引っ込んでいくのを感じた、出るはずだった言葉が出てこない、それだけショックだった。
ぴしゃりとはっきり言うメジロモンスニーの声色には確固たる意志があった、見たことのないメジロモンスニーの姿があった。
自分の知るメジロモンスニーは不屈のチャレンジャーだった、ミスターシービーのライバルとして何度も競い合って、怪我をしても走り続けた逞しいウマ娘だ。
彼女はレースを愛していた、自分たちと同じようにレースに心血を注いでいた。そのメジロモンスニーが、はっきりとレースに忌避感を持って答えてきたのだ。
「このまま会社に向かうけどいいのよね?高校の方はその後って話だけど」
「はい、あの、この度はご迷惑をおかけしてしまって…」
「そういうのはタービンにして、うちは別に被害ないし。高校の方も話が付いたならそれで終わりよ」
「はい…モンスニー先輩、今は何を?」
「兼業主婦、瀬名酒造で働いてる。うちはウマ娘と縁が深いからね」
「え、主婦?」
「瀬名敏則の嫁、私だもの。タービンは義妹よ」
「は!?聞いてませんが!!?」
「言ってないもの」
自分の先輩がすでに結婚していたことに驚きを隠すことができないシンボリルドルフであった。
あとがき
やることが、やることが多い!!というかルドルフさんたちの動きがこんなに書きづらく感じるとは思わないんだ。
今回の謝罪行脚も考えてみれば『動く』だけで記者が動き出すからすごいメンドクサイ。
しかもナリタブライアンとディープインパクトまで確定だから…メディアが黙ってるわけがねぇので隠密行動不可避だよ!
現代日本じゃなきゃ派手にドンパチして手っ取り早く(話の展開を)うやむやにしてシンプルにしたところですわ。
ツインターボのサポートにはナイスネイチャを付けた、この濃ゆい一行になんだかんだと口を出せるのはネイチャさんしかいない(謎の信頼感)
ちなみに実は駅長とツインターボの日常会話は暗号会話、見た目世話話だし実際その通りだけど別な意味を持ってる。
この場合、野上駅長は『変更なし、事前のルートで待ち合わせ場所へ、自分の家が避難場所、息子(警官)もいる』と言っている。
地元でいい意味で知られているツインターボ、交友関係も何気に広いしみんな協力してくれるから怒らせるとほんとやばいぞ。
しかも瀬名敏則は瀬名酒造の次期社長で、メジロモンスニーは次期社長夫人だから社会的地位も実はいくらかあるので下手をするとやばいのだ。
なお瀬名酒造に対する下調べでモンスニーの存在がルドルフに知られていないのは理由があるのでちょいお待ち、なんてことない理由だけども。
あとこの世界のメジロモンスニーはレースに対しては忌避感持ち、ウマ娘になったからいろいろ価値観変わってんよ。
シマカゼタービンの秘密・葦名流剣術を修めてからなんだか命の危険に出会うときがある。