気儘に生きた転生馬物語   作:イナダ大根

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実はシマカゼタービンの出生はかなり暗い(今更)

今回は繋ぎなのでちょい短め。多くの感想と誤字報告、いつもありがとうございます。





第7話

 

シマカゼタービンは不思議な馬だ、大竹は芝コースの脇でディープと寄り添うように横になりながら車雑誌に釘付けの彼の馬体を眺めながら考えていた。

常々、彼の走りを見てから思うようになってしまった、あの背中を見て思い出してしまった。

あの常識外の速度と加速、目の前をいくら追っても追いつかない背中が、どうしても過去の記憶を蘇らせてくる。

 

「茂三さん、どうして彼を中央に出そうと思わなかったんですか?」

 

隣で一緒に彼らを眺めてくつくつ笑っている茂三に問いかけた。もし出していれば、あの足がもっと前に出会えていたのなら、そう思わずにはいられなかった。

自分にとってディープインパクトは最高の相棒だ、性格も、足も、何もかもが最高傑作だと自信を持って言えるのだ。

今の自分にシマカゼタービンとディープインパクトのどちらを選ぶかと聞かれれば自分はディープインパクトを取る。

ディープインパクトは最高の馬なのだ、最高の相棒なのだ、今の自分の中では一番なのだ。だがそれでも、とIFを考えてしまうほどにシマカゼタービンの強さが頭に残って離れない。

 

「あいつを中央にか、考えたこともなかったな。あいつはうちの稼ぎ頭だし、地元でのんびりのほうがあってると思ってよ」

 

「彼は強い馬ですよ、それこそ重賞だって狙える。いえ、出ていれば今頃はタービンがダービー馬だ」

 

だってそうだろう、大竹は正直に考えた。自分たちは負けっぱなしなのだ、芝の2000メートルも、2400メートルも、そして3000メートルもすべて負けている。

その逃げを皐月賞で、日本ダービーで、そしてこの次の菊花賞で発揮されたらどうなるか。そう思うとゾクゾクしてくる。

ディープインパクトと勝ちたい、それでいてシマカゼタービンの勝つ姿も見てみたい、どちらの思いも浮かんで止まらない。

 

「生憎、うちの厩舎は競馬向けじゃなくてね。もともと酒造り用の輓馬のための施設だ、趣味で競走馬も管理できるようにしちまっただけだよ。

それにほかのところに預けるとなると掛かる金がバカ高くなっちまう、ただでさえ中央はいろいろ金掛かるだろ?うちじゃ無理無理」

 

「そんなのすぐにどうとでもできますよ、彼なら今のクラシックには間に合わなくてもほかの大会で十分活躍できます。

預託料を払ってもおつりがくるくらい稼げます、私たちっていう証拠がいるじゃないですか?」

 

「話にならんよ、そもそも環境が違うじゃないか?お前たちとはいつも模擬レースで、実戦は一度もしちゃいない。

あいつの勝ちなんざ、地方のオープンがせいぜいさ。それだってダイオーやノルンが出てくりゃ危ないんだぜ?」

 

「適正距離があっていない、彼が強いのは中距離から長距離でしょう?ギリギリでマイル、あなたが出した短距離はむしろ苦手だ」

 

「ほほぅ?その理由は?」

 

「彼の足は車と同じ、速く見えますが実質はスロースターターだ。最初の直線で足を温めて、そのあとぐんぐん加速する。

短距離とマイルはその距離が稼げないから速度は乗らないし後続に追い付ける体力が残ってる、相手に勝ちが十分にある不利な条件がそろってる」

 

何度も走ったからシマカゼタービンの脚質は嫌というほどにわかっていた、それを茂三が知らないはずがない。

現に答えていけばいくほどに、茂三はうれしそうに笑いだしてそれを肯定するように頷いた。

 

「だから距離が取れる中距離、長距離レースだと一気に化ける。速度が乗ればそれだけ引き剥がせるし、何よりそれを持たせる尋常じゃないスタミナが生きてくる。

スタミナ任せの大逃げなのに最後の最後まで垂れないで最高速度のまま抜けていく。そういう恐ろしい馬でしょう、彼は」

 

「さすが天才と言われるだけある、よく見てる。確かにあいつなら活躍できるかもしれんな、実力は俺たちだって理解してるさ」

 

「なら出さない理由なんてないじゃないですか、それこそオグリキャップの再来だ」

 

「そいつは夢のある話だな、だが夢だけじゃダメだ。オグリキャップの再来?笑わせんな」

 

茂三は目に見えている栄光の道をたやすく切って捨てる。その目は冷酷な光ではなく、家族を愛する慈愛に満ちていて、悲しげだった。

 

「あいつはツインターボの孫ではあるが訳アリだ、そんなことになったら一斉に叩かれて潰されるだけさ」

 

「そんなことわからないじゃないですか」

 

「あるね、残念だが人間ってのは自身が考えてるほど知的な生き物じゃない。俺だって経営者だ、記者ってヤツはよく知ってる。

ヤツラはどこまでも正義面して探ってくる、ぶちのめせば被害者面で書き立てる、悪魔に魂を売っちまった連中ならもっとひどい、使いようだがな」

 

茂三は静かに語りだす、それは大竹も聞いたことがあるとある繁殖牧場が馬の管理の不手際を隠蔽していたという事件だった。

栃木にある新しい繁殖牧場は開設初年度で地方競馬に強い馬を輩出することに成功して大金を手に入れたがその後が続かなかった。

繁殖牧場としてはそこそこやっていけたが肝心の競走馬がうまくいかず、過去の栄光にすがる社長はワンマンでキレ散らかし現実を見据えた経営陣とも軋轢が生まれて社内の空気は最悪。

そんな状況で一度目の不祥事、一頭の馬が逃げ出して牝馬馬房に侵入し勝手に種付けし大暴れした。当然ながらそのことが外部に漏れれば牧場へのダメージは計り知れず、廃業は確実である。

しかし幸いにもその一頭しか逃げず、牧場の外に被害もない。これによって生まれてしまった馬も種付け現場に突入したから目視で確認できた一頭だけ残して秘密裏に処分され、事件は闇に葬られたのだ。

だがその翌年に牧場は経営破綻し倒産、その一件も含めて隠蔽されていた事件や事故が明るみに出たのだ。

 

「発覚したときに俺たちもはじめて知ったよ。あいつは隠蔽された事件で種付けされて生まれた産駒だったんだ。

思えばピンポイントでツインターボの孫が手に入るかもってあいつから聞いたときに変だと思うべきだった。

発覚は登録済みで新馬戦も終わった後でな…俺たちは被害者だし血統自体ははっきりしてるってんでお目こぼしされた」

 

「それはシマカゼも茂三さんも悪くないじゃないですか、悪いのは牧場とあなたをだました牧場長でしょう」

 

「一つ違う、糞だったのは経営陣と社長だ。経験も少ないのに難しい配合ばっかやってな、最初にデカいの当てて調子乗ったギャンブラーそのままだ。

あいつはいいヤツだし部下もそうだ、あいつらはこの血と生まれたあいつを必死で守ろうとしただけなんだよ」

 

茂三の友人である牧場長の馬に対する愛は本物だった、担当厩務員もツインターボに対する思いとこの子に対する愛も本物だった。

だから守ろうとした、この馬なら確実に買ってくれる茂三がいるのを経営陣に囁いて、茂三から高い金を分捕ってそれで隠蔽費用をせしめるように仕向けて、彼の命を救った。

 

「あいつらが妙にすぐに連れて帰るように勧めてたのも思えばそのためだったんだろうな。

俺はハチロクで行ったんだぞ?様子見のつもりだったからな。なのにあいつは後部座席に乗れるとか言ってその気にさせやがって。

俺もツインターボの走りに惹かれた一人だ。俺も趣味で走り屋してたからな、ああいう必死の走りは大好きで、いっつも見てたよ。

大勝利か大敗北か、勝ちか負けか、妥協なんてどこにもない一辺倒な逃げ、あれほど心を奪われる走りはなかった。

その孫が今俺の後ろに乗ってると思ったら浮かれてな、あいつがいるのに暢気にいつもみたいに芦名を攻めて帰ったりしてさ」

 

そこにあるのは一つの後悔だ。

 

「あいつにはただ輓馬でいさせるべきだった、そうすりゃ『あ、そうですか』で終わった話だ。どんな血だろうがあいつはあいつなんだから」

 

「それは違う、あなたの目は正しかった。それにその話だって終わったことでしょう、今更どう言われようがあなたは馬主でタービンは競走馬なんですよ」

 

「あんたは今、誰を見てる?」

 

茂三のまっすぐな言葉に大竹は胸を締め付けられるように感じた。

 

「随分と押してるな、あそこにいるのはシマカゼタービンだ。ツインターボでも、ましてやサイレンススズカでもないぞ」

 

「解っていますよ、そんなことは」

 

「そうだろうな、頭ではそうなんだろうよ。けど重ねちまってる、どうやっても振り払えない、違うか?」

 

まるで分かっているかのように言い当ててくる茂三に大竹は苦笑いするしかなかった。頭では理解しているのだ、でも感情がどんどん膨れ上がってしまう。

彼の後姿にサイレンススズカを重ねてしまう、ツインターボが重なってしまう。失ってしまった相棒と、走らせてあげられなかった相棒が脳裏に過る。

もっと早く出会いたかった、ディープインパクトよりも前に出会えていたら、その走りを見ていたら、彼の鞍上は是が非でも自分のものにしていた。

 

「あいつはサイレンススズカじゃねぇ」

 

分かっている、あの天皇賞(秋)で相棒は死んだんだ。

 

「あいつはツインターボじゃねぇ」

 

分かっている、帝王賞で彼には本当にすまないことをした。

 

「あいつの鞍上は俺の息子だ、お前じゃねぇ」

 

「解って…いますよ…」

 

自分はあそこにはいないんだ、乗ることはできないんだ、それで終わりなんだ。もう終わったことなんだ、そう思いたいのに、振り払えない。

ディープインパクトが悪いんじゃない、自分の弱さだ。自分の欲が出ている、どうしようもない騎手としての強欲なのだ。

彼に乗ってまた駆けていきたかった、またあの光景を見たかった。今度こそ天皇賞(秋)を、ジャパンカップを、そして世界を。

レースなのに前に誰もいないターフを、自分たちしかいない静かな景色を、スピードのその向こう側へどこまでも。

相棒たちと行けなかったあの場所へ行ける馬が、自分たちの願いをかなえられた馬が、手を伸ばせばそこにいるというのに届かない。

 

「迷うな、お前はディープインパクトに乗れ。あいつの強さはお前たちにゃ出せねぇよ」

 

その言葉にカチンときた。自分の弱さを卑下されるのはいい、でも仲間たちをバカにされるのは許さない。

 

「…それはどういう意味ですか?」

 

自分たちの技術が瀬名酒造よりも劣っているのかと言いたいのか、栗東トレセンのみんなが劣っているとでも言いたいのか。

思わず頭に血が上り睨みつけた大竹だったが、茂三が悪戯っぽく優しい笑みを浮かべているのを見てすぐに頭が冷えた。

彼はわざと挑発しているのだ、ただの悪戯である。自分を気遣った優しい悪戯だ。

 

「遊ばないでくださいよ」

 

「グダグダしてたからな、悪い。いいプライドがあんじゃねぇか、今イイ目つきしてたぜ?でも今言ったのは本当だ。

別にお前らの腕がどうとかそういうんじゃねぇんだ、ただ方向性が違うのさ」

 

茂三はどこか感慨深げな瞳をシマカゼタービンに向ける。

 

「あいつは走り屋なんだよ。芝もダートも普段は走らねぇ、本当のあいつの走りはアスファルトでこそ輝くんだ。

夜の峠、芦名の下りでこそあいつは本当の走りができる。芦名の峠を車相手に攻める、それがあいつの本当の姿だ。

お前たちの競馬用の調教じゃ、あいつはあぁならねぇのさ。峠じゃなきゃ、走り屋でなけりゃあいつは上にはいけねぇんだよ」

 

「何言ってるんですか?走り屋?峠?」

 

言っていることが今一理解できなかった大竹は茂三に聞き返した。公道レース、走り屋、それぞれの意味を理解することはできる。

だがそれとシマカゼタービンとが全く結びつかないのだ。シマカゼは地方競馬の競走馬で、瀬名酒造でお酒を仕込む輓馬なのだ。

それでいてディープインパクトに常に勝ち続けている馬、恐ろしく速い足ととんでもないスタミナを誇る大逃げ馬だ。

その馬が峠道を走る?何をバカなことを言ってる、そんなことをしたら足が壊れてしまうじゃないか!

 

「わけわかんねぇって顔してるな?当たり前か。来週の週末、あんたまた来れるかい?芦名駅の夜の9時ぐらい迎えに行くぜ。

群馬にゃ芦名なんて名前の駅は俺たちの街しかないから迷うことはないだろ」

 

「どこに行くっていうんです」

 

「連れてってやるよ、あいつのレースに。模擬レースじゃない、本物のレースだ。あいつの本気の走りを見たくないかい?」

 

ぞくりときた、茂三の挑戦的な視線は全く嘘を言っていないと理解できたのだ。シマカゼタービンの本領はここでは出ない、そういっている。

つまりいつもディープインパクトが負けているのは、不得意とは言わないまでも本当に慣れたコースではなかったシマカゼタービンだということ。

見てやろうじゃないか、その本気のシマカゼタービンの姿とやらを。お前の走りを見せてもらおうじゃないか。

 

 

 

 






あとがき

シマカゼタービン「甚だ遺憾である、俺はちゃんと本気です」(芝適正B)

UMA共のじゃれあいの裏でこんな感じになってたお話、大竹さんの迷いを走り屋流で振り切るために茂三さんが活を入れます。
次回はそろそろ夜の峠に移りたい、お馬さんが峠でバトルだ…ぜぇんぜん競馬要素が息してねぇけど許して。


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