気儘に生きた転生馬物語   作:イナダ大根

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いつも多くの誤字報告、感想をありがとうございます。
今回でやっとひと段落、ちなみに競走馬編での悶着も実はこれに関係しているとだけ言っておきます。
ぶっちゃけここでゴタゴタさせてガス抜きしないと競走馬編よりもはるかに厄介な核爆弾化しかねないのよね。





第十九話

 

 

「姐さん一人でよかったのかな…」

 

「私に聞かれましても…」

 

正面玄関の片隅でスマホを片手に待つ小町を遠目で見ながら、気になって帰れないクイーンベレーとテューダーガーデンは二人そろって下駄箱の裏から覗き見ていた。

シマカゼタービンと小塚小町は二人にとって大切な先輩であり恩人だ、ウマ娘レースで華々しく活躍することを夢見て努力をしてトレセン学園に入学するまでに力を付けたのは事実だ。

だがそれでもレースの世界は厳しく残酷で、それについて行こうと必死になって食らい付いていたがゆえにレース以外を知る時間がなかった。

走っても走っても周りに置いて行かれ、学費で生活も苦しくなり、結果も出ないで在席していることすらきつくなり、トレーナーとの契約も切れて、終わった。

トレセン学園から遠く群馬のこの高校に転校することになって、レースの世界からも引き離されて自暴自棄になりかけていた時に二人が何かと世話を焼いてくれたおかげで自分たちは一般世間に馴染めているといってもいい。

そのやり方が少々手荒で文字通り車で引きずり回すようなものだったとしても、それで自分の中にあったこだわりと折り合いがついたのだ。

 

「ふむ、まぁ確かに普通は一人ではいかせんな」

 

「ひょぉ!?」

 

唐突に背後に現れた気配にクイーンベレーは思わず飛び上がってしまった。振り返れば好々爺とした一心校長。

相変わらずおっかない校長先生である、ニコニコしながら自然体でウマ娘の敏感な聴覚を回避して背後を取ってくる。

トレセン学園のトレーナーにもそこまでの人間はなかなかいない、知っている限り似たようなことができるのはチームスピカのトレーナーただ一人である。

 

「校長!?驚かさないでくださいよッ」

 

「隙だらけである、感心せんぞ?気もそぞろでは暗い帰り道は危ない」

 

一心校長の視線が向いた先にある窓の外には夕焼けの空が広がっている、あと少しもしないうちに周囲は夕闇に包まれるだろう。

そもそもこんな時に限ってシマカゼタービンたちのクラスのホームルームが長引いたのが原因ではあるが、それを言っても運がなかったというしかない。

 

「ここだけの話、小町を同伴させるつもりも最初からなかった」

 

「…え?元から随伴とかなかったんです?」

 

「最初は儂が付き添うつもりであったが…思いのほか相手が手ごわくてな。さすが皇帝というだけあるわ」

 

すこし、いや抑え込んでいるだけで大層気に入ったような小さなくつくつ笑いを見せる一心校長に二人はドン引きした。

あかん、本当にこの校長はシンボリルドルフの事が気に入ったらしい。

 

「君の言う通り、普通ならば儂ら学校関係者、あるいは保護者といった同伴者が不可欠。

じゃがな、今回の一件とあやつに関してはむしろ単身のほうがずっと都合がいいのじゃよ」

 

「というと?」

 

「簡単に言えば、同伴者がいるだけでタービンが不利になる」

 

一瞬、クイーンベレーは一心校長の言っていることが理解できなかった。

 

「あやつの悪癖じゃよ、シマカゼタービン自身は基本的に気儘で自由な気質じゃが、身内には甘い」

 

そういわれて納得がいった、シマカゼタービンが一般のウマ娘や走り屋から姉御と呼ばれて親しまれているのもその頼もしさがあるが故だ。

 

「儂らも教育者じゃ、自分の教え子が成長していく姿を見るのはうれしい、そしてそれが認められさらに次のステップに踏み込めるというならなおさらな。

親兄弟もまた同様、愛娘がよりよい生活を得られるチャンスがあり、より輝ける世界に挑めるというのなら、それを喜ばんはずがない。

自分がファンだったレースの大舞台を愛娘が主役で走るなんて、ウマ娘レースのファンであったならそれこそ、嫌でも考えてしまうさ。

君らもどこかではそう思ってるんじゃないかな?特に君たち二人は」

 

一心校長の視線がクイーンベレーとテューダーガーデンを射抜く。その視線に二人は全く否定できなかった。

事実なのだ、シマカゼタービンがそんなことを望まないとしても二人には、彼女ならそのまま名だたるGⅠウマ娘レースに出場しても勝てるという確信すらあった。

きっとそれはツインターボも同じで、ここにはいない群馬トレセン学園の三人も同じであろう。

あのシマカゼタービンがレースで活躍する、地方、中央、そして世界に、どこにでも行ける、そんな希望は確かに見えた。

 

「だから弱点になる」

 

一心校長はそう断言した。

 

「彼女は優しすぎる所がある、儂らの願いに機敏に反応するじゃろうな。自分が嫌であっても」

 

「でもそんなの無視すればいいはず…」

 

「できんよ、なんだかんだと付き合っているのがシマカゼタービンじゃろ。そこを掘り出してくるのがシンボリルドルフじゃ。

皇帝という二つ名は伊達ではない、あの娘は教育者というものの心理をよく知っておる。

当然、親心もしかり、競争ウマ娘の心理もまたしかり。彼女はまさに逸材じゃな、まだ若いというに儂とて気を抜けぬ難物に育っておるわ。

そして若い、掘り返せるだけ掘り返して武器にしてくるじゃろうし、自身の言葉の威力を全て理解しきれておらぬ」

 

そこまで言われてクイーンベレーは合点がいった。

 

「姐さんが先生たちや私たちの意を汲んで悩んでしまうから、ですか」

 

「あぁ、個別に対応するだけなら仏頂面なりで誤魔化せる。だがタービンが真横にいるとなるとどうしようもない。

十中八九、顔に出る。それをあの二人が気づかぬはずがない、下手をすればまた拗れる」

 

だからあえて職員室の奥の応接間を貸し出して、学校の職員たちを散らす言い訳に使えるようにした。

シマカゼタービンは芦名高校の名物だ、成績は可もなく不可もなくとはいえ何の変哲もない県立高校に普通に進学してきた異端児である。

容姿端麗でいるだけで華やかな存在であるウマ娘、レースに興味がない稀なタイプも本来ならば公立校ではなく私立高などに通うことが多いのにそれすらしない。

ならば中身がやばいのかといえば、いたって普通のどこか年喰った感じがする一般人、せいぜい少し親父臭いだけの普通の少女ときた。だからこの学校の教師や職員は大体彼女の事を知っている。

だからこそ散らした、彼女を知っているからこそ、教職に務める者だからこそ考える生徒の栄達を望む顔がでてしまう。

それを見てしまえば彼女がどう考えるか、手に取るようにわかる。

 

「なら小町先輩は何で大丈夫なんですか?」

 

「小町はタービンの危うさも理解しておるからな。あやつ自身、己の甘さのせいでタービンに無茶をさせたことがある」

 

「あ…そういえば、芦名のランエボ狩り、発端って」

 

「小町の兄、良助がその二流共にちょっかい出されて事故にあったからじゃ」

 

車狩りの5人衆、皇帝殺しのウマ娘、その異名は芦名峠で走る走り屋ならば知らないものはいない。

己の足だけでランサーエボリューションシリーズのワンメイクチームを、二軍とは言え一勝もさせず完封してみせた走り屋ウマ娘達。

シマカゼタービン、ホクリクダイオー、ノルンファング、ツバキプリンセス、ツインターボ、彼女たち5人は地元の伝説だ。

その発端となったのは栃木県のいろは坂から群馬に遠征を目論む走り屋のチーム『エンペラー』が、芦名に二軍の偵察を送り込んできたことから始まる。

新進気鋭のランエボワンメイクチームであり、栃木県のいろは坂では新進気鋭の走り屋チームである彼らはいわば調子に乗っていた。

そして運が悪かった、当時はまだシマカゼタービンは車を持たず、瀬名敏則が今代最強を担っていた時代だった。

エンペラー二軍が勝負を挑んできたとき、運悪く敏則のAE101GT―Zは改修作業の真っ最中だったのである。

車がなければ勝負はできない、一週間後に出直してこいと追い返されたエンペラー二軍は、出鼻を挫かれて腹を立たせた。

ガラの悪さも持っていた彼らは旧型の古臭いAE101乗りが勝負から逃げたと真っ向から吹聴してバカにして煽り始めたが、モノがなければどうしようもない。

反応は当然だんまり、話にならん阿呆は放っておけとそれこそ芦名中の走り屋からシカトを決め込まれてしまう。

そんな塩対応にますます彼らは激昂、そして悪夢が起きた。その日、良助が夜間の芦名峠に小町とともに出かけたのは何の理由もない、ただ食事に出かけた帰り道であった。

良助の運転するワンビアカスタムの助手席には小町も乗り、山頂の観光街のレストランで食事をして遊んだ二人は夜遅くに芦名峠のコースを走り、そこで待ち伏せていた走り屋チーム『エンペラー』の二軍に煽られた。

彼らの操るランサーエボリューションシリーズに対して、良助のワンビアカスタムは非力かつ旧式、さらに言えばガラの悪い連中という事も聞いていた良助自身、煽られても勝負する気もなくさっさと行けと相手にしない。

普通ならばそのまま相手が興味を失っていくのが常道だ、だがエンペラー二軍は良助のワンビアカスタムが無視してくる姿に逆上して手を出した。

見るからにボロいニコイチの旧式にも袖にされた、そこまで強い走り屋でもないのに生意気だ、天下のランエボをバカにした、もう我慢ならない、やっちまえ。

 

「聞いたことがあります、確か三連ヘアピンのところでバンパーをぶつけられて…」

 

「制御を失ってとっさに崖に車体をぶつけて止めた、相手はそのまま走り去った。当時、車は大破して証拠は見つからず、小町の証言だけで向こうはしらを切って逃げていたな。

それに良助も走り屋じゃったからな、当時は普通に走っていただけとはいえ警察に頼ることもできんかったよ」

 

まさか手を出してくるとは思わなかった良助は、制御を失った車体をとっさにスピンさせながら山の斜面に押し付けて停止させた。

その際に小町を守ろうと運転席側からぶつけたことで彼も傷を負い病院に搬送、命に別状はないものの頭部を深く切って激しい出血と右腕の骨折という重傷であった。

小町は事故で壊れた車内で、自らをかばって血だらけになる兄の姿を真横から見せつけられ、精神的なショックを受けて情緒不安定に陥った。

その時に彼女は頼んでしまったのだ。兄の仇を取ってほしいと、話を聞いてシマカゼタービン自身も憤っていてギリギリのところにここ一番の燃料を注ぎこんでしまった。

その結果は後に知られる通り、シマカゼタービンは即座に行動を起こした、群馬トレセン学園に通う親友、そしてトレセン学園に入学したばかりの従妹に協力を願った。

良助はシマカゼタービンたちのいい兄貴分であった、信頼され慕われていた。その良助の仇を討つ、エンペラーの走り屋小僧どもをたたき出す、と。

話を聞き、激怒したホクリクダイオー、ノルンファング、ツバキプリンセス、ツインターボも共に行動を起こした。

故郷の親友の兄が事故にあったから見舞いに行くと学校に休みを届け出て群馬に急行、5人で顔を突き合わせてすぐさまエンペラーを足で追い返しに出る。

エンペラーの二軍を挑発して芦名峠でのダウンヒルバトルを承諾させ、五対一のハンデ戦でありながらランサーエボリューションシリーズを駆るエンペラーの走り屋たちを自らの足だけでコテンパンに叩きのめして追い返した。

勝つには勝ったがその分の代償も大きかった、全員が極度の疲労とオーバーワークで入院して家族の沸点をやすやす突破、全員が包帯とシップまみれで怒られることになる。

暴走族に自らの足で勝負を挑んでコテンパンにして入院した、当然それは退学待ったなしの暴挙である。

情状酌量の余地はあれどそれを加味しても普通は重い処罰は免れない、そもそも下手をすれば死んでいる、みんなカンカンであった。

 

「だから小町はタービンが望んでいることを、真正面から受け止めて応援できるのじゃよ。迷うな、そのまま突っ込め、とな」

 

ここでは彼女だけが適任であった、それを最初から考えずに今回の件に挑んだのは一心校長の不覚である。

最初から小町の事を盛り込まなかったのは教職員たちと同じく弱点になると考えられたから。

もっとも、目の前で事も無げにスマホをいじくる小町の立ち振る舞いから感じるシマカゼタービンに対する信頼感から杞憂であることが分かったのだが。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

シマカゼタービンが応接室に入ってきた姿を見たとき、ディープインパクトが初めに感じたのは違和感であった。

普遍的な高校指定のセーラー服を着こんだシマカゼタービンのレース用に鍛え抜かれた立ち姿が、あまりにも場違いに見えて仕方がなかったのだ。

最初に出会ったときは高校指定のジャージを着こんでいて詳しくわからなかった体つきだったが、それより薄手で露出が多いセーラー服越しだと手に取るようにわかる。

均整の取れた鍛え抜かれた体だ、磨き上げられたトモ、それに負けないように鍛え上げられた上半身、現役の競争ウマ娘が持ち得る要素を兼ね備えている。

完全な競争ウマ娘としての仕上がり、いつでもレースに出られると言わんばかりに鍛え上げられた体だ。

だからこそ違和感しか感じない、あまりにも中身と外観の差異が酷すぎる。その姿はトレセン学園の制服を着こんでいてこそ映える、そう断言できる完成度なのだ。

なのに、今の彼女は一般校の制服を身にまとい平然としている。ただの一般ウマ娘であって、走り屋であって、勝負服にも袖を通したことがない。

思わず口が出そうになった、自分が謝罪に来ているという事も忘れてしまいそうになるほどだった。

彼女と勝負がしたい、今すぐに挑みたい、ナリタブライアンと一緒に今回はなるべく口を挟まないように謝罪の前口上を行う東条トレーナーにきつく言い含められていなかったらそうしていたかもしれない。

それでもじっと口を噤むことができたのは、彼女に迷惑をかけてしまった負い目があるからだ。

もっといいやり方があったはずだ、それこそツインターボに頼って私的に会う約束を取り付ければよかったのに…なぜあそこまで焦ったのだろう。

 

「このたびは、こちらの不手際で多大な迷惑をかけてしまいました、大変申し訳ありません」

 

東条トレーナーが起立し、同じようにシンボリルドルフも立ち上がる、ディープインパクトとナリタブライアンも一緒に立ち、深々と頭を下げた。

 

「頭をお上げください。あの時は自分も大変失礼な態度をとってしまいました。そのことをこちらも謝罪いたします」

 

シマカゼタービンも席を立って深々と頭を下げ、互いに頭を下げあってから席に着き直す。

シンボリルドルフと東条トレーナーからの謝罪を受けつつ和やかに進む会話を聞き流しながら、ディープインパクトはシンボリルドルフが動くのを待った。

 

「それで、こんなところで聞く話題ではないかもしれないけど…」

 

東条トレーナーの気まずそうな言葉にシマカゼタービンは苦笑する。実際気まずいのだろう、今回の騒動の原因がこちらにある。

謝ったそばからその話の続きをしようというのだ、シマカゼタービンがいかにも理解しているといった素振りで促すだけ随分と恵まれている。

 

「…ま、わざわざこんな風に出張ってきてくれてるんです。理由は察してますよ」

 

「この前はあまりにも性急すぎたとこちらも反省している、すまなかった。だが…改めて誘わせてほしい、トレセン学園に見学に来てみないか?」

 

東条トレーナーからシンボリルドルフにメインが移る、東条トレーナーから感じる視線がシンボリルドルフには痛い。

まずは見学、彼女を日本トレセン学園に招待してから考えてもらう。それを聞いた瞬間、ディープインパクトは心の底から胸が高鳴った。

いきなりの勧誘ではなく、お試し期間を置いて彼女をその気にさせるつもりなのだろう。

それ以上に肝心なのは、シマカゼタービンをトレセン学園にわずかな期間だが堂々と招き入れることができること。

つまり、彼女とまた本気の勝負ができるかもしれないという事だ。

だがシンボリルドルフが差し出した日本ウマ娘トレーニングセンター学園のパンフレットを受け取ったシマカゼタービンの目を見てその意識が掻き消えるのを感じた。

その目には何も変わらない、パンフレットを形式的に手に取って捲っているがまともに読んでいない。興味がない、なぜか既視感のある表情であった。

パンフレットをきれいに閉じて、くるりときれいに半回転させてそっとシンボリルドルフに向けて差し出しながら彼女は答えた。

 

「お断りします、自分はそれほどのモノではありませんよ」

 

何しろただの走り屋ですので、と笑う彼女の姿はただの大人びた女子高生にしか見えない。

その姿がディープインパクトには信じられなかった、自分が知っている群馬トレセン学園で出会ったシマカゼタービンとはまるで別人だった。

レースを走るウマ娘だからこそ醸し出す強者の風格、以前は肌身に感じられたそれが全くない。

 

「もう本格化とやらが終わって久しいですし、伸びしろならツバキたちのほうが遥かに上、ターボみたいな頭の良さもない。

ついでに言えば、キラキラしたステージで踊るアイドルみたいなのも趣味じゃない」

 

「ライブは練習で何とでもなる、それを差し引いても強者との競り合いは心が躍るぞ?」

 

「ブライアンさん、それは同意しますがなんにでも限界はある。そもそも自分とあなたたちではレースに賭けるモノが違いすぎる」

 

賭けるモノ?ディープインパクトはシマカゼタービンの言葉に引っかかりを感じた。

シンボリルドルフのほうを見ると、彼女もそれを感じたのか頷く。シンボリルドルフも、ディープインパクトと同じ引っ掛かりを覚えたのだ。

シマカゼタービンに尚も食い下がろうとするナリタブライアンを視線で一度制してから、シンボリルドルフは口を開いた。

 

「ならば君は何を目指して走る?君が走る理由は一体なんだ?」

 

「趣味だから、それだけですよ。ただ大好きな遊びだからです」

 

事も無げに言うシマカゼタービンの様子に嘘は感じられない、それゆえにシンボリルドルフは信じられなかった。

馬鹿なことを言うな、思わずそう言いたくなった。ただの趣味で、ただの遊びで、ここまで技術と体を極めるウマ娘がどこにいるというのか。

何かを成したいがために走っているのではないのか?

 

「俺は峠を走ることが趣味なんです、走るからには速く強くなりたい、普通じゃないですか?」

 

「どんなウマ娘も最初の理由なんてそんなものだろう。私もそうだ、姉貴のように凄い奴と競い合いたいからトレセンに入ってレースを始めた。

お前もその趣味でもっと活躍したいとは思わないか?トゥインクルシリーズや、ドリームシリーズ、それだけではなく世界へ挑む。

世界中の強者達とその足で勝負したいと思わないか?」

 

「思わないこともないですが…あまりやりたくないんですよね」

 

「どういう意味だ?」

 

「趣味を仕事にはしたくないんですよ」

 

それはウマ娘にとって一番聞き覚えのない言葉であった。走ることが好きなのはわかる、走るのが趣味なのも理解できる、だがそれを発揮するレースを好まないというのは意味不明だ。

走らないウマ娘も少数ではあるがいないではない、ウマ娘にも個人差が存在するのだから当然だ。

だがそういうウマ娘はそもそも走るという事にも一般人程度にしか考えておらず、過ごし方は一般人のそれと同じか別方向に特化するかだ。

 

「さっきも言いましたが俺は趣味だから走るんです、全力で走ってただ遊んでるだけなんですよ」

 

だが、このシマカゼタービンというウマ娘はまったくもって理解できない。走ることが好きで、レースが好きで、そのために本気になれるのに、公式レースには興味がない。

ただの趣味、ただ好きに走って遊んでいるだけで満足している、そんなウマ娘もいないではなかった。

だがそれだけで、たったそれだけで今まで走り続けてここまで力を付けてきたウマ娘はシンボリルドルフと言えど見たことがなかった。

 

「自分の体が自分の物でなくなる、なんてのは御免ですしね。こういう世界ではよく耳にする話では?シンボリルドルフ会長」

 

シンボリルドルフには覚えがあった、自分たちにまとわりついてきたマスコミたちなどはその象徴だ。

トゥインクルシリーズで成績を出し、ドリームシリーズで戦う自分の身は、時に自分だけでは決定を下せないところにある。

下手なことを言えば自分自身の株が落ちるだけでなく、トレセン学園全体、URA、日本ウマ娘レース全般に伝播する。

文字通り、自分が自分だけのモノではなくなってしまうのだ。自分の進退すらも、自分で決められなくなるほどに。

シマカゼタービンの視線が僅かに色を帯びる。それはこちらを計る目、それを意識した瞬間、シンボリルドルフは胸を握りつぶされるようなプレッシャーを感じた。

シマカゼタービンに見定められている、それは一般ウマ娘という枠組みからは大きく外れた、いや競争ウマ娘という枠組みからも大きく外れた威圧感。

圧倒的強者、経験豊富な古強者、芦名峠の走り屋としての彼女が僅かに顔を出した。それだけで、これだ。

 

(これは…)

 

久々に感じる緊張感、自らが見定められる側になった背筋が自然と伸びるような感覚に、シンボリルドルフは不思議と唇が引きつりそうになるのを何とか抑えた。

試されているのは自分の方なのだ、彼女はシンボリルドルフそのものを見定めようとしている。そんな気がしてならない。

 

「随分な自信だね、まるで出れば勝てると言っているようなものだ」

 

事実、であろう。シンボリルドルフは背筋に走る緊張を表に出さぬように挑発を投げ返す。

普通ならばこれはただのハッタリとして切って捨てていただろう。彼女がスポーツカーを相手に公道レースを生身で行い、勝ちをもぎ取る規格外と知らなければ。

もし彼女がどこかのレースで冠を本気で獲りにくればどうなるか、完全に未知数だ。なぜならナリタブライアンがその実力を保証している。

トゥインクルシリーズにてクラシック三冠を成し遂げ、伝説の一人となった彼女が本気で挑みかかった模擬レースで届かなかったというのだから。

そんな規格外相手に自分が勝てるか?改めて見た彼女の出来上がった体、東条トレーナーたちから聞いた実力、ビワハヤヒデがみた狂気、実際に目の当たりにしたトイチの正体、AE101GT―Zのスペックとそれに食らい付くという彼女。

そしてメジロモンスニー先輩からも受け継いだであろう技術、すべてを勘案して脳内でレースをシミュレートした。

 

「勝ちますとも、やるからには全力で勝ちに行かせてもらいます」

 

「私が相手をしようといっても?」

 

「レースとはそういうモノでしょう?」

 

その表情は懐かしいものだった、かつて多くのライバルたちが見せてくれた挑戦的な笑み、やってやると言っている、勝ってやるよと。

いつぶりだろうか、このシンボリルドルフにこうもあからさまに闘志をぶつけてくるウマ娘が出てくるのは。

皇帝と呼ばれるようになって、尊敬の視線を浴びるようになって、生徒会長の座に座ってからは敬われてもここまであからさまな視線をぶつけてきたウマ娘は数少ない。

だがしかし皇帝は絶対である、シンボリルドルフのレースには絶対がある、故に彼女には負けられない。負けてはならない。

これまで多くのレースを制してきた、多くの強者たちと鎬を削ってきた、そしてその足で芝を駆け抜けてすべてを蹴散らし積み上げてきた。

だからこそ威厳をもってこう返答しよう、かつてのように。君に私は倒せない。

 

「――――」

 

返答しようとした瞬間、シンボリルドルフの中で彼女をコテンパンにレースで叩きのめす光景が無数に展開され…不思議なものが無数に混じって言葉が続かなかった。

勝つことはできる、でも完全な勝利を描けない、彼女の大逃げに自分の差し脚が追い付く完璧な戦法が見出せない。

そう、絶対に勝てるレースが存在しない。すべてにおいて勝っている、負けてもいる。絶対的な自信をもって言葉が口にできないのだ。

あらゆるレースで、あらゆる状況で、タイマンで、知り合いを含めて、自らが走ったレースに彼女を加えて、得意不得意関係なく、自分は彼女に絶対の勝利を確信できない。

勝利したケースで、同じ状況を同じレースを再現しても、同じ結果にならない事すらある。

 

(あれ?)

 

おかしい、あり得ない、ド素人の彼女の大逃げに自分が置いて行かれて手も足も出ない光景がいくつかあるぞ。

どうすればいい?もっと速く走ればいいのか?それでは最後まで足が持たない、では溜めるか?そんなことしてたらさっき逃げられたよな?

え、領域に入ったときにレースが終わってるってどういう光景?

 

(あれ、私ってそんなもの?)

 

好きで走っているだけのウマ娘に?散々鍛えてきた私が?まだ実際に走ったこともないのに負けると考えているのか?

あってはいけない光景が脳裏を離れない、シンボリルドルフが負けるなんてあってはならないというのに。

だが、だが、どうしたことだろう、気持ち悪いとは思わない、ただただ、悔しい。そしてこうも思う、彼女と実際に走ってみたい。

想像でこれなのだ、確かめてみたい、彼女は実際どう走る、どう逃げる、どうなんだ、公道仕込みの足とはいったい何なんだ?

知りたい、ぜひとも知りたい、見たい、知りたい、ワクワクしてくるじゃないか。

 

「失礼、言葉が過ぎました…ですが、言いたいことは理解していただけませんか?」

 

威圧感が薄まる、だがその視線は決して笑ってはいない。値踏みされている、完全に探りを入れられている状態だ。

落ち着け、一先ず全て仕切り直しだ。脳裏で展開されていた模擬レースを全て打ち消し、シンボリルドルフは乱れた内心を整えながら彼女に正対した。

 

「つまり君は自由に走りたいからレースをするつもりはないと?」

 

「そんなところです。俺の足は俺の物、分相応な生活とちょっとの贅沢で十分」

 

「それは酒造会社に入っても同じではないかな?美味しいお酒ができれば、酒の道でも同じように取材は来るだろう?」

 

「そりゃね、でもそれとこれとは話が違う。取材されて雑誌に載ったとしても、こんなバカ騒ぎにはならんでしょう」

 

シマカゼタービンの視線が鋭くシンボリルドルフを射抜く。痛い所を突かれた、これに反論は難しい。

シマカゼタービンの言うバカ騒ぎとは今回のような雑誌記者たちの蛮行の事を差す、そしてそれを誘発したのは紛れもないこちら側だ。

 

「走り屋としてのその行為が違法だとわかっていても、かね?」

 

「もし本気で規制が入ればやめるだけ、ラリーとジムカーナで暴れるだけです。でもそれだって趣味、ただの遊びでしかやりません。

自分は皆さんのように何千何万のファンの期待を背負って走るなんてできません、考えただけでも怖ろしい」

 

「ほぅ、芦名では名が通っている走り屋にしては弱気な言葉だな?」

 

「それはそれ、これはこれですよブライアンさん。俺にとってこういうのは、仲間内でワイワイするくらいがちょうどいいんです。

それにですね、あなたたちは根本的に誤解をしてますよ」

 

シマカゼタービンは人差し指を一本ピンと立てて、小さく笑った。

 

「俺はアスリートではなくドライバー、メインは車です。この足は酒造りに必要な大事な仕事道具だ、下手に使ってぶっ壊すわけにはいきませんな」

 

「それは公道レースでも同じじゃないの?」

 

ディープインパクトは口を挟んだ。ソレにシマカゼタービンは首を横に振る。

 

「違う。公道レースは極論、走るか走らないかなんて自分次第だ。地元の意地だろうが何だろうがな。

あそこは走るのもやめるのも自分で決められる、絶対に走らなきゃいけないレースなんて存在しない。

そこまでしたきゃ自由に日程を組みなおして互いにできる時期を決めりゃいい、いつ走り、いつ辞める、全部自分で決めていい。

ほら、公式レースのように無理してでも走らにゃいけないことなんてないだろう?」

 

それで足を痛める連中だって多いじゃないか、シンボリルドルフにはなぜかそんな言葉が聞こえた気がした。

シマカゼタービンはそんなことは言っていない、なのに、そう聞こえたのは自分が卑屈に感じているだけか。

 

「それにあなたたちがレースに夢を見るように自分もなりたい夢がある、峠を走りたい理由がある。自分は酒造をやりたいんですよ。

この足で仕込むウチのウマ練りをもっと美味しい酒にしていきたいんです、そのために進路も決めて生きてきた。

走るのだって峠が好きで走るんですよ、夜の芦名が大好きだから走ってるだけなんです。

トレセン学園で酒の勉強と資格の取得ってできますかね?芦名の峠、走れますかね?」

 

「…できないな」

 

「でしょう、だからあきらめるとかそういう話ではないんです、元から候補に入れる理由がない」

 

「そうか…残念だ」

 

シンボリルドルフはここでシマカゼタービンというウマ娘が理解できた。彼女は走り屋である、だが競争ウマ娘ではない。

走ることは趣味であって、仕事はもっと別にやりたいことがあってそのために努力をしている、ただの一般ウマ娘だ。

だから元から簡単だった、彼女と自分たちの道は交差することはあっても一緒になることはなかったのだ。

ただ悲しかった、今の自分が絶対を描けないウマ娘と走る機会はない、証明する機会は訪れない。

そう考えると気落ちするような気がした、取り返しのつかないことをしている気がしてならない。

ここで話が終わってしまえば、もう二度と会うことはないだろう。本当にそれでいいのか?

 

(良くないはずだ、良くないはずだが…私は…)

 

自分のわがままがどんな風になるか考えれば、もうできない。今の自分は、自分だけで責任が持てる身分ではない。

彼女の言う通りだ、自分は雁字搦めで自由に生きていけない立場にいる。今、完全に自覚した、自分は皇帝の椅子に縛り付けられているのだ。

 

「…東条さん、今夜はこちらに泊まりで?滞在予定は?」

 

「週末の予定は空けてるわ、街のホテルを取ってるけど」

 

「今夜と明日、ターボにちょいと頼まれてましてね。彼女のチームメイトの…ナイスネイチャさんでしたっけ、二人の練習相手するんです」

 

シマカゼタービンが何を思ったのか、シンボリルドルフにはその時は理解できなかった。そして自分がどう答えたのかも曖昧だ、ただ肯定はした。

 

「あいつらにも聞かなきゃわかりませんが…一緒にどうです?会社と公道で軽くやるだけなんでお気に召すかわかりませんが」

 

それがどういういみかもしらないで。

 

 

 

 





あとがき
これでスカウト編は終わり!終わりです!!次はネイチャでギャグりたい、気が付きゃ一着できるくらいにはさせてやろう(慢心)
あといつもの日課(当社比)に3冠馬の御一行ご案内、作中でやってたこともやるぞ。





おまけ
シマカゼタービンの独白・だってあんな顔されちゃったらさぁ…放っておけねぇじゃん(馬鹿)


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