いつも多くの誤字報告、感想をありがとうございます。
今回はただ芦名峠を登るだけの話です。えぇ、シマカゼタービンからしたらただおまけがいるだけの日常ですとも。
いつものランニングコースである芦名の峠はいつものように暗い、その暗い夜の闇は不思議と気分を落ち着けてくれる。
俺はその峠をいつもより少し遅い時速40キロを維持しながらいつものように駆け上る。接待ペースだが、それでもやはり気持ちがいいもんだ。
がつがつと前世のようにアスファルトを叩く蹄鉄の音が心地よく響き、足に伝わる衝撃が心地よい。
澄んだ草木と土の混じる山の香り、そこに混じるかすかな排気ガスと焼けたタイヤの残り香は、芝や川砂の香りよりも身に染みる。
ここを走るとやはり気分がいい、この暗闇のアスファルトで舗装された峠道が俺のコース、俺の走るバトルステージだ。
後ろを少し振り返ってみると、まだこのあたりではまず見慣れない日本トレセン学園のジャージ姿の4人が息を乱れさせながらついてきているのが見えた。
3連ヘアピンで体力を持ってかれた程度でこれか…中央の連中といってもいきなりはきつかったか?
「だいぶ乱れてるな…もうぎりぎりか!」
「なに?」
「ギリギリかって聞いてんだよ、ディープ!」
俺の後ろ、およそ5メートルほどまで離されたディープに問いかけるが反応は悪い。走り始めて大体2.5㎞、群馬トレセンのピチピチ一年生なら全滅している距離だ。
「ターボから聞いてるだろ、無理ならさっさと車に戻れ」
「ま、まだまだ!!」
「舐めるな!まだまだいけるぞ!!」
「威勢がいいのは認めるがね、ナリタブライアンさん。今2.5キロだ、残り6.5キロ、まだまだゴールまでは遠いぜ?」
「たかだか、2500メートル、こんなの、屁でもない!」
「さすが本職、鍛え方が違う」
たかが時速40キロ、峠道を登ってたった2.5㎞だ。名高い中央ウマ娘レースで世界相手にぶつかり合う連中がこの程度で音を上げるはずもないか。
とはいえかなり厳しい表情なのは変わりない、走り始める前はかなり自信たっぷりな様子だったが…まぁ、この道は左右に振られるからな。
俺から約3メートル後ろにはディープインパクト、少し遅れてシンボリルドルフ、ナリタブライアンが一人分間隔をあけながら追走、そこから少し離れてナイスネイチャが並んで追走してきていたが、4人とも表情は余裕がないし呼吸もひどく乱れてる。
家で俺の靴を心配してくれたナイスネイチャさんはグロッキー寸前って感じ。
ツインターボの姿はない、慣らしが終わったらバックアップに回るよう頼んどいたんだ。たぶん、さっきドアが開いた音がしたから走りながらワンボックスに乗り込んだな。
あいつに任せときゃ問題ねーだろ、帰ってきたときに群馬トレセンの連中と一緒にやってたことあるし。
最後尾には瀬名酒造が貸し出した併走中の看板を前後に付けたワンボックスカー、運転手はツインターボのトレーナーだ。
俺についてきてもう無理ってなったら、無理せず並走しているワンボックスカーに飛び乗って休むんだ。
たまに一緒に走る群馬トレセンの連中が良くやる練習方法、まぁ出来ないやつはバックアップ要員が引っ張り込むんだが。
いわば地上版フルトン回収…いや、フルトン使ってないから違うか。まぁおおむねそんな感じの回収方法だ。
群馬トレセンに頼まれて新人たちを連れてここを走ると、確実に力尽きて道端がしばらく死屍累々になって見た目が悪いからいつしかこうやるようになったのよね。
「こちらシマカゼ、ツインターボ、どうぞ」
≪はいはい!こちらツインターボ、どうぞ!≫
いつものように持ち歩いているトランシーバーのプレストークを押して話しかけると、同じものを持っているツインターボが出る。
相変わらず元気いっぱいだ、ちゃんと慣らしで終わらせたってわけだ。
「お前の友達、一番きつそうだが…大丈夫だと思うか?」
≪ネイチャならまだ大丈夫だよ、それよりディープインパクトのほうが辛そうじゃない?≫
「ま、だろうなぁ…」
ディープの顔色はナイスネイチャに比べたらまだ余裕そうだが、たぶん根性で勝るのはナイスネイチャだろう。
ツインターボから聞いている限りまず経験が違いすぎる、ディープはまだレースの世界ではひよっこもひよっこだ。
だがナイスネイチャはベテラン、クラシックを経てシニアでGⅠレースをいくつも走ってきた経験があると聞く。
たぶん前世のあいつの皐月賞後より少し強いくらいのディープじゃ、根競べになれば手も足も出ねぇだろ。
「いつでもピックアップできるようにしといてくれ、そろそろ誰か垂れるぞ」
≪了解!≫
これでよし、脱落してワンボックスまで落ちたらツインターボが車に引きずりこんでくれる。
我ながらこうもインストラクター染みたことがうまくなるとは感慨深いねぇ…ま、前世も同じか。
≪ところで、トレーナーが聞きたいことあるみたいだけど代わっていい?≫
「いいよ」
≪…代わりました、南坂です。ランニングの最中に申し訳ないんですが…いいですかね?≫
「構いませんよ、答えられることなら」
≪何年ここで走ってるんです?≫
走って何年かー…前世も含めるわけにゃいかんよな。ガキの頃は歩いてたし計算外として、走り出したのが小学生だから大体…
「ランニングは8歳くらいからですかねぇ。ま、日課で軽くですけど」
日課じゃガチ走りなんてできねぇからなぁ、いつもは体力づくり程度だよ。昔は走り切るのに2時間近く掛かったもんだ、いやぁ懐かしい。
思えばよく親父が許可してくれたもんだわ、変なのはむしろ街に多いから峠道は逆に安全なんだが普通は許可しねぇよな。さすが親父だぜ。
≪…ちなみに今おいくつで?≫
「18」
≪じゅうねん…まいにち≫
「毎日ですね」
そんなになるか、考えてみりゃ長いもんだ。峠自体は幼稚園の頃から遊び場だったけどな、親父たちの車によく乗せてもらって一緒に走ってた。
この道のことなら、それこそ染みの一つまで覚えてる。なのにまだまだ奥が深い、これだから峠ってのは面白い。
…そっか、最初はあんなに苦労してたのに今じゃ片道30分かかんないんだよなぁ。
最初は夕方のランニングで、その内速く走れるようになって時間ができて遊ぶ時間も増えて、次第に時間も夜になって…なかなか感慨深いねぇ。
「ディープ、もうすぐヘアピンだ。ここから勾配がきつくなる。しっかり踏みしめないとコケるから気を付けろよ」
「うげぇ…」
「3連ヘアピンよりはマシだろ」
ここを走って登ろうとするウマ娘に最初に襲い掛かってくる最初の難関が3連ヘアピン、それ自体はなんなくクリアした。
まぁまだ麓付近の3連ヘアピンなら十分体力もあるし疲れてないからな、そもそもクリアできない難関というわけじゃない。
3連ヘアピンで持ってかれるのは体力と集中力、それとさらに上があるってことへのちょっとした焦燥感を芽生えさせること。
車じゃ大したことはないが、ここを初見で走り切った群馬トレセン学園生は大体がそういうんだよ。
3連ヘアピンを抜けた先はまた平凡な感じになるがここは峠、常に坂道だ。俺は慣れてるからちょうどいい中休みだけど、普通のウマ娘には休む場所なんてないように見えるらしいね。
ま、今日は運がいいよ。快晴だし、風もない、天気が崩れる予報も無し、良いランニング日和だわ。
「う、うそぉ!?」
「まだきつくなるというのか!?」
2連ヘアピンに差し掛かる。そこまで急じゃない手前のコーナーを抜けると勾配がさらにきつくなる坂道がお出迎え、さらにきつくなる坂を見て後ろからナイスネイチャとナリタブライアンの呻きが聞こえた。
これにビビる連中は多い、峠の名物である連続ヘアピンを抜けて息をつきながら身を削られてると、目の前で坂がさらに坂になるって感じだからな。
しかもこの道もこの角度のままでカーブ、上りながらヘアピンを一気に攻略する必要がある。
2キロと少し走った後で疲れた体で、より勾配のきつい坂で曲がる角度のヘアピンカーブを走ろうとすればどうなるか。
ダイオー達曰く、ここまで来てるなら想像できない競争ウマ娘なんていないそうだ。
「こんなのまだ序の口だぞ。上に行けばもっときつくなる」
道の勾配も、荒れ具合も、そして山を登るというその意味も如実に体を締め付けてくる。ゴールの標高はおよそ1200メートル、意味が分かる奴は分かる。
とはいえ、まだ序盤なのよね。実際このあたりならまだ整備がしやすい地域だし、補修頻度も多いからなぁ。
「おわッ!?」
「ぬぅ!?」
「な!?」
「いぃ!?」
最初のヘアピンカーブ、右曲がり、俺がインベタできっちりつけて曲がると同時に後ろから悲鳴が聞こえてきた。
ちょいと見れば、コーナーでラインが乱れて車道に膨らんだ4人が見えた。
やっぱり、坂を上ろうと踏ん張っていたはいいがラインが乱れて曲がり切れない、そうなるとたたらを踏みながら外に膨らむ。
普通の人間ならそこまで出力が出ないからへばるだけだが、ウマ娘の脚力だとなまじ力があるからこうなるんだ。
あぶねぇんだよこれが、体を制御できなくて車道に膨らむからそこからリカバリーするのにワンテンポ遅くなりがち。
そこに一般車が通りでもしたら速攻で事故、弾かれて病院かあの世に直行便だ。ま、この時間に通りがかる車はあんまりいないけどね。
走り屋が集まるのも週末でももう少し夜が更けてからだし、一般車が走り回る時間はもう過ぎてる。なんも知らん観光客も、この道より新しい道路を回りこんだほうが時間はかかるが走りやすいから。
「置いて行きますよー、早くしないと轢かれるよ~」
…なんだろ、これでいいのかな?もうちょい群馬トレセンの連中みたく、海兵隊ばりに声を張り上げたほうがいいのか?
いやでも一応大物だしな、軍曹モードでバリバリ言うわけにもいかんか。本職なら話は別だが俺一般人だし。
中央じゃ、中山の坂あたりが実戦の坂だものな。悪く言うつもりはないが峠と比べたら中山の坂は正直ただのスロープ、それもほんの一瞬で終わる距離だ。
平地純粋培養のお嬢様たちはどこまで持つだろうか、ちなみにクイーンベレーとテューダーガーデンは1キロでダウンした。
俺はこのペースなら余裕なんだが、果たしてこの程度の高さで息を切らしている中央の連中はどうかねぇ?
◆◆◆◆◆◆
一体何がどうしてこうなった? ナイスネイチャは息絶え絶えで思考もぐらつきかける中必死で走りながら自問自答していた。
片道約9キロの峠道、往復18キロ、時速40キロを維持しながら休憩なしでランニング。言葉にしてしまえばそれだけだ、現場を知らなければ多少キツイ程度としか思えない。
なぜならそれをやっているのは一般のウマ娘なのだから。
軽くランニングにできるくらいの峠道なのだろう、一般ウマ娘が登って下ることができる程度なのだろう、いろいろと思い込んでタカを括ってしまっていた。
いくら相手がやばい奴と言われていようが普通はそう思うだろうとも、そう思わなきゃ何に危機感持ってんだという話である。だが違った。
(こ、れ、の!どこが!軽い!ランニング!!だぁぁぁ!!!)
荒れて路面状態の悪いアスファルト、天然故に一定の角度の坂路ではない峠道、そして何より暗くて視界の悪い上にこの道路はウマ娘用のレーンが擦り切れている。
そんな状態の悪い道をヘッドライトで照らしながら、時速40キロを維持した状態で駆け上がる。
休みなどない、妥協などない、片道9キロの上り坂を走り切れるギリギリを見極めながら最後まで自分を追い込み続けるのだ。
これまで日本トレセン学園でやってきたどんなトレーニングよりもハードで、科学的根拠も何もない根性論で、誠に狂ったこの狂気のトレーニングをツインターボはシマカゼタービンのルーチンワークとほざいたのだ。
実際毎日やっているというのは本当なのだろう、現に先頭を行く彼女の足は一切乱れていない。
「ぐッ、く、くそ…」
道が右コーナーに差し掛かる、シマカゼタービンが内側のガードレールに沿って綺麗に曲がるラインを追従しようとして走っていた時、前方を走っていたナリタブライアンの足が乱れた。
同時に自分の走りも大きく乱れる、急なカーブに対応しきれずあっさりと路肩から車道のほうに向かって足が膨らんでいくのだ。
毒づきながらなんとか修正しているが垣間見えた彼女の顔つきは険しい。いや、今この場で平然としている見慣れた顔は存在しない、参加した全員がもはや限界だ。
あのシンボリルドルフでさえも足並みが徐々に怪しくなってきている。後ろから見ただけでもう限界が近いのが見て取れた。
もうかれこれ3㎞を延々と駆け上がってきたのだ、普通のウマ娘なら既にギブアップしていておかしくない。
あの坂路の申し子と呼ばれるミホノブルボンでさえ経験したことがないだろう、レース用に調節された訓練用坂路がただのスロープに今は見えてくる。
トレセン学園近くにある神社の急な階段を使った階段ダッシュのそれとはまた別の恐ろしいキツさがこれにはある。
この道は直線だけではない、コーナーも練習コースの比ではないほど急でかつ右に左にぐいぐい振り回されるように曲がらされる。
この左右に振り回されるようなコーナーがまた曲者で、レース場を模した練習コースに慣れていると右コーナーの次が左コーナーというだけで少し面食らってしまう。
なぜなら練習用コースでは走りが右回りならずっと右回りだ、右回りを走りながら左に曲がることはない。
(ターボ、これ、知ってたんだ!)
あのツインターボが妙に素直にさっさと車に乗ろうとした時に、一緒に切り上げようなんてらしくもないことを言っていたのを信じるべきだった。
群馬慣れしている彼女はシマカゼタービンのことをよく知っていた、シマカゼタービンも無理しないようにと言い含めていた。
いつものように元気で、自分たちに言われるよりも素直に頷く彼女はやはりシマカゼに懐いているのだとその時は微笑ましく思っていたのだ。
自分は余裕だと思ってしまっていた、日課としてできるただのランニングだとバカのように信じてしまったのだ。
まだ3㎞ほどだと自分の感覚が訴えている。菊花賞の距離で、たった3㎞しか上っていない。
数字にしてみれば長距離を良く走り切ったものだと思うだろう、けれどそれが恐ろしい現実を見せつけてくる。
まだ先が6㎞もある、この状態がまだ2倍続くというのだ。この真っ暗な暗闇の足場の悪い峠道が。
(なんで!彼女は平気な顔してんだ!なんで、そんな、余裕なの!?)
ちらりちらりと後ろをうかがうシマカゼタービンの表情に疲れはない、汗は掻いているが呼吸に乱れはなく足腰も安定している。
現役の中央競争ウマ娘である自分たちがかなり堪えているというのに、地方競争ウマ娘ですらない一般ウマ娘に体力で負けているという事だ。
(それに、なんで、蹄鉄付けてこの速度で、走れるのよ!!)
自分たちはアスファルトの上を走るのに適したゴム底のランニングシューズ、トレセン学園内で流通している物でウマ娘の足をしっかりと保護しながらアスファルトの硬い地面を走る反動をやわらげ、しっかりと吸い付く靴底の細工が売りだ。
URA傘下のスポーツ用品生産企業の中からコンペで選ばれた製品で、現段階では最新の技術が施されていて普通に買えば目玉が飛び出る値段の代物である。
トウカイテイオーやスペシャルウィークのような大きな華がない自分がそれを使えるのは、ひとえにトレセン学園生だから割引が利くためだ。
対してシマカゼタービンが履いているシューズは一般流通しているウマ娘用レーシングシューズ、靴底に別売りの蹄鉄を装着して使うタイプで今も彼女の足の底には蹄鉄がきっちりはめ込まれている。
アスファルトの上を、蹄鉄を付けて走るというのは極めて効率が悪い上に負担も大きく普通はお勧めされない。
硬い蹄鉄はアスファルトの上では滑りやすく互いに傷つきやすい、その上アスファルトの上を走る衝撃が足に強く掛かって怪我の原因になる。
蹄鉄付きシューズは芝や砂の上を走る物でアスファルトの上を走る物ではない、トレセン学園生ならば誰でも知っている常識だ。
当然ながら荒れた峠道を走るなんて誰も考えない、まともに走れないまま足を痛めるのがオチだ。
だが彼女は速い、彼女の足腰はしっかりとしていて、走る姿に乱れはまるでない。カツカツカツと小気味のいい足音を立てながら目の前を悠々と走り続けている。
(なんで、あんな、安物で、これができるの!?)
瀬名家を出る時に一応忠告はしたのだ、その靴を履く彼女を偶然見かけたので。だがシマカゼタービンは全く聞き入れなかった。
それでこの光景だ、あまりにひどすぎる、自分の思い違いがなぜか恥ずかしくなってくる。自分は正しいはずなのに。
あの靴が実は特別な代物だったならまだ納得できたかもしれない、だが、自分はしっかりとこの目で見たのだ。
シマカゼタービンの靴は一般流通している同商品の最新シリーズでもない。現行販売品だが一つ前のモデル、いわば旧式だった。
レースで勝ち抜くために靴から見直す機会があったから覚えていたことだが、その知識が今はとても恨めしい。
知識があったから見ただけで分かってしまう、シマカゼタービンの靴は紛れもない一般量産品で蹄鉄も量産型の何の変哲もない安物だ。
自分たちよりもはるかに足回りに掛かっているお金は貧相極まりない、それでも自分たちよりはるかに速く走れている。明らかに熟練度が違いすぎるにしても、あまりにも桁が違いすぎるのだ。
(それにいつもはもっと暗い所を走ってるわけ!?あの靴で、あのライトだけ?普通じゃないわぁ!!)
それに今は後ろに『ピックアップ用』という事で後ろからついてきているワンボックスカーのヘッドライトが道を照らしてくれているが、普段の日課で走るシマカゼタービンにはそれがない。
街灯も少なく、電球が切れている街灯も多くて視界の悪いこの峠道をヘッドライトの明かりのみで走っているというのだ。
それがどれだけ危険な行為か、自分で走ってみて身を以って理解した。
後ろから照らされるワンボックスカーのヘッドライトすらも道路の先をはっきり見通すには至らない、ナイスネイチャは頼りないと感じているのだ。
「た、タービン、む、むりぃぃぃ!!」
「お疲れ。ゆっくり減速して車の横につけろよー」
大きく息を乱しながら一気に減速して列から脱落していくディープインパクトをとっさに避ける。
そんな彼女に恐る恐る追従していたワンボックスカーが横に付けると、開いたスライドドアからツインターボがディープインパクトを捕まえて器用に車内に引っ張り込んだ。
(バックアップってそういう事ねー、これなら置いてけぼりを心配しなくてすむわ…ってなるかぁ!なんであんな慣れてんのターボ!!)
もしや里帰りしていた時はこれやっていたのか!?
「シマカゼッ!お前!!いつも、これを!!?」
「無理すんなよナリタブライアンさん」
「ブライアンと、呼べ!お前!なんでへいき!なんだ!!」
「そりゃここ、俺のホームコースだもの。走り方は熟知してるよ」
「り、理由に、なるかぁぁぁッ!!」
「初挑戦で上回られたらこっちの立つ瀬がねぇんだけどねぇ…」
肩をすくめるシマカゼタービンへのツッコミに力を使い果たしたナリタブライアンの足から力が抜けて足が垂れる。
立て直すこともできず脱落していく彼女は、ワンボックスの隣までふらふらと落ちていくとツインターボにピックアップされて車内に消えた。
「も、もぅ…」
限界だ、もう無理だ、そう言いたい自分を何とか堪えて、最後に絞れるだけ絞って速度を維持する。そこで、自分の足が終わった。
ふらふらと最後尾から離されていく自分。足が回らなくなって、体から少しずつ力が抜けていくのがわかる。
無理だ、もう無理、これ以上は走れない。まるで新入生時代に戻ったかのような気分になりながら、ナイスネイチャは足の回転を落とす。
「お疲れネイチャ、どうだった」
「…なにあれ、化け物?」
「あっはっは!よく言われるよ。はい!」
回収しに少し速度を上げてきたワンボックスカーのサイドドアから身を乗り出してきたツインターボが、いつものように笑いながら手を差し伸べてくる。
それを取って、ナイスネイチャはワンボックスカーに飛び乗ると空いている席に崩れるように座り込んだ。
後部座席にはすっかり体力を使い果たしたディープインパクトとナリタブライアンがすでに座り込んでおり、精魂尽き果てていた。
ディープインパクトはまだ息を荒らげながらスポーツドリンクをがぶ飲みし、ナリタブライアンもスポーツドリンクのペットボトルを額に当てながら小さく笑い声をあげている。
「大丈夫?足は問題ない?」
「あ、はい、大丈夫です」
タオルとスポーツドリンクのペットボトルを心配そうに渡してきた東条トレーナーから受け取りながらナイスネイチャは頷く。
どうやら南坂トレーナーは運転に集中しているらしい、運転席のフロントガラスにわずかに反射する彼の表情はいつも以上に真剣な眼差しだ。
運転もそうだがそれ以上に食い入るように目の前で走るシマカゼタービンとシンボリルドルフの姿を見ている。
「そう、ルドルフは?」
「まだ走ってますけど…たぶんそろそろ」
「そうよね…なんて規格外なの…これだけ走っているのに、まったく足が垂れてないなんて」
「ふふーん!タービンは昔から峠を走ってるからな、これでもまだ本気じゃないぞ!」
「へぇ…は?」
胸を張って従姉を自慢するツインターボから聞いてはならないことが聞こえた気がした。思わずナイスネイチャはツインターボのほうを見る。
車内の空気も急転直下、南坂トレーナー以外の視線がツインターボに直撃した。
「ターボ?今なんて言った?」
「うわ!?ネイチャ目怖!!」
「あたしの目はどうでもいいんだよ、本気じゃないってマジ?ちょっと冗談にしちゃ笑えないっていうか…」
「だって、まだ時速40じゃん。今年から45で走ってるもん」
そういって車の速度計を指差すツインターボ、その顔はいつものツインターボであった。
室内で何かが削れるような音がする、タイヤの擦れた音だ。加速した?そう考えた矢先、ツインターボが真っ先に動いてドアを開けて中にウマ娘を一人引っ張り込んだ。
シンボリルドルフだ、ついに彼女もギブアップか。おそらく4キロ前後といったところだろう、大体半分ほどで全滅とはなんという光景だ。
トレセン学園の生徒会長を務める彼女からは想像できないような荒い息遣いで肩を上下させるシンボリルドルフに、東条トレーナーは汗だくの顔を拭いながらゆっくりと問いかけた。
「ルドルフ…どうだった?」
「…笑うしかないとはこのことです、恐ろしい足ですよ。彼女の足が全く垂れる気配がないんです、付いていくのが精いっぱい、喋る余裕すらない」
「そう…ルドルフ、今知った話なのだけれど―――」
≪ターボ、みんな乗ったよな?ペース戻すから遅れるなって言っとけー≫
ツインターボのポケットから響いた息一つ乱れていないシマカゼタービンのトランシーバー越しの声に車内の空気が凍る。
唯一、ツインターボだけがうきうき顔で運転席の裏から顔を出して南坂トレーナーにアクセルアクセル!と催促した。
少し慌てた様子で南坂トレーナーが加速する、フロントガラスの向こうには相変わらず乱れず走るシマカゼタービンの後姿。
車間距離は変わっていない、走る姿も変わっていない、ただ確実に車の速度が上がっている。
恐る恐る車の速度計を見る、時速45キロを示した速度計にナイスネイチャは声にならない悲鳴を上げて固まるしかなかった。
あとがき
次回『ナイスネイチャは見た!狂気の公道ウマ娘の本気に迫れ!!』をお楽しみください。明日は明日のトレーニングが待っている。
ちなみにこれはまだルーチンワーク。ほぼ毎日、趣味の芦名峠往復一本、別の世界の会長がやってたことの亜種みたいなもん。
タービンにはあそこまでの才能はないんでここまで至るまで10年かかりました。
中央組は訓練されているネームドの超精鋭なので最初から3000から4000あたりまで行けます。本当に才能の暴力がやばい。
ちなみにネイチャさんが最後まで粘れたのは、脱落した二人と違ってルドルフと同じく走ることに集中してたため。
つまり余計なこと喋らなかったから体力を無駄に使わず最後まで残りました。
ルドルフが一切喋らなかったのもこれが理由、皇帝と言われるだけあってすぐに『喋る余裕ない』という現実に気付いてたりする。
芦名峠の秘密・芦名峠往復ランニング制覇者は人間が多い。なお地元民以外はほとんど職業・公務員(国内外問わず)である。