いつも多くのご感想と誤字報告、ありがとうございます。今話はいつもよりグダッた、すまぬ。
前前世から俺はミリタリー系雑食オタクだった、馬の時に車と酒も増えたが基本は変わらん。
馬からウマ娘とやらになって人型になっちまったら昔の趣味にも前みたく手が伸びるのは不思議じゃねぇ。
少しばかり暇を持て余しながら勉強机に座った俺は、なんとなく愛用のエアガンを分解整備して弄りながら暇をつぶしていた。
風呂はターボとナイスネイチャさん達が先だからな。
愛用のガスガンの一丁、カクイ製シグザウエルP226Rを分解しては組み立て直して、また分解して…
「むふぅ~ん♪」
組み立てたエアガンを見てついつい悦に浸っちゃったり…いやぁ、生まれ変わって3度目にしてこれなんだからもうやめられませんわ。
マジで日本のエアガンの出来は素晴らしいねぇ!プラスチック製である以外は本物と手触り一緒、操作感まで一緒なんだから大したもんだよ。
そりゃ厳密な重量感とかその他もろもろ違うけど再現率スゲーんだこれが、発射機構も今考えればマジで凝ってるしガスブローバックの迫力も半端じゃねぇ。
アメリカでぶっ放した時の事が思い浮かぶねぇ、9パラをぶっぱなしたのなんて前前世の05年のイラク出張以来だぜ。
前前世の勤め先にいたアホ専務がおったてたアホ企画の事前出張でえらい目に…そういや、あの時も面倒事に巻き込まれたっけ?
「…うーん?」
なんとなくスマホを出して連絡帳のひ行を開いて…やめた、あいつの国と時差何時かわからん。
そういや妹の方は日本留学だったっけ?どこかはお楽しみとか抜かして教えてもらってねぇが…どっちにしろ夜か、やめよ。
…そもそも何やろうとしてんだ俺は、こんな風にこっちから理由もなく電話する性質じゃねー。
やっぱりどうも今日は消化不良だ、走り足りねぇ、全然疲れてねぇ。おかげで暇すぎていらんことばっか考えやがる。
せっかくあいつらと楽しく降りもランニングと思ってたのに一言もしゃべれやしないなんて思いもしないじゃん。
しかもトレーナーの監視付きだから変に冒険とかさせてやれねぇし…久しぶりにターボと一緒に楽しく夜の峠攻めをと思ってたのによ。
まぁターボがめちゃくちゃ強くなってたのが分かったが…うーん、しょうがねぇ、車でも弄りに行くか。
「うぉっと…」
そう思った矢先にスマホに着信が入った。相手はハルウララ、前世のあいつとおんなじ名前のウマ娘。高知に酒探しに行った時の知り合いだ。
ピンクの地毛っていう俺と負けず劣らずけったいな髪色をしてたがそれ以外は前と大して変わらんかったなぁ…そういやあいつも中央だっけか?そこは違うか。
「ほいほい、どうしたんだ…いやマジでどうした?」
テレビ電話になった画面が全面ピンクのもっさもさ…あいつの頭じゃねーか、というかかすかに聞こえるこれは…
「寝てんじゃねーか」
≪ねてないよー…すぴー…≫
「なんつー器用な寝言だよ、ったく」
≪うぇへへへ…くかー≫
さてどうすっか、俺に電話寄越したならなんかあったのかもしれんが…起きねーだろうな、これ。
≪あらあら?ウララさんこんな夜中に…って寝ちゃってるの?≫
「お、その声はキングヘイロー?そうなんだよ、なんかあったの?」
もぞもぞと向こうで何か探る音がして、全面ピンクの画面が取り出されて困った顔のキングヘイローの顔が移る。
ハルウララと寮の同室のウマ娘だ、ウララの奴と話してるときたまに話が振られてからたまにこうして話すようになった。
とはいえ、電話越しに話してるだけで実際に会ったことはないけどな。ウララとも高知で本当のごく稀に会うくらいだし。
≪たぶん今日のことが嬉しかったのね。この子、今日が復帰戦だったの。ふふふっ、きっと高知の友達に教えたかったのね≫
あれ?確かあいつのトレーナー、一身上の都合でやめたとか言ってたよな?
「トレーナーが見つかったのか?そりゃ幸先がいい」
≪正確にはチーム入りね≫
となるとウララの奴、電話かける相手間違ってるぜ。こりゃ完全に寝ぼけてやがる。キングヘイローが何かに気付いて、少し笑いながらウララの寝姿を画面に映してくれた。
あーあー、風呂上がりのまんまでベッドに飛び込んでそのまんまだなぁこりゃ。幸せそうに寝てやがる、起こせないっていうか…起きねーなこりゃ。
「こいつらしーや、電池切れたか」
≪そうね、完全に電池切れみたい。ごめんなさいね?こんな夜遅くに≫
「構わんよ、俺も暇だったしな。ところで復帰っていえば、ウララの奴どっちで走ったんだ?」
≪ダートよ?前からそうじゃないの≫
なんとなくそんな風に話していると不思議と話に花が咲く。どうやらウララはこっちでも基本ダート路線は変わらんらしい。
向こうだと復帰したらたまに冒険してたりするしなぁ…変わらんならダートで短距離かマイル、無理して中距離って所か。
そんな風に話に花が咲いていると、トントンと部屋のドアを叩く音がする。やれやれ、やっと上がってきたか。
キングに一言断って電話を切ると、ドアを開けて風呂上がりのツインターボを迎え入れた。
ツインターボがニコニコしながら部屋に飛び込んできたので、サイドステップで躱してやるとそのまま床に敷かれた布団にダイブ。
「変わんねーなお前」
相変わらずだなコイツ、中央で二回も重賞を取ったってのに毛ほども変わっとらん。
んまぁ、走りながらあんなこと叫ぶまっすぐさというか、そーいうところが変わってないのはホッとするがなぁ。
「そんなことないぞ!ターボ強くなったんだから!」
「解ってる、けどやっぱお前がうちに来ると昔を思い出してな。久々に泊まるって聞いて準備したが…なんか久々な気がしねーよ」
昔はよく泊まりに来てたよな、家が近いからってなんかあると転がり込んできやがった。一緒に寝たのだって一度や二度じゃない。
幼稚園の時仲のいい友達と大喧嘩してわんわん泣きながらうちに来た時もあったっけな。ずーっと引っ付いて離れなくて結局学校まで来たし、まったく困ったもんだよ。
「そう?タービンの部屋、結構変わってるからターボは新鮮だぞ。昔より女の子っぽくなってるし」
「マジか?」
ツインターボがうんうん頷く、こいつが嘘つく理由ねーから多分そうなんだろう。マジで実感ないな、俺はいつも通り過ごしてただけだし。
どうこうしようって気はないけど無自覚に変わってくのっていざ実感するとやっぱ複雑、いやまぁ女だし当然なんだろうけどね。
さすがに性転換したいとか思ったこともないし、前世は前世で区切りは付けてるし。じゃなきゃ前世で発狂しとるわ。
嫌だねぇ、もしこんな状態がずっと続くんだとしたら来世男だったらどーしよ、頼れるオカマになっちゃうしかないかしら。
「それにまた胸おっきくなったんじゃない?」
「なっとらんわ、風呂行ってくる」
「いってらっしゃーい」
「部屋漁んなよ?それとさっさと寝ろ、どうせバイトにもついてくる気だろ?」
着替えとバスタオルを引き出しから出しながら言うと肯定が返ってくる。やれやれ、明日はこいつを叩き起こさんとならんな。
どうせ爆睡して目覚まし程度じゃ起きんのだから…どうやって起こしてやろうかな?
◆◆◆◆◆◆
ツインターボの故郷が少し変わった場所にあるというのは、ナイスネイチャも彼女自身の口からよく耳にする話であった。
芦名市、群馬の険しい山間の峠の奥にある戦国時代から残る古戦場と葦名の山城、代々受け継がれてきた伝統的な戦古武術や逸話などを中心とした知る人ぞ知る観光の名所だ。
玄関口である芦名市街地、芦名に散らばる観光名所へのアクセスルートの集約地で一部が繁華街として客を集めている。
ここから山に入り峠を越えた先には今も戦国時代の威容を誇ったまま残る葦名城を中心とした観光名所が存在するのだ。
戦国時代末期に内府の軍勢と対峙し激戦の末に敗北しながらも完璧な姿で残り、戦災復興を目指した生存者たちの心の拠り所として修復され続け第2次世界大戦すら持ちこたえた葦名城。
死なずの術の研究に没頭し続け壊滅したとされる生臭坊主というよりマッドサイエンティストの巣窟であった金剛山の仙峯寺。
芦名の中でも危険地帯であり、今なお立ち入りが制限される場所がある落ち谷、葦名の底。
戦乱の折途絶えたかに見えたが、そのすべてをなぜか修めていたとある元忍が再興したとされる葦名流戦古武術の数々。
その元忍びが生涯を過ごし、やがて仏具工房となった荒れ寺を中心に各地におどろおどろしいオカルト話も多く残る。
存在は言及されているが見つからない源の宮、そこへの案内人であり今も稼働しているという縄の巨人。
首なしや七面武者と言われる妖怪、獅子猿、白蛇、ヌシ、桜龍などの未確認生物、近年増えた新手の妖怪に至るまで好きな人間には垂涎のネタばかり。
同室のマーベラスな目覚まし時計であるマーベラスサンデーに聞けば出るわ出るわ、行くと聞けば自分も行きたいと強請られもした。
(まさか、そんなレベルの化け物ウマ娘が本当にいるとは…)
既に夜10時を回って真っ暗な庭先を見ながら、ナイスネイチャは瀬名家の昭和の風情が残る居間でぐったりと春なのに出しっぱなしの炬燵に寄りかかりながら思った。
ひどく疲れた二時間であった。
芦名峠往復18キロ、登り時速40㎞を維持して登り途中で挫折。先導役の彼女はさらに5㎞を増速して余裕で上り切る。
頂上で喋る気すら起きず少しのインターバルの後に走る降りへ備えて休み、そして地獄を思い知った。
降りの9キロも流しの時速40㎞を維持して走ろうとして、今度は半分もいけないでシマカゼタービンとツインターボを残して挫折した。
降りの峠道はまるで別物だった、降りだから多少は楽になるかもという甘い考えはすぐに捨てなくてはならなかった。
まず速度を維持するのが難しい、同じように時速40kmを維持しようとしても気を抜くとすぐに足の回りが速くなる。
真昼の坂道ならばそれでも余裕をもって調整できたかもしれないが、夜の急な峠道で勝手に速度が上がる足というのはことのほか曲者過ぎて肝が冷えた。
そしてそれにかまけていると速度が逆に落ちる、下手をするとコーナーに到達する直前まで気が付かない。
山道故の変則的な勾配と、荒れたアスファルトの上は登りでも足を取られかねないが降りだとよりシビアに足へ負担をかけてくる。
何より登ってきたコーナーが降りだと余計に急カーブに見えてくるのだ、連続ヘアピンカーブのような左右に振り回されるところなど悪夢でしかない。
後ろからワンボックスカーがライトで補助してくれているから前の道が見えているという状況でこの状態、もしそれがなければきっと今頃は谷底であろう。
そんな風に悪戦苦闘していたらいつの間にかみんな消えていて、自分も肩で息をしながらギブアップするしかなくなっていた。
(そんで消えちゃうんだもんなぁ…)
自分が最後にワンボックスカーに乗り込んだ後、シマカゼタービンとツインターボの二人は本気を出して文字通り消えるように夜の闇に消えていった。
最初は運転していた南坂トレーナーもついて行こうとしていたが、コーナーを曲がっていくたびにどんどんと突き放されて最後は完全に振り切られてしまった。
その走りは異常の一言に尽きた、コーナーとコーナーの間の短い直線で一気に加速していく二人、それだけでも乗っている全員には目から鱗だった。
自分たちは車のヘッドライトの照らす範囲から出たくないと思っていたのに二人は恐れることなく飛び出していった、咄嗟に南坂トレーナーがワンボックスカーを加速させたがそれだけで自分たちは恐怖を覚えた。
何とか二人を視界内に納め直したかと思えばあっという間に左コーナーに差し掛かった。その速度は明らかに速かった、南坂トレーナーは咄嗟に減速をかけていたがその地点ですでに時速60㎞ほどである。
そんな状態で二人はさらに加速するように踏み込み、二人の姿がコーナーで消えるように曲がっていった。
シマカゼタービンの体が真横を向いたままドリフト状態で滑り出し、ツインターボはガードレールぎりぎりまで身を寄せて綺麗なカーブを描く。
アスファルトの上を蹄鉄で走りながらドリフトする姿のシマカゼタービンと、体を押し付けに行っているかのような超超インコースに身を押し込むツインターボ、そしてその二人はぶつかりそうなギリギリラインに身を寄せながら一切ぶつかることなく一気にコーナーを攻略していくのだ。
あんなふうに加速していくツインターボの姿は見たことがなかった、ここが地元で走り慣れていると豪語していたがその通りだった。
その後はあっけない、ワンボックスカーが曲がる頃には二人の姿はさらに道の先にあり、直線で何とか追いついても次のコーナーでまた消える。
しばらくしてツインターボがシマカゼタービンに何か言って自発的に速度を落とすと、彼女はそのままさらに加速して突き放していく。
目測で時速70㎞は一気に出していただろう、そのまま次のコーナーに差し掛かると一気にコーナーの先へ消えていき、ツインターボを回収してそのコーナーを曲がった自分たちの前には誰もいない道路があるだけであった。
「トレーナー」
「なんでしょうか?」
「トレーナーから見てさ、シマカゼってどういう風に思った?」
思考の渦から戻ってきたナイスネイチャは居間に視線を漂わせながら南坂トレーナーに問いかける。
年季の入った棚、部屋の隅にまとめられた新聞や小物、やや年季の入ったファンヒーター、そこの前に置かれて自分がいる電源が入っていなくとももこもこでほんのり温かい炬燵の中に伸びるへこみがあるノズルホース。
瀬名酒造は豪商といっても過言ではないが、長い歴史に比べると会社の規模はつつましく業績も大手企業のような派手さはない。
生活様式もはっきり言えば田舎の一般的な家庭そのものだ。
瀬名の家自体もそこそこ大きな二階建て住宅だが、瀬名家は先祖代々ここで暮らしており家もだいぶ年季の入った年代物だ。
先代時代の昭和初期などかつては社員の寝泊りにも使っていたという名残で構造は大きめの民宿そのままの構造だ。
一階が食堂と住人の居住スペースで居間や客間まで一通りそろっており、二階は一部屋五畳の宿泊部屋が五部屋もある。
ツインターボの友人という事で案内された一階の客間も古風な和室で、本物のいぐさを使った畳の香りが鼻を擽る部屋であった。
故に、部屋の片隅で洗濯物をたたむメジロモンスニーの姿が妙に馴染んでいるのが不思議である。
そんな田舎の家に住むシマカゼタービンに自分はすっかり勝てる長所を見いだせないでいる。
だが自分のトレーナーはどうか、少しだけ希望をもって問いかけるが持ち込んだノートパソコンのキーボードをたたくトレーナーの顔色は優れない。
ちらちらとメジロモンスニーの方をうかがっている、それに気付いたメジロモンスニーが小さく肩をすくめて答えた。
「気にしないでいいわよ、あいつがいろいろ言われてんのは慣れてるもの」
「…化け物クラスかと。今のまま中央レースに挑んでも確実にGⅠ戦線に食い込めますし、実力も上位でしょう」
「やっぱり?」
「えぇ」
それは自分でもよくわかる、ナイスネイチャは炬燵にもたれかかったまま頷くしかなかった。
「ターボのあんな足も初めて見たよ、あれが元かぁ…」
「私もです、ターボさんがただのスタート下手とは少し違うのは前々から知ってはいましたが…あれを見せられれば納得です」
ツインターボの脚質は大逃げ一辺倒、小柄で体力もいささか少ないながらスタートがうまいわけではない。
そのスタートの拙さが瞬発力とパワーがモノを言うスプリントやマイル路線では不利なので、それがリカバリーできる中距離レースを主な戦場としていた。
そのネックのスタートもここ最近は改善されてきており、芝やダートを抉り取るようなロケットダッシュを繰り出すようになってきた。
その力強さたるや、踏み込んだ芝やダートにツインターボの深々とした足跡がきっちり残るレベルだ。
それができるようになった理由が『やっとコツが掴めてきた』という事、そしてこのスタートが自分の持ち味であるという事も言っていた。
中央トレセン学園に入学するまではこの峠で走っていたために走りに癖がついていて平地に適応できず、文字通り年単位ですり合わせてやっとしっくり来たのだという。
このこともあって次のレースからはマイル路線を試し、うまくいけば安田記念の制覇を目指すという。
(ターボの走りは前からコーナリングだけは妙にうまかったのも、ここでいっつも彼女の後ろを追っかけてたからって言ってたけど…)
「~~♪…おっと、まだ起きてたんですか。こりゃ失敬」
噂をすればなんとやら、お風呂上がりのホカホカした雰囲気を纏ったシマカゼタービンが鼻歌を歌いながら居間に入ってきた。
緑色の薄手のパジャマを着てタオルで髪を拭く彼女の立ち振る舞いは、気取らないどこにでもいるウマ娘に見える。
しかしナイスネイチャはそんな彼女から感じる言葉にできない凄みを感じずにはいられなかった。
(世界は広いってよく言うけどさぁ…こんなのあり?野生のラスボスとでもいうわけ?)
もし公式レースで走ることがあるならば絶対に相手にしたくない相手だ、何しろ彼女と走っても勝てる光景が全く浮かばない。
彼女が『接待ペース』と言っていたあの峠道ランニングで見せつけられた桁違いのスタミナと脚力、あれがほんの片鱗でしかないのだ。
そんな力をフルに使って行う戦法は大逃げ、ツインターボの得意技故に長所と短所はよく知っている。だからこそ怖さもよく知っている。
最初にハナを取って自分勝手に逃げて自分のペースにレースを持っていき、周囲のぺースを乱してくるのが大逃げだ。
彼女の文字通り桁違いの速力でそんな好き勝手にされてしまったら、自分たちの走りなんて悠長なことはしていられないに決まっている。
それができる、ナイスネイチャはシマカゼタービンの後ろ姿を見ながらそう確信していた。
見知ったトウカイテイオーの不屈の精神から滲みでる凄み、そして競争ウマ娘の中でも上澄みの強者しか持たないオーラ。
それに似た何かを彼女は確かに持っている、競争ウマ娘ではないのに、本業である自分でも『絶対に当たりたくない』。末恐ろしいとはこのことだ。
そして悔しい、心の中でずっともやもやする。彼女がもし公式戦で走っていたらと考えたら嫌な光景しか思い浮かばないのにだ。
彼女よりもずっと『実戦で走ってきた』自分が、自ら『遊んでいる』と認める彼女に負けるのを考えている。
だがそれと同時にきっと走れば面白いだろうとも。彼女のようなバカげた走りは、それはそれでとんでもなくレースを沸かせそうだ。
「トレーナー、もし彼女がスカウトに乗ってたらさ、担当してみたいって思う?」
「絶対嫌です」
「は?」
「タービン!これマジか!!」
なんとなく小声で南坂に問いかけると、なぜか断固とした口ぶりで否定が返ってきた。なんじゃそら?ナイスネイチャには理解できなかった。
もし彼女がトレセン学園に入ったとしてチームリギルに入らなかったとする、あのチームリギルが手を伸ばした逸材に次に手が届きやすいのはツインターボが属するチームカノープスであるというのに。
だがこのトレーナー、一瞬とはいえ心底嫌そうにしていた。なぜ?内心首を傾げて問い返そうとして、どたどたと部屋に滑り込んできたツインターボの騒音に意識が逸れた。
彼女はなぜか興奮した様子で、キッチンから持ってきた麦茶を呷るシマカゼタービンに一枚の紙を突き付ける。
それはトレセン学園では普遍的な様式で書かれた、いわゆる出走表。
一般参加で行われるアマチュアレースには何度か出ているらしいからそれだろうか?ナイスネイチャはなんとなくそう思ったが、なぜかがっつり固まった南坂トレーナーの視線に気づいてもう一度出走表に目をやった。
(…ん?URAファイナルズ…一般地区予選!?)
URAファイナルズ、中央トレーニングセンター学園主導で新たに創設された年末の大イベントレースだ。
日本で一番新しいレースであり、国際基準を満たしつつもあえて国際レース登録をしないことで自由度を高めた勝ち上がり形式トーナメントレースである。
今年から一般参加の枠も用意するという話は聞いていたが、まさかここでその話を聞くとは思わなかった。
瞬間、物音一つ立てずにその出走表はシマカゼタービンにひったくられ、シマカゼタービンの右腕がツインターボの頭部に巻き付いた。
「あたたたた!」
「まーた勝手に部屋漁りおってからに!」
「久しぶりだったからつい!エッチな本どがぁぁぁ!!?」
「なおさら性質悪いわ!!従姉の性癖他人にばらすんかこのあほー!」
「ま、まだへっどろっぐばわーあっぷー!!?あ、やっぱりまえよりおっきッ!?」
「なっとらん!」
「でもぎゅうじゅうよりあるじょぉぉぉ!!」
余りの痛みに悶絶するツインターボに、ヘッドロックを一瞬解いたシマカゼタービンはにやりと意地悪く笑い、パジャマの胸元をつまんで強く捻る。
おそらくブラジャーのフロントホックを外したのだろう、バツンと良い音がして胸の輪郭が一気に解放される。揺れる揺れる、ナイスネイチャの目からして巨乳である。
本気では怒っていないのだろう、それなりにカチンと来たのであろうが。
「久しぶりならこいつも味わっとけ」
必殺、男女平等幸せ固め。谷間に顔面をうずめさせてその巨乳で包み込みながら思いっきり抱き締める、ただそれだけ。
例え同性だろうとも頭部を包む柔らかい感触と心地よい温かさ、そして母性の象徴が放つ甘い香りはまさに至極。ただし呼吸は死ぬ。
ナイスネイチャは知っている、寝ぼけたマーベラスサンデーにやられたことがあるので。
「暴れるなって、よいしょっと」
「…!…!!?…!!!…!?!?!?!?」
「うわぁ…」
シマカゼタービンがおもむろに背筋を伸ばすとツインターボの体が文字通り浮く、恐ろしいことに谷間で頭を持ったまま持ち上げているようだ。
僅かな抵抗の後に次第に力をなくし、ビクンビクンと痙攣するツインターボのぶらりと垂れ下がった両腕の体がやけに惨めである。
(こんなのが普通だとして、明日はどうなっちゃうんだろう?)
自分がへとへとなのにシマカゼタービンは全く消耗していない。明日はシマカゼタービンが教官役でちょっとした自主練を予定しているのだが、その相手の底知れぬスタミナを見せつけられている。
安請け合いするんじゃなかったと今更後悔したナイスネイチャだった。
◆◆◆◆
じゃれあうシマカゼタービンとツインターボに呆れるナイスネイチャを見ながら、南坂は自分の不用意な発言を少し後悔していた。
唐突に問いかけられたものだからついうっかり本音で答えてしまった。
自分がシマカゼタービンを担当したくないというのは本音だ、何故なら彼女を相手に適切な指導ができるとは思えないからだ。
知識面、技術面、その他もろもろの経験といったものが、トレセン学園のトレーナーとしては若輩である自分に足りていないのは自覚しているが、それとは別に絶対にシマカゼタービンとは合わないだろうと確信が持てる。
シマカゼタービンの実力は確かなモノ、それだけならば彼女は十分にトレセン学園でやっていけるだろう。
しかし彼女の持つ実力と影響力はおそらく、シンボリルドルフどころか理事長ですら思い至らない枠外にある。
(もし彼女が公式レースを走ればトレセンの常識を、いやウマ娘レースの常識を変えてしまうでしょう)
ウマ娘レースはウマ娘だけでは行えない、ウマ娘と担当トレーナー、二人が二人三脚で歩んで初めて物語が始まる。
一人のウマ娘を担当する専属であれ、複数のウマ娘を担当するチームトレーナーであれ、それは同じだ。
歴代のクラシック三冠ウマ娘、シンボリルドルフ、ミスターシービー、ナリタブライアン、この三人もそうだ。
だがシマカゼタービンの場合はそれがない。彼女にはトレーナーと呼ばれる存在はおらず、根底は峠の走り屋だ。
彼女は父である瀬名茂三を筆頭とした芦名の走り屋たちから学び、それ以外は独力で、独学で、ほぼすべてに至るまで自ら鍛え上げてナリタブライアンを負かすまでに成長した。
これが何を意味するか、ツインターボを担当していたからこそわかる。南坂はツインターボのことをよく知っている、この峠で鍛え上げていただろう彼女がトレセン学園では長く苦戦し続けていたことを知っている。
それ程までに平地と峠の環境の差は激しく、素のままの互換性は皆無に等しい。それを改良し、落とし込み、平地での走りに転用するには平地競争での技術の再取得とすり合わせが必須。
そのためにはやはりトレセン学園に入学し、トレーナーとの二人三脚によるチャレンジが絶対に必要なはずなのだ。
しかしシマカゼタービンはどうか?彼女はそれを一人で成しえてしまっている。
恐ろしいほどの類稀なる走りのセンス、明らかな常軌を逸した意識がすべてを成しえてしまった。
(彼女にとって、トレーナーは必須ではない。これは致命的です)
トレーナー不要のウマ娘、今のシマカゼタービンはそんなとんでもない存在になりつつある。
もし彼女がトレセン学園に入学してその実力をいかんなく発揮してしまえば、おそらく並みのトレーナーではついていくことすらままならない。
彼女に対して安定した関係性を築けるとすれば、南坂が思い当たるのはトレセン学園内でも一握りだ。
チームスピカの沖野、チームリギルの東条、桐生院やその同期、六平、黒沼などであろうか。
それ以外ではただの足かせにしかならない、しかもそうなったらシマカゼタービンはトレーナーをフォローしようとするだろう。
足を引っ張っている自分という枷を背負いながら悠々と勝ち進みトレーナーに名誉を与えるシマカゼタービンの姿、それを見るトレーナーの黒ずむ背中、南坂にはそんな光景が容易に想像できた。
中央トレセン学園のトレーナーとして狭き門をくぐり、さらに厳しい下積みを積んだトレーナーたちからしてみればそれは屈辱以前にトレーナーとしての芯を折りかねない現実だ。
そうなればトレセン学園の現状はさらに悪化するだろう、ウマ娘が挫折するのと同じようにトレーナーたちの挫折もまた深刻な問題なのだ。
むしろ実力が伴わず学園を去って新しい道を目指すウマ娘と違い、別の担当を取って学園に居残るトレーナーのほうがよっぽど精神的にきついものである。
競争ウマ娘となった彼女らは、トレーナーのお眼鏡にかなったときから自らの一生を担当トレーナーに賭けるのだ。その事実が発する重圧はあまりに重く、新人はそれに耐えきれずに壊れる者もいる。
担当ウマ娘が競争の世界から去るとき自らも共に去るトレーナーは毎年必ずいる、古くから問題として学園内でも議論されているが解決策は全くない。
そんな真摯で不器用な姿を南坂は逞しいと思っていて否定はしない、壊れてより破滅的な結果になるよりずっとマシなのだ。
そしてそんな風にならなかったとはいえ幾重もの成功と失敗を得た歴戦のトレーナーとなると誰もかれもが何かと癖がある。
老体になるまですっかり身を浸している者、ウマ娘に対して紳士ではあるが恰好がおかしい者、無駄に頑丈な者。
時に新人時代から何もかもが担当ウマ娘を育成するヒントに変換される不可思議思考回路の者などもいるがそれはまた例外だ。
つまり、チームリギルの東条トレーナーなどは稀有なパターンであり、自分などはまだその域に達していないだけである。
(そんな彼女がURAファイナルズに挑む、ですか…今年の大会は覚悟する必要がありそうですね)
彼女がURAファイナルズに出走することを止めようとは思わない、それがどんな結末を迎えるかなんて今の自分には予想しかできない。
案外何事もなく大番狂わせだと賑わせて終わるかもしれないが…南坂の胸中は決して穏やかではなかった。
あとがき
本職トレーナーから見たシマカゼタービンはいわば劇薬、下手するとトレーナー潰しになりかねない。
おまけ
ツインターボの秘密・怪談の高速ババアシリーズは実在すると思っている。