気儘に生きた転生馬物語   作:イナダ大根

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いつも多くの感想と誤字報告、ありがとうございます。
今回からURAファイナルズに向けて少しずつ歩を進めていこうかと思っております。でもまだ先は長そうなんですよねぇ?





第二十六話 ☆

 

 

 

 

7月上旬、いつにもまして活気のあるトレセン学園の練習用レース場では、多くのウマ娘達が次のレースに向けてトレーニングに明け暮れている。

あるものはひたすらにウッドチップコースを走り、あるものは身の丈以上もあるタイヤを引き摺り、そしてあるものは将棋を指す。

それは東条ハナ率いるチームリギルも同じ、合宿に向かう前の最終仕上げの状況だ。

 

「なぁおハナさん、あんたら一体何やってきたんだ?」

 

信じられない、と言った面持ちで自分が持っているストップウォッチの計測した数字を見つめる気の強そうな褐色肌のウマ娘『ヒシアマゾン』がナリタブライアンに食って掛かっている様子を遠目で見ながら東条ハナは隣で同じようにストップウォッチ片手に目を丸くしている同僚、沖野に隠すこともせずに答えた。

 

「少し走り方を見直しただけよ」

 

「いやおかしいだろ、なんで帰ってきたら新記録更新した上に平均タイムがいきなり2秒も縮んでんだよ」

 

沖野が見せてきたタイムは、群馬に行く前のナリタブライアンの平均タイムを上回るものだった。

約2秒、それがナリタブライアンが走った芝2400メートル右回りで縮めた自己平均記録のタイムである。

 

「しかもブライアンどころかディープインパクトとシンボリルドルフ、ツインターボとナイスネイチャまで軒並みおかしなことになってるぞ。

カノープスの二人に至っては平均タイムが3秒も上がってた上に、安田と宝塚取っちまいやがった。異常にもほどがあるぜ」

 

以前から狙うと明言していたツインターボの安田記念、出走枠が取れて出てきたら取れたナイスネイチャの宝塚記念、どちらも中央におけるGⅠ、最高峰のレースだ。

当初は有力視されつつもいつも通りの結果を誰もが予想したがあら不思議、ツインターボは最初から最後までロケットのような爆速大逃げをかまして先頭をぶっちぎり、ナイスネイチャは第4コーナーを終えた最後の直線で集団内後方からキレキレの足使いで群れたウマ娘達を抜け出してあっさり差し切り一着である。

そのあまりにあっさりともぎ取ったGⅠの頂、その突発的な躍進に中央ウマ娘レースは大いに沸いた。

今もカノープスへの取材依頼や会見開催の希望はひっきりなしであり、南坂トレーナーはその対処に忙殺されている。

 

「…いえ、落ちてる。どこか変わったわね」

 

「いや落ちてるじゃねぇよ、一体あいつらどうしちまったんだ?」

 

群馬じゃ、一番うまい走りしたときなんかブライアンは3秒も一気にタイムが上がってたのよ。とは東条は言えなかった。

シマカゼタービンが主導し、並走し、走り方をつぶさに見たうえで意識させた矯正込みの全力疾走、それだけでタイムは見違えていたのだ。

トレーナーとしての認識がガラガラ崩れそうな光景に自分は自信を喪失しかけたし、南坂の表情は完全に戦意喪失状態だったのは記憶に新しい。

瀬名酒造で一人乗り4輪バギーを用いた併走訓練を紹介されて何とか持ち直していたが。

 

「そうは言っても本当にそれだけなのよ、走り方を今のブライアンに合わせた、それだけらしいわ」

 

「今のナリタブライアンに合わせた?」

 

「正確には今のナリタブライアンの性能をより引き出せるように調整した、って所ね。彼女曰く『バラして洗浄して組み直しただけ』らしいわ」

 

ついでに『やっぱバケモンだ』とあきれ返った感じもしていたが、お前が言うなと言ってやりたかった。

 

「性能って…おハナさん、らしくない例えだぜ?」

 

「そう思うけどこの表現がしっくりくるのよ、別に悪意とかは無いわ」

 

彼女たちの走りを見たシマカゼタービンのちょっとしたアドバイスはまさに劇薬であった。

足の上げ幅、踏み込みの数ミリ単位の矯正、力の入れ方や体の重心移動、体の振れ幅、ありとあらゆる場所を見て覚えて解析する観察眼。

それをさらに部品ごとに分解する、筋肉の作動域から作動効率などありとあらゆるところまで見通した上で組み直し、徹底的にチューンする解析力。

彼女自身は特別なことをしている感覚はない、そして見た目も大して変わったことをしているわけではない。

ただ相手と並走し、事細かな指示を出しながら走らせて情報を収集して走り方を見せながら教える、たったそれだけだった。

たったそれだけで劇的に変わる、まるで熟練の技術者が整備し直した車が見違えた動きをするかのようにだ。

 

「ついて来れるか!」

 

「ついていきます!!」

 

別のコースでは同じように見違えたかのような滑らかな走りを見せるシンボリルドルフとその後ろから追い上げるディープインパクト。

その走る姿の滑らかな足運びは、いつにもまして鮮やか、色気すら感じるほどに艶やか、それでいてどこまでも狂暴なレーシングマシーンと化していた。

さらに言えばルドルフに至っては、生徒会長の業務が多く一線からは退いていたはずなのだがそれを全く感じさせない状態である。

その姿はかつて現役を走っていた時以上に練り上げられた姿、頼れる生徒会長という今をそのままに現役時代の猛獣をそのまま突っ込んだような理想の姿と言えた。

その姿はあまりにも充実感に満ちていて、学園生活も生徒会の仕事も今まで以上に快調になっているのである。

 

「なんか羨ましい話だねぇ、俺んところのあいつらも見てほしい位だ」

 

「あら、良くないの?」

 

沖野が言っているのはおそらくトウカイテイオー、メジロマックイーン、サイレンススズカの3人のことだろう。

この3人は現在の中央トレセン学園における強豪の一角であり、現役競争ウマ娘の中でも花形の存在だがこれまでは怪我と苦難の連続でもあった。

3人とも足に大きな怪我と爆弾を背負いながら走り抜き、今はやっと一仕事終えたといったところである。

 

「いや全然、むしろ絶好調。この前の定期検診も医者は太鼓判押してたから、でも保険には保険かけておきたいんだよ。また何かあってからじゃ遅い」

 

「仲介はできないわよ、連絡先知らないし。やるなら直接瀬名酒造に連絡しなさい」

 

「連絡先交換しなかったの?」

 

「教えてくれなかったのよ、ああ見えて身持ちはすっごい固いの」

 

「おんりゃぁぁぁ!!」

 

「まだまだ!」

 

そして変わったのはディープインパクトも同じ、以前にもまして凶悪な脚力で、凶悪かつ命知らずな攻め込みを見せるようになった。

追い込みをかけながら最短距離を、相手に接触しそうでしない、反則と言われないキワのキワを見極めてギリギリまで攻め込む。

今でいえば、普通ならば抜こうとしないようなシンボリルドルフと内ラチの隙間を、自ら内ラチギリギリまで体を寄せて抜こうとするようなことを。

 

「くぅ…また狭くなってまーす」

 

「おおよそ25センチほどでしょうか…無理してますね、体幹がブレてます。これ以上は無理ですか」

 

それを近くで見物しながらコースが空くのを待っているエルコンドルパサーとグラスワンダー、二人は神妙な面持ちでシンボリルドルフとディープインパクトの併走を見つめていた。

 

「いや待ちなさい、グラスもエルも落ち着いて、普通そこまで詰めると危険よ?」

 

「そうだよグラスちゃん。なんか最近内ラチによく当たってるよ?あぶないっぺ」

 

「セイちゃんもそう思うなぁ…気楽に行こうよ気楽にさぁ、最近ちょっと根詰めすぎじゃない?」

 

その二人に練習相手に呼ばれたキングヘイローとスペシャルウィーク、暇なのでと言いながら心配そうについてきたセイウンスカイ。

 

「でもやったら速くなりマス!彼女はやりました、この目で見たんデス!!」

 

「危険すぎるって言ってるのよ、なんで顔と体を無駄に寄せてってるの?むしろバランス崩しちゃってるじゃないの。

何度擦り傷作ってると思ってるの?あんな状態で本気で走ったら下手すりゃ死ぬわよ」

 

「でもやれるんですよ、速くもなります!実際見ました、やれるんデース!!」

 

「あ、それ知ってる。ビワハヤヒデさんのジョークでしょ、珍しいからってまさか信じちゃってるのかな?」

 

「スカイさん、それくらいできなければおそらく…今の私たちは勝ち目がありません」

 

「グラスちゃん、エルちゃん、一体何と走るつもりなの?なんだか最近怖いよ?」

 

「「怖ッ…え?」」

 

「自覚なかった!?」

 

あぁ、普通はこういう反応するわよね。だからあの界隈から全く広まらないのか、余りにぶっ飛んでるから逆に笑い話で済むのか。そりゃジョークと思うわよね。

親友に一切信じてもらえないグラスワンダーとエルコンドルパサーを見ながら、東条は少し羨ましがった。

こんな風に変に考えずジョークだと流しながら一緒に笑ってくれる仲間がいたなら、きっと自分の中で何かが崩れるような感覚は覚えなくて済んだだろうに。

学園内のように群馬トレセン学園にとんでもない強さのウマ娘がいた、そいつにコテンパンにされた、という解釈で終わっただろうに。

 

「スぺ、それ、マジだぞ。というか一般相手…信じられないのも無理ねぇけど。なんか生徒の間で噂が変質してんな」

 

「しょうがないわよ、一般相手に負けたなんて私だってこの目で見てなければ信じない。あの子にはまだ早いわ、いっそ現物を見せたほうが手っ取り早い」

 

「でもあの映像、今は重要機密扱いでたづなさんが管理してるだろ。黒沼がちょっとぶっ飛びかけたからな」

 

あの映像とは東条と南坂が持ち帰ってきたシマカゼタービンとの芦名峠ランニングと日中の練習風景を映した映像のことだ。

復帰して慣らしを終えたミホノブルボンを更なる高みに昇華するために努力を欠かさない黒沼トレーナーは、それを見て速攻で群馬に飛ぼうとしたほどだ。

坂路の申し子とも呼ばれるミホノブルボンのトレーニングをも軽く超える狂ったトレーニングを軽々とこなすあの姿は、同じ逃げウマ娘を手掛ける彼には強烈過ぎた。

全身から青い炎が噴き出しているかのような錯覚すら覚えるほど、今も彼の中には闘気が渦巻いている。

 

「映像じゃない、現物が近々来るのよ。近所にね」

 

「ん?スカウトは断られたんだろ?」

 

「別件よ、URAファイナルズ」

 

「あ、それで思い出した。おハナさんにしては珍しい登録したんだって?希望者全員芝の長距離に突っ込むなんてどうしたの?」

 

普段なら自分のチーム内でこんな重複出走登録なんてさせない、そういうやり口は目の前の沖野がやる事だ。しかし今回ばかりは違うのだ。

 

「怪物を迎撃するためよ、それには一人や二人じゃ足りない。リギルの最強を以て勝負する必要がある」

 

「まさか実戦の中でさえ選別するってのか、本気かよ…え、まさかそれって」

 

「えぇ、件の彼女、URAファイナルズに一般参加で登録してたのよ。芝の長距離部門でね」

 

こんなの、やるしかないじゃないか。こんなの、待ち受けるしかないじゃないか。

トレーナーとして手塩にかけたウマ娘達で、あの怪物をねじ伏せるチャンスではないか。

 

「本戦に必ず上がれるわ、彼女。みんなやる気なのよ、今のルドルフですら全く追い付けもしなかった怪物を相手にね」

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

芦名市街地の一角、高校からは少し走り家からも距離がある古い雑居ビルが多い場所にその店はある。

8階建て雑居ビル一つを丸々使い、階数で品物の系統を大まかに分けて販売している群馬随一の国際リサイクルショップ『供養衆』。

本業は特殊清掃業でかつては日本国内で細々とやっていた。だが明治維新の後に活動を徐々に拡大、第一次世界大戦の時に何をトチ狂ったのか突然世界を相手に事業を展開した結果、誰もやりたがらない仕事を率先してやるという事もあって一気に国際企業になったという逸話がある。

現在も高品質な特殊清掃事業で世界でも知る人ぞ知る優良企業、回収した遺品の内必要なもの以外はすべて引き取るという事で破格の低価格で仕事をしてくれるという事もあって一般顧客も多い。

それ以上に本業である戦場などの危険地帯における特殊清掃業も、死体処理の際に発見した物品を引き取る契約で格安価格なんだから紛争当時国政府や自治体に人気だ。

しかも死体処理って言ってもただ処理するんじゃなくて『供養』だ、ただの死体漁りとはわけが違う。

所持品を頂いたら遺体をきれいに整えて、衣類もできるだけきれいにしたうえで遺影を撮影し、その後に火葬して遺骨は荼毘に付す。

しかもわかる限りの情報は収集して供養衆内のネットワークに保存、遺族から問い合わせがあれば即対応できるようにしてある。

まぁ行為自体から金品目当てのカラス、戦場を渡るレイヴン(ワタリガラス)なんて言われてたりもするが…そこは有名税だな。

そんな供養衆が仕事で引き取った品物をきれいにして売っているのがこのリサイクルショップ、扱う品物もほぼその本業で引き取ったモノばかりなんだが何より国際色豊か過ぎてカオス。というか、このビルに限らず店や事務所を構えてる場所もほとんどが引き取った曰く付きの物件っていうとんがりっぷりだからな。

普通のマグカップから妙に迫力のある傷がついた軍用ヘルメットやらいかつい甲冑までありとあらゆるものが陳列されてる。

 

「学校終わったら即うちとか相変わらず暇人だねぇ、あんたも」

 

「速攻バイトしてるお前が言うか」

 

「うちはバスが近くまで来てるからね」

 

「俺だってウマ娘だぜ」

 

そんで群馬大学付属高校に通う親友のバイト先、まぁ一人は俺と一緒で実家の手伝いみたいなもんなんだが。

いつものように検品なんかで使われてるバーテーブルで暇そうにしてるのはネコっぽい猫渕風香、うちの生徒会長の妹で生徒会長も認める秀才。

家では普通に猫かわいがりされてて兄妹関係は良好、というか普通に兄貴好き。

ついでに素手なら最強の仙峯寺拳法使い、ウマ娘だって一捻りだ。ただし兄には勝てない、腕っぷしの強い妹とか思われたくない模様。

生徒会長はこいつが強いの知ってるけど、こいつは隠したがってるから知らないふりしてる。

 

「最近兄さんはどんな感じ?またあんたがやらかしたって言ってたよ?」

 

「やらかしたとは何だやらかしたとは、家で何しようが関係ないだろ。そもそもなんもやらかしとらんわい」

 

「またまた、最近また学校に中央トレセンからアプローチがあったとか言ってたよ?地域交流の一環とかでさ」

 

「なんだそりゃ、知らんぞ」

 

というかホントになんもしとらんし、この前だって少し練習見てやったのと最後にタイマンやって全員ぶっちぎっただけやがな。

土2400右回り、家のコース。いやぁみんな強い強い、気迫が半端なかったわ。走り慣れてなかったら負けてたかもな。

とはいえ所詮は我が家の練習場、走り慣れてる俺が絶対有利、ノーカンだよノーカン。

 

「そうなの?兄貴は断ったって言ってたけど?」

 

「じゃぁ俺が知ってるわけねぇわ、生徒会の中で完結してら。」

 

「なぁんだ、無関係か。もったいないなぁ、もしかしたら有名なスピカとかリギルの人たちを生で見れたかも…あ、あんたは見たのか」

 

「まぁ変わった連中ではあったかな。うん、雰囲気が全然ちゃう、ちょっと浮世離れしてる感じ」

 

あの感じはなかなか興業向けかもね、踊ったらそりゃ様になるわな。

 

「それ、ちょうどいいから地方トレセンみたいな合同授業とかしようとしたんじゃねぇの?世間勉強がてらさ」

 

「そういや中央ってそういうのないんだっけ?」

 

「ターボから聞く限りねぇな」

 

群馬じゃ当たり前だけどね、群馬トレセンからこっちに授業受けにくるやつ。そして頭は良いがちょっとズレてたりする、一般常識が。ま、すぐ治るけど。

 

「おまたせー、なんだか楽しそうな会話してるわね?」

 

なるほど納得、と頷く風香の後ろ、裏のバックヤードから大荷物を引っ張り出してきた濡れた黒髪赤眼のヨーロッパ系美少女、烏丸あやめ、通称レッド。

この供養衆芦名市街地2号店の店長で昔なじみ、よく海外遠征とかでは世話になる。供養衆の持つ海外ルート使わせてもらうと安く上がるんだわ。

 

「レッド、なんなんだよ、いいもん手に入ったって」

 

「むふふ、まぁまぁ慌てなさんな。風香ちゃん、レジお願いね」

 

「あいあーい」

 

「さ、まずはあんたがうちに依頼してたやつ」

 

そういって風香と立ち位置を変えたレッドが持ってきた箱の中から無造作にテーブルへ品物を置く。

合板製の木製ハンドガードとストック、それと赤みがかったベークレート製グリップ。

 

「AKMのグリップとハンドガードとストックか…実物?」

 

「実物よ、今一番ホットな所から直輸入」

 

「またそんな物騒なもんを…」

 

「ちゃんと供養してあっから大丈夫よ。それにこれ、あんたには極上品だと思うよ?」

 

俺の愛銃の一つ…になるはずだったAKMのカスタム用に頼んどいたのだ。結局本体より先にパーツが来ちまったかぁ…くそ、この胸が恨めしい。ブラの出費がなければ買えたってのによ。

木製ストックを手に取ってじっくりと見分する。見た目は悪くない、小傷と経年による変化はみられるがそりゃ当たり前だ。

合板製の特徴的な外見に合板止めのダボもしっかりある…ん?このダボ打ち直しか。くるっと回して尻から見ると…よく見りゃ割れた跡が。

撃った拍子に板が剥がれて隙間できたな、初期型によくあった症状だが起きる時は起きるわな。

まぁ補修されてるしニスで塗り直してあるから問題ない、むしろ実用する身としては高評価だな。これ、軍の補修だ。

次にロアハンドガードを手に取ってみる。これも同じか、ダボが一部新しいしニスも塗り直してる、でも割れはねぇ。抜けたピンを新しい部品に変えただけか。

なるほど、俺好みだ。一番ホットなところで出てきたほやほやの放出品、最近まで使われてたってわけだ。

 

「良いな、よくそんなホットな場所からこれほどのもんが出てきたもんだ。今は需要高いだろうに」

 

「ヨーロッパ支部から日本向けに仕分けられてて難しくなかったわよ、見たからわかってるんでしょうけど補修された放出品よ。

今はロシアから状態の良いヤツがごろごろ出てきてるけど、運用できない部品も腐るほどあるらしくてね。

軍じゃ無理でも民間転用ならできるのは手直しして流してんの、時期に日本中の供養衆にロシア製部品や装備が溢れかえるわ」

 

「随分だな、その口ぶりだと日本向けに出してるのか。どこのどいつだ?そんなもん売っぱらってるの」

 

「国そのもの、何が何でも外貨が欲しくていろいろやってるみたいね。ジャンクとか装備類ならむしろ日本向きだって入れ知恵したやつがいたんでしょ。

なにしろ合法で手に入るなら実物部品なんて欲しがる連中はそれこそごまんといるし、多少ジャンクでも問題ない」

 

なるほど、確かに部品や装備なら日本も輸入できるわな。しかもこの手のマニアは絶対欲しがる、俺だってほしくて頼んでたんだし。

むしろこの程度のジャンクならそのまんま売りに出しても問題ないレベルだ、こっちで勝手に直して使うぞあいつら。

外装部品なんてポン付けできなきゃ自分でできるようにするのが当たり前だかんな。

 

「それでついでなんだけどさ。偶然デジフロ装備一式、そろってるんだけど買う?」

 

「形式とサイズは?」

 

ラトニクセットなら一応持っとるぞ、アーマーは胸のせいでクッソきついけど前期型6B45、ベストも前期型6sh117、ヘルメットは47。

エルボーパッドとニーパッドも51、ゴーグルだって50、ブーツも官給品スタンプ付き、ほぼ実物あるぜ。

VKBOがサイズ合わなくなったからBDUはマブタになっちまってるし、グローブはスプラフだけど。

 

「新型6B46フルセット、プレート無し、補修有、サイズは3、タグあり」

 

おっま、見事にすり抜けさせてんじゃねぇ!!なんだよその滅茶苦茶ツボにくるラインナップ!持ってない!!でもお金ない!!

レッドが次に出してきたのは特徴的なデジタルフローラ迷彩のプレートキャリア、しかもバックパックとかポーチの完備のフルセット。

うわ…マジで実物の6B46じゃん、ちゃんとマークとナンバーもあるから軍に納品されたガチもんだよ。

程度はほどほど、若干擦れが見られるし草臥れてる。あ、前面右下に一発喰らった痕もある、裏は…しとるな。

これ供養衆が回収したタイプか?まぁ向こうの軍から流れたのだとしても、供養衆が並べるのはちゃんと供養してあるから問題ない。

やべーな、欲しい…これガチの運用済みならなおさら俺ほしい、新品じゃない味あるもん。

 

「そんな悲しい目しないでよ、まだ店先に出すの先だから知ってんのここにいるのだけよ。金なら今週末に纏まって入るでしょ?十分間に合うって」

 

「は?…あぁ、URAファイナルズの予選の事か、あれなぁ…」

 

「なによ、エントリーしといて何で出るの渋ってんの?別に府中のレース場くらい車で行けるじゃないのさ」

 

「だってなぁ…お前らだって知ってんだろ?」

 

被ってんだよ、秋名スピードスターズと赤城レッドサンズの交流戦にURAファイナルズ一般予選の日程が。

俺の予選会場なんだが、出場レースが芝の長距離って関係で会場が府中になっちまったんだよ。

しかも日程は二日まるまる、前日入りしてメディカルチェック受けなきゃならん。終了時間が基本的に夜7時でほぼ丸一日使う日程、終わった後車をかっ飛ばしても間に合わん。

というか、予選って言っても疲れんだし帰りに車かっ飛ばすとか怖くてできん…でもな、でもなぁ…

 

「あんたってやつは…」

 

「だってさ、やっぱこういうときって応援行くのが筋じゃん。俺、生で見たい」

 

「どっちかっていうと高橋兄弟の走りが主目的でしょうが」

 

確かに池谷先輩たちの負けは決まってるようなもんだろうさ、でもそれとこれとは話が別だろ。

秋名じゃよく世話になってるんだしさ、ガチの勝負するってんならやっぱり応援しに行くのが当たり前だろ。

それにもしかしたらもしかしてもあるかもしれないしさぁ。

 

「あんたさー…それはそれとしてまず予選に出なさいよ、そっちが大切でしょうが?」

 

「いやぁ、予選と交流戦どっちかって言われちゃったら迷うだろ。こんな機会滅多にねぇ」

 

「そこは友情とりなさいよこの峠バカ、こんなん一生に一度よ絶対。来年には絶対無くなってる」

 

「考えてみたら仮に予選抜けてもその先のレースにあいつらがエントリーできるか分かんねぇしさぁ」

 

あいつらは是が非でも出るって言ってくれてるけど、無理な時はどうあっても無理だし。ま、そんときゃやめりゃいいだけなんだけど。

 

「なら当たるまで勝ちゃぁいいのよ、みんな勝てば嫌でも決勝戦でぶち当たんだから」

 

「決勝まで進むとか嫌なんだが?というか、それ出る気ねぇぞ」

 

「いや行けよ、なんでリタイアする気満々なんだあんた」

 

「本戦とか地方と中央のガチの中に放り込まれんじゃん。年末は卒業式と入学で忙しくなるだろうしさ、いやぁきついっしょ」

 

「そういうこと言うかお前」

 

正直、あいつらがそこに出ないってんならそれもパスだわ。そもそもレースなら別にどこでもできんじゃん。

別に近所のコース借りてタイマンやってあいつらボコすなんてしょっちゅうだったし、何なら家で散々千切り倒してんじゃん。

 

「あんたこの前郡サイの峠コースで勝負してなかったっけ?兄貴のワンビア相手に」

 

「負けたじゃん、一周でへばって勝負にならんかったわ」

 

何回かいいとこまで行ったけどね、結局タイムは5秒差で負けるし一周でへばるで完敗よ。やっぱなかなか厳しいわ。

前世じゃ、最後はアマチュア相手なら勝率1割、プロは0.5割まで行ったんだけどなあのコース。

ウマ娘じゃまた勝手が違うわ、面白いったらありゃしねぇぜ。

 

「お、その話聞いてないね。タイムは?」

 

「2分45秒ジャスト、5秒遅れだ」

 

「なんだ、縮んでないじゃん…ハハァン?もしかして、予選で負けそうで怖いのかな?」

 

「かもな」

 

一般参加枠とはいえ、出走登録の制限にこれといった所属の制限はなかったからな。資格とメディカルチェックは厳しいけど当たり前の範囲だし。

 

「ま、運が悪けりゃ別ん所で埋め合わせしとくさ」

 

いっそ郡サイでやろうかな、言えばちゃんと入れてくれるし。一周6キロあるけどまぁあいつらなら余裕でしょ。

今のあいつらとタイムアタック、どっちが早いかな?…負ける気しねぇけどちょっと楽しみ、地方とはいえプロの指導なんだ、化けたからなぁあいつら。

 

「あんたってやつは…どーしてこんなウマ娘が生まれてきたんだか」

 

「俺の継いだ名前ってレース向きのじゃねーんだろ、きっと。知らんけど」

 

ま、そもそも俺はそのまんまだからね。俺、基本はただの輓馬だからさ。そういうところは根っこから違うんだよ。

 

「(やっぱり…あいつらの予想通りめっちゃ渋りだしてるわね、というか普通にバックレそう)」

 

「(まぁ交流戦がかぶったって聞いたときから予想はしてたけどね、こいつだから。エサは効いてるみたいだけどもう一押しって所かな?)」

 

「(そうね)」

 

「ん?なぁにこそこそ喋ってやがる」

 

「いやべつに」

 

うわ、なんかすっげぇイヤーな笑みするじゃねぇかレッド。

 

「そんでそろそろ本題なんだけどさ、実はこんなもん入ったのよね」

 

そういってレッドが出してきたのは一本の酒瓶、この感じはウィスキーか?かなり年季が入った感じだな。

保存状態は良さそうだがラベルがちょっと汚れて…こいつは!?

 

「お前!?この酒!!!」

 

「見つけちゃった」

 

「おっま…アードベックのキルダルトン、しかも1980のヴィンテージとかどこでこんなもんを!!」

 

「国内でちょいと仕事があったとき偶然見つけたのよ、遺族の方には声かけたけどいらないっていわれちゃった」

 

こりゃ盲点だ、近場はもうないと思い込んですっかり失念してた。まさか…まさかこんなところでお目に掛かれるなんてな!!

 

「なに、あんたがそんな顔するとかそんなに珍しいの?」

 

「珍しいなんてもんじゃねぇよ、こりゃもう幻の酒だ。アードベック自体は珍しいわけじゃない、今でもキルダルトンは生産されてるが、それは新シリーズのキルダルトンだ。

こいつはいわば旧作、アードベックの長い歴史の中で不運にも生産中止になって少数しか出回らなかったっていう一品だ…」

 

アードベックは結構な逸話がある会社でな、不況だの経営不振だの数量調整だので何度も何度も操業停止を繰り返しては復活してくる不死鳥みたいな会社なんだ。

当然、そのあおりを食らった酒がいくつもあって、このキルダルトンもその一品。

アードベックの中でも試験的にライト・ピートタイプで作られたヤツで、他のとはまた違う味わいをしてるのがまた珍しい。

しかもメーカーが2004年に限定販売した1980の数はたったの1300本だ。国内だけとか国外だけとかじゃない、全世界で1300だけしか出回ってない。

2022年の今となっちゃ、ほとんどが好事家の保管庫か酒好きの胃袋の中に納まってて滅多に出てくるもんじゃねぇ。

 

「そらまたなんで」

 

「アードベックは1981年に一回操業停止してんのよ、こいつはその前年にギリギリ仕込んだいわば遺作ね」

 

その通りだレッド!こいつは操業停止までの短い間に生産された最終ロットでもあるわけだ!まさに歴史的一本なのだよ!!

 

「親父だって80は飲んだことがねぇって言ってた、俺も当然飲んだことがねぇ…」

 

「あんたの親父さんがそういうんじゃよっぽどか」

 

運が悪かったのだ、発売当日の芦名は大雨で結構やばかったそうで、近所の方を優先したそうだからな。

 

「そうだよ、なんてヤベーもんを出してきやがる…俺にどうしろってんだ?」

 

こんなもん、今の俺には全く手が出ない。前世でもこいつは全く見つからなくて諦めてた酒の一つだ。

1981は偶然前世じゃミニチュアセットが定価で手に入ってそのまま飲んだが…あれもうまかった。アードベックがこうも変わるもんかってな。

その一つ前の小瓶じゃない製品版フルボトル、いつか飲みたいとは思っていたが運良く出会えてもとんでもない値がついてて全く手が出せなかったんだ。

俺の酒の匠としてのプライドが、こいつを絶対に逃すなって叫んでやがる。

こいつは絶対に手に入れておきたい、こいつを開けて、飲んで、味を覚えて、それを俺たちの酒に反映しても取り込んでやりたいって疼いてやがるッ…

 

「べっつにー?あんたなら買うと思って見せただけよ、うちの常連だし少しくらい融通利かせてもいいでしょ」

 

「いくらだ?」

 

「―――」

 

たっか!!?

 

「…今は手が出せん、持ち合わせがない」

 

くそ…どっかで稼ぐか?いや、この際車を担保に…いやでもそれは走り屋としてやっては…くっそー!

 

「そう慌てなさんな、こいつはまだ店には並べないわ。今ある酒が売れなきゃ棚が空かないし…ま、普通に並べんのは来年以降かしらね」

 

「そうか…当然、その前に俺が買うって言えば売ってくれるな?」

 

「モチロン、売り物だしね。あんたしか知らない情報よ、これ」

 

なら、まだ時間はあるか。しかし金を作るとなると、やっぱりURAファイナルズが手っ取り早い。

前なら手ごろな大会に出て数で稼ぐって手もあったが今年はちょっと忙しいし…うーむ…

 

「重賞、GⅢあたりの優勝賞金なら十分足りるでしょ」

 

「あ、そうか。それ俺にも入るんだっけか」

 

「うわ、ガチで興味なかったんかこいつ…」

 

期待するだけ無駄なもん覚えてもしょうがねーもん、くれるかもだがそれあとあとになってグダグダしそうな感じするしさ。

調子のいい計画して、後になってグッダグダやってこっちに迷惑かけてくる連中なんざ前世と前前世でごまんと見てきたわ。

そういう奴らにね、言葉は通じないからすっぱり切ったほうが後腐れねぇんだよ。損切でスパッとやれば被害はそこまで広がらん。

イヤダメでしょ、って目に見えてんのに変に相手を立てたり付託云々して自滅する日本人の多い事多い事。

 

「いや、それどうせ面倒事になりそうだしな、無いもんだと思ってた」

 

「はい出ました色気もなんもねぇリアルなセリフ、あんたホントに女子高生かっての」

 

「伊達に実家で社会を覗いてねぇかんな、現実ってのは厳しいもんだ」

 

「はいはい、まぁそこらへん大丈夫だと思うわよ?賞金の事ねじ込んだのって確か今の理事長だし、樫本副理事も賛成してたはず」

 

えー?本当でござるかぁ?なぁんか前前世で嫌なくらい感じたのと似た匂いするんだけどな。

理事長…あ、あの合法ロリか。ま、出るなら買えるわな。最悪入着でも相応に出るし…よーし、ちょっとお父さん頑張っちゃうぞ。

となるとやっぱり予選は出なきゃだめだよなぁ…池谷先輩、申し訳ない。不肖このシマカゼ、今回は自分を優先させていただきます!

 

「(よしよし食いついた、ノルンの読みは大当たりね)」

 

「(これで食いつかなきゃツバキとダイオーの奴が泣くわよ、っていうか何でこんな大物?もっと手ごろなのあんじゃないの?)」

 

「(中途半端なのだと普通に買われそうだから一番いいヤツ探したらこれだったわ)」

 

「(この酒馬鹿がこんな目を引ん剝くって相当レアな酒よこれ、オクでやべぇ値段付くわよ)」

 

「(だからこそこいつを釣るのにぴったりじゃない♪エビで鯛を釣るってやつよ)」

 

「(どこから出てきたって話よ、ヤベー品じゃないでしょうね?)」

 

「(真っ当に仕事して出てきたヤツよ、偶然なのはほんと。物件はアブちゃんガリちゃんに教えてもらったけどね。

こいつがレース出るって教えたら目の色変えて探ってくれたわ。あ、国内ってのも本当。イタリアの金持ちの別荘よ)」

 

「(そりゃそーなるわ、こりゃ情報回るわね)」

 

ならまずはレース上の状況調べて、出走者は…あ、これは当日じゃないからわからんからパスか。

確か知り合いで出るのは擬音姉妹が短とマイルでダート、テューダーとベレーが中距離芝だから被りはなし、と。

後は他の連中がどういったので出てくるかだな…靴替えとくか?まだ使えそうだけど使い込んでるのも事実だし…でもなぁ。

ここで金使うの?キルダルトン用に少しでも溜めときたいんだけど…後蹄鉄もか?まだ予備残ってたかな。

そんな風に考えていると、不意にポケットの中でスマホが唸りを上げた。

 

「おっと、ちょっと失敬」

 

「どうぞどうぞ、気にする場所じゃねーわよ」

 

ほなぽちっとな、スマホを元右耳にくっつけてもしもーし。

 

「はい、もしもし」

 

「だーらなんでそれで聞こえるんじゃコイツ」

 

≪あっ!タービンちゃん!今大丈夫!!?≫

 

ん?この声は樹か、なんだなんだそんな切羽詰まった声上げて。

 

「どうどう落ち着け、なんかあったんか?」

 

≪大変なんだ!池谷先輩が、池谷先輩が秋名で事故った!!≫

 

「…なんて?」

 

今なんつった?池谷先輩が事故った?え、え?ちょっと待て今?嘘だろおまえ!?

 

 

 

 






あとがき
悲報『シマカゼ、イニDの原作に初っ端から参加できず』なお話でした。まぁ傍から見てるだけでURAファイナルズうんぬんホッポリ出しかねないんでね、しょうがないね。
相変わらずいろいろ温度差が酷いけど許してください、一応ちゃんとURAファイナルズには行ってもらうので。
あと最後のほうにちょっと気合い入れてシマカゼタービンっぽいヤツAIのべりすとで出力してみたのでよかったら見てみてください。
それっぽくて甲乙つけがたいのができたんで複数ご用意しました。まぁちょいちょい安定しませんがね、髪とか。
一応複数コンセプト、アルバイトとか学校とかそんな感じです、お気に召すといいけど。


ちなみに装備云々は運用自粛中の作者お気に入りコレクションの一部、たぶんロシアの人には見せちゃいけない。
一昔前はア〇ゾン一つで最新ロシア装備一式がロシアから直輸入できた時代でした、マジで出品されてんの見つけたときは最初目を疑いましたね。
お高い値段でしたが意を決してタクティカルベストを購入、当時最新モデルが軍のスタンプ付きで来た時にはビビって次の日にはお財布が軽くなってました。
放出品とか退役した人が持ち出したのを出品したんだと思ってたけど、今更ながらあれってガチの横流しだったのかねぇ…ネット通販、と言うかア〇ゾン、意外と怖い。
確かに買ったレーションが前年製造で変だと思ったこともあったけどすっかり見ないふりしてたね。そばのカーシャ、うまかった。
ごく最近まで防弾製品以外ならきたけど、最近はだいぶ品数少なくなってたな。






おまけ・ちょっと気合い入れて作ってみたシマカゼタービン


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