気儘に生きた転生馬物語   作:イナダ大根

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いつも多くのご感想と誤字報告ありがとうございます。
今回も温度差マシマシでお送りします。






第二十七話

 

 

 

七月、今年の群馬県は例年以上に暑くなりそうだと天気予報が言っていたのを聞き流しつつ、その熱気に大粒の汗が垂れる額を拭いながら藤原拓海はガソリンスタンド内に水道に繋いだホースで水撒きしながらいつものようにボケッと業務にいそしんでいた。

群馬県渋沢市にあるこのガソリンスタンドも例に漏れず茹だるような熱気に晒され、年季の入った店舗は今日も熱く熱されたとえ屋根の下でも油断はできない。

涼しいのは事務所位なもので良くある話なら店長だけがレジで涼んでいそうなものだが、今日はとある理由で先輩の欠員を埋めるために店長も店頭に出て接客に回っている。

 

「うへぇ!今日も熱いな」

 

「今年もこりゃきつくなるぞ、でもいい天気なのは良いことだぜ」

 

「ただし休日に限る、海ならなお良し!」

 

「それな!」

 

通りすがりの通行人が汗だくになりながら駄弁っている声を聴きながら拓海は別の事を考えながら上の空で水撒きを続けていた。

同級生の女子高校生、茂木夏樹と海に行く約束したことをぼぅっと考えていた拓海はふと海に行くこと自体が久しぶりだという事を思い出した。

何しろ四方が陸の群馬県住まいで生活に困らないが裕福でもない個人経営の豆腐屋育ちである。

海自体にさほど興味がなかったこともあり、ここ最近海に行ったこととなると数年前というほどで大体は近場の水辺であった。

 

(海、そういえば高一の時以来か…ここ最近久しぶりばっかだなー俺)

 

拓海の脳裏には高校一年生の夏、友人のシマカゼタービンに誘われて二泊三日の高知旅行をしたことが浮かんでいた。

シマカゼタービンが商店街の福引でファミリーパック旅行券の特賞を引き、最初は家族でと考えたが仕事で都合が付かず、この際なので友人と小旅行という事を画策したのである。

メンバーはホクリクダイオー、ノルンファング、ツバキプリンセス、シマカゼタービンの女性四人と拓海とイツキ、この店の店長である祐一の男性三人。

池谷や健二と言った知り合いにも声を掛けていたが仕事の都合がつかず、祐一は暇が作れた大人として保護者の役を買って出てくれた。

初日は海で遊び、二日目と三日目で有名所を巡り、高校生としてのバイタリティで珍しく拓海も遊びまわった記憶がある。

 

(そういやあの時、イツキスゲー興奮してたよな。考えてみりゃ俺たち、ナンパ避けでもあったのか)

 

考えてみれば同年代とはいえシマカゼタービンたちはみんなウマ娘だ、肉体の成長が著しい時期という事もあって非常に眼福な光景が広がっていた。

さほど攻めてはいないが背伸びしたちょっと大人なビキニやセパレートであったはずだ。そういえばタービンはウェットスーツを最初に着てきて強制的に大人なビキニにされていたか。

とにかく高校一年生の集団とは思えない美少女軍団となっていて、普通のド田舎高校生である自分たちがなんか場違いな気もしていた。

それを理解していたらしい四人は、逆にイツキの興奮っぷりに苦笑いしながらもクソ面白がっていた。それを祐一がゲラゲラ笑うのでつられて自分も笑いながら海を堪能した覚えがある。

良く考えると高校一年生とはいえ見た目は抜群な美少女軍団である、拓海にとっては思い出したくもないとある先輩のような悪い男がちょっかいを掛けてくる可能性は大いにあった。

 

(いや…どっちかっていうと俺が守ってたのは男の尊厳のほうだったかもしれない)

 

拓海が知っているこの四人はそんな男どもでは逆立ちしてもまず勝てない武術の達人なのでいざという心配はない、変な事したらそれこそ男としていろいろ失うコテンパンな結末が待っていたはずだ。

何しろ彼女たちはいろいろ敵には容赦がない、ひどいナンパには普通に拳の反撃で対応するだろう。それも法的にも守られる範囲を見極めた上で。

そんなのはめんどくさいので一人でも男が同行していれば虫よけには十分、という判断もあったのだろう。まぁ理由はどうあれ楽しかった思い出である。

大体一緒になって海ではしゃいでいたはずだ、ビーチボールをした時などホクリクダイオーのサーブに吹っ飛んだイツキがツバキプリンセスに抱き留められて鼻の下を伸ばしていた。

そんな自分たちにちょっかいを出すような隙はおそらくなかったはずだ、ナンパするのに男が同行している相手を誘うなんてまずありえない。

 

(その後チョップを食らってめっちゃ痛がるイツキを見てみんなでげらげら馬鹿みたいに笑いながら遊んだっけか。

そういえばあのピンクの髪の子、いつの間にか混ざってたんだよな。名前は…忘れたな。タービンに聞きゃわかるか)

 

考えてみればみんな美少女ばかりだし、群馬トレセン学園に入学した三人はともかくシマカゼタービンはそういうところで少し経験があったのかもなー、などとつらつらと拓海は考えた。

そうは言っても楽しい思い出であることには変わりない、そういう風に誘われるという事は友人として認められているという事でもあるわけで悪い気は全くしなかった。

 

(そういや天気予報じゃ晴れだったけど、雨になったらどうするんだろ?)

 

せっかく遠出するのだし、海がダメだった時のためのプランでも用意しておいた方がいいだろうか。あとで休憩時間にでもスマホで調べてみるか。

 

「なぁ拓海、明日の交流戦、忘れんなよ」

 

「分かってるよ。でもさ、そもそも先輩事故ったってのにやんのかよ?」

 

「そりゃやるさ!ここで引いたら地元の走り屋じゃねーって!」

 

脳内で熱いレースを想像しているのが目に浮かぶ鼻息の荒いイツキに対して、拓海はそれよりも事故を起こした池谷のことが心配だった。

イツキが熱を上げる秋名スピードスターズ対赤城レッドサンズの交流戦はすでに明日に迫っている。

その噂はすでに群馬の走り屋のネットワーク内で広く広まっているらしく、ここ最近はそれらしいスポーツカーが多くこの店に出入りしているのを拓海は見ていた。

拓海自身はあんな山道を全速力で突っ走ることにどんな楽しさを見出しているのか理解できない、だが友人が好きならただ否定しようとも思わない。

 

「仮に池谷先輩がダメでも健二先輩だっているんだぜ、逃げる理由がねぇよ!」

 

(そういう話なんかねー?)

 

そもそも最近事故が起きた道路でレースをするというのもどうなのだろうか、警察の目につきやすいのだし少し時間を置いたほうがいい気がするのは素人考えなのだろうか?

 

(峠なんか走って面白いもんかね、俺そういうの飽きてるんだけどな)

 

「お前、その顔あんまり分かってねぇな?」

 

「走り屋じゃねーもん、解んねーよ」

 

「お前なぁ…」

 

「あ、ちょい待ちイツキ。あの車」

 

なんかまた語り出しそうだと思った拓海の目に、ガソリンスタンドに入ろうとしているダークブルーのややガタイの良いスポーツカーが入った。

いくら車に疎い拓海でも何度も見た見慣れた車ならすぐわかる。ましてやそれが自分の家の常連さんの車ならばなおさらだ。

 

「あ!青いWRX!!ってことは!!」

 

走り屋に詳しいイツキもそれにピンと来たのかすぐにその車に視線が向く。ダークブルーのWRX―STIは慣れた動作で二人の前に停めると運転手席の窓を開けた。

 

「おう、お疲れ。ハイオク満タン、いつもの頼むわ。それと洗車機使わせてくれ」

 

「タービンちゃん!?」

 

「タービン、お前どうしてこっちに?」

 

WRX―STIの運転席から顔を出した青髪の見慣れたウマ娘、シマカゼタービンは隣町に住む二人の友人だ。

芦名峠の走り屋であり、芦名峠のナンバー2として地元では有名な彼女だが小野町ではちょくちょく顔を見る馴染みの人物である。

 

「池谷先輩の見舞いと豆腐を買いにな」

 

「先輩のところ行ってたのか、どうだった?怪我は軽いって言ってたけど」

 

「いや、家にはいなかったよ」

 

拓海が知る限り、池谷の怪我は軽いほうではあるが立派なけが人である。頭に包帯を巻き、首にギプスを付けたあの姿はやはり見ていて辛いものがあった。

出来れば安静にして早く良くなってほしいと思うのだが、今の池谷にとってそんなことをしている暇がないのかちょくちょく街に出ている姿を見かける。

原付バイクに跨ってどこかに向かっていく彼の姿を見たときには心底切羽詰まっているように見えたものだ。

 

「まったくどこほっつき歩いてんだか…いくら軽いっつったって交通事故なんだから楽なわけじゃねぇと思うんだがな。

頭に包帯巻いてギプスもしてるって話じゃねぇか。なのに原付でどっか行ってるってよ、ご両親心配してたぜ?」

 

「しょうがないよ、いま秋名スピードスターズは大変な時期だから…」

 

「しょうがねーっつっても限度があらぁな。俺も走り屋だからその気持ちはわかるんだが、だからって大怪我したまま無理していいって話でもねぇだろ」

 

だよな、いくら走り屋でもそうなるよな。もっと言ってやってくれ、拓海はタービンからゴミ箱代わりの灰皿を受け取りつつ内心うんうんと頷いてタービンを応援する。

イツキも自分が憧れる峠の走り屋でその実力トップ層からの意見に若干決まりが悪そうに笑いながら給油口に給油ノズルを刺した。

 

「な、ならタービンちゃん、相談なんだけどさ、もしどうしようもなかったら池谷先輩の代わりに走ってくれないかな?

本当はこういうのダメなんだろうけどタービンちゃんは秋名でも顔が利くし、何とかなるならぁ…なんて言われたらぁ…ヒィっ!?」

 

「それを今の俺の前で言うのか…この大イベントに参加できない俺の前でそんな魅力的な話をするのか…今も涙を呑んで東京行きのガソリン入れに来てる俺の前でそんな羨ま憎らしいこと言うのかお前ぇ!」

 

「タービン、女がしちゃいけない顔してんぞ。というか秋名の話に芦名が首突っ込んでええんか?」

 

「これが鬼にならんでいられるか!!…はぁ…普通は良くない、でも今回はハプニングがあったし緊急手段位ありだ。

そもそも俺らお隣さんだし、イツキの言う通り顔も結構出してるしな。こっちから余計な手出しはしねぇけど、そっちから声がかかったなら話は別だぜ」

 

そもそも秋名スピードスターズは芦名じゃ普通に仲間扱いだしな、とタービンは頷く。

 

「…あれ、タービンちゃん交流戦見に来れないの?意外だな、てっきり絶対くるもんだと思ってたよ」

 

「そういやそうだな、お前がこういうのに来ないなんて珍しい」

 

イツキと同じくらいには走り屋に染まっているシマカゼタービンが秋名対赤城の交流戦に見物に来ないとは拓海から見ても意外な話であった。

普通ならばこの手のイベントには予定を空けて必ず見に行く、それにイツキが便乗することも時々で誘われることも多い。

だが今回に限って見物に行かないという、タービンにしては珍しい判断に首をかしげていると彼女は心底残念そうにして肩を竦めた。

 

「俺だって行きたいさ、こんなの絶対見逃せないって分かってんだよ。でも予定が被っちまってさ。これからテューダーとベレー連れて東京だ」

 

「お前が峠じゃなくてそっち選ぶって…酒か?」

 

「それならこんな顔しねーよ。これだよ、これ」

 

タービンはダッシュボードを開けると中から封筒を取り出し、中にしまわれていた数枚の紙を取り出して手渡す。

 

「URAファイナルズ、一般予選のご案内…え!タービンちゃんこれでんの!!」

 

「ますます意外だな、お前こういうレースに全然興味ないだろ」

 

「ねぇよ、ただまぁ…あいつらが俺と勝負したいっていうからさ…学園行かないでガチ勝負するならそこの重賞がちょうどいいかと」

 

「へー…あ、予選通過でトライアルレースとして重賞走るわけね。なるほどそれで勝負しようってことか。でもこれ中央重賞ってなってるよ?

ダイオーちゃんたちは地方だから、これに示し合わせて出るとなるとちょっときついんじゃ?」

 

「そこはほれ、まぁあいつらならなんとかやるっしょ。あいつらつえーし」

 

「随分アバウトだな…ってかこれは出走表?なんでこんなのまで持ってんだよ」

 

資料を一枚捲るとタービンが当日走るレースの出走表が印刷されていた、テレビでよく見るウマ娘レースの物だ。

 

「ちょいちょい聞かれるから説明面倒なんでそれ見せることにしてる。あ、別に問題ねぇよ?もうネットのサイトに載ってるし」

 

「ふーん…」

 

「そっかタービンちゃん、これから東京か。ってことは向こうでホテル?車中泊はあの二人にはきついだろうし」

 

「まぁな、安いビジネスホテルだ。近場は無理だったからちょいと距離あるところ、ターボに聞いたらおススメ教えてくれたよ。

俺だけなら車中泊でいいがあいつら二人いるんじゃそうもいかねぇから出費が痛いぜ」

 

遠出する走り屋の車中泊は嗜みであると断言するシマカゼタービンもさすがに同乗者にそれをさせるつもりはないようだ、当たり前である。

 

「あれ、これなんかおかしくね?」

 

なんとなくレースの出走表を見て拓海はふと違和感を覚えた。出走は10人立ての芝コース左回り、長距離3000メートル。

レースは極めて普通のようだが問題は出走するメンバーだ、シマカゼタービンが出走するレースをはじめとしたほかレースも見ると拓海は不思議に思うしかなかった。

 

『1枠1番 マイヤーメイン・渋谷トレーニングクラブ長距離部門

2枠2番 キンダーシャッツ・日本トレセン学園

3枠3番 スイートキャビン・日本トレセン学園

4枠4番 プリシンバル・日本トレセン学園

4枠5番 ブライダルエコー・木更津マラソンクラブ長距離部門

5枠6番 モブクロコ・日本トレセン学園

5枠7番 ヒラノゴウリキー・八千代曙学園陸上部

6枠8番 マイトリート・日本トレセン学園

6枠9番 シマカゼタービン・芦名高等学校

7枠10番ミソラファニー・埼玉栄高等学校陸上部』

 

 

(いややっぱそうだよな、タービンのレースだけじゃねぇわ。他のもそんな感じだわ…

マイヤーメイン・渋谷トレーニングクラブ、ブライダルエコー・木更津マラソンクラブ、ヒラノゴウリキー・八千代曙学園陸上部。

確かここ、オリンピック選手とか世界ランク保持者とか居る名門とか実力者ばっかりで超強いとかそんなんばっかだよな。

埼玉栄も確か陸上でスゲー強いはず。サッカー部で聞いたことあったような…うろ覚えだな。

ほかの学校も強そうな陸上部とかマラソンランナーとかいっぱいいる。まぁここら辺までは俺も理解できるんだが…なんでだ?

キンダーシャッツ・日本トレセン学園、スイートキャビン・日本トレセン学園、プリシンバル・日本トレセン学園、モブクロコ・日本トレセン学園、マイトリート・日本トレセン学園…うーん?

なんで日本トレセン学園の生徒がこれに?ほかのレースにも結構な割合で登録されてんぞ)

 

「どうしたんだよ拓海」

 

「いやさ、これ見ろよ」

 

拓海はイツキにもその出走表を見せる。最初は怪訝そうにしていたイツキであったが、最後のほうまで目を通すとますます不可思議そうに眉をひそめていた。

 

「タービンちゃん、これ一般の部だよね?なんか…所属がヤベーの多くね?」

 

「まぁ長距離だから出てくる連中はほとんど有名クラブとか有名校の部活で鍛えてる連中ばかりになるだろうとは思ってたがな、たぶん一般も元トレセン生徒が大半だろうよ。

俺みたいにド田舎一般校帰宅部のガチ高校生なんてレアだぜレア、だから何だって話だが」

 

「いやそれは俺も分かるんだけどさ…なんで一般なのに半分くらい現役中央トレセンの生徒で埋まってんの?」

 

「それは知らん」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

ディープインパクトは上機嫌であった。今日の調整メニューはとてもいい結果に終わり、東条トレーナーも満足した結果に。

 

(ついに来ました来ましたよぉ!明日はタービンのURAファイナルズ予選本番、予選通過は間違いなし、でも本気レースが見れるチャンス!!)

 

ディープインパクトにとってシマカゼタービンが一般部の予選程度で負けるとは露ほども考えていなかった。

何しろ彼女はこの自分が全力を出しても全く歯が立たない天然生まれの強豪競争ウマ娘、ダービーウマ娘をコテンパンにしてのける怪物であり自分のライバルだ。

そんな相手がいくら有名クラブや有名校の部活でいい結果を残しているくらいの相手に負けるなんてそれこそ普通はあり得ないのである。

 

(準備は万端、高性能ビデオカメラに高解像度データ用メモリー、そして何より解析要員にエアシャカール先輩!!

いやほんと最初は怖かったけど話してみると話が分かる人だし良い人だったよ、ついでにまだちょっと怖いけどアグネスタキオン先輩にも話を通したもんね。

あの人は割とまだマッドなところあるけども実力は確かなわけで…まぁカフェさんも一緒に見てくれるっていうし大丈夫。

多分これで解析と調査の準備は万全だね!!)

 

むふふ…思わず笑いが漏れる。これでシマカゼタービンの強さがすべて計れるとは思っていないが、それでも大収穫間違いなし。

なにより自分のシマカゼタービンコレクションが増えるというもの、彼女に出会ってから少しずつ集めて取り寄せたシマカゼタービンの活躍の断片はスクラップブックにしまい込んである。

トレセン学園に通っていないからこそ広い行動範囲を持ち、そこかしこに痕跡を残す彼女という存在にディープインパクトはすっかり惹き込まれていた。

何よりシマカゼタービンは行う峠レースを記録した対スポーツカー峠レース映像はとてつもないの一言、マニアが撮影した映像は一区画だけの極めて短い物ばかりで資料にはほど遠い物ばかりだが中には掘り出し物も多数ある。

シマカゼタービンがコーナーで勝負を仕掛けた瞬間の追い抜き、強烈な攻め込みからのギリギリを見極めたテクニック、理解できるものこそ魅了される映像ばかりだ。

シマカゼタービンができるというなら、自分ができないなんて言う理由にはならない、鍛えれば車とだって勝負できるという夢を見られるのだ。

 

(あぁ、明日は休みにしてもらったし、タービンと一緒にレース場で遊べるし、なんて素晴らしい一日。早く明日が来ないかな♪)

 

気分はルンルン気分、思わずスキップしたくなっちゃうくらいに上機嫌。

 

「あら、ディープ」

 

「ディープじゃねぇか、随分上機嫌じゃねぇか」

 

「あ、スカーレット先輩にウオッカ先輩、こんにちは」

 

そんなディープインパクトと偶然出会ったのは、チームスピカに所属する先輩であり今のトレセン学園を牽引する強豪ウマ娘の二人、ダイワスカーレットとウオッカであった。

ウオッカは先輩であり先代のダービーウマ娘でもある為とてもよくしてくれており、ディープインパクトも頼っている。

 

「よっ、で?どうしたんだよそんな上機嫌で」

 

「何かいいことでもあったの?」

 

「いえ、明日、遠くに住んでる友人がこちらに出てくるのでそれが楽しみで」

 

「あらそうなの?もしかして編入生かしら?」

 

「いや、そういうのじゃないんです」

 

いや本当に、とても残念なことなのですが。その件はきっぱりお断りされちゃいましたよ先輩方。

 

「バッカだなぁ、ただ遠くの友達が東京に遊びにくるってだけだろ?どんな奴なんだ?」

 

「な!?バカとはなによバカとは!」

 

「まぁまぁ、彼女は普通の学校に通ってる私のライバルです!あ、ウオッカ先輩とは相性いいかも」

 

たしかウオッカはバイク好きで自分のバイクも持っていたはずだ。自分で乗っている所は見たことがないが。

 

「なんで?」

 

「あいつ、峠の走り屋でスポーツカー乗ってるんですよ。明日もそれで来るって言ってたんで」

 

「マジか!!どんなの乗ってんだ!!」

 

やっぱり食いついてきた、ウオッカはバイク好きだがそれと似たようにスポーツカーも結構好きなのだ。

こういうところではシマカゼタービンとも仲良くやれそうである。

 

「確かスバルのWRX-STIってやつだったかと、結構大きい四駆ですね」

 

「WRX!?すっげー!!」

 

「何が凄いのよ、ただのスポーツカーでしょ?」

 

「スカーレットは分かってねぇなぁ、WRXって言えばスバルがWRCのために開発したインプレッサWRXの系譜、バイク好きにだって分かるあのカッコよさはたまんねぇって!

本格的なレース用に開発されたスポーツカーで今もバリバリのラリーカーとして使われててさ、ランエボに並ぶ名車だぜ」

 

「はいはい、ところであんたのライバルってどういう意味?」

 

「そのまんまの意味です、実は…私よりずっと強くて速いウマ娘なんです!」

 

「またまた、ディープまでおんなじこと言っちゃって」

 

「最近リギルではやってんのか?その冗談」

 

「もー!二人まで信じてくれない」

 

「だってねぇ?ダービーウマ娘さん」

 

「なぁ?いくら何でも今年のダービーウマ娘千切るとか、ルドルフ会長コテンパンとか盛りすぎだって」

 

そもそもスポーツカー相手に坂道なら渡り合えるとかいろいろ盛りに盛りすぎて清々しいから笑えるリギルで流行りの冗談、最近はそうシマカゼタービンの事は笑い飛ばされる。

いくらディープインパクトが力説しても信じてくれるのはほんのわずか、話が通ったトレーナー陣営か一部の超変わり種な癖ウマ娘ばかりである。

つい最近まで一般校相手に揉めていたのが嘘のように忘れられている辺り、実のところたいして生徒の間では気にされていなかったのだろう。

仮にスカウトを受けたとしても、編入したところで馴染めず実力も発揮できぬまま短期間で消えていくのがオチだとでも思われていたのかもしれない。

 

「ホントなんですってば、彼女は私よりもずっと速いし強いんです。この前も2400負けましたもん」

 

思い出すと清々しい位ボロボロだったなぁ…ディープインパクトは瀬名酒造で散々シマカゼタービン相手に勝負を挑んでボロクソにされたことを思い出してしみじみ笑った。

ツインターボ、ナイスネイチャ、ナリタブライアン、シンボリルドルフとかわるがわる勝負を挑み、シマカゼタービンは連戦に次ぐ連戦、なのに彼女は本気で苦しいと思うことなくぶっちぎる。

口では辛いと言い、汗をかき、肩で息をして切らしていたとしても、それは四人が動けないくらいにバテバテになってやっとというのだから。

まず走る速度帯が違いすぎてお話にならない、そしてそれを支える無尽蔵の体力があまりにも桁違いすぎる。

 

「ほっほぅ?じゃぁ俺とダービーでやり合ったらどうだろうな?そこまで言うなら勝負してみたいぜ」

 

「あら?なら私もやってみたいわね」

 

「…その方が手っ取り早いかも」

 

いっそ予選会場に二人も連れてって併走っていう名目でやってもらおうか、そのほうが話が早い。

シマカゼタービンなら本番前に一本二本くらい本気で走っても誤差でしかないだろう。

 

(頼んでみようかな、慣らしにはちょうどいいだろうし…あ、なら私がやればいいわけであって二人が行く必要がないか…うーん…)

 

いや、いっそあいつにはしこたま走ってもらった方が本番は面白いことになるのでは?などと邪な考えが浮かぶ。

いやしかし一般予選とはいえ実戦だ、真剣勝負にそんなことがあってはならない。これではタービンにハンデを与えているようなものだ。

シマカゼタービンは確かに強い峠の走り屋だがURAファイナルズではあくまで普通の一般ウマ娘、むしろ不利な立場にあるのだ。

 

「―――っと、あなた本気なの!!」

 

「なによ、本気じゃなかったら何だっていうの?」

 

「ありゃ?」

 

「この声、サンバイザー先輩?」

 

「そうみたいね…あの裏かしら?」

 

ふと耳に入った誰かを糾弾するような声色、それに反論するどこか陰を帯びた声、この学園ではよくある事である。

普通は見て見ぬふりするものだ、この学園は良くも悪くも普通の学園ではない。ウマ娘レースのための競争ウマ娘育成校なのだ。

しかし糾弾するような声の持ち主が知り合いだったなら話は別だ、もし何かあったりしたら寝覚めが悪い。

ディープインパクト達は互いを見合ってからは少し考え、周囲を確認し、目立たないようにそそくさと陰によって用具倉庫裏を覗き込んだ。

 

「(サンバイザー先輩に…スイートキャビン先輩?どうしたんだろ…)」

 

「(あー…これはあれだな、うん)」

 

「(あれね)」

 

尾花栗毛でお気に入りのサンバイザーを常に手放さないウマ娘、サンバイザー。得意距離はマイルで実力は中の上といったところだろうか。

彼女とはサイレンススズカとのつながりで何度か併走したり色々と世話を焼いてもらった覚えがある。

そんな彼女と一緒にいるのはスイートキャビン、サンバイザーの同期でまだトレーナーも居なければチームにも入っていないデビュー前のウマ娘だ。

特に会話をしたりした覚えはないが、サンバイザーからは入学当時から一緒に頑張ってきた親友だ。

普段はかなり仲のいい友人同士だったはずだが、今日は様子がおかしい。なぜかスイートキャビンはどこか澱んだ雰囲気を醸し出しており、それをサンバイザーが糾弾しているようだ。

 

「あんた、この登録はどういう事!URAファイナルズに一般の部で出走って、あんた何してるか分かってるの!」

 

「何ってただの出走登録でしょ、別にトレセン生徒が一般の部に登録しちゃいけないなんてルールは無いわ」

 

「そんなの詭弁よ、トレセン生徒にはちゃんと専用の枠が用意されてる!!それに出るためのトライアルレースだってあるじゃないの!!」

 

「でもそれにはトレーナーが居て、デビューしてる奴らがごろごろいる。そんなのに太刀打ちできるわけないじゃない。

あたしはトレーナーも居なけりゃチーム入りもできてない、合同教練ばかりの当然デビューもできてない未出走ウマ娘、何もかも違いすぎるわよ」

 

「だからって、こんなのいくらなんでもおかしいって思わないの?こんなの弱い者いじめよ、格下狩りでしかない!!」

 

「それのどこが悪いのよ、レースは一番速いウマ娘が勝者、遅くて弱いのが悪いのよ!!」

 

「そうじゃない、間違ってるわ。あんたが戦うべきは私達でしょ、一般のウマ娘なんかじゃないわ!!」

 

「はん、何それ、それで負ける勝負を挑めっての?…ふざけんじゃないよ!!」

 

「何言ってるのよ、一緒に頑張ってきた同期でしょ?ライバルでしょ!」

 

「あんたみたいに一流になったウマ娘に、あたしたちみたいな落ちこぼれの思ってることなんかわかんないって言ってるのよ」

 

スイートキャビンがサンバイザーを睨む、その目を見てサンバイザーはびくりと肩を震わせた。それはディープインパクトも同じだった。

それは恐ろしい目だった、まるで目の前のサンバイザーを今にも殺したいと思っているかのようなどす黒い怒りを宿した瞳だ。

その目が怖い、自分に向けられていないのにまるで自分が見られているようなどす黒い怒り、ディープインパクトにとってその悍ましさは初めての感覚であった。

ディープインパクトもトレセン学園に入学する前から人生経験は積んできたが、その中でも上位に入る背中から押しつぶしてきそうな重苦しく悍ましいどす黒い感情の発露である。

 

「(落ち着け、ディープ)」

 

「(大丈夫よ、こっち見てない)」

 

思わず後ずさりしそうになったところをウオッカとダイワスカーレットが支えてくれて、ディープインパクトはその温かさに背中が軽くなった気がした。

 

「あんたは良いよ。トレーナーが付いて、レースで活躍出来て、重賞にも出れて、みんなにチヤホヤされて、引く手数多じゃん。

あんたはみんなと仲良しじゃん、あんな怪物たち相手に平気な顔して話しかけてさ、一緒になっていろいろやってさ、頼られてさ!!

でもあたしは何?頑張っても頑張っても結果が出ない、チームにも入れない、トレーナーもつかない、レースにも出られない。

あんな人たちと肩を並べるなんておこがましい、一緒にいるだけで変な目で見られて、話しかけられただけで疎まれる!!

頑張っても頑張っても 走っても走っても、だれもあたしの事を見てくれない。あたしが未熟だから?あたしが実力不足だから?えぇそうでしょうね、何やっても何やってもあたしより上はたくさんいる。

あたしよりすごい才能持ちはたくさんいる、だけどそんなのあたしだってわかってる。だけど、それでも頑張って…それで今のあたしよ。

あんたにわかるかサンバイザー!!その年の主役たちに噛み付いて、ガチで勝負を掛けられる立場にいてみんなに認められてるあんたにわかるか。

同期が頑張ってるって比べられて、努力も認めてもらえなくて、もっともっとってずっとずっとせっつかれて…あたしたちの気持ちが分かるか!!」

 

「何言ってるのよ!私だって散々―――」

 

「御託を並べるな!!あぁそうだよ!!あんたは強い、あんたはあいつらと同じ土俵に立ってるだろ!!強いならさっさとそこから上見てろ!!

あたしたちの方見て憐れむな!!同じ土俵にすら立てないあたしたちを見下して悦に浸るな!!隣に立ってあたしたちを苦しめるな!!一緒にいるだけで全部苦しいんだよ!!」

 

「!?」

 

「そんな目で見るな、そんな顔するな、あたしはまだ負けてない、あたしはまだあきらめてなんかない!!あたしは勝つんだ、期待に応えるんだ、じゃないとどうしてここまでやってきたかわかんないじゃないの。

もうあたしたちみたいなやつにはこれしかないんだよ、これでみんなに実力を見せつけるくらいしかもうトレーナーに見てもらう術はないんだ!!

じゃなきゃ、あたしはあたしじゃいられない、ここに居場所がないなら、あたしは…」

 

「キャビン、私、そんなつもりじゃ…」

 

「解ってる、あんたが正しいなんてこと解ってる。でも、もうこれしかないのよ、私は走る事しかわからないの…」

 

スイートキャビンがくるりと背を向ける、その背中にサンバイザーが引き留めようと声を掛けるがその声に応えずスイートキャビンはその場から姿を消した。

 

(…なんか今期で一番やばいもん見ちゃった気がする)

 

余りに衝撃的な現場に、ディープインパクトはサンバイザーに声を掛けようか迷ったが盗み聞きになった手前、ここで下手に声を掛けるのはまずい気がした。

変な気遣いはサンバイザーにいらぬ心労と不安を与えるだけだろう、そう思ってディープインパクトは二人に目配せする。

ウオッカとダイワスカーレットも神妙な顔立ちで頷き、三人は彼女に気付かれないようそっとその場を後にした。

スイートキャビンの言い分は理解できる、勝てる勝負ができるならそっちで勝負をかけるのは間違ってはいない。

サンバイザーの言い分も分かる、曲がりなりにもレースのプロとして育成を受けているトレセン学園生徒が一般の部でアマチュアや学校の部活経験者を相手にすれば基本は蹂躙でしかないだろう。

どちらの言い分も正しいのだ、だからどちらかが歩み寄るか、どちらも何かを妥協しなければずっと平行線になるだろう。

そんな会話を聞きながらディープインパクトはレースとはそういうモノだと昔から教えられていたが故か、まぁそういう事もあるとどこか冷めていた。

結局のところスイートキャビンは弱く、サンバイザーは強い、そしてスイートキャビンはあきらめずに今も藻掻いて上を目指している、それだけのことなのだ。

 

(うーん…まぁ私がどーたらこーたら言ってもどうにもなんないか)

 

このトレセン学園ではよくある話だ、地元では負け知らずのウマ娘でも、地方で優秀な成績を残してスカウトされたウマ娘でも、いざここで走ると何もかもがうまくいかずに芽が出ずに人知れず消えていく。

ディープインパクトでさえそんな背中を見送ったことが何度かあるが、スイートキャビンのようにならずに泣きながらでも去って踏ん切りがつくのなら良い決断だったのだろう。

少なくともあの時のスイートキャビンが放っていた気配は尋常なものではなかった、競争ウマ娘にはそぐわない禍禍しさがあった。

あんな気配をしたまま勝利を得て彼女の望み通り進路が開けたとして、それは彼女が思う人々に誇れる姿だろうか?

 

(あんなふうに走ったら絶対に面白くないもんね)

 

とはいえ、今のスイートキャビンが納得するにはおそらく勝つしかないだろう、しかしそれで負けたらもうだめだろう。

ディープインパクトは冷静にそう判断していた。面白くないレースで惨敗したら、それはもうどうしようもないよな、と。

 

 

 

 

 







あとがき
さらに悲報、池谷先輩、まさかの男の夢見るシチュエーションを逃す…自分を心配してくれる巨乳美少女による実家訪問からのお見舞いコンボだったのにね。
たぶん池谷先輩は家に帰ったらしこたまご両親にねちねち言われるに違いない。まぁタービンだからそんな気にするもんじゃないけども。

次からURAファイナルズ予選に突入、まぁいつも通り突っ走らせようと思います。
一般の部には一般の中でも強豪クラスが参戦、またトレセン学園からも学内選抜に落ちたりそっちではきついから路線変更した連中が流れ込んでます。
特に未出走ウマ娘などトレーナーが付かずチームにも入れないで退学まで崖っぷちな連中が多い。
それでも競争ウマ娘として正規の訓練を受けたエリートであることには変わりないですが。


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