いつも多くのご感想と誤字報告ありがとうございます。いつも励みになると同時に助かっています。
今回はアホレースの外側とタービン視点にはなかった結果です。相変わらず変なの混じりますが笑ってみててください。
正直に言えば嫌いだった、話を聞いただけでもシマカゼタービンと言うウマ娘は気に食わない相手だとトウカイテイオーはずっと思っていた。
聞けば聞くほど常識を無視したようなことばかり繰り返すウマ娘で、それでいて実力はあのシンボリルドルフが全く歯が立たないと豪語するほどで、それでいてかつて憧れだった彼女の姿を蘇らせた人物だった。
グラスワンダーとエルコンドルパサーは彼女について怖ろしい相手だと語った、常識では計れない怪物だと言って挑むべき存在だと認めた。
ナリタブライアンは見たこともない闘気にあふれた笑みを浮かべて語らなかった、それが答えだった。言葉は不要だ、食い千切るのみ。
ディープインパクトは興奮気味に語っていた、最高のライバルだ、いくら走っても追いつける気がしないこの世代最強だ。故に次こそは勝つ、未来の3冠を取ってその上で勝つ。
シンボリルドルフが興奮したように語るのだ、追い付けなかったと、敵わなかったと。そして自分の限界はまだまだ先だと見せつけられた、あれは新世代の風になると語った。
彼女に会った誰もかれもが告げるのだ、奴は強い、怪物だ、挑みがいのあるライバルだ。あり得ない話だった、嘘みたいな話だった。
中央や地方のトレセン学園に所属していない、ウマ娘レースについて興味すらなくスカウトを断った世間知らずな高校生を相手に当たり前のように実力を認めている。
気にならないわけがなかった、そしてまったく好きになれる要素がなかった。
気に食わない、その存在が気に食わない、自分らしくないが気に食わない、自分たちの全てを否定しているような存在がとにかく気に食わない。
何なんだそのウマ娘は、往復18キロの峠を毎日ランニング?時速45kmで登りだす?下りなら時速100kmもザラ?峠の下りならスポーツカーとだって互角?
バカげている、あり得ない、そんなのただのおとぎ話に決まっている。そのはずなのに、周りの知り合いはそれを認めてさも当然のように受け入れている。
事実は確かにある、あの皇帝をさらに磨き上げて蘇らせた酒蔵のウマ娘、最新の3冠ウマ娘をより高ぶらせた酒蔵のウマ娘、今一番3冠に近い彼女をしてライバルと言われる酒蔵のウマ娘。
友人であるスぺシャルウィークの友人で学園を去ったウマ娘が、一世を風靡した黄金世代の二人が、辛くて逃げだそうとした自分を引き留めてくれたあの大逃げの小さい師匠が、みんな口々に認めるのだ。
群馬には、芦名には、峠には、自分たちの想像を超えるはるかにイカレ狂った怪物が走っているのだと。
それが気に食わなかった、自分たちの世界を無作法に食い荒らすそいつの存在が気に食わなかった、相手は中央どころか地方レースにすら登録していない一般人だというのに身の程もわきまえずにだ。
だから教えてやる、スカウトを断ったなら関わって来るなと、実力の違いを教えてやると。
(…って、思ってたんだけどな。なんか、違うなぁ…)
だがしかし、現実と理想というのは往々にして噛み合わないものだ。トウカイテイオーは満を持して憎き在野の怪物をその目で見定め、何とも言えない肩透かしめいた脱力感に見舞われていた。
早い話が、実物を見たら今まで思ってきた恨み節を言うような気分でなくなったのだ。
(なんだろう、なんか親近感と言うか、なんかシンパシーあるんだよねぇ)
ふいにトウカイテイオーの脳裏に過る思い出、黄金の杖、ファンタジーな風景、空飛ぶ船に空に浮く島、ゴルシファー…いかんいかんあぶないあぶない、思わず思い出に耽りそうになってトウカイテイオーはひとまず思い出を追い出す。
なんだかそれと似たような苦労を知っているような親近感があるのだ、あり得ない話なのだがなんか話せば色々話が合うんじゃないかという確信がある。
ツインターボによく似た青いショートヘアに飾り一つ着けていない両耳、ツインターボ譲りだが色がはっきりと分かれた赤と青のオッドアイ。
大人びた風体でトレセン学園生だからこそわかる驚くほど鍛え上げられた肉体、そこから醸し出される不釣り合いな緩い雰囲気。
何よりツインターボの従姉とは思えない脅威の胸部装甲、お姉さんな風体なのはまあ良しとしてなぜそこまでデカいのか、ほんとに親戚なのか。
明らかにツインターボの遺伝子が仕事をしていない、実はスーパークリークの親類の間違いではないのか。
なんだろうか、なんか違う、ツインターボの従姉と言うには何か違う。そんな釈然としない気持ちのトウカイテイオーのすぐ近くで、サイレンススズカは噂の彼女を見つめて率直な感想をつぶやいた。
「確かに…鍛え上げてるね」
「あなたもそう思いますか?スズカさん」
「えぇ、私たちに匹敵するというのは言いすぎじゃない」
一緒に眺めていたグラスワンダーの返しにサイレンススズカは頷く。
同じ逃げの戦術を好む自分だからこそわかる、あの体つきは逃げウマ娘の物だと。しかし自分の中にある知識をいくら照らし合わせても類似する鍛え方をしたウマ娘は思いつかない。
これまで多くのウマ娘と競い合い、多くの逃げウマ娘のデータを見て研究し、自分の逃げ戦術を研究してきたサイレンススズカの知識をもってしても、シマカゼタービンの立ち姿はまったくもって異質でしかなかった。
「でも…とても不気味。理由が何かは分からないのだけど…スぺちゃんはどう?」
「え、そんな感じはしないですよ?なんかすごいなぁとは思いますけど…ほら、あの子一般なのに全然鍛え方が違うようですし」
「う、うーん、そこなのかな…うーん、なんなんだろう、不気味、でも怖いってわけじゃないし…いえ、これは分からない?」
「あ、あのスズカさん?」
「うーん…」
「わわ、スズカさんここで回っちゃだめですから!!」
「あらスぺちゃん?」
「はっ…グラスちゃん、い、いやいやこれは違うよ前みたいなことじゃ…ひょ、ひょぇぇ…ごめんなさい」
「あ、あら?スぺちゃん、私そんなつもりじゃ…」
「うーん…」
「グラス、出しちゃいけないオーラ出てマース…まぁそれはそれとして、さすがタービンデース」
考え込み、治らない癖が出かけたサイレンススズカをそれとなく立ち止まらせるスペシャルウィークの後ろでグラスワンダーがしゃなりと微笑む。
その笑顔は笑っているのに笑っていないと形容するにふさわしい、まさしく武者にして大和撫子。
そしてそれを何か勘違いしたスペシャルウィークはしょげて平謝り、予想外の謝罪に思わずグラスワンダーもキョトンとしてからおろおろ、その横でサイレンススズカが左回転。
その愉快な漫才の横でヤレヤレと肩をすくめるエルコンドルパサーは、それを横目に目の前の彼女の仕上がりに心を躍らせていた。
「ここまで不気味に仕上げられるとかどんなマジックですか?」
「流用とアレンジ、解析と分解、再設計と再結合、徹底したすり合わせ…彼女の得意技です。何がどんなふうに混ざりこんでるか見当が付きません。
さすがは葦名流剣術の次代剣聖、今なお実戦で通じると言われるあの流派を修めた実力、ぜひ手合わせ願いたいものです」
「グラスちゃん、解るの?」
「えぇ、一応私も武術は少々嗜んでいますから。エル、あなたもそうでしょう」
「冗談キツイデース…リアルでゴエモンやれる人とやりあうのは遠慮します。
それはそれとして、あれがレース用に調整してきたタービン…ディープが夢中になるのも納得です」
データ収集と観戦に集中したいからと客席の一番端っこで一人カメラを手に集中しているディープインパクトの姿を思い出し、エルコンドルパサーは小さく見えるシマカゼタービンの姿を舐めるように見る。
恐ろしいまでに不気味で底が見えない、一般と言うには不釣り合いなほどに鍛え抜かれているが同時にそれくらいしかわかる者にもわからない、その底の見えない不気味さが彼女にはある。
父のプロレスを見て、幾度となくその鍛錬と努力を垣間見ていたからこそ、エルコンドルパサーはその一端を感じ取る事はできたがそれゆえになおさらわかってしまう。
彼女は強い、そして怖い。この自分の経験をもってしてなお、彼女の走る姿を完全に想像することができないでいる。見えない、読めない、解らない、故に不気味な存在であり続ける。
だからこそ燃える、そんな理解しきれない相手に滾る、ディープインパクトもそんな彼女にすっかり夢中だ。もし自分の世代に彼女がいたらと考えると非常に残念でならない。
いや、それとも居なかったのが幸運ととらえるべきなのだろうか?ふとそんな風に思っていると、エルコンドルパサーは客席の入り口から騒がしい駆け足の音が響いてくるのを聞いた。
「やっと着いた!!」
「早く展開しなさい!!」
「皆さんすいません! 場所少し空けてください!!」
バタバタと慌ただしく駆け込んできたのは東京では見慣れない制服を着た3人のウマ娘達、校章を見るとそれは地方トレセン学園の物だとわかる。
3人は両手で大きな荷物、軍用と思しき重厚なペリカンケースやゴツく見るからに重そうな軍用ラップトップPCを抱えており、それでも足りなかったのか背中にも大きなリュックサックを背負っている。
その姿にエルコンドルパサーはすぐに気付いた、あの制服は地方の群馬トレーニングセンター学園の制服だ。という事は彼女たちはシマカゼタービンの関係者か?
客席出入り口近くの壁際に陣取っていたアグネスタキオンとエアシャカールが場所を譲ると、3人はお礼と会釈をしてそこに次々と荷物を設置すると中身を出して手早く設置し始める。
その手際は本職の軍人かと思うかのような素早さで小型アンテナを組み上げコードをつなぎ、ラップトップとバッテリーと思しき四角いコンテナにつなげる。
その姿に周囲の注意は一旦集中するが無関係な者は慌ただしい遅刻者がやってきただけだとすぐに逸れる、しかしエルコンドルパサーたち中央所属の全員の目がその3人の姿に釘付けになっていた。
「え、ボク!?」
「カワカミさん…じゃないわね?」
「ブルボン?いやまさか…」
「否定、隣にいます」
慌ただしく飛び込んできた3人の姿を見てトウカイテイオー、キングヘイロー、黒沼トレーナーが三者三様の驚きを見せる。
成長すればおそらくそうなるだろうという見本のような、そんなウマ娘達であった。
だがよく見れば、トウカイテイオー似の少女はともかく他は似ているがそれだけだ。
分厚い軍用ラップトップを開いて何かを操作するカワカミプリンセス似の少女は葦毛であるし、表情と雰囲気はどちらかと言えばキングヘイローのようである。
アンテナを組み上げて全体をまとめるミホノブルボン似のウマ娘は金髪碧眼で見た目は外国人のようであり、表情豊かで喜怒哀楽がはっきりしている。
コンテナと各所をつなげる配線を担当しているらしいトウカイテイオーによく似た少女も非常によく似ているがやや大人びており、特に体格の成長と一部主張が著しい。
その姿に思わずトウカイテイオーは自らの胴体に目を落として、目の前の自分のそっくりさんと自身の体躯を見比べた。
トウカイテイオーは決して貧相なスタイルではない、むしろ均整の取れたかわいらしい纏まった美形と言えるだろう。
しかし相手はより磨きをかけて大人の色気も纏わせた各部のムチムチ感が半端ない別の魅力を漂わせている。
「む?ツバキプリンセス達か、彼女たちも見学に来たのか」
「姉貴、知り合いか?」
「うん?シマカゼタービンの走り屋仲間だよ、群馬トレセンに在学している。
テイオーのそっくりさんがホクリクダイオー、金髪碧眼のブルボン似がノルンファング、どっちもかなりの実力だよ。
で、葦毛がツバキプリンセスなんだが…お前は会ったことがあるんじゃないか?彼女、お前のこと話してたが」
「そんな覚えは…あぁ、案内してくれたアイツか。タービンの友達だったな、そういえば」
「忘れてたのか?珍しい、彼女も相当な強者のはずだが」
「そうなのか!?ディープと走ってる姿はそうは見えなかったぞ…まさか、騙されたのか?」
「騙されたな、ブライアン。噂は本当かもしれん…向こうの作戦勝ちだな」
「惜しいことをした。あの時は結局、タービン相手に千切られっぱなしだ…で、3人は強いのか?」
「峠では強い、車のレースは圧巻だった。レース場ではまだわからないが…仕上がりは上々なようだな?」
(ま、負けた…このテイオー様が…)
現実は非情である、さすがにどうしようもない戦力差にトウカイテイオーは打ちひしがれた。
確かにそこそこ仕上がっていた、そのせいで余計に己の戦力不足を痛感する。圧倒的に、女としての魅力は負けている。
「ダイオー、バッテリーは?」
「問題ない。ツバキ、立ち上げは?」
「10秒頂戴。アンテナ接続よし、電波よし、稼働率90%…問題なし。各部接続完了、いつでも」
洗練された迷いのないタイピングでラップトップPCを操作したツバキプリンセスが情報を読み上げる。
それを聞いて頷いたノルンファングが一度展開したすべての機材を睥睨し、小さく息をついて静かに号令を下した。
「ハッチ解放、1番から3番、射出用意。諸元入力!」
「諸元入力…完了。システムチェック開始、メインコントロール、チェック。サブコントロール、チェック。
カタパルト、チェック。充填ガス、チェック。放出バルブ、チェック。バルブノッカー、チェック。
フラップ、チェック。メインローター、チェック。内部バッテリー、チェック。電気流量、チェック。
カメラ接続、チェック。録画状況、チェック…チェック完了」
「ダイオー!」
「ハッチ確認、射出方向確認、周囲の安全確認。皆さん!ドローンを発射しますのでどうか驚かないようお願いします!!これは会場にも許可を得ている機材ですので!!」
「なんだありゃ?」
「まるで映画の軍隊みたいだねぇ…」
関係者用観戦スペースの一角に物々しい金属ケースをいくつも開いて、中から機材を展開した群馬地方トレーニングセンター学園から来た彼女たちが操作する機材を見て興味深そうにしているアグネスタキオンとエアシャカール。
その目の前で何かを入力し終えたツバキプリンセスはラップトップにつなげたガングリップ型のスイッチを引き抜き、トリガーと思しき箇所を覆う安全装置を外して引き金に人差し指を掛ける。
瞬間、ひと際引き締まった顔つきになったノルンファングが合図のように腕を振り下ろし、ツバキプリンセスは引き金を3回引いた。
圧搾空気が抜ける軽いパスパスパスッ!!という音と共に、開かれたコンテナから撃ちだされた球体状の物体が一瞬の滞空と同時に四方へ散る。
「ドローンだ、最近の地方はハイテクになったんだねぇ、羽が見えなかったよ」
「いや、ハイテク過ぎるぞ…あれアラサカの最新モデルだぞ、まだ発売前のはず」
散っていくドローンを見上げて暢気な感想を漏らすアグネスタキオンの横で、エアシャカールは引っかかるものを感じているようだった。
作業に没頭していた彼女たちは空に舞い上がったドローンを見上げてひと心地付いたように安堵の表情を浮かべていた。
「全システム正常に稼働、通信状態は問題なし、カメラ画質もよし…さすがすごい画質、髪の毛一本まで見えるわよ」
「よかったぁ…これでダメってなったらマジやばかった」
「カンパン生活は免れそうですか…残念です、いろいろ用意してたんですよ?楽しみにしてたのに」
「レーション生活なんてまっぴらごめんよ、あれで活き活きしてんのはあんただけでしょうが。ダイオー、あんたあんだけ太鼓判押しといて何で遅れてんのよ」
「だってやっぱ最高のデータほしいじゃん、なら最高のヤツがいいと思って兄さんに頼んでナイトシティ支社のレース用最新モデル回してもらったらヤベーことになった」
「最先端技術の吹き溜まりじゃないですか…頼信さんも相変わらず妹に甘い」
「アルバイトだヨ、ってかノルンも人のこと言えないでしょ。まぁ最初はうまく行ってたんだよ、向こうのプロジェクトチームももっと試験運用したかったらしいから乗り気だったしさ。
なのにどう勘違いしたのかミリテクが輸送の邪魔してこのザマ、速達輸送トラック一台に装甲車含めた一個中隊ブチ当てるとかふざけてんのか。
おかげでVさんとジャッキーさんに奪還依頼出さなきゃなんなかったんだかんね、武村おじさんにバレてめっちゃ怒られたよ!」
「あの連中が考える事なんか分かんないわよ、どうせ碌でもないふかしに踊らされたんでしょ」
「良い銃と装備を作る会社なんですけどねぇ…なんでこうはっちゃけちゃうんでしょう、だから印象悪いのに」
最近世間を賑わせている大事件のしょうもない真実を知ってしまった気がして、聞いてしまった人々はとりあえず記憶の底にしまっておくことにした。
「ってかさ、最高のドローンならもっとすごいの作れる連中がいるじゃないの。わざわざあんたんとこのじゃなくても」
「…思い当たるけど絶対に嫌だよ」
「でもあいつらなら少なくともほかに大きな迷惑をかけるリスクは減るわよ?」
そう言って何か含みのある笑みを浮かべるツバキプリンセスは、自分の足をポンポンと叩いてみせる。
それを見てすぐに合点がいったのか、顔を真っ青にしてホクリクダイオーは慄いた。
「666をソロで抜けろっての!?裏葦名だけでも命がいくつあっても足んないのにその先もやべーじゃん、抜けられるわけないでしょ!!」
「ツバキ、それはいくら何でも酷ですよ。忍術研究部の件をお忘れで?遭遇できたのは奇跡ですよ」
「そうだよ!それに帰すのだって大変だったでしょ、練り歩いたじゃん!一緒にやったんだから知らないとは言わせないよ!」
「構わん、行け」
「ワケワカンナイヨー!?アノトキダッテメッチャヤバカッタジャン!!サイゴハリュウダヨリュウ!!」
何やら愉快なことになっている、3人ともよく似ている別人であるというのはここにいる全員が理解している所であるが知り合いに似ている顔立ちと姿で何ともコミカルなことをされているというのは何とも面白い所だ。
先ほどまでせかせかと遅れを取り戻そうとしていた3人は声を掛けられないほど焦っていたのだが、こうやってみるとどこにでもいる普通の地方トレセン学園生徒だ。
「不思議な事って続くときは続くのねぇ…まさかテイオーさんのそっくりさんまで出てくるなんて」
「おや?なんか含みのある言い方ですなぁ、さっきからなんか反応おかしかったのと何か関係が?」
面白いものを見つけたように探りを入れるセイウンスカイにキングヘイローは少し言いづらそうに口ごもり、観念したように答えた。
「…実はあのシマカゼタービンと同姓同名でよく似てる友達がいるのよ。不思議な事に性格も背格好もほぼおんなじ、思わず本物かと思っちゃったわ」
「え、なにそれ知らない。というかそれもう本人なのでは?」
「違うわよ、彼女高知住まいだもの」
「高知?そりゃまたなんで知り合ったのそれ?」
「ウララさんの友達よ、よく電話で話してたから自然と混ざるようになってね。直接は会ったことはないの」
「それじゃ断言できないんじゃ?」
「学校の制服が芦名のセーラー服じゃなかったわ。えーと確か去年ので…あったあった、ほら」
キングヘイローはスマートフォンを操作してハルウララから貰ったらしい写真を画面に映す。
どこかの休憩室で撮られた写真らしく、ワイシャツタイプの制服に白いジャケットを羽織ったシマカゼタービンに似たウマ娘が二人の少女に挟まれてソファーで居眠りしている。
片方は身のほどもある長い黒髪の少女、もう一人は赤毛の短髪でスカジャンを羽織った少女。その二人に挟まれているウマ娘の少女は、件のシマカゼタービンよりも若干子供っぽく見える。
3人は肩を寄せ合ってすやすやと寝息を立てており手には携帯ゲーム機が握られ、画面にはレースゲームの待機画面、完全に寝落ちしたゲーマーのそれである。
しかし見た目ではなんの接点もなさそうな3人がこうして肩を寄せ合って眠る姿は愛くるしさがあり、見ていると和む一枚であった。
「なるほど…で、なんで写真持ってるんですかね?」
「ウララさんのよ、あの子が間違って送ってきちゃったの。可愛い写真だから消すのもったいなくて」
「ま、確かに違う感じだねぇ…噂の走り屋さんとはなんか違うわ」
「あなたも調べてたの?」
「そりゃね、一応あの会長さんをぼろ負けにしたって噂が立つくらいだし」
ニヤリ、と何か含みのある笑みを浮かべるセイウンスカイ。それにキングヘイローはやれやれといった風にため息をついた。
「でもそこまで情報は集まんなかったよ、走り屋界隈ってネットでもかなりアングラでさ。ブラックボックスみたいになっててセイちゃんの手に負えませんでしたよ」
「どうだか…そろそろ始まるわよ」
「お、じゃぁお手並み拝見と行きますか」
喋っているうちに気が付けばレース寸前、ゲートインが始まっており次々とウマ娘達が向こう正面のゲートに入っていくのが見える。
その簡素な出走直前の風景を見つめながら、ある者は分かり切った未来を描きながら、ある者は未だ疑いを持ちながらで、ある者はただ好奇心と期待を胸に、そのレースの始まりを見届けるために息を呑む。
その後ろでは、トウカイテイオーとホクリクダイオーが互いに僅かな間にらみ合い、すぐに固い握手を交わして意気投合していた。
◆◆◆◆◆
聞き慣れたゲートが開く音が響く。その瞬間、会場はいつもと変わらぬ声援と歓声がとどろきウマ娘達をレースに送り出した。
≪ゲートが開いた、各ウマ娘いいスタートを切りました。まず飛び出したのはシマカゼタービン、ぐんぐんと前へと進んでいきます。これはまさかの大逃げだ。
後ろに続きますのはモブクロコ、そのすぐ後ろにスイートキャビン。そこから一バ身後ろキンダーシャッツ。ここに居ましたマイヤーメイン追走!≫
「逃げか、なかなか決まってやがるな」
「えぇ、でもこのペースは…」
「大逃げか?」
大きくリードを開いていくシマカゼタービンの加速は止まらない、まるで何も考えていないかのようにどんどん加速して後ろを突き放して前へ前へと進んでいく。
その姿に大半の観客は大きく囃し立てる、立派なムードメーカー扱いだ。
それを観客席から見ていた六平、ベルノライト、オグリキャップもそのきれいな走行フォームに感心しながらレースの行く末を見守っていた。
「良い走りをしている、ツインターボのそれとは違うが戦い方は似ているな」
「ターボちゃんが教えたのかな?従姉のお姉さんだって聞いた。でもそれだけじゃなさそう」
「そうなのか?」
「うん、あのフォーム、ターボちゃんにも似てるけどもっとべつの…メジロ?いやまさかね」
オグリキャップが感心している横で事細かに分析しようと四苦八苦しているベルノライト。
確かにきれいなフォームだが不気味なまでに底が見えない、それでいてどうにも走り方がズレている。
どうやら芝コースには慣れていないというのが見て取れるが、その姿が余計に彼女のキレイなフォームから浮き出て不気味に見えた。
「前も思ったけど随分ときれいなフォームで走るもんだ、でも芝に慣れてないな。おハナさん的にはどう思う?」
「決まったわ、もう誰も止められない」
「ほぅ、あんな姿なのにお前がそう言い切るってのはなかなか珍しいな。なぁ沖野」
すぐ近くで見ていたチームスピカの沖野、チームリギルの東条の会話に六平は当然のように割り込む。
沖野は一瞬だけ六平に視線をやり、小さく苦笑いしながら答えた。
「ロッペイさん、それ分かって言ってますよね…」
「
周囲の他のウマ娘達やトレーナーたちも一様に、シマカゼタービンの異様なまでに仕上がっている走行フォームに息を飲んでいる。
その仕上がりにトウカイテイオーのトレーナーである沖野や、ライバルチームであるリギルの東条だけが何とか動揺を抑え込んでいるのは六平には手に取るようにわかった。
それ程までに場違いで完璧な仕上がり、G1に挑むウマ娘がするべき仕上がりで、このようなアマチュア選抜レースに出ている事自体が異様なのだ。
東条は手元に開いていた手帳に何かを書き込むと静かに答えた。
「ツバキプリンセスの言葉を借りるなら、あの戦術ではシマカゼタービンへの勝ち目はない、完全な悪手です」
「そりゃまたなんでだ?」
「見ていれば解りますよ」
東条はあまり多く口にする気はないらしい。いやそんな余裕はないと考えるべきか、六平は緊張した面持ちで何かを吸い取ろうとしている彼女の視線を見て考えを変えた。
≪最初のコーナーに差し掛かりまして先頭はシマカゼタービン、これは速い、5バ身…いえすでに10メートル以上の差をつけて先頭を悠々逃げてぐんぐん前へ逃げていきます。
その後ろを走るのは変わらずモブクロコ、僅かに後ろスイートキャビン、マイヤーメインが上がってきた。そこからさらに2バ身離れてキンダーシャッツ、ミソラファニー…≫
最初のコーナー、シマカゼタービンがコーナーに差し掛かり内ラチギリギリまで体を寄せ、加速を維持しながら綺麗に曲がる。
その姿に観客席が感心したようにどよめき、そしてやはりと言うべきか関係者席のトレーナー陣やウマ娘達の間に驚愕と緊張がほとばしった。
余りに内ラチに寄せて走り、その上で加速を止めず、そしてきれいに内ラチに沿うように曲がっていく。
言葉にすれば簡単だ、ただ内ラチに沿ってきれいに曲がりながら加速するだけ、しかしそれがどれだけ難しい事か。
「お、恐ろしいことするね、あれだけきれいに曲がればそりゃ速いでしょうけどさぁ!」
「いまたぶん5センチくらいまで寄ってたよね、え、なんでそんなに寄ってくの!?腕当たっちゃうよ!!」
「外に全くブレてない、なんて体幹なの、一体何をどうしたらあんな体幹を!!」
「(みなさん、驚いているところ申し訳ないですけど、あれたぶんお試しですよ?ねぇエル?)」
「(デース、後ろ見ながらズレを直してマース…うわぁ、イイ顔しちゃってマース)」
「…待て、これは速すぎないか?」
オグリキャップのぽつりと零した言葉に六平の眉間にわずかに皴が寄る。確かに速い、いや、速すぎる。
シマカゼタービンの走行フォームはやや修正されてきて、また徐々に加速がついてきている。それはいいのだが、オグリキャップの言う通り妙なのだ。
いくら逃げの戦術とはいえ、先頭を走るとはいえ、最後まで走り切るにはどこかで加速をやめて速度を維持して体力を温存する走りに移行する必要がある。
この長距離3000メートルを逃げで走り切るというなら当然だ、そうでもなければたとえG1の冠を持つ体力自慢でさえ最後までは持たない。
だがシマカゼタービンはスタンド前に差し掛かり、すでに後方に大差をつけて先頭を突き進みながら一向に加速するのをやめていない。どこまでも加速し続け、2番手との差を空け続けている。
≪さぁ最初のスタンド前に入りまして先頭はシマカゼタービン、後方を大きく突き放し先頭を走ります。
後ろは約50メートル、2番手はモブクロコ3番手マイヤーメイン僅かに遅れて4番手にスイートキャビン、この3人が先頭争い。
その後ろはまだ不気味になりを潜めているがこれは正解か、レースは超縦長の展開になってきているぞ間に合うか?≫
「おいおいおい…まだ加速やめてねぇぞ」
「所詮はド素人か、あれじゃあ最後まで持たない」
「所詮は噂か、皇帝様は何を見たんだ?」
周囲から落胆の声が聞こえてくる、しかしそこで終わる者達の声など聞く価値はない。
あり得ないのだ、こんな自殺行為染みたレースをする理由がない。
何故加速をやめない理由が思い浮かばないのか、こいつがやめないのはやめる理由がないだけだろう。
「冗談じゃねぇぞ…」
六平の目にはあまりにも現実離れした景色が見えた、ここまで加速して無茶苦茶な走りをしているのに、シマカゼタービンの顔には一切の疲労が見られない。
息も乱れず、汗もかかず、走る姿に乱れもない、まるでその速度に慣れ切っているかのように。
加速する、まだまだ彼女の加速は止まらない、とっくに平均的なウマ娘レースのペースは超えている。
そのペースであらかじめ走る速度を維持しようとした後方連中はとっくに置き去りであり、異常性に気付いた3人の加速もとっくに及ばない。
速すぎる、あまりにもシマカゼタービンの速度が違いすぎる。時速何キロ出ているのだ、もう時速60キロメートルなどとっくに超えているぞ。
背筋に冷たいものが走る、何かが変わる、変わってしまう、今日この日に何かが狂う。
≪えー…シマカゼタービンまだまだ先頭、一人だけ第2コーナーに…えぇ…≫
たった一人、加速をつづけながらのびのびとスタンド前の直線を走り切ったシマカゼタービンだけが我が物顔でコーナーに飛び込み、そして内ラチに体を擦り付けるように攻め込んだ。
噂に聞いた彼女得意の超超インコース走法、インベタグリップと東条が呼ぶ六平の中で理想としてきた最高のコーナリングよりも遥かに攻めていて狂ったコーナリング。
自殺行為も甚だしいギリギリを、彼女は体幹と足使いで悠々と全てを制御して体を固定しているかのようにギリギリを攻め立てる。
見た目はとてつもない危険走行だ、なのに走っている彼女から感じるのは圧倒的な安定感。
直線を駆け抜けていたよりも細やかに刻む足使い、そして体に掛かる遠心力や負荷を完璧に制御する繊細なテクニックを彼女はやってのけている。
故に彼女の走りにブレはない、完全に制御しきった上での狂気のコーナリング、何もかもが異次元だ。
「バカな!?あんな速度で内ラチに寄りながら全くブレないなんてなんつー体幹してやがる!!」
「すごい、すごいですよトレーナーさん!!あんな風に曲がるなんて!!」
「あの足使い、まさか等速ストライドですか?」
「…いや、それとはまた違ぇ、まったく別もんだ」
その光景に六平はおろかほぼ全員の目が釘付けになった、ベルノライトの問いに六平は頷く。
その目の前で彼女はコーナリングを維持したままさらに加速し、そして更なる一歩を踏み出していた。
コーナーが終了する寸前、シマカゼタービンの走りが一瞬だけ弛緩する。まるでギアが抜けたような一瞬のゆるみ、故障か?六平は一瞬そう思った。
だが次の瞬間、ギアが再び繋がれて彼女の走りにさらなるキレと加速が付与されて直線に飛び出していくのを見てしまった。
「速い!」
「嘘でしょ、まだ加速するの!?」
「なんつーウマ娘だ」
2度目の向こう正面に入った途端にコーナー終わりの立ち上がりからさらなる加速、他のウマ娘達はすでに遠くに置き去りの圧倒的大差、ただの一人旅だ。
最初に異常性に感づいた3人以外のウマ娘達もそれに気づいたのだろう、彼女たちも本来のペースや作戦などかなぐり捨てた加速を始めているがそれでもまるで届かない。
そして何より、他のウマ娘達が大汗をかいて息を乱し始めているというのに当の本人は涼しい顔で楽々と走り続けているのだ。
「まずい!ゲートの格納が間に合ってねぇぞトレーナー!!」
「あ、やばい!!」
目の前の光景に表情を引きつらせていたゴールドシップの顔がさらにこわばり、彼女の指さした先を見た沖野も目を丸くする。
見ればまだ撤収作業中のゲートがその身を半分ほど格納スペースに身を押し込んだところ、急ぐ係員が急ピッチの格納作業に追われている所だった。
シマカゼタービンのあまりに速いペースに普段通りの仕事をしていたのにもかかわらず係員たちは格納作業に遅れてしまったのだ。
しかし彼らもプロだ、ゲートの収納に掛かっていた係員たちはゲートを後ろから人力で押すことで無理矢理格納スペースに押し込み、自らも転げ出るようにコースから飛び出す。
その判断は間違いではない、明らかに異常な速度で迫りくるウマ娘に接触したら不幸になるのは自分だけでは済まないからだ。
だがしかし、その荒っぽい緊急格納作業のせいで荒れていた芝のコースはさらに荒れていて足場が悪くなっている。
そこにシマカゼタービンは加速を維持したまま突き進み、荒れた地面だけをピッチ走行に切り替えて踏み抜き、抜けるとすぐに戻して通り過ぎていく。
≪シマカゼタービン、未だに先頭、加速が全然止まらない!!なんということでしょう、なんということでしょう!!後ろの子たちは早く追いかけなければいけない!!≫
「うそ、全然気にしてない。というか、あんなふうに足を切り替えるなんて!?」
「トレーナー、あれはなんていう走法なんだ?あの走り方はカサマツでも中央でも見たことがない」
「解らん、あんな足腰が別の生き物みたいな動きは初めて見る」
不甲斐ない答えだが六平はオグリキャップの問いにそう答えるしかなかった。あの走りは一体なんだ、あの動きは一体なんだ、どういう鍛え方をすればあんな風に走ろうだなんて考える?
わからない、理解できない、これは明らかに自分の長い人生を以てさえ理解しえぬ未知の領域に他ならない。
(なんだよ、なんだよそりゃ…滾らせてくれるじゃねぇか)
だがしかし、六平の脳裏にはまだ不安が残っていた。こんな加速がついた状態で彼女は最後のコーナーを曲がり切れるのか?
確かに加速も速度も体力もすべて素晴らしい、しかし最初のインベタグリップ走行で消耗は激しいはずだ、群馬トレセンにおけるデータではどうだった?そう六平は思い出し、そして戦慄した。
彼女は今日、これが初レースだ。そして今の彼女の顔色はどうだ?まったくもって涼しい顔だ、息を荒げていない、走行フォームに乱れはない、汗すらもかいていない。
スタート直後と何ら変わらない状態でひたすら前に向けて走っている、外装と内装はまるで別だとでも言うように。その姿に六平は怖気が走った。
(まるでウマ娘の形をした車が走ってるみてぇじゃねぇか)
その姿に六平は伝説の姿を一瞬重ねた、この日本にさえ名声が響き渡るあの赤毛のウマ娘を。その六平の耳に、悲鳴のようなアナウンスが劈いた。
≪あぁっ!キンダーシャッツが急減速して離脱!!続いてプリシンバル、マイトリートも…き、棄権です!!これは大波乱!!≫
シマカゼタービンの暴走ともいえる超高速ラップに食らい付かんと加速を掛けていたウマ娘達が次々と減速し、息も絶え絶えにコースからよろよろとはずれて落ちていく。
競争を中断したウマ娘達に係員が駆け寄り、その場で彼女たちが棄権したことを無線で連絡しているようだ。
≪あぁッ!ミソラファニー転倒、立ち上がれない!ぶ、ブライダルエコーも立ち止まる!!ヒラノゴウリキー、モブクロコはどうだ!ダメか、ダメだ!!限界だ!!≫
既に速力を維持できずにいた無理に加速しようとしたミソラファニーが転倒、すぐに立ち上がろうとしてその場で藻掻き、そして声にならない声を上げる。
それを避けたブライダルエコーは、周囲とはるか前を見て何かを悟ったように戦意を失い、その場で立ち止まり両膝をつく。
その前を走っていたヒラノゴウリキーとモブクロコは加速に体力が持たず息も絶え絶えになり、僅かに距離を開けてふらふらと前のめりに倒れ込んだ。
起き上がろうとしても起き上がれない、しかしはいつくばってでも前に行こうとして芝を掴み、這いずる。
「落ちたか。まぁ、そうなるわよね」
「ああなったタービンは止めらんない、豆腐屋の親父呼んで来い」
「ん、まぁ誰もが通る道ですね。というか何やってるんでしょう、早く回収しないと」
「そーいえばここ、回収用の車無いね」
「そういえばそうね、高崎はあるのに」
群馬地方トレセンのウマ娘達が訳知り顔で頷く、まるでいつものことであるかのように。
六平でさえこんな光景は初めてだった、こんなレースは普通のレースではありえないのだ。
≪なんという事だ、すでに残るは三人のみ!!それでも差は広がるばかり!!最終コーナー、シマカゼタービンただ一人だけが戻ってきました。
すでに2番手マイヤーメイン、3番手スイートキャビンははるか後方、その後ろからは誰も来ておりません!!
何という事でしょう、これはすごいものを見ています、こんな圧倒的なレースがあっていいものなのでしょうか!!
最後のコーナーに一人だけ突入、このまま……え゛ッ!!?≫
すでに限界を超えているだろうにそれでも食らい付こうとする二人を一瞥もすることなく、最終コーナーにシマカゼタービンが突っ込んでいく。
先ほどのコーナーで見せたような内ラチにくっ付いているかのようなコーナリングをするために内ラチに思い切り攻め込む姿に会場全員の視線が集中する。
だがそれでうまく走れるのか、六平は最終コーナーの荒れた芝のコースを見ながら不安を覚えた。
このコース、インコースはすでにシマカゼタービン自身が踏み荒らした上で後続のウマ娘達も踏み荒らしていて荒れ放題といってもいい。
そんなところを彼女は走れるのか、いくら常軌を逸した実力があると言っても彼女はこれに対応できるというのか。
そう思った矢先、コーナー半ばまで走り抜けたシマカゼタービンの挙動が大きくブレた。やはりこらえきれなかったのだろうか、いや違う。
「な!?」
「マジかよ!?」
最初はフォームが崩れたように見えた、荒れたコースの中でもひときわ荒れた部分に思いっきり足を突っ込み、そこに足を取られてシマカゼタービンが躓いたように見えた。
だがそうではない、次の瞬間彼女の挙動は明らかにウマ娘の走る走行フォームから逸脱した動きを見せていた。
「ドリフトだと!?」
「…嘘だろう?」
エアシャカールが目を疑うように目をこすり、アグネスタキオンがまるで夢物語を見ているかのように柵から身を乗り出して呆ける。
走る姿をそのままに芝の上を滑っているような挙動、まるで両足の動きと挙動が一致していない。なのに彼女は転倒することはない。
内ラチに体の正面を向け、両足がまるで別の生き物のようにタップダンスのごとくコースを叩き、それでいて挙動は乱れない。
六平は思わず動いていた、関係者席の柵から身を乗り出してシマカゼタービンがしたことをまじまじと凝視した。
(あの野郎!わざと足跡を踏んで起点を作りやがった!!)
つまりそれは彼女が意図的にこのドリフトを行い、完璧に制御してみせたという事。それはこれが偶然の産物ではないという証。
その異常でしかない挙動を彼女は完全に成熟させ、自らの技として普通に繰り出せるという証左に他ならない。
≪し、しまか、え、せんとうで、え、え、ど、ドリフトです!!シマカゼタービン渾身のロングドリフトォ!!≫
「すごい?まさか、まだ最後の直線あんじゃん」
「ラストスパートですね、さぁどこまで行けるんでしょうか?」
「…時速80?まぁ初めてだもんね」
静まり返った関係者席に場違いなまでに落ち着いた声が響く、それに問いただすような者たちはいない。目の前の光景に誰もが釘付けだった。
コーナーが終わり、慣れたようにシマカゼタービンは内ラチから離れてドリフトから再び直線コースに飛び込む。
そして彼女の走りがさらに上のギアへ入るのを確かに見た。
「300、85」
ツバキプリンセスが面白そうにカウントする。まるでいつもの光景を見ているかのように。
加速が止まらない、まったく陰ることがない、ぐんぐんぐんぐんと。
「200、87」
ホクリクダイオーがわくわくした様子を隠さずカウントする。その姿に食らい付かんと目を輝かせて。
なんだこれは、どうすればいいのだ、どうして彼女の体は壊れない、どうして彼女は平気な顔をして走れる、どうして彼女はそこまで鍛え上げた。
「100、88」
ノルンファングが含み笑いを浮かべてカウントする。その姿に胸を高鳴らせ、どこか自慢げに。
どうする、俺はどうする、どうすれば俺はオグリキャップをあの怪物に並び立たせる指導ができるのだ!!
「「「ゴール、90ジャスト」」」
実況はすでに途絶えていた、観客は声すら出ていなかった、圧倒的な存在の前に言葉がなかった。
時速90キロメートルでのゴール通過、そして最短距離のスムーズ過ぎる減速からの停止。
立ち止まった彼女は僅かに乱した息を深呼吸して整え、僅かに掻いた汗を拭い、観客席に向かってニヤリと笑ってから軽やかな足取りで内ラチを飛び越えてコースから出た。
まるでただ少しジョギングした、そんな風に感じるその軽やかすぎる足取りに、思わず六平は体が動きかけた。
トレーナーとしての本能が、彼女の下に駆け出さんと体を突き動かしかけた。
≪し、しししし…審議です≫
「「「ハァッ?」」」
実況の声が震えながら短く告げた瞬間、関係者席の全員がその地獄の底から響くような声に体が強張り、その声がしたほうを見ることを本能的に拒んだ。
見てはいけない、絶対に見てはいけない、そこにはおそらく鬼がいる、そんな恐怖がそこにある。
興奮した意識がその声で一気に冷静になったのは良かった、でもその結果自分たちは一番やばい針の筵に立たされた事に六平は気付いた。
そういえば群馬地方トレーニングセンター学園は伝統的にありとあらゆる武術をカリキュラムに採用しており、それを修めたウマ娘は愛用の得物を勝負服に採用しているのだという事を。
つまり後ろの彼女たちも何かしら武術を修めている可能性が高い。もし間違って暴れ出しでもしたら、おそらくここにいる自分たちでは押さえることはできないだろう。
現に今まさに近場の係員を呼びつけて問いただす彼女たち。その声色は落ち着いているのに落ち着いていない、まさに一触即発のニトログリセリンのような声色。
逃げたい、しかし動けない。そんな自分たちとは裏腹に掲示板に表示された『審議』という文字を見て、その渦中であるはずの彼女はなぜか一番納得したような表情をしていた。
あとがき
というわけで裏の話、外側から見たアホレースでした。プロット組み直しながら書いてるんで時間かかりますわ。
後の騒動に知り合い枠でちょこっと顔出しさせようかなとか考えてたけど無理臭くなっちまったらいろいろ組み直さにゃならなくなったんで。
ちなみにこの世界のアラサカは善玉メガコーポですのでご安心を。超厳ついしサイバーパンクでいろいろ覇権は握っていそうだけどもウマ娘効果で超ホワイト企業です。
まぁだからと言って他のメガコーポも善玉ってわけではありませんがね。
え、混ざりモノが酷い?だって原作が峠レース×スポーツカー×ミリタリー×SEKIRO×酒造×競馬っていう悪魔合体ですし…まぁ本筋には関わらんよ、キャラを盛りたいだけ。
故にすべては私の責任だ、だが私は謝らない。
キングヘイローがシマカゼタービンの噂を耳にしても特に反応しなかったのはよく似た別人だと思い込んでいたからでした。
特に詳しい紹介もなく、なし崩しで面識ができただけということもあり、ウララのミスで先入観を得た彼女の中ではタービンは『高知住まいのハルウララの友達』になってたわけですね。
まぁウララちゃんも友達が嫌がりそうなことは絶対に言わないし、そもそもキングヘイローの勘違いに気付いてないのでそのまんまです。
別の学校の制服を着て友達と寝落ちしてる写真を見たことあるからそれもあって勘違いしてる、単純にそう思ってくれてればOKです。
元ネタ知ってる人は笑ってください、こいつ運がねぇなぁ(愉悦)って感じで。運が悪いんですよこいつ(暗黒微笑)
なお写真の日は完全オフで遊びつくしただけなので特に問題はない、珍しく電池切れです。
裏葦名は葦名(艱難辛苦)です、デスストランディングの戦場ステージみたいなもん。だから遊ぶと痛い目を見る。
おまけ・アーカイブNo.XXX『詳細不明の電子メール1』
ハルウララのスマートフォンが受け取った送り主に先生と書かれた電子メール。複数の写真データと『彼女は生きている』という短い文章が添えられているだけでおり詳細不明。
発信位置やアドレスといった重要情報がことごとく文字化けしており怪しいことこの上ないのだが、普段はその手のメールは見ずに消去するよう教育されておりそうしていた彼女が何故か躊躇せず開いた。
なお文面と写真類はとある少女の秘密を暴くのに大いに役に立った模様。
作者の戯言・キングヘイローの写真は馬世界において行われたとあるコラボイベントで配布キャラとなり、のちに意外な人気を得ていたために因子が発生した結果。
そのため一連のイベントの後もしばらく残留、いろいろ巻き込まれながらなんとか帰ってきた。
帰還時は不思議なこと(ご都合主義)が起きるので元世界での経過時間は全て0。事件を知るのは当事者のみであった。
ちなみにこの世界にはそんな経験を秘めている人物たちがほかにもいるとかいないとか。