気儘に生きた転生馬物語   作:イナダ大根

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いつも多くの感想と誤字報告ありがとうございます。URAファイナルズ一般予選後、直後からスタートです。
まぁ、こんなアホやらかしたらそうなるよねということで。ひと夏の思い出の始まり始まり…にしたいなぁ。






第三十一話

 

 

 

 

一人の青髪の少女が両手を上げて身体検査を受けている、その姿は妙に堂の入ったホールドアップであったがその表情は実に退屈そうだった。

たいして金属探知機を手に何度も体を這わせるアグネスタキオンの表情は真剣そのもの、何も反応のないことを何度も確かめると今度は金属探知機に似たスキャナーを取り出して再び体を這わせる。

そのスキャナーから得られたデータは検査機材が積まれた部屋の片隅でエアシャカールが弄るパソコンに転送され、それを見て無言でキーボードを打って精査を繰り返す。

そんな光景が繰り返される会議室の片隅で、ゴールドシップは珍しく大人しく壁に貼り付けた背もたれに背を預けてにやにや笑っていた。

 

「なーんもでないとおもうけどなーごるしちゃんはなー…なー?Bの字の?」

 

その面白いものを見つけた子供のような表情で右往左往するアグネスタキオンを見ながら、近くでそれを眺めていたベルノライトに問う。

それを聞いたベルノライトは興味深そうなオグリキャップの視線に困ったように苦笑しながら答えた。

 

「それはそうですけど…まぁあんな走りしちゃったんですし」

 

「足に鉄板仕込んでたって無理無理だぜ、それくらいここに居る全員解ってんだろ?なぁロッペイのじいさんヨ?」

 

六平(むさか)だ、ゴールドシップ。言うまでもねぇこと聞いてくるな、こんなのただの言い訳にすぎねぇ。

お前は見えてたんだろ?あいつがなんにも不正なんざしてねぇってのをよ」

 

身体検査を受けるシマカゼタービンの姿をオグリキャップの横で同じように見ていた六平はいつも通りやや仏頂面でゴールドシップに返した。

その答えにゴールドシップは肩をすくめて肯定するように首を縦に振る。

 

「まぁな、足になんか仕込んでるような疑惑はあったがありゃぁあり得ねぇ。さすが爺さんだ」

 

六平の問いにベルノライトは首を傾げ、嫌に静かなゴールドシップのほうに目をやる。

ベンチに座ったままXの意匠をあつらえたカードを指に挟んでひらひらさせていた彼女はいつになく真剣な眼差しで答えた。

 

「恐ろしく緻密な足運び、このゴルシちゃんだって危うく見逃しかけちまったぜ」

 

「どう見えた?」

 

「ホントにウマ娘かすら疑問だね」

 

端的に、それでいて普段のゴールドシップの様子からは考えられないほどに冷たい答え。

それがゴールドシップが感じた、シマカゼタービンに対する印象という事だろう。

制御不能の破天荒が地である彼女がどう感じたのか、オグリキャップには興味があった。

 

「どうしてそう思うんだ?」

 

「そうだな…上げるとキリがねぇっていうか最初から最後まで全部おかしいって話なんだが、分かりやすいのは最後のドリフトだな」

 

「それは私も驚いた、ウマ娘もドリフトができるんだな」

 

前に走るような動きのまま横に滑るロングドリフト走行、オグリキャップにとってあれは確かに強烈だった。

これまで多くの強敵と鎬を削って走ってきたが、今まであのような強烈な速度で走る相手にドリフトなどという走りを見せる相手はいなかった。

この映像を見ればきっとこれまで戦ってきたライバルたちも目の色を変えてくるに違いない。

 

「おいおいおい、葦毛の怪物さんがそんな感想でいいのかよ」

 

「???」

 

「…え、まじ?」

 

「あはは、まぁオグリちゃんだから」

 

「じゃぁそこのBの字、回答せよ。薄々感づいてんだろ?」

 

ズビシッと効果音が聞こえそうな勢いで指を刺されたベルノライト、彼女は少し考えて少ししどろもどろになりながら答えた。

 

「ドリフトの起点になった足使い、かな?」

 

「正解」

 

「やっぱおめえさんらにゃ見えてたか。俺みてぇな老骨にゃ、目で追うのは無理だったぜ」

 

「だが気づいてんだろ?さすがだぜ」

 

「ただの経験則だ」

 

年は取りたくねぇもんだな、六平はそう吐き捨ててチームスピカの面々に身体測定を受けているシマカゼタービンを見やった。

バスト、ウェスト、ヒップを再度メジャーを使って再測定して、バストを計ったサイレンススズカがその数値を二度見して再測定している。

無理もない、あの体を彼女はトレセンでのトレーニングもなく自然と作り上げて自分で維持していたというのだから。

トレセン学園で日夜日々のトレーニングに勤しみ体を作り上げている彼女たちからすれば信じられなくて当然だ、事実六平自身もこの目で見るまでは確信は持っていなかった。

その体を使いこなしてみせたあの圧倒的な走りだ、もし若いころの目ならば確実に見えていたはずだった、しかし年老いた目では微かに感じ取るだけで精一杯だったのだ。

 

「どういう意味なんだ?」

 

「簡単な話だぜオグリちゃん?まずあたしらウマ娘の足、大体なんて呼ばれてるかくらい知ってんだろ?」

 

「うん?足は足じゃないか、右足で、左足だ」

 

「ちげえちげぇ、言い方変えるか…メジロアルダンの足はなんてよばれてたっけ?」

 

「あー…そういえばガラスの足とか聞いた覚えが」

 

「そう、ガラスの足だ。うちら競争ウマ娘の足はな、力強い反面ガラスみたいに繊細な代物だっていうのが常識だぜ。

そんだけ繊細で傷つき壊れやすいっていう比喩表現なんだが、言い過ぎでも何でもねぇ」

 

何しろうちのテイオーやマックイーンが散々泣かされたんだぜ?とゴールドシップは少し茶化すように言う。

その言葉にオグリキャップもすぐに合点がいった。そのケガや故障の類には自分も泣かされた覚えがある。しかしそれとこれの何が関係が?

不思議に思ってオグリキャップは再びシマカゼタービンのほうに目をやる。今は椅子に座り、トレセン学園でも見慣れた顔のメジロの主治医が採血を行っている所だった。

血液検査のための物だろう、彼がやっているのは急を要するためだろうか。しかし注射と聞くと苦手意識を持つことが多いウマ娘が多いが、彼女は我慢の素振りもなく平然としていた。

 

「こういう事さ、これを見な?まずこれがコース、そしてシャーペンの芯が足、いいか?」

 

ゴールドシップがどこからともなく左手に乗せて取り出した植木鉢には土が盛られており、右手には何の変哲もないシャープペンシルの芯。

彼女はそれを植木鉢の土に少し刺して、抜いて、少しずらして刺す、まるで走る足のようにスライドさせ始めた。

 

「走るってのは大体こうだ。で、ここからが本題だ。このシャープペンシルをシマカゼの足だとしよう、あいつはコーナーに差し掛かる。最終コーナーでドリフトする直前だ。

そこでお前らが見た通り、あいつはコースに空いていた足跡を踏み込んで体を少しだけ制動してドリフトの起点を作って横に滑るようにして飛んだ。

そこまではみんな見てて解るよな?」

 

「あぁ、確かに初めて見た走り方だった。足を踏ん張ってブレーキ、そのままスッと横になっていったのは分かるんだが」

 

「オグリ、そいつが滑るとき足を抜いたか?」

 

オグリキャップは首をかしげる、質問の意図がいまいちわからない。

 

「抜けたじゃないか、普通に走ってたように見えたな」

 

「そうだ、オグリ。あいつは普通に、走る形のまま自然と足を抜いてるんだ。ドリフトなんて馬鹿げた走りにするための、ブレーキになるよう深くコースに踏み込んだ足をだ」

 

六平はいつになく力のこもった声色でそれを訂正する。その声の裏にある熱にはオグリキャップが感じたことのない歓喜が見えた。

その六平の言葉にゴールドシップは頷き、シャープペンの芯を一度刺して植木鉢に直立させる。

 

「あいつは足であからさまな『抜く』動作をしてなかったんだ、走って抜けやがった」

 

「うん?よくわからないんだが、抜いてないのに抜けた?それがおかしいのか?」

 

「おかしいんだよ。自然と抜ける深さを見極め、必要最低限の制動力を得る踏み込みからのブレーキング、そして走りへの影響を極力抑えた復帰」

 

ゴールドシップはシャープペンの芯の差し込み具合を深く、浅くと抜き差しを繰り返す。

そしておもむろにまた抜き差しをはじめ、植木鉢の中を縁に沿ってスライドさせて走り回っているように動かした。

 

「踏み込みが浅ければ十分な制動は得られない、ブレーキが甘くて、ドリフトの起点になんかなんねぇ」

 

浅く土に刺さったシャープペンシルは軽い抵抗の後、するりと土を避けて無事な姿を現す。

 

「あんな超高速の中で急制動。かつ結構大柄なあいつの体躯となりゃ、それを一瞬とはいえ制動を掛けるブレーキはそれなりに必要だ。

だがそれにかまけて深く差し過ぎると―――」

 

次にシャープペンシルを差し込むとき、ゴールドシップは先ほどよりも深く差し込んだ。

制動はきっちりと掛かり、土がシャープペンシルの芯を掴む、そして先ほどと同じように走っているように足が抜かれようとして、シャープペンシルの芯が折れた。

 

「走る格好でやったら折れるんだよ、ちゃんと抜かなきゃダメなんだ。なのにあいつときたらそんな仕草が全くねぇ。

そいつはつまり、走る動作で自然に抜ける深さとドリフトに必要なブレーキに必要な深さを見極めて、適切な制動力を得られて負荷を抑えられる際の際を攻めて踏み込んだことにほかなんねえんだ。

どうしてそんなことができるんだ?あり得ねぇだろ、あいつはこのレース場は初体験のはずなんだぜ?」

 

「そうか、彼女は中央の芝は初めてだったな…おかしいな」

 

「あぁ、でもやったんだ。初めてのレース場で、慣れない芝で、ぶっつけ本番で走りながら適応して、ドリフトチャレンジしやがった。

あたしは怖くなったぜ、コーナー抜けるたびにどんどん姿勢が矯正されてんだ、明らかに調節して慣らしながらやってんだよ」

 

なのにあの速さとスタミナだぜ?とゴールドシップにしては珍しい引き攣ったような笑み、明らかに穏やかではない内心が見て取れる。

それはそうだろう、彼女の得意な走りは追い込みである。もし最盛期の自分が彼女と当たったときのことを考えてしまったに違いない。

 

「アイツの目に何が見えてんのか知らねぇがな、ありゃ生半可な経験じゃ絶対に身につかねぇし磨かれねぇテクニックの塊だぜ」

 

そのゴールドシップの答えにオグリキャップは合点がいき、そしてシマカゼタービンがどれだけ命知らずなことをやっていたのか気づいた。

初めてのこのレース場、慣れない芝、これにはオグリキャップも覚えがある。かつて彼女も、地方のカサマツに所属していた時に芝を経験した。

その時は勝った、その勝利で自分は中央に目を掛けられたとその時の恩師は言っていたが最高の走りだったかと言えばそうではない。

事前に慣らしはしていたし今もバックアップしてくれているベルノライトのサポートがあったとしても、初めてばかりで戸惑いがあったのは事実なのだ。

オグリキャップであったとしてもその状態ではしっかり走ることに集中せざるを得ない、たとえドリフトができたとしてもやろうとは思わない。

 

「…恐ろしいな、とんでもないウマ娘が来たものだ」

 

「だからリギルが目の色変えてるってことなんだろうな。あのディープがゾッコンだ」

 

「まぁそれはあれを見てればわかるというか」

 

ベルノライトが苦笑いするのと同時に、執拗に足を触診する沖野の後ろでムスッとした表情でトレーナーである東条に愚痴愚痴言っているディープインパクトの姿がある。

併走するはずだったのにだの、レースするはずだったのにだの、予定を潰されたことに大変ご立腹の様だ。

その様子にシマカゼタービンが仲裁の言葉をかけるがそれでもムスッとして恨めし気に壁の花になっている審査員を睨む。

それに顔を蒼くする審査員だったが、やんわりとシマカゼタービンが声を掛けて再び仲裁していた。

 

「ただの大逃げよりも手強いな」

 

「あぁ何しろあのバカみてぇな足の速さに底の見えないスタミナだ。様子見なんざしたらおいてかれて終わりだぜ?たとえ車に乗っててもな」

 

「車に?」

 

「あぁ、噂くらいは聞いてるだろ?アレは本当だよ、このゴルシちゃんははっきり見たぜ。あの野郎、夜の峠でスポーツカー相手に勝ちやがった。

夜の峠、下りの9キロ、相手は群馬トレセンのプロの卵で乗ってる車は整備とカスタム万全なシルビアS13。

疑うならビワハヤヒデにでも確認するといいぜ、あいつも現地で見てる。それもこのゴルシちゃんよりもいい特等席でだ」

 

疑うまでもない、オグリキャップはすぐにゴールドシップの言葉を信じた。普段理解不能な言動の多いゴールドシップだが、彼女は決して無秩序にふざけているわけではないのだ。

ビワハヤヒデが知っているというのも本当だろう、ただまともに話しても信じられることではないから彼女は決して吹聴しないだけ。

彼女の微笑ましい姿とは別に心の奥が震える、ついで武者震いが体を伝う。久々に燃え上がるチャレンジャーとしての熱だ。

彼女は本物だ、チームリギルがそれを認め、現役のダービーウマ娘も彼女の実力に疑いを抱いていない。

峠の走り屋という全く経験のない相手、その実力は確かなものであり、これからさらに仕上げてくることが予想される。

滾らないはずがない、あのまったくの異物に自分の力が今はどれだけ通用するのか、競走ウマ娘としての闘争心が掻き立てられるのだ。

 

「…久々に見たぜ、葦毛の怪物の貌」

 

それはゴールドシップも同じこと、既に彼女の目にはシマカゼタービンが次なる獲物に見えている。

その表情は黄金の不沈艦と呼ばれた彼女にふさわしい、オグリキャップはにやりと笑ってみせた。

 

「そういう君もな、ゴールドシップ。トレーナー、あとで話があるんだが?」

 

「本気か?長いぞ」

 

「ダメかな?」

 

「フン…構わん、前とは違うんだ。久々にトゥインクルの連中を揉んでやれ、ウィンターは取り消しでいいな?」

 

URAファイナルズは年末の大イベントでありお祭りレース、中央所属で出走するならトゥインクルシリーズでもドリームシリーズでも関係がない。

トゥインクルシリーズの猛者とドリームシリーズの伝説が顔を突き付けて競う夢をも内包した夢のレース、それがURAファイナルズだ。

そこに在野の猛者たちすらもひっくるめようとしたのが今回の試みと言える、初っ端からそれが大当たりを引いた。

 

「へっへっへ…こりゃあたしもスケジュール変更間違いなしってやつだぜ。不沈艦、再浮上だぜ!」

 

「それ沈んでないですか」

 

「なんだとBの字、黄金の不沈艦は水陸両用潜水可能の万能戦艦様なんだよ。そんなこと言うのはこの口かぁ?!」

 

「あいだだだだだ!?お、折れるぅ!!」

 

「懐かしいな…」

 

「あんぎゃぁぁぁぁぁッ…懐かしいならとべてェェェッ…」

 

(…だが、こりゃやばいかもしれねぇな)

 

新たに現れた強敵を相手に高ぶり、ベルノライトにじゃれついて鯖折りを掛けるゴールドシップと懐かしそうにするオグリキャップに釘をさすかのように六平は表情を渋く歪めて、身体検査を終えたシマカゼタービンのほうを見やる。

この部屋でできることをすべて終えた彼女は、今後の予定を親交のある東条トレーナーから協力を請われて承諾している所だった。

 

(あれは劇薬だ。公式のレースに出ちゃなんねぇ、だがいるならば是が非でも欲しい逸材。誰だってほしがる、あんな走りを見せられたらな。

しかも本格化も終わってピークも過ぎたはずの体でだ、もう誰もかれもがもう血眼だぜ。俺でさえ疼いちまう、俺が手を掛けたらどんな怪物になるのかってな)

 

だが、同時に六平は恐ろしさを感じていた。シマカゼタービンのその才能と実力に、自分が飲まれる姿が容易に想像できたからだ。

異常だ、自分の経歴を自慢するつもりはないが自信をもって自分はベテランだと言える。そんな自分が彼女を『御しきれる自信』がない。

常識が通用しない、これまでの経験が通用しない、これまでの技術が、積み重ねた歴史が、彼女には意味を為さない。彼女の存在はまさに未知の領域なのだ。

 

(何を意味するか分かってんのか、東条。そいつに関わるって意味をよ)

 

親しげに言葉を交わす二人の姿を見ながら、六平はこれまでの経験から波乱が待ち受けているだろうと予想が付いた。

そいつは下手すれば自分達の全てを否定しかねないウマ娘、トレーナーを必要とせず公式レースの猛者たちをなぎ倒す一般人。

彼女が峠を走るというのも納得だ、そんな規格外は車と競い合ってくれていたほうがちょうどいいとすらいえる。

彼女が上を目指すというのなら、それはただ素直に応援すべき歴史的な雄姿なのだから。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

夕方、ホテルの一室に戻ってきた俺はやっとひと心地付いた気がした。まったくもって、公式のああいう空気は好きじゃない。

前世でもそうだが落ち着かない、俺にはスターだのなんだのは無理だって証拠だよホント。

出来ればベッドにダイブして一旦リセットしたいところだがそうもいかない、さっさと荷物を纏めてチェックアウトだ。

今日も泊まる予定だったが予定変更、これから日本トレセン学園に行かなきゃならん。やれやれだぜ。

 

「やれやれ、やっと一息吐けるな」

 

「ホントだよ、何回検査するんだか…」

 

「まだマシさ、天下のトレセン学園だ。これで白ならだれも文句は言わねぇさ、はっはっは」

 

ま、唐突だし病院なんか飛び込めないしで当然の措置なんだろうけどね。まさかトレセンいく羽目になるとは思わなんだ。

正確にはドーピング検査の隔離って名目なんだろうけどね、やってるわけないから意味ないけども。

 

「笑い事じゃないよまったく、どこをどう見たって不正なんかしてないじゃん」

 

「そうは見えなかったんだろ?見えなかったんじゃ仕方ねぇな」

 

「中央、審査員の質落ちたのかな? これじゃ今後が思いやられるよ」

 

ぷんすか怒るディープが仁王立ち。手伝いに来てくれたのは良いけどそう怒ったって結果は変わんねぇぞ?

持ち込んだOD色のX300バックパックに荷物を放り込みながら、いまだに機嫌が直らないコイツを窘めた。

 

「怒るな怒るな、一応念のためって話なんだ。結果が変わることはないってお前んとこのトレーナーも言ってただろ」

 

「だったらいらないじゃん、なのにみんな寄って集ってさ。ドーピングとか機械隠してるとか変なの仕込んでるとか疑ってさ。

なんかタービンが悪いことしたの?してないよね!!そもそもレース前に検査してるのに何でああなるのさ、不手際晒してんじゃん!!」

 

おっと、なんかしらんがスイッチ入っちゃってる感じ? こいつ意外と正義感あるタイプなのな。

 

「どぅどぅ、何言ったって変わらんよ。切り替えていこうぜ、な?」

 

「タービン悔しくないの?正々堂々やったのに難癖付けられてさ」

 

「いやべつに」

 

言う奴は言うもの、どこだって。そんなのいちいち気にしたって仕方ねーわ。人間なんざそんなもんよ。

まともにやって、相手もまともならまともな結果になる。そうでなきゃそん時はそん時、まともじゃねーのにまともにやっても疲れるだけさ。

ディープ、プライドは必要だがスイッチのオンオフしないと世間じゃやっていけないぜ。

 

「強いね、私はそんな風に思えないよ」

 

「ならもっとヒデー話してやろうか?酒探しに行ったアメリカで殺人犯に間違われたことあるぜ」

 

いやはや思い出すだけで嫌になるぜ、しかも間違った原因が通報したやつが部屋を間違えてたってんだからな。

事が起きたのは隣の部屋、いきなりドア突き破られて銃持った連中が押し込んできたらそりゃアメリカだもの、殴り返すわ。

咄嗟に反撃して中に突っ込んできたマクギーを抑え込んじまったもんだから話がややこしくなっちまった。

前日に絡んできやがったチャラ男共ボコボコにして裏路地に捨ててたから報復だと思ったのもまずかったなぁ。

 

「泊まったモーテルの隣の部屋で銃撃戦やりやがってな、NCISにコッテリ絞られたもんさ。本場の尋問ってのは怖いぜ?それに比べりゃ軽い軽い」

 

「銃撃戦っていったい何があったのさ」

 

「殺人事件、現場は俺の隣の部屋、殺されたのは海軍士官ときたもんだ。なのに俺の部屋に来た理由は通報者の部屋間違い、間抜けで笑う気も失せたよ」

 

「うへぇ…でもなんで両方気づかなかったの?」

 

「事件発生時間がちょうど戦争映画のクライマックスだった、派手な戦闘シーンをポップコーン片手にアメリカンに楽しんでたわけさ。

ちなみに突入されたのも勘違いな、その時間はギャング物で相手殺しちゃったシーンの罵り合いをNCISが聞いてたのよ」

 

実のところテロだったけどね!!表敬訪問で海軍視察に入ったある王族を例のアッラーアクバルが狙いやがったんだ。

しかも感化された海軍士官がいてそれに協力、それに気づいた同僚が止めようとしてやられたのが発端ときたもんだ。

ちなみにぶっ放したのは最初の奇襲でミスって反撃されたからだそうで、先に撃ったのは被害者側だそうな。

何が悲しくてアメリカ本土でイスラム聖戦士相手に、あいつ連れてハンヴィーで大逃げしなきゃならんのだ。

知り合いのBARで酒談議してた時にチャラ男に絡まれてからとんとん拍子だったよ全く。

 

「俺はただ酒を探しに行っただけだったのにな」

 

「アメリカ怖ッ…近寄るのやめよう」

 

なーに、お前さんもいずれは世界に出るんだぞ。馬の時は気にしなくていいことを一杯気にしなきゃならん、この程度でビビってちゃ話にならんぜ、とは言わない。

この世界でそうなるか知らん、同じようになるとか普通ありえん。

そもそも行くとしたら欧州だしな、よほど変な冒険心を出さなきゃ表通りにいる分には安全だよ。俺はあーなったが。

 

「ま、だから気にすんな。大したことねーさ、それよりもっといいほうに考えろよ」

 

「どう考えろってのさ?」

 

「明日の予定さ、俺はガラ空きだぜ?」

 

本当なら今日も一泊して、明日は東京に3人で繰り出す予定だったんだけどねぇ…フライハイトとか軍拡交差点辺りに行こうかと思ってたんだ。

今日だって本当はあいつら連れてマスターの所にでも足伸ばそうかと思ってたんだぜ?珍しい酒あるかもしんないし。

だが予定変更、二人とはここでお別れだ、さすがに古巣に行くのは気まずいってことで帰ることになった。

電車の費用はトレセン持ち、まぁ向こうの都合でこうなってんだから当然な話だがね。

俺は明日はトレセンで待機、ドーピング検査の結果待ちだ。公式だから仕方ないけど手間だよな。

 

「明日丸一日暇だしさ、練習の邪魔に―――」

 

「え、練習に付き合ってくれるの!?」

 

「…ん?」

 

え、いや邪魔にならない程度に遊び相手に…って聞いてねぇや。そんな嬉しそうにされると否定し辛い、まったくこいつはこういうとこ一緒だよ。

まぁ俺としては暇つぶしになるならそれでもいいし、こいつがどれだけ強いのかは興味あるからいいけども。

 

「ま、暇だしな。次は菊花だろ?併走くらいはできるさ」

 

「やるやる!トレーナーには私が許可取るよ!あ、みんなも誘おうかな…」

 

お、そりゃいいや。グラスワンダー達も同じチームなんだしな。ディープとタイマンもいいけど大人数ならいい暇つぶしになりそうだ。

 

「いいじゃねぇか、暇なら誘おうぜ、ターボも呼んでみるか」

 

最近は忙しいらしいから顔出しはやめとこうかと思ってたが、練習ってことならいいわけも立つだろ。南坂トレーナーも東条トレーナー相手なら許してくれるだろうし。

タイマンで全員ぶっちぎれるか試してみるのも面白そうだ、トレセンのコースは向こうのほうが慣れてるし難しいだろうがそれもまた面白い。

相手のホームコースに乗り込んで正々堂々勝ってこそ走り屋というやつよ。

 

「うんうん!あ、ならスピカとかもいい?別のチームなんだけど面白い人いっぱいいるの、みんな強いよ?」

 

スピカ?どっかで聞いたような…あ、ゴールドシップのチームだ。確かダートの犬神家が宣伝看板だったな。

 

「あの犬神家看板のチームか、テレビで見たことあるな」

 

「その覚え方なんだ。まぁアレはインパクトあるもんね」

 

「前にテレビでゴールドシップがでっかい相方とその前でマジックしてたからな」

 

ディープ基準の強いってなるとGⅠ走るクラスってことか。ふーん…なんだろう、嫌な予感がする。

ゴールドシップみたいな奴らばっかとかだったら俺は正気を失う自信があるぞ。

女子校っていうとアクが強い奴が集まってたりするんだ、俺は良く知ってる。

 

「迷惑になるようなことするなよ?向こうにも都合あるだろうしな」

 

「大丈夫だよ、絶対にみんな来るって。もう注目株だよタービンってさ」

 

「ただの走り屋相手にそれでいいのか?」

 

いや前世でもそんなノリあったから中央ってのはそれが普通なのか、なんだかんだ突き抜ける所は突き抜けるのが競馬だったしな。

そんなんじゃここでもタイマン併走千本ノックやらされるのか、こっちの群馬トレセンでも結構やってるヤツ。

群馬トレセンの連中相手なら余裕で相手できるけど中央の連中はなぁ…前世でも散々千切ったけど強いのよ、鼻っ柱へし折っても折れないエリートはほんと怖い。

今の群馬トレセンの連中もかなりガッツのある連中だが、こっちの中央は果たしてどうなのか。

前世のはガッツというか妙に扱い辛い連中が記憶に残ってるなぁ…あの男が連れてくるのはいっつもそうだったよ。

 

「ならコースの用意も頼むわ。2400と3000やりたいだろ?」

 

「もちろん!ダービーウマ娘の実力見せてあげるよ、もう負けないからね」

 

「ダービー?舐められたものだな、その程度の称号で峠の走り屋に挑むとは」

 

せめて9キロ走り切れるようになってから来なさい、もちろん登りだぞ。

 

「あ、言ったな。じゃぁ負けたらトレセンに編入ね」

 

「勝てるもんなら勝ってみな」

 

わざとらしくムハハと笑ってやる。さて、準備も終わったしさっさと出るかね。

あ、そういや服どうしよ?一応公式選抜だし制服は持ってきてるから服はこれでいいとして運動用のは持ち合わせてない。

レースはジャージ貸与だったから自前のは持ってきてねぇんだよな。頼めば貸してくれるかね?

 

「ほら行くぞ…ってかお前手伝ってなくない?」

 

「気のせいでしょ。ところでそのバッグ、なんかゴツイね。どこのメーカー?型番は?」

 

「こいつか?WAS製だ。EliteOpsX300、どうしたんだ?」

 

「遠征用の時のバッグの新調を考えててね、頑丈なのにしたいんだけど悩んでてさ」

 

「ふーん、ならこれはいい品だと思うぞ?高いけど性能は俺が保証するぜ」

 

結構お高いけど替えは利くしお値段に見合った性能よ、これ買ってから買い替えた事なんてない。旅行の時はよく世話になっとるわ。

荷物を詰めたバックパックを背負って部屋を出る、廊下に出るとクイーンベレーとテューダーガーデンがもう部屋から荷物を出して待っていた。

 

「おっと、待たせちまったかな?」

 

「いやいや、うちらも今出てきた所ですよ」

 

「はい、特に待っていませんわ」

 

「そっか。悪いな、予定ドタキャンになっちまって」

 

「しょうがないですよ、天下のトレセン学園ですしあっちのご配慮も理解できますもの」

 

顔では笑いながらやっぱり毒をにじませるテューダー。やっぱあれかな、遊びに行く予定ぶっ壊されたから頭に来てんな。

 

「…なんか棘がある言い方」

 

ほらみろ、ディープが何とも言えない顔してるぜ。

 

「気にしないで、これワザとだからさ」

 

「はい、決して先輩と東京観光する予定をぶっ壊された恨みなんてありませんよ?」

 

「絶対気にしてますよねぇ!!」

 

ふはは、まぁうちに転校してきてから東京に出てくる事なんてめったになかっただろうからな。

何せ天下の女子高生、金の巡りはトレセン生とはまるで違う。つまりお財布の紐は固いのである。

 

「観光だったらこの後に行けばいいじゃないですか、トレセン学園なら宿泊費いりませんし」

 

「あんたねぇ…退学した身でこんなことしてどんな顔して敷居跨げっての?

ついさっきその現役をドロップアウト組のあたしが千切ったばっかなの、空気最悪すぎんでしょ」

 

「成長するって残酷な事ですわ、もう昔の私じゃありませんの」

 

「お前はバイトだろうが。ちなみにテューダーの奴はトレセン未勝利だ」

 

「…メイクデビュー勝った先輩いたんですけど、テューダー先輩のレース」

 

「いましたっけ?そんな強いの」

 

そんなのいたのか?俺は良く知らん。でもディープが知ってるってことは、実際に勝ってたんだろう。

 

「空気に飲まれてビビりまくった最下位のヤツだよ、あたしの同期の後輩だ。何度か会ったことがあるよ」

 

へぇ、ベレーのヤツの後輩かい。

 

「え?あれで勝ってたんですか?ぽつんと一人のドベじゃないですか」

 

中央1勝よりもずっと強い!!ってか?一回勝つのが恐ろしく遠いって前世でもよく聞いた話だぞ。

俺の教え子、レースに出たやつらは全部勝ってるけど。

 

「そのあと鳴かず飛ばず、良くある話だよ。現状かなりギリギリ、同期が最悪見越してうちに声掛けしてくるくらいだからね。

恥ずかしくて地元に帰れないって泣いてるらしくてさ。だから顔見知りがいる所で距離のあるとこ目星付けたいんだと」

 

恥ずかしくて帰れない?なら大丈夫じゃねぇかな、泣けるならまだしがみ付くガッツがあるってことじゃん。

本当にもうだめってなったときは泣く元気も手を伸ばす力も無くなってる。

 

「地方に移籍するんじゃないんですか?勝ったなら引く手数多だと思いますが…」

 

「地方移籍は優先枠がもう満杯なんだってさ、前と同じで重賞持ってる奴らに取られちゃってるんだ。

抽選に一発懸けてるけど保険は必要だから四方八方に声かけててさ、うまくやってるうちにも話が来たわけ」

 

「うわ、それ聞きたくなかったな」

 

「お前がその原因だよ」「あなたが多分原因ですよ」

 

「そう言われましてもこればかりは…」

 

よし、予定変更、寄り道してこう、そうしよう。このまま別れるのは惜しい。

 

「相変わらず大変だねぇ…大変ついでにちょいと気晴らしに行きますか。おめえらも来い、駅まで送ってやる」

 

「え?トレセンに行くんじゃないの?」

 

「少し寄り道してもいいだろ?まだ時間はある。紹介しようと思ってたお勧めのBarがあるんだ。

レモンハートってところでな、いい酒を取り揃えてる。うちのも卸してるんだぜ」

 

こういう時は酒に限る、気分転換に酒談議にでも巻き込んでやろう。マスターも乗ってくれるだろうしきっと楽しいぞ。

ついでに松田さんにでもネタフリがてら付き合ってもらうか?ディープくらいになれば、松田さん位のフリーライターに顔売っといて損はないだろ。

あの人良い人だし変な記事は絶対に書かないから安心できるんだよね、群馬の地方紙でも何回か書いてる。

メガネさんは…ま、いいか。あの人はその場のノリで行こう、居ないかもしれんし。

 

「お祝いだ、全員一杯奢ってやる。好きなの頼みな。うまい酒が山ほどあるぞ、もちろんカクテルも絶品だ」

 

「うわでた」

 

「女子高生とは思えないセリフよく言えますよね」

 

「何その貫禄…ってか飲酒運転はダメだよ!」

 

「飲まねぇよ、ノンアルカクテルを作ってもらうのさ」

 

走り屋舐めんなよ、酒気帯び運転なんざ死んでもしねぇわ。酒は買うけどね、なんか珍しいもんもらおう。

 

「私未成年なんだけど!」

 

「別に絶対に酒飲めなんざ言わねーよ、俺もノンアルカクテル飲むって言ってるだろ。

あそこはノンアルもソフトドリンクも揃ってるし、別に嫌な顔なんてされねぇから安心しろよ

あそこはいい店だ、うちの妹たちも連れてったことあるから信用しろって」

 

「…まぁ姐さんのおすすめなら大丈夫でしょ」

 

「先輩のご実家がお酒を卸してるのなら問題はなさそうですね、ご相伴にお預かりしますわ」

 

常連はいい人たちだしマスターもできた人だからね。本当にひどい客は容赦なく一喝してくれるから安心だよ。

場所も新宿の歌舞伎町やら神室町とかの繁華街と違って結構閑静なところにあるから騒がしくねぇ。

 

「なんで乗り気なのさ…barはいいからまっすぐトレセン!!」

 

「はっはー、お断りだね、気分じゃねーや。お前はこれからデカくなるんだ、酒場の空気くらい知っておいて損はねぇだろ。

時間もそんな掛からねぇよ、高速かっ飛ばせば十分おつりがくる。安心しろ、攻めたりしないよ」

 

「そんなこと言ってもダメだかんね!」

 

「ノンアルカクテルでもbarで堂々と頼める女はモテるらしいぜ?」

 

「モテ…マジで?」

 

「大人な雰囲気出ていい感じになると聞く」

 

知らんけど。俺はモテた試しないな、モテたいなんて思いもしないが記憶にはなんかあんまりない。

絡まれることはたっくさんあるのにおかしいね?大体最後は拳で解決だね。

 

「そういうことなら…よし、試しだかんね!」

 

「ちょろいな」

 

「ちょろいですね」

 

うん、ちょろい。おじさんちょっと心配になってきたよ、大丈夫かいディープちゃん。

 

 

 

 






あとがき
なお高速をかっ飛ばして美味しいもの飲んでのんびりして帰りに首都高をかっ飛ばして帰ってきた模様。
時間的に湾岸連中の活動時間とは被らないので遭遇はしてません。というわけでウマ娘編、唐突ながら少しばかり中央トレセンじゃい。
選抜レースで審議喰らって再検査食らったからちょうどいい具合に理由できたのでもうちょい焼いてこうと思います。
残念ながらそれだけのことをしてしまったのでしょうがないのです。致し方がのない犠牲、コラテラルダメージというモノです。
そろそろキングちゃんの反応も書きたいね、そろそろ現実を知らないとね。いっそここでもゲームやらせてみようかしら。







おまけ・瀬名のウマ娘姉妹
長女・シマカゼタービン、18歳、酒キチ峠キチの走り屋。
次女・メジロジョンソン、15歳、ミリタリーマニアの元お嬢様現軍曹。
三女・シャッタードスカイ、13歳、戦闘機マニア猫娘のお昼寝マスター。
四女・バターナッツ、15歳、ばんえい魂筋肉モリモリマッチョウマ娘のデカブツ。

血の繋がりはなくロクな中身もしていない見た目と性格だけはいい残念姉妹、家族愛はガチな似た者同士。
カウントは家入順、タッパがでかく色々太いバターナッツが一番新入り。
なおメジロモンスニーはお嫁さんで残念でもないガチお嬢様なので特別枠。



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