いつも奥の感想と誤字報告ありがとうございます。
今回は予選当日のカノープスの駄弁り、来なかったツインターボたちでお送りします。
ただただ部室で駄弁っているだけやぞ!!
トレセン学園、チームカノープス部室では久しぶりに練習後のだらけた休憩時間が流れていた。
南坂トレーナーはロイスアンドロイスとサウンズオブアースを連れて買い出しに出ていて、本日の練習を終えた室内は静かで気を張る必要のない緩い空気が流れている。
この空気は嫌いではない、お茶をすすりながらイクノディクタスはマチカネタンホイザと談笑するナイスネイチャに視線を流す。
直近の宝塚記念で見事な勝利を収めた彼女は遅咲きのベテランとしてすっかり世間の人気者だ。
かつてブロンズコレクターと言われ親しまれ、その実力を認められつつも勝ちきれなかった彼女の冴え切った差し足は見る者が見れば唸る強さであった。
その横でノートパソコンを開きキーボードをたたいているツインターボ、彼女もまた直近の安田記念を勝ち取り世間を大きくにぎわせた。
彼女の持ち味である大逃げ、からの逆噴射ともいえる大失速はお茶の間の人気者であり、戦績の落差は彼女の持ち味もあって魅力であった。
彼女ならばもしかしたら、と言われて親しまれる大逃げウマ娘はなかなかいない。そのファンの願いは最近になって報われたと言えよう。
マイルレースのGⅠである安田記念は、今まで主戦場としてきた中距離レースとは違う走りを要求されるにもかかわらず、彼女はいつも通りの大逃げで逆噴射しても諦めずに逃げ切った。
長い挑戦の末のGⅠ勝利、ファン待望の大快挙、となれば世間は大いに盛り上がる。右に左に引っ張りだこな忙しい日々が今も続いていてこのような中だるみは久しぶりだった。
(負けてはいられませんね)
次こそは自分が勝利を掴んでみせる、これでもチームカノープスでは一番レースを走ってきたという自信がある。
何より今波に乗っているチームの空気に乗らない理由はない、数日後の夏合宿で行く群馬で体をきっちり仕上げて秋のGⅠ戦線で勝利を飾るのだ。
「…そういえばここでは3番ではありませんでしたね」
「どしたのイクノ?」
ふと口に出た独り言はツインターボにしか聞こえなかったようだ。気が緩み過ぎていたらしい、イクノディクタスは小さく咳払いして答えた。
「いえ、何でもありません。所でターボさん、本当にお姉さんの応援に行かなくてもよかったんですか?」
今日はツインターボの従姉がURAファイナルズ一般予選を走る日のはずだ、それなのに彼女は平然とここに居る。
話を聞く限り、予選程度は余裕ということなのだが応援に行かなくてもいいとは少し意外な話だった。
彼女の性格なら真っ先にすっ飛んで行ってもいいものなのに、と考えているとターボは小さく笑いながら少し呆れの混じった笑みで首を横に振った。
「勝つことわかり切ってるし、絶対厄介ごとになるから。さすがに今面倒事に巻き込まれるのはちょっと…」
「それはどういう意味です?」
「仕事に差し支えそうだからやめろって言われた」
確かに今のツインターボ、引いてはチームカノープスは忙しい。直近のGⅠレースで見事に勝ち星を二つも上げたのだから当然だ。
ナイスネイチャとツインターボも、現在は雑誌の取材やらテレビ出演やらで忙しい。なまじ、レースで長く走ってきていただけあって反響も大きかったのだ。
言われたという事は、おそらくシマカゼタービンが止めたのだろう。
「タービンは基本的に運が悪いからね…でも行きたかったなぁ」
ツインターボは普段の様子からは考えられないようなちょっと困った雰囲気で笑う。
行きたかったけど仕方ない、けどやっぱり残念で仕方ない、そんなアンニュイな表情だ。
「運が悪いというのは?」
「お?お二人さんどんなお話で?」
「なになに?混ぜて混ぜて」
「なんていうかね、タービンが勝つのは当たり前なんだけど問題はそれ。必ず本気で走るからなんだよね」
どういう意味だろうか?イクノディクタスはツインターボの返答にいまいちピンとこなかった。
それは会話に混ざってきたマチカネタンホイザも同じようで首をかしげている。
反面、ナイスネイチャは何か理解できるところがあったのか何故か呆れた笑顔でなるほどと頷いていた。
「タービンは本気には本気で挑むんだよ。本気の相手には本気で掛からなきゃ相手に失礼だからってさ」
「それは当たり前なのでは?」
「いやいや、それが問題。ね、ネイチャ?」
「あー…想像できた、なるほどそりゃ厄介事ですわ」
ツインターボが言いたいことを感づいたナイスネイチャが話題を引き継ぐ。その表情は呆れたような笑みだった。
どうやら彼女には思い当たる節があるらしい、生で対面して彼女の強さを一端でも身で感じた彼女にしか分からない経験から得たものだろうか。
それにはとても興味が引かれる、イクノディクタスは眼鏡のツルを無意識に押し上げてナイスネイチャに問いかけた。
「どういう意味でしょうか?」
「あの化け物染みたのが本気で走るわけですよ?いくら歴戦のアマチュアだからってあれは相手が悪すぎるって話。
イクノもトレーナーが撮ってきた映像は見たでしょ?アレを平地でやる気だよ、彼女」
「前にアマチュア大会に出てた時期があったんだけど、やり過ぎていくつかには運営から出禁喰らっちゃったってあやめ姉ちゃんが言ってたよ。
その時もご当地の人気者を散々な目に遭わせてたから嫌われちゃって大変だったってさ」
「なんか別で普通に稼いだ方が良くないですかねぇあの人の場合」
「家の手伝いと並行して供養衆でポーターの仕事してたよ、でも時間なかったからやったとか」
「ポーターって…まさか危ない仕事じゃないよね?」
「そんなことしないよ。ちゃんと国際ライセンスも持ってたし」
ポーターとはいわゆるフリーランスの運び屋である、ほとんどの場合は個人単位で配送を請け負うちょっと敷居の高い料金割高な直送便だ。
配送者にもよるが基本的に普通の宅配業者よりも素早い配送と丁寧な仕事が特徴で、日本では速達の直送便として重宝されており人気の職業だ。
個人またはチーム単位で活動し合法ならば戦地にも荷物を運ぶ、合法なら危険もある仕事もやる。そこに人もウマ娘も区別しない。
特に軍人一家からの仕事はそれが主であり、配属先の戦地に家族からあるいは戦地から家族への手紙やビデオレターを届けるのにポーターを雇うのはよくある事である。
その仕事斡旋組織や企業も多く、フリーランスでウマ娘に人気のある職業であるとイクノディクタスも知っている。
しかしなるには国が発行する国内公式ライセンスを取得することが必須であり、その試験は国家資格である以上それなりに厳しい。
そこからさらに国際ライセンスにするには国際機関『カイラルネットワーク』が主催する試験に合格しなければならない。
その国際ライセンスを持つ国際ポーターとはいわば国を跨いで仕事のできる国家間でも認められたポーターである証であり、各種あるポーター系の資格でも必要資格が複数ある上位ランクの難しい資格である。
その難しさは通常のライセンスの比ではなく、厳しい国内ライセンスを取得後に一定の成果を上げた上で国際機関の厳しい試験とふるい落としに残った合格者はどこの会社でも重宝されているくらいだ。
「おかしいですね、日本での国内ライセンスは18歳以上でないと受けられないのでは?」
「だから海外なの、今は知らないけど取ったときは国内ライセンスなら年齢制限が緩い国もあったから供養衆の伝手を使ってそこで取ってさ。
そこでも供養衆は一応ポーター配送してるからそれでさっさと実績作って国際ライセンスにしたの。
実は国際ライセンスって年齢制限ないんだって茂三おじさんも悪い顔してたよ、前提条件がほぼ年齢制限付きだからって」
「あいつならやりかねんわ…確か会社の人言ってたもんね、家族揃って資格マニアだって」
「キチガイなんだよ、ネイチャは知ってると思うけどタービンは峠バカで酒キチガイ、お酒の事になると昔から一直線と言うか加減を知らないというかね。
中一になってさっそくひとりで海外行こうとしてたし、さすがにおじさんも止めようとしたんだけど強情でさ。
だからアホみたいな条件出して止めようとしたんだけどクリアしちゃうからもう止めらんなくなっちゃって」
「あ、解った。その条件がそのライセンス?」
「そうだよ、あれば何かあっても言い訳が利くし身分証明にもなる。お金に困っても仕事ができるからいいことづくめだからってさ。
これがあれば97年とか98年のアメリカみたいに危ない橋を渡らなくていいからってすごい念押ししてた。
敏則兄ちゃんもそれに賛成しててね、結構苦労してたから…あ、取ったの東スラブ共和国だ。
行ったことあるから兄ちゃんが勧めてたんだ、内戦終わってガタガタだけど友達がいるから」
1997年と1998年のアメリカ、そういえば大きな事件があったとテレビで見た記憶がある。
イクノディクタスはなんとなく思い出した。産まれる前の事なので大きな事件があったくらいの事しか分からないが大変だったと聞いた。
それにシマカゼタービンの父親は巻き込まれたらしい、不運な話だ。
「タービンってただでさえ運が悪いからね、まぁ瀬名家って大体そんなところあるんだけども。
呪われてんのかってくらいなときもあるから、これくらい持ってないと話にならないって珍しく突っぱねたんだよ。
当時中学生一年生だよ?普通取れるなんて思わないじゃん、諦めると思うじゃん、ただでさえ盛りに盛って難易度上げてるんだもん。
でも本気にして供養衆経由で現地に行ってさ、取ってきちゃうからおじさんもそこまで本気なら何も言わないってOK出しちゃった。
普通に海外まですっ飛んでいくからドクターもアレには呆れてたよ。
まぁそれで一杯友達も作って来るし楽しいこともたくさんあるからいいんだけどさ」
「じゃぁキチガイみたいに着信してるスマホ放っておいてるのもそれかい」
それ言ってほしくなかったな、とツインターボは再びらしくないげっそりとした表情をナイスネイチャに返す。
事実、なぜか窓際に遠ざけられたツインターボのスマートフォンは途切れなく無音の着信を繰り返して止まらない。
持ち主が先んじて着信を無音にしたためだがそれでもけたたましいと感じるほどにずっと着信し続けているのだ。
しかしナイスネイチャはその反応が面白く感じたのか言葉をつづけた。
「タービンがなんも反応しないからみんなこっちに連絡してくるんだよ」
「電源切れば?」
「切ったら切ったで後がね…逆に心配させちゃうと悪いしさ。こっちが出ないの知ってるから着信だけ残してるんだよ」
「なんですかそれは?」
「国際電話は料金馬鹿にならないから全無視安定、あと長話に絶対なる」
「で、でもさすがに少し確認したほうがいいかなーって?」
ツインターボはいつになく、そして非常に珍しい鬱陶しそうな表情をしてスマホを手に取って履歴を開く。
そして思いっきり顔をしかめてため息をついた、実に彼女らしくないがこういう事もあるのだという新しい一面を見た気がした。
「どこから来てんの」
「イタリアのアブちゃんにガリちゃん、アクィラ姉ちゃん。フランスのベニ子にコマちゃんにリシュ姉。
ドイツのオイゲンにグラーフ、ローちゃんにビスねー。ロシアのソユーズにガン姉ちゃん。
イギリスのウェールズ姉ちゃんレパルス姉ちゃん、ウォー様、ネルソン姉ちゃん、リアスねぇちゃん、くっころ、あとシェフィにベル。
アメリカのアイちゃんにサラにワシントン、ネバダに…うわ、エンプラ姉にホー姉、ヨー姉までかぁ…」
「うぇーいうぇいうぇい…あいつどんだけ外国に友達いるの?」
「滅茶苦茶いるよ?アリッサさんにウィーラーさんまで来てるし…あ、前田先生にマクギーまで。
はぁ…だから出たら底無しなんだよ、軍曹がいつも言ってるんだけど全然治んない。
どうして姉貴はいつも変なところで思い切りがいいんだ、いつか取り返しがつかなくなっちまうぞ?ってさ」
「誰よそれ」
「ジョンソンのあだ名、タービンの妹」
「あいつ妹いたの!?家に居なかったよね?」
どうやらナイスネイチャも知らなかったらしく目を引ん剝く。あの瀬名のウマ娘に姉妹である、どんな化け物だと言わんばかりだ。
「瀬名家のウマ娘は四姉妹なんだよ。タービンが長女、軍曹が次女、シャットが三女、バタ子が四女。
レースでも結構強くて、みんな群馬トレセンに入ってるから普段は家にいないんだ。血の繋がりはないけど似た者同士で仲良しだよ」
「さすが酒造の老舗、金あんな…あれ?モンスニーさんは?」
「姉ちゃんは敏則兄ちゃんのお嫁さんだからカウントしないね、街でも四姉妹だし」
「ますます異様ですね、聞けば聞くほどタービンさんだけ完全に浮いてますが…」
「それがタービンだもん、基本的に我が道を行くのは昔からだし。中学進学の時なんか、あの3人と一気に離れたのに平気な顔してたよ」
自慢げに胸を張るツインターボ、その回答にイクノディクタスはふと自分がもし同じ状況になったらと考える。
同じ小学校で幼馴染の仲の良いウマ娘の友達が複数いて全員がトレセン学園入学を希望し、自分は昔からそうではないからと言って普通に進学する。
仮に自分を貫き通したとしても一気に幼馴染たちから引き離された寂しさはとてつもないものだったろうに。
「ところでさ、あんたさっきから何やってんの?」
「これ?この前涼介兄ちゃんがくれたデータのチェック。三女神さまから最適化が終わったって帰ってきたの」
「何それ、ってか誰?」
「知り合いの走り屋のお兄ちゃん。ほら、この前タービンと芦名峠走ったときネイチャ動画取ってたじゃん」
「あれですか」
ナイスネイチャが持って帰ってきたデータというのは、シマカゼタービンの運転を助手席から録画した物の事だろう。
峠を登っていくスポーツカーの助手席からスマホで録画した物であり、車の運転をしたことがないイクノディクタスにもすぐにわかるくらい丁寧な物であった。
ただ荒々しいだけでなく早く登るために計算し尽くしており、それでいて上を目指して運転しているのがよくわかる水の入ったコップが印象強かった。
なみなみ水の注がれたコップの水面は遠心力で偏りこぼれるギリギリまで盛り上がる、そこでくるりと回すようにしてコップに戻る。
普通の運転ならばそんな風にはならない、あっという間にこぼれる。しかし映像では、アップダウンが激しい地点で一滴だけ、それも僅かに垂れるだけであった。
「うん、あれ。何かに使えないかって相談したらね、データと交換で兄ちゃんがこれ丸ごとくれたんだ。
VRだからウマレーターに使えるかもって思ったらできそうだから女神さまに頼んで変換してもらったの」
「えぇ?でも使ってたの普通のスマホだよ?」
「実はそうじゃないんだなぁ…」
ツインターボがノートパソコンの画面に映したのは3つの峠のコースデータと、それに対応したレースプログラムだった。
よく見るとプログラムの端に見慣れたサトノ家のゲーム会社のロゴと三女神監修のロゴが追加されたようについている。
その画面の中でデモ映像として動いているのは、イクノディクタスも以前見た早朝の芦名峠を滑らかに登っていく車の助手席からの映像だった。
「とりあえず入ることはできるよ。走るのはまだ駄目だけど」
「なんでVRにまでなってんの?」
「ネイチャのスマホ、最新型だし映像撮ったとき練習用アプリ噛ませて色々測定しながらやってたでしょ。あれでVR化できるくらいデータを取ってたんだよ」
「…あ、そういやそうだった」
どうやらナイスネイチャも完全に無意識だったらしい。だが不思議なことではない、トレセン学園では自主練でよくやる事だ。
きっと彼女は別のことに夢中になっていてスマホの操作はほとんど無意識だったのだろう、それで使い慣れた設定で録画してしまったのだ。
録画中も画面は見ていただろうがそれも見慣れた画面だから違和感を覚えることがなかったのだろう。
「最近のアプリはすごいよね、啓介兄ちゃんがめっちゃ驚いてた。次から自分も使うってさ」
「あれ? でも確か三女神様って今フルメンテで使えないんじゃなかったっけ?」
マチカネタンホイザの言葉にイクノディクタスも思い出す。
学校で試験的に運用されているサトノ家謹製の最新式VRシミュレーターであるVRウマレーター、その管制AIである三女神は既に学園の一員である。
彼女達のお世話になっているトレーナーやウマ娘も多く、端末越しに時々雑談しているところもよく見るくらいだ。
「あ、それターボも聞いた。サーバーにイレギュラーな超負荷が発生したとかなんとか…ターボギリギリだったんだよ」
「まさかターボちゃん、それウィルス入ってたんじゃ…」
「これじゃないよ!これの後だって言ってたもん。涼介兄ちゃんがそんなことするわけないじゃんか」
「そうですね、そもそも走り屋がトレセン学園にウィルスを持ち込む意味が解りません」
「じゃぁ偶然か」
「そもそもネイチャさんとしてはそれを使えるVRまで作ってるそのお兄さんが凄いと思うんだけど…それって普通?」
ナイスネイチャが不思議そうに首をかしげる。たしかにそうだ、走り屋と言えど一般人のはずだ。
個人でやっている以上限界はある、仮に出来たとしてもVR化までしているのはなかなか考えづらい。
それだけ大金持ちの走り屋だとしても普通はあり得ないはずだ。
「高橋兄弟ならやりかねないんだよね、群馬の走り屋じゃ有名な話なんだ。主に涼介兄ちゃんなんかマジだもん。
だからレッドサンズはかなりガチなほうの走り屋で有名、チームの連携もすごくてサポート専門チームまで作るくらいだよ。
タービン曰く、編成もプロ並みだから相当気合い入ってるってさ」
「ほへ~…そういうのって芦名にはないの?話聞いてると全然出てこないよね?」
「無いね、たまに秋名スピードスターズが遊びに来るくらい。隣の秋名峠のチームで仲がいいんだ。
芦名はみんなあくまでエンジョイ勢だから個人単位で赤城ほどガチじゃないの、それで弱いかって言えばそうじゃないけどね。
一応順位は競ってるしタービンと敏則兄ちゃんでツートップだもん。芦名のハチロクの二代目、瀬名兄妹って言えば古い走り屋ほど恐れ慄くよ」
「ハチロク…なるほど、例の車のハチロクですか」
学内で散々噂されていたスカウトを拒否した群馬トレセン学園の地方ウマ娘が放った捨て台詞の一件がやっとイクノディクタスの中で合点がいった。
恐らくそのウマ娘は走り屋のハチロクという存在を知っていてそれを目標にして走っていたに違いない。
しかもそのハチロクの後継者が公道で成果を上げていたのだから、正論を言って止まるものではなかっただろう。
「ハチロクはやばいよ、群馬のハチロクはマジやばい」
「そこまでなの?」
「うん、やばい」
マチカネタンホイザの少し慄くような声色の問いに、ツインターボはもっともらしくうなずく。
「今の走り屋の間じゃ廃れてるからそんな有名じゃないけど知ってる人は知ってる伝説だよ、群馬のハチロク。
茂三おじさんのハチロク、文太おじさんのハチロク、陽一おじさんのハチロク、登りもそうだけど峠の下りは訳わかんないくらい速いよ。
どこをどうライン作って、どんな考えで踏み込んで、どういうタイミング計ってハンドル切ってるのか全然理解できない。
クレイジー過ぎて当時の現役ドライバーすらドン引きしたって話もあるくらいだよ」
「あぁ、すごいってこと以外なんも分かんないってやつですか…わかるわぁ、あたしもあの下りはさっぱり理解できなかったもんですよ」
何とも言えない実感のこもった表情をするナイスネイチャ。その反応にツインターボはうんうん頷いた。
そりゃあんな大騒ぎで悲鳴を上げているのだから何もわかっていないわな。
その様子にマチカネタンホイザは感嘆の声を上げる。ハチロクとはそれほどに凄い車なのか、イクノディクタスはスマホを取り出してインターネットサイトで情報を調べ始めた。
「そんなすごい車なんだ、でもテレビで宣伝とかあまりしてないよね」
「ハチロク自体はそこまで凄い車というわけではありませんよ」
イクノディクタスはスマホで調べていたネット辞典を見ながらそれを否定する。
確かに名車ではある、しかし名車は名車でも隔絶した性能を持つといった部類ではないのだ。
「ハチロクというのは通称、正式名称はAE86。スプリンタートレノ、あるいはレビンですね。
走り屋界隈では確かに名前の通った名車ですが、発売当初からそこまで値段のする車種ではありません」
「ハチロクの良い所は安くて改造しやすい所だったっておじさんも言ってたかんね、すごくいい車だけどもっといいのも普通にある感じ」
「ドリフト仕様にしやすい車だったそうですね、それでいて比較的安価で性能もそこそこ。名車ではありますが方向性が違う」
「うん。でもおじさん曰く、峠で乗るならハチロクが一番だってさ。ハチロクはドライバーを成長させる車だって言ってた」
「ですがいくら名車と言え古い車種ですので性能は当時の時点でも新型に劣りますので上級者向けになるんですよ」
「再生産はされてるけど昔ほど人気ないんだよ、名車ではあるけど古いのは変わりないからどうしても性能がね。
改造はしやすいって言っても知識は必要だから、ド素人が選んで痛い目を見る車なんて言われたりもするし。
そもそも手を加えるって言ってもお金はかかるから、それなら最初からもっといい車買おうって感じになっちゃうんだよね」
それに今からAE86に乗るなら86やGR86に乗ってたほうがいいっていうのも多いしね、とツインターボは少し寂しそうに付け加える。
豆腐のような箱型ボディよりも新型のシャープなスポーツカーのほうがかっこいい、というのはツインターボも納得できる所であった。
残念なことであるが時代の流れというモノはどうしようもない、復刻生産されたとしても開発の歴史を見れば性能差は歴然だ。
「新86にハチロクが絶対負けるわけじゃないけどまぁ厳しいよ、おじさんかタービンくらいじゃないと。ほら見て、コースは三つ、車は大体トップ層」
ツインターボがマウスを操作すると、画面に登録されているコースと車の一覧が出てきた。
コースは三つ登録されており、車種のドライバーはイニシャルで表示されている。
「これうちにくれていいもんなの?そのチームの最高機密なんじゃない?」
「常に更新されてるし漏れても問題ないんだって。所詮は練習用だからってさ」
「赤城、妙義、芦名…これ全部峠ですか。こちらの車は?」
「それは仮想敵、レッドサンズが収集した三つの峠の強い走り屋の最新データで作ったCPUエネミーだって。
ほら、タービンも居るでしょ?WRXでSTになってるの、それタービンのデータ。夏前の最新らしいね」
「ホントだ、しかもご丁寧に車と足の両方が…じゃぁこのRTとKTってのがレッドサンズの人ってことかな?」
「そうそう、妙義が中里兄ちゃん達ナイトキッズ、赤城はレッドサンズ、芦名は他に敏則兄ちゃんと34のおっちゃんだね」
「ツバキプリンセスちゃんとかは?例の3人も走り屋なんじゃないの?」
ナイスネイチャが上げた名前はここ最近噂されるスカウトを断った地方トレセン生徒の名前だ。
どうやら彼女たちもシマカゼタービンとは幼馴染であり、群馬ではそこそこ名前の通った走り屋らしい。
ツインターボも走り屋の話題になるとよく口にしていたので実力はあるのだろうが、確かにシマカゼタービンがありながら彼女たちが名前がないのがイクノディクタスには気にかかった。
「そういえばそうですね、ターボさん?」
「あの3人は強いけどトップ3までは食い込めないよ、才能は有るけど経験の差が大きくて届いてないっておじさん言ってた」
それは仕方のない話だ、シマカゼタービンとその3人の走り屋としての経歴は単純計算だと6年ほど前から差異が生まれている。
小学校卒業と同時に群馬トレセン学園に入学しレースの世界に入った3人と地元に残り6年間を自由に生きて峠を極めた彼女では何もかもが違いすぎるのだ。
文字通り年がら年中峠を攻めているようなシマカゼタービンとは雲泥の差があると言ってもいいだろう。
「このあたりになると大体ホームコースを極めてるもん、基本的に地元じゃ負けなしって感じ。
そこに乗り込んで勝つってのが走り屋の交流戦で、流儀で、醍醐味なんだよね」
「相手の得意なフィールドに乗り込んで、相手が全力を出せるレースで挑む…私たちにはあまり馴染みがないですね」
「だから地元で挑まれて負けるなんて絶対嫌だっていう走り屋いっぱいいるの。ターボも見たかったな、今日の交流戦」
「今日?」
「秋名でやるんだよ、赤城レッドサンズと秋名スピードスターズの交流戦」
「ならネットかテレビで見よう、夜の生中継なら見れるよきっと」
「マチタン…これ違法レースだから中継なんてないよ」
「あ…」
「現地で見ないと見れないのが走り屋のレース、それもまた醍醐味だから人気あるんだよ。
群馬トレセンで録画してくれてると思うけど…さすがにすぐ頂戴ってわけにはいかないしなぁ」
残念だぁ…と唸るツインターボ、心底残念そうだ。
「あ、そういえば!」
「どうしたんですか?」
「レース映像なら最近別のを貰えたんだ、芦名と群馬トレセンの交流戦。
WRX対クラウン・アスリート、タービンとツバキのガチンコ!!見てみる?」
「ほぅ、良いですね」
「見たい見たい!面白そう!!」
「そんなのあるんかい…」
ニコニコでツインターボはパソコンを操作して一つの動画ファイルを再生する。
最初に画面に映し出されたのは群馬トレセン学園の制服を着たウマ娘達がこちらを見上げている所だった。
みどりがかった画面は少し上下左右に移動した後、眼下のウマ娘の指示と同時に移動を始める。
どうやらこれはドローンからの空撮映像の様だ、マイクロバスの横に広げられた武骨な天幕を飛び越えて向かったのは公道だ。
公道の脇には多くのギャラリーがたむろしており、道路をふさがないように多くのスポーツカーが並んで駐車されている。
道路上には二台のスポーツカーが横並びにスタートを待っており、二人のウマ娘が運転席に乗り込んでいる所だった。
「こんなの誰が撮ってんの?テレビ局とかじゃないよね?」
「群馬トレセンだよ、正確にはモータースポーツ部だけど。最近ドローン使って映像撮ってるんだよここ。
高崎レース場でも導入してて結構評判いいって。ちなみにツバキたちはそこ所属で主力トップ3、部長と副部長やってるよ」
「随分と力が入って…おや、メール?」
「あれ?パソコンの方?…あ、ダイオーからだ。なんだろ?ちょっとごめんね」
今にもスタートしそうな画面の端にメールが届いたというホップアップが浮かび、ツインターボは映像を止めてメールを開く。
それは彼女の知り合いだというホクリクダイオーからのようだが、その内容に四人は首をかしげるしかなかった。
「タービンがトレセンに拉致られたから三人分どうにかできないか…はい?」
「拉致ってどういう事!?トレセンまさかやっちゃった!!?」
「いやいや、ただの比喩というかわざと変に言ってるだけでしょ。たぶんあいつなんかやったな」
「三人分、というのは一般来場の事でしょうか。さすがに無理では…地方トレセン生三人をいきなりというのは」
一体何があったのかは分からないが、シマカゼタービンが急遽トレセン学園に一日泊まることになったらしい。
噂のシマカゼタービン、一体どんなウマ娘なのだろうか。イクノディクタスは暇を見て顔を見ようと心に決めた。
あとがき
今期ウマ娘は賛否両論だそうですね、自分は楽しめたほうなんでとやかく言いません。
しかし描写でちょっとインスピレーション沸いたんでそこを突っ込みます。
世界がウマ娘に夢中なのは世界がヤベーからなんじゃないかなぁ!!少し目を逸らしたいからなんじゃないかなー!とか。
無論戯言です、結局ぶち込みたいからやった屁理屈です。ちなみに呪いではありません、祈りです、前世からの。
本編に関わりません、あったかもしれないし、無かったかもしれないし、それっぽい別件かもしれない。
だが絆の力を侮るなかれ、この世界の瀬名酒造は単体ではそれなりだけど誘爆で大変なことになる連鎖核地雷だぞ。
ちなみに今回の話題でカノープスは気付いてないけどスぺちゃん辺りが聞いたらすごい顔しそうな話題を入れてみました。
トレセン学園純粋培養だとそういうところズレてそうだよね、偏見かな?
おまけ・アメリカの大事件の一部、詳細は伏す。
1997年12月 アメリカ北東部ニューヨーク市 突然変異 人体発火
1998年9月 アメリカ中西部地方都市 生物災害 感染拡大
おまけ2・シマカゼタービンの仕事着と私服を作ってみた。
運び屋
【挿絵表示】
私 服
【挿絵表示】
ダイオーやノルン、ツバキはちょっと待ってください。なかなかできなくてつらい。
特にツバキがなんか違うの、オグリキャップが出てくるの。なぜ?