気儘に生きた転生馬物語   作:イナダ大根

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いつも多くのご感想と誤字報告、ありがとうございます。
今回は模擬レース前編、いつも通りトンチキでお送りします。本番ではできないラフプレーをご覧ください。
大人げないとかありえないとかそういうのは横に置きましょう。所詮は模擬レース、遊びの延長みたいなもんです。

※4/30 若干改訂。ラフプレーなのは変わらない。






第三十五話

 

 

 

日本ウマ娘トレーニングセンターに数あるトレーニングコースの一つ、芝の普遍的なコースがメインである場所は普段から人気が多い。

しかしその普段を超える人数が、今このコースには集まっていた。

その中で集まった顔見知りの3人のトレーナーは、目の前のコースで出走前の準備運動をする出走者を観覧席から見下ろしていた。

 

「…あのバカどうしてる?」

 

「停職と異動、無期限のトレーナー権限剥奪。物品管理部に異動だと、謹慎で寮に戻ったとよ」

 

「蹄鉄磨きか…その方が良かったのかもね。あんなことしでかすくらい単純だから、いつも辛そうにしてたし」

 

「…そうだな」

 

3人の小声の会話を聞いた男性トレーナーはポケットに突っこんだままのそれを握り締めた。

彼のやったことは人としてもトレーナーとしても最低で最悪で下劣なことだ、だがやり方ならそれこそもっと悪辣なやり方はいくらでもあった。

レース界の名門としての権力、学園内の派閥の利用、学外への裏取引や世論操作、やろうと思えばトレセン学園のトレーナーならばできる人材はいくらでもいる。

直談判という直接行動しかなかったのは、彼がそういう事には縁遠いトレーナーで単純さが取柄だからそれしか思いつかなかったんだろうと交友のあった同僚たちは理解していた。

うまく行くわけがないだろうに、雲の上のあの人たちがそれを了承するはずもないだろうに、ただの自殺でしかなかっただろうに。

だが、そんなバカなことすらできなかった、考えすらしなかった、そんな自分に嫌気がさしている空気がそこかしこにあった。

暴走であり、悪手であり、自殺であり、最悪であり、人間失格である。でも動いたのは彼だけだった。

 

「単純バカが…場外の悪巧みは私の領分でしょうに、突っ走りやがって」

 

「その割にあんた動かないわね。いつもは真っ先に反応しそうな連中も今回に限って動き悪いし」

 

「あの自称と一緒にしないでいただきたいですね、私は相手も理由もいつも選んでます」

 

「その頭がねぇ奴が大人しいんだからなんかあったって思うでしょ、頭のいいバカがさ」

 

よく聞く話だ、彼はその話を聞き流しながら内心では同意する。この界隈だって闇はある、彼らが管を巻く話はその中でもよくある頭のいいバカの話だ。

中央のトレーナーとしてやっていける頭があって腕前も確かなのだが人間としてはいかんともしがたい厄介な出来の連中である。

そう言うトレーナーたちは得てしてこの世界でも名前の通った家やその系譜である。つまりはボンボンで、変な方向に染まったのだ。

唯一の救いはその手の諍いから担当を遠ざけることはするくらいだろう、少なくとも指導などには一切狂いがないのが厄介だ。

 

「待ったがかかったんでしょう、想像に難くない。いくらバカでもママとパパの言う事は聞く分別はあります」

 

「実家が釘刺したってか?普段格式だのなんだのうざったい名門様がそんな分かりやすい自制させてるってどんな状況だ?

それともそんなヤバいのなのか?あの子の実家、確かに酒造の世界じゃかなりの歴史が深いってのは分かるんだが畑違いだろ?」

 

「あなた、会社のホームページは見ましたか?商品紹介は?」

 

「見たけどそこは見てねぇな、商品は関係ねぇだろ」

 

「あまり込み入った事情は説明しにくいですが…我々の理解しやすい話にすれば、メジロを敵に回すことになるのでやりたくないんでしょう。

調べればわかる事ですが、件の彼女のご実家が経営する会社、彼女の兄である副社長の奥様、あのメジロモンスニーですよ」

 

「そりゃ止めるわ、どんな反応してくるか見当がつかないじゃない」

 

「ってかそんなとこにいたのかよあのお嬢様、雲隠れしてるってのは嘘か!?」

 

「先代との確執は事実でしょうがそれ以降は出鱈目まじりだったんでしょう。都合がいいから放っておいたと思われる節が思えばいくつかありました」

 

メジロモンスニーと先代メジロ当主の確執はこの界隈では有名な話だ。先代当主の方針に反旗を翻し、メジロ家から彼女が出奔した結果起きたゴタゴタはこの界隈を大きく揺るがせた。

今代のメジロ家当主とメジロモンスニーの関係は世間的には未だにはっきりしてはおらず、確執があるのかそれとも内々で和解しているのか不明である。

確執があるのならばまだしも、もし内々で改善していたのであれば最悪の場合あのメジロ家を敵に回すことになる。

日本ウマ娘レース界の重鎮である超が付く名門のメジロ家を敵に回すのは自殺行為だ、この世界では生きていけなくなるとなれば慎重になるというモノだ。

 

「厄介な…いつも通り暴れてりゃ矛先がズレてただろうに」

 

「あの連中が厄介なのは今に始まったことじゃありませんよ」

 

「はいはい、それ以上は今は無駄。今はこのレースに集中しましょう?どうなるとおもう?」

 

「それこそ考えつかねぇよ…実際、これ明らかに異常事態じゃん」

 

メガネのトレーナーの言葉で周囲のトレーナーたちの意識は再び目の前の模擬レースに向く。

 

(芝2400、モチーフは日本ダービー、よくある模擬レースだ。だが、面子があまりに豪華すぎる)

 

東京レース場を模したコースで行われる模擬レース、芝2400メートル左回り。長距離ではなく中距離なのは足への負担を考えた故だろう。

その光景はまさにGⅠにふさわしい一面に他ならない。全員が各々勝負服に身を包み、誰もがやる気に満ちている。

異常事態、そう言うにふさわしい。何をどう思ったのか、何をどう考えたのか見当もつかないが、あのトレーナーたちは全員がこの勝負服で挑むことを許した。

確かに勝負服はレースの時だけ着るわけではない。取材などで着る機会は多々あるし、実戦に向けて着用して試走することは多々ある。

しかしそれでも、こういった模擬レースでこんな大勢でやるなんてことはあり得ない。

 

『1番・サイレンススズカ

2番・ウイニングチケット

3番・ゴールドシップ

4番・キングヘイロー

5番・シマカゼタービン

6番・スペシャルウィーク

7番・ナリタトップロード

8番・ナリタタイシン

9番・マルゼンスキー

10番・テイエムオペラオー

11番・ファインモーション

12番・ビワハヤヒデ    』

 

錚々たるメンバーだ、誰もが日本ウマ娘レース界において一目置かれた強豪ばかり。これだけでも異常なのに、集まり方も異常に尽きる。

突然の模擬レースであり、模擬レースであるとはいえある種のトライアルに近いために下手な加減は許されない、故にスケジュールに余裕のある者だけに志願を願ったのにこの集まりようだった。

これでもある程度選別したほうだ、距離に適性のある者はそれこそこぞって出走を志願していた。

今年大注目のディープインパクトが真っ先に手を上げて志願したという話まである、彼女が一番最初に彼女に出会いその実力を経験したのならばそれはそうだろう。

自分より強い一般ウマ娘をにこやかに語る彼女はウマ娘の間ではそこそこ陰口を叩かれるくらいには有名だ。

当初こそ誰も信じない冗談、シンボリルドルフの悪癖が移った、強者ゆえの孤独が生んだイマジナリーフレンドなどと言われていた。

現役のクラシック2冠である彼女の出走はさすがに却下されたが、それでもあのナリタブライアンの姉が乗り込んできている。

あの彼女までもがシマカゼタービンを大なり小なり認めているという事に他ならない。

その実力は既に先日のレースで見せつけている、それを今度はその身をもって体験できる、そして勝ち負けは関係がない。

 

(故に本気、という事か…みな本気という事なのか)

 

「スゲー空気だ、GⅠクラスじゃねぇか」

 

「よくもまぁこんだけビッグネームを集めたもんだ、沖野はともかく他のはよく許可だしたな」

 

「あの東条トレーナーが進んで戦力出してんだ、他の連中だって実はノリノリだぞ。こんな珍事滅多にない」

 

「沖野が口挟まなかったらオールリギルでぶっ潰しに掛かってたらしい。シンボリルドルフやナリタブライアン、ディープインパクトまで突っ込むつもりだったよ」

 

「あぁ、だからあの3人も勝負服なんか…なんでやめた?」

 

「南坂が止めた。いろいろあったから公平性に欠けるとさ」

 

「公平性ね…じゃぁあれか、カノープスが全員いないのもそのせいか」

 

「シマカゼタービンの従妹がツインターボだ、チームメンバーの身内だからパスなんだよ」

 

「似てんのか似てねぇのかわかんねぇ従姉だな」

 

誰かのそんな会話でレース場にほど近いラチの裏側に視線が集中する。

彼もそっちの方に目をやるとそこには今まさにレースに乱入せんとする勝負服姿のディープインパクトとそれを両脇から抱えて犯罪者のごとく拘束するナリタブライアンとシンボリルドルフの姿。

 

「やらせろ!走らせろ!!」

 

「まぁまぁ、臥薪嘗胆。ここは堪えて次に活かそう…でないと私も抑えられないよ」

 

「こっちも堪えてるんだ、我慢しろ。次で勝てばいい。それとも今なら勝てるのか?」

 

「ヌギギギギッ!!」

 

ナリタブライアンに窘められて乙女がしちゃいけない渋い表情になり、実に悔しそうな唸り声をあげるディープインパクト。

これが若さか、これがクラシックゆえの初々しさか。それにしてもクラシック当初の彼女とは似ても似つかない明るさだ。

普段から彼女は決して暗いとか真面目過ぎるといったタイプではなかったが、レースとなるとその快活さをしまい込むスイッチが切り替わるタイプだと思っていた。

 

(勝てるのか、本当に。君は…)

 

空気が違う、この空気は先ほど誰かが発言した通り、GⅠの空気に近い。異質、れっきとした競争ウマ娘でさえ飲まれてしまう空気、なのに注目の彼女はそんな様子はない。

コースの端で椅子に座り、両足を沖野トレーナーに触診されながら自然と伸びをするたった一人の一般ウマ娘。

周囲を黒づくめのヘルメットの不審者とチームリギルの東条ハナ、メジロ家の主治医、駿川たづなに囲まれながら彼女は自然体のままだ。

この勝負服だらけのコースでたった一人体操服姿のシマカゼタービンを見て想う。

彼女は強い、見るだけで分かるくらいに出来上がった体をしている。周囲を囲むGⅠクラスのウマ娘達と何も遜色はない。

しかしそれでも勝負というのはそう甘くはない、ましてやほかのウマ娘達は全員が『本気』だ。全員が彼女を潰しにかかる。

なぜならばこれは模擬レースであり、シマカゼタービンを試す試験だ。出走する者たちは皆、シマカゼタービンに仕掛けて実力を見ることが仕事である。

故に見る者が見れば1対11の非対称戦であることが分かる、対多数戦を彼女は強いられているのだ。これほど頭のイカレた条件があってたまるかという話だ。

普通のウマ娘ならばそれだけで潰れる、それを覆すような走りを彼女は見せられるというのか。あの子が慕う彼女はそれをできるというのか。

 

「あの沖野が太鼓判を押すならマジで支障ないんだろうな。見ろよ、まるで動じてねぇぞ」

 

「感じることすらできてないだけじゃないか、バカみたいな足の速さしてるとはいえ所詮は走り屋だ。

今の状況は、アマチュアが挑むには余りにも異質すぎる。そもそも対策してきたGⅠクラス11人に囲まれるんだ、あっという間に潰れるのが関の山だろうぜ」

 

「容赦ないな、相変わらず」

 

心無い感想も聞こえてくるがそれも無理はない、この世界はそれだけ厳しい世界でもある。

心無い感想も言う人間によっては優しさの裏返し、諦めさせて人生を取り戻させるための突き放す言葉だ。

分かるとも、言わなければならないときはあるのだ。でも自分はどうしても踏み込めなかった、二の足を踏んだのだ。

だから彼女を余計に苦しませた、取り返しがつかなくなるところだった、一度も彼女がレースに勝った姿を、勝利に喜ぶ顔を見ることができなかった。

初めてだったのだ、URAファイナルズ一般選抜レースで見事に勝利を収めて得意げに胸を張る彼女の自信満面な笑みを、彼女の勝利の姿を見たのは。

彼は拳を強く握りしめた、燻るのは醜い嫉妬心だった、自分にできないことをやってのけた彼女に対する羨望だった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

全く、どうしてこんなことになったんだか。一通りレース前の検査が終わり、ゲート入り前の俺はまた天を仰いだ。

お空は青、俺の気分を裏切る晴天、正直ちょっと気分はブルー…うまくねぇな、0点。

 

「どうしたの?お姉さま、そんな黄昏ちゃって」

 

「ここでお姉さまはやめてくれ。そりゃ黄昏たくもなるぜ、こんな大ごとになっちまった」

 

ため息をつく俺を覗き込む妹分、あいつの妹のファインモーション。アイルランドの立派な王族だが、何をどう思ったのかトレセンに留学しにきておる。

まぁそれはいい、こいつならやりかねないし自由だし、何なら顔見知りがいたから気楽まである。

何でこうなるかな、どうしてこうなるかな、俺はただ大会に出てダチとバトルしてついでに賞金貰おうとしただけなんだよ?

なのにこうしてトレセン学園でなんかテレビで見たような大物と一緒にレースをする羽目になっておる。

俺は泣く子も煽る一般人ぞ、確かに歴史ある酒蔵の娘なれど世間一般的には小金持ちな走り屋小娘ぞ、世界観が違うわい。

 

「まったく、いきなりドクターが出てきたと思ったら急に模擬レースやれとか、相変わらずハチャメチャだぜ」

 

「あはは…やっぱり無理してる感じ?」

 

「いや全然」

 

群馬トレセンで逃げの個人レッスンという名のタイマンを一日何回走ってると思っとるねん、前世からここらは変わっとらんわ。

多い日なんか3桁の日もあるくらいだ、たった一回のレースなんざ軽い軽い。

 

「お姉さま、レースって結構無茶するんだよ?ましてやあんなすごいスピード出してたんだもん、やっぱりやめた方がいいんじゃない?」

 

「見てたんかお前。心配ご無用だ、あの程度走った内に入らねぇよ。田舎育ちの頑丈さ、見くびらんでくれ」

 

いざとなりゃ全力疾走で山を踏破だってするのが俺たち芦名生まれ芦名育ちの宿命よ、頑丈さには定評があるぜ。

 

「そもそもお前だって俺の頑丈さ、良く知ってるだろ?ブライトフォールズでお前を助けたの誰だっけ?」

 

「あ、あの時は油断してただけだもん!あともう10年近くも前だし!!」

 

「いや、あれは油断がどうとかいう話じゃないと思うんだが…そもそも公務抜け出してたよな?迷子のお姫様?」

 

「あーあーきこえないきこえない」

 

お付きの人、今はSPの隊長さんだっけ?あの人に散々迷惑かけてたやんけ。それ知らないで連れ回した俺達も悪かったかもしれんが。

ま、こっちはこっちで兄貴の失恋傷心旅行に付き添いだったから若干辟易してたところあったしな。ああいうときもあんだろってことで。

 

「でも覚えてるだろ?ディアフェストの白鳥レース」

 

「お姉さまのボート、モーターボートみたいだったよね。なのにケロッとして陸上レースもやっちゃうし」

 

「当然お前と隊長さんぶっちぎって一位だぜ、クイックドロー大会は負けたけどな。さすがプロ、敵わんわ」

 

「延長戦までやったのに良く言うよ…」

 

その前にやべー事になったけどな、あれは俺があんな所に行ったのが悪かったんだが…でも秘蔵のムーンシャインの事を聞きたかったのさ。

あの町出身の有名な元ロッカーがかなりパンチの効いた酒を造ってたっていう噂を聞いたらそりゃ話くらい聞きたくなるさ。

まぁそれで農場に行ってみたら忍び込まれた形跡と血痕べっとりときたもんだ。そん時は何故か突撃したんよ、爺が危ないって二人して。

調べれば件の爺はとっくに老人ホームに行ってて、偶然いたのは作家先生とマネージャー。そして意味わからん怪現象と闇の化け物に襲われる。

何とかしのいだけど今度は不法侵入でFBIに全員しょっ引かれた。

なんで大人しく捕まったかって?明らかに酒浸りな中年オヤジが、出会い頭でマグナムリボルバー突き付けてくるし公権力おっかぶせてくるし状況が最悪だしでどうしようもなかったわ。

しかもトレーラーパークで人目を気にせずぶっ放したという作家先生と保安官のお墨付きときた、その顛末は俺ら旅行者の耳にも入るくらい広まってたからな。

俺らに手錠を嵌める保安官のあの申し訳なさそうな顔は不憫でしかなかった、あの人は至極まともだったし何かと話が通じる人だった。

そんでわけわかんねぇまま連行されて収監、王族が面会にくる異常事態に保安官事務所は騒然、でもやったFBIは聞く耳持たずでひたすら我が道を行く。

最後までわけわからんまま変な原稿やら作家先生との関係性やら酒臭い息でまくしたてられて、最後はいきなりそいつが消えて保安官事務所防衛戦。

当直の保安官さん達と一緒にわけわからんまっくろくろすけ共相手に撃ち合い殴り合い、みんなしてわけわかんないけど戦うしかなかったよ。

親父に話したらすっげぇ苦笑いされたわ、守り切ったって言ったら褒められたけどな。

 

「ところでなんであの時留置所に放り込まれてたの?あの愛想悪い意地悪なお巡りさんはいつの間にか居なくなっちゃうし。

保安官さんも太っちょのマネージャーさんもみんなぜんぜん教えてくれないの、物知りのパットさんも知らないっていうんだよ」

 

「悪いな、機密事項だ」

 

「そろそろ開示してくれてもいいんじゃない?王命であるぞ」

 

「すまんな、アメリカに問い合わせてくれ。FBIかFBCの窓口に言いな」

 

「もう…ねぇ、ほんとに無理してない?」

 

話を逸らすの失敗。うーん、成長してるね、お姉さま嬉しいけど複雑。

 

「してねーよ、お姉さまを信じろ」

 

「もう、都合のいい時だけ姉気取りなんだから」

 

「へっへっへ、年上は汚いもんだぜ?勉強になったな。というかお前だって迷惑じゃねぇの?レースのスケジュールとかいろいろあんだろ。

そもそも勝負服まで持ち出してきやがって、そういうのはここぞって時とか仕事で使うもんだろうが」

 

「そんなことないよ、私もお姉さまとは走ってみたかったし。今なら負けないよ、私も結構強いんだから。

勝負服はあれかな、たまに着ないとサイズが変わってたりすると危ないからね、今回はちょうどいいの。

あと虫干し、服だから着ないとだめになっちゃうんだよ?」

 

俺のレースは虫干しかよ。まぁ、服はたまに着ないとってのは分かるけども。

 

「そうかい…まったく、大きくなってもそのお転婆っぷりは変わらずか?お前だって聞いたぞ、勝負服とか言い出したの」

 

「むむ、その言い方は不敬であるぞ!私だって成長してるんだからね、昔とは違うんだから!」

 

あ、昔と違うとこ見せたかったのね。可愛い所も相変わらずか。

 

「あ、そう…そろそろ時間か」

 

発走準備が整ったらしい、ゲートを持ってきてくれたスピカのトレーナーさんの合図で次々と指定された番号のゲートにみんなが向かう。

順番とかそんなのはないから各々好き勝手に枠入りだ、俺もそうする。おっとそうだ。

枠に入る前に、振り返ってファインモーションに向き直る。そして昔のように、それこそ思い出にあるのと同じように、俺はこいつの姉にしたように手招きして挑発した。

それにファインモーションも気づいた、そりゃコイツの前で散々こいつの姉を挑発してボコボコに千切ってやったからな。

 

「見せてみな、お前の力をさ」

 

「アハッ♪」

 

うん、良い目をしてるぜ。おじちゃん心配、こんなで大丈夫なんかな?ちょっと好戦的になりすぎやしないだろうか…いやそれくらいでちょうどいいのか?

確か今の国王様、婿養子で元トレーナーらしいし。うちの居間で親父と酒飲んで愚痴ってた時に当時の苦労話聞いたわ。

ま、ともかくこいつはこいつで立派になったもんだよ。なら、それに見合った扱いは当然だわな。

このお姉さま、容赦せん!姉の背中を超えてみよ、お転婆な妹分よ!!…とは考えた手前、どーするよこれ?

 

「相手がプロなんだよなぁ…」

 

思わず小さくぼやいちまう、プロってのはそんだけすごいって意味なんだぜ。

相手がプロフェッショナルなのは相手が悪い、俺は所詮アマチュアの走り屋風情だから技術って面だとどうしても不利だ。

その道で喰ってる連中とは土台も何もかも違うかんな、あの手この手は考えつくけどどうしても気後れするところはある。

さてどう逃げるべきか、あのオグリキャップさんが見てたっていう話だし昨日のレースは見られてるだろうな。

そうなると困った、たぶん弱点くらい容易に見抜いてくるだろうよ。ただでさえ中央の芝に慣れてねぇのに、ここの芝はもっと走り辛そうだ。

丁寧に整っているのは分かるんだけどさ、なんていうか整いすぎな感じ。足の取っ掛かりがな…ただでさえスピードが乗せづらいのに余計に足が取られちまう。

怖いんだよなこういう場所、仕事用のオドラデク地形探査レーダーでも良判定しか出ない滅茶苦茶走り辛い場所だ。

本当にそこで足取られるか?って所で滑りやすかったりするんだけど、わからねぇんだよなぁ整ってるから。

 

「うーん…」

 

「どうしたの?」

 

「いや、芝が…慣れてねーから」

 

「ウララさんが言ってた通りね、無理はしないでよ?」

 

「お前までそれ言うか…」

 

知ってんだぞ、キングお前さっきウララに電話してただろ。あいつに聞いて何が出るか知らんがしっかり対策練ってんじゃん。

 

「ま、そこは気を付けるさ。何なら手加減してくれてもいいんだぜ?俺、芝コース滅多に走らんから」

 

「冗談でしょ、本気でやるから覚悟してついてきなさい?一流を見せてあげるわ」

 

「そいつは楽しみだ」

 

朗らかに言葉を返した時、空気が切り替わる。その瞬間、俺とキングは真顔になって前を向いた。この手の空気の変化はどこの世界でもわかるもんだ。

数拍の沈黙、ゲートが金属音を立てて開く。そのタイミングに合わせて俺は飛び出した。途端、前にスッと出てくるサイレンススズカとマルゼンスキーの背中。

やっぱり、そりゃそうなるわな。この出だしと加速勝負じゃどうあがいても本職に分がある。

そもそもここはこいつらのホームコースだし俺はこれがぶっつけ本番、どうあがいても俺が不利。

無理にここで加速しても意味がない、進路を変えて外目に付けるか…ん?また抜かれた、今度はナリタトップロードとファインモーション?

先行か、俺が前に付けないのを察したってのか?この一瞬で?くそ、日中だから見えやすいにしても目がいい…待て、ウイニングチケットにも動きが…こいつは!?

 

「塞いできただと?」

 

形は凸型、右前にナリタトップロードで、左前にファインモーション、中央少し前にウイニングチケット。

…抜けんか、こいつら抜いてもウイニングチケットが張ってやがる。仕方ない、後ろに逃げるか。

すぐに加速していた足を緩めて距離を保ち、ゆっくりバック…あれおかしい、近くねスペシャルウィーク、ゴールドシップ、最後尾にナリタタイシン?

では横に、あ、やべ…

 

「ははは…挟まれちまった…!!」

 

いつの間にか内にテイエムオペラオー、外にキングヘイロー、少し外の後ろにビワハヤヒデ…思わずぼやいちまった。

完全に前に気が行っちまってた。気付いたら全方位完全封鎖…これ完全に閉じ込めに来てんじゃん!!初手からこれか!?

俺の弱点を見過ごすはずはないと思ったが、初動がどうしても遅くなるのを集中攻撃してきやがるか。

というかこれだから怖いんだよプロ、全然気づけなかったよ、怖ッ!!

 

「これは…!!」

 

おいおい、なんでそんな顔するテイエムオペラオー。こんなの普通だろ。嫌な思い出でもあるんか?

 

「うぇぇ!?これっていわゆるアレ!?うそぉッ!!」

 

なんでそんな驚くんだ?スぺ、稀に良くある話だろ。少なくとも車のレースじゃ日常茶飯事だ。

実戦でやられてるの見たりやられたりしてない?あ、テイエムオペラオーもしかしてやられたのか?

 

「あー…そりゃそうなるわな、好きにさせたくねーもん」

 

うん、俺も同じ立場ならそう思うよ。そりゃ初手で潰すだろ、その作戦被るなんざよくある話。ほかの業界でもそうだよ。

ゴールドシップ、お前なんでそんな浮かない顔するの?これそこまで悪名高いの?よくわからんぞ。

 

「考えることはみんな同じだったわけね…恨みなさい、これも勝負よ」

 

「歓迎しよう、盛大になってか?」

 

そんなに怖がってもらえて光栄だね!!ま、他意はねぇんだろうさ。そりゃ見てりゃ分かる、作戦被って位置取り取り合ってこの結果だろ。

テイエムオペラオーはなんか辛そうだし、スぺは見るからに動揺してるし、それを見てゴールドシップは何か言いたそうにしてる。

うーん、何この反応?わからん。まさかこの程度で悪いとか思ってる?ガチの包囲網とかもっと悪辣よ?これただの偶然だから粗がありすぎやんけ。

キングヘイローはちょっと他よりましか?いやそれでも顔に呆れが出てんな、自分に呆れておる。ダメだよそういうの、こういう時はな?笑うんだよ!!

どんなに辛くても、苦しくても、笑って見せるんだよ!楽しまなきゃぁ損ってもんだ!!

 

「ハッハァー!!望外だ。悪くないぜ、お前ら!!」

 

俺は笑ってみせる、実際面白い、笑いが全くもって止まらない。燃えてくるぜ、燃えなきゃ走り屋とはいえねぇぜ。

笑えお前ら!してやったぜって笑って見せろ!!俺ごときにそんな策巡らせてくれるなんざ光栄ってもんだ!!

囲まれた?多数戦?だからどうした。まだ勝負は始まったばかりじゃないか。勝った気になるのは速すぎるぜ?

撃ちまくって…じゃなくて暴れまくって強行突破したっていいし、ここを耐え忍ぶのも悪くない…まぁ俺は突破するけど。

狙うとすれば前外側にナリタトップロードか…いや内側少し後ろにいるテイエムオペラオーか、内ラチ沿いで蓋になってる。

ゴールドシップは注意深い、こいつは本当に何考えてるんだか分からない。できる限りこっちからはしかけないのが吉、読ませたくない。

ファインモーションとキングヘイローは俺の事を知ってるが、俺も性格は知ってる分まだ対応しやすいな。

スペシャルウィークもキングヘイローに追従するか…いや、こいつは土壇場で動きがやばくなる気がする。蓋だな。

ウイニングチケットとナリタタイシンはビワハヤヒデが何か仕込んでる可能性がある、そして当の本人も危険、後に回す。

故に安牌で仕掛けやすいのは二人、しかしそれは相手も予想してくるからな…相手はプロだ、念には念を入れるしかねぇか。

 

「ぶち抜かせてもらおう、中央!!」

 

「んな!?堪えてねぇのか!!?」

 

「わ、笑っている、だと!!」

 

うんにゃ厳しいよ、ゴールドシップ、テイエムオペラオー。逃げウマ娘にゃ最悪のシチュエーションだ。早急にどうにかしないといかん。

もうすぐ最初の直線が終わる、大体これで陣形が固まる。本番のレースならおそらく駆け引きと様子見の時間、彼女たちは…そのようだな。

俺の事を抑えつつ、互いの事も観察しているのが見て取れる。良い目をしている、さすが本番で鍛えられただけある観察眼だ。

俺の動きもだいぶ予測して見えてるだろうなコイツら…ならその予測と目の良さを利用させてもらおう。

最初の左コーナー、ここで抜けなきゃ勝ち目が下がる。まだ体力も余裕、足も意識もはっきりしてるこの段階で、ここを抜けて仕切り直す。

 

「動きが変わった?まさか…」

 

キングがなんか感づいたみたいだが、まぁここはいい。息を抜いて、少しだけ速度を緩めて歩幅を整える。まずは小手調べ、少し藻掻くふりをして包囲網の動きを見る。

右に左に前後ろ…ふむ、あんまり崩れない。ちゃんと追従する形になるか…本当にいい目と予測だね。

ならまずは速力を一定に、歩幅を不規則に、軸ブレさせて緩く振り、即応性高めに体を走らせる。速度を上げて、全員を釣り上げる。

足の踏み込みを微妙に変えながら走る、深く、浅く、滑らせ、激しく、静かに、一歩一歩、変えながら走る。

そしてあえて周りの真似をしてエミュレート、真似をして少しだけ走る。ほんの数歩、それを全員分変えていく。

ほんの少し足の踏み込みをずらし、姿勢を揺らす。ケツを振り、寸止めを繰り返す。歩幅を合わせ、足音を偽装し、気配を殺す。

偽装した足音を誰かの足音に紛れ込ませ、増やして崩す。殺した気配を泳がせて、視線を揺らしてかく乱する仕込みを掛ける。

もちろんやりすぎないように、違反にならないように細心の注意を払う。

意識の隙を突っつけ、嫌でも頭を使わせろ、意識を割かせて疲労を誘え、選択肢を提示し続けて思考を埋め尽くせ。走り屋としてそれこそ前世からやってきた仕掛けだぜ。

忍者殺法はダイオーの十八番だがそれ程じゃなくてもある程度はできるのさ。ただでさえいつも喰らってる身だし、スニーキングミッションは得意分野だ。

俺を直接見ないでこのフェイントの気配にどう対処するか、勘の良さを見せてもらおう。

悪いが俺は競馬の作法なんざ慣れてねぇんだ、少しラフに行かせてもらうぜ。

コーナーに入る、速度はおよそ時速50巡行、コーナーで体が外にもっていかれそうになるのを抑え込み始めたところで、仕掛ける。

 

「うそっ!」

 

「ここでか!!?」

 

「え?」

 

まず最初の標的、ナリタトップロード。歩幅を一瞬上げ、進路を彼女がわざと作っている隙に向けて抜けようと音と気配を作って送る。

本当にいい目をしている、俺の気配の動きを察知したナリタトップロードが進路を変えてブロックに出た。だがキングとゴールドシップは気付くか。

続いてテイエムオペラオー、一瞬だけ軸をブレさせてインベタの雰囲気を作ってみせる。乗るか、防ぐか…乗るか。

誰も居ない所に急に加速したテイエムオペラオー、俺の背中に乗る算段だったんだろうがそれをやられるとキツイからあえて前に出す。

そして前に出たその背後に向けて潜り込む素振りの足音と意識をもって一瞬ポーズを見せてから足踏みを大きめにとって音を飛ばしてそのまま進路を維持。

後ろを見なけりゃ俺がテイエムオペラオーの背中にもぐりこんだような錯覚を覚えさせてさらに前に押し出してやる。

さて効いたか…効いたな、さらにテイエムオペラオーが加速した。俺から少し距離を取る姿勢だ、ちょうどいい。

その後ろから俺が動くように足踏みをファインモーションに聞かせて、動きを誘導、僅かに進路をナリタトップロードにクロス。

ナリタトップロードの進路を誘導してテイエムオペラオーにそれを見せるように、ちょいとクロス…さぁ、気付くか?

 

「はぃ!?」

 

「あれ?!」

 

「おや!?」

 

フェイントに乗った3人が自分の予測にビビッて作った隙で包囲網が緩む、けどそれだけではすぐ修正するし抜ける隙にもならない。

だが包囲網は崩れなくても、包囲網を形成するウマ娘に動揺を生む。思考に空白が、走りにブレが、視線に迷いが、どうしても生まれる。

ましてや最初のコーナー、始まったばかりのこの場所で早々に仕掛け続けている状況、体にまだ余裕があることで動きに迷いが生まれる。

コーナーで動いてでも止めるか、堪えて競り合いを直線に持ち込むか。有り余る選択肢に惑え。

少しだけ歩幅を緩めて僅かに減速、マークするスペシャルウィークに向けて減速。からの踏み込んで急減速、次の一歩で前にクイックステップで復帰。

スぺが俺のケツを蹴り上げるくらい近づくように仕向ける、もちろん俺は動いてない。

 

「え?ええ?」

 

「スぺ!!気張れ!!オペラオーも乗るな!!」

 

困惑するスペシャルウィークに、再びゴールドシップが吠える。だが遅い、甘い、少しブレると影響はどうしても出る。これでスぺの動きは抑制できる。

軸がブレるナリタトップロードの穴埋めをしようとしたファインモーションのブロッキング、当然ブラフだ。そしてその先にいるのはナリタトップロード。

そしてこの動きでこっちを窺ってるビワハヤヒデ達を牽制、動くに動けない状況を作り出す。

二人の肩が触れ合いかけてギリギリのところですれ違う、うまく避けたがそれでも姿勢とペースが崩れて速度が落ち、進路がブレる。

その影響が包囲網に伝播し周囲の走りも一様に一瞬だけ崩れる。

だが足りない、これでは足りない。一番の強敵、やはり押さえておく必要がある。背後の白いの、ゴールドシップ、終盤絶対に脅威になる。

ここだ、俺は一歩踏み込み、同時にわずかに開いた右横にクイックステップ、後ろからは一瞬でズレたように見える。

同時にバックステップからの左クイックステップ、一見無意味なコの字移動、しかしこれでいい。その先は、ゴールドシップが一番有利な立ち位置。

ここなら俺を仕留められる、追い込みでも追い抜きやすい最高の立ち位置。見るよな、見ちゃうよな?さぁ、俺の動きが予測できるか?ゴールドシップ!!

 

「チッ…」

 

舌打ち、なるほど、前に詰めて動きを抑制する様子見。罠と見たか、確かに間違ってないがそれなら俺は動き続けるのみ。

息を吸う、4つ数える、息を吐く。体を弛緩させ、半クラッチ、筋肉を緩め、息を整え、鼓動を数え…最高のタイミングでクラッチを入れてギアを上げる!

 

「フンッ!!」

 

1速から2速へ、体のギアを上げてさらに前へ。キングヘイローは…一抜けか、わかってらっしゃる。

いつの間にかギリギリ射程範囲外…包囲網は崩さないギリギリを見抜いてやがる。なら後回しだ、まずは他の連中!!

 

「負けません!」

 

その心意気やヨシ。ナリタトップロード、ファインをうまく使って持ち直したな。

しかしまだまだ!!その程度のブロッキングとフェイントで俺の目が誤魔化せるものか!!

 

「見た目は派手だが、進路はガラ空きだぞ!!」

 

コーナーで俺の頭を引っ込めさせたければ最低でもSMGの弾幕くらいは持ってこい。

付け焼刃な味しかしないフェイントをすべて無視して、ナリタトップロードのすぐ横を抜けるように加速する。

攻め込みが甘い、詰めが甘い。その程度、良助さんが走れりゃあの人だって抜けちまうぜ!!

 

「間に合え!!」

 

ナリタトップロードがブロックを仕掛けてくるが、遅い。その前に俺は加速を掛けて、進路をふさがれる前に抜け出すふりをする。

ナリタトップロードは間に合わない、だから、危険覚悟でもう一人突っ込んでくる。内少し後ろについていた、テイエムオペラオーがな。

 

「貰った!!」

 

あぁ、塞いだ。呼応してその先の進路も全部埋まって、コーナーがちょうど終わる。向こう正面の直線、少しだけ全員の気持ちに安堵が走る。

それで開いたな、気を取られたな?前とナリタトップロードに。テイエムオペラオー、お前は内ラチへの道を開けるべきじゃなかった。

まだ動揺してるな?忘れたか、覚えてないか、そもそも勘づいてすらいないのか?お前の後ろに誰かいるか知っていたかい?

誰も居ないのだよ、お前の後ろには誰も居ない。内ラチ沿いはここから外まで一直線の抜け道になってるんだ。

元々いなかったところを俺が行かないように誘導したとはいえ悪いな、二度仕掛けるとは思わんかっただろ。

 

「戻れ!オペラオー!!」

 

「へぁ?」

 

ゴールドシップが気づいた、しかしもう遅い。何のためにお前を焦らせて少し前に食い込ませたと思ってる、そこから一直線に後ろは防げない。

横にズレて内に逃げる、ラチギリギリに入り込んで、タイミングを読んで…フルブレーキ!!

がくんとつんのめりかける体を制御し、体を弛緩させて半クラッチ、2速から1速に。

速度帯を落としつつブレーキ、前に走る足からバックステップ、さらに一気に芝を蹴って推力を落とす!!

 

「ぬギギギッ!!?」

 

時速50からおおよそ40、35、即時復帰可能ギリギリまで一気に落とす、足から体にしびれるように痛みが走る。だがこの程度、耐えられないほど柔じゃない!!

一瞬で速度が切り替わってほかのみんなが一気に横を突き抜けていくのが見える、まるで列車が突き抜けていくみたいに一瞬だ。

まだ、まだ…見つけた、最後尾、ナリタタイシン!!

 

「逃げやがった、マジかよ!!」

 

「うっそでしょ!!本当に来た!?」

 

後ろで息を潜めてたナリタタイシンの後ろに抜けたところで前に一気に踏み込んで直進、突き抜けて最短距離で大外に体を出す。

斜行?走行妨害?俺の後ろに誰も居ないのにそんなこと言う奴いないよな?ルールでは問題ないよな?ならやるよ。

速度復帰、時速40!!1速のままアクセルフルで速度と体のハマりを稼ぐ!!!

残り1500メートル。先頭の二人までおよそ50メートルほど。時間がない。

だというのにまだ壁が3枚ある、ナリタタイシン、ウイニングチケット、ビワハヤヒデが俺の進路を射程圏内に収めてる。

やはり入れ知恵してたな、ビワハヤヒデ。そのメガネで俺を見ているのが分かる、視線を感じるぞ、計算をやめないお前の視線を。

速度が上がる、俺の加速に気付いてペースを上げたのが見える。懐かしい、高崎競馬場を思い出す。あいつらもそうだった、判断が早かった。

いいぞ、いいぞ、良い感じだ。久しぶりにスプリント戦としゃれこもうぜ!!

 

息を吸う、4つ数える、息を吐く。

 

体を弛緩させて半クラッチ、筋肉を弛緩させ、血流を感じ、鼓動を精査し、呼吸を整え…深く、深くまで意識を潜らせて、いつもより深くタイミングを計る。

1速から3速に、ギアを一気に切り替える。これが難しい、体を一気に切り替える分、どうしても普段よりも集中力と体の両方を削る。

まだ、呼吸が合ってない。まだ、血流が蟠ってる。まだ、鼓動がズレてる。まだ、筋肉の締め付けが、関節の繋がりが甘い。

もう少し、もっと深く、足を踏み込み、上体を起こし、頭を少し下げて、右足を広げて…ここだ。

瞬間、体が一気に重くなるのを感じた。言うなれば、ギア付き自転車でギアを一段上げたときに感じる足の感覚が、全身にかかる。

段階を踏んでならばそうでもないギア変更を一気にやるとこうなる、これがなかなか辛い、自分の体じゃなくなったみたいになる。

この速度帯で走りながらこんな体が硬直するとなれば本来であれば致命的なものだ。足を踏み外して、コケて、足場がアスファルトなら摩り下ろされる。

けどな、これくらいいつでもやってのけないと峠で車相手に挑戦なんざいくらやっても勝ちなんて見えんのよ。

息を吸う、大きく吸い込んで、体中に力を巡らせるように力んで、踏ん張って、体を壊さないように丁寧に、そして思い切りぶん回す。

エンジンにも負けない急加速、それを目指して日夜磨きをかけてきた。届かん高みだとしても足掻いて藻掻いて身に着けた。

行ける、やれる、ここでも俺の足はこの加速ができる、そう俺の体は教えてくれている、行くぞ!!

 

「ヴンッ!!」

 

右足を思い切り叩きつけて芝を蹴り上げて前に加速する、さらに一歩、一歩!!次の一歩も加速だ加速!!時速50、52、56!!

失った速度と、失った距離、手間取った分を全部この1450メートルで取り戻さねぇと勝ち目はねぇ!!

ディープがせっかく洒落こんで見物してんだ、誰かの後塵に拝するなんざ走り屋の名前が廃るってもんだ。

スプリント戦なんざ前世で散々やりこんできたんだ、得意じゃねぇけど出来ねぇってわけじゃねぇのを見せてやるぜ!

 

 

 

 






あとがき
というわけでトレセン模擬レース編前編です、ハロン単位で駆けないので速度はフィーリング、今回はこんな感じ。
ピンチは何とか脱しましたがまだピンチ、ここからぶん回してどこまで行けるか。逃げのプロにどこまで追い込めるか。
スプリント戦だとかほざいてますが実のところマイル戦。シマカゼタービンがそこらへん間違ってます、所詮アマチュアよ。
え、ルール違反?一応模擬レースだし特殊条件なので問題ありません。普段と違うレースをお楽しみください。
とりあえずタービンのスロースターターを狙わない理由がないので狙われた次第、しかしタービンがそれを予測しないわけもない。
問題はそれがテイエムオペラオー包囲網(オペラオー本人入り)になったという事。
狙いが同じでこうなったので談合ではない、事実包囲網はかなりグダグダで空気がやらかした感じで大変重い。その後はまぁゴルシがやらかします。
経験者がいる分クソみたいに厄介な代物です本来は、シマカゼタービンからすればやる気スイッチに燃料投下でしかないので大変燃える。
そしてトレセンの誤算はこいつの走りの傾向、平地も峠も大逃げなのだけど峠の相手はスポーツカーなので往々に追いかけるシーンが多いってこと。
前世でもやってた通り、後追いで延々とフェイントや陽動を仕掛けまくるの大得意なんですよね。そうやって削り殺すスタイルも熟知してる。
え?非対称戦の経験?走り屋以外の経験で散々やったからその応用が普通に効く、なので実は弱点でも何でもねぇという。
ちなみにゴルシファンの皆様、すまん。うちのバカが阿保な走りするせいでハジケ要素無しだしお行儀が悪くなった。
あのゴルシが口に出しちゃうくらい危機感持ってます。違反?これ模擬レースですし、何よりシマカゼタービンのほうが悪辣。
何故ならこいつのやったフェイント、普通に考えたら公式レースウマ娘にゃ信じられない事ばっかだからね。
前世からワザと尻に突っ込ませたりしてる地点でいろいろズレてんのよ。
公式戦や本戦ではこういうのできないからこういうところでやらせてくださいおねがいします。


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