いつも多くの誤字報告、ご感想ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします。
今回はレース後半戦、同じレースを走るウマ娘たち視点でお送りします。
あとおまけにホクリクダイオーっぽいものもお付けします、どうぞよろしく。
追記・終盤展開をカット改訂しました、ご了承ください。
「くそッ!逃げられた!!」
すでにシマカゼタービンは包囲を抜け出し自由の身。後方から追い上げの姿勢になっている。
追い込みを得意とする自分ことゴールドシップが、追い込まれる立場になっているとはどんな皮肉だ。
しかも背中から感じるこの猛烈な重圧はなんだ、今まで感じてきたどんな強敵のそれとも違う生々しさと重さがあるこれはなんだ。
思わずそう思ってしまうほどに重い、すべてを飲み干さんばかりに口を広げる何かが追い上げてくるような重圧だ。
炎の匂いがするようだ、ひりつく様な熱だ、それが彼女から嫌というほどに感じる。
(なんてもん拾ってきやがったリギルゥ!!)
最初はとんだ食わせ物、あるいは面白いヤツ、そんな軽い気持ちだった。峠の走り屋、スポーツカー相手に鍛え上げた常識外の怪物。
なるほど面白い、世界にはそういうモノもあるのかと、この目で見たときはそう軽く考えて納得もした。
世界は広いのだ、自分達が知らない世界はそこかしこに存在する。偵察に行った芦名だけでも、自分では及ばない領域がいくつも存在する魔境であった。
軽い気持ちで忍び込んだ森の中では刀だの自動小銃だの古今東西様々な武装した猿が徒党を組んでいたり、それに見つかって追い掛け回されていたら天狗に助けられた。
正確には天狗の面を被ったお爺さんであったが、猿が乱射する自動小銃の弾を的確に弾いていた辺り相当できる天狗である。
つまりそういう事がある地域の出身なのだ、弄りがいがあるし是非とも仲良くなってみたいと思うだろう。
そういうこともあるだろう、面白いことになったと。そう軽く考えた、だが今はそんなこと考えもしない。
(こいつ、レースがなんかとごっちゃになってやがる。ぜってぇ走り屋だけじゃねぇだろコイツ!!)
お行儀が悪いなんてものじゃない、そもそも自分たちが彼女と同列でいると思っているのが間違いだ。
見てるもの、感じているもの、それに対する対応、心構え、覚悟、ありとあらゆるものが自分達とは根底から違っている。
でなければこんなレースで、あんな自殺行為にも等しいフェイントを平然とやるなんて考えるわけがない。
一体誰が『走っている自分の尻を、後続に自ら蹄鉄で蹴り上げさせる』なんてフェイントをするというのだ。
自ら蹴られて大怪我するだけならまだ自業自得だ、だが確実にそうはならない。蹴り上げてしまったほうは確実に動揺するし、転倒する可能性だって極めて高い。
何しろ蹄鉄シューズという凶器を足に履いて、ウマ娘の脚力で思い切り尻を蹴り上げるのだ。穴が増える、など生ぬるい。
(最悪ケツが一つになっちまう。そんなん食らって平然としてられるのなんて、うちのトレーナーとあのトレーナーと桐生院トレーナーと両さんと部長と冴羽さんと海坊主…あれ?)
「意外といる…?じゃぁ、何もおかしくは…あれ、な、なんだ、この記憶は!?」
その時、ゴールドシップの中にあふれ出した当たり前だと思っていた存在する記憶。ハジケリストとして周りを振り回してきた自分の記憶に、彼らは確かに存在した。
彼等なら、彼女達なら、この程度笑って対処して無傷だろう。ウマ娘に人間は勝てない?いや、そんなことはない。
普通に圧倒する連中を、このゴールドシップは良く知っているッ!!
「うぉ…ぁ…」
ぐにゃぁと己の価値観が歪みかけるのをゴールドシップは感じた。ガリガリと何かが削れる音がする。
耳元で何かがささやいている、脳内に何かが開きそうな感覚が走り、脳髄液がじゅるじゅると音を立てる。
背筋に怖気が走り、体内を暴れ回り、頭の中で何かが溜まって全身から吹き出しそうになる。
スロー、スロー、クイッククイックスロー。新しいご友人、歓迎しますよ。
「お、おのれ、シマカゼタービン…わ、私にも仕掛けてやがったなぁ…」
見たこともない機械みたいな何かが621の背番号を背負ったウマ娘にぶん殴られて消える妄想が脳内を支配し、消える。
やはり只者ではなかった、これでも最大限警戒していたというのに全く無防備に精神攻撃を食らってしまった。
あと一歩正気に戻るのが遅ければ、何かとんでもないものに目覚めてしまうところだったような気がする。
ただの大逃げ?冗談じゃない、あれはただ大逃げが一番得意だから走っているだけのとんでもないキレモノでゲテモノだ。
しかも仕掛けた相手がまた悪辣だ、あの悪名高い包囲網に加担してしまったことで平静さを失っていたスペシャルウィークに仕掛けたのだ。
作戦は正しくともできれば抜け出したい立ち位置で苦心する中で、わざわざ相手が抜け道を提示してきたらいくら彼女でも乗りかねない。
それも散々その前に焦らして揺さぶり、彼女の心を揺らがせたうえでの逃げ道の提示である。
事実彼女はふらふらと乗りかけて、無意識にシマカゼタービンの尻を蹴り上げかけていたのだからつい言葉が出てしまった。
それはテイエムオペラオーも同じこと、彼女も自ら苦しめられた戦法を自分が仕掛ける側に意図せずなってしまったことで未だに動揺している。
それをまさか自分から最後尾に回って抜けるという離れ業で抜け出た上に、仕切り直してみせたシマカゼタービンの姿にすっかり平静ではない様子だ。
(頭が回って技術と知識もある、極めつけにそれを完全に使いこなして理解してるときたもんだ)
競走ウマ娘がやる事じゃない、競走ウマ娘の走り方じゃない、競走ウマ娘としての戦い方じゃない。
彼女の技術を確かめるつもりで多少仕掛けるつもりが、全員で同じようにかかってしまう超が付く凡ミスをしているとはいえ、それ以上にひどいものになった。
いや、そもそもレースの条件を前提から間違えていたのだろう。元から彼女に対して何か仕掛けること前提のレースとしてするべきだった。
チーミングなどと言われるのを覚悟で、彼女に仕掛ける段取りを全員で一度話し合うべきだったのだ。
そもそも彼女の技術を測るためのレースでもある、納得できる理由は元々あった。だがそうならなかった、思いもしなかった。
それはそうだろう、このトレセン学園に衝撃と驚愕を轟かせたのが文字通りに昨日の事なのだ。
そんな彼女と唐突に生で手合わせできるレースが発表されたのだ。
誰もかれもが思っていた『彼女の本気を味わってみたい、この目で直に確かめてみたい』と。
だが情報も時間も足りない、彼女のレース傾向を鑑みるならばとれる対策は数少なく、どうしても被るのは避けられない。
実戦形式に拘る必要はなかった、そもそも模擬レースというよりも性能試験というほうが近い、自分達が思うようなものではなかった。
レースの対策に頭を悩ませそこまで考えが行かなかった辺り、どこか浮ついた気持ちがあったのだろう。
(うちらのミス、包囲網、その上でいいようにやられた上に抜けられる、どこまでもポカやった上でこれか…)
「最悪じゃねぇか…」
どうしろというんだ、ゴールドシップは後ろから苛烈な追い上げを見せるシマカゼタービンの気配を感じながら自らも速度を上げつつ独り言ちる。
一足先に加速を掛けて逃げに移ったキングヘイローの背中を見ながら、この先を思い浮かべてゴールドシップは少し憂鬱になった。
◆◆◆◆◆◆
迷ったら全力退避、それがハルウララから貰えたシマカゼタービンと戦う上での唯一の助言であった。
一体何が彼女にそこまで言わせるのか、キングヘイローはその助言をもらった当時は理解しきれなかったが今は理解できる。
目の前で包囲網を抜け出し、後ろから猛烈な気配と共に追い上げてくる彼女の破天荒さとか規格外っぷりを知っていれば警戒するに決まっていた。
後ろから迫ってくる気配に冷や汗を流しながら、慣れない速度を稼ぐ自分の足がどれだけ持つのか不安に感じながら、レース前にしたハルウララへの電話を思い出していた。
『迷ったら逃げる、タービンちゃんと初めてレースするならこれは迷っちゃダメ。絶対に堪えて反撃とか考えちゃだめだよ?
慣れないとどれだけ防御を固めてても絶対崩されて投げられちゃうの。あ、レースだからCQCはしないか!』
シマカゼタービンが格闘技や剣術にも精通しているのは彼女自身の口から聞いた話だ、その実力は知らないがハルウララ曰く『超強い』らしい。
その実力と技術をレースでも生かしていて、同じように仕掛けてもやり返されたりいなされたりするらしい。
だから初戦は徹底して逃げて勝負をしない、あるいはそれに迷わずやり返して応戦するか。
応戦するとどうしても技量の差が出る上に裏をかかれやすいので、絶対にお勧めできないというのが彼女の言葉だった。
(ウララさん、絶対勘違いしてるわよこれ!)
結果は散々で完璧だった、それこそ最悪の光景を見せられ最悪の結末を見た気分だった。
ハルウララの助言の下、雲行きが怪しくなったらすぐに作戦をほぼ放棄して様子見に移った結果、自分は難を逃れて最悪の光景を見せられた。
見逃されたと言ってもいいが、包囲網を敷いてしまった結果標的にされてまんまと踊らされた彼女たちを見ていたらほっとした感情も一瞬で消し飛んだ。
もしシマカゼタービンに本気で掛かられていたら、自分は対処できる自信がなかった。それ程までに彼女の技術は卓越していたのだ。
少し離れて全体像を見ていたからこそ感じるシマカゼタービンの凄まじい異物感、彼女は実は世界を俯瞰しているのではないかと思うほどに位置関係や速度比などすべてを把握している動きだった。
その上で理性的に、狂気に満ちたギリギリを攻める行為、自分の怪我をも厭わないかそれを加味した上でのフェイントを行うなど自分たちは考えもしない。
あんな動きができる競走ウマ娘はそうそういない、それこそ伝説的なウマ娘でさえも無理だ。あのシンボリルドルフでさえここまで異物感は出さないだろう。
(何をしてくるか見当もつかない、か…久しぶりね、こういう手探りの状態で走るのは)
ふと思い出す、こんな風にある意味新鮮な気持ちで走ったのはシニア最初の時以来だろうか。
それ以降は自分の技術も上がり、見える世界も変わり、レースに対する心構えも変わっていった。
真剣に取り組んでいないわけではなく、レースが嫌いになったわけでもない、ただかつて感じていた新鮮なワクワク感はなくなっていた。
(何してくるのかしら?シマカゼタービン、もうネタ切れってわけじゃないでしょ)
だが今は久しぶりにワクワクしている。わざわざ一番後ろまで下がってまで仕切り直したシマカゼタービンは、どうここから巻き返すつもりなのか。
普通に考えてもうどうしようもないはずだが、彼女は普通ではない。現にどんどん加速してきていてすでに稼いだリードを詰めてきている。
(怖いわね、でもワクワクしてくる)
久しく感じていなかった未知、そしてそれに対して試行錯誤を続ける自分は、この状況を楽しんでいる。
まだクラシックの時期の、初々しかった自分に立ち戻ったような新鮮さ、この理不尽に感じる強敵との戦いに心躍らないはずもない。
「いいじゃない、抜けるなら抜いてみなさい!」
そして何より今の自分は昔と違う。その理不尽さに焦ることはなく、強敵を前にして歯噛みすることもない。
楽しいのだ、面白いのだ、そして何より己の心が発破をかけているのだ。これでただ負けるなんて、絶対ごめんだ。
「舐めんなッ!!」
「ハッハァ!まだまだいけるぜェェェッ!!」
加速を掛けた傍からさらに加速したようでさらに距離が短くなるのを感じ、キングヘイローは自分の顔に浮かぶ笑みが深くなるのを感じた。
笑えるのだ、これが笑えないでなんだというのか、こんなふざけた走りをする友人がここまで強いなんて何たる僥倖か。
だからこそもどかしい、こんなに嬉しそうに仕掛けてくる友人に対して自分が出せる手札は少なくなってきている。
「空気がこんなに邪魔だなんて…!!」
自分の非力さを痛感すると同時に感じるのは、目の前に存在する透明な壁へのいら立ちだ。空気そのものが自分の加速を妨げている。
それに向かって全力で走る自分たちは否応なく空気を切り裂きながら駆け抜ける。
今まで感じたことのなかった抵抗をキングヘイローは感じ、それをもどかしく思い、そしてそれをものともしない彼女の技術と脚力に感心するしかなかった。
恐ろしいほどの脚力、それを完璧に使いこなす技術力、そしてそれを支える怖ろしいまでのスタミナ。
(まるで映画に出てくる加速装置でも積んでるみたい、けどッ!!)
「それで諦めると思ったら大間違いなんだからッ!」
◆◆◆◆◆◆
やはり計算は間違っていなかった、ビワハヤヒデは包囲網を見事に出し抜いて最後尾から仕切り直しを図るシマカゼタービンの姿を視界の端に捉えながら焦燥を感じていた。
あの悪名高い包囲網の再現は完全な予想外の出来事だったが、それだけ彼女の逃げ足が警戒されていたことに他ならない。
彼女のとんでもない逃げ足を封じようとするなら初動を封じるのが定石、全員で寄って集ったことは褒められたことでないにしても考えることはみんな同じだったのだ。
しかし同時に最悪の想定も現実となってしまった。その包囲網を彼女は、自分から隙を作りだして崩壊させた。
隙を見つけて抜け出したのではない、彼女はその包囲網を内側から仕掛けて崩して逃げ出したのだ。
シマカゼタービンは確かに強い、しかしそれはあくまでアマチュアとしてだと仮定をしていた。
何より彼女が得意としている峠レースは基本的に一対一のレース、対多数戦となる公式レースとはあまりにも必要なスキルが違う。
不得意なレース場、不得意な環境、まったく違う形式、彼女にはあまりにも不利な条件が多すぎる。
ましてや相手は自分たちトレセン学園の精鋭、GⅠ戦線を幾度となく争ったことのある歴戦の猛者たちなのだ。
彼女は強い。彼女の速さ、突飛な技術、鍛えられた精神力、どれもこれも確かに一級品だ。だとしても、彼女にとってここは敵地。
勝てる理由がまるで見つからないとすらいえるほどに不利なレースなのだ、まともに走れればそれで合格と言えるようなレベルで。
「舐めんなッ!!」
「ハッハァ!まだまだいけるぜぇぇぇッ!!」
だが彼女は出し抜いてきた、自分達の経験と予想をはるかに超える技術を以て包囲網を抜け出して仕切り直して上がってきている。
今はナリタタイシンが彼女と競り合いを演じて削りにかかっている、しかし小柄なナリタタイシンと大柄なシマカゼタービンではナリタタイシンが圧倒的に不利だ。
今までもその小柄さゆえに苦しめられてきたナリタタイシンが、その経験を以てシマカゼタービンに挑みかかっている。
それでも彼女の加速に揺るぎはない。ナリタタイシンとの競り合いをものともしない、むしろそれをいなしてぐんぐんと加速を続けている。
その加速力が恐ろしい、一歩踏み込むたびにどんどん距離を詰めてくるのが目で見て分かるのだ。
この世界に居れば聞かないはずがないアメリカの伝説、その体現のような常識外れの加速がナリタタイシンを削り切った。
「くっ…ダメかッ…」
ナリタタイシンが速度を落とす。シマカゼタービンの加速に無理について行こうとして、足を使いすぎた故に自分から降りたのだ。
まるで血液の代わりにガソリンを流したウマ娘の形をした自動車、そう言って過言ではない急激な加速でどんどん前に前にと上がって来る。
その姿にビワハヤヒデは肝が縮み上がる思いだった。怖い、レースの高揚感を打ち消すような恐怖、目の前の常識外の存在に対して理性が悲鳴を上げているのだ。
前を見て加速する彼女の瞳が、闘志と高揚感に爛々と輝く彼女の目と、楽しげにすら見える微笑をたたえた唇が、余りにもうすら寒い。
その目にあるのは歓喜、だがそれ以上に読めない何か。彼女の心の奥、そこに揺蕩う底知れぬモノ。それが恐ろしい、ただただ恐ろしい何かがそこにある。
「負けないよ!勝負だ!!」
「ちょっと失礼」
「あれぇ!?」
爆発的な加速力だ、その脚から発せられる踏み込みの振動が肌で感じられる。すぐ後ろにいたはずのウイニングチケットがすでに抜かれているのが分かる。
近づいてきている、あの目だ、あの足音だ、理解できない怪物が来ている。理解の及ばない何かが来ている。
(私は…負ける。どうやっても勝ち目がない、だが、だが!!)
屈しかけた心に熱が戻る、ただでは負けないと心の何かが叫んでいる。
(お前のその力、その技術、確かめさせてもらう。焼き付けさせてもらう、それが私の得られる勝利だ!!)
シマカゼタービンがすぐ横を抜けていくのを感じ、その姿を目に焼き付ける。まだ息が上がり切っていない余裕のある表情、整った走行フォーム、バカげた行動をしておいて余力がある。
走る、駆ける、競り合う、そして最高のタイミングで彼女の背後に潜り込んだ。スリップストリーム、かつてエルコンドルパサーがやったことと同じだ。
どこまでもついていく、それこそ彼女が走り切るその瞬間までこの特等席から見せてもらおう。
(進路よし、速度良し、これまで経験したことのない速度帯での走行、危険だ、なのに…!!)
不思議だった、自分は走っている。明らかに今まで出したことのない速さで、シマカゼタービンの後ろに付けただけだというのに速度が安定している。
見る見るうちに前との距離が詰まっていく、足が軽い、体が軽い、かつてトウカイテイオーに負けたあの時よりもはるかに速い!!
前を見れば見る見るうちにマルゼンスキーとサイレンススズカの背中が近づき、横を見れば見たこともない速度で景色が横に流れていき、後ろを見ればどんどんと後続を突き放していく。
「お、ね、え、さ、まぁぁぁぁっ!!」
「ま、け、な、いぃぃぃぃ!!」
ファインモーションとキングヘイローが猛烈な勢いで追い上げてくる、明らかに常軌を逸しているはずなのにビワハヤヒデは脅威に感じなかった。
何故なら遅いのだ、今の自分達よりもはるかに遅いのだ。加速も、速力も、何もかも、自分達に追い付く理由になっていない。
現に今もなお距離は徐々に開いている、全く足りていない、脅威足りえない。
まもなく最終コーナーに差し掛かる、先頭を逃げるサイレンススズカとマルゼンスキーは既に目の前に迫ってきている。
さすがに速い、普通ならば絶対に逃げ切られると確信する足をしている。きっとこれだけやっても彼女たちは足を残しているのだろう。
足が残せるギリギリの加速、それでシマカゼタービンの追走との距離を稼ぐことができるのか。きっと二人は戦々恐々としているに違いない。
(だが焦ってここで足を使うと最後まで持たない、最後の直線に入って漸くギリギリといったところだろう)
コーナーに入る、今まで経験したことのない速度での最終コーナーへの突入、いつも以上に感じる外側への遠心力にビワハヤヒデは肝を冷やした。
あまりにも重く、強い力なのだ。まるで何かに捕まれて引っ張られているように感じるほどに、一瞬でも気が緩めば簡単に外へすっ飛ぶだろうそれをシマカゼタービンは完全に御している。
圧倒的な安定感だ、それに対してシマカゼタービンの猛追に速力を上げていたサイレンススズカとマルゼンスキーの体は少し外側に流れた。
無理に堪えて足に負担をかけすぎないためなのだろうとは理解できた、この後の直線でのさらなる競り合いを念頭に置いているのだ。
そのために彼女たちは最内の内ラチ沿いを放棄した。いままで散々警戒していただろう内ラチの超最短距離コースを空けている。
そこを見逃すシマカゼタービンではない、これが罠であると考える彼女ではない。当然、それをビワハヤヒデも見ていた。
シマカゼタービンは勝ちに来ている、油断もしていない、ならばどんな手段を取るか。そう思った瞬間、本能的にビワハヤヒデは足を内ラチ沿いに向けて先手を取る。
それに呼応するかのように、シマカゼタービンも内ラチ沿いに進路を変えて一気に内ラチに肉薄した。
普段ならばあり得ない内ラチに限りなく肉薄した超超インコースでの走行、それも加速しながら全力疾走だ。
(これが、インベタグリップか!?なんというッ…!!)
外にブレる、ただでさえコーナーに入った瞬間から苦しい遠心力がさらに強くかかっている。それ以上の遠心力にビワハヤヒデは襲われた。
一瞬でも気を抜けば確実にバランスを崩しかねない。その上、自分の左横を内ラチが文字通り音を立てて突き抜けている状態だ。
そんな状態で、シマカゼタービンはさらに内ラチに身をギリギリまで寄せていく。それこそ体をこすりつけるように、際の際まで体を寄せていく。
明らかな自殺行為だ、だというのに、彼女の行為には一つも自棄になっているようなそぶりは見られない。
運よくそして可能な限り遠心力に沿って外に吹っ飛びでもしなければ、この状態での体幹バランスの崩壊は死に直結する。
冷汗が背中に流れた、ほんの僅かな風の流れの変化が頬を撫でて、背筋にゾッと怖気が走る。
(まずいッ…)
思考にそがれて加速が鈍っていたのをビワハヤヒデは気付いた、咄嗟に立て直すと頬を撫でた風が消える。
彼女のインベタグリップについていけなければ、風に煽られて修正する暇もなく押し出されてしまうのだ。
そうなれば大怪我は確実だ、そうならないためには否が応でも彼女のコースを模倣してついて行かなければならない。
故にビワハヤヒデは恐怖で悲鳴を上げる精神を何とかなだめながら、内ラチに向けて同じように体を擦り付けるように身を寄せながら走り続ける。
ひんやりとした内ラチの温度を感じるような近さ、目算で2センチ前後、真似をすればするだけ精神力が削られていく。
もし内ラチが少しでも歪んでいれば、少しでもフォームが揺らごうものなら、簡単に体を削られるような立ち位置だ。
今にも飛び出しそうな情けない悲鳴を呑み込み、目頭に上って来る熱い感情を目の前の現実で押しとどめる。
加速が終わらない、このコーナーでなお加速をシマカゼタービンはやめないのだ。
サイレンススズカを抜いた、必死になって前に前にと走る彼女をいともたやすく置いていく。
マルゼンスキーを追い抜いた、恐ろしくも美しい楽し気な笑みでさらなる加速を掛ける彼女を全く意に介さず追い抜いていく。
恐ろしい、なんて恐ろしい、なんて光景だ。
(これがシマカゼタービンの見ている景色だというのか、こんな、これが?)
言葉にならないとはこのことだ、あまりに違いすぎて比べることが間違っていると言わんばかりだ。
まるで自分たちの時間だけが違っているようにすら感じる、そんな世界。その景色に、ビワハヤヒデは純粋に面白さを感じ、妹にちょっとした羨望を覚えた。
(妹が気に入るはずだ、ずるいぞ)
きっと妹は自分よりも前に、それこそ初対面の時にこの景色を知ったに違いない。体験したに違いない。
それはそうだ、こんな圧倒的な力の差を感じたらそうだ、こんな世界を見てしまったらああもなる。
次なるステージがそこにあるじゃないか、自分たちが目指す次の世界が見えたじゃないか。
ずるい、余りにもずるい、私は姉だぞ、内緒にしなくたっていいじゃないか。でもしたくなるのも分かるだろう?
(あぁ、わかるとも!これは独占したいと思うな!!)
でも彼女はそうしない。教えを請われれば教えてくれる。
(不思議なものだ、それで妹はもっと速くなっていたんだ。自分にも彼女は教えてくれるだろうか?)
教えてくれるだろう。彼はいつもそうだからね。
「スゥ…」
無我夢中でシマカゼタービンの背中を追うビワハヤヒデの耳に、シマカゼタービンがやけに静かに息を吸う音が良く聞こえた。
コーナーが終わる、立ち上がりの前段階だ。
目の前でシマカゼタービンの背中が少しだけ外向きに流れ、体が僅かに外に向けて後ろを流しているのが分かった。
それに呼応して体の前がさらに内ラチに擦り付けるように迫り、その状態でさらなる加速を生み、体の動きが僅かにブレる。
(ドリフトッ!?)
ほんの僅か、一瞬だけだ。しかしコーナーが終わる直前、一瞬の力みの後にコースがブレて確かに彼女の体が走る姿のまま横に滑る。
昨日のレースのそれとはまるで違うほんの僅かな滑り、しかしそれで彼女はインベタの状態から流れるように離れて最終直線に突っ込む。
それにビワハヤヒデはついていけなかったが、それと同時に一つの確信が持てた。もしコーナーがコースに幾つもあれば、抜けた分だけ差が開いてどうしようもなかっただろう。
「ヴゥンッ!!」
「く、くぅッ…!!」
身を突き放すような突風が体を襲い、高揚感が消える。シマカゼタービンがラストスパートに入り、さらなる加速に自分はついていけなくなった。
あっという間に風にあおられスピードが落ち、体が揺さぶられる。最終直線でシマカゼタービンに追従できたのはほんの少しの間だった。
その間だけでも彼女の加速に追従し、彼女の走る世界が見えた。
一気に噴き出す汗と体を苛む疲労感、体が言うことを聞かない。頽れそうになるのを叱咤して、何とか姿勢を取り戻し内ラチから距離を離す。
走るしかない、ただただ最後まで全力疾走だ、彼女に相乗りして稼いだ速度をできる限り維持しながら突き進むのみ。
そして再び前を見たとき、彼女は既に一歩速くゴール板を駆け抜けていくところだった。
続いて自分がおよそ5バ身差を付けられてゴール板をくぐり、さらに遅れてキングヘイロー、マルゼンスキー、サイレンススズカがゴール板を通過した。
続いて続々とゴールし、ヘロヘロとその場で座り込んだり芝の上になりふり構わず身を投げ出した。
息も絶え絶えで体を投げ出すゴールドシップ、その横で王族らしからぬ尻を天に突き出すギャグみたいな倒れ方をするファインモーション。
全員が疲労困憊しており、肩で息をしていて足腰がふらついている。しかし、彼女たちの視線は決して下を向いていない。
その先は自分達より先にゴールした彼女に向いていた。自分達よりはるかに激しく、はるかに厳しく、はるかに滅茶苦茶な走りをした、なのに自分達よりも明らかに疲労が軽い彼女に。
確かに肩で息をしているし、大汗を掻いていて、昨日のレース以上に疲労を見せている。しかしそれだけだ。
足腰はしっかりしているし、息遣いも荒れているというだけで乱れ切っておらず、何よりその表情に宿る闘志に衰えはなく、そしてその先に見ているのは別の物だ。
「勝ったぜ……いや、あぶなかった。さすが中央、一筋縄じゃいかんなぁ、はっはっは!!」
「ど、どこがよ…うッぷ…」
「うそでしょ、うそでしょ、うそでしょ、うそうそうそうそうそでしょ?」
「何が怪物よ…彼女じゃないの」
「お、おねぇさま…やっぱ、つよぃ…さすおね…ガクッ」
「負けた、素人に、せりまけ…くっ…」
「お、おのれぇ…シマカゼタービン…」
「ぼ、僕は…ははは…情けない、自分のことなのに気付かなかったなんて…」
「すご、すごい、けど…わか、らない…」
一緒に走っていた全員が疲労困憊で地面に身を投げ出したり肩で息をしながらシマカゼタービンに目を向けていた。
自分自身、すでに膝をついて情けなくへたり込んでしまっている。全身の力が抜け、思わず天を仰いで荒れた息を整えようと激しく呼吸を繰り返している。
終わってしまった、もっと知りたかった。無我夢中で走り続けて、恐怖さえも感じた、それでも終われば探求心が芽生える。
次だ、そう思えた。自分たちのレースはさらに磨きをかけるさらなる上が存在するのだ、そう実感させられたのだ。
「おいビワハヤヒデ、大丈夫か?」
「あ、あぁ…はは、不甲斐ない、腰が抜けてしまった…」
「無茶するからだ…まったく、インベタにあそこまで付いてくるとはな。イカレてるぜ。
ディープといいエルといい、中央ってのはこんなんばっかだな。自信無くすわ」
「良く言う、あんな走りをしておいていう事か?」
「アホか、俺は慣れてるがお前は違うだろう。そもそも何年コレに磨きをかけたと思ってやがる。
ずっといつ抜かれるか冷や冷やしてたよ、しつこく人のケツにへばり付きやがって。
立ち上がりで振り切らなきゃやばかった、あれについてこられたらもっとピンチだったぜ」
「…そうか」
あのドリフトからの立ち上がりはそういう事か、私から逃げるためにやったのか。君は私を敵として見てくれていたのか。
ちゃんと競走相手として認識して、ちゃんと全力をもって戦ってくれたのか。そう思うと不思議と達成感が沸いた。
あとがき
はい、レース終了です。こんな感じでいいんだろうか、毎回不安になります。
ビワハヤヒデにかなり危機感覚えていたのは本当、最後まで背中に張り付かれてたら抜かれてもおかしくないので戦々恐々としてました。
タービンの中では中央の印象は何気にエルが初回でインベタに付いてったことからだいぶ印象が狂ってる。
インベタグリップでギリギリを攻める自分に初見からなんだかんだ追従できるってんですからね。
シマカゼタービンからしたら年単位で磨いた技術が普通に見破られているようなもんだし。
エルは死に物狂いだったとはいえ相当狂った所業をこなして見せた怪物、さすがは中央の上澄み、いろいろおかしい。
それをいつもやってるUMA娘?そいつはいつもやってて慣れてるから同じに見ちゃいけない。
ゴルシは怖気を食らって発狂メーターが溜まった上にフロム因子からハッキングされてブルートゥ食らってますけど問題ありません。
ハルウララの言う『投げる』は文字通りの意味、体幹を崩したらCQCで制圧するタービンの十八番。
いわば不殺の忍殺、SEKIROらしくガンガン打ち合って体幹崩してCQCによる投げや絞め落としなどに移行するシマカゼタービン独自の複合技術。
これには一心先生もニッコリ、弟子が新技術作ってさらに高見に上っておりまする…こいつホントにウマ娘か?
締め技だち装備によっては背中が天国、極上に抱かれ心地で目の前が真っ暗になれる。体格差によってはふわふわに包まれながら逝ける。
なおシマカゼタービンの尻は蹄鉄シューズで蹴られた程度では多少赤くなる程度です。
面の皮と同じく尻の皮も存外厚いのですよ、前世でも尻を擦られることは多少あったわけで。
さて次はどうするか…その他の反応からの後始末やるか、掲示板か…
おまけ・UMA『葦名の猿』
葦名城のさらに奥、一般人立ち入り禁止区域として封鎖されている区域の奥にある谷に住む武装猿集団。
遺伝子や習性は普通の猿であるにもかかわらず凶暴で好戦的、そしてあらゆる武器を扱え戦闘能力が極めて高い。
縄張り意識が極めて強く排他的なため、縄張りに入った人間は全て敵であり、狂暴かつ好戦的な性格も手伝って即座に襲い掛かって来る。
反面、縄張りである谷から出てくる猿はほとんどおらず、縄張りの外では姿を見ることはまずできない。
その縄張り意識は度を越しており、侵入者が縄張りから逃げだしたら縄張りの際で徹底的に威嚇するが外まで追撃に出ることは絶対にしない。
歴史書では葦名の猿は火縄銃や刀などの武装をしていたが、現在は自動小銃などの現代兵器も加わりかなりバリエーション豊か。
刀や槍を振り回す猿、弓を射る猿、火縄銃を撃つ猿、そしてグロック17やマカロフPMなどの自動拳銃をはじめとする近代火器、運が悪いとRPGも飛んでくる。
出所は愚かにもテリトリーに侵入したどっかの国の工作部隊だったり秘密組織だったり犯罪集団、つまり鹵獲品である。
警察なども基本的に来ないと明言される立ち入り禁止区域は、さぞ隠れ家にしやすいと思ったのであろう。
何でそうなっているのか、どうしてそういう扱いなのか、結果があるなら必ず理由があるのだが。
おまけ2・芦名における立ち入り区域が残っている理由その1
ある程度長く続いた国ならばどこも抱えている問題、例え戦争になっても容易に手を出してはいけない国家間の暗黙の了解となっている。
イギリスにもあればアメリカにもある、ロシアにもあれば中国にもある、当然ながらアイルランドにもある。
しかしアンタッチャブルとされているとはいえ大体甘く見たり妙な勘違いをするのが常、安易に手を出しては悲惨な結果に終わる。
たとえどれだけ時代が進み、どれだけ負の実績を積み上げようとも変わらない。実害を被るのは指示した人間ではないのだから。
おまけ3・ホクリクダイオーっぽいもの
AIイラストで出力したホクリクダイオーっぽいもの。
粗は許せ、前髪のあれが全く安定しないんじゃ…
私服
【挿絵表示】
忍風
【挿絵表示】
【挿絵表示】