家族の仇は、娘でした 作:樫鳥
これからも、旅路を見守ってくださると幸いです。
辺境の小領主が代々収めていた古城。現在は帝国の一部であるが、かつて存在した王国に属する位が高い貴族が住み、管理をしていた土地である。長い間、子々孫々貴族達は城から城下町を見下ろし、王国が解体され帝国の一部となったと同時に子孫が途絶え管理する者がいなくなった。
政変や近隣諸国との紛争、騎馬民族の襲来、様々な思惑や偶然が重なり、その土地は自治州の一部として食い込まれる。それが古き城と歴史の街モスコーであった。ブドウとワイン、酪農により作られた乳製品と炎水晶や木彫りが名産である街は、古城や穏やかな気候、古き時代を思わせる建築様式や記念碑などによって観光都市として周辺国に周知されている。
五百年の歴史があるモスコーの街が有名な観光地として知られる要因として、かつて東方から訪れ猛威を振るった騎馬民族の軍勢を、当時の領主が持ちうる力を全て行使して討伐したことに起因する。
当時の騎馬民族は、異様であり、異常に強力であった。今の帝国領は当時バラバラであり、あらゆる諸国が群雄割拠をしていた時代。戦争は何時もどこかしらで行われていたが、それは騎馬民族からしてみれば、様々なルールに基づかれた戦争ごっことのようなものだったのだろうと歴史家は語る。
例えばだが、貴族の務めとして当時の戦場には率先して跡を継ぐ子弟が立っていた。捕縛をすれば莫大な身代金が出たため、当時の戦争の一面としていかに相手の大将を殺さずに捕縛するかが優先されていたという資料が存在する。両陣営の大将や将軍である貴族の嫡男を、うっかり殺さないように時の宗教家が貫通力が高く殺傷能力が高い石弩の使用を禁じたほどだ。
英雄達が駆け巡る、騎士道に基づいた猛々しく誇り高い戦争。それが良くも悪くも、凄惨や悲惨というものから一歩退いたものになっていた。
だが、騎馬民族達に容赦はなかった。殺戮も拷問も簒奪も悪意も、あらゆる諸国から頭一歩抜きで出ていた。その侵略速度の凄まじさに騎士道という半ば暗黙の了解に縛られた戦争観で戦った者達はのきなみ倒され、現在の帝国領における東半分以上が支配下となったと思えばかなりの勢いだろう。
そんななか、モスコーの最後の領主ウラヌスは、自治領を最後まで護り抜いた。だが戦中ウラヌスの細君と子孫はもれなく怪死しており、ウラヌス自身も戦後城の地下室にて胸と首に直剣を刺され暗殺をされている。下手人は、今をもって不明。
この一族郎党全てが死んだ裏側には様々な憶測や仮説がたてられているが、中には悪竜と密約をしたウラヌスが、異形の力で騎馬民族を退けその代償として一族の者を捧げ、それを察知した竜狩りにより暗殺されたなんていう話もある。
ともかく、このモスコーにおける祭りは騎馬民族から故郷と民を護りきった英雄を称える祭りである。特に最後の三日間は凄まじい戦闘であったらしく、ウラヌス以外にも戦い散った騎士や兵達、義勇兵を祀り称える意味があり、終戦までの三日間を街全体の祭りとしていた。
騎馬兵をかたどる藁と木材で出来た人形と、着色した木の板を甲冑に見立てて着せた大きな人形が街路の中心で見物人に見られながらぶつかり合う。街のあちこちでこれと似たような激戦が行われており、当時の戦闘が再現されている。そして、この手の祭りでは珍しく騎馬民族に見立てた側が騎士に勝っても良いらしい。
騎馬民族側は外部から飛び入り達で参加をした者達が人形を押したり、ロープを引き身体を動かしたり、魔道具を駆使して行動を制御し騎士を攻撃することができる。騎士に勝てば昔の騎馬民族よろしく用意された報酬を『略奪』できるのだが、街に長年住みつく百戦錬磨の男衆達が操る騎士人形にはなかなか勝てず、かつての侵略者よろしく騎馬人形が煉瓦の通路に倒れ歓声があがった。
だがしかし、騎馬人形側、外部の人間で結束した者達もおり一筋縄ではいかないところもある。この祭りのためにわざわざ専用のチームを作って自作の人形を造る為のパーツを持ち込み、騎士に挑む者達もいるのだ。
どこかの通路で歓声があがる。「騎士が倒れたぞ!」という叫び声と共に男どもの野太い雄叫び。ベレーザの話では十数体の人形が合戦をしているというが、それでも二、三体は騎士を倒してしまうような猛者達が所属するチームがあるらしい。
そんな話を事前にベレーザから聞いていた。見学するつもりはなかったが、街の通りが幾つか通行禁止となっており足止めをくらい、望むとも望まぬとも祭りを見学することになっていた。
しかしながら、見応えがあるのは確かだ。傍らに立つクーラは、目を輝かせ巨大な人形同士の合戦を眺めている。子供らしく目を輝かせ、手には露店で売っていた名物であるブドウ果汁と新鮮なミルクで作られたドリンクの杯が握られている。
リザードマン退治の報酬は、ランザとクーラで二分していた。珍しい飲み物に興味を示し、足止めされているということで自分で買おうとしたのだが、近くにいた奥さん方がひそひそとこちらを見て話していたのに気づき購入してやることとなった。それくらい保護者が買ってやれということか。
少し申し訳なさそうにしていたクーラだが、祭りの見世物を眺めその顔は興味津々といったものになっていた。子供らしく、目を輝かせている。
「子供らしく…か」
ランザはポツリとつぶやいたが、幸い祭りの喧騒で独り言は誰の耳に届くこともなかった。旅の動向を申し出た、半獣の少女。殺しにきた相手であり、殺しかけてしまった相手でもある。
こんな危険な旅についていきたいという奇妙な申し出には、流石に困惑をした。人妖は、文字通りの化物だ。各地に分布する異種や異形に害獣達と酷似した生態に変化をするが、その強さは原種より並外れて強くなっている。
各地をさまよいいくらかの人妖を葬ってきたが、弱い個体が相手でも手練れが最低四人以上いるチームが最適ではないかと常々感じている。そんな存在を狩り続けることを、テンの足跡を追うことを目的とした旅。まともに考えれば、ついてきたいなどと思う筈はないのであるが。
それに、正直距離感を測りかねていた。昨夜は失敗だった。リザードマンを一体倒し戦闘に貢献、ギルドで絡まれた時も自分から反抗をする等、自分を卑下したわりにはそれなりに活躍し、自分というものをしっかりともっている。それを褒めてやるつもりで、無意識に頭を撫でようとしたら怯えられた。
自分でもどうかしている。首を絞めて殺そうとした張本人が頭を撫でようなど、怯えられて当然であるのに無遠慮に手を頭に伸ばしてしまった。もっとも、一夜を開けたらすぐ脇で静かに寝息をたてるクーラをみてますます訳が分からない思いをしたのだが。
睡眠時の接触や接近は緊急時以外禁止をした。それを破ったことに対する注意は行ったのだが、やはり分からない。怯えるくらい怖いなら、何故横で寝ている。寝相かと、わりとどうでも良い考えまで頭に浮かんだ。
「終わっちゃった」
この通りでは騎馬人形が敗北し、祭りの運営者達が手際よく最低限の片づけが行われ通りを行き来する人も増えていった。露店に木の杯を戻し、戻ってくる。口についた牛乳の跡を自分の顔に向け指を差し指摘をすると、慌てたようにクーラは拭った。
「口についた跡に気づかない程、美味かったのか?」
恥ずかしそうに、うつむく。からかいに聞こえたのか注意として受け取ったのか、もしかしたら今の言葉も失敗したかもしれない。変に気にしなければいいのだが。
通りを抜けて路地に入る。石造りで縦に長い建物の路地は、パブや民家の入口が並んでおりどこからも陽気な祭りを楽しむ声が響いていた。そのまま手近なパブに入り一杯…とはいかず更にその先へと進んでいく。
街の陽気さから離れ、人通りも少なくなり、日差しも悪い一角に突如として広がるガラクタ置き場のような空間。雑に詰まれた樽や廃材、木材の山の向こうには煉瓦造りの広い工房のような一軒家。家の前には鉄板が張り付けられたテーブルに足を乗せ、二本脚でバランスがとれた椅子に灰色のコートをまとい帽子で顔を覆い寝息を立てている男がいた。
近づくと酷い酒臭さ。クーラが少しうっとした表情になりこちらを見るが、残念ながらモスコーに来た用事はこの男に会うことだ。椅子を蹴飛ばし、男を強制的に目覚めさせる。
蹴り飛ばした椅子はバランスを崩し、後ろに倒れる。地面に投げ出されそうになった男の周囲にあるガラクタから、鎖のようなものが伸び身体の下に張り巡らされ落下を防止。自動制御の魔術具を開発したのだろうが、居眠りからの転落防止に使うのは多分この男くらいだ。
「祭りの日は休業中、無粋にも仕事をもってきたのはどこの誰だい?」
帽子をずらし、無精ひげを生やした中年がこちらを見上げてきた。グレーのもじゃ毛をかきむしり、大きく欠伸をする。
「それは悪かった。週休六日がモットーとかほざいていたから、よそ様が休みの祭りの間くらいは働いているもんだと思っていたよ」
「世間が仕事でも安息日、世間が安息日なら安息日。たまには十連休以上はとらないとオジサン身体がきつくてなぁ」
背中の包みを鉄板の上におく。ベルトを外し被せていた保護布をとり、人妖と化した幼子の遺体から、異形のまま落ちていた毒針が露わになった。
「人妖についての、新しい情報がほしい。報酬はこの針と、ルーガルーの鈎爪でどうだ?」
「輪にかけて無粋だな。今は祭りの期間、物騒な話くらい今だけ忘れたらどうだ?」
中年は針を蹴飛ばし、再度足を上げて座りなおす。酒瓶から直接酒を呑み、大きく息を吐いた。
「それよりそこのお嬢ちゃんは初顔だな。なんだお前、ツレは作らないと思っていたが幼児趣味でもあったか?」
「ガスパル」
幼児趣味と言われ、ムッとした顔をクーラがつくったが、変な方向に話を持っていかせる訳にもいかない。クーラと中年男、ガスパルの間に挟まるように身体を入れ込み、声をかけた。
「待ってりゃ良い、果報は寝て待てって奴だ。ははは、祭りの間くらい滞在しろよ、カッカッしてりゃ見えるもんまで見えなくなるぞ?ああだが」
ガスパルが、荷物袋に指をさし。そして手の甲を下に向けて手招きをする。
「ルーガルーの鈎爪も置いていけ、今の話が情報、その対価だ」
無遠慮に、ガスパルは要求をした。