家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

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 「中を見ても良いか?」

 

 クーラが出してきた小箱。一応イドに対して許可を求め、頷くのを確認してから錠のかけられていないそれを開く。中に入っていたのは、植物の綿が可能な限り詰められており細く白い紐に縛られた茶色の毛が束ねられていた。

 

 後生大事にこんなものを持ち歩いている事実、その理由は一つしかないだろう。

 

 「遺髪か」

 

 「はい、申し訳ありません。ボクは貴方達に一つ隠し事をしていました」

 

 イドのこれまでの言動を思い出す。

 

 「妹が、囚われているか。二人分の金額というのも、恐らくは自分の荷を返却してもらうのにさえ値がつけられていたか?」

 

 初めてイドと出会い、この部屋で彼の要望を聞いた際に聞いた言葉だ。成程、曲解してとらえるならば妹の遺髪はメルキオル商会に没収されており捕らわれているという見方もできるかもない。だがそれは、相手を上手く誤解させることで真実を話さなかったとも言える。

 

 恐らくではあるが、イド本人が抜け出すだけの金額は既に溜まっていたのではないだろうか。だがしかし、荷物に執着するのを見てあのドーズ館長とやらはそれを餌にして更に金額を釣り上げた…といったところか?

 

 「真実を話せば、俺達が協力要請に首を横に振ると考えたか」

 

 クーラが憤っているのはそこだろう。レースに全力で集中できる俺やジークリンデはともかく、今回の騒動について裏側で情報を精査し証拠を揃え、裏で絵図を書いていたのはクーラだ。事前情報というアドバンテージはあったものの、裏方ながら一番危険な役割。正確な情報が無ければ危険極まりないものである。

 

 「ふざけた話だよ。妹は既に死んでいる、それが事前に分かっていたらそれ相応の安全策もとれたのにさ。アンタは最初から手前のことしか考えていない、それがどれだけの苦労を他人に背負わせるのかもしらずにね。正直言えば、自分はアンタを助けたことを後悔しているよ。やっぱり、人助けなんて割に合わないことに手をだすべきじゃなかったってね」

 

 「それに関しては頭を下げるしかありません。ですが、家族を取り戻す為には…」

 

 「家族?死体の一部なんてゴミみたいなものに、無駄な手間暇かけさせられたこちらの身にもなってよね」

 

 イドの顔が一気に赤くなり勢いで立ち上がりそうになったが、その前に肩を抑える。自然体に構えているように見えるクーラだが、ここで彼が怒りのまま立ち上がれば問答無用で制圧に入るだろう。恐らくは、最低でも無力化の為に制裁もかねて本当に腕の一本はへし折りかねない。それだけ彼女は怒っている。

 

 クーラには肉親がいない。イドの気持ちは理解できない故にだしてしまった言葉だろう。だが、その言葉は俺ですら容認できない。それが本心ではなく、怒りから傷をつけるように放たれた言葉であってもだ。

 

 「言いすぎだクーラ。仮に俺が、家族の遺髪を持ち歩いているとしてそんな言い方をされれば冷静ではいられない」

 

 「え?あ、そんなランザの家族に対してそんなことを言うなんて、自分がする訳が…」

 

 「お前の怒りは分かるが、言っても良いことと悪いことの分別くらいはつけておけ。だがお前の怒りも分かる。ここは俺が預かろう」

 

 クーラの耳がしょぼくれ尻尾がペタンと垂れさがる。彼女に任せてしまえばやりすぎてしまうが、しめるところはこちらで締めた方がい良いだろう。

 

 「イド」

 

 改めてイドに向き直る。両親の存在は分からないが、イドにとって唯一の家族であった妹の遺髪。取り戻したい気持ちも分かるし手段を選んでいる余裕もないほど時間がなかったのは確かだ。こちらを取り込む為に、同情を得る為に嘘も並べるだろう。

 

 正直な話、クーラ程ドライになりきれないだろう俺ですらイドの立場だったら似たようなことをするかもしれない。本当のところ、俺自身にもイドを責める権利があるかどうかは怪しいところではあるがクーラに任せてしまえば制裁にしても被害が大きすぎる。

 

 「これから、一発お前を殴る」

 

 「それだけの覚悟はできています」

 

 「まあ、覚悟はそうだろうな。だが、何故殴るのか、殴られるのかを聞いておけ」

 

 器用な方ではない。言葉だけで反省を促すことができるかは分からない。だが、それでも言葉を尽くすしかない。

 

 「同情を誘い、被害者を助けたい。僅かでもその心理に漬け込む意図があっただろう。こういってはなんだが……いや、敢えて言わせてもらう。遺髪とは言ってもそれは、人命には関係しない物だ。それを取り戻すということに様々なリスクがある選択肢を他者に強いるのは難しい」

 

 言いながら、遺髪を物扱いするのは胸が痛んだ。イドもその発言には思うところがあったようであり顔が強張む。イドが飛びかかってきたら、制圧するのは苦ではないだろうがその時はクーラも動きかねない。

 

 「だがお前は今回助けを乞うたんじゃない、他人を利用したんだ。誠意をもって状況を明かしたのではなく、真実を語らず他者を丸め込んだ。残念なのはそこだ、俺はお前さんが真実を話してくれたならそれでも協力を惜しまないつもりだったんだがな」

 

 「そんなつもりは」

 

 「無くても、そうなるんだよ。現に正規の手段では難しい奴隷であるお前を解放する為に少なからず危ない橋をクーラは渡っている。正しい情報に基づいて動かなきゃいけないのに、お前は肝心なところをひた隠しにした。そんなことでと思うかもしれない、だがそれがどれだけ危険なことか想像もつかないようであればお前を助けたことを後悔したと俺自身言わざるえない。お前は俺達に助けを求めていない、善意に漬け込み利用をしたんだ」

 

 イドにそこまでのつもりはないだろうことは分かる。だが、そうとらえられても仕方がないことを強調する。半獣にとって自由になっても、この先苦労の連続であるだろう。だが、他者を利用し甘い汁をすすることに慣れてしまえばその先の末路など、どうしようもない。

 

 多少なりとも関わった身の上、それを見逃して良いものか。善良に生きろとは言わないが、他者を利用して生きることが当たり前になってほしくはない。

 

 テンのように、他人の人生を踏みにじりながら生きるような存在に、なってほしくはない。

 

 「ということで、今のうちに痛い目をみておけ。俺からはそれだけだ。歯を、喰いしばっておけ」

 

 「……はい」

 

 一発の殴打が頬を衝撃を与える。半回転しながらイドは床に崩れ、口内を切ったのは口の端から血を流していた。

 

 暴力を伴う説教は苦手だが、無傷ではクーラが納得しないだろう。嫌悪感を口元で抑えるように堅く口を閉ざし、目を瞑ったまま壁によりかかった。まだ足りないとでも言いたげではあるが、骨を折る程の怒りくらいは消えてくれたようだ。

 

 俺達は聖人君子でもなんでもない。物語ならば、それでも妹の遺髪を取り戻せたことに手放しで喜び、生死に関して言わなかったことも簡単に水に流さなければいけないかもしれない。しかし、現実にはイドにも俺達にも明日はやってくる。

 

 利用した方、された方。双方で納得がいく、少なくとも矛を収めることができるような落としどころというのが必要だ。殴られる側も、何故殴られたのか可能な限り言葉を尽くしてみた。余計な怨恨をかうこともないと信じたい。

 

 「祝いに打ち上げでも開いてやりたいところだったが、もうお前に用事はない。利用されたものとしてお前から礼を言われる筋合いもない。失せるんだな」

 

 イドは少ししてから立ち上がる。頬が痣になりそうな程の傷であったが、手で覆うこともせずに深く頭を下げて去っていった。後にアイツがどうなるかは、本当の意味でのイド次第だろう。

 

 「温いと思うか?」

 

 「……まあ、少しは。でも相手は一般人。わざわざ、自分のやり方で制裁するのもやりすぎだったかもね。まあ、ランザが止めなければやったけどさ」

 

 それだけ言って、クーラが木窓から飛び降りる。手元には彼女用の財布が握られていた為フラリと夕食でも食べに出たのだろう。

 

 「お優しいこって」

 

 クーラが出ていってからしばらく経った時、声をかけられた。寝台の上で胡坐を組むジークリンデは、もう他者の目を気にする必要もないとばかりに色々丸出しだ。だがもうこればかりは今更すぎるので特に口出しすることもない。

 

 「お前が一番怒り狂いそうな気がしたがな」

 

 「クソガキが精一杯考えた出来の悪い小細工程度に興味はねえ。祭りが好きなのも嘘じゃねえし、そこそこ楽しめたのも確かだった。まあ、真実が明かされた時にお前がどういうリアクションをとるかまでの娯楽だったがな」

 

 口ぶりや、穏やかな顔つきからこの悪竜はイドの言い回しから既に気づいていたらしい。知っていて黙っていたとは、やはりこいつもタチが悪い。

 

 「話に乗ったこと、後悔してやがるか?」

 

 「いや」

 

 アイツは家族を取り戻すことができた。過程を無視して結果だけを見れば十分ではある。

 

 「あれで良かったと思っているよ。本心でな」

 

 扉が静かに開かれる音がした。外から気配を感じたのか、クーラが仏頂面で部屋の中に入ってきていた。手には腸詰めにパン、ハムにワインが入った籠をぶら下げている。ジークリンデに目付きで軽く威嚇をしながらテーブルの上に持ってきてくれたものを並べ始めた。

 

 「形はどうあれ勝利は勝利。打ち上げくらいはしようと思ってたけど…アンタの分はないよ」

 

 「やれやれ、器のちいせえクソ猫だなおい」

 

 素早い手つきで腸詰めをかすみとり口の中に放り込むジークリンデに、クーラは喉を唸らせた。そういえば、三人で卓を囲むのはこれが初めてかもしれない。

 

 「まだ市場は開いているだろう。俺が追加で買い足してやるよ」

 

 油断できない相手であることには変わりないが、今日くらいはそんなことをしても良いかもしれない。例え仮初であっても、こいつの気紛れであっても、死体やテンに関わらない協力体制は初めてだったのだ。

 

 腕を組み合わせながら咀嚼するジークリンデと尻尾を逆立てるクーラ。仲間というのには歪な関係かもしれないが、偶には平和ボケした勘違いをそのまま呑み込むのも良いだろう。この日行われたささやかな勝利の宴は、想像以上に遅くまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メルキオル商会の館長、ドーズが逮捕されても商会は何事もなかったかのように営業を続けていた。

 

 裏側では様々な暗闘や駆け引き、逮捕に伴う悲劇に喜劇が繰り広げられていようがやはりこの都市は大河の流通により物流の血脈を担う都市。毎日のようにかなりの商人が出入りを繰り返し金と品が流れていく。

 

 携行用の保存食に散弾銃の弾丸。古くなり擦り切れそうな雨具の補修に火薬やその他戦闘や旅に必要なものを買い足していく。滞在期間を一日伸ばしたが、イルガルドには元々物資の補給と一泊の為に立ち寄った都市であり、これ以上長々といる理由はない。

 

 「ここから帝都までは徒歩で二日から三日ってところかな。途中で宿場街とかはあるし、なんなら冒険者ギルドがあるから野宿の支度はそこまでしなくて良いとは思うけどね」

 

 「そうみたいだな。ノックの調査でエレミヤからもらった報酬はまだ余裕はあるが、格安で泊まれるところがあるならそれにこしたことはないか。もっとも治安には気をつける必要があるが」

 

 「ランザが一緒なら大丈夫でしょ。じゃあ、早速行く?運が良ければ、交渉次第で途中で馬車に相乗りさせてもらえるかもしれないしね。お尻は痛いけど」

 

 馬車の旅は快適かもしれないが、長時間座りっぱなしな上に尻も痛くなる。途中で少しだけ利用するならともかく、長時間の移動は流石に堪えるものがある。

 

 ひとまず、北に向けて進む途中で巡礼者用の聖堂がある為まずはそこに歩みを進めることにした。休息と、エンパス教についてなにか教会の連中から情報を聞けるかもしれないからだ。

 

 大きめの聖堂にはほぼ確実にいる教会所属の医療団にも、それとなくレッドアイのことを聞くことができるかもしれない。

 

 「待ってください!」

 

 北門付近で旅立とうしたところで、声をかけられる。声をかけてきた相手は、簡単な旅支度を整えたイドだった。クーラは面白くなさそうな視線を彼に向けぶっきらぼうに応対する。

 

 「同行ならお断りだけど?」

 

 「いえ、そこまで図々しくはなれませんし、半獣であることが知れ渡ったボクは帝都方面には近づかない方が良いでしょうから違います。昨日ショックで言えなかったお礼と…謝罪をしたい為にここで待っていました。礼を言われる筋合いはないと言われましたが、それでもボクが感謝しているのは本当なんです」

 

 頬に大きな青あざがあったが、今のイドはそれを隠すようなことをしない。もう銀星として、ファン受けを狙わなくて良いのだろう。半獣の証である耳もフードをとり露出している。昨日、あれだけ盛大に暴露されたのだ。隠しても今更なのだろう。

 

 「本当にありがとうございました。そして、貴方達に大きな迷惑をかけて申し訳ありませんでした。ボクは、貴方達にしてもらったことを生涯忘れません。何時の日か、今度はボクが貴方達の助けになってみせます」

 

 「無理だよ。イドにはできない」

 

 「かもしれません。ですが、これからはもっと大きくなります。それまでどうか、貸しということにしておいてください。何時か必ず、お返しにきます」

 

 クーラの棘がある言葉もそのまま受け取り、そして返してくる。余裕という訳ではなさそうだが、喰いしばるような男の顔だ。クーラの頭頂部を軽くグリグリして余計な茶々をいれたことのお仕置きをしてからイドに近づく。

 

 「分かった、待っているよ。精々利子つけて返してくれるんだろうな」

 

 「はい、ランザさんにクーラさん。ジークリンデさんにもよろしく伝えてください。もう一度会いましょう、必ず」

 

 「約束だ」

 

 イドと握手をかわす。クーラもへそを曲げたような顔をしていたが、小さなため息をついた後軽く微笑んだ。

 

 「ランザはともかく自分への利子は、高いからね」

 

 イドの尻を激しく叩きながらクーラが言う。彼女なりの、許しの儀式なのだろう。

 

 恐らくは、再開することは二度とないだろう。俺とクーラもまともな旅路を歩んでいる訳ではないし、イド自身だってこの先どうなるか等定かではない。果たされる保証はない約束ではあるが、それで良い。旅は一期一会ではあるが、奇跡的に再開を果たしたならば今度は笑顔で会えるだろう。

 

 何時までも手を振るイドを背中に、イルガルドを旅立つ。帝都では、必ずなにかが大きく動く、そんな予感がする。もしかしたら、今まで通りではいれないかもしれない。エンパス教、竜狩り、テン。様々な要素があるが、その全てが一筋縄ではいかない。

 

 何時か来るかもしれない、再開という奇跡をおこす為に上手く立ち回らなければならない。そう腹を決めて道を歩む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さて」

 

 殴られた頬はまだ痛むが、本気の説教で本当の拳だった。今のボクにそういうことをしてくれる人は、貴重だろう。助けてくれたことも含め、感謝こそすれ怨む筋合いはない。

 

 ランザさん達は帝都の方面に向かって行ったが、こちらは可能な限り南部に行ってみよう。半獣差別はどこでも根深いが、やはり都会に近い程強いイメージはある。それに大陸西方、旧グロルダール公国がある方向にはあまり近づきたくはなかった。

 

 いっそ、来るもの拒まずの連合王国に向かって行こうか。その途上で少しずつでも、出来ることを増やしておこう。その出来ることが戦う方法であるのか、職人仕事や手作業のようなものなのかはまだ分からない。足の速さ以外に取り柄があるかと言われれば、豚の飼育方法と屠畜や食肉加工の知識があるくらいだ。

 

 周囲の視線が冷たい。もうこの街の住民にはバレてはいるが、フードを被りなおす。嫌な思い出が多いところだが、楽しかったこともある。多少名残惜しいかもしれないが、ほとぼりを冷ます為にも姿は暗ませた方が良い。

 

 「銀星ーーーーーー!」

 

 急に、大通りの方が騒がしくなった。若者達が集団でドタドタと大きな音をたてながらこちらに走ってくるのがみえたからだ。急にパルークーレースでの呼び名を呼ばれ、なにがなにやら分からなかったが見覚えのある女の人がいた。

 

 あの日、会場で最初にボクの味方をしてくれた、声を張り上げてくれた人だからすぐに分かった。

 

 「今はここにはいれないかもしれない!でも、必ず帰ってきて!」

 

 「え?」

 

 なにを言われたのか、瞬時に分からなかった。正体がバレたら追い出されるのが普通の半獣に、そんな声をかけてくれる人がいるとは思わなかったからだ。

 

 よく見れば若者の集団は、レースの熱心なファン達に賭け事に熱くなっていた者達。幾度もレースで戦った敵チーム達だった。

 

 「パルークーレースは俺達が護る!だから戻ってこい、チャンピオン!」

 

 主催者の逮捕と運営の不正が発覚してから、次回からのレースは既に暗雲が立ち込めている。昨日のあれが、最後のパルークーレースだとしても不思議ではないからだ。曰くがついてしまい、新しくスポンサーがつくかも分からないし開催できても規模は大幅に縮小されるだろう。

 

 だがしかし、選手もファン達も目は死んでいない。この地で芽生えたら若者向けの新たな文化を、護ろうという熱意に燃えているように見えた。

 

 「勝ち逃げは許さねえからな半獣野郎!」「アンタには稼がせてもらったんだ!アンタの輝ける場は必ず守るからな!」「銀星様の走る姿が生き甲斐だったんだから、戻ってきてください!」「お前がいなくなったら酒代稼げないからなぁ!」「またカッコいい走り見せてくれ!イドのせいで選手になるのを夢見てるんだからよ!」「半獣がどうとかなんざくっだらねえ話が関係あるか!」「待ってます!」「次回の開催時には、必ず我等が優勝する!だがお前がいないレースのチャンピオンになっても意味がねえだろうが!」「元気でな!練習さぼるんじゃねーぞ!」「次回開催までに腕を磨いてこい!」

 

 皆が、好き勝手に叫ぶものだ。いつの間にか、強制されていたレースが楽しくなり、ボクの居場所の一つになっていたのか。

 

 ……だけど。

 

 イドがこのまま旅立つと思っていたが、こちらに近づいてきたのを見て声をあげていた者達がキョトンとした顔をした。そして、集団の目の前まで来て一言。

 

 「ごめん、ボクの旅立ちは反対方向の南門なんだ。なんかごめん」

 

 静寂。文句と共に囲まれバシバシと悪態つきで身体を叩かれる。だが嫌悪や悪意を伴ったようなものではなく、友達を送り出す手荒い別れの儀式であった。

 

 南門にて、今度こそ見送られながら旅に出る。保存食や旅道具をそれなりに融通され、旅の荷物が三倍近く膨れあがってきてしまった。ありがたい重みが肩に食い込む。

 

 今はイルガルドにはいれない。だけど、ここにはいずれ必ず戻ってこよう。そう決意して歩き出す。

 

 「ようイド」

 

 「あ、あーとイシカワ。君も旅立つのかい?偶然だな」

 

 異国の装束を身に包む偉丈夫が、道の端にあった木製のベンチに腰をかけていた。軽装ながら布地を袋のようにして肩から腰に身体をまわすようにかけていた。荷物が入っているのか、少し膨れている。

 

 「元々イルガルドには金の匂いがする不正があると思い潜入していた身でな。本当なら不正に蓄えられた金はちょろまかすつもりであったが、あんな物語を見されれた手前手を引かざるえんよ」

 

 「あんた、泥棒だったのか?」

 

 「副業のようなものだ。汚職や不正で蓄えられ捕らえられた金品を、民に還元し市場を活性させるのが我等の流儀だからな。そしてイドよ」

 

 立ち上がり、目の前に立たれる。こうしてみるとガタイも良いし身長も高いこの男、かなりの圧迫感だ。

 

 「お前には才能がある。その天性の能力とレースで培われた判断能力に走法、活かす道があると知ったらどうだ?つまりだ、イド。お前は忍になるのだ」

 

 「なにそれ。あんま興味ないんだけど」

 

 忍ってなんだよ。本当に訳が分からないからお断りの方向でいこう。

 

 「ふはは、断られるのは目に見えていたが道中は長い。ゆっくりと説得しようじゃないか。我が琉流忍術は奥が深いでな、話しを聞けば是非弟子にしてくださいとお前から来ること間違いなし」

 

 「凄い自信だな。でもイシカワの旅先と同じじゃないかもしれないよ」

 

 「元々行先など定めていないのでな。旅路に付き合うことになんら問題はないということだ。良いかイド、お前は陰に生きるが恐らくはそのうち世界から注目される忍者という存在の初となる外国人忍者となるのだ。それが使命であると確信している」

 

 「なにそれ怖い、確信しないで」

 

 そんなそのうちがあるなんて知らないけど、ついてくる気満々のようである。でもま、忍者なんてのは分からないけど、あの時ライバルだったのに審判に抗議をしてくれたイシカワに悪い気はしない。少なくとも、賑やかにはなりそうだ。忍者にはならないけど。

 

 そして、長い月日が経った後ある年に行われた、イルガルドで開催されたパルークーレース。チームニンジャが大会優勝を飾るのはまた別の話である。半獣チーム、南方大陸からの来たチーム、東方や北欧から来た参加者達で大会が大きく盛り上がったのは、言うまでもなかった。




 丁度100ページめ、全十話にて外伝は終了です。

 次回からは、本編に戻りますのでどうかよろしくお願いします。
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