家族の仇は、娘でした 作:樫鳥
大陸北西部に位置するオルレント自治州。
同じ自治州であるリスムとの大きな違いは、海洋資源や貿易路を主を活用するリスムと違ってオルレント自治州の主な産業は地下資源、鉄鉱山や銅鉱山、そして硫黄や炭鉱の類である採掘産業に支えられているところだった。
リスム自治州程ではないが、輸出に際してそこそこの外貨を獲得できていたが、自治州民達は危機感を抱いていた。リヴァイアサン討伐から続く連鎖反応。グロルダール公国という、分かりやすい滅亡国家をリアルタイムで見て来たが故である。
ダイヤモンドという、希少でありながらも実生活にはなんの役にも立たない資源と違い、幸いにもオルレント自治州の輸出品は生活に深く関わる鉱山資源だ。特に、硫黄は使い道も多く炭鉱は特に北の大地には必需品である。仮に帝国との貿易が完全に切れたとしても、即座に金融危機はおこらないだろう。
自然からの成果物を売る第一次産業だけでは行き詰る。目指すべきは二次産業の確立だ。
農業、漁業、林業と違い高度な道具と採掘知識が必要な鉱業は二次産業に分類されるが、肝心の採掘した資源を加工する術は先進国には劣っていた。
帝国、連合王国、同じ北国であり鍛冶の国と言われていた後アブソリエル公国に技術留学生を派遣する為の計画が進行中であった。少々遅きに失した面はあるが、平和な世の中が続けば紆余曲折はあるものの帝国に呑まれないまま上手く産業革命を並みをおこせた可能性もあっただろう。
だがしかし、帝国と連合王国で戦争がおこってしまった。連合王国から参戦打診は以前から来ていたが、オルレント自治州の代表は参戦に対しては消極的であった。あくまで、連合王国側に対しての好意的中立。国力の大半が型落ち品の輸入品で固めた自治州軍では、とても帝国相手に勝ち目はない。
戦争は避けなければならないが、日和見の中立に徹するのは難しい。しばらく前から、帝国には採掘した輸出物が買いたたかれているし南大陸から来る良質な資源のせいで自国の資源価値が落ちた。通貨の信用度も下落している。日に日にひもじくなる台所事情を助けてくれたのは同じ北国である後アブソリエル公国であったからだ。
公国は適正価格で鉱山資源を買い取り、更には技術顧問の派遣も融通してくれた。それでも親帝国派も国内にいる以上性急な参戦はおこらない。もう少し、状況を見極めてからと時間稼ぎを自治州与党は人脈を駆使していた。
だが大問題がおこる。半獣と中心とした亜人の軍団。三流装備のこちらよりも寄せ集め以下の人員と装備で構成された組織があろうことか帝国軍であのビックネームである竜狩り隊を撃退してしまったのだ。
雪焼けと、鉱山採掘で常に薄汚れたような身なりに見える自治州民は、帝国市民には格下扱いされていた。意識した差別ではなく、自然体の区別としてだ。だが同じような扱いの半獣が、お得意様でもなくなった憎たらしいだけの帝国に吠え面をかかせたとあったら、民衆には痛快極まりない。
世論にも押されて、自治州代表は参戦を決意することになる。連合王国からはあくまで護りに徹することで、上手く帝国軍の一部を引き付け他勢力の支援を優先するように指示がだされていた。
「ッてええええええ!」
砲撃音が響き渡り、地面に着弾すると同時に人体の一部が宙を舞う。敵重砲の威力と射程距離は凄まじく、自治州勢力に抗う術は乏しい。
参戦したというのに、連合王国からは消極的支持がおりる。それだけでも士気が下がりそうなものであるが、オルレント自治州の攻撃能力もたかが知れている。大戦初期に、奇襲攻撃である宣戦同時攻撃を行ったがあっさり返り討ちにあうくらいの体たらくであった。
砲撃が終われば、銃剣をつけたライフル銃を持つ帝国の歩兵師団が突撃してくる。開戦初期の熱狂はどこへやら、反撃もできない程の長距離砲撃を連日続けられ、ノイローゼをおこしたり睡眠時間もロクにとれなくなる等兵士達の間では早くも厭戦気分が広がっていた。
「砲撃がやんだぞ!塹壕で迎撃準備だ!」
さりとて、逃げても背中から撃たれるだけだ。この防衛線を抜かれたら、銃後にいる人々の生活区が脅かされてしまうだけにさらに逃げられない。塹壕に並んだ兵士達の表情は、すっかり疲弊していた。
帝国兵の姿が視認できる距離まで肉薄されるが、銃器の精度は向こうの方が高い。こちらから下手に反撃しても有効射程距離外な為弾の無駄だと無駄射ちは禁止されていた。
後アブソリエル公国から技術顧問が派遣されたといっても、自治州産の新型ライフル開発まで間に合わなかった。工作機械の品質向上や職人達の技術向上は、早々に成果が出る程容易い話ではない。
ようやく帝国兵が、こちらの有効射程距離まで詰めてきた。反撃の狼煙があがろうとした瞬間、巨大な火炎の塊が塹壕の背後から飛ぶ。
球体の火炎は空中でその姿を巨大な蜥蜴の群れに変え散兵と化していた帝国兵に着弾。周囲を舐め尽くすような炎が、地面に広がり敵兵を薙いだ。
一人の人影が塹壕を飛び越える。生物的な鱗が張り付いている中折れ式の散弾銃に弾丸を込めながら、戦闘用のコートを着た男がまるで散歩でもいくような気軽さで歩いた。
「なあ!アンタ!そんなところで棒立ちはまずいって!」
なにがあったか分からない。突然目の前でぶち負けた油に火をつけたような火炎がおころうが、この風変りな男がおこしたことだとは考えられなかった。誰かはともかく、そんな風に戦場で無防備に立っていれば危ない。至極常識的な判断として、男の背中に声をかけた。
「問題ない。それより、エンパス教の尖兵は敵に混じっているか?」
「はぁ!?知るか!とにかく早くこっちに来い!」
「あれだけ挑発してやったんだがな。北部は重要視されていないのか?まあ良い」
腰から古臭い剣が引き抜かれる。そこらに叩き付ければへし折れてしまいそうな、骨董品が砲弾と銃弾が飛び交う戦場では時代遅れを通り抜けて酷く滑稽なものにも見えた。
「いないならいないで良い。だが、いるなら引きずり出してやる」
男が走り出す。広範囲に広がり地面を焼く炎に少々混乱気味であった兵士達も、流石に単騎突撃してくる奇怪な男に気が付かない訳がない。
「アイツだ!」
対応が早い者から、銃弾が放たれる。無残にもハチの巣になるかと思われた男が、その骨董品を振るった瞬間大量の火花が散った。
蛇のようにうねる太い血菅、それに繋がれた金属には見えない骨のような大量の刃。凄まじい射程を持つ刃が無造作に振るわれる度に、帝国兵の胴体や下半身が泣き別れる。そしておぞましいことに、噴き出る大量の血液をまるで血管のような部位から伸びた何かが吸い上げていた。
血液を吸うたびに禍々しい刃がたけるように震える。そして、刃の一部、管が男袖の仲、内部にも伸びているようにも見えた。ドクンドクンと、脈打つ度に吸い上げられている。
敵を殺す度に、刃が伸長し男の動きも増しているように見えた。まるで、惨殺された帝国兵が贄となっているようだ。
「なんだ、あの化物は」
「化物とは酷い言い草だねぇ」
前方に集中していたら、急に背後から、いや耳孔のすぐ近くから息がふきかかる距離で声をかけられた。まったく気が付けなかったが、首筋に冷たい刃が押し付けられるまで身の危険というものを感じられなかった。
「せっかくアンタ達を助けに来たのにさ。もののついででは、あるけどね」
「は?」
「せめて援護射撃くらいはしてあげないと。たった一人に負担を背負わせるのはどうなの?なにもしないなら、必要ない人員は資源の無駄だよね。殺しておこっか?」
「あー!馬鹿やめろ馬鹿!なにしてくさってやがんだお前!一応友好関係勢力の兵士だ馬鹿!やめてマジやめて色々こじれるから!」
塹壕の連絡通路をバタバタと見慣れない集団が駆けつけてきた。統一感がない服装ではあるが、その腕には鹵獲品と思わしき帝国式のライフル銃が握られ、揃いも揃って頭の上から特徴的な半獣の獣耳がひょこりと突き出している。
先頭にいた男の声掛けに、背後の気配は鼻で笑ってから距離を開けた。慌てて後ろを振り返ると、片手で歪んだ形状のナイフを手元で弄んでいるのはまだ子供であった。ひとまず危機から抜け出したことに、駆け付けてきた
「俺達は帝国に対して反旗を翻した解放戦線のものだ。連合軍と組むアンタ等を助けに来た」
「じゃあお前等が帝国北部で、街一つぶっ壊すまで暴れたっていう…」
「微妙に情報が誤っているみたいだがまあ今は気にしねえ。今うちの大将が、敵の指揮官をぶっ殺しにいってるから指揮系統が乱れた反転攻勢をかける。その時はアンタ等も一緒に…っておい!」
「まどろっこしいから先に行くよ。誤射で背中を撃つ奴がいたら必ず殺す」
小柄な子供が、制止を気にも留めず戦場に飛び出していく。声をあげていた半獣がクシャリと前髪を抑えながら唸り声をあげるが、この際仕方ないとばかりにため息をついた。
「何時ものこととはいえ協調性もクソもねえなぁ!ガキ一人だけで向かせられるか!ウェル助は残ってみんなの指揮!後は死ぬ覚悟がある奴だけ遊びに行くぞ!ええいくっつかねえなコレ!」
腰から銃剣を引き抜いてガチャガチャと組み合わせようとしたが、上手くいかないのか断念。結局指揮棒のように振り回しながら何十名かで突撃していく。帝国の歩兵師団相手に塹壕から飛び出して銃剣突撃しに行くといのに、誰もが死や敗北を恐れてはいない、あの人外じみた男の背中目掛けて駆け出していく。
「馬鹿みたいでしょう」
「あ…おう?」
「敵が来たら飛び出して、矢面に立って暴れまわる。うちの大将は軍の指揮なんてやったことがないからーってさ。んでみーんな飛び出す、みーんな暴れまわる。そんで、何時も最低限お留守番する係が必要だからって俺が残される。泣けるよなー」
世間話でもするようにガチャガチャとライフル銃を弄る。慣れた手つきで着剣をし、何時でも突撃できるように準備を進めながら話しかけられた。その目は、滾る闘志を必死に抑えているように見えた。
「ま、後で文句垂れられないように援護射撃くらいはしてやろうや」
ライフル銃を構え、男の目が鋭く引き締まる。そいつは、羽が生えている訳でもないのにまるで猛禽類のような鋭い眼光を敵に向けた。
「ええ、今回の戦いを凌ぎきることが出来れば反転攻勢の機会が巡って来ます。今私の仲間達がその為の工作を進めている。北部街道まで抑えることができれば、我々の連携効率及び物資の受け渡しも想定以上にスムーズになるでしょう。後アブソリエル公国との分断も解消される」
オルレント自治州指令本部にて、今となっては珍しいエルフが大陸地図の北部を丸で囲む。
「地形的に孤立したからと言って、悲観することもないでしょう。帝国の北部分隊、殲滅してまずは現状を打破しましょう」
「とは言うものの、我等オルレント自治州にはもうそこまでの力がない。貴公等が幾度か帝国の侵略を跳ね返したのは確かであろう。援軍も助かる。だが最早厭戦気分が自治州民にも蔓延してしまっては…自治州政府からも停戦や降伏を打診している」
「エルバンネ殿。帝国軍は最早我等の自治州とは目と鼻の先だ。開戦には乗せられてしまったが、今ならば不必要な混乱と暴力が巻き起こるのを防ぐことができる。申し訳ないが、ここで援軍が来たとしても街道を確保する余力はない」
「北部分隊の殲滅とは言うがね、それこそ大言壮語ではないかね?援軍に来てくれた貴公等を侮ることは言わんが、たかが一解放勢力が加わっただけで、そこまでのことが可能と言えるのかね?エルバンネ殿」
後アブソリエル公国の後ろ盾があったからこその参戦ということもあろう。主要な街道を制圧され、難所に値するような道しか使えなくなったとなればこの意気消沈具合も分からなくはない。
だがオリエント自治州に早々戦線離脱されれば、こちらとしても困ることが大きい。資源に限りがあり資源に乏しい北の大地では、同じ対帝国の戦線を結ぶ国からの援助がないと何時までも戦いを続けることは不可能だ。
鉱山資源以外は貧乏なオルレント自治州にそこまで期待はしていないが、戦線を安定させ後アブソリエル公国やアレト共和国。そして連合王国への安定した供給路を確保しなければ戦い抜くこともできないだろう。
「たかが一解放勢力、と言いましたでしょうか?」
「そうであろう?なにか問題が?」
「その一解放勢力が、帝国の竜狩り隊を始め幾度も帝国軍を跳ねのけたのをご存知でないとは言わせません」
周囲に沈黙が広がる。半獣達の解放戦線は、ハボックの街を拠点とし少しずつ要塞化を進めながら幾度か帝国軍の退き続けていた。大砲の扱いには四苦八苦しているものの、そこら辺の下手な自治州勢力や傭兵よりは戦力としてまとまっていた。その中心は、やはりあの男だろう。
ランザ=ランテ。奴は解放軍を拠点に定めエンパス教を待っていた。時折遠征しているようだがその成果はあまりあがってはいないようだ。
ガランに乞われて戦っているのも、足場を定めるのに丁度いいのだろう。こちらとしても残留を希望した身だ。半獣達が数が多い為、意見や方針の一極化を避ける為に悪竜の後継者を頭におけるならば悪くはない。幸いとは言えないが、奴を深く憎しみ怨みを溜めていたエルフ達は、ハボックで敵の謀略に利用され死んだ。
「心配は無用です。我等には、竜がついておりますゆえ」
奴とは色々あったが、それでも今は心強いのは確かである。指導者が最前線というのは些か思うところがあるものだが。
「まずは、押し寄せて来る帝国軍を撃退しましょう。我等には、いえ彼にはその力があります」
手に馴染む。
右手に握られた骨董品は、ずっとあのジークリンデの依代のような役目を担っていた。いくら元の物がガラクタ同然であったとはいえ、その悪竜の力との親和性が非常に高い。
そのうえ、この戦場という環境。殺せば殺す程に贄という存在を感じることもできた。少なくとも、体力が尽きる気がしない。試したことはないが三日三晩戦い続けても問題なく身体を動かせそうだ。
遠くで大砲が放たれた音が聞こえた。飛来してくる砲弾に、散弾銃を向ける。
帝都事変にてジークリンデが、悪竜の本性を現した時にその体内に取り込んだ散弾銃は以前のものとは別物だ。似て非なるようなものではあるが、その散弾銃は魔具と呼べる代物にまで昇華している。
俺自身、そちらの方面での才能は皆無であったが今の俺にはそれを補う存在を支配していた。
ウェンディ=アルザス。魔法使いの末裔。魂こそ貪り吸収したそれは、まるで臓器の一部から生成される栄養素のように魔に連なる力を充填してくれる。力を行使する度に、脳内で面倒そうなボヤキ声が聞こえるがそれに目をつむればその力は便利なものだ。
散弾銃の銃弾が。飛び散る鉛の一発一発に火蜥蜴が巻き付き自立しながら飛来する砲弾に直撃する。衝撃で火炎で砲弾は空中で爆散し、無意味な衝撃を宙で巻き上げるのみであった。
ライフルの射撃音が側面から響く。対応しようとした瞬間、泣き別れをした帝国兵の死体が持ち上がり弾丸の盾となった。よく見れば、浮かび上がった身体の一部に細い影が巻き付いており、盾の役目を果たした死体はゴミのように放り投げられる。
「ランザ」
「まったく、飛び出して来るなと何時も言ってるだろうが。お前は俺と違って、便利な身体じゃあないんだから」
影がシュルリとクーラの足元に戻っていく。コボルトのシャーマンが使う秘術であるらしく、一子相伝であるらしいのだが根気よくお願いしたら快く教えてくれたらしい。まあ、殺生能力という点では本人曰くまだまだであるようだが応用力が効くようで重宝しているようだ。
ハボックの街から掘り返したブーツに寒冷地には似つかわしくない身体に張り付くようなホットパンツ。上半身には革のジャケットを羽織っているが、丈の短い腹部を露出するようなシャツを好んで着用するようになっていた。なんでも秘術を扱うには、可能な限り露出をした方が良いらしいがどこか言い訳のようにも感じていた。
どちらにしても、あまり寒冷地には似つかわしくない薄着に少し心配になるが本人曰く体温が高く問題ないらしい。クーラの潰れた瞳も、ジークリンデのものが宿っている。俺と同様、身体に変化がおこっていると考えても不思議ではない。
「ふぅん…そんなこと言うんだぁ」
片目を眼帯で隠しているが、その裏側にある眼光がにまりとほほ笑んでいるような気配を感じた。ジャケットの裏側に仕込んだ仕掛けを作動させ、バネ仕掛けにより小型の投げナイフが四本指の間に挟まる。
側面すら見ずに投げたナイフが、第二射を放とうと弾込めをしようと伏せようとした帝国兵の額に突き刺さる。無造作に放り投げたように見えるが、気配を判別して投げつけたようだ。器用なことをするものだが、その分裏では血のにじむような努力を続けていたのを知っている。指先のタコと酷使されたボロボロの爪がそれを物語っていた。
「戦争を言い訳にして離れようとなんて許さないよ。ランザが行くところまでなら何処までも行く。自分から逃げようなんて、離れられるなんて思わないことだよ」
逃げようなんて考えたこともないのだが、クーラには戦争を理由に離れることすらそういうように見えるようだ。ジークリンデの死に際で放った言葉。そしてあの夜に言い放った宣言以降からずっとこの調子だ。
「ガラン達がすぐ駆けつけてくるよ、どうする?」
少し不服そうな顔をクーラが浮かべる。恐らく何時ものように飛び出したクーラに続いたのだろうが、もう少し援護射撃に集中してほしいところだったのだが。
「まだそこまで敵を蹴散らしてはないんだがな」
「じゃあランザ、こういうのはどう?ちょっとデートしに行こうよ、デート。二人でさ」
こちらの腕を掴み頬をすりつけてくる。袖についた返り血が頬につくが気にしているような様子はない。
「戻れって言っても、聞かないだろうな」
「まあね。自分はあくまで自分がやりたいようにやるからさ」
「残して無茶されても困るし、しょうがないか」
一歩地面を踏みしめて歩く。歩兵を潰し続けてもキリがない、味方前線の負担を減らす為にもう少し暴れてからいこうと思ったが、こうなればこちらはロウザ達に任せて早めに頭を潰しに行くか。
ジークリンデから悪竜としての力を継承していたが、元々人間だった俺には過ぎた力だ。瞬発的には殲滅力と戦闘能力は飛躍的に上昇するが身体が慣れていないのか多用しすぎると後々に堪える。おかげで、エンパス教の襲撃と挑発もここ最近は自重せざるえなかった。
次弾の砲撃が飛んで来る。砲弾の直撃を避けて、土煙から抜けた頃には人妖としての変異は完了していた。
四肢は柔毛に覆われ、体躯は悪竜とタメを張れるくらいには巨大化する。ガスパル曰く、この人妖としてのルーツは、遥か昔にハティと呼ばれた災害から逃れる為に月を目指して旅をした狼であるという。
月を目指すという話から、テンが現れた時に浮かび上がっていた蒼白い満月を思い出す。この繋がりは、ある意味では皮肉なものだ。テンへの復讐に一度心の中で区切りをつけた今ですら、こうしてエンパス教に囚われた彼女を追いかけているのだから。
背中にはクーラがしがみついている。これから敵の陣営に殴り込みにいくというのに、それをデートと称する辺り恐怖のブレーキが壊れてしまっているのか、それともそう自分を鼓舞しているのか。
だが、自分の人妖としての特性か共に戦うものが、護る者がいる戦いの方が力がでる。手前の都合だけで考えるならば、どこまでもついてくるこの子を背負い戦うことは悪くない。
なんだかんだ、甘えているのは俺も同じかもしれないな。
敵の陣営が見えてきた。攻勢だけで終わると考えていたのか塹壕はない。柵で囲まれている、貧弱なものだ。
ライフル銃兵が横並びに構えており、こちらに狙いをつけていた。背中から、以前ジークリンデに埋め込まれた連結刃を露出させる。ここからは、食い散らかせてもらう。