家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

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 馬車に揺られながら風景を眺める。そういえば、霊山を出てこうしてよそ様の土地に行くのは初めてだなと、今更ながら思った。

 

 コボルトが北の地に逃れてからどれくらいの時が経ったのか。少なくとも、人間の世界ではコボルトは伝説とか伝承レベルの話らしいしかなりの時間が経ったんだろうなとは思う。

 

 「そんなにソワソワしなくても大丈夫ですよ。もういっそ伝令は私が伝えておきましょうか?」

 

 針葉樹の緑とちらつき始めてきた雪景色を見ながらそんなことをノンビリと考えてられる理由は、目の前に私よりも落ち着きのない存在がいるからだ。ハボックに来たことも無いというのに、そのまま他国まで行くはめになっている先輩を見ていると冷静になれる。

 

 「直接口頭で伝えるように、ロウガ殿の厳命だ。お役目を受けたのであれば、おいそれと他者に丸投げはできん」

 

 「そうですかぁ。あ、干し肉食べます?なにか食べた方が落ち着きますよ」

 

 「いらん」

 

 「まあまあ、遠慮なさらずに」

 

 コボルトの主食は各種鉱石であるが、食べられるというだけで好物という訳ではない。というか、食べられるならばまともなご飯を食べたいに決まっている。

 

 だが寒冷地な上に霊山周辺の土壌は火成岩に覆われたり環境のせいで痩せている。まともに農作物を作れなければ、狩りをしようにも獲物もほとんどいない。岩塩で味付けされた豆だけスープと大不評なメニューだが私にはあれでもご馳走である。

 

 それでもって、クーラちゃんのお弁当を作るついでにちょろまかして来たこの貴重な干し肉を先輩の顔の前で左右に振ってみる。目を閉じて腕を組み合わせ、むっつりとした表情を浮かべているがそんなのは見せかけだ。なんせ、鼻がひくひく動いている。

 

 「本当にいらないんですかー?」

 

 「いらん。二言はない」

 

 「ああ、そーですか。それは残念、せっかくの貴重なお肉なのに」

 

 目の前で魅惑のダンスを踊っていた干し肉は、強情っぱりな先輩の目の前を離れて私の口の中に放り込まれる。塩辛いとエルフ連中は文句を言うがこの行きすぎな塩気が良い。堅くて味気のないパンに挟んで食べたいくらいだ。

 

 「あれあれ?先輩なんですかその手は~」

 

 干し肉を食べる瞬間、我慢できなかったのか指が口先まで伸びてきていた。だがしかし、肝心の干し肉はもう呑み込んだ後になる。まったく、そんなしょんぼりとした顔をするならば素直になれば良いのに。

 

 なにを掴むでもなく、伸ばされた指がおずおずと引き下がる。怨めしそうな顔を浮かべているがこちらが責められるいわれもない。向こうもそれが分かっているのか、厳しい顔をしながら黙り込んでしまった。

 

 「お前、性格悪くなってないか?」

 

 「ちょっと色々ありましたもので」

 

 クーラちゃんに指導をする為に、半強制的に居をハボックに移すことになった。狭い洞窟内でコボルトのみならずエルフや半獣達が狭苦しく鬱憤が溜まる。明日をもしれない、何時帝国軍が踏み込んでくるかもしれない環境に心が休まることもなかっただろう。

 

 だが今は、廃虚と化したハボックの廃材をかき集め住処を作り、天幕を張り、寒いながらも毎日太陽と星を見れる環境で皆生活している。食料問題も街道の確保により解消しつつあり、なによりも今は分裂をしていた各種族が一つの旗頭にまとまっている。

 

 まだ先行きが不透明なのは変わらないものの、一時の重圧からは解放され皆に余裕がでてきた。そうなるとまあ、基本的には戦闘できる人間の七割弱は男性である。まあそうなると、悪意ない意地悪にセクハラにその他にその他にその他だ。

 

 半獣ともエルフとも、その他の種族とも違う犬面でもどうやらそういう対象にはなるらしい。まあ色々な経験をしたものだ。あんの助兵衛共ときたらまったく。そのうえクーラちゃんも、分かっちゃいたけど一筋縄ではいかない。

 

 『ミールーフー』

 

 記憶の中、ニコニコ顔のクーラが寄ってきたのを思い出す。ああいう顔をする時はなにかろくでもないことを考えている時の顔だ。

 

 『はいぃ…なんでしょうか?』

 

 『味見ではない摘まみ喰い三回。嗜好品の銀蠅二回。こっそり自分の分を増量すること数え切れず。いやあなかなか悪者だよねぇミルフも、でも最近ちょっとだけお肉がついてきたんじゃない?』

 

 『ははは、いやまさかそんなァ』

 

 お腹のことは自覚はあまりなかったし、クーラちゃんは適当に言ったのかもしれない。だが恐ろしいことに食事を多く摘まんでいたことはバレまくっている。ランザさんの近くにいたり影術以外にも基礎訓練を繰り返しているのにどうしてそんなところまで見に来るのかが謎だが。

 

 『食料を摘まむのは罰がある。当然、食堂で勤務はできないよねぇ』

 

 『ううぅ。証拠なんてない筈ですよ』

 

 『そうだね。今は証拠なんてないよ、今はね。でも、次ミルフが我慢しきれなくなった時現行犯にすることなんて簡単なんだよねぇ。最悪ハボックからあっちに送り返されるかも。嫌でしょ?それでさ、ここからが話の本番なんだけどミルフ、ちょっとお願いがあるんだけど……』

 

 お願い関係は八割近くはランザさんに関することであった。自分がいない間のあの人を観察してほしいとか、やれ付き纏いすぎると嫌がるかもしれないので偶然遭遇したようにセッティングをしてほしいやら。

 

 そんなことを続けてきたから、自然と応援する体になってきたというのもある。しかし、誘惑に負けた私が悪いとはいえクーラちゃんには既に大量の秘密を握られてしまっていた。あの子、元は諜報畑だなんてランザさんが言っていたけど秘密の握り方と脅しをかけるタイミングがタチが悪い。

 

 「私なんて、まだまだですよ」

 

 コボルトはその手の駆け引き等はしない。いや、他の種族や外との交流を絶っていたのでする必要がなかったという訳だ。私が先輩にした悪戯くらい、自分で言うのもなんだが可愛らしいものくらいである。

 

 「………ふふ」

 

 最近思うことがある。コボルトの遥かな祖先は自然開発が原因で人間に追い出されて引きこもりの生活を余儀なくされた。それは仕方ないことだとしても、何時までも引きこもっている生活等良くはないのではないか。

 

 現に世界情勢にはとんとついていけないし、帝国という巨大な敵がいるのに関わらず大半のコボルトは最初の危機以降は人間はおろか共同戦線を張ったエルフにも半獣にも干渉は必要最低限だ。エルフはどんなところで暮らしてきたか、半獣は私達とどう違うのか、人間にも交渉や譲歩により共存はできないのかすら一族単位で興味がないみたい。

 

 それに、コボルトの子供は、甘いという味すら知らない。

 

 小麦だけで作られたパンを食べてみたいし、クーラちゃんが話していたパンケーキなんてものも興味がある。海というものが南にあるらしいし、その先にある南大陸からは珍しいものが沢山運ばれてくるらしい。見てみたいものが、この世界には沢山ある。

 

 コボルト達がもっと協力的になってくれれば、種族間の距離を縮めることができれば、何時かはそんな日が来るかもしれない。そんな日を迎える為にも、出来ることを探していくんだ。

 

 「おい、どうした?」

 

 先輩の声が疑問の声をあげた。気づけば馬車は止まっており、御者が馬車から降りているようだった。気になって覗いてみると、道端で誰かが倒れているようだ。白髪交じりの黒髪に、元は白い布地であるようだが土と泥で薄汚れた姿をしている。

 

 「死体か?いや、生きてはいるみたいだな」

 

 「顔立ちからして異国のものだな。東方二十八ヵ国かその先か…東国の人間は顔が全部同じに見えるからよく分からないな」

 

 話が聞こえてくるが、どうやら死体ではないようだ。帝国が街道狙いで少数の部隊を割いて輜重隊を襲ってくるのではないかという話もあるらしいが、主要な戦地から離れたこの場ではまだその手の襲撃はないらしいが。

 

 「先輩、ちょっと行ってきます」

 

 馬車のふちに足をかけて飛び降りる。大柄でよく鍛えられた肉体を見るに只者ではない雰囲気ではあるが、顔面は蒼白であり指先が白く変色している。呼吸が苦しそうであり、多分吸い込む身体に吸い込む空気が足りていないんだ。

 

 気道、空気を吸い込む道が何らかの理由で狭くなっているのかもしれない。どちらにしろ、ここではろくなことはできないし放っておけば、この人はこのまま死んでしまうだろう。

 

 「すいません。この人、公国まで運んでも良いですか?ここではろくな治療もできません」

 

 やれるとしたら気道確保くらいだろう。それに、多少知識を齧っただけの私よりちゃんとした医者に見せた方が良い。

 

 「いやそれは断る。そろそろ良いか?馬車を通すのに邪魔だから道の端に寄せるんだ。邪魔しないでくれ」

 

 「端に寄せる?じゃあこの人は見捨てるんですか?」

 

 「こんなところでぶっ倒れている通行人なんて怪しすぎるし、スパイかもしれないぞ。それに、生き倒れを助けたところでメリットがない」

 

 「大陸北部はほとんど戦争状態です。そんなところで一人旅をしてきた人間が、ただの生き倒れと考えるのは難しい。ですがスパイならスパイで、拘束して情報を吐き出させればなにか帝国のことが少しでも分かるかもしれませんよ。少なくとも、このガタイの良さから考えるに只者ではない筈です。道中は私と先輩が見張っているので、なにとぞお願いできないでしょうか」

 

 馬車から先輩が「俺も?」とぼやいている声がしたが聞こえないことにする。

 

 「それに、東方風の顔立ちとなればもしかしたら連合王国側となにか関りがある人間の可能性だってある。だとしたら、同盟国の国民に対して同胞を救助したというアピールになるかもしれません」

 

 「だがそれでもリスクはある。悪いけどコボルトの、ここで短剣を取り出して胸に突き刺さないだけマシって考えもあるんだぜ。疑わしきは殺しておけ、なんせ今は戦争中だ」

 

 「戦争中だからこそ、むやみに殺さなくても良いのではないですか?どうせ毎日のように人が死んでいるんです」

 

 シャーマンとして役目一つは、戦士の魂に休息を与えてやること。先代から教えられていたことではあるが、それがどういうことなのかは先の戦いを通じて良く分かった。

 

 手遅れのものに介錯を与えてやること。苦しみから解放させてやること。つまりは、そういうことだ。それがシャーマンの仕事であり、人死にはもう可能な限り見たくはない。

 

 でも、最近思うことがあるのだ。もし戦争がずっと続いてしまえば、沢山の仲間を送らざるえなくなったら…慣れてしまうこともあるのではないだろうか。そんなことがないとは信じたいが、絶対にそうならないとも言えないのが怖いところだ。

 

 なにせ、沢山の死者がでた帝国や竜狩り隊との戦い。後半の方はもう残念だなと思う気持ちが思うのと同時に、どんどんと他者の死を落ち着いてみているのに気づいた。たった一日か二日そこらでそれなのだ、これが一年二年と続くようになったらその先は考えたくはない。

 

 そして、だからこそまだ助けられるかもしれない人を放っておくようなことはしたくないのだ。せめて助けられる命は助けてあげたい。例え、もしそれが敵だったとしても。

 

 他者を慈しめる綺麗な心じゃない。他者を慈しめるようになるための綺麗な心に可能な限り戻る為だ。この人を助けるのは、その為の我儘で偽善である。だが、そんな邪な気持ちでも助けたいと思うのは確かなのだ。

 

 「責任は私がとるなんて言葉は、無責任な発言かもしれません。ですが、ここは一つ手間をかけてもらえないでしょうか?お願いします」

 

 御者二人が顔を見合わせ、肩をすくめる。彼等だって、もっと心にゆとりがあれば生き倒れを端に寄せて終わりだなんていう真似はしないのだろう。そうじゃなければ、こんな説得で納得してくれるとは思えない。

 

 「おい、そっち持て。この爺さん筋肉あるからかなり重いぞ」

 

 「まったく、荷物積んでなくて良かったなおい。しっかりと面倒みろよ、途中で死んだらそいつ放り出すからな。流石に埋葬まで付き合ってられん」

 

 「ありがとうございます」

 

 生き倒れの老人を荷台まで運ぶ。今出来ることは呼吸を楽にしてやることだ。頭の位置を調整し、顎をあげるような形にしてやり少しでも気道を広げ息を吸いやすいようにしてやる。せめて、意識を取り戻してくれれば良いのだが。

 

 「なんというかお前、あんなふうに交渉できるようになったんだな」

 

 確かに、昔の私ならば一度反対された時点で諦めていたかもしれない。

 

 「揉まれましたから、外の世界にね。でも同時に自分自身を見失いたくないですから、それを含めてできることをやるんですよ」

 

 「……あまり、外の世界に触れるのは良くないかと考えていたが前言撤回しておこう。なにか手伝えることがあったら言ってくれ」

 

 先輩も手探りながら手伝ってくれるようだ。だから、頑張ってお爺さん。公国につくまでの辛抱だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 手のひらに落ちた大きな雪の塊が解けた。山深い土地にある後アブソリエル公国は、冬本番に突入しているようだ。

 

 「噂には聞いていたけど…」

 

 深々と雪が降り積もり冷えた空気の中で、街のあちこちに張り巡らされた用水路から流れる水が湯気をあげている。霊山周辺にある温泉とはまた違い、これは単に熱に溶けた雪が温められてこの寒さの中湯気がでるくらいの熱をもっているだけだ。

 

 そして、決定的な違いといえば濁り色で黒っぽい浮遊物がポツポツと浮いているという訳だ。街の住民もそれを気にすることはなく、歩くのに邪魔な雪をその用水路に落として邪魔な雪を溶かしていた。

 

 そして、その水がどこから流れているかと言うと、アレだ。

 

 「連合王国の白亜の城、帝国の宮殿。二つの巨大建造物を見た後だと流石に驚かないだろうと思ったら、これは凄いな」

 

 後アブソリエル公国の首都トラウゼルは、山の斜面をくり抜いているように作られている。城というより、砦のような城郭は立ち並ぶ柱の奥が吹き抜けで見えており赤々とした炎がここからでも見えている。

 

 山の中腹に位置するこの区画でさえ、あちこちから金属を叩く音とふいごで風を送る音が響いていた。鍛冶の国とは名前通りのようであり、職人街なのだろうが他の国より規模が比べられない程でかい。これが中規模な国とは恐れ入る。

 

 「驚かれましたか。ですが、これが私達の国での日常風景です」

 

 先頭を歩く案内人がどこか誇らしげに言った。

 

 「今話題の解放軍の英雄殿に我等の国に来ていただいて光栄です。ガスパル様経由で、貴方方の活躍は聞き及んでおりますの。竜狩り隊を返り討ちにした戦士の噂は、もはや伝説級ですよ」

 

 「あまりガスパルの言うことを鵜呑みにするなよ。アイツの言動は半分近く怪しいもんだ」

 

 あいつの言葉はプロパガンダや虚偽も含まれているだろう。事実、竜狩り隊を退けたのはジークリンデの力であり俺はなにもやっていない。さて、奴はこの国に深く根を張っているようだがどこまで、どういう風に物事を進めているのやら。

 

 「うお、熱風!?」

 

 建物から噴出してきた熱い空気が、排風孔と思われる管の近くを歩いたガランに吹きかかった。不快そうに顔を左右に振る。

 

 「すいません、忠告をしていませんでしたね。大砲に砲弾に武器にライフル銃に長槍。今は工房の力をフル稼働して戦争活動を支えているのです。街道が安定した為にオルレント自治州や隣のアレト共和国に武器供給もしているのでいくら製造しても足りません」

 

 案内人が話しながら建物の中に入る。それに続くのは、俺と付き添ってきたクーラ、そして半獣とエルフの共同代表としてガランがついてきていた。エルバンネは熱と煙で覆われ、開発により緑がほぼ死滅した山を見て行く気はないと突っぱね、仲間のエルフや半獣と共に帝国に備えた山岳の砦で待機している。

 

 「さ、これで上層部まで向かいましょう」

 

 建物の中は、まるで巨大なトロッコに座席をつけたような乗り物の乗り場になっていた。巨大な鎖が先端に繋がれており、魔具かなにかの動力により鎖が引かれトロッコが上昇していった。

 

 「階段を使うと時間がかかりますからね。客人に特別な許可がおりた為今回はこれで進みましょう」

 

 降りて来たトロッコに、小さな五段の階段を使い乗り込む。余裕で九人は乗り込める座席に、後ろには様々な荷が積めるようになっていた。

 

 「あれ?」

 

 クーラがなにかに気づき、三つ隣のトロッコに目をやった。座席すら取り除かれているのか、山積みの鉄鉱石が積まれている。その隣には臭気を放つ硫黄がこれまた山積みである。鎖が引かれてこちらより先に資源が上層部に運ばれていく。

 

 城下にこんな立派な鍛冶区画があるのに、あんな大量の資源を何故上層部に運び込んでいるのだろうか。よくよく周囲を見て見ると、まだまだ上に運ばれていくようであり鉱物資源の箱があちこちにある。

 

 「……ふうん」

 

 クーラはなにかを感じたようであるが、それ以上はなにも言わない。後アブソリエル公国も戦争に勝てると踏んで参戦した筈だ。だがしかし、目論見が外れてどうしようもない時はこの街が戦場になり山岳の頂上であるあの城が最後の防衛拠点になるだろう。単純にそれに備えているのか。

 

 それとも、なにか別の目的があるのか。

 

 「くっせぇ…風にのってこっちまで屁みたいな臭いが届きやがる」

 

 「ガラン、臭い」

 

 「てめクーラ!俺じゃねえっての!」

 

 俺達が乗ったトロッコが動き始める。鎖の動力に引かれ巨大な車輪が軋み、ゆっくりとだが確実に上昇していった。

 

 乗ってから数分は経っただろうか。振り向くとトラウゼルの街並みが広がっているのが見えた。中腹の職人街、下腹の住人街。遠くの方では点々と小さな集落が見え、その先には巨大な砦が鎮座している。峡谷の間に建造された、帝国軍を跳ね返す壁のような軍事拠点だ。

 

 トロッコを降りると、馬鹿みたいにデカい洞窟の入口に何本も柱が立ち並んでいる様はまるで城というより神殿だ。もしかしてルーツか同じかもしれないが、どことなく火竜の神殿を正面から見た時に似ていた。

 

 山の中腹からでも見えたが、奥に赤々とした炎が見える。

 

 案内人が門番と一言二言話し、二人の門番がこちらに胸を叩く敬礼をして通行の許可が可能になる。軽く声をかけるべきかと少し考えたが、この国の礼儀が分からないので軽く目礼を返しておくだけにする。

 

 宮殿の中はまるで、物語に出て来る魔王の城のようであった。重厚な石で組み立てられた壁に赤いランプがかかっており装飾は必要最低限だ。赤々としていた炎の正体は巨大な炉だ。運ばれて来た鉄鉱石が加工され、まるで溶岩のようなものが巨大な窯から流れている。

 

 「どうかな?我が国自慢の巨大溶鉱炉は」

 

 「代表、お客人をお連れしました」

 

 「代表?」

 

 「ああ、不躾な恰好ですまない。今は戦中、我が流儀は常在戦場。鎧姿等武骨で無粋の極みだがそこは我慢していただこうか」

 

 黒に塗装された装飾の一つない地味な鎧。腰に刺された剣もシンプルながら鞘の上からでも分かる程肉厚で重厚。燃える火炎のような赤髪に額から頬にかけて三本線のような傷跡が残っていた。

 

 時代錯誤の重装騎士を思わせる護衛を二名を引き連れて来たのは後アブソリエル公国代表ノルン=ミルクエル。帝国派筆頭であった先代代表である母親を手勢を率いて奇襲、公開処刑をし下剋上を果たした武闘派だ。その後も苛烈な内部粛清を繰り返し、時には差し向けられた暗殺者を跳ねのけながら地位を確立させた。顔の傷跡も暗闘によりついたものだそうだ。

 

 あのガスパルと繋がりがある女だ、肩書以上に油断ならない。

 

 「あの竜狩り隊と殺し合って返り討ちにしたという男のツラだ。一度見てみたいと思っていた」

 

 ツカツカと歩きよってきたと思ったら、不躾に顎を指で持ち上げられる。

 

 「悪くない。というかその目が良い。ククッ、修羅場はくぐっているようだな」

 

 「竜狩り隊を返り討ちにしたのは俺の功績じゃない。それにだ、後アブソリエル公国の代表ならばそれらしく振る舞ったらどうだ。そして忠告をしておく、この機会に覚えておけ竜の逆鱗は一つとは限らないぞ」

 

 ノルンが伸ばしていた手を引く。ルーガルーの刃が伸ばされた指を斬り落とそうと振るわれていた。

 

 「貴様!」「なにをする!」

 

 護衛が二名剣を引き抜く。クーラはそれを見て、剣が鞘から抜ける前に鋭い蹴りが顎に突き刺さり脳を揺らす。威圧感をだす為かもしれないが、その時代錯誤な姿は今のクーラからしてみれば間抜けなものであろう。脳が揺さぶられ体幹が崩れたところを、飛び上がってからの踵落としで潰す。

 

 もう片方が剣を抜き終えるがその腕を掴む。腕を交差して力の流れを崩せば、制圧は容易い。重装兵は一度倒れれば、起き上がることはできない威圧感はあるが間抜けなものだ。もっとも、倒すまでが難しいのだが今の膂力と技さえあればたやすいだ。

 

 「……は?おまっ!はっ?うぇ!?はぁあああああああああ!?」

 

 ガランの叫び声が響く。衛兵達が集まってくる音があちこらこちらから聞こえてきた。


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