家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

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 「クーラァあああああ!お前沸点低すぎだろぉおおおお!」

 

 「そう言いながら、ククリナイフに手をかけてんじゃんガラン隊長。よっ部下思い!リーダーの鏡!」

 

 「おいやめろ!こういう時だけ責任者みたいに建てるんじゃねえ!」

 

 前々から制御不能だと思ってたけどこれはヤバい。もーなんでこんなど真ん中で喧嘩売るんだ!制御不能も良いところじゃねえか!この状況じゃ武器に手の一つもかけるって!こえーし!

 

 「正気とは思えないな。小兵の管理が行き届いていないのか?」

 

 「思うところはあるがな。言っただろう、竜の逆鱗は一つじゃない。俺が別に流せるような内容でも、こいつには流せないことがある」

 

 「いや旦那、謝って。お願いだから謝って」

 

 この人もこの人で喧嘩腰。旗頭にしたのは間違いだったかな。やむにやまない事情があったとはいえ、もうどうしようもねーんだが。

 

 「その小兵が、竜だというのか?」

 

 クーラがニヤリと笑い、舌を軽くだし小馬鹿にした笑みを浮かべる。火に油を注ぎ始めていた。頭のネジぶっ飛んでんな。ああ、頭ぶっ飛ばせ的なことジークリンデに言われたんだっけ。

 

 「授業料は高くつくぞ。勿論、こいつを攻撃するならばもう一枚の逆鱗に触れることになるがな」

 

 旦那が剣を抜いた瞬間、例の連結刃が出現する。ああもうだめだ、後アブソリエル公国は血の海に沈む。

 

 「ふっ…はははははははは!成程成程、大した大馬鹿者達だな!だが、度胸があるのは認めるが一軍長としては些か軽率すぎないか?仮にお前等が三人でここにいる全員を始末できると過程しよう。だがその労力の対価は些か、些細なものではないか?」

 

 「そういう無意味なことを楽しめるような奴の後を継いでいるからな。それにだ、言ってしまえば帝国の覇権を得ようがどこの国が壊滅しようが興味がない。労力と対価が釣り合わないのは認めるがな」

 

 あ、良かった。興味はないとか問題発言しているけど、なんだかんだこの人は比較的冷静だ。アウトゾーンを土足で踏み荒らしている状況だが、デンジャーゾーンでタップダンスをしているクーラと比べたらあくまで多少はマシである。

 

 解放軍の代表はランザの旦那だが、交渉事はエルバンネが主に担当しているし大雑把な部隊のまとめ役は俺だ。ここは一つ、いかに絶望的な状況とは言ってもなんとか上手いこと誤魔化してやり過ごすしかない。もう手遅れに近いかもしれんが。

 

 「そうそう、旦那もクーラも落ち着けって。今ならごめんなさいしても許しては…もらえらないかもしれないけど回れ右したら帰れる可能性もあるぜ。労力と対価が釣り合わない、まったくその通り」

 

 まず留めるのはどっちだろうか。きっかけになったクーラかそれとも旦那の方か。取り合えず旦那が止まればクーラも止まるだろう。力関係と言ってい良いかは分からないが、片方を止めてもう片方が自動で止まるなら取り合えず旦那を先になんとかしよう。

 

 「後アブソリエル公国からは、連合王国からの要請で援助をかなり受けている。武器に弾薬、食料品もだ。特に食料品、これの供給が途絶えてしまえば最悪だ。なによりも、北部最大勢力が消えれば色々大変なんだよ。北方は総崩れになる可能性だって高いんだ。アンタ等だってエンパス教がつるんでいる帝国が増長したら面倒だろうがよ」

 

 旦那が俺達の旗頭に収まっているのも、話しを推測するに帝国の裏側にいるエンパスとやらを引きずりだすのに都合が良かったというのはなんとなく分かった。悪竜の力を引き継いだ旦那がそのまま殴り込みにいかないのはそれだけ面倒な相手であるのだろう。

 

 後アブソリエル公国は、ざっと見た限りだとエンパス教の神殿とやらは存在しない。俺だけなら見落としもあるかもしれないが、クーラや旦那だってリアクション一つなかったんだ。そもそもこの国にはあまり宗教的な概念に基づく施設が存在しないように見える。

 

 つまり後アブソリエル公国はエンパス教に対しては中立。いや、公国自体が帝国と敵対しているという状況を考えればエンパス教の敵と言えるだろう。敵の敵は味方だという言葉だってあるから、そこら辺鑑みてくれないもんか。

 

 「エンパス教…ああ、レント=キリュウインとかいうのが所属している」

 

 「知っているのか?」

 

 「つい昨日降伏勧告の使者として来ていた。敵情視察も兼ねていたのだろうがな。こちらにガスパルがいたのを見て渋い顔をしていたよ。フン、帝国に従うしか能がない傀儡を廃したばかりというのに降伏などしたら今までの労苦が水の泡ではないか」

 

 いける。レントという名前になんか旦那が喰いついた。

 

 「あの男の渋ツラか、見てみたかったね」

 

 クーラもなんか喰いついた。ツラも知らないレント君、君は嫌われているようでなによりだ。

 

 よく考えろ。時間はあまりないけど、取り合えずよく考えろ。『ざまあない』とでも言いたげなノルン代表と、現状のエンパス教の行動に興味がある旦那。そして意地の悪い顔をしているクーラ。俺と取り囲む衛兵以外には奇妙な連帯感のようなものが産まれている…気がする。

 

 いや、例え違うとしても『その気がする』を『真実』にするしかない。ああ、面倒くさい!こういうのとか交渉事はエルバンネ、お前の役目だっただろうが!

 

 「エンパス教が水面下で動いているんだろう。というか、レントとやらがここまでわざわざ出張ってきているんならエンパス教の本隊が近いって可能性じゃないか?」

 

 取り合えずエンパス教には宗教部門の連中と実戦隊である実働部門があるという。旦那は取り合えずどこにいるか分からない実働部隊をおびき寄せる為に、分かりやすく神殿を構え信者を集める宗教部門の連中を攻撃していた。

 

 少々目論見が外れたようであるが、実働部隊の長である考えられるレントがこの北方に出張っているというならば単独ではない筈。後アブソリエル公国周辺に集まっておりそこで相手できるならば、予定とは違うが一度は壊滅したハボックを改修したなんちゃって要塞よりは都合が良いのではないか。

 

 「旦那、ここで暴れてもまあアンタは死なないだろう。クーラ、ノルン代表殿に攻撃したらお前がスッキリするだけだ。代表殿、こちらが悪いのは百も承知でありますが、どうか兵をお引きしていただけないでしょうか」

 

 わあ、三人からの視線がなんか痛い。気のせいかもしれないけど、物理的な光線になって痛い。

 

 「こちらの無礼は百も承知、ですが我々が潰しあったところで喜ぶのは帝国とエンパス教のみではないでしょうか?」

 

 「理屈の上ではその通り。で、あるが一国の長に対する不敬の責をとってもらわねばならない。こちらの面子というものがあるのでな」

 

 「ジークリンデの存在を継いだ手前簡単には引き下がれない。悪竜の名誉を汚すことは、先代の名誉を汚すことと同じだからな」

 

 「まあ、安心しなってガラン。アンタは隅で隠れているだけで良いからさ。ここは二人で終わらせておくし、それに帝国軍もエンパス教の連中も自分達だけでやる。我慢することはやめたんだ、ランザにあんな無礼を働いておいて落とし前つけずに終わる訳がないじゃない」

 

 ダメだ、周囲の殺気がまたあがっていく。事情だの理屈だのを俺なりに発言してみたがこの状況の鎮静化には程遠い。合図一つ、引き金一つ引くだけでここは殺し合いになる。

 

 ……ああ、クソが!面倒くせぇ!グダグダ頭を回して都合の良い落としどころを見つける余裕も、それが出て来るだけの頭も俺にはねえってのに!

 

 ククリナイフを引き抜き手の内で回す。争いの口火を切ったのかと周囲の注目が集まるが、その刃は別に誰に向けてというものではない。戦場を乗り越え、手入れをして、よく研いでおいたナイフの刃をまさか自分の首に向けることになるとは思わなかった。

 

 「解放軍の旗頭はランザ=ランテ。そしてそれを強く推したのは他ならぬ俺自身。無礼の責は、任命責任者みたいな立場である俺にあるでしょう。どうかこの首一つで満足してはもらえないでしょうか」

 

 「ほう」

 

 「はぁ!?」

 

 ノルンがどこか感心した声を、クーラがすっとんきょうな声をあげていた。さて、腹を切るのはどこの国の文化だったか。痛そうで嫌だから俺はスパッと終われるこっちで行くか。

 

 そういえば任命責任者って、上の人間が下の役職持ちがやらかした責任をとるみたいなもんだったっけ。まあこの際細かい都合はなんでもいい。

 

 「ガラン、妙な真似はよ…」

 

 旦那が止めようとしてきた。スゲー冷静に。なんだか、冷静すぎて俺のなにかがプッツリキレる。

 

 「うるせぇええええええええええええええええ!誰の暴発のケツ拭こうとしているのか分かってんのかこの野郎共がァあああああああああああ!」

 

 エンパス教に喧嘩を売りにいく。戦場では単独行動。クーラの暴発をよく分からん逆鱗とやらに例えての便乗。いやあ、俺はもう切れても良いと思う。この人を旗頭にしなければならない事情があったとはいえ、制御不能も良いところだ。

 

 「アンタがここで暴れたら俺達半獣とエルバンネ達エルフに少数民族は、帝国と公国に的かけられるんだぞ!武器共由もありがたいがなによりも食料資源!お前は俺達を飢えさせるつもりか!北方での連帯がなければエンパス教の前に帝国にも潰される…というかそれ以前の問題だ!悪竜の逆鱗だかなんだか知らんが背負うもんがあるのを忘れたなら思い出させてやるよ!クーラ、お前もお前だ!一線超えたら我慢ができないなら懐くらいもうちっと広く持ちやがれ!底が抜けた器なんぞ間抜けも良いところじゃねえか!」

 

 旦那はエンパス教を潰す為の足掛けとして今の立場にいる、それは良い。だがそれを選んだならばちっとはその重責を感じてもらわないと困る。なにより俺達だけの話じゃない、前線の砦で待機しているエルバンネ達だってここの知らせが届けば拘束か攻撃されるだろう。味方の拠点にいたつもりが、敵対した正規軍に取り囲まれているなんて悪夢も良いところだ。

 

 「俺は悪竜ジークリンデなんざ知らん!いや知っているけど、性格とか知性とかそういう意味では知らん!話の一つしたことなかったからな!だがどんだけ生きているか知らねーが長生きしまくった竜がそんなに短気で短絡的なのかよ!継いだなら自覚もてよ!ここで味方同士で殺し合いをするようなら俺があの世から嘲笑ってやる!少なくともジークリンデに人を見る目はなかったってな!瞼見開いてよーみろや!男一匹の死にざまだ!一度は半獣の仲間達を背負った身、これが長が背負う覚悟ってもんだろうがよおおおおお!」

 

 妬けっぱちな面もあるが、これで止まらないならばマジで俺の目が節穴だったって訳だ。どうせ何時かは戦場で死ぬかもしれないならば、こっちの方が……いや、暴発の責任取りで死ぬのに名誉もクソもないか。

 

 皮膚が斬れる感触。そこから更に傷を広げようとした瞬間、腕が万力のような力でイデデデデデデ!折れるマジで折れるなにこれ痛い!

 

 「すまなかった、ガラン」

 

 「いやすまなかったと思うなら必要以上に握らないで!死ぬ、違う意味で痛すぎて死ぬから!」

 

 こんの馬鹿力め!というかもう折れてない!?折れた?折れたような気がするくらい痛いんだが!

 

 「後アブソリエル公国代表、非礼をお詫び申し上げる……クーラ」

 

 「あっちが悪いのに……うっ。分かった、分かったよ。ナイフを向けてすいませんでした」

 

 口を尖らせるクーラだが、バツが悪そうに頭を下げる。旦那が謝ったからそれに続いただけだろうが、それでも謝罪の言葉を引き出せた。

 

 「竜の逆鱗は一枚ではないか。まあ、貴公等が本物であるならば不用意に手を出した人間側にも責があるというものと言えよう。良き仲間を持っているじゃないか、少々思いきりが良すぎる面もあるようだが」

 

 ノルンが手を軽くあげると、駆け付けて来た衛兵達の構えが解かれた。旦那の禍々しい剣も元のボロに戻り、クーラも変な形をしたナイフを鞘に戻す。俺もククリナイフ戻したいんですが、そろそろ死ぬ気はないから離してほしいんですがねぇ……あ、解放された。腕あけぇしまだ痛い。

 

 「そこのお前、名前は?」

 

 「あ、血が出てる……ってえ?俺?ああ、はいガランです」

 

 「治療をしてやれ。それに、粗野だが中々可愛い顔立ちをしているじゃないか。後で、個人的に面談をとる時間でもとろうじゃないか」

 

 クーラがえ?って顔でこっち見てる。いや、可愛いなんて言われたことないんだが。というか、俺のこと可愛い呼びって微妙に美的感覚狂ってないこの人。怖いんですけど。

 

 「ご案内します。ガラン殿はこちらへ」

 

 呆気にとられていたようだが、案内人が命令に正気を取り戻したようにこちらに声をかけていた。どうやら、治療の為に別室に案内されるようだ。

 

 「旦那」

 

 「心配するな。お前のあんな覚悟を見て、そのうえで暴れることはしないさ。責任か、確かにお前の言葉は耳が痛い話だったな」

 

 冷静にはなってくれたようだ。ちっとは身体張った意味もあったかな。

 

 「悪竜を引き継いだからって、アンタはアンタなんだからな。後クーラ、後先ちっとは考えてくれよ、頼むからさ」

 

 少しばかり安心してきたせいか、首の切傷が今更ながら痛みと熱を持ち始めてきた。止められたとはいえ、ちょっと深めに傷がついたんだな。というか、血が溢れだしてきて衣服が汚れている。ああこれ、認識したら意識して痛みが辛くなるやつだ。

 

 我ながら随分思い切ったことをやったもんだ。だけど、旦那達が仲間に加わらなかったらそのうち空中分解で解放軍も詰んでいたと思うと、致し方ないことなのかね。

 

 「ほんと、頼むぜおい」

 

 後は、旦那を信じておくとしよう。多分だけど、あの人デカすぎるもん背負って自分を見失いかけているんじゃないだろうか。それがどれくらい重いもんなのかは知らないが、自分らしさも大切にしてほしいもんだ。

 

 例えば俺も、ある日突然に帝国軍を壊滅させる力がポーンと手に入ったら自分らしくいられないだろうな。同時に、今までの俺というものを保てるだろうか。いや、無理だろうなぁ多分。

 

 旦那の無茶な行動は、短期間で色々変化しすぎたせいで感情と身体、状況に立場が歪んでギクシャクしているからじゃないだろうか。この予想が正しいとしたら、それをなんとかできるのは俺じゃあないんだろうな。クーラだって無理だし、エルバンネにも無理だ。

 

 戦況は良くなっている筈なのに、心を占めるのはこの言葉だ。

 

 どうなることやら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「後アブソリエル公国の切り札か」

 

 『僕』、そして『私』と『俺』が連合王国から要請された任務は北方の情報収集や必要に応じて戦力の提供、情報共有等々が主な任務だ。ついでにエンパス教の内部調査まで依頼されているのだが多忙に過ぎる。

 

 うす暗い通路には油の匂いが立ち込めている。公国の城は地上から見た外観等は全体の半分ほどであり、その地下には広大な空間が広がっている。そして内部構造はコボルトが掘った坑道よりも広く、下手なところに足を踏み入れれば即死系の罠まで仕掛けられている始末だ。

 

 対帝国包囲網の一角として、北部の最大勢力として存在感を放っている。だがそれだけに、連合王国にも不透明な兵器が存在しているという事態は戦力把握の上でこちらとしてはよろしくない。あくまで戦争の間における共闘関係、そして切り札の存在を隠しておきたいのは分かるが、それを良しとしないのがお偉方の考えだ。

 

 そして現地エージェントは無茶な頼み事に振り回されるということだ。何時の時代でも、現場は上司の無茶ぶりに付き合わされる。

 

 それにしても、後アブソリエル公国は臭いっちゃ臭い。ノルン=ミルクエルが先代を廃した下剋上とその上で流された血液はまだ拭いきれずない香りを放ち、その血の臭いに隠れなにかをこっそりと造り続けている。

 

 帝国が買いたたき始めた鉱山資源を自治州から適正価格で買い付ける。それだけなら、まだ話は分かるがその買い付けた資源が国の規模と一致しない量であり、自前の鉱山も保有しているのに何故そこまでブツが必要なのか。

 

 そして隠しもしていないことであるが、あのトロッコに乗せられた大量の鉄鉱石に硫黄やその他資源は、当然この城に運ばれている。巨大な溶鉱炉が目玉のような城だが、ならばその加工した品物はどこに消えた?それを利用して地下でなにを造っている?

 

 「軍事的観点から、大量の資源を使うに値するような新兵器というものはなにかあるだろうか」

 

 『大量の資源か。あまりパッとは、思いつかねえな。地形とか関係無しに考えるならば、例えば軍艦なんてもんを想像してしまうがここは山の中だぞ。一番デカい火器という意味でも考えてみたが、大砲なんかもこの都市における中腹で製造されているしなによりあんな大量に物がいるとは思えん』

 

 軍関係の知識に詳しい『俺』ですら予想がつかないらしい。

 

 『秘密基地でも作ってるんじゃないかなぁ』

 

 「秘密基地といえば秘密基地だな。問題は大人が全力で秘密基地を作ったということは、そのなかでなにか隠したいことを行われているということだ」

 

 この方面の知識に疎い『私』は少し抜けた意見を述べていた。まあ、こんな地下空間で罠だらけの道を進んでいるんだから、それはもう本格的な秘密基地があるのだろうが。

 

 『うす暗い通路に危険な罠、ここで古代の壁画とか白骨化した死体とかあればまさに冒険といった感じなのになぁ』

 

 『冒険という言葉にロマンを感じられたのは、もう昔の話だ。少し前まで冒険者とえいば捨て石の別名義で、今では冒険者は替えが効く低賃金労働者という意味で大きな違いはない』

 

 『そんな今だからこそ、古き良きロマンが必要だと思うのですよ私は。持ち帰ることは無理でも、この先にあるのが黄金の部屋とか地下世界の入口だったとしたら、良いのになぁ』

 

 「そういう冒険が良いなら、リスムの地下迷宮くらいしか今はないんじゃないか?まあ、レント=キリュウインのお陰でかなりの探索範囲が広がったようだがな……ん」

 

 空気の通りが少し違う空間を見つけた。近寄り壁を調べてみると、どうやら古い時代に作られたもののようであり空気が通っているくらいには詰まれた煉瓦はガタガタになっている。

 

 『壁向こうの気配は?』

 

 「ないな。やるか?」

 

 『罠だらけの狭い道にもうんざりしていたところだ。ショートカットができるなら、さっさと開通してとっとと公国の黄金とやらでも拝んで帰るとしようか』

 

 用意した爆薬を使用し、壁を破壊する。壁向こうがうす暗いが広い空間が広が……いや、いくらなんでも広すぎないか。侵入口からだいぶ下降りて来たと思ったが、三回建ての建物どころかそれより高い建造物まですっぽりと入りそうな天井の高さと設計限界ギリギリまで広げたんじゃないかと思えるような奥行き。

 

 そして、暗くてなにがあるか分からないが圧迫感のある巨大ななにかが複数並べられている。シルエットだけでは、それがなにかは正確には分からない。

 

 『明かり、つける?』

 

 『私』からの提案であるが、ここで火をつけるのは少しばかりリスクがある。もう少し辺りを調べてみてからでも良いかもしれない。少なくとも、隠れた人物や危険ななにかがないことを把握してからの方が安全だ。

 

 「わざわざ、狭苦しい通路からご苦労さんだな。流石に、技術者も入れる空間からだと侵入は厳しいと判断したか」

 

 暗闇から何者かの声が響く。気配はないと思ったが、まるで突然現れたかのように湧き出た奇妙な相手に僕達の警戒心が否応にもなく高まった。

 

 「ようこそ、後アブソリエル公国地下空間へ。まぬかれざる客は…先の政変でそれなりにいたようだが外部からの侵入者は初めてじゃないか?」

 

 声の主は、後アブソリエル公国の関係者であるだろうがこの場で下手に殺すのはまずい。暗闇でこちらの顔は見えていないだろうから、このまま無力化して立ち去るしかないだろうか。

 

 「まあそう警戒するな。ここまで来たお前等『三人』には特別に見せてやる。なに、大本に許可はとっていないが協力者権限という奴だな」

 

 何かが引かれる音、鎖?ガコン、という音が響き空間に用意された油溜まりに油が流され、自動で火が灯されていった。広大過ぎる空間に並んだそれが暴かれた暗闇から姿を現していく。

 

 「これは」

 

 「今の人間に可能な、ある種の限界点ってところだな。もっと時間と技術があればもっと凄いのが作れるんだが、玩具としちゃあ面白いだろう?」

 

 上等な衣服の上に小汚い上着を羽織った男が、巨大な質量の上に座り得意気に笑っていた。

 

 「このデカブツで時代を動かす。どうだ?面白いだろう」


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