家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

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 方法は定かではないが、脇腹を突かれた。単純に考えれば隣の国からトンネルを掘り進めてきたというだけなのだが、採掘は専門外だとしても軍隊が通れるトンネルを開通させるとなると容易な作業ではない。流石にそれに気が付かない程、後アブソリエル公国は間抜けではない筈だ。

 

 未知の方法による強硬手段。砦からの援軍の足止め部隊と、首都直撃の強襲隊。いや、好機と見るならばそこまで単純な話ではない筈だ。

 

 自分が兵士を指揮するならば、この千載一遇の機会で更なる手を打つ。

 

 「狼煙が上がっているぞ!帝国軍が、南方からも来る!」

 

 混乱する砦内部で、帝国が南側から攻め寄せて来るという一報が届いた。帝国側と公国内部からの挟撃、こうなると砦の全兵力で首都として向かうことは難しい。砦を捨てて首都防衛の為動いたとしても、軍隊の一部を残して殿にしないと野戦で挟まれるという更に最悪な結果を招くだけだ。

 

 「エルバンネ殿」

 

 公国の兵隊が声をかけてきた。状況の混乱っぷりからその表情に余裕の色はないが、声色はまだなんとか落ち着いているようだ。

 

 「グスタフ司令官より伝令です」

 

 「伺おう」

 

 グスタフ=ベルはこの前線砦を指揮する、実質的な後アブソリエル公国の軍事指導者だ。じたいは動き続けているが、この混沌としてきた情勢にて理性を失わず指揮を続けているようである。

 

 「解放軍面々は少数精鋭にて敵陣突破、首都方面に向かい敵部隊の迎撃をしてほしいとのこと」

 

 「首都防衛は貴方達にとって大事の筈。外様に任せて良いのか?」

 

 「無論この砦からある程度の増援は出せますが状況が状況、十全の対応は期待できないでしょう。ならば突破力がある貴公等半獣を中心とした部隊ならば…というところです。正直な話行くのも残るのも厳しい環境が待ち受けております。これは指示ではなく、あくまで要請。貴方方がどうするかは、任せるとのことです」

 

 首都防衛。ランザがいるからには容易くは陥落しないだろうし、それなりの備えもある筈だ。だがしかし、敵が未知の手段を擁して攻勢をかけてきた今楽観的にはなれない。

 

 「引き受ける、と伝えてくれ。どの道、アレト共和国が敵に寝返ったとなれば、公国が墜ちてしまえば我等も早晩駆逐されるだろう。進むも引くも困難となれば、ありがたく我等の旗頭の元に向かわせてもらおう。ただ、一部人員は残させてもらう。弓に長けた者達だ、砦の防衛に役に立つ」

 

 「よろしいので?」

 

 「必要なのは機動力。一部の者以外半獣の行軍速度にはついていけないからな」

 

 「感謝します。武運があらんことを」

 

 伝令が立ち去っていく。ミルフが飛び出して行った今、こちらとしてもゆっくりしてはいられない。砦内の広場で既に半獣とエルフの一団が集まっていた。近づいてきたこちらに向けて、一人の半獣が軽く手をあげた。

 

 茶色のフワッとした髪の毛に、何時も眠そうな垂れ目の半獣。ウェル助とガランに呼ばれている彼はウェルロンドという大仰な名前をもった半獣であった。ガランが率いていた半獣達の中で、ここ最近頭角を現してきた彼の幼馴染だ。

 

 今まではガランは、他種族との牽制に近いやり取りをしながら苦心しており、細かいところまで目が回っていなかった。その反省から、旗頭を定めた今自身も自由に動けるようになり、冷静に改めて適材適所を考えた結果、こうして不在時や分隊を分ける際に半獣達の副リーダーとして行動を任命していた。自分を抑えるな性格のようで、重石としては重宝している。

 

 「準備はできていますよ、エルバンネさん」

 

 既に武装を整え行動を開始できる状況だった。危機的状況であるのに、焦っている者は一人もいない。

 

 「一応聞いておきますけど、状況はどうやら悪い。だけどどうですか?損得勘定を抜きにして、人間と共に共闘できますか?先の自治州戦の時みたいに、後方支援だけとはいかないでしょうからね。奴等と、背中を合わせて戦えますか?」

 

 ウェルロンドの目が細く、まるで狐のような顔になる。意地の悪い顔をしているが、今まで人間と共闘は可能な限り半獣が請け負っており、エルフ達は数の少なさもあるが後方支援に徹していた。だがここにきて、怨恨ある人間達と本当に共闘ができるのかと念を押してきた。

 

 それが厳しいならば、ここから立ち去れという言葉を暗に含めている。竜と半獣、コボルトとエルフの集団ではない。人間達とは違う分隊で行動をする訳でもない。ここで、最悪心中する覚悟で踏みとどまれるのか。

 

 「意味のない問いをするな」

 

 仮にここでエルフ達が逃げても、あの砦に帰らずに戦争の混乱に紛れ姿を消したとしてもここにいる者達は誰も責めないだろう。半獣でさえ、人間との確執は深い。だが彼らはエルフ達を指してそれ以上という考えを持っている。そんなお前等は、本当にここで戦えるのか…と。

 

 その覚悟を問いたいならば、応じてやろう。

 

 「エルフの弓兵を専門とする者をここで迎撃の協力をさせる。半獣に追従できる者は、公国軍と共に鉱山から出現した帝国兵を突破だ。首都防衛軍と共に敵を迎撃し、ランザやガランと合流する」

 

 人間に対して、腹に一物持たない者等いない。だがここにいたって、暴挙に出る者等いようものか。

 

 「ウェルロンド、お前はトランプで勝てる勝負を降りるか?」

 

 「そりゃあまあ、降りないでしょうね」

 

 「我等は過去、間違いは多々あった。だが、大都市一つ容易に落とせると確信した策を少人数に打ち破られるとは思わなかった。業腹な話ではあるがな」

 

 勝ちをほぼ確信していた。リスムの巨人はどうやらエンパス教に滅せられたようだが、制御から外れたとはいえ本体たるミハエルが負けるとは思わなかった。ランザ=ランテ、奴ならこの状況でも逆転の芽を掴み取る筈だ。あの時、拷問され身体中がボロボロになり、殺意に燃えるエルフに囲まれた上で逆転した奴がいる限りだ。

 

 「腹が立つ話だが、お前等半獣よりもランザを敵に回せば面倒な存在だというのは我等方が分かっている。同時に味方であればその戦力はありがたい。悪竜が助けたとはいえ、竜狩り隊の罠に嵌められても、しぶとく生き抜いた奴だぞ」

 

 あの時、内通していた者達やランザを狩りに行った者達は軒並み死んだ。始まりであるエルフの里での戦いから合わせて、奴と敵対することはある意味エルフにとってタブーとなりつつある。ここで逃げれば、恐らく更に面倒な事態が待ち受けている。

 

 「やるさ。ランザの奴に敵対したとか、逃げたと思われた方が面倒だ。帝国軍と戦うよりな」

 

 「素直じゃない人ですねぇ。分かりました、よろしければ俺も残りますよ。どうやら、こいつの扱いは半獣の中では一番上手い。それに足にはあまり自信がないもので、貴方達に向こうをお任せしても?」

 

 ウェルロンドが背中に背負ったライフル銃を降ろす。帝国軍から鹵獲した物であるが、彼の射撃制度はエルフの弓兵と並ぶ程である。

 

 「こちらの方が貧乏くじ…と言いたいが、どちらの方が厳しいかな?」

 

 「さあ?多分こっちの方が楽じゃないですか?野戦じゃないし」

 

 軽くにやけながらウェルロンドは言った。まったく、残ると言った方が楽な方じゃないかと言うあたり良い性格をしているようだ。

 

 「皆は知らないだろうが、実はコボルトが二人この砦に来ていた。そのうちの片方は皆も知っているミルフだ。なにを思ってか、砦から飛び出して行き首都方面に向かっている」

 

 皆がざわつく。ほぼ全てのコボルトがあの洞窟に引きこもっているが、ミルフだけはハボックに残り怪我人の治療や炊き出しに協力をしていた。クーラになにかを頼まれたようであり、洞窟に戻るに戻れなかったようでもあったが同時に積極的に種族問わず全体の手助けしていたのも事実である。

 

 そんな彼女は、密やかにではあるが半ばハボックのアイドルかマスコットのような存在になっていた。この場にいたこともそうだが、何故か非戦闘員が敵軍に突撃しているのか困惑の色がみてとれる。

 

 「走れる奴は走るぞ。アイツに世話になった覚えがある者は、特に気張って走れ。そうじゃなくても、飯の質が今後下がるのは全軍の損失だぞ」

 

 「ああ」「走るぞ!」「エルフでついてくる奴等、気張って走るから脱落するなよ!」「行くぞ!ガランだって助けなくちゃな!」「行くぞおらぁ!」

 

 士気は高い。これならば、上手くいくだろう。いや、上手く導いてみせる。

 

 「では走るぞ!誰よりも早く、仲間を助ける為に走れ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「チッ…たかが宗教勢力のトップ如きが偉そうに」

 

 赤い軍服を着たライフル銃兵が不満をこぼした。上からの指示があったとはいえ、たかだが義勇兵の頭如きに一部とはいえ軍の指揮権を任せるとは何事であろうか。しかも、首都直撃という花形のような役目を自分達だけで独占し栄えある帝国陸軍をただの足止めに利用するとは。

 

 点在する農村部を占拠し一部ではそれを利用した簡易な防衛拠点を築いているようであるが、ほとんどの人員はこの雪が降る冷たい地面で身を引くして敵に備えている。動かないで待つ分、身体が冷えて凍えそうだ。身体を動かせる分、やはり攻勢部隊に手を貸したい。

 

 「政治屋め、弱味でも握られているんじゃないだろうな。参謀司令部もなにを考えているんだ」

 

 強力な部隊だろうが、やはりたかが義勇軍が主役を張る等おかしい。半民半兵は、後方支援でもしていればいいんだ。

 

 「めったなことを言うな。司令部批判等、誰が聞いているか分からんぞ」

 

 「みんな気持ちは同じだろう?なんでまた」

 

 「……分からん」

 

 そう、分からない。大規模な工事を必要とせずにこの規模の人員がスムーズに通れるトンネルを用意する等、いったいどんなマジックを使ったのか。しかも俺達にはそれを伝えられることもない。

 

 帝国の技術開発局がなにかしらの技術共由をしたのだろうが、それをやるのが義勇兵というのが気に入らない。それを良しとする風潮にもだ。

 

 深々と雪が降るなか、深雪を踏みしめる足音が聞こえた。視界の端で素足が雪を踏みしめているのが見えた。だが奇妙なのが、その足には靴がはかれていなかった。それどころか、片側の足は柔毛に覆われており人間のものですらない。人が裸足で歩いた後と獣の足跡が二対一つとなって雪に足跡を残していた。

 

 「不十分」

 

 あまりにも人間離れした姿に声をかけられずにいたが、異形の少女がボソリと呟いた。人の手と獣の手、それぞれ地面に叩きつけるように手をおいた瞬間、地面が隆起した。平地に砂と岩が盛り上がり、簡易的な壁が目の前に造られた。ご丁寧に階段のようなものまで創造されていた。

 

 「登れ」

 

 「は?」

 

 伏せの姿勢から立ち上がり聞き返した瞬間、異形が不愉快そうな顔をする。指を二本少し折り曲げた瞬間、隆起した岩が喉元まで伸び鋭利な尖端が薄皮一枚のところまで伸びて来る。思わず尻餅をついてしまい、他人をどうとも思っていなさそうな冷えた目で見降ろされた。

 

 「二度めは言わない。黙って動かなければ殺す」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後アブソリエル公国代表、ノルン=ミルクエルの呼び出しを受けていた。あの場限りの話だと思いたかったが、どうやらマジでの要請だったようだ。

 

 怪我の治療を受けた後、侍女連中に連れられ丁重に身体を清められる。どうやら、招かれる先は謁見の場みたいなもんじゃなくてガチもんの自室に案内されるようだ。一応ここに来る前に身綺麗にしていたつもりだったがそれでも足りないということで、それこそ念入りに洗われてしまった。

 

 お湯で洗われ、髪の毛と尻尾に香油まで塗られながらさらに手をかけて洗い、かつてない程身綺麗にさせられた。部屋に案内されるタイミングで、話し合いが終わった旦那とクーラと通路ですれ違う。因みに着ていた服も、洗濯をするからという理由で剥ぎ取られ着たことがないような上等な布地の服に身を包んでおり、それを見たクーラに何故か生暖かい視線を向けられた。

 

 『これも外交、ガンバレ。上手くいけば逆玉だね』

 

 肩を軽く叩かれよく分からない応援をされた。旦那からも…

 

 『まあ、お前次第だ。だが本当に嫌ならば拒否しても良いからな。俺が、なんとかする』

 

 と変なフォローまでいれられる始末だ。本当になんだろうな。

 

 「ガラン、で良かったか。ファミリーネームはないのか?」

 

 公国の代表なんていう肩書きから、勝手な想像ながらもっと広くて豪勢なものだと考えていた。馬鹿みたいに広い寝台に赤色に塗装された隙間風なんて入りそうにない壁。天井につるされた蝋燭いっぱいついている、よく分からんがデカいシャンなんちゃらとかいう照明。ワインとかいっぱい入っている棚があったりとか不必要にデカい暖炉とかあったり。

 

 だがしかし、現実は質素なものだ。石造りが剥き出しの壁に一人用の寝台。部屋は一応はそこそこ広いが暖炉は豪勢とはほど遠い一般的なものだ。ワイン棚はあったが、その中は隙間が多く目立つものだ。この気候ではワイン用のブドウは育たないうえに嗜好品も制限しているのだろう。シャンなんちゃらだけは不釣り合いに豪華なものが何故か連れ去れており、いやにアンバランスだ。

 

 それでも、コルクを抜き取りワインをグラスにいれ片方を差し出してきた。まだ日は傾いているがまだ外は明るい。アルコールはどうだろうとは思うが、礼儀として一応は受け取る。まあ混ざりものが多く悪酔いし易い安酒でもあまり酔わないタチなので一杯くらいは良いだろう。

 

 「この北の地、元は半獣などあまりいない土地柄だ。少し話を聞かせてもらえればと思ってな」

 

 「はぁ…まあまずは、ファミリーネームなんて大層なもんは俺にはないですよ。てか、大抵の半獣はそんなもんないですね」

 

 「クーラにはあるようだったが?」

 

 「推測混じりで本人に聞いた訳じゃないですが、ネレイスってのは帝国には溢れかえったネームでしてね。奴隷商人が、違法に引き連れてきた訳じゃないって対策をとる為に便宜上の名前を与えることもあるんです。クーラという名前はどうかは分からないけど、半獣が帝国で覆いネームをもっているのはそうとしか思えませんね」

 

 ランザの旦那はクーラを買い取ったのか、それとも助け出したのか。ファミリーネームどころか名前すら持たない奴も半獣には存在するし、俺だってこの名前は本当に両親がつけてくれたものなのかさえ定かではない。

 

 ワインを少し飲んでみる。なんだか高級そうなラベルが張ってあるが、高級過ぎるのか舌先で転がしてみても味がよく分からなかった。

 

 「近くに寄れ」

 

 「良いのですか?下賤ってやつですよこちとら。ここにいることでさえ場違い感があるっていうのに」

 

 「人払いはした。そして、私が許した。寄れ」

 

 「あんな騒ぎがあった後で、なんとまあ」

 

 半ば呆れたし意味が分からんが、クーラのいうところの外交という言葉が頭をよぎる。あの二人が変にこの人怒らせたせいで、事態は一応は水に流されたもののこれ以上心情を悪くするのは避けたいところだ。外交、外交か、エルバンネを無理矢理にでも連れてくれば良かったかな。この手の機微や礼儀には疎いぜ俺は。

 

 近づいた際に、グローブを外された手が伸ばされる。念入りに洗われ、布地や地熱を利用してよく乾かされ無駄にフワフワになった頭と耳を撫でまわされた。時折耳たぶを指先で摘ままれたり、中に指を入れられた……これって外交なの?無知な俺にはとんと分からねえ。

 

 「良き手触りだな」

 

 「念入りに洗われましたもんで、普段はもっとゴワゴワですよ」

 

 「それでもだ。しかしこう、この三角は無意味に心情をくすぐるものがあるな。初めてみたとは言わないが、こうしてじっくりと触ったことはない。喜べ、君は私の初めである」

 

 念入りに、しかも両手の指で耳を揉まれる。そんなに、良いもんなんかね。というか触り心地なら俺よりウェル助の方が絶対良いと思う。

 

 でもなんだかこのままだと触られ損な気がする。せっかく一国の代表と、なんの奇跡が同じ部屋でいるんだ。この機会を無駄にするのもな。

 

 「アンタ…いや、貴女?ノルン様?」

 

 「許す、呼びやすいように呼べ」

 

 「あー…ノルンさんはなんでまた帝国に喧嘩を売ろうなんて考えたんですか?連合王国が代表していようが、敵はやっぱり大陸最大級。最悪でも好意的中立で事態を見守った方が得するんじゃねーかと考えたんですが」

 

 帝国の一強に警鐘を鳴らす連合王国や、他に行き場がなく追い詰められた俺達に、国民感情に突き動かされて戦争に踏み出してしまったといえるオルレント自治州とは違う。大国二国に比べれば流石に分が悪いものの公国もそれなりに力を持つ国家だ。アレト共和国のように、連合王国の犬と呼ばれるような立場でもない。

 

 「それは簡単だ。前王、つまり私の父上殿は親帝国派であり、クーデターでその父親を処刑台に送った。私に対する帝国の評価等想像がつくものであろう?」

 

 「せっかく血の繋がった父親がいるのに殺し合いをするなんて、政治の世界はよく分かりませんね」

 

 確かにそれならば評価は最悪ではあろうが、でも実の家族で殺し合いをするなんてというのは、家族がいない俺のただの感想なのだろうが。実の親ですら、憎いと思うことがあるのだろうか。

 

 「前王は帝国に臣従、属国であるのを良しとした。見返りは莫大であったようだがそれはあくまで私腹を肥やすのに丁度良いという程度で国民の幸福に還元できる類のものではない。国家と国家で上下関係を築く、それは歴史上どこでも行われてきたことだ。だが私が産まれたこの国で、我が輩が下の立場で従属を強いられるのを黙ってみていることが出来ようものか。半獣差別と戦ってきた君ならば分かるのではないか?」

 

 そういうことならば、理解はできる。俺の夢である、半獣達が安心して暮らせる新しい自治州。そこには差別も区別もせず、他国とも対等な立場で交渉できることを理想にしている。肉体的、精神的のみならず経済、政治的に理不尽に仲間が虐げられているならばそれに憤るしなんとかしようというものだ。

 

 負けるかもしれませんよ、なんていう言葉は無粋である。そんな言葉を口から漏らす程度の覚悟ならば、全滅覚悟で半獣達を率いて北の最果てまで落ち延びたりはしない。せめて一矢報い、半獣という存在に手をだしたことを後悔させたい。ランザの旦那が来るまでは最悪でもそんなことを考えていたのだから。

 

 「なかなかに親近感が湧きましたよ。クーラはノルンさんが嫌いみたいだけど、俺には好きなタイプだ。ちょっと似たところもあるかもしない。こんな感想は、マジで不遜ですかね?」

 

 「それは良きことだ。君は仲間の為に命を張ることができる存在だというのも見させてもらった。気に入っているよ、なにより…顔立ちが好みだ」

 

 ノルンの表情が、捕食者めいたものに変異した。耳を触っていた指先が離れ、人差し指と中指で顎を持ち上げられる。反射的に手で払いのけようとしたが、その腕さえ押さえられた壁に背中から叩きつけられた。

 

 「いって!てか、なんだおい!」

 

 え?状況が呑み込めないんですけど。なんで俺、偉い人にこんな壁際に追い詰められている訳?

 

 「忙しいと人間負荷がかかる、それを溜め込んでは最大のパフォーマンスは意地できないものだ。最近は発散もままならんが丁度良い。半獣という存在、一度食べてみたかった。君に拒否権はない、なにすぐに済ませるさ」

 

 耳元で囁かれ、吐息を吹きかけられる。太腿が足の間に刺しこまれ、股間部を持ち上げるように押し付けてきた。ここまで来たら、もう流石に分かった。いくらなんでもこれはダメすぎんだろ!逆玉ってそういうことかクーラ!

 

 「いやすぐに済ませるってかダメだろこれ!俺一応部外者!アンタ俺暗殺者だったらどうすんの!」

 

 「こうして無様に抑えられておいて、それを言うか?」

 

 「いやでもこんなことしてその、間違いで色々できたら問題に!」

 

 「心配いらん。大丈夫な日だ」

 

 「最悪ですが!?いやその、つくりたいって訳じゃないけど!」

 

 喧しい口だなと言わんばかりに目が細められる。唇を奪われると思った次の瞬間、大地が大きく揺れ動いた。揺れはしばらく続き、天井の照明がユラユラと揺れて落ちないか心配になる。

 

 この異常事態、流石に続きをするつもりはないようだ。ノルンの顔が険しいものとなる。

 

 「誰か!状況を伝えに来い!」

 

 人払いした者達が戻るまで少しかかる。異常事態だ、流石に護衛も戻ってくるだろう。

 

 少しでも情報を集めようとしたのか、ノルンが窓に近づき開け放つ。外を覗き込もうとした瞬間、冷たい冷気と共に溢れて来たのは殺気。

 

 「手荒で悪い!」

 

 すぐに動かないといけないと判断。肩を掴み顔を出そうとするノルンを無理矢理後ろに倒れるように引っぱる。文句が零れる前に、鋭利な刃が首を落とす断頭台のように窓の外を上から下へと高速で落ちていった。

 

 「アレ~?外れ?うっざ、めんど、死んでおいてよね、今ので」

 

 羽ばたきの音が聞こえた。窓の外で、鋼鉄の剣を生やしたような翼を持つ、半獣の中でも更に珍しい有翼の少女が面倒そうにこちらを見ていた。

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