家族の仇は、娘でした 作:樫鳥
「ウソォ」
突然また地揺れがおこったと思ったら、急激に地面が盛り上がってきた。高さという意味では、小高いといったくらいであるがその規模は、横にとんでもなく長い。目視でざっと見てもどこまでも続いているのか分からない。
なんて驚いていたら、ゾロゾロと帝国兵がその丘に登ってきた。バチッとライフル銃を構えてくる。
「おい、あれ」
「ただの一人だが、異形だ。ならば射殺して構わないだろう」
的な会話でも交わしているようであり、こちらに向けて銃弾を放つ射撃音が幾つか響いた。丸腰なのに、交渉に来た使者にすら扱われないとは、徹底して蟻の子一匹通さないつもりなのかな?なんて冷静に考えている場合じゃないよ!
「おい!こっちだ!」
後方から声が響いた。地面を突き破り、開いた穴から先輩が顔をだしていた。手には農家から拝借でもしたのか、木製の一部に金属パーツを取り付けたスコップを背負い簡単なツルハシが握りしめられていた。
「せや!」
モグラのように引っこんだ先輩の後に続き、穴の中に飛び込む。思ったよりも縦に深く、着地点で水飛沫をあげる。どうやら、地下水路にまっすぐ落下したらしい。寒さには強いつもりだけど、この気温で冷えた水の中はしんどい。
「こっちにあがれ、焚火の用意をしてある」
暗闇で先輩の声が響く。嗅覚と暗闇の中で映る僅かな輪郭である程度の空間を把握し、岩の縁に上がりながらなんとか先輩の後についていく。しばらく進んだところで、先輩の陰がかがんでゴソゴソと作業をし始めた。あらかじめ用意してあった焚火に火がつき、周囲に明るさと暖かさが広がる。
「先輩、よくご無事で。ここは、地下水道ですか?」
「地揺れがおこった後、帝国兵が押し寄せて来たのが見えたからな。近場の農村に避難して、井戸の中に飛び込ませてもらった。この土地柄、砦と首都の間の平原に川がないのに農村部が点在しているのは違和感があったが地下水源が豊富なようだ。それこそ、ちょっと調べるだけでも大した広さと複雑さだし井戸も多い」
先輩も洞窟内でずっと行動をしていたコボルトだ。そして、洞窟や地下空間等の把握は他の種族どころかコボルト達と比べても非常に長けている。
「しかしとんでもないことになったな。こうして潜伏はできるものの、上がああなっちまえば出るに出られない。このまま地下水脈を上手く通れば首都の下まで行けるかもしれないけどよ、あくまで地下道や洞窟じゃなくて自然な水脈だがら、まともなルートが通じている可能性は考えたくもねぇわな」
「それにしても、よくあんなドンピシャで私がいるところまで掘り進んで来ましたね。お陰で助かりましたけど」
「妙な地揺れがおこったからな。流石にすぐ崩落とかはしないと思うが、すぐにでも外の様子を見た方が良いと思って掘り進んだ。妙に、土が柔らかくなっていたから簡単だった……まあ原因は、あの現象のせいなのだろうけどな」
あの丘のような盛り上がり、周囲の地面から砂や土、石を集めて小高い丘を形成したのだろうか。そうだとしたら、そのせいで周辺の地面は脆く柔らかくなるのかもしれない。簡易とはいえ、即席の陣地が形成されたことは味方にとっても脅威だと戦争素人でも分かる。雪合戦でも上をとった方が強いんだから銃での射ち合いもなおさらだ。
「先輩は、どうするつもりですか?」
「ダメ元だが、首都の地下まで行けるルートがあるかどうか探ってみるつもりだ。ランザ=ランテを見つけて大事な言伝を伝える。俺の方針に変更はない」
確かにランザさんやクーラちゃんと合流できたらそれは大きい。でも、ちゃんと調べてみないとなんとも言えないが、流石に首都の地下まで進めるとは思えない。
ランドルフ様からの言伝も大事ではあるが、私にとって気になるのはあの妙な気配だ。近いようでまた遠いような、懐かしいようで初めてのような、そんな矛盾を感じる奇妙さ。ほぼ確信して言えるが、二回の地揺れとあの目の前で盛り上がった地面の原因はそれにあると思う。
「それよりお前だよお前、なんでまたここにいるんだ。砦であのご老体の面倒を見るんじゃなかったのか?」
「……少し説明が難しいのですが、奇妙な気配を感じたんです。私達に近いけど遠いような、同種だけど別種のような…とにかくそういう気配、感覚のようなものを感じたんです。先輩には、なにも感じなかったですか?」
「いや、別段そんな気配は感じない。ただ、お前の家計は代々シャーマンの一族、俺には分からない感覚をもっていたとしても不思議ではないと思うがな。だが、それだけで飛び出してくるのは後先考え無さすぎだ。お前は特別なんだから、もう少し自重してくれ」
先輩の目が呆れたようなものになる。まあ確かに、いてもたってもいられなくなってしまい飛び出してしまったのは少し急ぎ足すぎたか。エルバンネさんにも、迷惑かけちゃっているだろうな。
「まあそれは、はい…反省します。でも先輩、先程言っていましたよね、首都の地下までまともなルートが通じている可能性は考えたくないって」
水脈はあくまで水脈、自然形成されたものであり人の手が入ったものではない。水に沈んだ道がほとんどであり、こうして自然形成された足場があり歩けるところの方が少ないだろう。コボルトの得意技と言えば洞窟の拡張や鉱石掘りではあるが、まともな道具を用意できる環境ではない為それも難しい。
「正直時間の無駄になる可能性が高いと思います」
本人も自覚しているだけに、こちらの指摘にやや苦い顔になる。井戸に飛び込んだ際に、混乱する村落から幾つか道具を拝借してきたようだが流石にいくらコボルトでも無理があるというものだ。
「だったら、どうするんだ」
「私の考えですが、二回の地揺れで奇妙な大地の隆起。それをおこした存在を突き止めてなんとかするべきだと考えています。首都地下まで行けずとも、こうして農村各所に点在する井戸を利用したりすれば敵の裏側をかけると思うんです」
「それをするメリットは」
ほぼ確実に首都を救援する為に砦から兵隊達が出撃するだろう。もしかしたら、ランザさん達と合流する為にエルバンネさんが砦の居残り組を集めて首都を目指す可能性もある。だとしたら、簡易的な陣形を造られてしまった現状は危険だ。何時かは突破できるかもしれないが、手痛いダメージを負う。
無論危険すぎる行動だ。謎の存在もまともな相手ではないだろうし、たった二人で打てる手はいったいどれくらいあるだろうか。だが、現状ある程度のアドバンテージがあるのも確か。先輩を、なんとか説得しなければならない。
「現象を引き起こした存在を拘束し大地の異変を止め元に戻せば、首都救援に出撃する部隊との交戦はこちら側に有利になります。なにせ、寒さになれていない部隊と地の利がある後アブソリエルの軍隊ですから条件を五分にしたらこちらが勝てる可能性が飛躍的に上がると考えています。そうなれば、少し時間はかかるかもしれませんがランザさんやクーラちゃん達のところに出向くことができる」
ハイリスク、ハイリターン。どの道この上の大地で陣取っている帝国軍を除かなければ先輩の役目も達成できない。
「反対だ」
「理由は?」
「公国軍とやらが勝てるならそれで良いが、負けてもこちらには支障はない。やや役目をこなすのは困難になるだろうがな。なにせランザ様は今や悪竜ジークリンデ様を継いだ存在となっている。人間が率いる軍隊如きに、あのランドルフ様と同じような存在が早々敗北すると思うのか?」
先輩の言わんとすることは分からなくもない。なにせ、ハボックに襲撃してきた帝国軍やオルレント自治州での防戦で、悪竜の力を駆使するランザさんは多大な戦果をあげていた。だからこそ、解放軍はかつてないまとまりを見せハボックでは戦中とは思えない程穏やかで友好的な雰囲気であった。
今回もそうなるだろうと先輩は考えているようだ。ハボックに来ていたコボルトは私だけであるが、時折資源の交換等でコボルト達の集落と人員が行き来している。その時に、戦果を喜々として語る半獣か、事態が好転している今こそ改めてコボルト達の協力が欲しいと要請するエルフがいたのだろう。
私もほんのちょっと前なら、そう考えていただろう。クーラちゃんの戦闘能力は頭一つ周囲より伸びているし、なによりランザさんが振るうジークリンデ様の力はまるで個人がおこす災害だ。
……だが。
「今回は容易にはいかないのではないでしょうか」
後アブソリエル公国を側面から奇襲する奇策。それをとらざるえない理由は、正面からぶつかれば帝国軍とて砦を落とす為の労力が多大なものになると考えているからだろう。だからこそ、搦手を用意してぶつかってきた。
それを可能にしたのは特異な能力を持つ何者かがいる。そして、それがたった一人ではないと誰が言えようものか。
「勝てれば問題ないです。あくまで、勝てればですが、もしも奇怪な能力を持つ敵が一人だけではないとしたら?今回の一戦、敵は恐らくランザさんがいると理解したうえで仕掛けてきたと私は考えています。あくまで、証拠もないただの勘ではあるのですが」
「その勘を支える思想の根拠は?」
勘、というのは今までの経験や思考の蓄積から現れるものだなんてエルバンネさんが言っていた。あの人は顔からもう苦労人だし、こと悪い予感に関してはよく当たると周囲のエルフ達から聞いたことがある。
「帝国軍には連戦連勝を重ねていますが、少なくとも諜報能力では劣勢どころか大人の赤子の差だと考えています。防諜に関しては、クーラちゃんが多少周囲に警戒のコツを教えているようですがそれでもある程度の移動を行えば敵に所在を掴まれているのではないでしょうか。そして、ランザさん達がここにいると分かったうえで、彼を始末する為にこの公国に攻撃を仕掛けてきていたとしたら?」
そう、だとしたら敵は確実にランザさんを打倒する為の戦力を整えてきたと推察できる。それがどのようなものかは定かではないが、策を用意するならば事前準備が必要ではないかと思う。
竜狩り隊が、ランザさんと悪竜ジークリンデ様を討伐しようとした際は大量の爆薬を街の地下や家の中に隠していくという大規模な事前準備をしていた。ランザさんから聞いたことがあるが、人間と明確に敵対していた海竜リヴァイアサン様も大艦隊を用意して部隊が半壊しつつ討伐したようである。
艦隊、というものが私にはよく分からないが、ランドルフ様と同格の存在を倒す為だ。よほど大規模で凄まじいものであったのだろう。
帝国には、難敵や強敵と対峙するならば相応以上の準備を重ねることができる資金と国力に人員がある。そして、あの帝都事変と言われている首都で大暴れしたランザさんを倒す為、それができると踏んできているのだろう。
今回帝国軍は攻める側で、戦場に事前準備はできない。そりゃあスパイを送り込んで多少の工作はできるかもしれないが大艦隊を送り込むことも首都の地下に大規模に爆薬を仕込むこともできない。
だとしたら、特殊な戦力を用意してきたと考えられるのではないだろうか。
「私が感じた奇妙な気配は一つですけど、ランザさんを倒すことができる可能性がある戦士が一人とは思えない。いえ、こちら側にその気配が足止めとして参加しているならば首都には文字通りの主戦力がいる筈です。加勢にいかないと、ランザさんでも危ないかもしれません。先輩!ここは私達でなんとかできないでしょうか?」
「言いたいことは分かったが、どうするんだ。こっちは、たった二人だぞ」
手数不足、それが私達の足を引っぱっている。だがしかし、私には手数をある程度補う能力ができる。
「先輩、私は解放軍の食堂で頑張っているんですよ、あんなに沢山の人数のご飯を作るのは大分大変なのです」
私は、母様はともかく先祖が怒りだしそうな影術の使い方をしていた。火おこしに、鍋に、フライパンに、パン生地をこねたり窯で焼いたりだ。流石に一人だけで全部は賄えないのである他にも調理人はいるけど、もし仮に私がいなくなった解放軍の食事事情は一気に貧弱になるだろう。
洞窟にこもっていた頃は、日々の料理なんて考えたこともなかった。最初、ハボックに来た時台所に立った理由はクーラちゃんが思ったよりも偏食かつあまり味に頓着しなかったことだ。育ち盛りなのに、固くて乾燥している味の悪いビスケットに似た保存食や干し肉ばかり食べていた。野菜も食べないし。
「人手不足なら私がなんとかします。まあ、慣れていますので」
私の影術は、洞窟ではほとんど使用していなかった。する機会もなかった。だがしかし、クーラちゃんに教える傍ら私自身影術の使い方が引きこもっていた頃よりも洗礼されていた。
「まずは、気配の真下まで移動しようと思います。協力をお願いできますか?先輩」
エルバンネはここに来て歯噛みをした。
展開できる帝国軍の規模は、正確には不明ではあるが公国の土地を埋め尽くす程ではない。展開が遅いポイントや、戦力が薄い個所を狙い突破をする目論見であった。だがしかし、二度目の地揺れと同時に隆起した丘のせいで簡易な陣形が築かれておりそれが難しくなってしまった。
その上、突然の帝国軍襲来により点在していた農村民が逃げ出し砦方面が混雑している。万が一の際、事前の避難計画や対処方法を検討していたかもしれないがこんな横腹から攻撃された際の対処方法等考えてさえいなかっただろう。
そもそも、あの山脈の向こう側には共和国があった筈だ。交戦ないし陥落すれば公国や我等解放軍にも情報は来ていただろう。だが、それすらもないということは戦わずして降伏、寝返ったということか。
今は農民が避難して無人となった農村に身を寄せている。そしてどこか大地が隆起していないところ、または帝国兵が薄いところを斥候をだして探らせている。ミルフの所在も探らせており、上手いこと合流できれば良いのだがあまり過度な期待はしないようにしている。
良いとも悪いとも言えないが、帝国兵は持ち場から動くこともないようだ。野戦に引きずり込むことはできそうではないが、こうして農村部に身を寄せていても敵が攻撃をしてくる気配はない。突破に必要なのは勢いではあるが、現状その勢いのまま攻め寄せれば帝国製のライフル銃の斉射を受ける。
ならば一人一人狙撃で始末ができないかとも考えるが、ライフルの射程外から丘の上で狙い辛くなっている相手を始末するのは容易いことではない。公国の正規部隊が来るのを待つべきだろうか。いや、時間をかければかける程困難な突破はさらに不可能なものになる。
やはり今動くべきだろうか。少なくとも斥候が戻って情報を把握したら、すぐにでも行動しなければならないか。
「戻りました!」
見張りをしていた者が大声で伝える。斥候に出ていた目が良い者や足が速い者が帰還していく、時間をおくとともに一人また一人と戻り幸いなことに犠牲者はいなかったものだ。だが、持ち帰ってきた情報には朗報と言えるべきものはない。
この丘状の地形はずっと向こう側まで続いているということ。帝国兵がその上に陣取っており、ライフル銃を構え大きな置き盾や長槍も準備して敵対者を待ち構えているということ。ミルフの存在は誰一人確認できなかったということ。
死体が転がっていないのであれば、ミルフはまだ生きている可能性もある。もしかしたら帝国軍の捕虜になっているか、隆起がおこった時点であの丘の向こう側に既に移動していたかだ。
「どうするんだエルバンネ」
「今すぐ動こう!あの丘を越えるべきだ!」
「公国の正規部隊を待って共に突破をするべきじゃないか?」
「帝国兵が増えないとは限らないだろうが!時間をかければかける程不利になるぞ!」
それぞれが意見を言い合う。確かに、今ならもしかしたら痛手と引き換えに突破できるかもしれない。だがしかし、突破して終わりではないのだ。ミルフの保護に首都の応援だって必要だろうし、なによりもここにいる解放軍の主力部隊を失うようなことになれば今後戦っていけはしない。
「エルバンネ!ちょっと来てくれ!」
間借りした家の外から声が聞こえた。哨戒をしていた味方のエルフが、なにかを見つけたようだった。声からして、そこまでせっぱ詰まった様子ではない。
家から出てしばらく歩く。雪がチラついてきたが吹雪いてはいない、もしかしたら天候が悪化したら攻撃を仕掛けられるかもしれないとも考えたがこれではあまり期待はできない。
「エルバンネ、これを見てくれ。地面の上、他の足跡に混ざりそうだったがこいつはコボルトの足跡だ」
雪の上、四足の哺乳類特有の足跡が残っていた。農村の住民が避難に逃げたなか、それは少し分かり辛いものだったがこの特徴的な足跡は間違いようがない。
「足跡は…あの物置に繋がっているのか?」
進行方向を確かめると、農作業の道具をしまっているのであろう納屋に続いていた。中を見て見ると、想像よりは整理されていたがたてかけていた鍬が倒れていたり木桶を蹴飛ばしてしまったような跡があった。
「なにか道具と…薪を少し持って行ったのか?」
「いや、足跡はあったけどコボルトとは限らないんじゃないか?帝国兵が来たし、なにか武器代わりのもので武装して最低限の護身をしようとしたのかも」
「………」
違和感のない意見ではあるが、本当にそうなのだろうか。納屋の奥には木窓があり、それが壊されていた。そこに近づいて向こう側を見ると、足跡が一つだけ伸びていた。その先には井戸が一つ、足跡はそこで途切れている。重要なのは、その足音がコボルトのものだということだ。
「エルバンネ!」
「ああ、もしかしたらミルフの足跡かもしれない。この非常事態、取り合えず帝国兵から逃れる為に最低限の準備だけ整えて井戸の中に飛び込んだのかもしれないな」
「ええ、いや足跡はあるけど井戸だぜ?そんな逃げ場なんて」
「いや、地下で水脈が繋がる洞窟のようなものがあるのならばそこに身を潜めることができる。洞窟や地下空間でコボルトよりも環境把握に長けた奴はいないだろうからな」
調べる価値はあるだろう。
「俺達はコボルト程寒さに強い訳じゃない。農村部を調べろ!防寒具や松明等を集めるだけ集めて井戸を降りる準備をするぞ!もしミルフが地下にいるならば保護をして一度砦に戻る!どんな状況にも対応できるように準備を整えておくんだ!」
また地の底かと思わなくもない。しかし、今度は望んで地下に潜ることになる。まずは、一手先に進めよう。あくまで、前向きにだ。