家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

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 ナイフを両手で握りしめて突き出すが、ルノが手に握る石ナイフで軽く弾かれる。両手で握りしめて全力で突き出した攻撃のつもりだったのにそれこそ流れ作業をするようだった。

 

 「え!?」

 

 身体が弾かれた方向、左側に流される。咄嗟に無防備な背中や首をナイフで突き刺されないように影で覆うが、それを冷静に見極められてから腹部になにかが叩きこまれた。いや、多分膝だと思う。そんなことを頭のどこかで考えていたがすぐに激痛で思考の隅に追いやられれる。

 

 地面をゴロゴロと転がる。なんとかナイフは離さないようにしていたけど、どっちが上でどっちが地面が分からない。なんとか目を開け、手をついて起き上がろうとするが手の甲に激痛。見ると、地面から急激に伸びた石が手のひらから甲を貫いていた。

 

 「うぁ…」

 

 傷は見ないようにしよう。見ないように、見ないように見ないように。考えると怖くて身体が動かなくなるから、見ると痛みが視覚からも通じるから。

 

 追撃はない。再度ルノと名乗った少女は、こちらを観察するように見つめていた。真意は測りかねるが、こちらが抵抗の意思を示したことで警戒をしているのだろうか?

 

 私の推測が正しいなら、彼女は置き去りにされたコボルトの末裔で間違いないとすれば、おおよそ人前には出れる環境にいる訳がない。恐らくは、人の手があまり入らない危険地帯。私達が環境が厳しい北にいたのと同時に、ルノも隠れ潜んで暮らしていたのだろう。それもただ一人で、警戒心も増すというものだ…と思う。

 

 これが私にとって良いことなのか悪いことなのかは、ちょっと分からない。でも、すぐに死なないですむと考えれば儲けものなのかな。

 

 「痛くない…痛くない…痛くない……よし!」

 

 影に意識を向ける。井戸という暗闇の中で、私自身の影は潜むことができる。井戸から差し込む僅かな光源でも影は出来るし、環境は私にとっても有利でもある。

 

 「……フンッ」

 

 鼻で笑いながらルノが石壁に手を添える。自然石にヒビが入りそれなりに大きな破片となり足元に転がった。そのうちの一つを、獣の足で蹴り飛ばした瞬間散弾となり石の破片が飛ぶ。まるで、柔らかい砂山でも蹴り飛ばしたかのようであるが今までの傾向から見るとルノはそれこそがルノの特異な能力なのだろう。

 

 大地の隆起や、変化する石や岩。地面、砂、岩に石、その類に関連する能力。私達が代々継いできた影術と違い、どうやらエンパス教に所属している者達の中には特別な力を与えられている者がいるらしい。

 

 目の前の少女が、そのエンパス教からの刺客とは限らないけど、ランザさんにクーラちゃんがいずれ衝突すると言っていた。

 

 一発一発が小さい弾丸。喰らっても即死はしないだろうけど、あんなものを正面から受け取めれば今度こそ動けなくなると思う。

 

 『練り込め』

 

 目を閉じて心の奥底で念じる。私にとっての影術は、無用の長物だった。精々高い場所の物とか遠い場所の物とかとってくるくらいのもの。でも母さんから仕込まれた時、よく言われていたのは、この技術の主としての用途は所詮殺し合いに使うためのものだと。

 

 クーラちゃんに教えているのはまだ基礎の類である。自分から伸びる影を動かすこと。物を掴み、移動させ、投げるくらいの動作を繰り返して教えている。影術の才能は生活環境と、これまでの経験に依存し扱ううえで大事なイメージに繋がる。そういう意味では、クーラちゃんの呑み込みの速さは天才だと言えるかもしれない。

 

 私の心中で膨らませるイメージは、折り重ねること。影や暗闇を折り重ねる、なんて妙な話ではあるがとにかくイメージとしてはそんな感じ。更にここで一工夫。

 

 私の中で膨らむイメージで、暗闇はまっ黒なパン生地になった。ハボックでの調理場で粉になったライ麦に水を混ぜてこね回す。毛が入らないように少し離れたところから影を使ってひたすらこねる。パン作りのプロという訳ではないが、こねればこねる程美味しいパンになる筈だからだ。

 

 こねた影を引き延ばして、折り重ねてまたこねる。そうしてできた影は粘り気が強い、強力なパン…もとい影となる。私の中に膨らんだイメージが影術に反映され、それを前面に影の壁として構成、普通では貫通するだろう岩の散弾を受け止め、食い止める。

 

 「台所に立っていた経験も、無駄じゃないってところです」

 

 ルノが人差し指と中指を立て手を頭の方へ持ち上げる。それと同時に、足元の岩が隆起するがなにかが来ると影が隆起前に感知。自分自身を影術で持ち上げ、岩の隆起から逃れ貫通を免れる。これは、危ない。ゾッとするが上手く逃れなければ下半身から頭まで貫かれていたかもしれない。

 

 「チッ」

 

 四方の壁が隆起するように尖るが、伸びるより先にこの暗闇が私に教えてくれる。影術の真髄、シャーマンの肝は洞窟内での強さだって先々代、おばあ様が言っていた。洞窟内は基本的には暗闇、これを仲間につけ、手足のように把握することこそ私達最大の武器になると。

 

 暗闇の中に私の影を分散し拡散させている。知識としては教えられていたし、技術としても教わっている。だがしかし、その術の本質を私自身理解していなかった。成程、この暗闇の広がりが私の肌であり感覚器官となるのか。ルノが足を踏んでいる地面、足裏の間隔、水飛沫が跳ねて落ちる感覚。

 

 同時に、恐ろしい事実が分かる。技術としての知識と同じだ。本当に母さんやおばあ様の話通り、本質的にはこの術は戦う時の術、殺し合いの技術なんだ。

 

 コボルトの巣穴に入り込んできた侵入者を撃退する。狭い洞窟、地を覆う暗闇、持ち込んだ松明からでも影が出来伸びていく。その全てを把握し、呑み込み、利用する。母さんは信じていなく、おばあ様も半信半疑といっていた伝承がある。

 

 この技術は古における夜闇の支配者達が扱った者だと言われている。技術交流でもあったのか、それとも取引か好意によるものだったのか、なにかおぞましい事情があったのか。

 

 質量を持った影に身体を任せ、感覚から読み取った隆起する岩肌を避けていく。岩石の散弾を押し留め、砕く。苛立ちながら一歩踏み出そうとしたルノの足が、止まる。尖った岩肌とは違う、影の棘が足先まで伸びていた。

 

 「足元、注意してください。貴女がこちらの攻撃と観察に神経を尖らせていましたが、足元はおろそかだったようですね。当然その影も伸びますし、瞬時に貴女の急所を複数個所貫けます」

 

 「………」

 

 「貴女の攻撃は、多分、もう私には通用しません。それと同時に、私はここでの戦い方を学ぶことができました。今すぐ降参してください。怪我なんて、したくない筈です」

 

 この子の力が能力、というものに類するならば解除できると思う。頭上から振動音、井戸の外から銃声が聞こえた。砦から出撃した公国と高所に陣取る帝国兵との撃ち合いが始まっているのだろう。今ならばまだ、被害を抑えられたまま白兵戦に持ち込めるかもしれない。

 

 「何故だ」

 

 「何故?」

 

 「何故止めた、何故殺さない。殺せたはずだ、ルノがお前の観察と殺害に集中している間に殺せた筈だ。殺せば、マスターから与えられた力も止まる。情報を抜き取りたいのか?拷問にかけるか?それとももしかして」

 

 え?え?分からない、なんでまた、なんでこんなよく分からないことを言っているのだろう?生殺与奪を握りこんだと思っている。攻撃だって上手く回避しているし、ここから逆転の芽があるとしたらなにがあるのだろう。

 

 困惑したこちらの表情を読み取ったのか、ルノの口角が上がった。なにがそんなに楽し気なのか。いや、多分楽し気というだけでもない。これは、嘲笑の意味も含んでいる笑いだ。

 

 「お前は馬鹿なのか?なにも考えていないんだな。それとも情けでもかけているのか?いや、もしかしたらただ単に…」

 

 「え?」

 

 ルノは大きく足を持ち上げ、踵を踏み鳴らし地面を大きく踏みしめる。棘となった影術を踏みつけた為、足の甲を貫通する。ドクドクと血が流れ、地面に大きく血の池を作っている。相当な激痛がある筈なのに、その顔はにやけたままだった。

 

 それと同時にグラグラと大きく地面が揺れ動く。この振動は砦で感じたあの大きな揺れと同じ、いやもっと大きい!

 

 「お前が暗闇という環境に適合して進化しているのならば、ルノだって洞窟という環境に適応している。そして、戦い……いや殺し合いという環境にはルノの方が適応している。お前達のように、仲間と同じ環境で安全に囲まれて生きていた訳じゃない」

 

 頭上の岩肌が軋み、大きな亀裂が走る。巨岩が頭上に降り注いできた、流石にこの大きさの岩までは受け止められない!

 

 「ひぃ!?」

 

 「目を反らし、怯んだな」

 

 影術の包囲が緩んだ隙に大きく駆け出し、間合いを詰めて来る。大きな岩石が水の中に落ち、高い水飛沫が舞い上がる。水壁を破り、ルノが高く飛び上がった。獣の腕が突き出され、影で身を護る隙すらなく弾き飛ばされるように吹き飛ばされる。

 

 背中を壁に叩きつけられ、地面に落ちる。受け止めるつもりではなかっけど、偶然あげた左腕が盾となりギリギリ直撃は免れた。でも、見たらいけないと思いつつも見てしまった。白黒する視界の向こう、腕が変な方向に折れて、曲がっている。

 

 「随分と恵まれていたんだな、お前。腕が一本折れたくらいで、泣いているのか?」

 

 腹を踏まれながら蔑まれる。踏みにじる足元に容赦のない力が込められ、腕の激痛と共に身体の奥底に苦痛が食い込んで来る。

 

 「リスム地下迷宮を知っているか?」

 

 知りはしない。返答をする余裕もないが、蹴り飛ばされて苦痛が増えた。岩肌の上を転がった。

 

 「ルノの先祖は、置いて行かれた。安全な住処も奪われた先祖達は危険極まりない迷宮にしか逃げ込む先がなかった。リスムの地下迷宮という環境は、常に生存競争を強いられる。悪鬼羅刹、魑魅魍魎、口にするのも憚られるような残酷な行い、地下迷宮に探索に来る人間達。常に殺して、殺されてだ」

 

 地揺れが更に大きくなる。私の上からも、小さな小石がパラパラと降り注いできていた。

 

 「腹が立つな、お前。置いて行かれた者達の境遇等考えたこともないだろう。どうしていたのか等、思いをはせたこともないだろう。平和な環境で、仲間達と共に、安全に暮らしていたのだろう。特異な術を持っているが、それの使い道等考えたこともなかったとみえる」

 

 影術を行使しようとしても、二つの痛みで集中力が続かない。少しでもなにか生き延びる方法を探さないといけないのに、思考が上手くまとまらない。

 

 「でも分かった、お前達はルノの劣化した存在だ。いや、お前達と違いルノの先祖は過酷な環境で生き延び、適応して進化したんだ」

 

 「か…かっ……ゲホッ!」

 

 口から血が溢れだした。これは、内臓を傷つけている時の症状、さっきのキックで骨でも折れて内臓を傷つけてしまったのかもしれない。それでもなんとか喋りたい。喋られなければならない。

 

 「劣化品のお前等は、もういらない」

 

 「なら…なんであ゛……貴女こそ、一撃で殺さないのでずがっ」

 

 ルノの眉が、ピクリと跳ね上がる。

 

 「拘っているのでずが…ぞれども……証明じだがっだの……でずか?復讐ですか?怨恨…グァッ!ですか?こうしていたぶるのに…意味があるのですか?」

 

 「苦痛から逃れたくて、早く死にたいのか?」

 

 「いえ…しにだくなんて……ないですよ。ただ気になったもので。劣化品だの…なんだのって」

 

 これを言っても、火に油を注ぐだけかもしれない。でもなにも言わなくてもこのままじゃ死ぬだろうし、思ったことは言っておこうかな。

 

 「貴女は…強いのに……なんで、そんなに怯えているんですか」

 

 瞳の奥に険しい色が宿る。

 

 少しだけ思ったことがあった。ナイフで刺そうとして弾かれた時、体感を崩して倒れてしまった。手をついて立ち上がろうとした時に彼女が攻撃したのは何故か手の甲だった。

 

 あの体制だったら、考えるだけでもゾッとするけど頭や心臓に、内臓部でも狙えばすぐにでも殺せた筈である。捕虜にしようとしているとも考えたけど、今の言動を考えるとそんなにこだわっているようにも見えない。

 

 「貴女は…貴女なんじゃないですか?」

 

 これは仮定、ではあるけれど彼女はある種のコンプレックスを抱いている。私なんてすぐ殺せたのに殺さなかった理由、無駄に傷をつけている理由はそれに起因するのではないか?

 

 「最初に…ずぐに首筋を斬りつけて殺そうとした貴女は……どこにいったのですか?」

 

 「黙れ」

 

 「弱虫とすぐ殺そうとしたじゃないですか?戦えるコボルトを…待っていたのですか?」

 

 「うるさい、黙れ」

 

 「そんなに、自分とコボルトを比べたかったのですか?」

 

 少しだけ怯んだように表情を歪めた後、瞳の奥に熱のようなものが宿ったのが見えた。ああ、これは怒らせてしまったのかな。

 

 「お前になにが分かる!」

 

 「なにも分かりませんよ!」

 

 岩肌を掴む。激昂すると同時に地揺れが強くなっていったが、怯む訳にはいかない。支えがなければ立ち上がれないが、逆に言えば支えされあればまだ立ち上がることができる。

 

 「私には…なにも分からなかったんです!半獣の皆さんの苦境も!エルフの皆さんの文化も!人の便利な道具も、世界の情勢も、少数民族の危機もなにもかも!貴女のような、置いてけぼりにされた存在がいるということすら…知らなかった!……貴女も知ろうとしたんじゃないですか?」

 

 「ルノにそんな私情はない!」

 

 「そうですか?残念ですね、私は貴女もことも知りたいと思ったのですが」

 

 岩盤が割れたのか、巨大な落石が降り注ぎ始めた。今頃地上では大パニックかもしれないが今は気にしてられない。少しだけ、呼吸も落ち着いてきた。

 

 「何故貴女は、コボルトのことを知ろうとしたのですか?」

 

 「それは…」

 

 ルノと私の間に大きな岩が落ちた。身体を引きずるように間合いを離し、激痛で怯む身体を騙して少しでも影を練り上げようとする。頭上から降り注ぐ岩を防ぐ為に頭上に影を張り巡らせながら周囲に注視する。

 

 「ルノは強いんだ!化物なんだ!お前達なんかと違う!」

 

 「ルノ、敢えて名前で呼ばせてもらいます。ではルノ、何故自分のことを自分で化物と呼ぶんですか?」

 

 ルノ、本当の化物は他にいる。私程度の揺さぶりで動揺を見せる貴女は決してそんな存在にはなりきれない。ずっと一人だったからか、自己というものがまだ確立していない。ルノという一人の女の子は、本当の意味で化物にはなりきれていない。

 

 「ルノはそう呼ばれたからだ!マスター以外にはそう呼ばれ続けてきた!だからルノは化物だ!」

 

 「違いますよ、ルノ。貴女は化物なんかじゃない」

 

 洞窟の天井が崩れ、光が差し込んで来る。差し込まれた光に照らされて、ルノの影がチラリとうつった。そのシルエットはあくまで本人だけのもの、何時か見たランザさんのような、奇怪な生物が混ざり合ったかのような混沌具合はない。

 

 鋭く尖った岩が複数飛ぶが、影の障壁で防ぐ。練り上げた影は僅かで、攻撃には回せない。ならば今は落ちてきている落石を防ぐのを踏まえて防御に全力を注ぐ。幸い、冷静さを欠いていているようで今では姿をとらえきれなくても耳と嗅覚、後は気配でどこにいるかはだいたい分かった。

 

 「違う!化物だ!みんなルノのことを化物といった!化物でもお前が必要だと言う人がいた!コボルトは化物でもなんでもなかった!だからルノは化物として大切にしてくれた人に尽くすんだ!」

 

 「本当に大切だと思ってくれている人は、大切な存在を化物なんかとは言いません!」

 

 私にとってランザさんは恐ろしい存在だ。本人の気質はともかく、あの影を見たあの日からあの人のことは化物としか思えないし人となりを色々と知った後でもどうしてもその印象を拭えない。申し訳ないとは、思ってはいるんだけど。

 

 そんなランザさんを慕うクーラちゃんを見ていれば分かる。化物という呼称は恐ろしい相手に使う言葉だ。相手がいかに特殊で強力で恐ろしくても、それが大事な存在であるのならば化物と呼ぶなんてことは絶対にないだろう。

 

 「違う!レントは、レントはルノを…ルノを!」

 

 「違くは、ないんじゃないか」

 

 先輩達と歩いて来た方向から矢が走る。飛びかかろうするルノの側面に矢が数本突き刺さり、弾かれたようにルノが離れた。

 

 「エルバンネさん!?」

 

 「地下や洞窟で戦うのは、もう勘弁だったのだがな」

 

 エルフが数人駆けつけてきて、私に肩を貸してくれる。腕が折れているのを確認したのか、手持ちの道具で治療をしたいところではあるが落石が激しさを増してくる現状応急処置の時間すら惜しいのか我慢するように言われて身体を動かされる。

 

 「悪いが話はある程度聞かせてもらった。いや、聞こえてしまったといった方が正しいか」

 

 新たな矢をつがえながら、エルバンネさんは過去の苦渋を噛みしめているように見えた。

 

 「私達は過去、邪悪な口車に乗せられてしまい同胞を人妖と堕とした。変異していく存在を最後まで仲間とみれれば良かったが、途中から目的を果たす為の兵器や手段となってしまったことは否定はできない。少なくとも私は、薄情なことではあるがあの子を、ミハエルを仲間とは思えなくなってしまった。化物か手段としかみることができなくなってしまった。その結果、訪れたのは破滅だ」

 

 クーラちゃんに教えてもらったことがあった。人妖ミハエル、贄を捧げられ続け強力な力を蓄え、もはや森が人妖と化したのではないかと思うほど強力な存在であり、エルフ達はそれで人間の都市に攻撃を仕掛けようとしていたらしい。

 

 エルバンネさんの横顔は、それを後悔しているようにみえた。過去の苦痛を噛みしめるように、言葉を紡いでいる。

 

 「本当に仲間と思っている相手に、化物なんて言葉は断じて使わない。お前のマスターとやらは、本当にお前のことを大切にしてくれているのか?」

 

 「うるさい!ルノは、ルノはこの力を認めてくれたマスターに、マスターに尽くすんだ!ルノは化物だから必要とされているんだ!化物じゃなかったら…なかったら!」

 

 ルノが突貫しながら尖る岩をエルバンネさんに放つ。私が飛ぶ岩石の弾丸を影で受け止め、その隙間から冷静な一射がルノの右の太腿に突き刺さった。血が溢れ、前のめりになる。

 

 「ルノは…化物じゃなかったら……誰に必要にされるんだ?」

 

 衝撃で立ち止まってしまったルノの腹部に、防御から攻撃に回した影術による急所を打ち抜く渾身の打撃が直撃する。胃液を吐き出しながら、衝撃に少し身体が浮き、倒れ伏した。

 

 ずっと一人だったから、初めて必要としてくれる人にそんなことを言われたから、それ以外の自己評価がこの子は希薄なのだろう。もしも戦えるコボルトが化物のような強さだったら、半端な自分は無価値なのではないかと考えたからこその戦いだったのだろう。

 

 私なんかよりも、この子はずっと強い。それなのに、この子には助け合える相手が今までいなかったのか。

 

 「ミルフ!早く昇ってこい!」

 

 井戸の方から声が響いた。先輩がどこからか持ってきた縄はしごを降ろし、井戸の上に昇れるように準備をしてくれた。

 

 気づけば、もうこの地下空間は崩壊寸前だ。岩盤ごと落ちてきてもおかしくはない程崩れてきている。

 

 「急げ!」

 

 エルバンネの声が響く。私をかかえるエルフ達が、急いで縄はしごのように向かおうとした。

 

 二人の男性に持たれている為、私はその力に身を任すしかない。でも、視線はルノから離せないでいた。

 

 「エルバンネさん!あの子を!」

 

 「あれは敵だろう!リスクがあるのに助ける余裕はない!」

 

 「あの娘はなにも知らなかっただけなんです!置いて行かれただけなんです!それなのに、またこんなところに!」

 

 身体をよじると同時に、大きな揺れがおこった。エルフの片方が体制を崩した瞬間隙ができ、離れてルノに近づく。この子は、置いて行かれた者達の末裔だ。そんな存在を崩壊する地下に置いていくのが最後等、できなかった。

 

 「化物じゃない貴女を必要とする人がいるかどうかなんて、私には分かりません。本当に必要にしてくれる人と、出会うことなんてできないかもしれません」

 

 ルノは僅かにこちらを見上げていた。憎々し気に、そして悲し気に。

 

 「貴女はもっと外の世界を知るべきです。私も、外の世界を知って初めて知ったことが多くありました。そして、出会いも。化物じゃない貴女を必要としてくれる人もいるかもしれません。それでも、一緒に探すのは」

 

 足に痛み、石で精製されたナイフが足に突き刺さっていた。ルノが、最後に繰り出した一撃が言葉の続きを奪う。

 

 「大事にされて…いなかったとしても……ルノは…マスターに助けてもらった。裏切ることなど……できるものか。お前は……大事にしたい…弁当届けたい相手がいるんだろう………ルノなんて荷を背負い…そいつを大事にできるのか?」

 

 ルノの目が、冷たくなる。彼女の影が、敵意を強めるようにざわめく感覚がした。

 

 「ルノを………見くびるな…情けなんているか。お前は…大事にしたい人に……弁当でもなんでも…届けに行け。失せろ、コボルト」

 

 「ミルフ」

 

 エルバンネさんに肩を叩かれる。振り向くと、首を左右に振られた。この子は、助け等必要としていない。自己肯定を否定されたとしても、助けてくれた人の為に裏切れないと静かに、しかし力強く言い放った。

 

 エルバンネさんに抱えられ、補助を受けながら掴まり先に上がったエルフ達や先輩に梯子事引き上げてもらう。最後に見たルノは、大きな岩盤が落ちてそれに巻き込まれすぐに分からなくなった。

 

 「あれが、彼女が選んだ生き方だ。お前がなにを言っても、変わらないし変われないかもな」

 

 地上に上がった後、エルバンネさんがなにかを呟いた。遠い目をしており、過去の事件で犠牲になったエルフ達を思い出してしまったのかもしれない。

 

 遠くで、ルノが作った土塁が崩れるのが見えた。帝国兵と公国兵が白兵戦に入り、戦いの音が激しくなっているのが聞こえた。

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