家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

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 首都にも、それなり以上の防備があった筈だが戦況は既に市街戦となっていた。後アブソリエル公国は風前の灯火、ハボックと比べれば十分以上の防壁と迎撃兵器があっただけにこの突破力は誰にとっても予想外だろう。

 

 幸いなことに、戦時中だけあり万が一に備えて住民の避難計画及び訓練は行われていたのだろう。多少の怪我人、混乱はありつつも既に中層の職人街まで市民は避難しており、逃げ遅れがいるかは分からないが、ともかく大多数の者達は下層の市街地から退いている。

 

 市街地を進むのは、白を基調とした鎧と装飾で身を固めた武装僧兵という奴であろうか。山に添い造られた後アブソリエル公国首都はメインとなる通路以外は細く険しく、階段が多い。メインの大通りは正規軍が固めているが、こうして裏周りを狙ったり側面を撃つ為に移動する者達の迎撃までは手が回らない。

 

 「二十、いや後続を含めれば五十くらいはいるか」

 

 ハルベルトに銃身をつけたような武装僧兵が駆け足で市場を進んでいた。ハルベルトは、グローが一番得意とする斧槍であったが、その使用難易度と製造コスト、更には銃火器の進歩により戦場ではまずみない、現代では儀礼や式典用の武器といったものである。

 

 だがしかし、扱えるかどうかはまた別としてそんな斧槍を揃えた白の武装集団が戦場に現れたらその威圧性から視覚のインパクトは抜群に思える。また、どういう職人技か銃身を備え付けたことにより弱点の遠距離攻撃にも対応しているのだろう。

 

 重量も相当であろうに、よくもまああんなに動いて走れるものだ。グローが見たらなんというだろうか。

 

 「そういえば」

 

 一人で戦うのは、本当に久しぶりだな。最近はクーラが常に傍におり、ジークリンデは旅たち前からずっと傍にいた。冒険者時代、悪竜に仲間を皆殺しにされた時以来の単独戦闘だ。そんなことを考えながら建物の屋根から飛び降りる。

 

 重力を味方につけた飛び蹴りで、狙った中央の僧兵の頭を千切る。石床が砕け噴煙が舞い、視界が制限される。

 

 死体のハルベルトを掴み、無造作に振り回す。重工な金属の刃が鎧と装飾を砕き、複数人の内臓をぶちまけた。

 

 「エンパス様の為に!私ごと殺せ!」

 

 背後から掴まれ羽交い絞めにされる。噴煙による視界の妨害が晴れたところで、三方向から味方ごと斬る為にハルベルトが振られた。

 

 奪いとったハルベルトを手放し、蹴り上げる。長い柄が正面と左側にいる僧兵に当たり吹き飛ばし、迫る刃が二本減った。

 

 頭を後方に振るい、後頭部で羽交い絞めにする僧兵に頭突きを喰らわせる。ゴキャ、というなにかが折れる音。耐える耐えられないの問題ではなく、首がへし折れたのだろう。拘束が緩んだところで、身体をひねりながら飛び上がり迫る刃を回避しながらの蹴りによる一撃で刃を振るう僧兵の首をへし折る。

 

 投げ技やドッシリとした体重と体幹から放たれる打撃の重さはクダの得意分野であった。だが、飛んだり跳ねたり、手数の多さや急所撃ち。天性のバネと運動神経からもたらされる運動量から飛ぶアクロバティックな打撃はエイラの得意技だ。本当に、良い師に恵まれた。クダとは、帝都の夜で決別してしまった。あの老人は、病魔に蝕まれていると聞いていたが、帝都事変に巻き込まれまだ生きているのだろうか。

 

 生き残りの僧兵と肉薄する。こうまで狭いと長物もそれに付随する銃口も意味をもたないことを理解しているのだろう。武器を取り落とし、ナイフを抜いたりそのまま掴みかかろうと襲ってくる。

 

 そうだ、今ならあれもできるだろうか。

 

 ナイフの突きを、刃の側面を叩いて反らす。喉元に打撃を打ち込み無力化、周囲を取り囲むように動く僧兵に、囲まれる前に間合いを詰めて頭を掴み持ち上げ、地面に叩きつける。技術もなにもないただの力技だが、なにかがひしゃげるような音と共に誰かからほんの小さな悲鳴が聞こえた。

 

 数人が、怯んでいるのが分かった。その隙にまだ闘志がある相手に襲い掛かる。掴もうとする相手の腕を払い、懐まで潜り込み腕を突き出す。

 

 四本の指が槍の穂先となり喉を貫通、抜くと同時に血が噴きだし雪が降り白くなった石床を朱で汚した。

 

 貫手。リスムの経済特別区、エレミヤに雇われたクダの後任である新しい警備主任の得意技だ。彼の指先は、歪ながら太く厚い皮に覆われ、そして頑強であった。互いに致命傷にならないように加減した手合わせをしたが、腕に当たった彼の貫手は皮と肉を貫通し血を噴き出している。本気ならば、もっと深々突き刺さっていただろう。

 

 本来折れやすい指先を鍛えるのは、聞いた話によると簡単に出来ることはできない。それこそ気が遠くなる程の修練と、何度も骨を折りその度に力強く作り直すことを繰り返す必要があるという。

 

 格闘術を習っていても、部位鍛錬はしていなかった。散弾銃と切り札である悪竜の連結刃があり、興味は沸いても習得まではいたらなかった。

 

 だがしかし、人妖と成り果て、悪竜を継いだ今の俺にならばこの程度はできるらしい。鍛錬を重ねたであろう経済特別区の彼にはやや申し訳ないが、実戦における持ち技の一つとして充分に活用できる。

 

 「一度退け!」

 

 女性の声と同時に殺意。上空から抜かれた一刃が風圧で雪を散らしながら振り抜かれる。

 

 「寒くないのか、お前」

 

 胸元を布地で巻き、見慣れぬゆったりとした赤い民族衣装のようなものを下半身につけた、上半身を露出した黒髪の女が緩く反る刃を構えて立っていた。髪は紐で巻かれており長いポニーテールとなっており腰まで伸びている。

 

 「ああ、外してるー」

 

 「だっさいなぁもう。ノーコンサムライー」

 

 右目と左目が前髪で隠れ、黒と白の、実体のない翼のようなものを生やした天使もどきが飛んでいた。フリルが沢山ついた、なんというか、こう…少女趣味のドレスと言えばいいのか、そんな戦場に似つかわしくない服を着ており、手にはこれまた眩い光の弓矢と黒い闇の短銃が二丁握られている。

 

 「私達なら外さない~♪」

 

 「僕達の弾は、相手が死ぬまで止まらない~♪」

 

 弓矢と短銃が向けられ、光の矢と闇の弾丸が放たれた。その場から飛び下がると、それを追尾するように飛んで来る。建造物の木窓を破り建物内部に飛び込んでも、実体が無い故か障害物がまるで存在しないかのように追尾してきた。

 

 モスコーでクーラが対峙した、加護持ちの話を思い出す。遠距離から狙撃をし、弾丸を自在に操る者がいたということを聞いていたし、ギルド内で狙撃もされた。射程の違いはあるかもしれないが、あちらは物理弾であった為に障害物で止まったがこの遠距離攻撃ではそれでは止まらない。

 

 『魔力による狙撃矢と弾丸だね。ちょっとやそっとじゃ止まらないよ』

 

 ウェンディの声が頭の中に響いた。脳内で彼女は、魔法使いの戦闘装束らしく紺色のローブを羽織り杖を持ち、トンガリ帽子を被っている。椅子に座り足を組んでふんぞり返る彼女にその珍妙な姿をなんのつもりか問いかけてみたら、気分と雰囲気作りだそうだ。

 

 『クーラが倒したカリナ=イコライとの違いは物理弾かどうか以外にも、君の考え通り射程の違いと連射力がなによりも違うね。遠距離から攻撃するならカリナの加護は強いが、中近距離の双子が放つ攻撃は制圧力が段違いだよ』

 

 双子なのか、確か似たような顔立ちに似たような趣味だったな。

 

 建物の石壁が無数の斬撃で斬り開かれ、崩れ落ちる。黒髪の剣士が私も忘れるなとばかりに側面奇襲を仕掛けて来た。

 

 『その娘の刀、受けない方がいい。というか、受けられないよ。なんでも切断しちゃうから、竜の身体になっても多分アウト。回避するしかないね』

 

 近距離の刃と逃げても迎撃しても無駄な飛び道具。やり辛い組み合わせだ。

 

 これならば、多少の防衛設備を敷いても無意味な訳だ。遠近バランスの良い組み合わせに防備を切り裂く刃があるとすれば、僧兵の援護もあいまりどんなに強靭な備えも時間の問題と成り果てるだろう。

 

 『双子ちゃんは、ボクにやらせてよ』

 

 扉破り建物内部から離脱。ウェンディの言葉の意味を問いかけると、彼女は不敵な笑みを浮かべた。

 

 『何度か言ったけど、もうボクは君の別人格、要するに君自身なんだ。便宜的に君はボクをウェンディと呼んでくれているけど、ボクはランザ=ランテで相違ない。さてランザ、君は悪竜ジークリンデを引き継ぎ、竜の力を我が物としたね。つまり、その影響はボクにもあるということだよ。まあ、任せてみてよ。腰に、丁度いい触媒もあるしね』

 

 悪竜の鱗が張り付いた、散弾銃がホルスターからほぼ無意識に抜かれる。成程、使えということか。

 

 射撃音。放たれた弾丸が延焼し火炎となり、炎がウェンディの姿を象った。ローブを着て、トンガリ帽子を被り、そこら辺で売ってそうな杖を手に持つ姿が炎で揺らめいている。

 

 『魔力でボクに敵うとでも?お嬢さん方』

 

 杖から火蜥蜴が出現し大口を開ける。実体を持たない矢と弾丸が蜥蜴の大口に吸いこまれ、吸収されていく。炎がドンドン大きくなり、火蜥蜴が膨張。火炎がドンドン巨大になり、その姿は見覚えのある姿に変わっていった。

 

 「ジークリンデ」

 

 忘れる筈がない、見間違う筈もない。その姿はあのふてぶてしく、力強い悪竜のものだった。

 

 「なになに?死んでないの?」

 

 「なにがおきたの?なんで死んでないの?」

 

 白黒の翼を生やした双子がこちらが見える位置まで飛んできた。そして炎の竜と……いや、炎で象られたウェンディを見てワナワナと身体を震わせた。

 

 「「なんでお前がいるの!?死んだはずじゃないの!?」」

 

 『誰と勘違いしているかは知らないけど、ボクはランザ=ランテ。人違いだよ』

 

 極大に膨れあがった火炎のジークリンデから、炎の散弾が放たれる。以前帝国首都で見せた骨の散弾が、火炎で再現されて放たれていた。

 

 『ここでひと手間』

 

 トン、と杖が地面に置かれた瞬間、散弾の一粒一粒が火蜥蜴となり広範囲で覆う。普段放たれる火蜥蜴で比べると一体一体がやや小さいが、その制圧力は比べ物にならない程だ。

 

 「嘘でしょう!?」

 

 「あ、馬鹿!」

 

 慌てたのか、迎撃に放たれた弓矢が一本の火蜥蜴に命中、魔力を吸った火蜥蜴はどこか竜のような面立ちとなり速さが上がる。足元から呑み込むように火蜥蜴が命中。身体全体が炎に包まれ、悲鳴をあげるがそれと同時に熱が呼吸器をやく。翼等意味をなさず落下し、地面に転がりながらもがきそのうちに動かなくなった。

 

 「ターニャ!」

 

 片割れが叫ぶと同時に、剣士が飛び出す。巨大な炎の竜を見て飛び出す機会を見計らっていたのだろう。竜のターゲットが上の存在に注目している間に間合いを詰めに来た。

 

 『任せていいかい?羽虫は落とすからね、主人格君』

 

 「主人格……そうは言うが、未だにお前が俺の別人格等と信じられないな。」

 

 突きの一撃を顎を退け回避、そのまま首を跳ねようと横に振るうが体勢を低くして避ける。素早い突きと、軽い刃を利用したシンプルな急所うち。一通りの剣術は、おさめているとみえる。

 

 『悲しいことを言うじゃないか、あんなにボクを食らい尽くしておきながら…ねぇ』

 

 「分かった、分かった悪かったからお前はあっちに集中してくれ」

 

 剣士が少し苛立たし気に眉をひそめた。

 

 踏み込みからの斬撃、袈裟、返し、回転してからの奇襲打ちの裏拳。流れるような連撃であるが、最後の打撃打ち以外の攻撃は回避する。

 

 すまないが、絶対に当たってはならない一撃必殺の刃とは対峙したことがあった。ウォーリアバニー、その人妖となったフェル。あの悪夢では味方をしてくれたが、殺し合いになった時の大ぶりで肉厚の鉈と当たればガードごと吹き飛ばされ腕のごと砕ける斬撃は脅威の一言だ。

 

 技術面ではこの剣士の方が上かもしれないが、彼女にはフェルのような体躯と膂力はない。得意である格闘術は効果が薄く投げ技を仕掛けようとにも規格外な体格と体幹には難しい。

 

 だがしかし、目の前の相手は違う。成程、必殺の刃に注意を向けて奇襲ぎみの格闘術で相手を崩し、斬り裂く。打撃が防がれても、剣以外にも格闘があるとなれば必要以上に警戒をせざるえない。

 

 だがしかし、素早い格闘術は身をもって何度も喰らっている。エイラと比べれば、これくらいの打撃術は遅すぎる。そして、クダの投げ技はそのエイラの格闘術をもっていても絡めとってしまう。

 

 腕を掴もうとしたが、それを読んでいたと言わんばかりに拳を引いた。だがそれは、ブラフ。反りかえる剣が振るわれるが、掴みを避ける為に身を半歩程引いたおかげ次の斬撃における軌道が制限された。

 

 突きならば刃を一度引く為動作にワンテンポ遅れる。横薙ぎならば例え半歩身を引いてもそのまま放てる。

 

 手段を制限された剣士は不利を判断し後ろに飛び下がるが、刻み足から間合いを詰め掌底を腹部に叩きこむ。怯みながらも刃が振られようとするが、その軌道は先程のような精彩なものではなく遅く読みやすい。腕を掴み、一撃を止める。細腕が枯れ木が折れるような音をあげた。

 

 「グッ」

 

 怯んだ隙に胸元の巻き布を掴み、背負いながら地面に叩きつける。起き上がる前に首筋を踏みつけ呼吸器を破壊。踏み込みの力が強すぎたのか頭部を支える首の骨が砕け、そのまま痙攣して大人しくなった。

 

 「悪いな。これ以上、後アブソリエルの国力に傷をつける訳にもいかないからな」

 

 空を見上げると、丁度火蜥蜴二体が宙に飛ぶための翼を焼き切ったところであった。悲鳴をあげながら落ちていく天使モドキを、火炎でできたジークリンデが丸呑みとする。内部で二丁の銃を乱射するような音が聞こえ、同時に絶叫がおきたがすぐに静かになった。

 

 『これにて終局』

 

 わざとらしく大仰に、こちらを向いてペコリとお辞儀をする。まるで見世物の終わり際に見せる、道化師のような動きだった。

 

 『ルーニャとターニャの加護はボクにとっては相性は最高。あの双子、ボクが死んだと思って活き活きしていたみたいだけど残念だったね。まあ、死んだのは本当なんだけどさぁ。あっはははは』

 

 ウェンディ=アルザス。まともに対峙すれば恐ろしい存在だったことが、今の俺にはよく分かる。だが同時に、これ程頼りになる戦力もまたないであろう。

 

 『このジークリンデちゃんも魔力いっぱいお腹いっぱい。彼女を駆使すれば…まあ多少以上の大火事にはなるけれど僧兵どころかそこらの加護持ちだろうと容易く蹴散らせるとボクが保証するよ。それにほら、君が望んだジークリンデとの共と』

 

 銃声が響く。純粋な散弾銃の弾丸が放たれ、火炎でできたウェンディの身体を一部散らした。

 

 「二度と、悪竜を象るな」

 

 『そうくると思ったよ。でも内心は、嬉しいんじゃないの?分かるよ、ボクは君だもの』

 

 巨大な炎の竜は、表情一つ動かない。ジークリンデの姿を、仮にでも再度見れたのは確かに嬉しいかもしれないが、悪態一つ、悪巧み一つ飛んでこない様はいやがおうでも紛い物だと分かる。ただジークリンデの姿を模しただけの人形遊びに、どこか喜ぶ俺。まったく、反吐がでる。

 

 「お前が俺の内心くみ取ろうが、二度とやるな。別人格でも、お前がランザならばな」

 

 『フフ、はーい。でもまあ、今回だけは勘弁してよ。せっかくお腹いっぱいの火炎竜、暴れさせれば戦闘力として』

 

 光が降り注ぐ。曇天の隙間から太陽光が漏れたかのように、雲を切り裂き複数のなにかが降り注いだ。それはまるで、仮に存在するとしたら巨人が握る巨大な剣のような、とにかく剣を模した複数のなにかだった。

 

 俺とウェンディは飛び下がり巨大な剣を回避することができたが、炎の竜はそうもいかない。炎で模した連結刃を振るおうとするが、それごと光の剣が貫通し胴体を縫い付ける。

 

 『物理の攻撃じゃないね。それに、こんな大仰な技を使うのは』

 

 一つの人影が、点となって空から落ちて来る。背丈程の大剣に光が集まり、先程降り注いだのと同じ大きさの剣になる。振り抜かれた光の大剣が炎の竜を一刃の元、頭から胸元まで光の剣で切断された。

 

 『流石に、あれを吸収するのは無理だね』

 

 ウェンディが半笑いで呟く。知識を共有している俺には分かった、あの光の大剣は魔力に類するものの巨大な塊だ。翼を生やした双子の矢や銃弾程度ならば逆に吸収して力となったが、大げさな例えをするとしたらただのコップに樽いっぱい程の水を注いだようなものだ。

 

 溢れかえった魔力が爆散し、炎の竜がか細い火炎となり消滅していく。着地した人影は、一つ大きなため息をつき大剣を地面に突き刺した。成程、これは絵になるものだ。宗教騎士団の団長らしく、どこか神々しさすら感じてしまう。だがしかし、目の前で模したものとはいえジークリンデの似姿を散らされた怒りを感じ感化されてしまうようなことはなかった。

 

 「意外と大雑把なんですね、ランザさん。あんな竜を暴れさせたら、いくら侵略者を駆逐しても首都が無事ではすみませんよ。それこそ、帝都事変の再現でもおこすつもりでした?」

 

 レントが爽やかといえるような顔をしてこちらを見て来た。一度目はリスムの掲げる大盾で見た怒りの顔。二度目は経済特別区で見せた愛想の良い顔。そして三度目は今、貼り付けたかのような爽やかを装った表情。この仮面の裏側には、敵意が見え隠れしている。

 

 「レント=キリュウイン」

 

 「残念ですよ、経済特別区のことを覚えていますか?あの時貴方と手を組めていたら、この対立は避けられた筈なのに」

 

 「巡り合わせという奴だ。それに、仮に俺がお前の騎士団にいたとしてもこの対立は避けられなかっただろうよ」

 

 ガスパルの話を思い出す。この男に出会いたかったからこそ、各地のエンパス教を潰し挑発を続けてきた。巻いた種が、ようやく芽を伸ばしてきたのだ。

 

 「テンを、俺の娘をどこに連れて去った」

 

 レントの顔から、貼り付けた笑みが消えた。それ自体相当な重さであろう大剣を引き抜いてこちらに向けて来た。

 

 「あれだけ、その娘とやらをほったらかしておいて、今更父親面ですか?娘から殺し合いを計画される家族愛とやらは、理解の範疇を越えていますね。本当は憎悪にまみれた関係、なのではないですか?」

 

 テンが俺と殺し合いを渇望していた理由は、同一存在である悪夢のテンから聞いていた。

 

 幼い頃のテンは、自分が構ってもらえない寂しさを語っていた。そして悪夢が崩壊したあの夜に、義理の娘ではない、親子としての愛情ではなく恋慕を元にした執着心を涙ながらに話していた。

 

 例え殺意でも良いから、執着し執着され、注目し注目されたい。常に自分を考え相手にも自分を考えてほしい。その全ての始まりは、俺の失敗から始まったことだ。テンの不安に気づいてやれなかった、それに尽きる。

 

 『もし』を考えるのは不毛で意味のないことではあるが、ミーナが産まれてからもあの悪夢の世界のように本音を語り合いどちらも愛せていたならば、今頃俺はまだあの海岸の村で家族と暮らしていたのだろう。

 

 テンを憎むことで目を反らし続けていたが、あの惨劇の原因は俺にも原因がある。家族の仇は、俺自身と言えるとも思っている。

 

 「お前の言葉に反論する余地はない。父親として俺は、失格だった。上手い愛情の注ぎ方というのを、理解してはいなかったかもしれない」

 

 首に絡みつく母親の指が思い出される。あの時の母は、そして母に殺された父はどのような気持ちであったのか。二人の気持ちや境遇を理解していれば、それを反面教師にでもしてテンとミーナにちゃんとした愛情を注ぐことができたかもしれない。

 

 後悔は尽きないが、それでも目を反らしてはならない。俺は悪夢のテンに、最後の願いを託された。それを果たす為には、ちゃんとこの現実のテンとも向き合わなければならない。

 

 「過去の失敗は拭えない。テンがおこした災害も全ては俺の責任だ。だからこそ、今一度娘と向き合う必要がある。それを妨害するのがエンパス教ならば、斬り砕き、惜し通るまでだ。もう一度聞く、テンはどこだ」

 

 「ランザさん。貴方の目と感情は劇毒の類だ。だからこそ、貴方をテンに合わせられないし、なにより個人的に貴方のことを許せない。そして、今にいたっては明確に仲間の仇ですらある」

 

 大剣が地面から引き抜かれる。リスムの時に会った、正義感を振りかざした小僧といった顔が演技であったとしても、今の奴の表情はあの時と比べ引き締まったものになっていた。なにかを決意している、男の顔だ。

 

 両者に敵意が満ちる。戦いは、避けられない。

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