家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

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 「戦況は!?」

 

 ガランが命を繋げ、クーラによる活躍のお陰で城に侵入した暗殺者は撃退することができた。突然の首都防衛戦、半ば浮足立っていてもおかしくはなかったが比較的冷静に重役の面々は対応をしていた。

 

 「前線の防衛壁は早くも破られた様子です。現在は中央通りで防衛陣をしき遅滞戦闘中!」

 

 「なに、既に…早いな」

 

 「目撃者の話では、頑健な門であったがバターのように斬り裂かれたようだ。迎撃部隊も、実体を持たない矢と銃弾を放たれたと」

 

 「解放軍がもたらされた情報、エンパス教の加護持ち、という奴か。にわかに信じられなかったが…」

 

 普段は綺麗に整理と掃除された円卓の上には、首都の地図や各地から寄せられた情報が広げられ混沌としていた。宅についているのは、クーデターをおこした際の近しい者達や前国王の方針に反発し冷や飯を食わされていたもの。私が、可能な限り私情や立場、産まれを考えから廃しかき集めた者達である。

 

 「ノルン代表、旗色は非常に悪い。それに追い打ちで、砦方面から鳩が飛んできた」

 

 「内容は?」

 

 「帝国兵が砦側に進行。こちらに向かう筈の増援も足止めされている。手持ちの戦力でどうにかやり繰りをするしかないということだ」

 

 首都防衛壁がこの短時間で破られるとは思わなかったが、戦場というのは非常事態が連発しておこる。分かってはいたが、私がおこした反乱騒ぎの時とは流石に状況の動きが早い。それとも、父もこのような気分であったのか。

 

 「近衛のロック将軍は?」

 

 「地帯戦闘の指揮を」

 

 「将軍ならば、帝国兵の足止め任務はこなしてくれるだろう。しかし問題はその加護持ちという奴だな。連中を相手にするには、手数と組織力がいるがそのどれもが手が足りない」

 

 先程私を暗殺しにきた、有翼の半獣を思い出す。クーラ=ネレイスにより無力化はされたが、それでも散弾銃を持った警備数名程度では相手すらできず斬り刻まれた。あのような、舐めた態度の小娘にだ。

 

 本格的に仕留めるつもりなら、相応以上の火力と罠に嵌める環境、そして手数がいる。だがやはり戦中、主な軍事力は前線に回されておりそれが首都を護る兵員不足という形で裏目に出ている。

 

 「城内は広く内部が複雑だ。いざとなれば、突出させてここにおびき寄せて叩くことができれば…」

 

 「危険です!御身になにかあれば、我々は死んでいった同志たちに顔向けができません!貴女様は、すぐに脱出の準備を!ロック将軍も、その時間稼ぎの為向かったのです!」

 

 「ここを逃げて、どこにいくというのだ?ここは大陸の北端、港は凍り付いて使えないのだぞ?私がおこした国の末路が悲惨なものであっても、それを最後まで見届けることが責任であろう」

 

 仮に父が生きていたら、この対戦でアブソリエル公国は帝国についていたであろう。その父を処刑したことが、この結末の原因であるというのならば最大の元凶である私は最後までここに立つ必要がある。

 

 「それよりも、逃げられる者は今すぐ退避すると良い。戦えぬ者、命が惜しい者、逃げ出したい者、離れたところで私は責めない。帝国に降ることも視野に入れるだろう。私以外の者は、好きに行動する権利がある」

 

 シン、と円卓が静まりかえる。状況はそれほどに悪い、降伏論が出てこないが、命を繋ぐ為にそれを考えている者も多いだろう。

 

 「申し上げます!」

 

 そのタイミング、誰かが口を開こうとした瞬間伝令がノックもそこそこに飛び込んできた。先程の言葉、誰かが最初の一言を放つ前に、その一言が円卓全体の方針を決まってしまう前、これ以上ないタイミングだ。

 

 「また悪い情報か?」

 

 誰もが、返答を先延ばしにしたが、その内容に誰も期待を抱いていなかった。それどころか、逃げ出したい、降伏したいという負の感情を口から吐き出すのを後押ししてくれるという期待を抱く者すらいた。

 

 「解放軍のリーダーであるランザ=ランテ殿が異能力者三名を撃破、そのまま敵の大将であるエンパス教の将軍であるレント=キリュウインと交戦に入ったとのことです!」

 

 「確かなのか!?」

 

 「物見からの報告です!私も、遠目ではあるが確認いたしました!」

 

 円卓がざわつく。敵大将はまだ討ち取れていないにしても、防衛陣を無力化した規格外の化物を葬ったのことは希望が湧いてきた。

 

 「も、申し上げます!」

 

 別の伝令が駆けつけてくる。手に握られていたのは、伝書鳩が足につけて運ぶ符丁が書かれた紙切れだった。

 

 「砦からの増援が帝国軍の足止め部隊と交戦に入りました!地の利は我等にあり、突破は時間の問題とのこと!」

 

 「本当か!?」「耐えきれば、挟撃の形をとることもできるぞ」「加護持ちが何名いるかは分からないが、これ以上いないならば上手く時間を稼げるかもしれない」「レント=キリュウインは大将だろう?何故前に出て来た。影武者かなにかでは?」「若さゆえ、貢に焦ったのかもしれん、武勇を誇る将軍にありがちな話だ」

 

 各々がそれぞれの議論を語り始めた。逆転できるかもしれない、ここにふって湧いた朗報が希望となり、円卓の者達を前向きな思考に転じてきている。

 

 「皆、落ち着け。まだ我等の不利が覆った訳ではない、僅かに可能性が見え始めただけだが……」

 

 皆の注目が集まる。この空気、まるでクーデターをおこしたあの時のようだった。

 

 「先程と同じだ、降りたい者、逃げたい者は立ち去って構わない!だが力を貸してほしい!私の父を含め、あの日亡くなった者全ての犠牲を無駄にしない為にも!」

 

 全員が、強く頷いた。地の利はこちらにある。兵士のやり繰りで戦略の議論を続ける者と指示を出しに出ていく者で散っていく。

 

 だが我々には、帝国兵や教団の兵力に抗うのが関の山であろう。ランザ=ランテの勝利を祈る。そここそが、逆転の大きなポイントだ。

 

 「任せるしかないのは、歯痒いところだな」

 

 幸いなことに、漏れ出てしまった独り言を聞いた者はいなかった。逆転の時に向け、準備を進めていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光る剣が雨となり地面を穿つ。翼もないのに当たり前のように空を飛ぶレント=キリュウインからの攻撃は砦の上から降り注ぐ弾丸の雨のようであった。

 

 市街を走りながら背中に降り注ぐ飛び道具を回避し、家屋に飛び込む。滑り込むように身を屈めると、石でできた家が横薙ぎの光剣で両断された。支柱を無くした建物が崩れ、瓦礫が降り注ぐ。

 

 家屋が脱出すると、先回りしていたレントが待ち構えていた。

 

 頭上や肩の上に五本の巨大な光の剣が浮いており、それがまるで倒れ込むようにこちらに対して振るわれてきた。効果範囲が広い、これは避けられないかもしれない。

 

 腰の剣を引き抜く。もはや身体の一部の延長となった、赤黒い連結刃が出現し横薙ぎに振るわれる。魔力の塊である光の剣と激突、物理的な接触を透過する力があるようだが、まるで火花のような光を上げながら僅かの間拮抗、五本の巨剣を叩き折る。

 

 「へぇ」

 

 レントがどこか感心したような、だが上からの目線を感じるように息を吐いた。その表情はまだ余裕と自信に満ちていた。恐らく、ここまで負けたことがないのだろう。

 

 グローの言葉を思い出す。恐らく掲げる大盾時代、能力はある程度抑えていたのだろうがそれでも『才能はある』との太鼓判を押されていた。

 

 クーラの話では、特殊な力を分け与える加護と同時に他にも様々な能力を持ち合わせているらしく、彼女もその全貌を把握しきれていないようだ。

 

 遠距離からの光剣では埒が開かないと考えたのか、手に持つ大剣を担いだまま飛び込んで来た。連結刃を戻し、迎撃に大きく振るう。

 

 「その細腕で、大した筋力だな」

 

 「少々、チートを使っていますので。そちらこそ、見た目に違わぬ筋力では?」

 

 「それなりに、授かりものがあってな。お前の言うところの、ちーとと言っても良いかもしれん。その言葉の意味はよくは分からないがな」

 

 二撃、三撃と打ち合いをし互いに間合いをとる。互いに互いを様子見といった程度の剣撃であったが、その手応えはそれなりにあった。

 

 相手がまだ様子見程度ということも含めて考えなければならないが、純粋な剣術という面では取り立ててなにか卓越しているという訳でもなさそうだ。だが、反応速度が速い。筋力と反射神経で剣を扱っているといったもので、先程の剣士のように正当な剣術を収めている訳ではないようだ。

 

 向こうも今の打ち合いでなにかを感じ取ったのか、大剣を片手で構えた。

 

 「鉛筆を高速で振ったことはありますか?」

 

 「えんぴつ?」

 

 「失礼。まあ、見てのお楽しみで」

 

 大剣が振るわれる。単純な袈裟懸け、防御の為に連結刃を掲げた瞬間、大剣の切っ先が蛇のように蠢いた。ガードをすり抜けたように動き、生物のようなそれは肩を切り裂き刃が後方に反れた。

 

 突きの追撃を繰り出してきており、防ごうとしても剣がぶつかることを嫌がるように避け脇腹に突き刺さる。腹部からジワリと、血が溢れてきた。連結刃を振るうと、上空に飛んで避けた。追撃をかけようと叩き割るように振るうが唸る大剣がそれを弾いた。

 

 片手で大剣を握り、それを振るう握力と筋力だけでも大したものだが目の前の男は奇妙な技を使ってきていた。

 

 「これ、自分なりに考えたんですよ。無論、ブーストしてある身体能力が前提なのですが」

 

 改めて観察して、理解ができた。蛇のように蠢く大剣は目の錯覚、手首に高速のスナップを利かせていた。棒状のようなものを高速で短く振るうと、あのような蠢く剣となるのか。あれは、真似しようとして簡単できるものではなさそうだ。

 

 「馬鹿力のせいで防ぐと身体と防具がおしゃかになる剣と対峙した事がある。先程の剣士は、絶対に防げない刃を持っていた上に技術力もある…が、成程。大した発想だな」

 

 「無論、それだけじゃないですよ」

 

 開いている手に光が集まり、先程の剣士が扱っていたような短銃になる。牽制気味の射撃が放たれ、逃げ先を誘導されているのが分かる。次の攻撃は、急所を狙いにきている。この軌道、恐らくは首か頭を分厚い刃で両断するつもりか。

 

 「マジ?」

 

 レントの口から、どこか引くような声が漏れた。どうせ防御ができないならば、せめて攻撃位置を誘導することはできないだろうかと考えた。いくら剣が激しいスナップにより蛇のように蠢ていようと、首筋を護るように密着するように連結刃を構えた為呼吸器を切断することはできなくなる。

 

 それならば、首から上の顔面か頭部に刃が蠢き逸れてくるはずだ。読みを外し、首から下を狙われたら避けることは難しいが、予想通りに刃が顔面方向に反れてくれた。

 

 前歯と犬歯が、刃をガッチリと噛みしめる。口元でバチバチと火花が散り、少し熱いが問題はない。必殺の一撃を防がれたこともそうだが、レントの目は驚きと同時にドン引きしているように見えた。我ながら、歯で噛みしめて剣を防ぐ等酔狂の極みだとは思う。

 

 「つふぁまふぇた」

 

 大剣が引き抜かれる前、股間をめがけて蹴りを繰り出すそぶりを見せるとレントも片足をあげて防御をする。男として防がなければならないところだ、自然と護りは固くなるだろう。

 

 前蹴りはブラフ。一瞬の行動で防御姿勢をとれる判断と反射神経は悪くないものだがそれが裏目にでる。片足が浮き体幹が崩れた隙を見計らい、至近距離では扱い辛い連結刃を手放し胸倉と腕を掴む。相手もほぼ密着状態では大剣は使えないが、今までここまで距離をとられた経験が少ないのか、武器を捨てるという選択が思い浮かばないようであった。

 

 大剣から口を離す頃には、既に投げ技の体制はきまっていた。足払いをかけながら背中から地面に叩きつけるように、投げを繰り出す。口から血が吐き出たが、先程の剣士と同じように追撃をかける為腹部にスタンピングをしようとした。テンの居場所を聞くために、殺す訳にはいかない。

 

 堅いなにかを踏みつけた感覚。黄緑色の半透明な壁が、靴底と腹部の間に存在していた。

 

 起き上がりに、足払いを仕掛けて来た為後ろに飛ぶ。そのまま起き上がり、こちらを見てニヤリと笑った。

 

 「まったく、びっくりしましたよ。大剣ですよ大剣、歯で止めるとかあります?ゲームのキャラだって、精々木刀やポン刀くらいなのに」

 

 「悪いが、こういうナリだからな」

 

 悪竜のを継いだこともあるが、人妖としての力もあった。少し気が緩むと、口元が狼のそれに代わってしまう。

 

 「成程、ハティ…でしたっけ?でも面白いですね、俺がこの世界で土をつけられたのは初めてです」

 

 「俺?素の一人称ではそっちか?」

 

 「ああ、ちょっと今、矯正していましてね。それよりも、素という意味では…」

 

 レントが大剣を放り投げた。身体を低く屈め、直撃を避ける。壁に深々と突き刺さり貫通するのは脅威ではあるが。破壊力のある武器を手放すのはどういうつもりなのか。

 

 そんな思考が終わるか終わらないかといったタイミングで、視界に凶器となった膝が突き出された。大剣を投げたと同時に走りだしたのだろうが、初速と加速が早すぎてあっという間に間合いを詰められた。

 

 腕を交差させて顔面への直撃を防ぐ。頑健になった両の腕が、衝撃による痺れがおこる。想像していたが、ただの打撃でさえ素人のそれとは段違いだ。

 

 「殴り合いは喧嘩を多少齧った程度ですが」

 

 追撃の膝打ちを頭を反らして回避、間合いを離すが軽い足取りで距離を詰めて来る。

 

 拳の一撃が壁を穿ち、蹴りの風圧が風を斬る。巻き上げられた足がおこす旋風が、鎌鼬のように渦巻き肌を斬る衝撃を与えてくる。技術という意味では、そこら辺の喧嘩自慢といったところであるがその破壊力は油断ならない。

 

 「解せないな」

 

 「なにがですか?」

 

 「何故そちらが有利な大剣と遠距離能力を投げ捨てて、ただの殴り合いに挑む?これが素だと?」

 

 右のストレートを回避して腕を掴む、こちらも拳打を腹部に叩きこもうとするが手のひらで掴まれて握り込まれた。互いに互いを強力な握力で握りしめ、我慢比べが始まる。

 

 「そうですね。一応、この殴り合いに関しては」

 

 互いに互いの額がぶつかり合う。額の皮膚が裂けて、流血がおこり互いの流血が地面に転落した。

 

 「俺の考えだけ知ってもらおうと思いまして」

 

 「なに?」

 

 レントの顔が、こちらを睨みつけるような、だがどこか真剣な表情となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お父さん!」『父さん』

 

 テンが自己防衛で俺のことを父と呼び始めてから、思い返すことがあった。異世界に流れてから、なにもかも退廃的に、まあ思うがままに生きてきた俺には、今となっては些か眩しすぎると同時に苦すぎる思い出だ。

 

 親父はだいたい家にいなかった。小さな自動車整備場で、朝から晩まで油にまみれた作業着で仕事をしており、俺は夜勤の仕事に出ていく母が作り置きしていた夕食の弁当を届けに行っていた。

 

 父の声はほとんど覚えていないが、人に誤解されそうなキツイ視線と頬についた大きな切傷だけは覚えている。もしかしたら、元ヤのつく職業の人だったのかもしれないと思うこともあるが、今となっては確かめる術もない。だけど後の人生で、この推論はほぼ確定だったんじゃないのかと思うようなことがあったが。

 

 そして今でも一つだけ大きな後悔をしていることがある。弁当を渡しに行った時、父が頭を撫でようと伸ばしてきた油にまみれた手をつい、一歩下がって避けてしまったことだ。傷だらけの拳が怖かったし、油まみれの手が汚く思えてしまったからだ。父の、すまんと謝りながらも寂しそうな顔だけは覚えている。

 

 『お前は、俺みたいになるなよ』

 

 父のその言葉だけは、よく覚えている。おかしなものだ、声も覚えていないというのに。

 

 父に対して罪悪感を抱き、小さな整備場から逃げ出すように家に帰ったことを覚えている。その帰り途中であった、あの日が訪れたのは。

 

 西日本大震災。日本の西半分が壊滅的被害を受けた、大災害がおきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「大学に進学することを諦める?」

 

 高校卒業まで後数か月というところだった。

 

 震災で家も整備工場、そして父を亡くしてしまった俺達は文字通り路頭に迷う羽目になる。母の職場も復興どころかそのまま廃業となり、仮設住宅を経由して都市部に引越さざるえなくなる。

 

 震災による補助金等もあったが、女手一つで子供を育てることはとても辛いものがあったのだろう。心労が祟り母が倒れ、施設も入院も空きがなければ金もない。大学受験を控える時期ではあったが、進学コースから就職先選びにかじを切らざるえなかった。

 

 「うん。今後は、母の介護をしながら就職できる先を今から探すことにするよ。倒れた後遺症で自分だけじゃ生活できないし、介護施設も特養ホームは空きがまだまだ先。要介護認定をもらったから補助金は出るけど、ショートステイやデイサービス、訪問介護サービスも考えるようになったら、お金もないし時間も足りなくなるからさ」

 

 日本が超高齢社会になっているという現状を、こういう形で痛感するとは思わなかった。新聞奨学金も考えたけど、必要なのは母を介護する時間と様々なサービスを受けたり必要なものを揃える為の必要な現金。

 

 「そう」

 

 当時付き合っていた彼女は、それだけ呟くように言った。お互い進学する大学は別になりそうだけど、高校二年間、大切にしていた相手だった。

 

 「もしかしたら、これからはデートの回数を減らさなきゃいけないかも。色々とお金がかかるようになるから、申し訳ないけど…」

 

 「うん、うんそうだよね。ごめん、その話の続き、今度で良いかな。大学入試まで今は追い込み時期だし、もう少しゆっくり時間がとれるようになってから今後のことを話そうよ」

 

 「え…ああ、うん。そうだよね」

 

 「時間もあまりとれなくなるし、今度から夜ラインで通話かけて来なくて大丈夫だから。レントの分も、あたし頑張って志望大学に合格してみせるから、応援してほしいな」

 

 じゃあね、と声をかけてから彼女は二人しかいなかった教室から足早に駆けていった。元々クラスも違う二人、どちらかが意識して時間を作らなければ会えないような関係だった。そして、就職組と進学組、当時の僕は意識していなかったがその狭間は想像以上のものだった。

 

 それを確信したのは、大学受験も終わり、滑り込みで工場勤務として就職先が決まった頃だった。卒業して初任給ももらえた。今は金が必要な為、入れるところに入ったが、そのうち自動車整備士の資格をとって父のように働こうかとも考えていた。

 

 その日は、母を訪問の介護士さんに任せて書店に訪れていた。家にいれば、母は何時もこちらに気を使ってくる為、出かけられる日は常に出るようになっていた。高校の頃は読書等で自宅でも楽しめたが今はそれもやや難しい。ほんの少しの贅沢、本屋に併設された喫茶店で買い込んだ専門書を開く。

 

 僕の得意分野は、言語や地理に歴史とか古典、所謂文系の方が強かった。だが、父が働いて仕事ということもあったがこうして自動車整備に関する知識を吸収するのも嫌いではない。県が運営している職業訓練校というのもあるが、特養ホームに入れるまではボクには金も時間が足りない。

 

 「あ、レント君久しぶりー」

 

 「は?誰それ」

 

 後ろから聞きなれた声に振り向くと、そこには僕の彼女だった筈の人と、見知らぬ男が並んでいた。

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