家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

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 『お願いです!せめて、せめて見せてください!彼女の最後になにを残したのか…どうか見せてください!』

 

 古い木造家屋の玄関先にて、年のいった女性は迷惑そうにため息をついた。心底迷惑そうに、白けたような視線をこちらに向けているのがよく分かる。

 

 『何日めだい。アンタもしつこいね、こっちも暇じゃないんだよ』

 

 『ご迷惑をおかけしていることは分かっています!それでも、最後に彼女がなにを思っていたのか、どうしても知りたいんです!お願いします!一度で良い、彼女の遺書を見せてください!』

 

 僕にはどうしても、梓の死が自殺だとは信じられなかった。前日まであんなに朗らかな笑みを見せてくれたし、あと少しで約束通り同じ高校に通うことになっていたのに、今更自死を選ぶなんて考えられない。警察も学校も自殺だと判断したがそんなことはありえない。

 

 だけど、もしかしたら、僕が知らない彼女の顔があったのかもしれない。それを知りたくて、せめてカバンから出て来た遺書を見せてほしいと頼み込んでいる。

 

 『虐めだのなんだのって話が出て、教育委員会が来たり警察が来たりでこっも大変なんだ。その上で、アンタみたいな子供が来て、近所の目もあるっていうのに…』

 

 『見せてくれたのなら、もう二度と訪れません。それがダメなら、せめて彼女の仏壇に線香の一本でも供えさせてくれませんか。それでも良いので、どうかお願いします!』

 

 『なんで見ず知らずの子供を家にあげなきゃいけないんだい!さっさとあっちに行きな!これ以上しつこいと学校と警察に通報するよ!』

 

 勢いよく扉を閉まられた。梓は一度も自宅に招待してくれなかった。叔母とは仲が良くなかったと聞いていたが、ここまで取り付く島もないとは予想外だ。

 

 拳を握りしめる。せめて、本当に梓は自殺だったのか。遺書はどういうものだったのか。僕が気づけなかった悩みをずっとずっと抱えていたのか。

 

 高校入試が近づくにつれ、内申点や受験勉強に勤しむ学生が増え校内では目に見えて虐めはなくなっていた。誰も彼もが必死になっていた時期であり、僕が目を光らせていた…いや、目の届く範囲では虐めというものはなかったと思っていた。

 

 梓の葬式は、小さな家族葬で形式的に行われたようであり、僕はおろか担任教師ですらその葬式には出ることはできなかった。虐めを止めることができなかった無能教師がと、毛嫌いして追い払った訳ではない。心底どうでも良さそうな態度で追い返されたとその教師はこっそり教えてくれた。

 

 担任教師は、有能ではないが無能でもない。虐め問題にも劇薬じみた効果の対策を敷くわけでもないが、それなりに気を使い梓の様子を見守っていた。同じく梓を気にしていた僕にも何回か様子を尋ねたこともあり、自殺したことが堪えたのか疲れたようなため息を吐きながら僕だけに教えてくれた。

 

 『ここ最近を見る限り、この時期でも虐めはないように思えた。でも、こんな急に…あと少しで高校生になるって時にどうして』

 

 その解答は、僕にも誰にも答えることができなかった。

 

 梓が暮らしていた叔母の家から少し歩くと、二人でよく話し合った公園の前を通る。公園で遊ぶ子供はいない。何時だったか、公園で遊ぶ子供の声がうるさいと市に苦情がありすったもんだの末に、まさか市が折れてしまった。

 

 公園の遊具は徐々に撤去されていき、寂しいものになっていた。辛うじてまだ残っていたブランコに腰をかけ呆然と落ちていく日を眺める。学校帰りに何時もここで二人座って駄弁っていた。お互いに自由に使える金銭がない立場、出来ることは限られていた。

 

 それでも、クリスマスには小さなケーキ。バレンタインやホワイトデーにも安価なチョコレートやお菓子を交換していった。他愛のない関係が、これから特別な関係になると確信していたのに。

 

 僕には彼女を支えきれなかったのか。高校受験前、流石に勉強に割く時間もこれまで以上に多くなり常に一緒という訳にもいかなくなった。今でもそれを後悔している。受験を通過したこと自体は嬉しかったが、彼女にもその分気を使えばこの悲劇も防げたかもしれない。

 

 ブンッという音が近くから響いた。いつの間にか日暮れになり、街灯の明かりがついたようだ。どれだけの時間座っていただろうか。とにもかくにも、もう帰らなければならない。母は仕事で何時も遅い、夕食の準備と家事を進めておかなければならない。

 

 どんなに悲劇があろうと日常生活はこなしていかなければならない。今はまだ高校入学前、僅かな時間自由はあるがすぐに新しい日常に順応していかなければならない。そして大人になれば、不用意に立ち止まる訳にもいかなくなる。父を亡くした母がそうだったように。

 

 団地に帰り、鍵を差し込んで気づく。家の鍵がかかっていなかった。かけ忘れたかとゆっくりと開き中を確認すると、母が台所に立っていた。手には大きなボウルを抱えており、色とりどりの野菜に酢をベースにゴマも混ぜて作った自家製ドレッシングがかかっていた。

 

 『お帰りなさい、レント』

 

 『なんで母さんが、もう帰っているの?』

 

 母である、霧生院ゆかり。震災前は夜勤もある介護職で働いていたが現在は工場勤務を行っていた。常に残業があるような忙しいところであるが、そんな母が何故この時間帯に台所に立っているか疑問があった。

 

 『今日は半休をとらせてもらったの。ほら、今国の方針で有給休暇は必ず五日はとらせなさいっていっているしね』

 

 『母さんが勤めている工場、そんなこと気にする会社だったっけ?』

 

 玄関から入ってすぐにある狭い台所。その先にはカーテンで仕切られた居間がある。格安の住居だけあって、トイレこそ存在するが風呂はなく個人の部屋なんて夢のまた夢だ。

 

 居間に入ると、丸いちゃぶ台の上にはご馳走が並んでいた。鳥の唐揚げがと添えられたレモン。卵と玉ねぎのスープ。先程母が持っていたボウルが置かれ彩りが追加された。そして一番目立つのがちらし寿司。錦糸卵と海苔が振りかけられた酢飯からは美味しそうな匂いが立ち昇っていた。

 

 手作り以外では、値引きシールが貼られたパックの刺身が置かれている。そして、ケーキの箱がその隣に置かれて開かれていた。中に入っていたのは、ショートケーキとモンブランだった。どちらも好物だ。

 

 『なにこれ』

 

 『お祝いだよ。少し遅くなったけど志望していた高校に入学することができたし、それに』

 

 『お祝いってなんだよ!』

 

 テーブルを思わず、拳で叩いてしまった。祝いという言葉を聞いた瞬間、反射的に、そして急速に頭に血が昇った。お椀に盛られたちらし寿司が落下し、スープが跳ねて落ちる。唐揚げの山が崩れて、勢い良く転がった頂上のものが床を転がった。内心、あっ…と思ってしまったが、理性のブレーキはギリギリきかなかった。

 

 『梓があんなことになって、事情も分からなければ葬式にもでれなくて、そんな時にお祝いなんてなに考えているんだよ!僕がもっとしっかりしていればこんなことにならなかったのに、どうして母さんは呑気にこんなことができるんだよ!なんでだよ!なんであんな悲劇があって、これから幸せになる筈だったのになんで!僕のことなんて…僕の方が死んでいれば!』

 

 乾いた音が、響いた。平手が張られた音であり、思いつくあたり初めての母親から受けた痛みを伴う行為だった。痛みはそれなりだが、衝撃がようやく理性だけでは止められなかった口の動きを止める。

 

 『梓ちゃんは、残念だった。お母さんも悲しいし、私達大人ももしかしたらなにか行動をおこすことでなんとかなったかもしれない。一番近くにいた、それこそあの地震を生き延びた、これから幸せになる筈の子があんな死に方をしたのは心が痛い…でも』

 

 両肩を掴まれる。爪が食い込む程強い力で握られた。普段は穏やか、というより仕事の疲れが溜まりあまり感情表現が出来ずにいた母が、睨むような、とにかくここまで強い形相になったのを始めて見た。

 

 『あの地震で大勢の人が死んだ。お父さんだって、死んでしまった。もっと生きたかった人が大勢いたのに、本心でもそうでなくても自分が死んでいればなんていう言葉を言わないで!』

 

 母の膝が、折れる。膝立ちになりながら手が震えていた。言葉が、出せない。避難場所となった高校の掲示板の前で、泣き崩れている人を見てしまったことを思い出してしまった。そして、父の死を聞いて泣き崩れてしまった母も。

 

 『今日が何の日か、覚えていないの?』

 

 言われて、一つ思い出したことがあった。そういえば、今日は僕の誕生日だった。ふと横を見ると、ケーキの箱から覗くモンブランにはチョコ板が刺され、年齢と誕生日を祝う言葉が描かれていた。

 

 梓が死んで、そればかり考えるようになって。自分のことを考える余裕が無くなっているのを今更ながら思い出すことができた。

 

 『……誕生日。ちゃんと貴方が生きて、人生を歩んでいるのがちゃんと分かる日。そんな日を、忘れないでよ……自分のことを大切にしてよ』

 

 小さな声で呟いた瞬間、玄関のインターホンが鳴った。泣き崩れている母に応対はできない。申し訳なかったが、一言謝ってから仕切りのカーテンの向こうにいき玄関の除き窓から外を見る。

 

 見知った顔が見えた。扉の鍵を開けて、応対する。

 

 『桐野』

 

 『ん…おっす』

 

 桐野鳴が玄関先にいた。コートを着ているが、足は短めのスカート履き露出している。まだ寒さが残る時期なのに、おしゃれには我慢がいるなと何故か関係ないことを考えてしまっていた。自分のしでかしてしまったことからの現実逃避だと思いいたった瞬間、自己嫌悪に陥りそうになる。

 

 『レント君、一人?』

 

 以前は呼び捨てで慣れ慣れしく関わってきたが、距離を置いてからは君付けでの呼びに戻っていた。中学卒業のクラス会にも参加していなかったし、別の高校に通う彼女とは今後接点無くなると考えていた為意外過ぎる訪問だった。

 

 『いや、今日は母さんが早引けで家にいる。俺になにか用事なら、外で話す……いや、今は都合が悪いんだ。もし用事があるなら、悪いけど手短に頼めるか?』

 

 スマホを持っているクラスメイトも多くいたが、僕にはまだ縁が遠いものだ。当然のように桐野も持っていたが、パソコンもなければ固定電話なこちらはメールのやりとりも長電話もできない。今の我が家の状況で、長々話している余裕もない。

 

 『そっか、残念。ああでも、心配しないで、すぐに用事は終わるから』

 

 桐野との最後の会話は喧嘩腰な面もあり、少々気まずい。向こうもそう思っているのか少しだけ目が泳いでいた。彼女は少しだけ慌てたようにハンドバッグから四角い箱を取り出す。

 

 『これだけ、あげにきた』

 

 『ん?これは』

 

 『ほら、レント君誕生日だし』

 

 目を丸くした。確かに誕生日くらいはなにかのきっかけで教えたことはあるかもしれないが、そんな何時教えたかも分からないことを今になって覚えているとは思えなかった。なによりも、疎遠になったと思っていた相手からのプレゼントに嬉しい以上に困惑があった。

 

 『三好さんがあんなことになってから、レント君ずっと元気なかったし悩んでいたからさ。だから、ちょっとでも元気になれば良いかなと思って。もし迷惑だったら申し訳ないけど、あたしなりに考えてさー』

 

 固まって受け取れずにいたら、桐野の顔がどんどん心細そうになっていく。いきなりのことで驚いたが、純粋な好意に悪い気はしないし受け取らない理由はない。

 

 確かに貞子呼びはしていたが、一度注意したら以後桐野はそんな呼び方をしなかった。あの日以降、梓の周囲で目を光らせていたので、この子が虐めに参加してなかったことは分かっているので嫌悪感はない。そんな子がオロオロと不安そうな表情をしていたら、荒れている内心を呑み込んででも笑顔でお礼を言い受け取るべきだろう。

 

 『ありがとう。正直、自分の誕生日も忘れかけていたところだから嬉しいよ』

 

 受け取ってお礼をすると、桐野は安堵したように顔をほころばせた。同時に少しだけ、ボクもホッとしてしまう。上手く笑顔を作れていることが分かったからだ。顔が固まっていたら、このリアクションは返ってこないだろうと思う。

 

 『あー…うん。まあ、悪いもんは入ってないと思う。もし気に入らなくても返さないでよ?嘘でも良い物もらったって言ってよねー、傷つくからさ。うん、ごめんね。こんな時に時間もらっちゃって』

 

 『いや言わないだろう普通。ああ、うんありがとう』

 

 『じゃあ、待ってるから。また会おうね』

 

 桐野が踵を返し、階段まで向かい降りていく。待っているとは、なんのことだろうか。

 

 もらった箱を開くと、アクセサリショップに売っているシンプルな指輪が入っていた。あまりゴタゴタしたものや髑髏みたいなものがついたデザインではなく、良い意味大人しく普段使いにも問題がなさそうなものである。

 

 箱の中には小さな紙が入っていた。メモ帳が破り折りたたんだような紙には、スマホの連絡先が書かれていた。そういえば、僕はスマホを持っていないからという理由もあるが、クラスのほとんどの連絡先を知らなかった。

 

 待っているからというのは、そういうことか。孤立しがちになった僕を気にかけてくれている面もあり、もしかしたらなんてことも考えてしまう。同時に、梓が亡くなったばかりだというのにそんなことを考えてしまう僕に自己嫌悪が積もる。

 

 だがしかし、何時までもこうしてはいられないことに気づけた。三好梓のことはこれからも忘れられない。この先ずっと思い悩むし、今そうしているように悪夢で目が覚めることもあるだろう。だけど、母の言葉と桐野の気遣いを受けてようやく前を向くことができそうである。

 

 家に戻りカーテンを開けると、母さんは床に落ちた食事を片付けているところだった。来客が来たと分かり、応対を任せてしまったが言えの奥から泣き声が聞こえているとあれば不審すぎるだろう。

 

 『同級生が来て、プレゼントを渡してくれたんだ』

 

 『そう…良かったわね』

 

 『……さっきはごめん。ここ最近ずっと自分のことと梓のことしか考えていなかった。家族の間でも話しかけられても上の空だったし、せっかくの料理も台無しにしちゃうし。そうだよね、何時までも僕が落ち込んでたら梓も心配するだろうしね』

 

 『蓮人』

 

 『今度、梓の墓参りに行ってこようと思う。それで、僕の方は心配ないって報告と……ちゃんとお別れをしようとおもうんだ。葬式にもでれなくて、ずっとモヤモヤしていたけどそれを晴らしてこようと思うよ。ごめんなさい、母さん。もう二度と僕が死ねばなんて言わない。そんなこと言ったら、あの日死んだ人達にも梓にも顔向けできなくなるからね』

 

 薄情、なんて思われるかもしれない。でも現実は目の前にあるし、これからも人生を続けていかなければならない。三好梓のことは綺麗で大事で、しかし悲しい思い出として過去の記憶にしていかなければならない。そう簡単な話ではないだろうが、時間は良くも悪くも過ぎ去っていく。

 

 『その…腹減ったかな』

 

 『ちらし寿司、お代わりもあるからそれをよそうわね。手を洗ってきなさい、まだだったでしょう』

 

 声は、平静を保とうとしている様子だ。でも、その顔つきは幾分戻っているように思えた。

 

 手を洗おうと台所に向かおうとした背中に、声をかけられる。

 

 『どんなことがあっても、なにがおこっても。自分を大切にしなさいね。貴方の為にも、なによりも梓ちゃんの為にも』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明日は、高校の入学式だったが、僕は一日早く届いた制服に袖を通していた。

 

 手には桶と柄杓に、布地。そして、小さな野花を簡単にまとめた花束を握っていた。本当は花屋でちゃんとしたものを購入したかったが、資金の問題でそれはできなかった。

 

 集合墓地には涼し気は風がふいていた。桜がピンクの花弁を揺らし、花びらが舞い落ちる。街中ではあちこちで花見に興じる者もいるが、流石に墓場でそんなことをする不届き者はおらず静かなものだった。

 

 目当てである梓が眠っている墓の前で、少しだけ手を合わせる。柄杓で汲んで来た水をかけて布で丁寧に磨き上げていく。供え物が少し寂しい代わりにという訳ではないが、出来うる限り心を込めて磨くことにした。

 

 墓を綺麗にした後は、野花の花束を置きポケットの中から包み紙を取り出す。テスト期間が終わった時に、二人でささやかな打ち上げをする為に食べた大判焼きが墓前に添えられる。

 

 大判焼きは地方によっては、今川焼きとか回転焼きとか色々呼び名があるって教えてくれたのは梓だったことを思い出す。

 

 烏がたかる為に、墓に供えた食べ物は回収しなければならないが、あの世でもこのクリーム入りと餡子がどっちも入った大判焼きを食べてくれていると思い込んでおく。

 

 『明日から、僕も高校生だ』

 

 自然と墓石に語り掛ける。周囲に誰もいないので、独り言もし放題だ。

 

 『バイトもできるようになり、生活に慣れたらすぐに探し始めようと思う。勉強は、どっちかと言えば文系方面も習っていこうかな。理数も嫌いじゃないけど、まあ趣味にあっているしね』

 

 歴史や地理がわりと好きだった。梓には理解できないなんて顔をされたけど、好きなものは好きなのだからしょうがない。

 

 『本当は君と高校に通いたかった。だけど……まあ、僕は頑張っていくよ。ここにももっと早く来れば良かったよ。でも、ここに来たら中途半端に踏ん切りをつけてしまわなくてはならない気がして…なによりも君が本当に死んだことを直視しなくてはならなくなるのが怖かった。でも、前を向いて行こうと思う。今日は、本当にお別れを言いに来た』

 

 手が震えていたが、言わなくてはならなかった。母の言葉や桐野の気遣いもありようやく言う勇気がもてた。

 

 『まずバイトして、家に生活費も入れていくけどもう少し溜まったら僕もスマホを買おうと思う。実は桐野に連絡先をもらったんだけど、固定電話だとなかなかね。今は、目標もできたし……振り返らずに歩いていけると思うんだ』

 

 涙が頬をつたっていた。地面に染みを作っていく。

 

 『君のお陰で、楽しい中学時代をおくれた。ありがとう、梓。君のことが好きだったよ。本当に好きだった』

 

 声が震えていた。涙が落ち着くまで手を合わせてから、目を開く。道具をまとめて帰ろうと思ったが、ふと移転した父の墓も参っていこうと思った。父は合同葬儀をした後、遺骨をもらい墓を移転してこちらに埋葬していた。ここまで来たついでだし、もし父が天国なんてものから見ていたとしたらだいぶ心配をかけたかもしれない。

 

 気持ちを報告だけして、帰ろうと思ったが驚くことがあった。

 

 父の墓の前に、スーツ姿の男が一人立っていた。伸長は190近くはありそうで、ガタイが良く格闘家のような体躯をしており、胸ポケットにはサングラスが差し込まれている。

 

 線香を立てる土がいれられた箱には、火がついたばかりで煙をあげる線香が差し込まれていた。そこで僕は、梓にたてる線香を忘れていたことを今更思い出す。自分のことばかりで、僕もまだまだだ。

 

 こちらに気づいたようで、男は軽く頭を下げた。僕も慌てて頭を下げる。

 

 『アニ……霧生院さんの息子さんの、蓮人君だったかな』

 

 『僕を知っているんですか?すいません、父のお知り合いでしょうか』

 

 『鬼龍院さんには世話になったことがあってな。命日の日や盆にここに来れれば良いんだが、時間がある時しかこうしてこれなくてな。今更で申し訳ないが、惜しい人を亡くした。お悔みを言わせてくれ』

 

 そういえば、思い出した。合同葬儀でこんなガタイの人を見かけたような気がする。震災被害者を弔うための行事で、被災者の知り合いかと思ったし、あの葬儀には家族を亡くしていない人も亡くなった人を弔う為に手を合わせていた。そんな人の一人だと考えていたが、父の知り合いだったとは思わなかった。

 

 『お母さんと二人で、苦労していないか?』

 

 『いえ、今のところは…大丈夫です』

 

 『その制服、高校に進学するのか。あの震災から何年だ?早いものだな』

 

 男はこちらに近づいてきた。懐から、名刺を一枚取り出して差し出して来る。

 

 『北村興行の…西田さん?』

 

 『西田成之だ。もしも、自分じゃどうにもできないようなトラブルに巻き込まれるようなことがあって、手を貸してほしければ連絡をくれ。まあ、お母さんには止められるかもしれねえがな。俺はあの人に恩義があるが、それを返せなかった。だからそいつを渡しておく。まあ、俺が言うのもなんだがその連絡先にかけることがないのが一番だがな』

 

 その瞬間、勘づいた。この人は多分裏の稼業につく人かもしれない。ヤクザか詐欺グループが分からないが、多分そっち系の。そう考えた瞬間、名刺を突き返そうと思ったができなかった。父の強面を思い出す。あの父を今でも慕い、こうして墓参りに来る人の好意を無下にできなかった。

 

 『じゃあな。良い青春をおくってくれ』

 

 西田さんはそう言い、出口の方に向かっていった。父の墓前には、立派な花束が飾られている。時折覚えがない墓参りの痕跡があったが、彼がずっとしていてくれたのだろうか。

 

 父に手を合わせ。今までのこととこれからのことを報告する。何故か、俺のようになるなという父の言葉が頭の中を反芻していた。

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