家族の仇は、娘でした 作:樫鳥
『お疲れ。霧生院、今日は何時からだ?腹減ってるか?』
カラオケでのアルバイトを始めてから、半年程たった。未成年は深夜のバイトには入れないが、休日や学校終わりには可能な限りシフトを入れてもらった。高校生活になり、部活動に精を出したり友人と活動することを青春としている者達もいるが、僕は金を稼がなければならない。
高校に進学してしばらくしてから、どうにも母の顔色が優れない日が多い気がする。それでも身体に鞭を打って仕事に向かう母を少しでも支えてやりたいが為、生活費の足しになるように働いている。
明日も仕事や学校がある平日夜間は、客の入りもそれなりだ。それに輪をかけて、今日は更に客が少ない。
『厚盛ポテトセットたぞ。ちょっと摘ままね?』
『摘ままね?って客の注文じゃないんですか?』
『注文受けて、揚げた後にキャンセルされたってことにしておくから大丈夫だ。面倒な処理は俺がしておくから、食って共犯者になろうじゃねえか』
この富田さんという人は、僕の教育担当であるバイト歴の長いフリーターであるが、こうしてちょくちょくと規約を悪用して私腹を肥やすタイプの人だ。もっとも、忙しい時の回転率の効率とトラブルをおこす客を捌く手際はバイトを通り越してプロ並みであり、シフトも多く入れている為店長も多少目零してしているようである。
『腹減ったって面してんぞ。食え食え』
今日のシフトは高校を終わってから夜の十一時までの予定だ。確かに腹は減ったし、揚げたてのポテトがいやに食欲を誘う。ここで拒否して富田さんを告発するのは簡単だが、そんなことをしても誰も幸せにはならない。そんなことを考えながら、誘惑に負けポテトを口に放り込んだ。
『背徳の味ってやつだ。美味かろう?これが俺流の食費節約術だ』
『そりゃ、美味いですよ。胃袋が空っぽだから、尚更。でもこれで僕がバイト首になったら富田さんのせいですからね』
良く悪くも一筋縄ではいかない人であるが、個人的には僕はこの富田さんを嫌いにはなれなかった。バイトのイロハを教えてくれた恩もあるが、時折掛け持ちしているコンビニの廃棄弁当やらをこっそりと差し入れしてくれたりもして非常に助かっている。
富田さんは日焼けサロンでよく焼いた表情に笑顔を浮かべながら、盛り盛りとポテトを口に放り込み、いつの間にドリンクバーから調達してきたメロンソーダに口をつけていた。
『俺とお前が消えたらここの店人手不足で回らねーっての。別のバイト先で今日は何故かコンビニで弁当の売れ行きが良くて廃棄がでなかったからな。代わり代わり』
『店長にバレた時、どこまで庇ってもらえるか見物ですね』
『お前はともかく、多分俺の行いはバレてるだろ。悪い先輩の見本だから、真似しちゃダメだぜ』
爽やかに親指をたてる。そういえば、この人は社員にならないか上から誘われているようであるが断り続けているらしい。社員になれば、今までのようなフリーダムな環境でいられなくなるのが嫌なのだろう。断り続ける理由が、つまみ食いできなくなるからということになるとなんとも微妙な話であるが。
『そういえば、お前さん休日の空き時間に日銭を稼げる方法探していたよな。知り合いに農家やっているおっさんがいて、一日二日の手伝いを募集しているが今週末どうだ?』
『今週末…すいません。彼女との約束があって』
『なんだよ彼女とデートってか?いつの間にかリア充になりやがって。どうせ写真あるんだろ?オラ見せて見ろや』
先月、ようやく手に入れたスマホを取り出しアルバムを表示する。高校に入学して三か月、高校生活にも見つけたバイトにも慣れてきたタイミングで、桐野からの告白を僕は受け入れることにした。
高校入学してから五月の中頃に告白を受けていたのだが、まだ梓のことを完全に処理できない僕はそれを受けることに二の足を踏んでいた。
『なにこの超大人っぽい子。この子マジでJKで一年なん?もろ美人じゃねえの』
『JKなんて言うと、おっさん臭いって言われますよ』
『じゃかしいわボケなす。あーマジか、俺がもっと遅く産まれてたらなぁ』
気持ちは嬉しいけどそ今はそんな気になれないしと、一度は桐野の告白を断った。だが彼女は、今はというところに着目し「それじゃあ、待っているから。その気になるまでさ」と笑いながら返してきた。
同じクラスになれた為、接する時間は多かった。モテる彼女は短い時間でも多くの男子生徒に告白されていたが、好きな人がいると断り続けているようだった。傷心がなかなか癒えきらない僕も、彼女の笑顔と他愛のない会話は心の支えになり続けていた。
夏休みの終わりごろ、花火大会に誘われた。ここでしかないと心に決めた俺は、バイトをなんとか富田さんに代わってもらい、会場にて彼女の告白の返事をかなり遅くなってから返した。これだけ間を空けてしまい、断られても仕方ないという気持ちだったがとびきりの笑顔と目尻に涙を浮かべながら桐野は僕の言葉を受けいれてくれた。
梓のことをふっきれきれたとは思わないが、それでも最近は良い思い出も悪い思い出も過去のこととして胸の中にしまうことができた。時折、なにかの拍子に溢れだした記憶は心の中を苛むが古傷として受け入れてしまうしかないだろう。
『でもお前さん、バイトのシフト時間滅茶苦茶多いじゃねえか。学業も疎かねしてねえみたいだし、ちゃんと彼女をかまってやれていんのか?』
痛いところをつかれてしまう。だが、僕が大学にまともに通う為に目指すのは、高等教育就学支援だ。
授業料等の免除制度と給付型奨学金というのがあり、前者は学費を支援してくれ、後者は必要な生活費を日本学生支援機構が返済無しで援助してくれるというものである。
資産基準、家計基準、学力基準等のチェックをクリアして初めて受けられる制度であるが、そのうち二つの資産基準と家計基準は確認したがクリア済みであった。最後の労力基準は自分が頑張る必要がある為、生活費を入れる為のバイトと学業の成績を両立させなければならない。
そのために、彼氏と彼女の関係になったのに関わらず桐野とはあまり時間を重ねられずにいた。それ前提で申し訳ないと謝罪をしており、向こうもそれを受け入れてくれている為それに甘える形になっている。
カラオケ、ゲーセン、ラウンドワン、プチ旅行。それら全てには金が必要であり、生活費の援助と自分のスマホ代金、将来万が一の時に使える貯蓄を考えれば重い負担となっていた。
例え大学に入学したとしても、この生活構造はあまり変わらないんだろうなと思う。桐野には申し訳ないけど、青春という機関は学業とバイトばかりが思い出となりそうだった。まあどんな思いででも、中学時代に味わったショックに比べればマシなのだが。
『迷惑かけてますよ。だけど、その分独り立ちできるようになったら存分に楽させてやるつもりです』
『はいはい、イケメン乙。じゃあ取り合えず、俺が楽する為に働いてもらおうかな』
カウンターの呼び鈴が鳴ったということは、客が来たということだ。カウンターに向かう傍ら、先輩は塩のついた手を拭いていた。こちらに仕事を押し付けたように見えて、自分はこれから面倒な事務周りの作業を始めるのだろう。そういうところがあるから、時折言動に呆れつつも嫌いになれないんだよな。
『いらっしゃいませ、三名様ですか?』
この仕事にもだいぶ慣れて来た。酔客の嘔吐や暴走の後始末には未だ慣れず、時折警察を呼ぶほどのトラブルの対処には苦労するが。
売上的には寂しいものかもしれないが、楽だった本日のバイトを終了する。まだシフトに入る富田さんに挨拶をしてからカラオケ店を出る。自転車のロックを解除して跨り漕ぎ始める。
電車を乗り継ぐのも金がかかる為、カラオケ店の店長から中古の自転車をタダ同然で譲ってもらった。なかなか重宝しているが偶にマウンテンバイク等に憧れることもあった。だがしかし、今はこれで充分だ。
信号待ちの為に自転車を止める。思い出したようにスマホを覗き込むと、高校で出来た友人からのメッセージが二件、桐野からのメッセージも二件入っていた。
高校にあがってから、感情のコントロールが上手くなったような気がした。いや、震災の傷も少しずつ癒えてきたということか。演技のようなものをするまでもなく自然と友人関係というものを築くことができていた。
桐野の交友関係は男女問わずかなり広く、自然と人間関係はそれに比例して広くなった。桐野に恥をかかせない為にしばらくは必死だったが、そのうちそれも慣れたものだ。
まずは友人からのメッセージ。桐野とも共通の友人であり、高校では最初から存在していたダンス部に共に入部していた。
ダンススクールであるような、大きいガラス張り等なく体育館でバスケ部と場所を分け合い練習をしているダンス部。自分等の姿を見る為に動画を撮りあって、ミスを指摘しあったり技術の向上を目指している。
そのうち一つを、友人は僕にこっそりと送信したようだ。大人びた普段の姿とは違い、汗を流しながら必死にダンスの練習をする桐野。これまでで一番上手く踊れているから見てやってと、文字が添えてあった。
最近はユーチューブとかティックトックとかに動画をあげる、なんて話もあるようだ。大会以外にも活動の場を増やしたいということであり、練習にもかなり熱が入っている。ダンス部の功績を増やして、部費の予算アップを狙っているとかいないとか。
桐野からのメッセージは、恥ずかしいから消してということだった。友人の悪戯に慌てる姿が思い浮かび、少しだけおかしく思いながら返信しておく。
【なんで?上手く踊れているじゃん】
返信はすぐに返ってきた。部活動の終了と閉校の時間はとっくにすぎているのでもう家に帰っているのだろう。
【それでもまだ下手くそなの!全国レベルの人や動画サイトなんかみればもっと凄い人達だっているんだから!】
【素人目で悪いけど、充分上手く見えるんだけどな】
【ダメだって!とにかく消してってば!】
信号が青になったため、自転車で走り出す。しばらくしてからスマホの着信音が鳴り、通話に出て見ると桐野だった?
『消した!?』
挨拶もなしに開幕からの一言。自転車を一度止め、押しながら歩いて帰ることにする。漕ぎながらでも通話できるがこの暗い夜道、万が一にも誰かにぶつかり医療費や迷惑料金を請求されるなんて考えたくもない。学校にバレたら内申点にも傷がつく。
『いや?どーしても消さなくちゃ駄目か?』
『ダメに決まってんじゃん!もーなんで言うこと聞いてくれないかなー!?』
家にいえると思ったが、繁華街にでもいるのか会話の背後から聞こえる背景音がなかなか騒がしいものだった。こんな時間に出歩いているのはお互い様であるが、部活疲れもあるだろうしこんな時間まで出歩いて大丈夫なのだろうか。
『まだ、家に戻っていないのか?』
『話反らそうとしてる?』
『いや別に。ただ、こんな遅い時間なのに出歩いて、疲れてないのかと思ってな』
本当だったら心配である。桐野は富田さんが言うように、贔屓目なしで見ても大人びた美人という容姿だ。男の僕と違って目もつけられやすいだろうし、なにかトラブルに巻き込まれないかと余計なことも考えてしまう。
『神谷のダンスシューズ見に行くのに、付き合った帰り道。ついでにファミレスで駄弁ってただけだよ』
『やたら後ろがうるさいな』
『繁華街通れば近道だからね。それよりも、動画「-------」をさっさと消すこと!』
誰かの声が通話中聞こえたが、ただでさえ繁華街にいるんだからすれ違った人間の話声を拾ったか同行していた友人の声だろう。なにを言っているかはよく聞こえなかったし、気にすることでもないか。
『分かった分かった。これ終わったらすぐに消すから、早めに休めよな』
『分かればよろしい。ちゃんとしたのは大会の時に見せてあげるから!じゃあ、また明日学校でね』
通話を切り、スマホを操作し動画の保存を見る。改めてもう一度ダンス動画を見てから、少し名残惜しくなりながらゴミ箱の中に動画を映した。桐野は見ると言えば、必ず動画をチェックするだろう。
午前零時閉店の、夜間でも営業しているスーパー。賞味期限ギリギリの野菜や肉には、上手くいけば半額シールが貼ってある為狙いどころだ。
卵を手に取ろうとして、ため息が漏れる。鳥インフルエンザの影響で卵の値上げが騒がれており、小さくため息をついた。もやしと卵のあんかけ、安く作れてご飯のおかずに丁度いいのだがしばらくは食べる頻度が減るかもしれないな。
値引き商品や広告の品を手早く籠に詰めていく。 閉店間際の為あまりダラダラと時間を潰す訳にはいかない。そして必ず確認するのは、スーパーのお勤め品コーナーだ。最近はフードロス運動も強く推進されており、売れ残るよりはと値引きも大きくなっている気がする。
ハムとソーセージが安い。この二つは弁当を作るうえで強い味方になる。塩コショウをふったゆで卵の半身を弁当にいれにくくなる為これはスペース埋めに助かる。
高校に進学して、給食が無くなり弁当を作るようになってからその難しさを嫌でも感じていた。仕事に疲れ気味の母に負担をかけたくない為、可能な限り節約をかねて自作をしているがこのスペース埋めというのが凄まじく厄介だ。開いた隙間にねじ込むのが便利なミニトマト、最近は嫌いになりそうな程ほぼ毎日食べている。
『卵かけご飯もちょっとやり辛くなるかな。ふりかけとか、買っていくか?』
卵の値上げに合わせて脳内で献立を組み立てなおしていく。
高校に進学してしばらくしてから、母はどこか体調を崩し気味になっていた。そりゃそうだ、人よりも長く働き続け食い盛りを育ててくれたんだから、身体に無理がでて当然である。
自分でできることは、自分でしていくのが一番負担にならないと考えている。早く高校も大学も卒業してちゃんとした企業に就職して金を稼ぎたい。
【金は幸せをもたらさないかもしれないが、少なくとも惨めさより快適にしてくれる】ヘレン・ガーリー・ブラウンという人物がいった言葉であるが、元はユダヤ教聖典にあった【金で幸せを買うことはできないが、不幸を押し留めることはできる】と言われている。
沢山金を稼げることが幸せに続くとはあまり思えないが、少なくとも金さえあれば母に楽をさせてやれるし桐野との時間ももっと作れる。結局人の社会でまともに生きていくのは必要な要素であり、それを少しでも稼ぎ切り詰めていかないとまともに生きれはいない。
会計を終わらせてスーパーを出て、自転車の籠に入れて家路に走る。今日は卵を買わなかったため、割れる心配もない為何時もより少し早く家に帰ることができた。
家の帰ったら、少し苦戦しそうな数学の勉強を進めておこう。やはり僕は文系脳、理数系は苦手だ。でも全ての教科を少しでも理解していかなくては。
家に戻り扉を開ける。オレンジ色の小さな明かりが灯るスイッチを押し、明かりをつけた。
『ただいま』
返事はない。寝ているのだろうか?
ハム、ソーセージ類を冷蔵庫の肉の棚に。安売りしていた食パンを台所に置き野菜もしまっていく。ジャガイモが今日は安かった。芋は良い、腹によく溜まるし使い道も多い。ベーコンはないがジャーマンポテトでも作ろうかと思いながら居間に続くカーテンを開ける。
『母さん?』
『あ、ああ…お帰り』
母は、机に突っ伏したように寝ていた。帰ってきたままの姿なのか、上着を羽織ったままでありやはりというか疲れた顔をしていた。やはり疲労が溜まっているように思える。
『ご飯は食べた?』
『ごめんなさい。なにも準備をしていなくて』
『良いって、なにか簡単に作るよ』
『勉強、あるんでしょう?母さんがなにか…』
良いから、と母を座らせて台所に立つ。ここ最近ずっとあんな調子だ、それでも無理はしてないと空元気だと分かる笑顔を浮かべて仕事に出かけていく。
以前スマホを解約して、浮いた携帯料金を家計に当てようと思ったがそれは母に反対された。確かにバイト同士の連絡を取り合うのも、友人との交友関係を維持するのに現代人には必須だ。だが、逆に言えば生きていくのに必要不可欠ではない。
だがそれは母に酷く反対された。お願いだからそんなことをしないでと、本当だったら稼いだバイト代金もできるだけ自分に使ってほしいと。
冷蔵庫の中にはまだ残っていた卵と冷ご飯にネギがあった。買ってきたばかりのウインナーをできるだけ細かくかさましできるように切る。冷蔵庫の脇にある棚には玉ねぎも残っていたのでそれも切ってしまう。少ない卵もここは使用する、今夜はチャーハンだ。なんというか、元気がない為できるだけお米を食べてほしかった。
『ごめんなさいね。貴方に苦労かけて。せめて誰か』
チャーハンを炒めている最中、カーテンの向こうから声が聞こえた。
『いいって』
言葉を途中で区切らせる。
この年齢になると、好むとも好まざるとも色々な話を知る機会が出て来るものだ。母親と僕には親戚付き合いはあまりない、というよりほとんど関係や交流はもっていない。どうやら母は、父と結ばれる際勘当レベルの大喧嘩をしたらしい。
一度だけ母は生家を訪れ援助してもらえるように頼み込んだことがあったが、取り付く暇もなく追い返された。地震がおこり、避難所から仮説住宅に移ってしばらくしたくらいだったか。
実家には弟夫婦が両親と子供と暮らしており、迷惑そうに追い払われたのを覚えている。両親には、孫の顔を見れば少しは許してもらえると考えていたのだろう。だから、僕は連れて行かれたのだろう。
結果は酷いものだった。土下座する母さんに祖母は疫病神扱いされ、祖父にはなにがおこっても敷居を跨がせるつもりはないと怒鳴り声をあげれた。弟はなにも言わなかったが、『だからあれ程言ったのに』とでも言わん顔で玄関先でこちらを見下していた。
チラリと見えた弟の妻は、迷惑そうな顔をして廊下を進む。入ったことはないが、多分トイレかなにかに居間から移動するのに玄関前を通らなければならないのだろう。
最後には警察を呼ぶと言われてしまい、退散するしかなかった。断片的な情報から察するに、母が一族から勘当されたのは父との結婚が関係しているようだった。
勘当されたとはいえ、唯一の肉親があの態度だ。僕と母には頼るべき相手がいないということは、よく分かっている。父が亡くなった今、家族と呼べるのは重荷となっている僕だけだ。
『できたよ、チャーハン』
お礼を言い母は食べ始めるも、あまり食欲はなさそうでスプーンを進める手が遅かった。無理しなくて良いと言ってみたが、同時に食べないと体力も戻らないと思っている。
『バイト、増やそうか?』
『え?』
『高校生は深夜バイトは禁止されているけど、まあどうにでもなるでしょ。稼ぎの良いのも探せばあるだろうし、もう少し金さえ稼げれば母さんも楽に』
『やめなさい』
静かに、だが有無を言わせないような言葉で会話を遮った。
『今でも充分に助かったているんだから、これ以上自分の時間を使わないで。そんなことをするくらいなら、今からでも入れる部活動でも探しなさい。友達と遊んだりとか、なにか学生らしいことでも探してみたらどう?』
『そんなの時間の無駄だよ。少しでも勉強やバイトに時間をあてないといけないのに』
カチャンと、スプーンが強く皿の上に置かれた。
いや、置かれたんじゃない、スプーンの上には口に運ばれる前の米粒が小さな山になっており、母の手が口の前で止まっていた。肩がワナワナと震えて、なにかを言おうとして、だがなにも言えず開いた口を閉じていた。
『ごめんなさい。今日はもうこの話はやめて。私、ちょっとだけ疲れちゃったかな』
泣きそうな表情が見えたが、気づかないふりをした。そうしなければ、ならないような気がした。
『じゃあ、残りはラップに包んでおくから。朝ごはんにでもしなよ。銭湯言ってくる、今日はコインシャワーじゃなくてちゃんと湯船に浸かってくるよ』
明るくそう返す。僕は、なにも気づいていない。なにも気づいていないことにしておく。誰もいなくなった部屋で母は、息子には見せたくない涙を流すのだろう。
手早く準備をして外に出る。腹が立つ程きらびやかな夜空を見上げた。早く大人にならなければならない。僕が、支えるしかないんだから。
外にでてから気づいた。この時間、もう銭湯はしまっている。近所の公園にあるベンチに座り込み、そんな夜空を何時までも見上げていた。
そういえば、富田さんから休日の農業手伝いバイトを募集していた話を思い出した。桐野とのデート予定だったが、謝罪文を送りまだバイト中であろう富田さんのスマホにバイトをしたいとメッセージを送る。
富田さんからの返信は、何故か早かった。だが、心配そうに本当に良いのかと心配の言葉が並んでいた。彼女とのデートがあったのにと。富田さんに気を使わせたら悪いから、デートはキャンセルされたと送っておいた。
今は、時間を少しでも有効に使わなければならない。桐野には、なんて謝ろうか。