家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

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 『またバイトなの?』

 

 自然公園。東京ドーム何個分だとか細かいことはあまり覚えていないが、安価で楽しめるレジャーなスポットも多くただ歩いているだけでも目に優しく涼やかな風が吹くお気に入りのところだった。

 

 基本金欠気味なので、楽しめるような場所は自然と少なくなる。ということで、彼女には悪いが何時もこの公園での散歩がデートのコースになっていた。

 

 桐野には何時ものコースすぎて退屈かもしれない。それでも、今日も軽く文句を言われるだけで最初以外は会話も弾み良い雰囲気になっていた。売店で売られていたジンジャーエール呑みながら会話で乾いた口を潤す。

 

 穏やかな気候と丁度いい気温。バイトと勉強に熱を入れてきているが、息抜きには本当にぴったりであるがそうは問屋がおろさないとでも言うべきか。無粋な着信音、バイト先からの連絡がすぐ分かるように設定した音楽が流れ始めた。

 

 内容を確認すると、急病で今日の十三時から入る筈のバイトが来られなくなったらしい。連絡はきたものの、いったい何回目の急病だろう。サボり癖のあるタイプであり、店長ももうバイトを切る算段をつけていた。だがしかし、それは慢性的な人手不足が加速するということでもある。

 

 新人が入ってきてもしばらく研修もあるし頼りにはできない。スーパーアルバイターな富田さんでも一人で支え続けるには限界がある。あの人は他のアルバイトも頑張ってはいるが、店長からさりげなくシフトを増やせないかと打診が増えている今日この頃だ。

 

 この前なんて酔っぱらった客が個室にあるテレビを破壊し、デンモクを叩き割ったことがあった。さらに暴れたことにより僕と富田さんで対応し、女の子のアルバイトに警察への連絡を頼んだことがあった。その子は、それが怖くてその日限りでやめてしまう。酔客の相手は、想像以上に難しい。

 

 僕は成人する前は勿論、成人してからも酒は付き合い程度でしかやらないようにしようと思っている。そんなもの、買う金もない。

 

 そういうことで、受験に向けた勉強もあるしバイトもそれに畳みかけるように重なってくる。小言の一つや二つ飛んで来るというものだ。

 

 『一人休むから穴埋めが必要だ。でれないかって』

 

 『それ、何時から?』

 

 『十三時』

 

 ここから移動するとなると、現在時刻から考えれば急がなけばならない。取り合えず断る為の文面を打ち込んで送る。

 

 【他のバイトはダメですか?どうしても今日は都合でいけないかもしれません】

 

 返信は早かった。富田さんは夜勤明けでさらに延長で入ってもらい帰ったばかり。店長だってもう何連勤しているか分からないレベル。他のバイトには連絡がつかず。迂闊なことだ、みんな分かっいて既読スルーなり気づかないふりなどしているのだろう。僕は何時もの癖で反応してしまっている。

 

 金のことを考える身の上、反射的にバイトの事柄に既読マークをつけてしまった僕は迂闊だった。

 

 【バイト代、色つけるから頼むよ。すぐに現金が必要なら、それにも対応できる】

 

 タイムカードを押させた後もサビ残させるところもあるが、店長はその分自分の財布から出してくれていた。本当はいけないことかもしれないが、迫る各種支払いのことを考えると今後の余裕も考慮すればすぐにでも手元に入る現金はなかなか魅力的だ。

 

 それに、目元のクマが濃くなる店長がやや憐れでもあった。アルバイトでも仕事であり金をもらう以上、最低限の節度と覚悟で働いてほしいものだ。バックレるだけならともかく(よくはない)最近はバイトテロなんて話題もよく聞くし、なにかあったら店長、首でも吊りかねない危うさがある。

 

 『ごめん、桐野』

 

 『嘘、謝らないでよ。久々のテートでしょ?』

 

 桐野が前に数歩歩いて振り向く。今日の服装は上から下まで初めて見るコーデで着飾っており、髪型もメイクも時間をかけてきめてきたというのが、疎い僕にも分かる。

 

 学校行事や受験勉強にバイト関係、最近通院を始めた母の代わりの家事手伝い。こうして二人だけの時間を過ごせたのは久しぶりであり、それだけに気合を入れてきたのだろうなと分かってしまう。

 

 『他のアルバイトはいないの?ほら、あの富田って人とか』

 

 一度だけ、まだ人員に余裕があった頃、店長が割引券をサービスでくれて二人でカラオケを歌った。音楽には多少疎い僕でもカラオケ店にいれば流行曲にも詳しくなる。どちらかと言うとマイナーなバンドが好きではあったが流行りに詳しい桐野の前では、それを歌っても盛り下がる可能性があるので歌えない為助かった。

 

 その時に富田さんと桐野は出会っていた。富田さんは桐野と二言か三言話していた。少し奇妙だったのは、日焼けサロンでよく焼いた見た目チャラ男で女好きである富田さんは、桐野をよく会わせてくれと言っていた割にあまり話さずに終わったことだ。

 

 まあ接客に集中していると考えていても良い訳だが、なんだか違和感があった。だけどあれ以来、特に富田さんからなにかを言われることもなければ桐野も気にした様子もない。ただ、恋人のバイト先に勤める先輩と後輩の彼女というほぼほぼ他人な関係だしこんなものだろうか。コミュ力のある富田さんと同じような桐野なら、仲良くなれると考えていたが。

 

 まあ、それはともかくだ。彼女の顔が、どんどん不機嫌になっていく。これは非常にまずい。

 

 『富田さんは夜勤明けで、さらに数時間バイトに入っていてついさっき帰ったばかりみたい。他のバイトとも連絡はまだつかないし、店長も連勤記録がえらいことになってきている。少しいかないと厳しいみたい』

 

 『彼女より、バイトの方が大事なの?』

 

 『そんな訳ないだろう。ただ、いかないと僕の家は生活が成り立たない』

 

 桐野の両親は、父が大手自動車販売企業のやり手営業で母が銀行員。娘は過保護に育て、帰りが遅くなると危険だからとアルバイトも禁止している。どの道部活で遅くなるのであまり意味はないと思えるが、それでも服を次から次へと買う小遣いくらいはもらっているようであった。

 

 何度か彼女から僕に奢るからもっと良いところいこうと誘われたこともあったが、それをしてしまうと本当に立つ瀬が無くなる為断り続けていた。それくらい、こと金銭に関しては桐野は不自由した様子はない。

 

 だからなのか、その言葉を聞いて桐野の顔には隠しきれない不快感が滲み出ているようだった。不快感を隠そうとしてくれているだけまだ良いかもしれないが、それでも表情や仕草から気分を害していることが読み取れる。

 

 『レント君さぁ』

 

 君付け。最近二人でいる時は、呼び捨てで呼び合うことが多かった。今なら分かるが彼女が二人きりの時君呼びすることは、明確に気分を害していることの証明でもある。

 

 『アタシが今日、代わり映えのしないこのデートをどれだけ楽しみにしてたか分かる?こんな公園に来る為に、化粧に時間をかけて飽きないように服も新しいのを買いそろえてから来たんだよ?それなのに、レント君はなにも代わらない、それどころかアタシへの態度が酷くなるばかりじゃん。軽く扱ってるの?アタシのこと』

 

 買い揃えたって、親からもらった金でだろう。ついそんな言葉をだしそうになってしまうが、それを言ってしまえばおしまいだろう。悪いのは全面的にこちらなのだから。

 

 『軽く扱ってる訳じゃない。でも、僕がなんとかしないと今の関係すら続けられないかもしれないんだ。桐野には、申し訳なく思っているよ』

 

 『いっつもそうだよね。申し訳ない申し訳ないって。デートの序盤で急にドタキャンされる立場がどれだけ惨めなのか分かってないでしょう?アタシ、これでもけっこう頭にきてるんだよ』

 

 桐野はスマホを取り出し、謝罪するこちらにこれがよみしに通話をかけた。

 

 『もしもし神谷ー?今日これから出てこれない?バ彼氏にドタキャンされたー。バイトが入ったって。ムカつかね?愚痴付き合ってよー………ほんと?ありがとありがと。スタバに集合しよ?奢ってあげるからさー。その後新崎達も呼んでラウワンいかない?そうだね、合流したら話そっか。じゃあまた後で』

 

 通話を切り、冷たい視線を向けて来る。僕は頭を下げ続けるしかない。

 

 『いけば?大事な大事なバイトがあるんでしょう?今日は萎えたから、これ以上アンタの顔見たくないしね』

 

 『本当にごめん。この埋め合わせは、必ずするから』

 

 踵を返し、桐野は歩いていく。ついさっきまで、飲み物を呑んでいたのに急にソフトクリームが食べたくなった。変に糖分とって脂肪がついたらどうしようなんてなんてことない会話を楽しんでいた筈なのに。

 

 『本当に、退屈よね。貴方』

 

 ボソリと呟くような、しかしこちらにも聞こえるように呟いた言葉に胸が抉られるような思いだった。確かに、そういう自覚はある。僕自身魅力はなにかあるかと言われれば自分でも答えられる気がしないからだ。

 

 バイト先にすぐに向かった方が良いのだが、傍のベンチについ腰をかけてしまった。少しだけ、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

 

 退屈。自分の人間味が足りないか、交友関係が薄いせいか。友人と呼べる人達は少なくないが、テスト前ノートの無心の為に友達でいる関係といえるかもしれない。遊びにも誘われることもあるが、基本的にこちらから断っている為仲がそれ以上深まらないのが原因なのだが。

 

 スニーカーが濡れて、つま先に冷たさを感じる。ずっと使っていたスニーカーは破けるまで使うつもりだし、定期的に洗っているのだがもう所々にボロが出ているようだった。放心している間に手に持っていた杯からジンジャーエールが零れたようで、表面が染みていた。

 

 服だってずっと買い替えていない。整髪剤も試してみたいと考えているが、向かう先はスーパーの特売セールの方に足が進む。自分で金を稼げるようになって、初めて感じたのは母はどれだけ切り詰めて頑張って女手一つで育ててくれたかだ。ゲーム機とゲームを購入してくれた余裕なんて、どこから出て来たのだろうか。

 

 せめて父親が死んでいなければと、何度考えたことであろう。誰が悪い訳ではないが、あの人が存命ならば僕達親子はここまで苦労はしなかった筈だ。

 

 着信音が現実に引き戻す。画面を見ると、富田さんからの連絡だった。

 

 『おつかれい。狩野のクソがまたサボりやがったみたいだな。店長かなり慌てていて、帰ったばかりの俺にまで連絡寄越してきやがった』

 

 『お疲れ様です。富田さんにまで連絡いったんですか?』

 

 そういえば、店長にあれから返信していなかった。最後の頼みとして富田さんにまで救援要請を送っていたのか。

 

 『おうよ。頼られる男は辛いねまったく。お前さん今日用事があったんだろ?まぁ店長どうしても来てください富田様ってもんだからこの俺が向かってやるよ。こっちは気にするな、デートかなんかでもしているんだろう?青春にも少しは励め若者よ』

 

 『いえ、大丈夫です。僕が出ますよ』

 

 『おいおいおい』

 

 おちゃらけた様子で言っているが、富田さんの声は通話越しでも疲れているように感じる。そりゃそうだ、これから寝るところだったのだろうし、疲れが溜まっているに決まっている。

 

 『こっちは気にすんな。お前、最近また更に金が必要だっつって前にもましてシフト増やすように言ってるじゃねえか。そりゃ今、ガチめに人手不足がヤベーがなにもそこまでして学生が出張る必要ねーだろうよ』

 

 『学生は学生でも、同じアルバイトですよ富田さん。今日は夕方からのシフトですから丁度いいですし、都合が良いですよ。用事も、今無くなっちゃいましたし』

 

 『あー……』

 

 察した様子で、富田さんがため息をついた。因みにこの人、今まで四人と付き合ったようだが長続きしたことは一度もないらしい。因みに今は、五人めと付き合っているようである。その為、その手の経験値は僕よりは高い。一言で全部分かってしまったようだ。

 

 『気にしないでください。即金がほしいのは確かなので』

 

 『……まあ、そうなっちまったらなぁ。バイト行かなくちゃ、なんの為にデートのドタキャンしたのか分からんな。まあしょうがねえ、今日は任せることにする。だが霧生院よ、あんま自分の身を削るのは、感心しねーな。学生時代、今だからこそ楽しめることも沢山あるんだからバイトとベンキョーばっかやるのはアレだぜ?ダメだぜ?マジでさ、俺なんてずっと高校生活続けば良いなんて思ってたしよ。今しかできない馬鹿なことやくだらねぇことも沢山あるし、それを楽しめるのも若造のうちなんだからよ』

 

 『すいません』

 

 『いやすいませんってお前…しゃーねえ。今度飯行こう飯。焼き鳥食おうぜ焼き鳥。お兄さんが奢ってやる。慰め会だ、あんな美人にふられちゃ空元気も虚しいだろうよ』

 

 ちょっと違う。まだフラれてはいない。時間の問題かもしれないが。

 

 『ぐでんぐでんになった、貴方の介抱は勘弁ですよ』

 

 後で説明することにしよう。今は、焦る店長に返信をして出れることを伝えないと。

 

 『でも、ありがとうございます富田さん。取り合えず、これからバイトに向かいますのでこれで』

 

 『おう、またな。マジで無理すんなよ。偶には自分に甘くなれ若者よ』

 

 通話を切り、店長にメッセージをうちバイトに入ることを伝える。何時までもこうしてはいられない。紙の杯を握り潰し、購入した売店に立ち寄ってゴミ箱に放り投げてから公園の出口に向けて歩みを進める。

 

 富田さんはずっと学生時代を続けていたかったようだが、僕はそうは思えない。高校を出て、大学を出て、良いところに就職して金銭的な余裕が出て初めて人生でひと段落できる。社会人になったら、それはそれで苦労が待ち受けているだろうが少なくとも金銭的な苦労から抜け出せると信じていた。

 

 心に少しでも余裕が持てれば、退屈なんて言われなくてもすむだろうか。良い服と新しい靴を買って。少し高い店も予約して入って。誕生日や記念日には良い品物も送ってあげれるようになればもう退屈な人間なんて言われないだろう。

 

 母にだって楽させてやれる。家電だって新しいものに入れ替えたり、今まで苦労をかけたことに感謝をする為にも温泉旅行にでも連れていってあげたい。親孝行には温泉旅行という安直な考えかもしれないが、きっと大きくはズレていない筈だ。

 

 店長からの返信。感謝と謝罪の言葉、だが今すぐにでも来てほしいとも添えてある。気分は重かったが、頭を仕事モードに切り替える。とにかく今は、今できることに全力で取り組むしかないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 桐野との付き合いは、奇跡的に続いていた。ギクシャクした関係になりかけ。一時期、彼女と別れたと勘違いした後輩が告白してきたこともあり、断りを入れたのだがそれを察知した桐野は何事もなかったかのように僕と付き合いを続けていた。

 

 ただあの日のことが、どこか心の中で棘になっていた一面もある。時折そのことを思い出しながらも、向こうからの言及も無ければこちらからも古傷を掘り起こす必要もない為付き合いを続けていた。

 

 冬休みに囁かなクリスマスと年越しを終え、三年に進学する。夏の大会を終えた三年生は、受験に向けて本格的に動き出し始めた。桐野も例外には漏れず、ダンス部の活動に名残惜しそうになりながらも、共に勉強をして分からない所を教え合っていた。まあ、教えているのはほぼほぼ僕だが。

 

 喫茶店の隅の席を陣取り、ノートと参考書に向かう。苦手な理数系を、少しでも補強しておきたい。国語と古典、歴史に地理に関しては問題はないのだがこちらは気合をいれなければならない。

 

 『はー、もうウンザリだなー』

 

 シャーペンが転がる。本当にウンザリした顔で桐野は大きく伸びをし、店員の呼び出しボタンを押した。

 

 本当は金がかかる喫茶店よりも、高校か国立図書館の方が個人的には勉強が捗って良いのだが喫茶店は彼女の希望だ。まあ、確かにここでは勉強を教える為に声をだすことに遠慮はないのだが。

 

 だがしかし、ここで金が…なんて言うのはいくらなんでも恰好がつかない。流石に頼むはコーヒー一杯だけという店側からしたら嫌な客であるが、桐野はその分注文を重ねていた。

 

 『こんなに今から勉強勉強で頭がパンクしちゃうって。部活引退してから親もうるさいしさー、いっそどっかに金積んでコネ入学でもさせてくれないかなー』

 

 『それが出来たらどんだけ楽なんだよ。財閥のお嬢様かなんかか?』

 

 『あ、すいませーん。このピスタチオのエクレアと蜂蜜アイスコーヒーお願いしまーす。レントは?』

 

 『水のお代わりで』

 

 桐野はなにか言いそうにしたが、なにも言わなかった。オーダーを受けた店員が厨房の方に向かっていく。

 

 『ピスタチオってなんだ?』

 

 『緑色の豆みたいなものだよ。今流行ってるんだよ?』

 

 『タピオカじゃないの?今流行ってるのは?』

 

 『オジサンかよ。タピオカなんてとっくに旬はすぎてますー』

 

 ノートと参考書を押しのけて、運ばれてきたデザートを食べ始める…のではなく写真を撮り動画の撮影まで始める。

 

 『あ、匂わせみたいな感じに写ると炎上すると面倒だから画面に入らないようにのけて。勉強道具もさ、邪魔だから少し寄せてよ』

 

 『ここにはなにをしにきたのかな』

 

 『うっさいっての。ほら退いた退いた』

 

 インスタグラムだかティックトックだか、そこら辺に乗せるのだろう。一応SNSにはアカウントを作った自分のページもあるのだが、進められて登録しただけでその後はほとんど放置となっている。

 

 動画撮影の音声が鳴ったので、しばらく無言でそれを眺める。同時に運ばれてきた水に口をつけ、少し休憩する。コーヒーはとっくに呑み干した。

 

 『終わった?』

 

 『アップの作業がまだすんでない』

 

 『取り合えず、参考書は戻しても良い訳だ』

 

 端に寄せられた勉強道具を広げなおす。店員の視線は冷たいが取り合えずもう少しだけでも粘っておかないとコーヒー代の割に合わない。

 

 最近ようやくバイト先にも使える新人が入り、余裕ができた。免除制度をとる為に、普段から成績には気をつけてきたが詰めの受験をミスする訳にはいかない。ここは、正念場なんだ。

 

 『飽きない?アタシは飽きたなー勉強。ねえ、これからどっか遊びにいかない?偶には息抜きも必要でしょ』

 

 『息なら今抜いているんじゃないか?』

 

 『はぁー相変わらず。これだけ糖分とったんだから動かないとすぐ太るって。でも頭使ったから甘いもの欲しいしー。あ、そういえば久しぶりに服見に行きたい、服。取り合えず荷物持ちとかしてほしいなーって』

 

 そんなことをしている余裕はないのだが、何時かの言葉が頭の中をよぎる。まあ、買い物の付き合いくらいなら良いだろう。シャーペンを置くことを決意する。

 

 『分かった。買い物には付き合うよ、どこにいく?』

 

 『さっすが話が分かるじゃん。ほら、褒美に一口食べさせてあげようか。偶には馬鹿なカップルみたいいなことやってあげようか?』

 

 ほれほれ、柔らかいエクレアのスプーンに乗せて二人の左右を行き来させる。流石に気恥ずかしいが、こういう笑顔を見るのは楽しいものだ。

 

 そう考えた瞬間、着信音が鳴る。スマホを手に取ると、見知らぬ番号からだった。バイト先かと桐野が聞いてみたが、首を左右に振る。なんだか胸騒ぎがしたので、席を立ち通話のボタンを押した。

 

 『もしもし』

 

 『もしもし、霧生院蓮人さんの電話番号で間違いないでしょうか。私北見中央病院の飯野と申します』

 

 病院、という言葉を聞いた瞬間心拍数が跳ね上がった。

 

 『お母様が倒れられ、近所の方が救急通報をしてくれました。詳しい説明をしたいので、すぐにこちらに来ていただいてもよろしいでしょうか』

 

 血の気が引く。手からスマホが滑り落ち、型落ちした通話機の角が、床に当たり砕けた破片が飛んだ。




 カラオケ店で、テレビの液晶とデンモクを叩き割った酔っ払いの話は、店に勤めていた友人から聞いた実話です。お店の人に迷惑をかけるような酔い方は、したくないもんですね…。
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