家族の仇は、娘でした 作:樫鳥
蓮人へ
この手紙を読んでいるということは、私は既に旅だったのだと思います。この手紙を隠した棚の引き戸は、鍵を無くしたとずっと言っていたから。
最近身体の無理が利かなく、疲労も抜けず体調が崩れることが多くなりました。医者にかからずとも、自分のことはなんとなくでも分かるというもの。近いうちに、病気かなにかで良くないことが起こるとほぼ確信しています。その為に、この手紙を残しておきます。
病死、或いは自死という突然の別離に驚いているかもしれませんが、これはずっと前から決めていたことなのです。私は、貴方の重荷となることは絶対に避けなければならないと考えています。例え脳死状態になったとしたら、生命維持等してほしくはないし介護が必要な状態になることは避けたいと考えています。
何故、命を粗末にするような行いをしたか。これは必要な行いで、私の懺悔なのです。
お父さんが亡くなってしまった時、私は蓮人を連れて親戚を、両親と兄を頼りに行ったことを覚えているでしょうか。そして、実の娘と孫を相手にしているとは思えない罵声を浴びせられたことを。食い下がれば下がる程、冷酷で厳しい視線に晒されたことを。
小さな子供であった蓮人が、声もあげずに泣いていたのを覚えています。貴方は聡い子です。泣き声をだせば、お母さんが不利になると判断してのことでしょう。怖かったと思います。庇って、どの道交渉が無理ならば少しでも怒りを見せればとも考えました。でも私は、何一つ言い返すことができませんでした。それには理由があるからです。
お父さんが亡くなった時、貴方はまだほんの幼い、小さな子供。勘づくこともなかったと思います。私は、お父さんと不貞を行い貴方を産んだ過去があるのです。
当時結婚をしていた方はなんの非もありませんでした。誠実な方でした。でも私は、後から出会ったお父さんの刺激に惹かれてしまっていました。本当に好きな人と結ばれるのが、女にとっての最高の幸せだと信じてやまず、その結果どうなるかを考慮することもない浅慮さがあったのです。
当時の旦那と旦那の両親は激怒しましたが、私は親に借金の肩代わりをさせて逃げ出しました。今は反省し、恥ずべき行為をしたと考えています。貴方のお父さんは、稼いだ金を何度か私の両親に届け謝罪をしようとしましたがそれすら拒否されました。それだけ、本当に勘当という形で縁を切りたかったのでしょう。
それでも、蓮人が産まれてくれて幸せでした。お金はあまりない生活でしたが、当時の私は本当に幸せの絶頂でした。ですが、悪いこというものは巡りに巡り、自分に返ってくるものでした。
蓮人、貴方にだけは苦労せずに伸び伸びと生活してほしかった。しかし、私自身の力ではそれを叶えることができなかった。青春を犠牲にさせてしまいました。その上で、この先私が貴方の足を引く訳にはいきません。これが貴方に対する、最大限の懺悔だと浅慮ながら確信しています。
不甲斐ない親で、本当にごめんなさい。蓮人の幸せだけを、心より願っています。
20■■年■■月■■日 霧生院ゆかり
ほんの小さな葬式をあげ、母の遺品整理をしていた際ボロボロの財布から出て来た小さな鍵。
それは、あの震災の日に崩壊した家から持ちだした唯一の家具。小さな鍵付きの小物入れを開けることができる鍵だと思い至った。開けられない小物入れなんて、処分すれば良いと考えていたが父との思い出がある物だから捨てられないと母は言っていた。
少しの抵抗を受けながらも鍵は回り、中のものが出て来る。そこにはあったのは、印鑑と通帳、そして封筒に僕の名前が書かれた手紙があった。
手紙の内容、自殺を考えているという内容。そして、過去におこした過ちの告白。
母が実家と折り合いが悪い理由が、懺悔のように書かれていた。ずっと女手一つで子供を育ててくれた、その面しか知らなかった僕には、母の実家での対応がまるで血も涙もない鬼の所業のように感じていたが理由があったことに愕然とした。
手紙を封筒に戻し、小物入れの上に置く。通帳の方を見て見ると、そこには毎月給料日に少しずつ少しずつ溜めた入金が確認できた。時折引き下ろされてこともあったが、この金額と時期を考えると修学旅行の積み立て金が必要な分と高校に入った時に入学シーズンで必要になる金額分だったことが分かる。
毎月の家計簿は僕も把握していた。母は自分で使う為のお金から引き抜き、この口座に入れていたのだろう。何時かに備え、少しでも僕に残せる蓄えを残す為に。
ため息すら、でなかった。
あの日公園で、目撃者が証言した内容では、僕がアイスクリームを購入する為に並んでいる間母は自ら車椅子を動かし、階段に身を投げたという話だった。もう少し早くアイスを買えていたらとも考えたが、列ができており時間がかかるのを見越して母は行かせたのだろう。
警察や病院で話をして、葬式の用意を整えて、会社に欠勤を連絡した。
警察には目撃者が出て来る前に、介護を嫌気がさした殺人なんじゃないかと疑われたし、予算の関係から格安の葬式を探すのには苦労した。骨壺には母がいるが、それを埋葬する為の墓石もない。会社には入社して間もないのに急に長期の欠勤は今後に響くとネチネチと言われた。
広くなった部屋、古い畳の上を寝転がり天井を見つめる。
母にとっての重荷は、僕だったのではないか。僕が産まれていなければ、もしくはあの震災で死んでいたらここまで苦労と苦難を重ねて自死を選ばせることもなかったのではないか。
そもそもの原因は母の不貞が根底にあるとはいえ、それが無ければ霧生院蓮人という人間は産まれていない。考えれば考える程、ドツボにはまる。
三好梓も、桐野鳴も、母も僕の元から去っていった。梓を幸せにしてやりたかったし、桐野とは関係を続けたかった。母には、これから親孝行をしていくつもりだったのに。
生きる気力が湧かない。父を追いかけ自動車整備工になろうと思っていた考えも、思考の中に沈んでいく。いっそ、僕自身首でもくくれば楽になるだろうかと何度も何度も考えてしまう。
『おい!生きてんのか!?おいレント!』
聞きなれた声が扉の外から響いた。身体の起き上がりは億劫ではあるが、なんとか萎えた両足を引きずりながら鍵を開ける。
『……どうも』
『どうもじゃねえよお前。連絡つかないのはともかく、数日も既読が無いからまさかとは思ったが。飯食ってんのか?風呂は?鏡は見たかよ』
『鏡?』
『ひでェ面してやがる』
頬を触ると、髭の感触がした。慌てて振り向いて、スマホを手に取ると充電切れをおこしている。充電器に差し込み、改めて振り向いた。人の顔を認識していなかったが、日サロで焼いた肌と染めた髪、軽薄そうな風貌の男は富田さんだった。
スマホを再起動すると、富田さんからの心配を告げる連絡と共に仕事先からの不在着信が十件近く、メッセージには至急連絡するように書かれていた。
断りもなしにズカズカと富田さんが踏み込んでくる。脇から携帯を一瞥し、大きくため息をついた。
『無視しろ』
『え?』
『良いから!今は無視だ!あー…ちょっと待ってろ!』
ビニール袋に適当にかけられた衣服を放り込む。タンスの中を漁られパンツまで放り込まれた。それをこちらに投げつけられた後、二千円を財布から取り出し僕の額に叩きつけられた。よくよく見ると二千円は、今時珍しくなってしまった紫式部が描かれる二千円札だった。今も流通してたんだ、これ。
『銭湯行け、飯を食え、それまで戻るな』
『戻るなって』
『さっさと行け!今なら人もいねえから、そのいかにも不衛生ですって面なんとかしてこい!』
腕を掴まれ外に放られ、文字通りケツを蹴られ追い出された。僕の家なのに、なんか追い出された。
『二時間は戻るな!俺がここで見張ってるから、死にかけた面で戻ったらぶち殺す!』
『えぇ』
『とっとと行け!』
額に張りついていた二千円札がハラリと落ちる。スマホも無ければ、財布もない。どうせ充電切れかけのスマホと中身の薄い財布だから良いのだが、警察にでも職質されたら身分証明も無しだ。まあ、別にどうでも良いが。
一歩足を踏み出すと、筋肉が萎えていたのがよく分かる。気力だけで葬儀をやり終えた後、どうやら長い間動かないでいたようだ。体幹時間、それほど経っていたとは思えないが、どうやら日常と時間は容赦なく過ぎていたらしい。
銭湯に来た際、番頭は嫌な顔を浮かべたが特になにも言われずに中に入ることができた。更衣室に備えられている鏡を見ると、成程確かにこれは酷い風貌だ。
目の下にクマをつくり、頬は少しこけている。顎の髭は剃っていなかったため無秩序に伸びており、髪の毛はボサボサだ。我ながらどうしようもない。
脱いだ衣服からも、あまり良い臭いはしなかったため、脱いだものを着替えと共に持たされたビニール袋に詰め込んでいく。これは、後でコインランドリーに寄らなければならないか。
コインランドリー、日常と生活の考えるとようやく頭が働いてきたような気がする。シャワーを浴びてシャンプーを泡立てると、自然とスリープ状態だった身体の機能が働いてきたような気がした。胃袋が空であることに抗議の音をあげている。
身体を洗った後湯船に浸かる。そういえば、最近はずっとコインシャワーばかりに頼りこうして湯船に浸かることは少なかった。時間も足りず金も溜めたい。そんな考えが、こんな些細な贅沢も躊躇させていたのだろう。
だが今は、時間等気にしないで良い。会社に連絡をとろうにもスマホは家だし、早く戻っても富田さんに追い出されるだけだ。そんなことを、現実逃避気味に考えていた。無駄なことで思考を埋めないと、またあの考えが脳内を巡り始める。
浴槽から上がり、鏡の前に立つ。安物の使い捨てカミソリを使い、伸びていた髭を剃っておいた。こんなに髭を伸ばしていたのは、初めてだ。
コインランドリーに寄って脱いだ服を放り込んでおく。最寄りの牛丼屋に入り、空腹に米と肉を詰め込んでおいた。もらった金はまだ充分にあったが、あまり豪勢な食事をとるのは気分でないし申し訳ない。
戻ってくるなと言われた時間まで後一時間ある。どうしようかとあてもなく歩くと、昔梓と放課後に話した公園を見つけた。
近頃は、子供には危険ということで遊具が取り除かれているようで、気づかないうちに随分と寂しいところになってしまっている。あの思い出のブランコにも、使用禁止と描かれた黄色いテープがグルリと取り囲むように張られていた。
それを乗り越えて、ブランコに座り込む。なんでこうなってしまったのだろうかと、今更ながら考えてしまう。
しかしまあ、死のうなんて考えをチラリと考えていたくらいなのに、身綺麗にして食うもの食って、身体は正直なものだ。
しばらくそのまま過ごしていたら、デカいビニール袋をもった富田さんが現れた。中には、俺の家にあった洗濯物の塊だ。それを無言で放り投げられる。汚れた様子もなく、コインランドリーに行った帰りのようだった。
『死にかけた面も、ちょっとはマシになったか?この阿呆が』
『ああ、すいません。今お釣りを』
『余らせたのかよ。景気よく使え景気よく。なにに使えば良いか分からないってのなら、そこの駅前にある宝くじ売り場で全部使ってこい』
そんな、なんて無駄なことを。買いに行ったって、三枚くらいしか買えないのに。
『ダッシュ!』
『はい!?』
というか、こんな怖い顔の富田さんは初めてみた。風貌もあいまり、まるでヤカラのようだ。バラで三枚宝くじを購入し、駆け足で戻る。
『買ってきました!』
購入してきた宝くじを見せると、そのうちの二枚を手に取り自分のポケットにねじ込むと一枚だけこちらに押し付けた。
『お前にはなにか、楽しみがあった方が良い。そいつは持ってろ。金欠の楽しみには、丁度いいだろ。じゃあ、飯ちゃんと食えよ』
こんな当たるかどうかで考えれば、限りなく当たらない籤を持っていても楽しみにはならないと思うが。それでも、何故かこの一枚の紙きれが、質量以上に重たく感じる。
『富田さん。なんで、こんな気にかけてくれるんですか。もう、バイトを辞めた僕の為に』
バイト中、かなり助けてもらっていた。だがそれは、バイトという枠の中での助け合いと言える。だがしかし、彼はどうしてバイトを辞めて就職した僕にこんなに気にかけてくれるのだろうか。
『あの店、店長がぶっ倒れた』
『え?』
あの店というと、僕がかつてバイトしていたカラオケ店だろう。確かにいろんな困難に振り回されている人だったけど、そこまで体調を崩していたなんて思わなかった。
『バイトってのは気楽なもんだよな。入るのが楽なぶん、バックレに不貞腐れに、ちょっとの注意で保護者同伴で抗議。無駄にプライドが高いどっかでリストラにあった中年に、最近はテロ行為まで行うアホまで増えて来たもんだ。ユーチューバーなんてやって、バイト中に撮影始める奴もいた。客も客でクソだらけなのは、お前もよく知ってのことだろう?』
接客業の性、迷惑な客は山のように見てきたが、その働く敷居の低さから問題があり辞めていったバイトも多く見て来た。まともな人材は大切に育てたい。僕と富田さん、店長がずっと考えていたことだろう。
『俺は、僕は、私は、こんなところで本当は働いているのは仮の姿。本当はもっと凄い筈。それはそれでいいが、まともに働けない奴がなにをほざいているんだが。こんな愚痴も零したくなる理由は、俺も就職が決まっちまってよ。あの店に、雇われ店長として入ることになっちまった。まあ、こっちにも色々あって、断り切れなくてなぁ。とりま、なにが言いたいかって言うと』
ポケットから煙草を取り出して、火をつける。そういえば、昔禁煙に成功したことを自慢げに話していたがストレスかなにかで再発したのだろうか。
『まともな奴は、まともに幸せにならなきゃ不公平だろって話だよ。まあ、迷惑だって言うならこれきりにするがな』
『いえ…ありがとうございます。あのままじゃ、大袈裟かもしれませんが、本当にあそこで死んでいたかもしれません』
食べるものを食べたら、多少元気が湧いてきたような気がする。母に対しての整理はついていないが、時間をかけてゆっくりと消化していくしかないのだろう。未だ傷が癒えきれない梓との思いで同じく、時間をかけて治していくしかないのだろうが。
『またバイトに来るか?ん?こき使ってやるぞ』
『今の仕事、正式に首になったら考えておきますよ』
お互いに笑いがおきたが、あることを思い出す。空気を壊すように、思い出してしまう。先輩は、僕の家でどこに部屋の鍵を置いているか知らない。
『先輩、鍵どうしました?』
『あー…あーあ。わりぃ…忘れてた』
取り合えず、ダッシュで僕は帰ることにする。先程宝くじ売り場に駆けた時にも思えたが、すっかりと、とは言わずとも調子を少し取り戻した身体は、脳の命令を上手く受けて動いてくれた。
あの後のことを考える。
一波乱あったのは、会社に連絡を入れた時だった。僕自身気がついていなかったが、無断欠勤の日が出てしまったようで、またネチネチと言われ始めたのでもうそこで会社を辞めることを決意。
富田さんが言うまともとは、だいぶかけ離れた対応をしてしまったが、今すぐに金が必要という事態ではない。なにせ母の為に溜めていた訪問介護やデイサービスにショートステイ、特養ホームの分金が浮いてしまっていたので多少の余裕がでてきてしまった。ついでに、母が残した分の貯蓄もあった。
目覚ましをかけずに寝て、起きて、歯を磨く。すっかりと無職になってしまった軽い足取りで街を散歩して回った。
あの公園に駅、自然公園、通っていた高校。本当は今すぐ新しい就職先を見つける為にハローワークに行くのがベストなのだが、もうそんな最善を選び続けなくても良いだろうと考えれば気が楽であった。
『ここに来るのも久しぶりかもな』
散歩を続けていたら、自然と足はある場所に辿り着いていた。三好梓が最後に暮らしていた住居。仲の悪い叔母と二人暮らしをしていた、あまり気持ち良い場所ではないが何時も彼女を最後に送って行った場所だ。公園から自然と、足を延ばしてしまっていたか。
『おや?家になにか用事ですか?』
見知らぬ男が声をかけてきた。スーパーの買い物袋をぶら下げた、年のいった中年男性が声をかけてきた。眼鏡をかけており温和そうな顔をしていたが、どこかその顔はあの叔母にパーツが似通っている。
『いえ、すいません。……霧生院蓮人と申します。ここで暮らしていた三好梓さんとは、同級生で…友達でした』
『ああ、梓ちゃんの。彼女にも友達が』
あの叔母の親族っぽくはあるが、穏やかそうな顔をしている。そうか、そうかと呟くように頷いてから家の方を見上げた。
『良かったら、あがっていかないかい?友達が線香をあげにきたと知れば、梓ちゃんも喜んでくれるだろう』
『その、良いんでしょうか?ご家族は』
『今は私が一人暮らししているんだ。前は、知っているかもしれないが、姉が住んでいたんだけどね』
あの叔母には、特になにかされたという訳ではないが何回か送り届けていた際出会ったことがあった。会話どころか、挨拶も返してもらった覚えもない。ただキツイ目でよく睨みつけられており、少し苦手だったことも覚えている。葬式の時に挨拶に行ったのだが、そっけなく返答された。
『お邪魔します。えっと…』
『三好牧だよ。さあ、どうぞ』
男性の言葉を受け入れることにし、引き戸を開けて初めて家の中に入った。正面には奥に向けて廊下が続いており、むかって左側には座敷部屋が二つあった。そのうちの一つ、奥側には仏壇が扉についたガラスごしに見えている。
小さな仏壇には、梓の写真が飾られていた。その前に置かれていた紫色の座布団に正座で座り、脇に置いてあった線香に火をつけて仏前に備える。
大した写真がなかったのか、仏壇に置かれた写真は中学生の時に撮った証明写真だった。だがしかし、それでもこうして彼女を顔を見たのは久しぶりだった。中学時代の卒業アルバムすら、辛い思いでとしてロクに見返してはいないのだから。
『ありがとうございました』
『良ければ、お茶を呑んでいかないかい?少し、見せたいものがあるんだ』
隣の部屋に案内される。こちらは客間なのか、立派な茶色いテーブルが置かれていた。壁には掛け軸がかけており、神棚も上の方に置かれていた。
『こんなものしかないけれど』
『いえ、ありがとうございます』
湯呑に入った緑茶と、木の器に茶請けとして揚げせんべいと小さな包み袋に入ったチョコレートが置かれていた。まずは礼儀として、お茶を一口呑む。マナーとしてはどのタイミングで呑むかは分からないが。
『ええと、なにから話せば良いかな。私は梓ちゃんの保護者として引き取った叔母、三好ケイの兄でね。東京に住んでいたんだけど、姉のケイが入院したということでこちらに戻ってきたんだ。仕事もちょうど定年で退職していたし、丁度いいかなと思ってね。梓ちゃんとは、偶にしか出会えなかった。だけどあんな亡くなり方をしたのは、胸が痛むよ』
『そうですか。そうだ、思い出しました。葬式の時に、出会いましたか?』
『彼女の同級生で来たのは、君ともう一人だけだった。あの時の男の子が君かな?大きくなったもんだな』
もう一人。気づかなかったけど、誰か同級生が葬式に訪れていたのか。誰だろう、少し思い浮かばない。
『それで、見せたいものとは?』
『その前に君が昔、ケイに遺書を見せてほしいと頼み込んでいたようだね。なんでだい?興味本位とは、思いたくないけれど』
興味本位な訳がない。あの時は、同じ高校に通うため受験をして合格した。寮もあるところなので、近場ではあるが親元から離れることができる。中学の同級生もだいたい違うところだ。何故あのタイミングで自殺したのか。虐めが原因と言われていたがどうしても腑に落ちないからだ。
『西日本大震災。僕と彼女はその被災者でした。その後も、こちらに越してきてから共に支えあってきたんです。僕にはどうしても、彼女があのタイミングで自殺をしたとは信じられませんでした。もしかしたら、僕にもなにが落ち度があったかもしれない。そう考えると、それを確かめずにはいられなかったんです。ですが、家族間のプライベートに土足で踏み込むような行為であったことは、否定できません。あの時は申し訳ありませんでした』
『顔をあげてほしい。君の言葉は本心だと思うよ。実は、あの時の男の子、もし君が訪ねて来たら見せようと思っていたんだ』
白い封筒がテーブルに置かれた。例の遺書が目の前に出されたことで、心拍数が跳ね上がった気分だ。
『妹のケイは、あれでも悩んでいたんだよ。血縁ということで引き取ったのは良いけれど、梓ちゃんも心を開きにくい子だったしね。妹を擁護する訳じゃないが震災で両親を亡くした子だ、気遣いも多く必要だったんだと思う。それで、接し方が分からなかったのかもしれない。この遺書も、当時のままで残していた彼女の部屋に保管してあったよ。定期的に、掃除もされていた。君達にとってあまり良い人ではなかったかもしれないが、まずは昔君無碍にあしらったことを許してあげてくれないか』
『そんな、昔のことです。遺書、見ても良いでしょうか』
『その為に持ってきたんだ。どうぞ』
封筒を開き、遺書に目を通す。奇妙なことに、何故か最初に覚えたのは既視感。母の遺書を読んだばかりだろうかと考えていたが、違和感がぬぐえない。だが、それに気が付いてしまったとき、指が思わず震えていた。
『どうして』
確たる証拠とは言えないかもしれないが、確信をした。遺書がハラリと、テーブルに落ちた。