家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

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 人類にとって、長らく災厄の存在として知れていたのは海竜リヴァイアサンであった。気ままに存在し、幾つかの国家を破滅と栄光に導いた悪竜ジークリンデもかつての国々では恐れられていたものだ。天空竜、オシリスは人々の前に姿を現さないものの時折古い神話や伝承の歌に残ることもある。

 

 だが、火竜ランドルフの存在を記す物はなく、そして語る人間はいない。

 

 それは彼が人類史の中で姿を現したのはただの一度であり、その一度の顕現はあまりにも苛烈かつ残酷なものであったからであった。

 

 何故火竜がそのような行いをし、振る舞いをしたのか。災厄を目の当たりにして奇跡的に生き延びた人間は恐れおののいた。

 

 「語ってはならない。記憶してはならない。記録してはならない。呼び出してはならない。描いていはならない。語り掛けてはいけない。まあざっとこんなもんか。本当にヤバい奴ってのは、思い出したくもない存在って奴だ」

 

 「「そんなことより仕事しろ」」

 

 「そんなことより仕事してください」

 

 「なんだよ、手順教えたんだからちょっと楽させてくれよ」

 

 暗闇の中で作業をする三人の人影から抗議の声が来る。仕立ての良い服の上から何時もの小汚い上着を羽織ったガスパルは、いかにも悪役が浮かべるようなしたり顔から一転して不満な表情を浮かべた。

 

 「お前等なぁ。俺こう見えて悪魔で、お前さんらの希望を叶えてやった恩人でもあるんだぞ。働かせようとすんな」

 

 「時間がないって言ったのはどこのどいつですか」

 

 線の細い男の人影が正論で返す。ガスパルには、暗闇というものは闇夜で猫のように見渡されるものだ。呆れ顔の線の細い男、黙々と働きつつもこちらの話を聞いているそぶりもない厳つい戦士のような男、そして休憩が欲しそうな視線を向けて来る女。

 

 「話よりも鎖をください。足りません」

 

 「巧遅は拙速に如かず。鎖製造機に徹しろ。もう始まっているか始まりそうなんだろ?」

 

 「重いー!疲れたー!温泉入りたい~!休憩したい~!」

 

 ガスパルはちょっと悲しい気分になった。テン、俺を師と呼んでくれた唯一の弟子はどんな話であれ、興味あるなしを問わず多少は付き合ってくれたものだ。お父様談義には辟易するところではあるが、彼女は大層聞き上手でもあったのだ。いなくなってそれが分かり、リアクションの低い面々からの反応は大層心が傷つくものだ。

 

 袖から太い鎖を手品のように召喚する。種も仕掛けも無いので、厳密には手品とは言えないが大掛かりな仕込みだけあって一人でやるよりは効率よく仕掛けが進んでいた。

 

 「本当にこれで、エンパスを倒すことに繋がるんだろうな」

 

 大柄な人影から疑問の声が出た。

 

 「お前のお陰で、こうして初めて一つの人格に一つの身体というものを持つことが出来たのは感謝している。それに、『私』をロクでもない加護から解き放った恩義もある。だが、これが本当に最終目標に繋がるとはあまり思えない」

 

 『私』と呼称された個体の顔が曇る。連合王国から派遣された密偵。そのうち、エンパス教と外来人と呼称されているレント=キリュウインの調査を担当していた『私』は一番危険な状態であった。

 

 エンパスはレントに神の御業たる奇跡を与えた。レントがそれを振るい、加護の力を植え付けた兵隊を揃えるのを好き放題に任せた。この時代、祈りと信仰で飯を食う神様連中には生き辛く、少しでも力を温存しておきたかったのだろう。

 

 だからこそ、人の欲望に漬け込んだ。レントが加護と洗脳の力を振りまき、それを自らの力や意思と自任し思考や魂にまで浸透してしまえば、後はエンパスがちょっと奇跡をおこすだけで自死をも厭わない忠実な特殊な力を持つ神の傀儡の出来上がりだ。

 

 欲望を廃し神への祈りと秩序を第一とするエンパスが、欲望まみれのレントを利用することに皮肉な笑いが浮き上がるが、それだけにあちらさんも後がないのであろう。

 

 やることが強引で悪辣だ。じつに天使らしい。信じる者は救われるのだ、主には足元が。

 

 因みに加護を受けながらも、それに振り回されない存在もいた。

 

 カナリア=エル。レントから加護を受けた存在の中でもひときわ存在感を放つ化物。自らの意思で神に心酔しているようだが、それ故に下手な洗脳等受け付けずその魂が変質することがなかった。恐らく、エンパスが運用する手駒の中では使い捨てにはできない切り札的な存在となるだろう。

 

 ウェンディ=アルザス。現代に生き延びた魔女や魔法使いの残党を率いる長。連中は、自身が死ぬことよりも洗脳や汚染といった魂の浸食に対して恐怖を抱き対策をしていた。その末裔であるウェンディは加護を敢えて受けながらも適切に浄化をし利用していたある種の変異体だ。もっとも皮肉なことに、結末はランザに侵入されて魂を貪られたことで取り込まれて染まってしまったようであるが。

 

 クーラ=ネレイス。あれはなんというか、そういうヤバい奴だ。ある意味では信仰が個人から個人に移っただけであろう。ウェンディが変異体ならば、アレは単なる変態だ。レントが加護から解き放ったのも大きいが、魂の浸食等そう易々と引き剥がせるものではない。

 

 こいつらも、助けられる見込みがあった。一つの器に三人分の意思が宿るのみならず、自死する度に肉体が作り替えられ復活する異常な存在。人間の中での突然変異と言えるかもしれないが、そのルーツは遥か昔に遡る。神と悪魔と竜、三つ巴の時代が過ぎた後人類と生存競争をしていた吸血鬼達の産物だ。

 

 モスコーで事件を引き起こしたサグレ。彼女は、遠い先祖を辿っていけば人間と紛争を繰り返していた吸血鬼の一族の末裔であった。滅びかけた吸血鬼を、遥か未来で再誕する為の凄まじき執念の結果が、祖先のことも忘却した現代において顕現をした。

 

 凄まじい力を持つが、その個体数は圧倒的に劣る吸血鬼。その劣勢を覆そうと行われた血の実験における成果物である。一つの器に多数の人格と力を埋め込み、圧倒的な生命力を維持する。その再生能力は単純に考えても不死身に近い吸血鬼の三倍。もっとも、サグレ同様代を重ねるごとに既に吸血鬼としての自覚も再生以外の能力もとうに消え果てていたようであるが。

 

 まあ、そんな背景があったからこそ、『僕』と『俺』と『私』という三つの人格のうち『私』だけが加護に汚染されていた状態であった。三分の一しか侵食されていないなら、どうにでもできる。レントから受けた洗脳も三分の一以下にしか効いていないのも大きい。

 

 「まあそこは安心しなさいな。上手くいけば帝国だって衰退するだろうし、次の天下は連合王国。お前さんらの上司もホクホク顔。ついでに俺の計画も進んで嬉しい。損をするのはエンパスだけ、おーけーぃ?」

 

 「僕としては、神の計画も悪魔の計画もどちらもそう大差ない程胡散臭く聞こえますがね。協力しているのは、あくまで『私』を助けてくれた恩義があるからです」

 

 「まあ、胡散臭いのは否定しねぇが、多分悪いようにはしない。特にお前等にとってはね。人類が進化を迎える為には必要なことだ。お前達の段階に、みんなを引き上げる為のな」

 

 「私はガランさんに賛成です!あんなことしでかすところか、私を使い捨ての駒にしようとするエンパスなんてぶっ飛ばしてやりゃ良いんですよ!そのためならガスパルさんに手を貸しますしその後のことなんて知りません!」

 

 エンパス憤慨する『私』に対して、『僕』と『俺』は消極的同意のようだがまあ魂まで縛って賛同させようなんざ考えちゃいねぇ。結局のところ人間は自由が一番だからな。自由な発想と逞しい精神を維持して発展と進化をしてほしいもんよ。でも、そこが神様連中とは見解の相違なんだよなぁ。アイツ等は人間を資源にしか見ていないから。

 

 「にしても」

 

 「え?」

 

 「いや、なんでもない」

 

 レントに興味を向くように洗脳された連中はそのままエンパスの術中に堕ちた。だがしかし、例えば洗脳とは無関係に本気でレントが好きな奴がいたらどうだ?加護という枷はつくが、傀儡にはならなりですむかもしれない。ランザに心酔し加護を捨てたクーラには、エンパスの奇跡は通用しないだろうしな。あの小僧にどれだけそんな存在がいるかは分からないが、いたらいたで面白いことになりそうだ。

 

 「終わった」

 

 「終わったぞ」

 

 「終わりました」

 

 「ほいお疲れさん。じゃあ後はタイミングをみて…」

 

 地下で地響きがおこる。これは、大地そのものが振動しているとみても良い。エンパス、手駒を霊山のランドルフにおくったか。悪いが、ランザを欠いた解放軍やコボルト連中では私兵と化したチート共は止められない。

 

 「後アブソリエル公国の職人達には感謝だな。こいつのお陰で、人類史を次の段階に引きずり上げることができる。恐らく、ビッグ5に続く六度目の大絶滅に繋がる可能性もほんの数パーセント程度はあるが……是非もなし。さて、エンパスさんよ。短い間柄ですはありますが、仲良くしていきますか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 語ってはならない。記憶してはならない。記録してはならない。呼び出してはならない。描いていはならない。語り掛けてはいけない。

 

 火竜ランドルフの存在は、人間という生物だけではなく全ての知恵、理性、本能を持つ生命体にとっては禁忌の存在だった。

 

 それは災厄の余波で焼け死んだ人間。住処を滅ぼされ流浪のまま仲間達が餓死していくのを看取り続けた古い伝承のハティを始めとした知恵や本能を持つ動物達。身動きすらできず眼前に迫る死の濁流で崩れていった動植物達。

 

 一つの都市を皆殺しの為に瞬時に壊滅させる方法を選んだが、その余波人間界のみならず自然界のあらゆる生物達を長きに渡り苦しめ、追い詰めた。そしてなお、活性化した地脈は更なる変化を大陸に及ぼそうと激しい鼓動を繰り返していた。

 

 ランドルフは、自身の行いを酷く後悔した。力を持つ者が、一度でも考えを持たずにそれを振るった結果がこのざまだ。当時のジークリンデが残した嘲笑が、何時までも記憶の中に残りその景色と同時につい昨日のことのように思い出すことができた。

 

 「今一度、この決別した力を振るう時が来たのか」

 

 地脈が激しく唸る。自らが引き起こした大災害、それに続く天災を抑える為に使い続けた力を半分以上戻した為荒れた大地が隆起しようと目を覚ましかけていた。短期決戦で、ことをすます必要がある。

 

 「ガラン、コボルトの皆さん。貴方方の死は無駄にはしません」

 

 神殿の入口に、神の傀儡達が現れた。各々の得物を手に、加護の能力を顕現させながらこちらに走り寄ってくる。だが、大きくうねる大地の脈動がその進軍を阻んだ。

 

 遥か下の溶岩だまりが巨大な大蛇のように吹き上がる。どのような太古の柱よりも太い円柱のような溶岩は、押し寄せる者達をあっという間に呑み込んだ。骨まで瞬時に溶かす火力の大蛇は、終点地点であるランドルフに着弾する。

 

 幼い子供のような身体に巻きつけられた布が、焼け落ちる。細い足が丸太のように太くなり、幼く薄い胸板が筋肉で膨張し鱗と甲殻の鎧に包まれていく。細長い黒の瞳と眼球が紅玉のように光り輝き、口は避け名刀の牙が赤色の火に包まれた歯茎の中生えそろえていた。

 

 リヴァイアサンはランドルフの甘い精神性故に否定するだろう。ジークリンデは認めるのが嫌で顔を背けるだろう。だが、三割を残して力を取り戻した時点で、それを見た者は本能で察することができる。

 

 火竜ランドルフは、最強であると。

 

 溶岩が溢れる。神殿を包み込む程容量を増し、かつてコボルト達が通った入口に流れ込んでいった。

 

 霊山が火を噴き上げる。不動の大地が揺れ動き、それは帝国の首都どころか遥か遠くに離れたリスム自治州、経済特別区や連合王国首都まで揺れるものであった。帝都からでも見えた火山の噴火。そして、溢れ出る炎と共に一体の竜が顕現する。

 

 【この霊山に踏み込み、数多の血でよくも大地を汚してくれた。生かしては返さぬ】

 

 紅玉の瞳が睨みつけるのは、ハボックと霊山の入口にいつの間にか展開していたエンパス教の教団兵達。圧倒的な絶望の前に兵士達は無謀とも言える突撃をくり出す。彼等の手には、聖剣と聖槍が握られている。神の僕は人類の進歩した武器である、大砲や銃器に魔具を扱うことはできない。

 

 さながら神話の再現とも言えたが、それが文字通りの再現であるならば結果は火を見るよりも明らかである。

 

 火竜、ランドルフの喉元が膨れ、口腔内に灼熱が灯る。溶岩のような液体と油で広げたかのような火炎が雪原に凄まじい広範囲に広がった。人が焦げる臭いどころではない、人体が消滅する臭いが戦場に広がっていく。

 

 一歩進むだけで。足元から火と熱風が巻き起こる。風は肌と眼球を焼き尽くし。即死とはいかぬまでも死よりも辛い苦しみを相手に与えた。喉が焼け、悲鳴にならない悲鳴が巻き起こる。

 

 尻尾は火炎を纏う鞭となる。過剰な火力は、あらゆる火器と比較するのもおこがましい。とても、人が手に負えるような相手ではない。

 

 それだけではない。大地がひび割れてそこから炎柱が噴きあがる。枷から外れた自然が、その自由を喜ぶように雪を溶かし、瞬時にハボックと霊山の地を灼熱地獄へと変えていった。火孔から噴き出た噴煙。巨大な岩が降り注ぎハボックの砦に直撃して瞬時に瓦礫の山と化し炎の渦が巻きあがる。

 

 本来吹雪を運ぶ冷たい北風が、炎を巻き上げた竜巻となりその余波が広がり北部の地域はまるで灼熱地獄の様相を呈した。

 

 火竜の息吹と大地の歓喜により、展開されていた教団兵達は瞬時に壊滅する。だが誰一人、それに表情を変えるものはいない。この者どもも、既に汚染されている。信仰が魂を侵食し、それがエンパスによる傀儡化を後押ししていた。

 

 「流石は火竜、ランドルフ殿」

 

 超災厄の中でもよく響く声。真鍮色の大鎧に大盾、突撃槍を持つ武人が半透明な膜に覆われた状態で火炎地獄の中、立っていた。

 

 「私はカナリア=エル。エンパス様の大望を叶える為にこの槍を振るう者だ。敵とはいえ、偉大なる先人に敬意を抱きこうして挨拶をさせていただく。伝説を見ることができ、光栄だ」

 

 【多少なりとも耐えうるならば、何故逃げない。貴様は他と違い理性がまだ働いているようであるが】

 

 「なに、私はこう見えて信徒の端くれ。信仰の敵に対して向ける背中は持ち合わせてはないないというだけだ。例え、この防御壁をもってしても貴殿の一撃ならば容易く葬られるだろう。このオルレアン鋼が無事とて、火と衝撃は中身である人体を焼き尽くし破壊する。そうであってもな」

 

 【憐れなことだ。ならばせめて、一撃の元葬ろう。貴様の神たるエンパスも同様だ、この姿になったからには、奴もすぐにでも噛み砕き冥界送りにしてくれる】

 

 「では一戦交えようか。だがその前に提案があってだな」

 

 カナリアと名乗った騎士は、羽織るマントを広げる。そこには、ハボックにいた皆殺しにされた筈の小さな半獣が熱さと酸欠で悶え苦しんでいた。同様の状態がカナリアにも襲いかかっている筈だが、恐るべき身体能力と執念か神の加護か、同じように苦しむ様子はない。

 

 「ハボックで非戦闘員の子供を保護したのだ。この修羅場から逃がしてやりたいのだが、こうも炎と溶岩に巻かれては動けぬだろう?このまま戦えば、この子供も巻き添えとなるが」

 

 【貴様……】

 

 神の僕であるエンパスの傀儡達は、自身の命が尽きようともその敵対者を区別なく殲滅する。遥か昔、神の影響下にある人間が悪魔と関係を持った人間達に代理戦争を仕掛けた際も同様のことがおこっていた。

 

 だがこの女、理性が残っている。人質をとり、交渉を仕掛けてくる知性がある。そしてそれは、二度と悪戯に力を振るい関係の無いものを…ましてやコボルトと共闘し霊山を守護してくれた半獣を殺してしまうことなどできない私には効果が高いとみて。

 

 エンパスの、入れ知恵か。

 

 力を抑えざるえない。これが悪辣な罠だと分かっていても、それでも最後の一線だけは踏み越えることができない。海竜リヴァイアサンが、その精神性を脆いと評したが反論ができなかった。このまま、子供の命等気にせずにこの爪で奴を斬り裂くことが全ての生命体の為になると分かっていてもだ。

 

 傀儡共に容赦をする程甘くはない。だが、巻き込まれた者達の怨嗟と嘆きの声をよく知っていた。そして、二度と聞きたくない命の悲鳴だった。

 

 【私が言うのはお門違いであることは承知だ。だがしかし、貴様に誇りはないのか。それとも、従属し隷属し、なにも考えないのはそのように気持ちよのよいものか。騎士、いや人としての誇りはないのか】

 

 「お言葉であるがランドルフ殿。人間に誇り等という高尚な考えがないのは貴殿が一番良く知っているのではないのか?退廃し、血と苦痛を快楽としたボンペイを、その為に滅ぼしたのだろう?安心するが良い、人とは、そのように高尚なものではない。だから導きが必要なのだ、愚かな大衆が二度と繁栄による滅亡という道を歩まぬ為にな。さあ、問答は終わりだ。いかがされるか?ランドルフ殿」

 

 【……】

 

 憎たらしい。ここまで他者にその感情を抱いたのはあの退廃都市を殲滅した時以来だ。その後、この宿命を背負ってしまったことで抑えるべき感情であると理解していたが、この女に対して久しぶりにその感情が沸き上がる。

 

 火竜ランドルフの体躯が縮まり始める。赤いエネルギーが大地の亀裂に流れ始め、荒れ狂う溶岩と炎が収まりをみせていく。あの半獣の少年が逃げる為には、この力で再度大地を鎮めなければならない。

 

 「リヴァイアサンの言葉の通りですね。それ以上、貴方は汚れたくないのですか?」

 

 【エンパスゥウウ!】

 

 太陽光が柱となり、そこから翼を生やした少女が出現した。両手を広げており、手のひらには溶岩の波間から、霊山の方面から、光が吸収されていく。

 

 「ああ、貴方方の信仰、神にその身を捧げた献身はその魂の欠片も残さず受け取ります。さあ共に参りましょう。真なる世界への道のりを歩むのです。愛しき信徒達よ。今こそが、貴方達の収穫の時なのです」

 

 溶岩と炎に巻かれ戦死した教団の騎士達。コボルト達が命がけで食い止めた傀儡となった者達の力が、魂が贄として捧げられていく。エンパスの表情が恍惚としたものに染まった。頬に赤みが増し、表情が快楽に歪む。

 

 【貴様ァアアアアアァァアア!】

 

 力はこうしている間にも流れていくが、完全に終了するまでまだ多少の時間はある。羽ばたきと共に、牙をエンパスに向け炎と灼熱の体液の噴流を向ける。

 

 【よくもここまで他者を踏みにじることができるものだな!もはやこの大地は、我等が好きにして良いものではないと何故分からぬ!新しき者達に託し、この世界の生命はずっと循環してきた!我等が歪めて良いものではない!】

 

 「今の生命体が飛び切り愚かなのです。だけどそれは罪ではありません。全てのヒツジは導きを受ける資格がある。私では導き手には不満かもしれませんが、偉大なる主神の皆様ならばこの世界を良き方向に導くでしょう」

 

 火竜の牙と炎が、エンパスが張る光の球体に阻まれる。それを気にせず、火竜は球体を口に加えたまま霊山に突撃、衝撃と共に山が崩れ、火山岩でできた地面が砕け火孔まで貫通。炎の圧力で溶岩だまりに球体を叩きつけた。

 

 「紛争、疫病、人妖、差別。なんと愚かで滑稽で、自ら破滅という崖下に歩く盲目のヒツジ達。悪魔が介入せずともこの体たらくですが、だからこそそれ故に愛おしい。全ての人間達には理不尽に死ぬのではない、正しい教えと導きの中で生きる権利があるのではないですか?」

 

 光の幕は溶岩を弾く。周囲に魔法陣でさえない光の円形が現れ、光閃が放たれる。羽ばたきによりそれを回避するが、光の筒は恐るべき貫通力で全ての者を貫き空へと伸びていった。

 

 【例え破滅に進むとしても、それは奴等選び取った選択であり権利だ!いかに見下してしまおうが、他者を踏みつけにした選択が正解である筈がない!傲慢な選択肢を誰が受け入れ、納得しようものか!】

 

 「それは経験則に基づいた意見ですか?忠告ありがたく受け取っておきます。これでよろしいですか?我々は上手くやります。この世界に平和と安寧をもたらす為に」

 

 【どこまで救えぬ奴め!】

 

 瞬間的に、流していた力を止めて逆流させ吸収する。大地の変化はもう食い止めている筈だ。あの女騎士が口にだした言葉を反故にする下郎でなければ、あの半獣の少年も解放されている筈である。そう信じるしかない。

 

 火山が火を噴く。その圧力に、エンパスが、そして火竜ランドルフが火孔から飛び出した。再度力の吸収を始め、火竜の萎む体躯にエネルギーが流れ始める。

 

 【全ての生命体の為に、ここで貴様を食い止める!】

 

 「それが、貴方に出来れば良いのですが。あまりに強大な力故、背後を疎かにしすぎた貴方に」

 

 後方から、爆発音。後アブソリエル公国がある方向から、なにかが飛来してきた。

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