家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

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 「嘘だろ」

 

 山の中腹からでも確認できた巨大すぎる大砲。離れている為に、正確な大きさは分からないがそれでも昔古本屋で立ち読みした漫画かテレビかでみた化物砲を思い起こした。

 

 1940年にナチスドイツがフランスのマジノ線攻略の為に開発した、全長四十二メートルを越える化物砲。分類としてはカノン砲であるが、四本の専用となる鉄道レールが敷かれた上に設置されるそれは列車砲と呼ばれていた。

 

 詳しいことはあまり覚えていないが、運用には千人だか千五百人だかの人員が必要で更には技術者や防衛の為の人員を全部合わせれば四千人もの人間が更に必要だと言われている。一発撃つのに三十分以上かかるうえに、一日最大十四発しか射撃することができないが凄まじい破壊力と超射程が約束される浪漫兵器だ。

 

 思い出した。参考書を探すついでに、富田さんが面白いって言った漫画を古本屋で読んだ時に出て来ていたんだ。デブで眼鏡の戦争狂な少佐が、そいつは素敵だ、大好きだとか叫んでいたっけか。アハトアハト、確かそんな名前の巨大兵器である。

 

 それと同じとは言わないが、それに近しい大きさと異様な雰囲気を放っていた。それがいっせいに砲撃をしたことで、耳をつんざくような音と衝撃で鼓膜と臓腑が直接殴られるような感覚が響いた。砲撃方向は、確かハボックや霊山がある方面である。

 

 「おい!エンパス教はなにを企んでいる!ハボックでなにをやらかしているんだ!」

 

 「……何故」

 

 ランザが表情をしかめながら聞いてきたが、持ち駒を勝手に動かされた為にこちらとしても寝耳に水だ。カナリアも、別段動いたという報告もない。連合王国がリスムを制圧しようとした際に抑止力として残しておいた大駒であるからだ。ランザがここにいる以上、ハボックを急襲をする意味が分からない。それに移動距離の問題もある筈だ。南方と北方、距離も離れすぎている。なんの情報もなく短時間でここまで来れるものか。瞬間移動や転移のチートの類だって距離の限界はあるはずなのに。

 

 知るか!と叫びだそうとした瞬間、地面が再度大きく揺れた。脳裏によぎるのは西日本大震災の時の記憶であるが、これはあの時を上回る地震だ。

 

 『まさかと思ったけど、本当にただの操り人形だったんだにぇ』

 

 ねっとりとした口調。炎の姿で象られた人物は、ウェンディ=アルザス。洗脳の類が効果が薄く元より姿をあまり現さない存在であった。だけど呼び出しには応じたし、戦闘力と魔法使いという特色はこの世界においては替えが効かないものであった。帝都で死亡したと聞いていたが、その姿を見てある疑問が湧く。

 

 「何故、そんな姿に」

 

 炎で象られた異様な容姿ではない。目の前の相手は、彼女であって彼女ではない。明らかに女性像であるのに、中身が違う。容姿と性格と記憶を引き継いでいるのに、宇宙人の侵略みたいに内部に別のなにかがいるかのようだ。

 

 相変わらずふやけたような笑みを浮かべているが、帝都事変の前に会った時と比べると明らかに違う。狂気に近いなにか、そんな世界を垣間見て静かに狂ってしまったかのようだ。

 

 『この姿もそうだけど、まあごめんねぇレント君。僕、この人のテクが忘れられなくなっちゃったの。レント君とは比べ物にならない程に身体と魂を弄ばれて、しまいには…』

 

 炎が歪に揺らめく。ランザが手に持つ散弾銃が放たれ、炎が大きく崩れてぶれた。瞬時に元の姿に象られたが、飛び散った頭が戻っても、年頃の男の子をからかうような相も変わらずのニヤケ面であった。散弾銃を構えたランザが、複雑かつ苦々しい顔でウェンディを見ている。

 

 異常事態の連続で割とあっけにとられていた。だが冷静になって彼女の様子を見れば、その目は照れる相手をからかいながらも興味深い対象として見ているような、それでいてもう離れたくないと考えているような、そんな雰囲気がある。心の中でざわつくものを感じる。

 

 なにがあったか分からないものの、ランザの方も口を閉ざしたままであり否定はしなかった。言い方に誤解や語弊はあるかもしれないがそう遠くないことをウェンディに行った可能性がある。帝都事変の際遠目から観戦はしていたが、巨大な化物と化した人妖の胸元から肉壁に取り込まれたようなウェンディが確認できていた。

 

 『真面目な話に戻すと、僕は悪魔とは別方面でエンパスの動向に興味があったんだよねぇ。魔術の古い文献でも、神とか悪魔とかの記述は良く出て来るし、君に近づいたのもエンパスとやらが何者なのかを見極めるのと加護というのがどういうものかを分析したかったからにゃんだよにぇ』

 

 ウェンディ=アルザスに与えられた加護は確か、他人になりすます能力。直接戦闘向きでない隠密向けの加護ではあるが、元々戦闘技能はあるし副業に丁度いいとえらく喜んでいた記憶がある。その副業の伝手を使ったこともあり、裏稼業との太いパイプを思わせる一面も彼女にはあった。

 

 『結論から言えば、エンパスの加護は遅行性の麻薬だね。それも、精神を犯す類のものさぁ。指示もないのにハーレム軍団がハボックを襲撃したのは不思議かい?それは簡単だよ、例えるならば加護というものは人体、脳内に侵入する寄生虫の子蟲。そしてエンパスはその寄生虫を意のままに操れる親蟲だからさ。君の役割は、効率良く寄生虫を媒介する為の便利な餌ってところかにぇ。もっとも僕くらいになれば、自前で蟲下しを飲んで対応くらいはできるけどさ』

 

 「それは、クーラは大丈夫なのか?」

 

 『おっと冷静になりなよ主人格君。僕と記憶共有しているんだから…あーこれはまだ共有していなかった話か。あまりに多くの情報共有一気にしたら、情報量の多さで頭がパンクするといけないからねぇ。とにかく、クーラちゃんは問題ないよ。あの子は加護が無くなったことと、君への狂信で自力でどうにかした。言ってしまえば寄生虫が適さない環境になったってところかなぁ』

 

 「その話、本当なのか?」

 

 ランザは安堵した表情を浮かべていたが、こちらとしては大問題だ。本拠地はリスムの地下迷宮にあるし、対連合王国やなりふり構わず帝国が占拠しにきた時に備えての部隊であったというのにエンパスの一存で無理に動かされるのは都合が悪い。

 

 なにより、エンパスには現場のことはこちらに一任していると考えていた。その為の戦力をなんの断りもなく横からかっ浚う等、無茶苦茶も良いところだ。

 

 『本当だよ。僕としては、エンパスの企みを叩き潰す為に前々から進めていた帝国の支配を企んでいたんだけどさぁ。いやあ誤算も誤算。今じゃすっかり、主人格であるランザ君の一部にされちゃった。思考も人格も好みも蹂躙されるどころか、今までの人生と積み上げたものが否定されてただの臓器、魔力を産み出す器官の一部にされちゃってるの。実は、今でもランザ君の臓器は僕のものと混ざり合っているんだよ』

 

 炎で象られた顔で、こういう例えも妙な話であるが、エンパスはまるで熱に浮かされたような顔で自身の末路を語っていた。ランザのことを主人格と呼んでいるからには、取り込まれた自分のことは別人格として扱っている。つまり、ウェンディ=アルザスという存在価値を全てこの男に捧げている。

 

 会話の内容は一部初耳とでも言いたげなランザであるが、記憶共有という言葉もあることから否定もできずにいた。ただ、その表情には後悔のようなものが滲んでいるようにも見えるが、ウェンディを受け入れているようだ。

 

 「俺も散々いろんなことをやらかしましたけど。ランザさん、貴方も大概みたいですね。クーラもそういう風に堕としたんですか?」

 

 「それどころじゃないだろうが」

 

 そう言いながらもランザの顔は曇っていた。視線がちょっと自分の腹部に向けられていることから、それ内臓云々の話自体も初耳だった可能性がある。出て来た言葉も、だいぶ苦し紛れだった。だがその言葉には、同意するものがある

 

 「そうだ、それどころじゃない」

 

 イリーナルと、ルノの顔が浮かんだ。もしかしたら、今頃あの二人も厄介なことになっているのではないか。そう考えた刹那、大地が再度大きく揺れ動く。先程よりも揺れが強く、思わず山頂の方へ目を向けると奇妙な光景が広がっていた。

 

 大量の鎖に巻かれた巨大な大砲が、宙に浮かび上がっている。しばらくしてから、砲が魔法陣のようななにかに飲み込まれるようにして消えてしまった。そしてその瞬間、揺れ更に激しくなった。

 

 「気になることが幾つもありますが、今は互いに揉めている場合じゃないかもしれませんね」

 

 「それには同意だが、一つだけ答えていけ。テンは、どうしており、どこにいるんだ。お前等に拉致されたと聞いてる。それを言わない限り、ここから行かす訳にはいかない」

 

 空気が冷え込むのを感じた。本当にこの男は、こちらがなにか情報を吐かないとなにがおこってもここから逃さないという圧力を雰囲気で物語っている。だがしかし、これだけは言わなければならない。

 

 「それを聞くのは、義務ですか?使命ですか?今更父親面をするつもりなのでしょうか?それを教えることに、意味がありますか?」

 

 「なに?」

 

 「元気で、とは言えませんが五体満足でいます。ですがとてもじゃないが、今のあの娘には貴方を合わせる訳には」

 

 全てを言い切る前に、山頂が火を噴いた。黒煙をあげながら溶岩が山頂から噴出し、巨大な黒岩が中層や下層に降り注いでいる。拳程の大きさがある岩も雨のように降り注いでおり、雪で覆われた山肌に赤黒い粘性の溶岩が滲むように流れていた。

 

 互いに互いを睨みあう。この男は殺してやるつもりだったし、向こうも多分似たようなことを考えていたのだろう。目を見れば、なんとなく分かるし先程までは文字通り殺し合いをしていた間柄だ。共感するところも多少はあったが、それだけは変わらない。

 

 だが、ランザは足を半歩下げて山頂に向け走り出す。降り注ぐ岩石を連結した刃で切断しながら、恐らくはクーラや仲間達を助けに行く為に。その背には、当然のようにウェンディが続き炎の身体が崩れ奴の背中に吸収されるように消えていった。

 

 こちらとしても、向こうがそのつもりならば今急いで討ちに行く必要がない。ウェンディが語る加護というものの仕組みが本当だというのならば、気になるのはここに連れて来た二人が今どうなっているかだ。イリーナルとルノ、どちらもこの戦場に連れて来るくらいには実力がある。

 

 近い方のイリーナルを迎えに行ことに決める。加護を与えた相手がどこにいるかは手に取るように分かる筈が、今はまるで消えかけの照明のように気配が希薄に感じた。

 

 だが、消えかけならば、逆に言えば消えてはいないということ。空中を浮遊しながら気配に集中すれば現在何処にいるかくらいは分かる。

 

 普段ならば、ここで反転して後アブソリエル公国を後にしてエンパスの真意を確かめに行くところだろう。だがしかし、このこの震度が7強はありそうな地震がかつての経験を思い起こさせた。自動車修理工場の瓦礫に潰された、父親の姿がフラッシュバックしてしまう。その光景を直接見た訳でもないのに。

 

 そんな姿が、イリーナルやルノと重なってしまう。人死に等見慣れたと思った、自分の手を汚した。なにを今更と思ってしまうが、それでも瓦礫から伸ばす手を想像してしまうと向かわずにはいられなかった。ほんの少し前まで、多少消耗しても代わりはいくらでもいると思っていたくらいなのに。

 

 今まで考えたこともなかった筈なのに、少しギャルっぽい笑顔を向けるイリーナルと、慣れていない地上で平然とした顔をしながら裾を掴んで付いて来るルノを思い出してしまう。眼下で、瓦礫に巻き込まれて倒れているアブソリエルの兵士を見て、二人のそんな様を想像してしまうと何故か涙まで出て来る。

 

 好き放題するつもりだった。もう、他人のこと等考えないで生きていくつもりだった。だが、現実逃避で精神年齢が退化したテンのせいで過去を思い出す機会が増えてからどうにも上手くいかない。切り捨てて良い駒、持ち駒、手駒、性の捌け口。そんな風に考えていた筈だったのに。

 

 【じゃあね、クソ野郎】

 

 あの日、リスムで袂を分かったクーラの顔と言葉が脳裏をよぎる。便利な密偵兼暗殺者くらいにしか思ってもいなかったし、グロー団長と会話していた時にいた腹が立つ男を殺害するのに利用し不利となれば使い潰す。あの時はクーラの名前すら、憶えていないくらいだった。

 

 奴隷市場解放だって、外面を良くする為の行為とそれに合わせて加護を与えるような容姿と能力を持つ存在を新しく見つける為の行いだ。断じて正義感に目覚めた訳でも、現代的な倫理観の元に義憤にかられた訳でもない。

 

 利用するだけ利用して、それが奪われたり寝取られたりすることで憤りを覚える等身勝手も良いところだ。クソ野郎、端的かつ的確な評価をあの日クーラは下していった。

 

 誰もがその人の人生があるというのに、異世界という命が現代よりも軽く扱われる世界観に来てしまったせいだろうか。そんな当たり前のことを忘れて、いや見て見ぬふりをしていた。

 

 「うおっ!」

 

 妙なことを考えていたせいで、降り注ぐ岩の中小さな破片が右眉から上の額に当たる。意識の外から飛んできた衝撃のせいで防御の力を使う間もなく、額から血が溢れてきていた。少し意識していれば、どんな奇襲でも対応できるように全方向の気配を探る等今の俺には…僕には造作もないことなのに。

 

 でも何故か、痛みはあるものの不思議と嫌な感覚はなかった。額の血は浅くても多くの出血がでる。血が眉を通り過ぎ、瞼に垂れて眼球にかかる。ただの自然現象、災害にて軽度の怪我をしただけ。それなのに、本当に不思議なのだが僕には寡黙な父親からの鉄拳制裁に思えてしまった。

 

 「なんで、父さんの顔が」

 

 父のことを思い出す。後ろ暗い過去があり、母と結婚した経緯も不穏そのもの。だがしかし、それでも過去を清算する為に足を洗い、小さな自動車整備工場で汗水垂らして昼夜問わず働いていた。母方の実家にも何度も詫びを入れにいっていたし、この分ならば元々母と結婚していた男の方にも詫びをしにいっていただろう。

 

 ちゃんと自分の尻を自分で拭くことができる人間だった。だがしかし、今の僕にはそれができていない。そういうことなのだろう?父さん。

 

 「イリーナル!」

 

 城郭で、うつ伏せに倒れているイリーナルを見つける。翼がなにか鋭利なもので切断されているようで、血を流していたが多少の止血でまだなんとかなる範囲だ。奇跡的に、降り注ぐ岩石の類には命中していない。

 

 「イリーナル!しっかりしろ!」

 

 「レント…レント……なんで」

 

 「助けに来たんだ。取り合えず、ここから離れるからな!」

 

 この状態では、彼女は空を飛ぶことはできない。お姫様抱っこのような形で抱えて飛び立つ。イリーナルの顔は腫れあがっており、身体のあちこちには殴られたかのような打撲痕が残っていた。鋼鉄の翼を持つ斬り込み役、機動力も考えれば早々破れる訳もないと考えていた。

 

 「誰にやられた。そして、なにがあったんだ」

 

 「……」

 

 悔しそうに、そして申し訳なさそうに顔を歪ませる。ここまでの表情を浮かべるとは、もしかしたらイリーナルを倒したのはクーラかもしれない。密かにライバル視していたのは、知っていた。

 

 「ごめん、レント…あたし」

 

 声がかすれていた。大声でもだしていたかのように、潰れた喉元からしわがれたかのような声が発せられている。

 

 「いや、良い。もう良いんだ。後アブソリエル公国にこだわる必要もないし、ランザにこだわる必要も薄くなった。ルノも見つけて、この国から脱出する」

 

 「ルノ…そうだ。レント、聞いて。加護、加護だ、あの力…ヤバいよ。アタシも、クーラに対処してもらわなければ……エンパスの命令が頭に直接来たんだ。あの力、なんか変。ルノも、きっと」

 

 「ああ、ついさっき聞いたよ。ランザに取り込まれていたウェンディからな。だが無効化できる方法があるならどうにでもなる。クーラにしたように、僕の方からルノの加護を捨てさせることもできれば」

 

 腫れた瞼から薄く開けた目が、初めて気づいたかのように驚きに揺れた。

 

 「レント、血が」

 

 「こんな傷どうでも良い。いや、むしろ良い目覚めになったよ。君達には本当に最悪なことしかしていない。今からでも、できることは全部やる。イリーナル、こんなことに巻き込んでしまい、本当に申し訳ない」

 

 イリーナルの顔が驚いたかのように硬直し、口をパクパクとしていた。今までの言動から、こんなセリフが出てくるなんて想像していなかったのだろうか。

 

 「ルノ…助けてあげて。あれは、キツい。自由意志なんて、ないかのように。すごく怖いことなの、あれは」

 

 「分かっている」

 

 脳内で集中力をあげる。エンパスがなにかしらの方法で加護ごしに操るのだとしたら、それを妨害することができるかもしれない。今まで奴に対してやったことはなかったが、精神力を増幅し通話のように相手にメッセージを送ることができる。これは僕が使える能力の中でもひたすら疲れる為あまり使わず、そういうのが得意な加護持ちにやらせていたものだ。

 

 抗議の意思を込めてエンパスに感情を送る。今すぐ、加護持ちに強制介入するのをやめろ。そして、なんのつもりでこんなことをしでかしたのかを問いただす。

 

 「え?」

 

 なんの返答すらないまま、視界がまるでずり落ちるように傾いた。いや、視界が傾いた訳ではない、空を飛ぶための推力が消滅、そもそも人間にそんな能力はないと言わんばかり消え失せた。

 

 「嘘だろぉぉおおおおおおおおおおおお!?」

 

 地上が迫るに連れ、思いだすことがあった。クーラから加護を奪った時のように、僕のチート能力も所詮はエンパスから与えられたもの。それは技術等とは違い、身についていない貸与されたものだった。アブソリエル公国の下層上空まで飛んで来いていたもののこれ以上の航続距離は伸びない。

 

 当然パラシュートなんてものは用意していないし、ダメ元で他のチート能力を使おうとしてもうんともすんとも反応がない。

 

 「---!-------!」

 

 イリーナルがなにかを叫んでいるが、言語を翻訳してくれていたチートも消滅しているようでありなにを叫んでいるか分からない。少なくとも英語とかそこら辺の言葉ではない、耳慣れない言葉だった。

 

 とにかく、今はそんなことよりもなんとかイリーナルを助ける方が優先だ。地面の方を見ると、市場の天幕が見えた。とにかく、庇うようにイリーナルを保護して天幕に突っ込む。クッションのような感覚で助かったと考えた瞬間地面を転がり身体中がバラバラになるような激しい痛みが襲う。

 

 「クッソ。生きては…いるのか。はは…はぁ」

 

 よくもまあ、あれで死ななかったし気を飛ばさなかったものだ。敵も味方も、近くに人影はない左腕が折れているような気もするが、アドレナリンのせいか先程の痛みの波が引いた後あまり感じなくなった。

 

 イリーナルを様子を見ると、こちらもなんとか庇えたようだ。だが、呼吸はあるものの意識が飛んでいる。頭部に外傷はなさそうな為、頭を打った訳ではないだろうと思いたい。

 

 「とにかく…逃げるか」

 

 肩を貸しながら歩き始める。身体能力向上のチートも剥奪されているようであるが、それでも多少の成長はあるのか元の世界にいた時よりも身体は動くようだった。だがしかし、急な変化についていけていないのか、疲労感が頭と足元に急激に蓄積していくようだった。

 

 外門が見える。ここは攻撃していない門であったが、巨大な岩が激突したのか崩壊しておりなんとか隙間から通れそうである。身体をねじ込みながら、まずは、なんとかイリーナルを門の外に出すことができた。

 

 「ぐあっ!」

 

 続けて出ようとして、足元がよろけて転がる。立ち上がろとしたが、地面に手を置いた瞬間地面がすぐそこでひび割れたのが見えた。こういうのを見たことがある。あれは、テレビでやっていた海外のスペシャルドラマで、氷山を舞台にしたものだ。雪山で急に地面がひび割れてクレパスができ、遭難者を探しにきた捜索隊が巻き込まれそうになるシーンだった。

 

 「あっ」

 

 急におこった地割れ。動けないイリーナルも僕も奈落に落ちそうになる。せめてもう一度、イリーナルを助けられるか。伸ばした腕で、なんとか彼女を掴んだがその瞬間重力に従い身体がずり落ちる。今度こそ、死ぬだろうなと考えるには充分な深さに見えた。

 

 「エンパス教の重要人物を探してここまで来たが、妙なことになっているようだな」

 

 言葉が分かる。日本語が耳に届いた瞬間、襟首を太い腕で掴まれた。顔をあげると、見覚えのない、そして顔色の悪い胴着姿をした筋肉隆々である初老に近い男が腕を伸ばしていた。

 

 「その身なり、レント=キリュウイン殿と見受ける。我が名は管勧善と申すもの。色々と聞きたいことはあるものだが、今はこの場から離れた方が良さそうだな」

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