家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

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数体斬り伏せて感じた印象としては、見た目が仰々しいわりにどこか良い意味でも悪い意味でも雑な生物だということだ。

 

 真っ白い骨のような刃が伸ばされて来るが、質量と破壊力に勝る連結刃が相手では華奢で脆い人形遊びの延長だ。人形の腕に使われるような球体関節が、脆さに拍車を掛けており刃が打ち合えば火花を散らす間もなく破壊される。

 

 耐久力だけを考えると、成程大したものだと感心するところもある。少なくとも急所を一つ切断するくらいではこいつらは止まらない。心臓、脳、首、どこか一か所破壊するだけでは即座に再生を開始する。この生物を既存の生物に当てはめて良いのかは分からないが生半可な耐久力ではない。

 

 「頭蓋と脊柱、同時破壊でようやく大人しくなるレベルか。面倒な奴等だな」

 

 背筋を破壊され地に伏せ、痙攣しつつも再生をしようとする敵を、スタンピングで頭蓋を踏み潰す。これで五体めを大人しくさせた。

 

 側面から来る刃を頭を反らして避ける。刃と繋がる骨部を掴み無理矢理引き寄せながら連結刃を振るう。膂力の問題ではなく、こいつらは空を飛ぶ為なのか子供のように軽い。鳥のように胸筋が発達している訳でもなく、そもそも背中から翼を生やしている時点で進化の過程から外れた別のなにかだ。生物としては欠陥があり、成熟していない印象がある。

 

 鞭のようにしなった連結刃により胴体が切断され、骨部から手を離して落ちて来た敵の頭を掴む。膝蹴りで頭部に衝撃を与えて脆い頭蓋を砕き脳漿を壊す。最後に指を尖らせ心臓部を貫いて破壊。ここまでやってようやく一体。

 

 「まあ、これで死んでくれるならまだ可愛いほうか」

 

 不死身の再生能力で思い出すのは、やはり吸血鬼と化したサグレだ。銀を叩き込むまで何度か両断したり頭蓋を散弾で吹き飛ばしたりしたがまるで意味がなかった。彼女が本気でこちらを殺しに来たとしたら、今の俺ですら勝てるかどうかを考えると悩むところだ。

 

 連結刃を振るい身体の周囲に渦巻くように刃が連なる。包囲するように伸びて来た刃がまとめて弾かれる音が響いた。

 

 『成程、面白いねぇ』

 

 「頭の中で喋るな。最近お前、やりたい放題すぎないか?」

 

 『できることが広がったのさ。竜の力が与えた影響は内面にも現れるからね。それにこんな生物が出て来たからには、ただ見物しているだけでは勿体ないじゃないか。それよりもこの生物は本当に興味深い、結果論ではあるけれど君の一部になれて良かったよ。知的好奇心が満たされるね』

 

 連結刃から炎が噴き出る。火炎の奔流が巻き起こり、炎の鞭が敵を切断面から燃やし始めた。炎等意に返していないような態度をとっているが、皮と表面の肉が炭化し顔面まで炎に覆われていった個体から倒れた。

 

 『炎は有効っと。主人格君、よろしく頼んで良いかな?』

 

 ウェンディのやりたいことが頭の中で反芻される。夢の中で対話できる程度だったこいつだが、ダイレクトに要求までしてくるとはつくづくこいつ自身が言うように、彼女が既に俺の人格における一側面というのが信用できない。だが、やらんとしていることは有用だ。

 

 散弾銃を地面に向け射撃。魔力が込められた弾丸が石畳みにめり込んだ瞬間、石材が形作られ成人男性程の体躯を誇る狼となり再形成された。帝都事変のさいのことはあまりよく覚えていないが、人妖として暴走していた俺を止めようとしたジークリンデ相手に、これと似たようなことをして戦っていたらしい。

 

 魔具を扱う才能が皆無の俺がこれだけの力を行使できる理由。臓器の一部がウェンディのものと混ざり合っているというのは嘘でもなんでもないのだろう。複雑な気分だ。

 

 『あ、その考えは傷つくねぇ』

 

 「お前くらい楽天的なら俺も楽なんだが」

 

 射撃は二発。形作られた二体の狼は前進していく、新たな敵対者が現れたというのに敵はまだ俺に攻撃を繰り返してきていた。無機物の石像は意識する様子もなく、正面から攻めていくというのに不意打ちのような形で倒されていく。

 

 『生物ではない相手には興味なしと』

 

 刃が砕かれた敵から、空手の腕で近接戦闘に入ってくる。膂力も素早さもあるが、狙うのは手打ちの打撃、いやこれは掴みだ。

 

 『あえて掴まれてみてくれないかい?』

 

 無茶を言うようである。だが時間はないだろうが、未知の敵を分析したいのは気持ちも同じだ。

 

 「成程、分かった」

 

 こいつらの狙いは、相手の姿勢を崩すこと。端的に言えば押し倒そうとしていることだ。だが近接戦闘、体術の類で見るならばこいつらの動きは素人のそれである。悪竜の力を借りなくても、投げ鬼の元で戦闘訓練を受けた俺には大したことはない。

 

 膂力、特に握力はあるようであるが体幹が足りないし軽すぎる。こちらを崩せないうちに、軸足の脛を踵で破壊。散弾銃で頭部を殴りつけ、首が折れたのを確認する。首からゴキゴキと音がして再生しているのが分かった。蹴り飛ばして距離をおき弾丸を散弾銃に詰める。心臓部と頭部を連続射撃で消し飛ばす。

 

 「殺す為じゃない、倒す為の攻撃だった」

 

 『成程、狙いは分かった。さて主人格であるランザ君。君自身意識の外においていたみたいだが意識してみようか。陰茎部が膨らんでいるのが分かるかな?』

 

 「あえて考えないようにしていた」

 

 言われてしまえば意識せざるえない。余計なことはあまり考えないようにしておきたかったが。連想しててガランが言った、二つの性器のことも思い出してしまう。本気でどうでも良い。

 

 『あれあれ?それを言う?生殖目的は繁殖だろなんて、ガランに言っておいて』

 

 ガランが性的に襲われていたからには、まあそういうことなのだろうと口にだした。ここにいてもろくなことがおこらない為、あいつをさっさと行かせる為に言った面もある。

 

 『こいつらは安価な量産できる兵隊なのだろうさぁ。ここにいる死体を見ていて気が付いたけど、一つ疑問に思わないかい?本来ならば妊娠をする存在は女性である。男女の性器がどちらにもついている。なのに何故、こいつらの親である存在は男も混ざっているのだろうねぇ。妙な話だと思わないかい?』

 

 アブソリエルの兵士達の死体。男は背中が、女は下腹部が破裂している。嫌な気分になるものを見た為目を反らす。石造りの狼が飛びついた。地面に落ちた存在に群がり、頭部や腕、臓器を食いちぎるがそれを助ける様子もない。仲間意識は蟲以下に思える。

 

 『そう、蟲なんだよ。こいつらの精神性も、仲間を増やす方法もねぇ。きっとどこからか知見を得てきたのかな?エンパスは。分解して死体を調べてみたいところではあるけれど。まあそれはそれとして、人間さえいればお手軽繁殖できる効率の良い兵隊は、便利な捨て駒にできる。要するにこいつらがなにがやりたいかと言うと』

 

 「足止め」

 

 この場で足を止め戦っている理由はガランを先に行かせ皆を迎えに行かせること。こいつらの足止めをし、退却路を確保すること。

 

 嫌な予感が強くなる。こちらの意思を感じ取ったのか、ウェンディが気を利かせているのか石造りの狼の一体が走り出した。走りながらその背に追いつき、飛び乗る。敵がこちらを行かせまいと来るが連結刃を振るい、もう一体が飛び掛かることで追撃を防いだ。足止めをかってでてくれるようだ。

 

 坂道を昇っていく最中、山頂から炎が吹き上がる赤黒い液体が流れるのが見えた。山の上から津波がおきるものなのか?それにあれは、ランドルフのいた神殿の最下層に溜まっていたものと同じに見える。

 

 「あれと同じものならば超高温の液体が山頂から漏れ出ているってことか?地面の揺れといい、この世の終わりかなにかか」

 

 『エンパスが本格的に活動を開始した時点でそれと似たようなものだろうさ』

 

 後アブソリエル公国はこれで終わりだ。ハボックも主戦力となる部隊がいない間に襲撃された。帝国に抗う北部地帯の戦線は崩壊してしまったがもはやそれどころではないかもしれない。

 

 「見えた!」

 

 アブソリエルの親衛隊達が、敵に襲われながらもなんとかノルンを抱えながら逃走しているのが見えた。周囲を敵が飛んでいたが、クーラが遊撃要因となりガランが声を張り上げているのが見える。無事だったのを安心したその直後だった。

 

 集団のすぐ後ろ、石畳みが盛り上がったのが見えた。まるで下から巨人が拳を叩きつけたかのような盛り上がり方だ。石の隙間からなにかが滲みだしたかと思った瞬間、液体混じりの火柱が吹き上がる。

 

 間欠泉という現象を聞いたことがある。見たことはないが、それと同じようなことがあの煮えたぎる液体でおこっているとなれば、半獣も人間もひとたまりもない。

 

 骨が筋肉の束で覆われ、皮膚が柔毛に覆われる。必要なのは体躯と速さ、最後にこの姿になれることができたのはハボックでおきた大爆発からエルバンネ達を護る為だった。

 

 あれから、身体の一部を変化させることはできるものの、あの時のように完全に人妖となれることはできなかった。俺自身が半端な存在だからかもしれないが、同時になにかトリガーのようなものがあるのではないかと感じていた。

 

 一度目は、クーラを助け出す為に無我夢中で。二度目は、大爆発から仲間を護る為。そして、今三度目にしてはっきりと理解できた。俺がこの姿になる時は、そうしなければ誰かが殺されてしまう時。一度でも仲間だと認識した相手が、この姿でなければ救えないと感じた時。

 

 「ランザ!?」

 

 驚いたようなクーラの声。液体が降り注ぐ前に、ガラン達を護るように身体をねじ込み振ってくる高温から護る。いくら人妖の肉体といっても、皮膚と筋肉、毛が焼ける臭いが立ち込め熱いというよりは激痛が背中を中心に走った。

 

 この姿では上手く話せない。話せたところで獣のうなり声が出るだけだ。もっとも喋れたところで、この激痛の中ではそれこそ呻き声しかでないだろうが。

 

 「旦那!アンタだいじょ……」

 

 ガランの顔が青ざめた。恐らくは、肉が焦げて炭化しているところか、もしくは見えてないけないところまで見えてしまっていたか。この姿では、上手く意思疎通ができない。そんなことは気にするなと言いたいのに。

 

 間欠泉が収まったが、地面のあちこちが同じようにボコボコと隆起するのが見えた。勢いは今噴き出たものよりも弱そうであるが、それでも危険なことには変わりない。早くここから離れる必要がある。

 

 連続して間欠泉が噴出。前足で石畳みを叩き、即席の壁をウェンディがこちらの意を汲んで精製するが焼け石に水だ。

 

 「バ…化物?」

 

 「ランザ=ランテだと…これが?」

 

 親衛隊連中は硬直している。話には聞いていたかもしれないが、実際に人を丸呑みにするのが容易な人妖の姿を見せられては驚きと恐怖の方が勝るのだろう。それとも、異常事態の連続で思考が麻痺してしまっているのか。

 

 間欠泉の隙間から飛び回っていた敵が襲い掛かる。純白の布が焼け、肌と肉を焼きながらであるが考慮の外であるようだ。焼けて裂けた背中から、以前ノックでジークリンデに仕込まれた連結刃を露出させる。三本の刃で迎撃していくが我ながら動きが鈍い。激痛が、精神を上回り始めたか。

 

 「乗れ!早く!」

 

 クーラが叫びながら背中にしがみつく。それに続いて、以前こちらの姿をハボックで見たことがあるガランが続いた。

 

 「徒歩じゃ無理だと判断してランザの旦那が迎えに来てくれたんだ!さっさとしないと全員死ぬぞ!」

 

 その言葉に、唖然としてた親衛隊達もハッとした顔をした。いかに目の前の化物が恐ろしく、信じられなくても現状間違いなくこの地獄のような光景に留まることの方が危険だからだ。

 

 「ノルン様を!」

 

 身体を上手く動かせないのか、ぐったりしたようなノルンを親衛隊が協力しながら担ぎガランに渡した。背中の上で片腕で支えながらもう片腕で毛皮に捕まり固定する。後アブソリエル公国が壊滅する今ノルンの価値がどれだけあるかは分からないがガランにとっては諦めたくない相手であるのは確かのようだ。

 

 「お前等もはや…」

 

 石畳みが割れた。大きな地揺れと共に大地が裂けていく。あちこちで開いていく穴の大きさは、人妖となったこの身であっても呑み込んでしまいそうなものだった。

 

 「うわあああああああああ!」

 

 何人かの親衛隊が穴に落ちていく。覗き込まなくても、噴き出す熱気からしてこの下にはあの液体が流れているのが分かる。

 

 「クーラ!ノルンをちょっと頼む!」

 

 「はぁ!?」

 

 「こっちに腕を伸ばせ!頑張れ!」

 

 ガランが身を乗り出し、今や崖際となった地面に腕をかける親衛隊の一人に手を差し伸べた。だがしかし、悠長に引き上げる時間はあまり残されていない。今俺の四肢を置いている地面も何時割れるか分からない程状況は危なくなっている。

 

 「余所者に頼むのは心苦しいが」

 

 崖際に捕まった親衛隊の一人、生き残りが口惜しそうな表情を浮かべたが、すぐに顔を上げる。

 

 「行け!陛下を頼む!」

 

 「おい諦めるな!さっさと手を!」

 

 「ここは今にも崩れる!陛下さえ助かれば我等の本懐は果たされるのだ!……行けぇえええええ!」

 

 ガランが一瞬躊躇したが、それでも手を伸ばした瞬間最後の親衛隊は自ら腕を離して落ちていった。ガランには悪いが、これ以上ここで待ってはいられない。それと同時に間欠泉があちこちで上がり始めた。

 

 ガランの口惜し気な叫び声を聞きながら走る。あいつに報いてやる方法はこの場を生きて切り抜けること。国家に対して忠誠心等もったことはなかったが、その気持ちを汲んでやらなければいけない。

 

 「こいつら!こんなになってもしつこいの!?」

 

 逃走をするなか、クーラの叫び声が響く。不安定な足場では、命も顧みず攻撃してくる敵の刃を防ぎきれないのだろう。焦げて炭化しているだろう肉に突き刺さるのを感じた。

 

 再度山頂が轟音と共に火を噴く。散弾のような岩石が降り注ぎ敵共の身体を貫通させると同時にこちらに襲い来る。石で作る即席の防御壁では防げない、背中から伸ばした連結刃で皆を庇うが身体全てをガードできる程の範囲は防げない。身体のあちこちで穴が開いている。クーラ達を護るだけで精一杯か。

 

 胴体に、足が削られていくのを感じる。この身体は強靭ではあるが鎧や鱗のように固くはない。竜となったジークリンデを思い出す。頑健な鱗に覆われている身体は、今この時こそもっとも必要であるのに。

 

 ズンッという振動。逃走経路の先、石畳みにこまでとは比較にならない程巨大な膨らみができ、燃える液体の間欠泉が吹き上がる。急ブレーキをかけたが間に合わない。噴出した勢いで重力に逆らいあがってきた液体に前足を焼かれる。

 

 後方は噴石の雨。前方は燃える液体の泉。地面はひび割れ裂けていき留まるのも危険。

 

 「これ…詰んだか?」

 

 ガランが呟く。進んで焼け死ぬか、留まり裂けめに巻き込まれるか、遠回りしながら噴石の雨に身体中を穴だらけにされるか。末路を悟ってか、クーラが全力でしがみついてきた。まるで、最後まで一緒だとでも言いたげに。

 

 『ウオオオオォォォオオオン!』

 

 最後に等、させてたまるか。石畳み変化させ即席の足場に変化させ燃える液体の上を走る。走る先から、次々変化させていかなければいかない。作るものは単純だが時間がないなか連続の魔力使用は臓器が負担の悲鳴をあげていた。

 

 『最後までは無理だね』

 

 ウェンディの言葉が頭で響く。分かっている。臓器系を酷使しているせいか、口内から血液が競りあがってきた。いかにウェンディの力を借りようと、この傷ついた身体と体力では連続使用は無理があるのだろう。だがいけるところまでで良い、その先はこの四肢がある。

 

 最後の足場から大きく跳ねる。燃える液体の上に着地、人間でいうところの足首まで浸かり瞬時に毛皮を溶かし肉を焼き始めるが構うものか。走れ、走れ、走れ。この姿になりたいと感じたのは、願ったのか、これ以上身近な存在を殺させない為、死なせない為だ。ここでそれが果たせないなら、俺の存在に意味などない。

 

 悲鳴のようなクーラの声が聞こえる。ガランが何度も名前を呼んでいる。そう心配するな、お前等はこの地獄からなんとしてでも連れて帰る。

 

 「天使共!」

 

 ガランの声。目の前を塞ぐように、敵が二体躍り出た。球体関節を動かし、刃が前足に食い込む。身体が沈みそうになるが、それでも前に出て牙で二体まとめて食い破る。流血がおこり、バランスを崩しそうになる。このまま走れるか、持ちこたえられるか?いや。持ちこたえてみせる。俺にはそれができる筈だ。こんなところで終わる器だとしたら、なんの為の人妖だ。なんの為の悪竜だ。

 

 進め。ここで止まるな。走れ、進め、逃げるんだ。俺はどうなっても良い。行け。行くんだ。どれだけ焼けようと、どれだけ傷つこうと。

 

 【それじゃ駄目だね】

 

 急に突風が巻き起こる。嵐のような、竜巻のようなそれは瞬間的にとはいえ、燃える液体を吹き飛ばし、この姿の俺でさえその場に踏ん張らなければ倒れ込んでしまうような勢いだった。

 

 【この地上に残された同類も、ボクと君だけになってしまったというのに、君はもうここで死んでしまうつもりかい?ジークリンデの後継人君】

 

 声の方向に見上げると、蒼白の竜が飛んでいた。身体の周囲に竜巻のような風が渦巻いており、落ちて来る噴石をものともせずに飛んでいる。

 

 「な、なんだ?竜?」

 

 「なにあれ…見たことも聞いたこともない」

 

 二人とも疑問の声をあげている。その風貌、同類という言葉から恐らくは竜だということは分かるが、あんな竜がいるなんて聞いたことがなかった。

 

 【まあ、ボクのこととかどうでも良いことだけどさ。それでも一応、産まれたばかりの竜は誰かが面倒みてあげなきゃいけないんだよね。それで、何時まで獣のように地面に這いつくばっているんだい?君はもう、悪竜なのに。何時まで、獣でいるつもりなのかな?】

 

 その言葉には、思うところがあった。悪竜を継いでくれ。そう言われた時、俺はそれに頷いた。だがしかし、同時にジークリンデの存在は大きく強いものだった。それを引き継ぐ器が、俺にあるのだろうか?人の身体に竜としての特徴が一部出始めていても、そんなことを考えてしまっていた。

 

 走り出そうとするも、足がガクリと落ちる。前足から崩れ、地面に倒れそうになった。しまった、この身体はもう想像以上に限界を迎えている。いや、限界をすぎているのか?突風で吹き飛んだ燃える液体もまた迫ってきている。このままでは、死ぬ。

 

 【顛末はだいだい知っているよ。あのジークリンデが、そこまで入れ込む個人がいるなんて思わなかったけどさ。でも、もう彼女はいないんだ。元人間、君は何時まで彼女の庇護下に入っているつもりなんだい?もう、人間としての君も、人妖としての君もいないようなものなのに】

 

 人間としての俺も、人妖としての俺もいない?そんなことは、分かっている。だが悪竜にもなり切れていない。ジークリンデのように自信に溢れ、唯我独尊を貫くような心の強さは持ち合わせていない。形から入ろうとして、ガランに迷惑をかけたこともあった。

 

 【君の名前は、ランザ。悪竜ランザ=ランテだ。まずはそこを自覚しなよ。ジークリンデの背中を追っても仕方ない、君は彼女になれないのだから。分かったら、早く立ちな。君はなんの為に、今日まで生きてきたのかな?】

 

 突然現れて好き勝手言いやがる。だがしかし、その言葉はすんなりと心の底に落ちた。

 

 俺が、ここまで生き延びた理由。ベレーザに殺されず、幸福な悪夢に堕ちず、ジークリンデに庇われ犠牲にしてまで生きている理由。

 

 復讐ではない。ただ、勝手に心の中で誓ったクーラを護るという誓約。そして、悪夢の世界にいたテンとと交わした最後の約束。それだけを果たす為に生きて来た。そして生きていく。その為にどんな身勝手を行おうとも。それが例え、悪と呼ばれる行為に手を染めようとも。

 

 すまないな、ジークリンデ。俺はまだ心のとこかでお前を求めていたのかもしれない。お前は託してくれたのに、お前になれないと勘違いしていた。

 

 お前になる必要などなかった。ただ、ありのままに生きる。悪竜としての生き方は、それが大事だったのだ。誰かに影響された生き方等、もっての他だった。

 

 「ランザ」

 

 「旦那?」

 

 吸血鬼の再生でも追いつかない上から、身体の変化を感じる。まずはここから生きて出る。あの日、帝都事変の終わりでジークリンデが俺を運んでくれたように。

 

 黒々とした翼が、背中から伸びる。身体の表面、柔毛の間から鱗が現れ、噴石から身を護る鎧となる。獣の身では得られない、頑健な肉体が身に宿る。内側から、ジークリンデが力を貸してくれているようだった。あの時のように、人妖狩りの旅を二人でしてきた時のように。

 

 【歪で醜い。混ざり合いの半端も良いところ。長い歴史で、君のような中途半端な竜はいなかったよ。だけど、それが君だ。飛び立つが良いさ、今の君にはその資格がある】

 

 翼を羽ばたかせる。変化により発達した胸筋が力を与えてくれた。空へと、飛び立つ。この窮地から抜け出す為に。




 ここまで読んでいただいて、まずはありがとうございます。

 明日六月二十六日で、早いものでこの小説も二周年を迎えることになりました。それと同時に、ジークリンデに連れられて北にたどり着いたところから始まった第二部も終了となります。

 次の第三部で、この小説も完結となる予定でいます。黒幕のエンパスも動き、ようやく終わりが見えてきました。それでもまだ、半年以上はかかるような気がしますが…。

 ここまでお付き合いいただきありがとうございます。今後も作品をよろしくお願いします。
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