家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

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 「何の用事?」

 

 クーラの視線が氷点下になっている。お楽しみのところ邪魔をしたのだから不機嫌極まりない状況だが、ランザさんの手前か感情は平穏を努めているようだ。詰まらない用事だったらはっ倒されそうである。

 

 「緊急か?」

 

 「緊急を要する事態ではありませんが、少々面倒なことになっていまして。こちらをご覧になったことは?」

 

 見せる紙は数枚。二人とも表情は平然としているようだが、さて内心はなにを考えているのか。

 

 「意見を聞かせてくれ、ウェルロンド。これを問題視しているからには、理由があるのだろう?」

 

 自分が被写体にされた絵もあるというのに、まず聞くのはそこからか。理性的なのか興味がないだけか、それともそういう趣味があるのか。元妻帯者であることから後者のは可能性が低いとしても、これで怒りだすようなら偶像としての価値は下がる。そういう意味では合格だ。

 

 問題となる点は隊の風紀と、無断で資源の無駄使いをされたこと。これら二つは今は可愛らしい範囲で留まっているものも、増長を続けていけば大きな問題になる。特に、半獣やエルフ達と混ざり合った部隊ではなおさらだ。

 

 あちらが立てばこちらが立たない。単一種族で組んだチームや軍隊でもそうだというのに、違う種族同士でまとまっている自分達は不満や格差が出てきやすい。もっとも、それが表面化する程に組織がもてばの話ではあるのだけれど。

 

 「制裁を与えるかどうかは別としても、釘を刺しておく必要はあるか」

 

 「理解が早くて助かります。それに、被写体にされた存在に精神的なダメージも大きいようで」

 

 ボクとランザさん、二人の視線がガランに注がれる。絶対に犯人をフン縛ると鼻息荒くしている様から、恐らく今回の事件でもっとも被害を受けた者は彼だろうとは思う。可愛そうな話だね。

 

 今回の件、こちらで勝手に解決に動くのもありだが、トップとして据えるなら許可をとり一応は彼の顔を立てておかないといかない。そういう細かいことを気にするタイプかは知らないが、内外に態度で示す為にも必要なことだ。ついでに、どういう人間性なのかを見るいい機会にもなると考えていた。

 

 「へぇ」

 

 一枚の紙を見ながらクーラが口角をあげていた。あれは絵の内容を喜んでいる顔ではなく、ある種攻撃的な笑みをしている。

 

 「ま、頑張れば?」

 

 紙から顔をあげた瞬間には、興味なさげな顔に戻っていた。ランザさんには見えなうちに、ガランが顔を上げる前に表情は見事に変わっている。ボクだけは見ていたのを気づいているだろう。意味ありげな視線を向けてきたが、別に貴女の企みは興味はありませんよ。

 

 それとも、今回はノッてやるが次は無いという意思表示だろうか。ハイハイ、そうそう利用する手段や状況が出て来るとは思えないけど。

 

 「よし、それじゃ行こうかガラン」

 

 「え?もうか?」

 

 「お昼ご飯食べに行こうよ。そろそろ無くなるかもしれないしね」

 

 ガランが納得をしていなさそうな顔をしているけど、取り合えずこれで八割は事件が片付いたと考えても良い。彼女が諜報や防諜に長けているのは知っての通りだ。この程度の揉め事ならば嗅ぎ当てるのも容易いだろう。

 

 「あーもう遅いですよー!ガランさんは肉体労働者なんだから早めに食べに来ないと!もうすぐ第二グループのご飯の時間ですよ!あれ?ウェルさんは食べに来るの久しぶりですね。第二グループの時間には少し早いけど、一緒に食べちゃいます?」

 

 食事場まで向かうと、焚火の上に大きな鍋が見えた。その手前で、中身を厳しい顔をしながら見ていたミルフがこちらを見て声をあげ、ガランを見て口を尖らせる。遅れて来ると、配膳が面倒になるからだろう。

 

 「悪い悪い、ちょっと野暮用でな。今日のメニューは?」

 

 「黒パン一個、座り仕事とかの皆さんは半個。それと、豆スープですよ。もう少し品数が欲しいところなんですけど、なんとかなりません?皆さんちょっと不満が溜まっているように見えるんですけど」

 

 「無い袖は振れん。今は取り合えず持たせることだけ考えてくれ」

 

 「それは…まあ……理由は分かりますけど、本当に不満が溜まってきていますよ。こんななんにもないところ、娯楽なんて食べることくらいなんですから」

 

 ミルフが盛るスープの具はほんの少しだけ緑色の豆が入っているだけだった。せめて味くらいはと思いたいところであるが、塩味等現在は贅沢も良いところだ。スープというよりは、お湯で煮えた少しの豆と言い直すこともできる。

 

 これでは料理人も腕を振るいようもない。ミルフ自身も遣り甲斐が無いだろうが、全体の士気が下がる問題も本当だろう。狭い洞窟住まいから解放された時は、犠牲も出たが全員の顔に先が見えたような安堵もあった。だがそれも慣れて来た今、新たな環境では新たな不満も噴出するものだ。

 

 「衣食住に娯楽が揃って始めて、活動は充実する。意思とか使命感で戦い続けられる人の方が少ないもんだ。交渉が上手くいけばいいが、待つばかりなのはモヤモヤするな」

 

 基本的に連合王国主導で対帝国包囲網に参加する国の協調性が保たれている。僕たちからの代表としてはエルバンネが参加しているし、流石にこの状況下滅多なことはないだろうけど待つばかりの身としては辛いものだ。願わくば、最後の手段をとらざるえなくなる前に光明が欲しいところである。

 

 「昔の物語にこんなセリフがあったよ。『俺達に必要なのは思想じゃない。食い物や寝るところなんだ。それも今すぐにな』ってね。この状況になってそれが良く分かるよ。生物というものはより良い環境を求める。信念や思想、信条で戦えるのはほんの極一部の存在なんだってね」

 

 「ウェル助。安心しろ」

 

 ガランが黒パンをテーブルに置く。顔を前にズッとだしながら、親指を立てて自分の方向に向けた。

 

 「手前の飯や寝床を手に入れる為の戦いも確かに大事だし、否定するつもりはない。目先のことに捕らわれて、本位ではないにせよ、手段と目的が入れ替わっちまうような本末転倒な事態になることだって多々あることだとは思う。だが俺は絶対にブレねえ。皆変わっちまっても、変わらねえ。例え俺一人になったとしても、夢は必ず叶えるからよ」

 

 ガランは胸を張る。炭鉱労働で顔を黒くしていた時から考え続けていたことと話していた、半獣達のような世間から爪弾きにされるような者達が、差別なく暮らしていける自治州の建立。

 

 政治は?外交は?土地は?差別を払拭する手段は?国民を食べさせていける産業は?口にするのは簡単であるが、その夢は途方に暮れるような問題と解決が見込めない難題が山積みである。それを分かっているのかいないのかと言えば、彼は半分くらいしか理解していないだろうとは思う。

 

 だけど、どんな状況でも誰かが希望に満ちたことを言わなければ、空気は暗くなり状況は悪くなるばかりだ。例えそれが気休めだとしても、偽善だとしても、その場しのぎだとしても。希望的観測は、水や食料、娯楽に並ぶ必需品だ。本気にしていない者でも、少しでも前を向くきっかけになる。

 

 そしてガランは、本気でそれを実現できると思っている。連合王国との繋がりと帝国に対する大きな戦争、ランザというこれまでにない旗頭。洞窟に引きこもっている前から言い続けてきた夢物語が、もしかしたら叶うかもしれないという希望になっている。未だ、道のり困難なことには変わらないけれど。

 

 「だから安心してついてこい。なんて、トップじゃねえ俺にはもう言えない台詞か」

 

 「今更だよガラン。半獣の皆は、君に賭けたんだ。ボクも最後まで、付き合うつもりさ」

 

 臭い台詞であるが、それ以上に臭いことを相手が言っているのだから仕方ない。酒でもあれば乾杯でもして飲み干したいところだけど、固くて美味しくないパンと味の薄い豆スープじゃ物足りないかな。

 

 「あっ!ああっーー!」

 

 ミルフのすっとんきょうな悲鳴が厨房の方から響いた。声の方向を見てみると、木枠の開け放した窓からノラが飛び出し包み紙を口に加え、紙の中から零れて垂れる繋がった腸詰めを揺らしながら逃げていった。

 

 「それ!大事な大事な保存食なんですってー!ノラちゃーん!」

 

 ミルフがお玉を振りながら追いかけようとしたが、岩に躓いて転倒。対してノラはもう遥か遠くまで逃げ延びていた。洞窟で過ごしていたコボルトでは、野生児のように育てられた人間には追い付けないようだ。

 

 「目の前で銀蠅の光景を見るなんてね。今度注意しておくかい?」

 

 「注意も必要だろうがよ。ノラはああ見えて気質はガキ大将だ。なにをしているかと思えば、ああして盗んだ飯を同じ子供に配ってるんだとよ。昔の俺みたいだ」

 

 「だからお咎めなし?」

 

 「飯がみんなに充分行き渡るようになってまたやったら、俺から注意するさ。今はミルフと追いかけっこさせておけ。それに俺は、銀蠅しているのは一人とは限らないとみているしな」

 

 ガランの視線はミルフに注がれていた。手癖が悪いとは言わないものの、レパートリーは多くないとはいえ帝国軍が残していった鹵獲品には山では見ないものも多い。興味本位でちょっとずつ盗み食いしているのをガランは分かっているようだ。

 

 無論バレたら問題だが、食料を盗みたくなるような気持ちは分かるのだろう。炭鉱労働をしていた時代を思い出しているのか、どこか遠い目をしていた。

 

 まあガランはああいうものの、二人に関してはボクの方から動いておくか。食料、資源を持っていかれるのはやはり良いことではないし、嫌われものも一人で充分だ。

 

 「じゃあ、食べ終わったし、午後の作業頑張ろうかな」

 

 「ええ?おい、犯人探しには付き合ってくれないのかよ」

 

 「銀蠅は黙認しても、そっちは納得しないんだね。まあ、クーラに押し付けたんだ。この手の犯人捜しはボク達よりも上手くやるよ。ボクも君も、暇じゃないんだしね」

 

 「え?クーラが?あんなに興味無さそうだったじゃんかよ」

 

 不思議そうな顔をしているが、そんなに難しいことはしていない。クーラを動かすのは、紙一枚見せれば事足りる。まあ、特殊な事例ではあるけれど人を動かすならば、手持ち道具の使い方次第といったところか。

 

 「もっとも、今回の犯人、ボクはおおよそ目安はついたよ。でも現行犯押さえるなり証拠を押さえるなりするとなると、なかなか大変だからね」

 

 「おいおいおいおい。でもよ、クーラが制裁するとなると容赦ないんじゃねえか?」

 

 「まあでも、そう思うならここまでの情報で犯人捜しをしてみなよ。勿論、通常業務もこなしながらだけどね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「分からん!」

 

 レンガを積みながら考える。考えたところで答えは出てこねえが。

 

 だいたい、今回ウェル助とやったことなんてアリアドネに会いにいき、旦那とクーラに会いに行き、ついでに飯食っただけじゃねえか。なんでまたこんなんで犯人の推測が立つのだろうか。

 

 「どうしたんですか?」

 

 追加のレンガを運んで来た部下の手が止まる。半壊した建物からバラシて再利用している建材の為、新しい者は作れないが損害な軽微な建物や施設を直すのには丁度いい為使っていた。接合には、コボルトが選んだ岩石を砕き水や土を加えたドロドロした灰色のものを使用している。乾くと隙間なく固まってくれるらしい。

 

 顔についた泥を拭いながら、なんでもないと返すが頭の中はもやついていた。いったいぜんたい、なにから推測が立ったのやら。

 

 「うぅ…こんなもんで、なにが分かるのやら」

 

 クシャクシャにしてポケットに突っ込まれた自分の絵を広げて見つめる。こんなものでも一応は証拠品、燃やしてしまいたいところではあるが下手に処分できないでいた。

 

 「ん?」

 

 少し暗くなってきた為、絵を顔の近くで見ていた時に気づいた。鼻を近づけて嗅いだ臭いは、もっとこう馴染みのあるような香りがした。廃材を引っくり返している時によく鼻をくすぐる、焦げたのような香り。

そして灰の香りもする。

 

 「炭?灰?」

 

 そういえば絵を描く時の材料として、黒色を出す時に炭を溶かすんだったか削るんだったかで絵具を作るという方法があるなんて聞いたことがある。羽ペンやインクの類はウェル助が管理している為簡単には持ち出せない。だから犯人は、調達しやすい炭と灰を選んだのか。

 

 だけど炭と灰なんてどこからでも調達できる。これだけでまだ犯人像までは絞り込めない。だけど、なんだかとっかかりになったような気がする。

 

 そうだ、視点を一度変えてみるか。何故犯人が描いた絵を俺やウェル助は知らなかったのか。そして、女性陣を中心に絵が出回っているのか。そういう面から推測してみるか?

 

 「なあ」

 

 「はい?」

 

 「俺達みたいな肉体労働や戦闘訓練をしている連中の男女比って、分かるか?」

 

 「えー?だいたい八割二割くらいじゃないですか?やっぱ仕事柄か、野郎のばかりですねー」

 

 「……そういうことか!わりぃ!ちょいと外す!」

 

 作業現場を後に走り出す。野郎どもには悟らせず、女性陣に渡す機会が多いということは場が女性ばかりになったタイミングということだ。アリアドネの話では欲しい人には配っていたということ。だが大々的に配れば男性陣の目にも触れることもあるだろう。

 

 つまり、配るタイミングは女性ばかりの時。まだこの拠点では男女を分けて泊まらすことができる程の家屋は存在しない。適当な仕切りを用意しているだけで、寝所は男女共用だ。絶対とは言えないが、やはりなにかを配っているとなれば、男性陣にも多少なりとも噂にもあがるし俺も聞くと思う。

 

 主には後方支援を担当してくれている女性達が食事をとるタイミングである第二グループ。そこでこの絵は配られていた可能性は高い。そして、人目のつかなさと絵の素材となる炭と灰の入手のし易さ。絵を描く際に、人目にさらされ難い数少ない確りと形を保っている調理場のある建築物を作業場としていたらなば犯人は決まってくる。

 

 犯人は、ミルフだ。

 

 ミルフは食事が出来ると、子供達を最初に食べさせてそれが終わればまず男性中心の第一グループを呼び込む。それが終われば後方支援の第二グループ、そして食堂に来ないで作業をする人物達に食事を届けに行く。

 

 ノラがあの絵を持っていたのは単純な話、食料を盗みに来た際に見慣れない絵を見つけ子供ならではの好奇心で持ち去ったのだろう。目を光らせ、あちこちを探し回るノラがついでとばかりに変なものを持ち去り玩具にしようとする様子が目に浮かぶ。

 

 紙の調達先は、やはりウェル助のところだろうか。今日ウェル助はミルフに『食べに来るのは久しぶり』と言っていた。ということは、普段はあのテントまでミルフが食事を届けているのだろう。毎日それをやっているとなれば、廃棄予定の紙を抜き取っていくくらいは簡単だろう。

 

 明確な証拠はまだないが、状況証拠は揃ってきたと思う。後の動機とかそこら辺はミルフに尋問をすれば良いだろう。俺がホモで総受じゃなくて、あと人様に無断でこんな人物画を描くなと伝えるだけでいい。これはこれで皆の娯楽になっているならば、全面禁止までしなくて良い。ちゃんと許可を得てそのうえで健全なものを描いてくれればいいのだ。

 

 俺に見つかればその程度で済むが、クーラに先を越された場合はどうなるか。

 

 調理場の建物まで駆け付け、開けようと手を伸ばした時、俺の推論は正解であり、そして手遅れであったことを悟った。

 

 「ミールーフー…」

 

 「ひぃえぇぇ。なんでそんな怒ってるんですかぁ」

 

 クーラが物凄い顔で、そして目が笑っていない笑顔でミルフを壁際に追い詰めていた。手には、ウェル助から渡されていた絵が一枚。そしてその絵の内容は、あろうことか俺とランザの旦那が描写された掛け算の絵だった。どういう体勢での絵であったのかは、考えたくもない。

 

 子供達、第一グループ、第二グループ。そして、一番最後に食事をとるのは恐らくはミルフと、旦那とクーラだろう。当然この絵は旦那やクーラには見せない為、平然な顔をしながら食事をしていた筈だ。そして、それがバレた。

 

 「分かってる癖にぃ」

 

 クーラの靴底が、ミルフのすぐ隣の壁を穿つ。ああ、崩れていない建物は貴重だってのに。ああ見えて、彼女の脚力は強い。本気で蹴れば壁くらいには穴が開く。あ、穴が開いた。どうやら打撃術の訓練は順調なようで。

 

 「不思議なんだよね。なんでさぁ、なんでさぁ…ランザと描かれているのが自分じゃないのかなぁ?絡んでるのは別の人なのかなぁ?おかしいよね?おかしくない?ねぇ…ねえ?」

 

 紙のてっぺんを指で摘みゆっくりと縦に裂いて破いていく。二つになった紙は、指から離れて窓から吹き込む風に煽られ夕食を作る為につけていた竈の火種に吸い込まれて燃えた。クーラの怒りはそれが理由か、どうやら自分以外がランザと絡むのは嫌なんだろう。

 

 「えーでも、そういうコンセプトの絵なので…その」

 

 「ガラン、この事件に怒ってたんだよねぇ。ウェルロンドも問題だって言ってたしさ。二人の耳に入ったら流石にまずいんじゃないかな?味見と称してつまみ食いも、少し看過できないかもねぇ。無いところから余罪を作ることも、自分にとっては楽な仕事だよ。もし、黙っていてほしんだったら…」

 

 クーラの指先がミルフの喉元から口先まで流れ、指二本で軽く持ち上げた。頬の近くで吐息がかかる距離まで口を寄せ、なにやら言い含んでいる。

 

 もう、良いか。その場から離れて俺の仕事に戻る事にする。ミルフだって、毎日忙しい炊事場で働いていたんだし、ストレス解消したかったのだろう。こちらから注意しようと思っていたけど、クーラから詰められて怖い思いをしているようだしな。

 

 クーラが揺すりをかけている内容は、聞こえないがだいたいは理解できた。我ながら甘いかもしれないが、これでミルフもしばらくはそれの作業で手がとられるだろうし、食糧問題が解決したらもっと忙しくなるだろうから新たな掛け算の絵の着手はできないだろう。

 

 「能天気がらしくなく、浮かない顔をしているな。獣の大将」

 

 外壁の補修作業をしに戻ろうとした矢先、何時も冷静でなんとなく嫌味ったらしい声音を聞いた。だがしかし、その声は俺にとっては今一番聞きたい声でもあった。

 

 「お前と違って、表情豊かなんだよ長耳野郎」

 

 顔を合わせてからの嫌味の応酬に嫌悪感や敵対心はないし、相手からも感じない。だが洞窟で長いこといがみあっていたお互いの呼び方は、すっかりこんな感じが定着していた。エルバンネとは何時もこんな感じだ。

 

 「交渉はどうだった?エルバンネ」

 

 「連合王国が後ろについているんだ、状況的にミスはありえない。権力が背後にいる上での交渉は、楽なものだな。数日中、遅くとも七日以内には我々に武器はレンドリース、食料や生活必需品は戦時国際法に照らし合わせた緊急支援として後アブソリエル公国経由で届く筈だ」

 

 「その話を聞いて安心したよ。どうやら俺達は飯と寝床の為に暴徒の群れにならずにすみそうだ」

 

 「詳細だ、目を通しておけ」

 

 数枚の紙を受け取る。どうやら卒なくこなしてくれたようであり、予想よりは実入りが大きそうだ。ウェル助を交渉役にあててもこなしてくれるだろうが、話し合いの場では多分こいつの方が向いていると思う。若い見た目のエルフ達の中で、中年に近い容姿になるほど生きている。伊達に長い人生経験を積んではいない。

 

 「だが、我々はこれで正式に対帝国の包囲網に食い込まれることになった。愚問かもしれんが、本当にこれで良かったのか?もういざという時の逃げ場はないぞ?無様に逃走をすれば、今後は連合王国にすら相手もされないだろう」

 

 「腹をくくるタイミングだ。旦那達にエルフ共、環境も揃い手札も初めて屑じゃない。どうせ帝国とは喧嘩中だし、ここで勝負に出なけりゃ俺の夢は成就しねえよ」

 

 「お前の夢か。その夢の為に、他者を巻き込む覚悟はあるか?」

 

 「巻き込むさ。この先の子供達、孫たち、ひ孫達の為にな。今俺等が奮起をすれば、連中には人並みの生活が待っているかもしれない。ならやるしかねえだろうが。それは、今生きる俺達の大仕事だ。寿命の長いエルフにはしっくりこないかい?」

 

 エルバンネが腕を組み合わせ、薄く微笑んだように見えたと同時に門の方から緊急を伝える鐘が鳴り響いた。短く連続で叩く合図は、帝国軍の襲撃だ。

 

 「行くぞ長耳野郎!長旅で疲れたとか言わないつもりならな!」

 

 「押し付けたいところではあるが、致し方ないか。我々エルフの未来の為にも、手を貸さざるえないだろう」

 

 ライフル銃を持つウェルロンドが、調理場から飛び出してきたクーラが、訓練場から走る旦那が見えた。小さな畑が、建築途中の家が、子供達をまとめて避難の誘導をしているノラが、怪我人が出た時にすぐ対応できるように沢山の包帯を用意するアリアドネも見えた。

 

 「初めてできた皆の居場所、潰されてたまるかよ」

 

 俺についてきた皆、エルフの連中、引きこもりのコボルト共。旦那やクーラばかりに頼れない。俺は俺のできることを全力でこなしてみせる。食うところにも困らない、寝るときに震えない為に。俺達が、少数民族や産まれを理由に差別されない環境を作る為にも。

 

 ……?そういえば、なんでウェル助のテントからあの紙が、廃棄予定の書類から出て来たんだ?紙を抜き取りにきているだろうに、完成品が入っていたのはどうにもおかしい話ではないか?

 

 まあ、良いか。戦っていれば、頭から吹き飛ぶような些細な疑問だ。今は全力で、目の前の物事に取り組むしかないだろう。俺にはそれが、一番性にあっているのだから。

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