家族の仇は、娘でした 作:樫鳥
リスム自治州。睨みあいの絶えない帝国と、連合王国の国境における緩衝地帯として成立した土地であった。列強二国の間で様々な思惑と暗闘が繰り広げられた場所であるが、自治州成立以前の歴史を知る者は今や限られた程である。
現在リスム自治州がある土地は、帝国が群雄割拠をしていた時代モスコーを収めていたウラヌスが統治をしていたと僅かな記録が残っているが、詳細な記録は残されていない。騎馬民族襲来とその後のウラヌス暗殺、政変の影響にて散逸した。
リスムという海沿いの土地には、いったいなにがあったのか。その問いかけに解を示す物があるとしたら、それは古くから存在する地下空間であるとまことしやかにささやかれていた。所謂、リスム地下迷宮と呼ばれている場所だ。
ウラヌス統治下においてそこは、ただの辺境の地であり時折異形や怪物が迷宮から這い出て来る為に危険地帯として荒らされるままにしていた土地であった。ただ、海辺ということもあり塩や海産物が手に入る。特に塩は生活必需品として、比較的安全な土地に兵士と共に市民を住まわせていた村があった。
その村は、大陸を震撼させた騎馬民族の襲来にも無傷であり、逆にモスコー周辺は長い包囲戦の末多大な被害を受けることとなった。当時の攻防戦が後に祭りとなるくらい凄まじいものであったそうだ。結果としては、後に帝国の国父となる初代帝王ギルバードが騎馬民族の西方制圧部隊の主力を壊滅させたことで終戦となった。
戦後の混乱期を経て、海辺の村はモスコーの支配を脱却しリスムの村は塩と海産物の自由売買を始め少しずつ成長していった。時代が進み、大陸が帝国と連合王国の二大巨頭体制となった時、直接衝突により国土の損耗を避ける為緩衝地帯としてリスム自治州が成立した。
両国の思惑があっての自治州。だが、それは二大国と地続きであり未開発の浜辺は大きな港を建てられる。リスム自治州には人が集まり、広がっていった。土地が足りなくなり、急成長に伴う無計画な開拓により昔は禁忌とされた地下迷宮の入口の上にまで住宅地と商業地を広げていた。
人の往来により、それに惹かれた地下に住まう異形達が這い出て来る。最初それらの対処は自治州による警備部隊が対応していたが、近年では警備部隊の経費削減による人員と装備の不足で民間武装組織に委託されていた。
調査の為に人が入ることもあったが基本的には進入禁止とされている。だがしかし、迷宮の広大さから時折地面を掘り不正に侵入口を増やしたり、暇を持て余した怖いもの見たさの若者や武勇伝を作りたい成金が護衛と共に侵入する等事件が多発する為、何時しか帝国に本社を持ちながらも、もっとも信頼を寄せられた民間武装組織である掲げる大盾が管理委任まで受けるようになっていた。
地下迷宮内でおこる異常事態や定期的におこる敵対種の大量発生、不正利用しようとする輩、時折発見される太古の遺物目当てで不法侵入する者達。様々な事態に掲げる大盾は地下迷宮に入るのに自治州政府の認可を必要としなくなっていた。
それを利用したのはレント=キリュウイン。エンパスからの密命を受けた彼は、都合の良い潜伏先を見つけることを命じられていた。大層頭を悩ませた当時掲げる大盾に後ろ盾を使い所属したレントが目をつけたのはそこだった。
掲げる大盾とはいえ、危険すぎる地下迷宮を深部まで探索することはできない。調査をする時でさえ、調査員の安全を第一に尊重する為危険な箇所まで向かうのは極力避けていた。そもそも、平時でさえ多数の事件解決に追われ人手不足気味であった。リスムの地下迷宮の深部開拓等後回しにされていた。
レント=キリュウインは掲げる大盾の権限で地下迷宮に潜っては、スキルを駆使して力づくで階層を踏破していった。物見遊山気分で護衛を引き連れて侵入してきた金持ちに時には手を焼きながらも、難解なエンパスの注文である潜伏先をなんとか見つけることに成功した。
重装甲の女騎士が、蝋燭を片手に歩く。レント=キリュウインが見つけた掲げる大盾や自治州の調査員も知らない新たな階層は、既に敵性種は掃討されており他の区域から這い出るように現れる異形も都度駆逐されていった。
発見当時は人二人程しか通れなかった通路は拡張され、まるで研磨されたように滑らかな地下道となっていた。レントの思惑によりそれなりの数の部屋も用意されていたが、それを利用することはこの先恐らくは訪れない。がらんどうな部屋達を抜けて広い空間に訪れる。
「こちらにおいででしたか」
オルレアン鋼で製造された兜を取る。歴戦の重騎士の顔には僅かながら火傷による火膨れの跡が残っていたが本人は気にする様子はなかった。加護として与えられた絶対防御でも、火竜ランドルフの怒りによる超高温の前では完全に影響を遮断することはできなかったようだ。
カナリア=エルが膝をつき、騎士として最高礼の仕草をとる。広々とした空間の奥には石造りの祭壇が築かれており、半裸に薄布のようなものを纏う男女の石像が飾られていた。レントはそれを見て、まるでギリシャ神話に出て来る神々のようだと漏らしていたのをカナリアは思い出す。
ギリシャという国はよく分からない。だがしかし、地形的にこの大陸は彼が元いたという世界の西欧という場所に酷似しているとレントは語っていた。無論まったく同じ訳でもないようだが、東邦二十六国はともかく極東の島々が彼の故郷によく似ているとも。
もっとも認知もできない異世界の存在等興味もないうえ、奴はもう終わった存在だ。エンパス教の為、その異界の知識を充分に駆使させてもらったが、エンパス教の救いの道に疑いを持つ時点で用済みという訳だ。
エンパス様が何故異界から人間を呼び寄せ続けてきたのか。別に、レントが初めての異世界人という訳ではない。この世界の住民と異界の住民とは思考の差異というものがあり、時には未来の世界にあるような知識や行動を求められることはある。それは良い面にも作用すれば悪い面にも作用する。
連合王国との闘争で、モノクロの眼鏡をかけた皮肉な笑みを浮かべていた男を思い出す。異界の者を指定外来種だと、彼は公言したそうであるが恐らくその言葉も現代ではまだ存在していない言葉なのだろう。
なんにせよ、使い終わった道具は無用の長物という訳か。エンパス様に忠誠をと信仰を持つならともかく、性にただれ何処か自暴自棄な面まで持つような男は必要ない。エンパス様に、疑いを持つなら尚更だ。
「火竜ランドルフ。流石は伝説に残る竜です。予想はついていたものの、彼がおこした災害は凄まじいの一言ですね。竜は自然の化身と太古の存在は思ったそうですが、納得できるものがあります」
ランドルフが抑えていた災厄は、北部地帯を壊滅させた。災害は連鎖的に広がり帝都を蹂躙し、南へと速度を上げて広がっていく。
「レントが用意した手駒。信仰心に目覚めた神殿騎士達。我等の戦力は尽く散逸しました。始まりの竜たる火竜の一手一動、それは悪竜や水竜に地竜、今や唯一の生き残りである天竜と比べても強大なものであったでしょう」
祭壇に祈りを捧げていたエンパスは、祈りの構えを解く。振り向いた顔には、喜悦。
「実に都合が良い。その破壊力、殲滅力のお陰で信者達は信仰に陰りなく、苦しむ暇すらなく葬られました。私とて、多数の者を長時間操る等至難。お陰で信仰の御霊は無事我等の目的を助ける聖光となるでしょう」
エンパスが左腕を軽く古い、手のひらを上に向けた。手のひらから白い光のようなものが溢れ、傾けることでそれを口内へと流す。喉が嚥下するように蠢き、光が取り込まれていった。吸収された魂の輝きに満足するように、エンパスは微笑む。
「では、ついに始めるのですか?」
「ええ。魂というものは鮮度があります。ですが、過度な栄養が毒であるように、個人の器に大容量を保管し続けることもできない。大量の信仰が必要であるにも限らずに、大量消費や信仰心に彩られた魂の保管は困難です。保管場所すら吟味する必要がある。長年この問題を解決できずにいましたが」
エンパスが指を弾く。祭壇が左右に割れるように動き、その向こう側にある物が姿を現す。
それは、まるで城塞都市の城門のようであった。彫刻すら施されていない味気ないシンプルな巨大門。しかし、この世ならざる一点の穢れなき純白の真珠のような白さであり、神々しすぎて美しいというよりも何処か不気味な雰囲気を醸し出している。
レントが見たら、見覚えのない門に困惑するであろう。エンパスが呼び出したこれは、元々ここにはなかったものである。ただ無機質な岩肌が作られているだけだった場所であった筈だと、彼は言うだろう。
純白の門の表面には異質な不純物が巻き付けられていた。鈍色の輝き、錆色の貪色、黄金の輝き、いぶした銀の光沢、そして夜闇のような黒色。左右を鋲で打ち付けられた様々な鎖が門を封じており、外部からの侵入者を抑えているようであった。
二本の白色の紐が天井から伸びる。無骨な鎖とは違いそれは絹のように滑らかな見た目をしていたが、それはピンと重力に従うように張りつめていた。紐の終点には、まるで村娘の格好をしたような女性が気を失っていた。首を力なく傾け、柔らかく巻かれた手首は血が滲み青白く変色してしまっている。
「レントは、良い見つけものをしてくれました。いざという時はこの身を使う予定ではありましたが、この器さえあれば、壊すことなく信仰を消費しつつ、更なる必要量を溜め込むことも容易です。この発見はまさに、天の意思、啓示という他ないでしょう」
女性は腰からは銀色の尻尾が伸びていた。頭から伸びる狐に見られる耳もダラリと下がっている。レントが見つけて来て、飼っていた人妖。ランザ=ランテと深く関わりがある人妖であるそうだが、詳しい背景等知りえたところで意味はない。
「北で拡散した災厄は、力を弱めつつも南部まで到達しようとしています。更なる信仰心を民草から受ける為に、奇跡をおこしましょう。私如きでは主神の皆様のような神秘をおこせませんが、条件さえ揃えば二十七柱の皆様のお力には近づけます」
エンパスが人妖に向けて手のひらを向ける。白色の信仰心と捧げられた魂が放たれ、レントのペットに吸収されていった。
身体がガクガクと痙攣し、気を失っていたにも関わらず口からは声にならない悲鳴が溢れる。苦痛で意識が滅茶苦茶に飛んでいるのか、スカートの間から黄金色の液体が溢れ足元を伝い石床を濡らしていった。
人妖に与えられた信仰心が、彼女の身体を経由して紐を通りぬけていくのが分かる。紐は主神を象った石像に繋がれており、神々しい力が吸収されていった。信仰心を人妖の器に蓄積しつつ、必要分を使用に回しているのだろう。
「彼女が、羨ましいのですか?」
エンパスが手のひらを人妖に向けつつ、こちらを向いた。信仰心が試される、審判をする者の表情だ。
「正直に言えば」
私はただの武辺者だ。政治に関わることもできず、祖国が危機になったところで大した力を発揮できなかった。ここに来たところで同じだ。レントのように異界の歴史と応用の知識もない。やれることと言えば、ただ前進し敵を薙ぎ倒すくらいである。
だがそれも限界があった。神敵相手に引く気はなかったが、火竜ランドルフ。アレを見た瞬間、勝てる訳がないと本能で悟ってしまった。事実、立ち向かったところで大したことはできなかっただろう。
「信徒にはそれに合わせた使い道があるものです。貴女には貴方の使い道があるのです。灰は灰に、塵は塵に、あるべき者はあるべき場所に収まるでしょう」
「成…程……私の収まる場所は…ここだと?節穴ですか?貴女は」
吊るされた人妖が喋る。精神を崩壊させレントとおままごと遊びをしていたのは知っていたが、ショックで正気に戻ったのだろうか。眼球付近の血管でも切れたのか、片方の目尻から血の涙を流しながらなお見下すような視線を向けて来る。
「ええ、全ての生物には産まれて来る意味があります。光栄に思うことです、テン。貴女がこの世に生を受けた理由はまさにこのためだと言っても過言ではないでしょ」
唾が飛んだ。エンパスの頬に付着する。
「およしなさい」
背中に背負う突撃槍がテンを貫こうとしたが、その前に手をかざされ止められた。頬に付着した唾を拭うことなく、エンパスは微笑む。
「無知は罪なりと言います。しかし、悪ではないのです。今はこの役目に理解が出来なくとも、地上に現れたる楽園を目撃すればその考えは変わるでしょう。全ての民草達を導くのは我々の役目。それは、人妖とて例外ではないのですから。人も人妖もあるべき姿、立場になるのです。そして永遠に飢えも争いも怒らない、恒久平和を実現いたしましょう」
「成程。師の言う通り、独善にすぎる。それを誰が望むのですか?貴女に洗脳されるような低能はともかく、誰も彼もが賛同するとは思わないことです。支配による平和等、誰も救われない」
「そうでしょうか?少なくとも、貴女は救われるのではないでしょうか?寒村産まれの貴女には」
人妖、いやテンの目が大きく開かれる。目つきを鋭く尖らせ、不愉快そうに表情を歪めた。だが、それはすぐに表情から消えた。その変わりに、口が半月のように歪み嘲りの目を向けた。楽し気な、嘲笑混じりの笑い声が聖堂に響く。
「なにがおかしい」
「いえ、いえいえいえ。確かに思わないことはない。そこの置き去りが言うように、誰もが飢えも苦しみもない世界ならば私が売られることはなかった。まあ、私が寒村産まれを何故知っているのかは聞きませんが。ですが、私はお父様に出会うことができた。飢えや苦しみが無い世界では出会えなかった奇跡です。まあ、なにが言いたいかと言えば」
嘲笑混じりで語るテンは、一度言葉を区切る。無知な若者を見る賢者のように、鋭くも怒りの混じる無表情な顔で見る。
「他者が、神ごときが、他者…私の人生に介入するな。反吐がでる」
「無知とはかくも恐ろしいものですね。まあ良いでしょう、目的の第一段階を遂行しましょう。さて、貴女の言うただの偶然による奇跡ではない、本物の神の御業たる奇跡をおこしましょう」
テンの身体に光が満ちる。苦痛の悲鳴と共に、捧げられた魂が消耗されていった。
イドは首を傾げる。世界が決定的に変わってしまう?世界なんて今や変動期というか、毎日のように変化しているように感じる。それとも、高級娼婦を束ねる実力者だからこそ見える世界があるというのか。どの道、配達で金稼ぎしている僕には理解しきれないことかもしれない。
取り合えず、明日も得意先に注文を聞いて本土や経済特別区にある食事処により注文をしなければならない。リスム本土に行けば、船長から頼まれたこともすますこともできるだろう。
「すいません、僕は明日早いので先に休ませていただきます」
頭を下げた時、身体が揺れた。少し疲れすぎたかなと思った瞬間、地面を大きな揺れが襲った。後ろにすっ転びそうになった瞬間、傍らから手を伸ばされ支えられる。イシカワがこちらを掴み転倒を防いだのだと遅れて気が付いた。
「ゆ、ゆ、揺れ!?地面!?揺れ!?」
「地震か。大陸でもおこるものなのだな」
馴染みの体験だとでも言いたげに、イシカワはよろけもせずに立っていた。エレミヤは座ったままであるが、警備隊長がエレミヤを支えながら護るように周囲を警戒している。二人とも、僕とは比べ物にならない程体幹が優れている。
「私の勘が当たるとは言ったけど、ここまでの変化は想像していなかったなぁ」
エレミヤが零れないように紅茶を持つが、視線は更にその先、本土の方に向けられていた。揺れは収まらないが、視線だけはその言葉に釣られるように本土の方に顔を向けた。
リスム自治州を包み込むように、光の幕がドーム状に張られていくのが見えた。ドーム状に覆われた球体の中で、まるで水晶のような巨大な柱が浮かび上がっているように見えた。
「この地では、地震であのような現象がおこるのか?」
「そんな訳あるか!なにがおきているんだ!?」
揺れが更に激しくなる。娼館通りの方から悲鳴があがり、建物が崩れる音が聞こえる。
「この地では、地揺れに対応するように対応できるように建物が作られている訳ではないからな。だが奇妙なことだ」
エレミヤを除けば、地震という現象に一番馴染みのあるイシカワが一番落ち着いていた。観察するように、本土の方を見つめていた。
「あの光の覆いの内部で、建物の崩壊はおきていない。建築様式はこちらとはさして変わらない筈だが。まるで、揺れがおこっていないかのようだな」
「よくもまあ冷静に観察してられるな!?ちょいおい!揺れが!」
「まあ揺れは何時までも続くものではない。冷静になれイド。忍者は常に冷静にあるべきだろう?」
「僕は忍者じゃないっつの!」
ようやく地揺れが収まってきた。あちこちで非常事態を知らせる警告の鐘が鳴り響き、助けを求める声が聞こえ始める。
「警備隊長。女の子と警備達の被害をすぐに確認しなさい。館の片づけ等後回しで良い、怪我人の治療等をしたらすぐに街に出向いて被害者を助けてきなさい。イシカワもです。イド君も、良かったら力を貸してくれないかしら?この揺れで、火の元も心配だし貴方の脚力で確認や消化をしてくれると助かるのだけど」
エレミヤもいたって冷静に告げた。リスムには過去に巨人事件というものがおきている為、異変に対応するのは二度目なのだろう。警備隊長が頷き、行動を開始する。イシカワもすぐに動いた。僕も、走り出す。なにがおこっているのか分からないが、今できることを行うしかないだろう。内心の不安を押しつぶすように、可能な限り力を込めて走る。
「人の世界は飽きないけれど、超常現象にはそろそろ飽きが来ているわね。さて、どうしたものかしら。また彼等の力を、借りれたら良いのだけど」
後ろでエレミヤの独り言が響いた。彼等とは、誰のことなのだろうか。僕も、恩人である三人の顔が浮かぶ。無事でいてくれることを、祈るばかりだ。