家族の仇は、娘でした 作:樫鳥
地面は新雪のような白さに染まっていた。灰色の空から今なお降り積もるそれは、雪のような冷たさはなく熱に当たっても溶解する様子もない。太陽の光を直接拝んだのは、もうどれくらい前だろうか。
村にしては大規模だが、町とは言い切れないような規模の集落。入口には簡易なバリケートが敷かれてあり、何時かのハボックを思い出す。胸中がズキリと痛むが、感傷等今はなんの意味もないので無視。だが、どれだけ時間が経とうがなにかある度に心中がざわついてしまう。
「ガラン、大丈夫か?」
「ああ」
表情に出ていたのか、同行していた仲間から声をかけられた。何でもないと軽く手を振り、前に向き直る。寄る辺を無くして流浪している身であり、仲間達の表情は厳しい。なんとか食料や物資を見つけないといけないが、あまり期待できそうにない崩壊具合が皆の表情を曇らせている。
盗賊化した食い詰めた者達。軍閥化して制御を外れた旧帝国軍。そして化物共。壊滅した集落等今は珍しくもない。痩せこけた犬が、骨と皮ばかりのミイラのような腕を加えて俺達の前を横切る。
「皆、止まれ」
エルフに半獣達そして人間、付いて来た者達の表情に緊張感が漲る。既存の宗教施設である木製が主の教会と違い、どことなく華美で彫刻等の装飾もある石造りの宗教施設は神殿と呼ばれていた。そしてその神殿は、あのクソエンパス教を祭りあげる為の施設だ。今回の騒動の原因となった連中の、拠点。
「クレスとレミナルはついてきてくれ。残りは待機しながら警戒」
俺を含めて、エルフと半獣、人間で組み合わせた六人の混成グループ。あの惨劇の日以降、後アブソリエル公国の生き残りも仲間に加わっていたが皆の食い扶持を集めるだけでも精一杯だ。そして、死人も出続けている。
アブソリエルの元親衛隊と、半獣が一人続く。神殿の正面門は施錠されている様子はない。少しだけ扉を開いて、内部を覗き込んで確認する。なにかが動いているような気配や音は、無し。
扉を開いて中に入る。神殿内は天井が崩壊しており、火山灰が建物内に降り積もっていた。信徒席の一部は崩壊した天井の瓦礫で潰されており、木材の破片が転がっている。
まだ無事な信徒席には干からびた死体が椅子にもたれたままミイラのようになっていた。手にはナイフや家庭用の包丁、草刈り鎌等が握られており茶色く錆びついている。周辺は、変色した茶色い血の飛び散った後があった。
「自害の跡か」
アブソリエル公国からの合流組である人間、クレスが呟いた。顔には、理解不能という言葉が張り付いている。半獣のレミナルが床に散らばった、変色した紙を拾い上げる。
「これまでと同じね。やれ、死ねば救われるだの。信仰心を捧げることで新たなる世界を開く礎になるだの、似たようなことばかりで嫌になる。エンパス教の信者は皆、死ぬことを目標にしているみたいね」
「世界が一変してしまい、生きることすら苦痛になっちまったんだろうよ。今まで心の支えにしていた宗教が、死ねと命じれば従う奴もでるんだろうな。それが出来ない奴が、野盗になったり連合王国に亡命しようとしたりしたんだろう、もしくは…」
クレスとレミナルが、理解不能な光景を、理解しようと話し込んでいた。
この世界に元々あった既存の宗教は、突然帝国をおこった災害に対してあまりにも無力であった。人々が荒廃した世界に絶望するなか、突然天上から遣わされたかのような天使を目撃すればそれは、人心を惑わすには充分すぎるインパクトだ。
「なにがあったか分かった」
瓦礫の裏側を見てみたら、自害とは違う死体…いや、抜け殻を見つける。まだ若い男女が腕を組みながら跪いており、その背中が裂けるように割れていた。乾燥した肉には火山灰が降り積もり、弾けて空洞となった胴体を白く染めている。
「これまでと同じだ。連中にとってこの場は、信仰心の回収場だったのだろうよ」
一年と半年以上、いや二年近く放浪してきたなかで幾度も目にした光景だ。なにがあったかは、容易に想像がついてしまう。
連中はどういう理屈か、信者を殺してその命を燃料にする術を持ち合わせている。一度その光景を目撃したことがあるのだが、天使に似たあの化物が自害した人間の命を吸い取るような光景を目の当たりにした。その天使共は決まって南東の方角へ飛び去っていく。
「クソ化物共め」
南東の方角には、なにかがある。それを突き止める為に時間を費やしてしまったが、目的地を定め移動を開始することができた。
「俺達の仲間を殺し、居場所を奪ったエンパスはぶち殺す。奴の手駒の天使共も同様だ」
故郷を滅ぼされたクレスが力強く頷いた。レミナルも、視線を鋭く尖らせ殺意を顕わにする。
ガスパルとやらの手助けのせいで、エンパスが強行により火竜ランドルフが倒れた。北部を壊滅させた変化のせいで、後アブソリエル公国は首都から前線の砦まで国土が壊滅し再起不能な程の被害がでた。ハボックも突然襲撃してきたエンパス教の軍団に襲われ、偶々食料調達で離れていた者以外は女子供関係なく殺され、全滅した。霊山を護ることを誇りとしていたコボルト達も生きてはいないだろう。
現在北部一帯は、雪景色の似合う北国の姿から一変、絶えず裂けた地面から炎が噴き出し谷間のような亀裂の底に溶岩流が流れる生物を寄せつけぬ地へと変化していた。
クレスもレミナルも、慢性的な栄養不足とストレスのせいで頬がこけ、幽鬼に近い凶相をしていた。俺とて同じような顔であろう。まるで亡者の一団のようであるが、ある目的だけがこの絶望的な世界で全てを投げ出さない為の、最後のよすがとなっていた。
「行こう。ここは既に終わった土地だ。なんとか物資を見つけて、本隊に合流し…」
外から怒号が響く。弾かれたように飛び出し、外の様子を見る。
すっかり灰で汚れてしまった、後アブソリエル公国親衛部隊の正装。鍛冶で打ちあがる火花を模した布地の胸部が破れ、新鮮な血が溢れ出し染め上げていく。よく尖れた鋭い暗器のような刃が胸元から飛び出しており、球体関節で繋がるそれは本体まで伸びていた。
「斉射!」
石弩が、ライフルが、投石が発射される。慈悲深い笑顔を浮かべる天使様の美しい笑顔が弾け、胸元にボルトが突き刺さり、投石が球体関節に直撃した。それでもなお死なない化物なのはこれまで幾度となく経験してきたことで理解している。
死体から刃が抜かれる。半分吹き飛んだ慈愛の笑みを浮かべながら新たな対象に刃を向けようとするが、飛び込んでククリナイフで弾く。
放り投げられた死体から、光輝くものが天使に向け吸収されていった。エンパス教に信仰心を持たなくても、直接殺した相手は贄として命を資源のように回収していく。おぞましい化物め。
「仲間の仇だ!命を吸いやがって!こいつを絶対に逃がすな!この場で殺すぞ!」
「「おう!」」
天使の左手が裂けていく。以前は右腕の代わりに球体関節付きの延長して攻撃できる刃がついていたのだが、奴等も進化してきたのか命を効率良く吸収できるシステムの他にも攻撃パターンが増えてきていた。
左手から始まり左腕まで裂けていく。無造作に振るったそれは五つの鞭のようにしなりながら伸び、風切り音が響いた。指の一本、恐らくは中指がかすめたのか頬から血が出る。
奴の指は一本一本がまるで刃物のように鋭く砥がれていた。鞭のようにしなる斬撃は防御が困難であり、新たな攻撃手段として以前は隙だらけであった近距離戦をカバーしている。援護のライフルや矢、投石を細分化した腕を振るうことで弾いて防ぐ。柔軟で柔らかそうに見えるが、耐刃、耐弾性能が高く鞭のような部分は既存の武器では破壊も覚束ない。
周囲の仲間に注意が向かないように立ち回る。球体関節から伸びる刃を弾き、鞭の暴風をかいくぐる。下手をしなくても気を抜けば首が飛ぶような緊張感があるが、それでも身体は怯まず前に出て間合いを詰める。間合いを詰める程、完全に避けきることが難しくなり身体に鮮血がの小さな花が咲いた。
だが充分すぎる間合いを詰めることができた。仲間の援護射撃を奴が弾いたと同時に、前に出る。飛び上がりながら膝で顎を打ち抜き、体重をかけて踏み潰すように地面に縫い付ける。痛みを感じないのか呻き声一つあげることもないが、破壊された首の器官のせいで身体を上手いこと動かせないのか動きが鈍る。
ククリナイフを交差し、首を切断する。なおも動く胴体には、仲間達が駆け寄り長剣を、ナイフを、斧槍を突き刺した。球体関節を岩で潰して破壊をし、細分化する腕の根元、胴体と右腕の付け根部分を斧で切断して動きを止める。
天使の胴体は諤々と痙攣して動かなくなる。死んだ仲間から吸収されていた光は停止し、霧散するように宙に消えていった。死んだ仲間の魂を護れた。だがそれに安堵する間もなく、バサバサと複数の羽音が周囲から響いた。
食い詰めて、訪れた放浪者を殺害し贄として魂とやらを回収していたのだろう。信者達の自害だけでは飽き足らず、なおもなにかの目的の為に涼やかな顔をしながら人や生物を殺して回っている。
「上等だよ……かかって来いよクソ共が!」
背中から生える翼の独特の羽音を聞くことで、再度俺の中で怒りが沸き上がる。お前等が世界を地獄に変えるならば、俺自身がお前等の地獄になってやる。
射る。射る、射る、射る。
手持ちの矢を連続で放つが、奴は止まる様子がない。全長だけで大人数名程の巨大さを誇るイノシシが、集落に向け突撃を開始していた。長く伸びた牙と厚い皮と体毛、脂肪がただの弓矢では致命傷を与えることができない堅牢な鎧として機能しているようだった。
「エルバンネ、この大きさ」
「今野生個体でここまで栄養をとれ、体躯を維持している生物がいる訳がない。恐らくは人妖、それも餌にありつけ続いた強力な個体だ」
ガラン達が廃集落に侵入ししばらくして、突如として殺気立った個体が枯れた木々の生える昔は森であった、今では残骸のような土地から出現した。遠目で見て分かるが、ガラン達が天使と交戦を開始していることから争いに乗じて漁夫の利を得ようとしていたのだろう。
猪突猛進な見た目に反して狡猾だ。だがしかし、向こうも久しぶりの獲物を目にしているのか、それとも猪のような姿をした化物故の習性か、昂っている。
「合わせろ」
「エルフに合わせろ?無茶苦茶言うなぁ」
矢を射続けてイラつかせたところで、よく狙いをつける。一呼吸を置いてから放つ。傍らにいた半獣、ウェルロンドも伏せの状態から銃身の長いライフル銃で狙撃をした。一本の矢と弾丸が眼球を狙った。風切り音を鳴らす矢が先に放たれ、銃声が上がる。
「直撃?」
両の目から流血しているように見えるが、違う。直撃の瞬間、僅かな時間ながらこちらの狙いに気がついたのか不自然に頭を振ったのが見えた。弾丸が上瞼を貫通、鏃も似たようなところに当たったようだがやや弾よりも広がるような着弾範囲で眼球を傷つけた。
「しくじった!」
「皆をまとめて退避しろウェルロンド。私が引き付ける」
後ろに下がりながら矢を引き絞り、放つ。もはや警戒された為視界潰しの眼球狙いは難しいが、それでもなお幾度も同じ個所を攻撃してくるのは面白くないだろう。ライフル銃を抱えたままウェルロンドは地面を転がり道を開ける。執拗に攻撃をしてくるこちらを狙う為に、素直に街中まで入ってきた。
窓枠に足をかけ飛び上がる。屋根の上に着地した瞬間建物に猪の巨体が直撃し、崩壊を始める。完全に崩れきる前に次の足場に跳躍。民家が薄紙細工のように崩れていき、通り道が瓦礫の山になっていく。
口に指をあて、長い口笛を吹く。短い口笛が、二回。このまま誘導。
徐々に集落の中心に近づいていく。天使共とガラン達が戦闘をしている立ち止まって矢を二本の矢を引き絞り、射撃。戦果を確認する暇もなく、建物から飛び降りて横に転がる。戦果は、舞い落ちた純白の羽として現れていた。翼を二翼射抜かれた天使が落下する。
それと同時に、壁をぶち破り猪が現れる。破城槌のような巨大な牙が落ちて来た天使の胴体を貫いた。異物が引っかかったことに、猪は立ち止まる。首を思いきり振るい引っかかった死体を壁に叩きつけるように引き抜いた。
胴体がくず肉となり、凄まじい勢いで叩きつけられた天使はズルリと壁から落ちる。だが首を斬らないと復活する為、ガランがすかさずククリナイフで斬り落とした。
長い放浪の末、分かったことが幾つかある。
一つ、天使共は時には甘い顔をしながら信者を増やし、収穫する。信仰心を持たずに抵抗する者は殺害し贄として命を持ち去る。
一つ、天使は人妖を激しく敵視している。贄としての狩りの獲物と考えれば上等なのか、それとも目の仇にする理由があるのか。信者になると意思疎通ができるらしいが、なる気はないので確認する方法がない。
一つ、人妖にとっても天使は獲物としても上等のようだ。特に、人間としての理性をもう溶かしきっているようなタイプは殊更にそういう奴が多い。一度だけ、天使共を狩ることを専門に活動して捕食する人妖を見たことがある。
「ガラン!一度引け!三つ巴になると面倒だ!」
ククリナイフを両手で持ち、天使の首筋にかみついた。喉笛を食い千切り、骨を砕き、千切れかけた首を頭を振るうことで引き千切っていた。ガランの戦い方は、なりふり構わないような形になっていた。血走った目でこちらを見つめている。
私にとって、故郷と仲間を大量に失ったのは三度目である。悪い意味で、仲間の喪失には慣れていた。世界は元からままならないものであり、混沌の坩堝と化した今の大陸ではなおさらだ。だがしかし、ガランには初めての経験であった。賑やかで快活だった彼は、もういない。
「俺は残る」
「ガラン」
「人妖なんぞに渡してたまるかよ。羽の生えた害虫は、俺が一匹残らず似合いの肥溜めにぶち込んでやる。お前等は引け」
ガランは、かつて聞いていないのに、なにかある度に聞き飽きる程語っていた暑苦しい夢を何時しか語らなくなっていた。護るべき存在、平和で安心した生活をさせてやりたい同胞を大量に失い自暴自棄に近い状態となっている。
かつて、ミハエルを贄にしてまで人間を殺して回ろうと考えていた我々エルフと同じ思考に囚われていた。我々は更なる犠牲を払いながら復讐から離れることができた。
「引け。ここで意地を張る必要はない。殺したいなら、残った奴等を料理すれば良い」
「冷静だな、エルバンネ。エルフにだって死傷者は出たのに、お前は冷静だ。何故だ」
理不尽な死に、慣れすぎたせいだ。いや、理不尽等とは言えない。エレミヤという差別階級を作ったエルフ達の悪習。なにを犠牲にしてでも復讐を遂げようとした仲間達の大量死。その二つは、我等に理由がある。恥ずべき過去と行いが、我等の首を絞めつけただけだ。
だがガランには、恥じる過去がない。彼にとって、虐げられた仲間達と自分自身を助けようと行動をおこしただけだ。ただ普通に暮らしたい、その場を信じてついてきてくれた皆と分かち合いたいと戦ってきた。その結末が、これだ。私の言葉では、届かない。
「奴等俺達の仲間を!コボルト共を!ゴミみてェに殺しやがった!帝国との戦争中だ!殺し殺されをしていたから、奴らに攻め込まれて殺されるのはまだ理解できる!だけど奴等、訳の分からん計画の為にただそこにいたからって理由で殺しやがった!許さねえ!許されちゃいけねえんだ!それにまた、仲間を殺しやがった!邪魔するなエルバンネ!元より俺とお前に命令し、される立場も義理もねェ筈だろうが!」
ガランが、人妖と天使の争いの中に喰い込んでいった。止めようにも奴の言う通り、私ではガランを止める権限がない。先遣隊にも負傷者がいる為、彼等を護り後退するしかない。
「ランドルフを殺すのを手助けしたという、悪魔の野郎も許さねえ!人妖とかいう悪魔のふざけた産物もぶっ潰してやる!どいつもこいつも、皆殺しだ!」
以前のガランならば、重症の仲間がいたら気を使えた。だが、怒りと憎悪がガランを変えていた。そして、彼を止める上位の権限を持つ者の不在が響いていた。
「重傷者を保護しろ!下がるぞ!」
「エルバンネさん!?良いんですか!?計画と違うのに!」
「致し方なかろう。私には、奴を止める力も権限もない」
ガランは、この放浪の中で見違える程強くなっていた。憎悪を糧にあらゆるものを取り込み、あれ程嫌悪していた天使達の肉を喰らい、毎日のように牙と爪を研いでいた。元々近接戦闘において、ガランは私より数段上の立場であったが、仮に今本気で殺しあいがおこるとしたらこちらに有意な筈の中距離戦闘からのスタートでも確実に殺める自信がない。
今はこれ以上、ガランの怒りと憎悪が増さないように仲間達を護りながら退却するだけだ。
充分に離れたことを確認し、建物の中に入る。元は食事処であったのだろう。割れた皿や食器の類が散乱しており、窓から吹き込んだ火山灰が床を白く染め上げていた。
大人数で食事をする為のテーブル席に重傷者を寝かせる。左腕を持っていかれたようだが、命に別状はない。だが出血は止めなければいけないし、それだけでは切断面から腐り始めてしまう。激痛に身をよじり、歯ぎしりをしながら痛みに悶えてた。
「火をおこせ!それと厚い布地を取り出せ!」
火打石で暖炉に火を灯し、打ち捨てられた家具をバラバラにして火種として放り込む。布を絞るように巻いた後、歯や舌を噛みすぎないように代わりに口に加えさせる。
ロングソードを火で炙る。充分に熱して刀身が赤熱した為、暖炉から取り出したそれを受け取った。
「死ぬほど辛いだろうが、死ぬよりはマシだ。耐えてくれ」
腕を斬り落とされた半獣が、口に布を加えさせられ喋れない代わりに頷く。この処置はもう幾度か見ており、自分がこれからなにをさせられるか分かっているのだろう。
貴重な水だが、惜しみなく使い傷口を洗い流す。熱した刀身が切断面に当てられる。蒸気が立ち上り、肉と骨が焼ける音が室内に響いた。
「もっと全力で押さえろ!暴れたら処置が遅くなる!苦しみが長引くだけだぞ!」
痛みと熱に暴れる半獣の青年。力も強い為、エルフや人間、半獣を問わず全力で身体を抑える。
「包帯を持って来い!」
焼けただれた切断面に当て布をして包帯を巻く。痛み止めもない為しばらくは眠れない日々が続くだろうが、これで急速に死ぬということはない。植物も枯れ、新鮮な水ですら貴重な現在の帝国では、私や他のエルフが持つ調薬の知識も役に立たない。
半獣の青年は、包帯を巻き終わる頃には意識を飛ばしていた。ようやくひと段落つき、疲れと緊張からか何人かがその場に座り込んでしまう。
「エルバンネさん。俺達、何時までこんなことをしなければならないのでしょうか」
エルフの一人が、呟くような小声で問いかけてきた。食料を求め徘徊し、生物を見つければ襲って狩る。火山灰による汚染で新鮮な水にはありつけず、大型の人妖から溢れた血液を飲料にすることも珍しくはない。食料も言わずもがな、天使や人妖の肉を目をつむり自分を騙しながら貪る始末だ。
南に向かえば先の天変地異の被害は少ないと聞く。だが、食料も水も満足にない一団の動きは遅々として進まなかった。
「まずは南、海まで向かう。そこまで辿り着けば、火山灰の影響も少なく飲める水や生き延びた動植物もいる筈だ」
南へ向かうという方針は、ガランも説得しなんとか受け入れてもらった案だ。天使達が東南方面に飛ぶ為に、東寄りでありながら南に進むことに合意をしてくれた。天使が飛び立つ方向に、規則性があることを証明できなければ受け入れてはもらえなかっただろう。
今でもガランを慕う半獣の生き残り達。同じく復讐に燃える後アブソリエル公国の人間達。
アブソリエル公国を纏めていたノルン=ミルクエルは戦えない、或いは戦いを拒む生き残りの自国民を纏めて行動を別にした。ミルフは迷いつつも、もう一人のコボルトと共にそれについていった。戦えない、戦う術を持たない人々を助ける為についていくと言い残し。
数刻後、巨大ななにかが倒れる音が響いた。
様子を見る為に、遠巻きに見張っていたエルフが報告に来る。ガランが、どうやら天使共を皆殺しに更に人妖を片付けたらしい。様子を見に行くと、ガランは死骸に食らいついていた。皮を剥ぎ、肉を貪り、血と埃にまみれた顔をこちらに向ける。
「しばらくの飯と飲料、確保した」
ランザ=ランテがいたら、彼は復讐鬼となったガランになにを言ったあろうか。世界が崩壊した日に、ガラン達を庇いながら逃走し重傷を負いながらも竜として羽ばたき危機を逃れることになった。
だがしかし、そのランザと私は出会っていない。空竜と呼ばれる存在が、連れていってしまったそうだ。それに、クーラもしがみついていったという。
「肉の解体にかかろう。人妖は死後しばらくしたら人間に戻る。大きいうちにはぎ取って、過食部位を保護するんだ」
死体に近づき、刃物を突き立てる。こうまでして生き延びる必要があるのだろうかと、ふと考えてしまっていた。