家族の仇は、娘でした 作:樫鳥
講演用の広場には、人だかりが出来ていた。音楽や演劇をやる為の野外ステージには演劇が行われており、ベレーザとサグレは席に座りながら公演を鑑賞していた。
もっともサグレは目が見えない為、俳優や女優の演技を声で楽しんでいるようであるが、コミカルな掛け合いに笑い声がおこり二人も楽し気に笑っている。日傘は閉じているが、二人が座るベンチは丁度両脇がスロープ状上に昇る通路になっており、この時間帯なら日差しは当たらない。
その反対側、ベンチに座り観光客のふりをしながら二人を見張る。帽子を被り衣服を変え、町人に変装をしているがバレないかが不安だ。
昨晩サグレは短い間見逃してほしいと懇願し、甘いことではあるがそれを受け入れた。そのサグレの提案として、こうして二人の逢瀬を見張るという嫌な役回りを演じている。万が一なにかがあったら、周囲に被害が出る前に片を付けられるように。
できることなら、何事もなく二人の楽しみが続けば良いとは思う。だがしかし、だからといって何時崩壊するか分からない均衡をただ眺めるだけというのは想像以上に神経が磨り減る。
「野郎一人でカップルに向けてそんなに鋭い目ぇ向けてたら、目立つだろうが」
かけられた声に、内心驚愕をしつつ腰のホルスターに手を伸ばす。散弾銃を掴もむ手が、それ以上動かないように褐色の手がそれを止めた。
「んなもん振り回したら、尾行どころじゃなくなるぜ相棒」
悪竜ジークリンデが、ニヤニヤとした意地の悪い笑みを向けて来る。赤いシャツに黒く染められ、袖を乱暴に破ったような革の上着。所々破れて、いや意図的に破いたのか、穴が開いたズボンを着用しこれまた黒色の革靴まで履いていた。
「隣座るぜ」
「遠慮しろ。というかどこから盗んできた」
一目がある街中で、こんな堂々と顕現するジークリンデに、驚きは隠せないが無理にでも押し込めないといけない。この悪竜に、隙を見せる訳にはいかない。
「あ?」
「その服だ。裸族がどこから調達してきたと聞いている」
「ああ、これだよこれ」
ズボンの一部が、小さな連結刃となり、すぐに戻る。身にまとうのは全て身体の一部ということか、無駄に器用な真似をしてくれる。
「なあ」
「断る」
「まだなにも言ってねぇ。この姿だと腹は減らねえけど、見たことねえもんだらけだぜここ。オレにもクイーンビー討伐の分け前よこせ」
「分けたら消えてくれるならな」
「そりゃ無理だ。てか少しは感謝しろよ相棒。傍目から見ても滅茶苦茶目立っているから、わざわざこのオレが連れ合いの雌役してやろうって言うんだぜ?さっきも言ったが目立つんだってお前。だから金寄越せ、そこらの出店ぶっ壊して騒ぎの一つおこしてやろうか?」
タチの悪い冗談だ。演技とはいえ彼女面の悪竜を隣に吸血鬼になりかけの人間を見張れときたか。そこまで付き合いが良いとは思わなかった。知りたくもなかった。クソが。
「生憎だが、人肉を売っている屋台はない」
「食い飽きたってんだ。味変もクソねぇくらいには。ああでも、お前の味なら好みだぜ?指の一本でもつまみ食いしてやろうかぁおい」
舌なめずりをしながらこちらを嘗め回すような視線を向けて来る。ため息をつき、懐から銀貨を取り出し親指で弾く、それを受け取り「しけてやがんなぁ」と肩をすくめジークリンデはフラフラと離れて行った。銀貨だってそれなりの価値があるが。生贄と共に捧げれられた金銀財宝に見慣れた悪竜には子供の小遣い以下の価値しかないだろうが。
もっとも、悪竜が金を使い買い物をすることなどないのだろうが。いや少し待て、店で騒ぎの一つおこしていないだろうな。例えば行列を後ろから斬り刻んだり、些細なことで店主と口論して屋台が首ごと分断されたり、トッピングと称して食べ物に辻斬りした人間の血をぶちまいたり。
見張る対象から目をそらすのはあまりよろしくないのだが、視線を脇に反らす。以外にもジークリンデは和やかに店主と会話をし、銀貨を放り投げ適当に見繕えとのたまっている。帰ってくる金とは思えないが、まさか屋台一つに銀貨を全て使うつもりか。
一本でもボリュームのある、様々な牛や豚の部位が刺さる肉オンリーな串焼きを指の間に八本挟み込み戻ってくる。何故かドヤ顔を向けられるが、買い物できて偉いですねとでも言ってほしいつもりか。もしそうだとしたら、誉め言葉は銃弾と共にぶち込んでやる。
「やんねー」
「いらん」
椅子にドカリと座り込み、端の串から牙をくい立てる。野郎一人でカップルの監視は目立つとか言っていたが、果て目から見れば珍しい褐色肌の野性的な美女が器用に肉に噛り付く様はかなり目立つ。
幸い二人は観劇中、こちらに注意を払う様子はないが、それでもこの奇妙な状況は落ち着きようがない。ついでに、先程これを『美女』と表現してしまった自分に腹が立つ。いかに人間らしく振る舞い、店で買い物をし、串焼きをほお張ろうとこいつは悪竜だ。気を許して良い存在ではない。
そして自由奔放に振る舞うこの竜を見ていると、本当に封印が機能しているのかと不安になってくる。本当は既に封印など存在しなく、気紛れで封じられたフリをしているかもしれない。嫌な考えばかりが頭をよぎる。今は、サグレの問題に集中したいというのに。
「昨夜は大失敗だったな相棒。何故殺さなかった」
早くも三本目の串焼きにとりかかるジークリンデは、おもむろに聞いて来た。この竜に恋愛感情が理解できるのかどうかは分からないが、伝説の上では悪竜に番がいたという話はない。可能な限り古い伝承を調べて読み漁ってはみたが、そのほとんどは気紛れに人間を弄ぶか、気に食わないと判断すれば暴れるだけだ。
サグレは、ベレーザと最後の時を過ごしたいと語った。吸血鬼になりかけ、その衝動を抑えるのがどれだけ難しいことかは分からないが、並大抵のことではないのは昨日の様子を見れば明らかだ。その根底には間違いなく恋愛感情が汲み取れる。
あれを容赦なく殺せる者は、感情や人間性という意味では良くも悪くも人間をやめているだろう。非道や非情というものは、修羅の道だ。
「彼女は自害の覚悟を決め、そのうえで懇願してきた。俺の役目はその最後を手伝うことくらいだ」
「そーやって騙され続けてきたんだろうが。いや、騙す気はなくても未練のせいで最後の最後、死にたくないなんて意見を翻してきたらどうするつもりなんだ?」
「その時、手を汚すのは俺の役目だ」
へえ、とジークリンデは嘲笑するような笑みを見せる。手に握られた串焼きの肉は、既に全て食べつくされていた。
「まあその方が、余計な罪悪感は抱かずにすむわな。少なくとも、時間をくれと懇願する半分化物な人間もどきを殺すよりは」
余計な罪悪感。言い返そうとしたが、的を射ている。被害を出さずに確実に事態を収めるには、昨夜はうってつけであった。なりかけとはいえ未だに人間、銃弾一発射つだけで、災厄の可能性をゼロにすることができた。
だがしたくはなかった。できなかった。根底にあるのは罪悪感、ほんの後少し生きたがる相手を殺せなかった。
「自分を重ねたとか、そんなどうでも良い言い訳を理由にはできねぇよあなぁ相棒。結局は我が身可愛ささ。余計な罪悪感を担ぎたくなくて、もしかしたら大丈夫かもしれないなんて曖昧な可能性に委ねちまったんだ。まあ俺としちゃ吸血鬼と一戦やりあうのに反対はねぇが、まさか自分が善行を積んだなんて思っちゃいねぇよな。ただ感情に押しつぶされたくなくて、リスクから目を反らしただけなんだからよ」
この竜は、まったく嫌なことを言ってくる。覚悟の無さを説いてきているようであり、口から紡がれるのはこちらの内心を暴く呪詛だ。
サグレは自殺する。少なくとも、俺はその自殺を介錯として補助することになっている。どの道少なくとも、見殺しにすることには変わらない。それなら、あの夜一発でことをすまさなかったこととなにが違う。
いや、そんなことを考えるな。サグレはベレーザとの思い出を望んでいた。それを許容することが人としてはやはり大事なのではないか。逆の立場だったら、俺も懇願するだろう。
「お前には分からんよ」
返答が面白くなかったのか、ジークリンデはその面白みのない返事を鼻で笑う。
「そんなんで、化け狐を殺せる気でいるのかよ。何時まで寄り道をしているつもりだ」
何時まで寄り道をしているつもりだ、その言葉でランザの顔は強張った。
あの猫の処遇にアレコレ頭を悩ませたり、吸血鬼モドキを殺したくないと打つべき手を打てなかったり、ガキを殺すことに過剰な罪悪感を抱いたり、まったく何時までどうでも良いことに頭を悩ませているのやら。
まあそれこそが、可愛いかったりするのだが。テンを連想する言葉をだした瞬間、表情に余裕さが無くなり強張り始めたのを含めてだ。
テン。控えめに言ってもアレは、どこをどう間違ったのか俺から見てもただの妖狐の人妖にしちゃ化物だ。神話の時代、只人がなにかの拍子で神または悪魔に成り代わるのを見たことはあるが、あらゆる神格や悪魔の格が零落したこの時代において、当時のそれに匹敵するようなものを感じた。それも超常の力に頼らず、自力でその域まで行く仕上がりだ。
アレが仮にただの人のまま育てば、歴史においてなにか大きな意味をもたらした一角の人物となれただろう。まあ破綻した性格のせいで面倒くさい雌に成り果てている訳ではあるが。それだけ、様々な意味で素質という面ではずば抜けている、時代が時代なら英雄の器だ。俺の好みじゃねえがな。
とにかく、それを殺そうっていうのに、未だにこいつは余計なことばかり囚われ考えている。能力云々の問題ではなく覚悟の質で既に負けている。向こうは気持ちわりぃことにお父様一直線なんだぜ?
「例えばあの猫は、お前に心酔している破綻者だ。もう中身がぶっ壊れかけているんだからよ、都合よく育てりゃ良いじゃねえか。捨て駒、身代わり、特攻なんでもござれだ。胸が痛むか?ならば春でも売らせて情報集めの資金に充てる足しにでもしたらどうだ?半獣を嬲りたい奴なんて男女問わずどこにでもいるだろうよ。お前の命令となりゃ、クソ猫は喜んで行うだろうぜ。雌狐殺すことを考えるなら、そちらの方が有用だ」
「そんなことに使って良い訳がない。クーラはこれまで、不幸続きだった。そろそろ自分の幸せを見つけても良い頃だ。流石悪竜か、よくもまあそこまで非道なことを言えるものだな」
キレてやがる。だが騒ぎはおこせねぇよなぁ。収集がつかなくなったら吸血鬼どころの話じゃなくなるからな。何時もみたいに玩具をぶっぱなして来るのも健気だが、こういうのも悪くはない。
だが甘い、甘ったれだ。
「非道になれなきゃ雌狐にゃ勝てねえって言ってんだよ。そうだな、良いこと教えてやるよ」
耳元に、顔を寄せる。嫌そうに身体を離そうするが逃がさない。腕を回し、反対側の肩をがっしり掴んでやった。
「ここでオレを使え」
驚愕の表情。意味が分からないのか、混乱した顔を向けて来る。
「オレは悪竜、贄を力に変える能力がある。祭りに浮かれた生命力が集まった呑気な連中を根こそぎ撫で斬りにし絶望に堕とせば、俺は数多の贄を得ることができる。その分をお前にくれてやるよ。超速再生でも、鬼神の如き膂力でも、飛燕の如き速さでも、才能無しな魔力を神話の時代の天才並みに高めることだってなんでもござれだ。そのうえでオレを振るえば、敵はいねぇ。帝国にいる竜狩りだろうが、同じ竜だろうが雌狐だろうが敵じゃあねえ」
ランザがなにかを叫びそうになる前に、口を塞いでやる。擬態の一部を刃に戻し、振るう。誰の目にも留まらない鋭い速さの刃が伸び、舞台の上のセットや大きな照明を支える照明立ての一部を破壊した。街並みを模していた、舞台上の背景は土台が崩れ、照明台が倒れ舞台役者に襲いかかる。
周囲は騒然とし、事故だ!という叫びがあちこちから響いた。誰も注目していないうちに、ランザの首元を掴みベンチの後ろ、木々や深い林が生い茂る中に放り投げる。まだ軽いな、ちゃんと飯食ってるのか?
「やりやがったな!おまっ…」
起き上がろうとするランザの胸板を足で踏む。地面に縛り付けられた身体はもがくが、動けない。まだまだか弱い人間だ。
擬態を解き、刃の列がランザの四肢を貫き地面に縛り付ける。鼻孔をくすぐる血の香り、何度嗅いでもたまらない。憎悪の視線を向けて来るのが分かり、身体がゾクゾクする。か弱い小動物のクセして、その目力だけは一流だ。
ランザの身体の上を、這いつくばる。傷が広がることを厭わず貫かれた四肢を動かそうとする様が哀れだが可愛い。そして無意味だ。無意味に傷を広げていく、まったく加虐欲をどこまで加算させてくれるんだこいつは。
だがそろそろ大人しくしてもらいたい、貫いた四肢の中でさらに刃を増殖。筋線維をズタズタに斬り裂き、行動する為に必要な器官を軒並破壊していく。あ、やりすぎた、左足の骨が砕けた。
ランザの顔に液体が振りかかる。よだれを垂らしていたようだ、はしたないが、仕方ないな。これほどまでそそらせるお前が悪いんだから、よだれくらい許せ。
「クソ雑魚。お前はオレがなにをしようと、止めることすらできやしねぇ。封印されて力がでない俺が相手ですらこのざまなんだぜ?復讐をしたいですぅ~、でも人道には背きたくないですぅ~。まったくもって馬鹿らしいと思わねえか?んで今馬鹿を見ている、それがお前だ相棒」
「見境なくお前を使って、人を斬り殺し続けろと?お前は…甘言で封印を破る力がほしいだけ…だろっ!封印が解けたらまず最初の犠牲者は俺で…次はなにをするつもりだ?力を分け与える?そんな旨い話があるかっ!」
「そうだな、そうかもしれねぇ。だがそうじゃないかもしれねぇ。それに対するオレの気紛れはリスクってヤツだ。だがリスクを恐れた奴は大成をしねぇだろ。何度も言うがよ相棒、オレはこう見えてお前を気に入っているんだ、信じてねぇみたいだがな」
ミチミチと、身体の中身を壊す刃が伸びていく。これはダメだ、止まらねぇ。こいつの中身を壊しながら浸食していく。御馳走を喰い漁りながら進むような感覚だ。オレだけの英雄、その中身にオレを刻み込んでいく。中に入って一つになるなんて、これはもう交尾なのでは?人と交尾なんておぞましいけどな。
だからこそ、こいつとは興奮するんだが。
「なあ、一つになろうぜ?猫も狐も吸血鬼も関係ねぇ。この街の人間皆殺しにすれば、お前は一線を越えた力を手に入れることができる。無論オレは、話しに乗って狂気の行動を選んだ、そんなお前を裏切らねえ。悪竜と呼ばれようが、オレは嘘をついたことはあまりねえ。気に入ってるんだよ相棒。竜の力を得て、竜の力を振るい、竜を従える。封印もクソもなくなるが、雌狐だろうが屠ってみせる。」
痛みに悶えるが、ランザは声をあげない。そりゃそうだ、せっかく隠したのに声をあげてこれが見つかればいろいろアウトだ。代わりに憤怒の表情を向けて来る。たまらんね。食い散らかしたい。
「今のお前は、雑魚なんだから。クソ雑魚なんだよ。だから、考えろって…な?」
その発言を聞いた瞬間、ランザは笑みを漏らした。予想外の反応、何故こんな状況で笑えたんだ?
「そんなクソ雑魚に封印された…お前はどうなんだ。クソ雑魚に封印される…ナメクジか?そんな奴の封印解いても…贄を捧げても…得られる力はたかがしれてるな」
「っ…クッ…アっハハハハハハ!ハハハハハハ!」
マジかこいつ、マジかよ。この期に及んで断るどころかそんな挑発的な言葉を並べてくるなんて、激痛で思考すら鈍っているというのにこの口減らなさと敵意だけは異常だな。だから良いんだ、だから好きなんだ、だから交わりたいんだ。
四肢を侵食している刃が興奮で暴れる。皮膚の内側から小さい刃が溢れるように斬り裂き、出血が激しくなる。止めることなんできない、だってこいつが大好きなんだから。
「OKOK分かったよ、今回はオレの負けだな。ナメクジか、長い間生きてきて、そんなこと言われたのは初めてだぜ。最高だよ相棒、お前は最高だ。でも流石に、ナメクジ扱いはオレだってプライドが許さねえんだぜ?だからよ」
ランザの肩に食らいつく。皮膚が裂け肉に刃が食い込み、食いちぎる。よく咀嚼をすることで唾液とよくよく混ぜ合わせ、口を開けてやった。血肉と唾液が入り混じる肉片を、よく見せてやったあと呑みこんだ。有象無象の生贄より、焼いた豚や牛の肉より、この味がたまらない。
睨みつけてくる敵意の心地良さ、この健気さの愛おしさは雌狐に同意をしてしまうな。小動物の必死な威嚇が可愛らしいように。
「生意気なクソガキには身体にたっぷりと分からせてから、また治してやるよ。オスガキ分からせなんて誰が得するんだと思うだろうが、残念ながらオレが得をする。じっくりオレに、貪られてくれよ」
おっとその前に、一応吸血鬼モドキの気配を確認しておくか。……どうやらあの場から離れたようだな。これで邪魔されずにお楽しみを続けられる。一日はこれで潰れるだろうが我慢してくれよ、多分あの吸血鬼モドキの精神力ならば、今日くらいは大丈夫な筈だ。
そこまで考えて一つ思う浮かぶ。吸血鬼、弱い人間にとっては天敵種、産まれたてとはいえその力は有象無象とは群を抜いて強大だ。そんな吸血鬼に嬲られれば、少しは考えを改めるだろうか。
どちらにせよ、明日が楽しみだ。悪竜はニヤリと笑い、再度捕食にとりかかる。死なない程度に、再生を繰り返しながら。その時間は、とても甘美で尊かった。
ランザとジークリンデ、俺で一人称が被ると今更気づいた為悪竜の一人称をオレにしました。
オレっ娘もっと流行れ。