家族の仇は、娘でした 作:樫鳥
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フルークが作る薬草と野菜を煮込んだドロドロの、お世辞にも美味いとは言えない煮汁スープに慣れてきたころ、ようやく身体にある程度の自由が戻るようになった。
まだ無理はできない程だが、木の棒を削った杖をつきながら短い距離くらいなら散策できる。少し歩くだけで筋肉が萎えてしまっていたのが分かるが、それでも、少なくとも下の介助を受ける必要がもう無さそうなのはありがたい。必要な介助であるのは分かるので文句は言わないが、羞恥心で死にたくなる。
しかし、まだしばらくは寝たきりになると思っていた。あのドロドロ粥の滋養要素は、我慢してでも食べる価値はあったということか。それに、フルークは治療技術や骨接ぎが上手い。流石は元々一族単位で世界中の鉄火場に乱入してきた種族だ。薬草粥といい、外傷の手当てや治療には手慣れているのだろう。
「はぁ」
思わずため息をついてしまった。雄大、という言葉をこれほどまでも意識したことはない。青々とした短い草が絨毯のように敷き詰められるように生えており、山羊が草を食んでいた。石造りの小さな水路から湧き水が溢れている。水場の受けに石をくり抜いたものが置かれており、黒と白の犬が水を飲んでいる。
水飲み場の隣には食肉の解体と保存を兼ねている小屋が併設されていた。軒先には雨除けの屋根が付けられており、大量の薪と手作りオーブンに、野外調理ができる竈がある。玉ねぎやニンニクが吊るされており、呑気なものでその下には猫が腹を見せて寝ていた。近くには一人暮らしには似つかわない程広い丸太のテーブルと椅子が置かれている。
解体場の隣には倉庫兼作業場が作られており、そこでは獲物から剥いだ毛皮をなめし加工をしているようだった。布団や服の素材となる毛皮や食べきれない肉は、近所の村人や行商人と交換をしているようだ。近所といっても丘向こう側がお隣さんである程の人口密度ではあるようだが。
その向こう側を見れば石を積み上げただけである低めの壁が作られており、壁の向こう側は急斜面となっている。遥か下には川が流れているのが見え、木々と共にポツリポツリと家があるのが見えた。水面は低めに見え、穏やかに流れている。
そして、息を呑んだのが遥か先の景色。木々生い茂る森の向こう側、まるで山を両断して斬り分けたかのような絶壁が岩の灰色と雪の白さで塗られていた。標高がどれくらいなのかも分からないというか、雲よりも高い。
見るだけなら雄大な景気。観光に来ただけならば、この光景だけならば見ただけで満足してしまうだろう。ここに来た甲斐があったと、感動すら覚えたかもしれない。だがしかし問題なのは、あの天竜が最後に向かった先はあの山頂であるということだ。
眼帯を外す。普通の肉眼では分からないが、常人より遥かに優れる悪竜の視力でほんの僅かに石造りの建物があるように見えた。なんとなくだけど、火竜の神殿に似ているような気がする。あくまでも、気がするというだけであるが。ここから詳細が分かる訳がない。
そもそもあんなところに建造物があること自体が、竜と関係がある証拠だろう。考えてみれば火竜の神殿も火山地帯のよく分からない場所に建造されていた。もしかしたら、海竜の神殿は海底深くにあるかもしれない。いずれにせよ、人知を超えた話である。
まずは谷を降りる方法を探し、森まで向かう方法を探さなければならない。まあ下には民家もあることだし、階段のようなものが何処かにあるだろう。森までは問題なくいけるが、山脈のように連なる絶壁を昇るのは骨が折れるなんて問題ではない。
多少の崖昇りはできなくもないが、あの高さを昇ることまで想定した技術ではない。そのうえ寒さも厳しいだろうし、一日で昇りきれるものでもないだろう。身体の快調を待つのは当たり前であるが、特殊な道具や専用の技術も必要になるだろう。
もしくは、あの山の裏側を確認しなんとか別ルートを見つけることが出来ればもしかしたら案外楽に昇ることができるかもしれない。
「無駄だな」
フルークが声をかけてきた。山羊の乳を搾っていたが、こちらの考えを読んだのか口を挟んできた。
「山の裏側もあんな感じってこと?」
「隣国に入国し、三日かけて歩けば回り込むこともできるが待っているのはこちら側よりも苛酷な環境だ。悪いことは言わんから、余計な望みは持たない方が良い」
ため息をついて、山から目を離す。フルークの表情はこの生活でほとんど変化は見られないが、それは無表情というよりかは種族特有のものではないかと推測できた。人となりの全てがこの短い生活で理解した訳ではないけれど、不必要な嘘はつかないタイプではあると思う。
寡黙だが無口ではない。なんとなく、コボルトのロウザを思い出す。同じくあまり長い付き合いではなかったけど、雰囲気的には近いものを感じた。
「どうしても、登りたいのか?命を投げ捨てるようなものだ、お勧めはしない」
「竜を称える神殿があるんだったら、建築技術を持つ人間や多かれ少なかれ石材や道具を搬入する必要があるんじゃない?だったらさ、過去竜以外にも登頂した人間かそれ以外かがいたと思うんだよ。竜が自分であの手のものを作るキャラじゃないのはよく分かっているからさ」
「竜の生活を語る等異常者と言われかねない物言いだな。だがしかし、天竜にしがみついていた以上戯言と斬り捨てられないのも確かだ」
乳しぼりを終えたフルークが、バケツを持ちながら歩いていく。あの山羊の乳からチーズを作り出し、それをカチカチに乾燥させて吊るし保存食とするらしい。嘘か本当か、カチカチのチーズを投石機から放ちそれに命中して死んだ偉人がいたとかいないとか。
山羊が近づいて来た。なにかされると思ったが、スルーしていき目的も無さそうに歩いていく。ほんの少し前まで鍛冶鋳造の国に、そして戦争をしていたとは思えない程ののどかさだ。腰を降ろして、骨に負担がかからないように横になる。
深呼吸をすると、空気が奇麗であるということが分かる。刺激は少ないだろうが、雄大な自然と新鮮な空気を吸いながら日々の糧を得る為だけに生活していく。ここには陰謀も怪しげな宗教問題も、戦火もない。こういうところで、ランザと共に生活をしていくのも魅力的に思える。
「会いたいよ」
拳を握りしめる。
最後に見た彼の姿は、ボロボロであった。自分やガラン達を護りながら最後まで飛んだ為、その身体には噴火の災害を最後まで浴び続けていた。墜落するように着地した彼の身体は、今の自分等よりも重症であった。あまり考えたくないが、生きているか死んでいるかも分からない。
いや、ランザは死んでいない。だがそうだとしても、彼は身体の傷が癒えた後エンパスやテンの問題と決着をつける為に飛んでいくだろう。その時は、修羅場に向かう際自分は置いて行かれるだろう。ここは、それだけ平和で安全である。
だとしたら、こんなところで泣きべそをかいている場合ではない。あの重症がどれくらいで完治するかは分からないが、こちらは傷を癒した後あの断崖を昇る手段と体力を蓄えなければならない。
立ち上がり、杖をついて歩く。寝たきりの期間があった分、筋肉も体力も萎えている。少しでもそれを取り戻さなければならない。無論、それで傷が悪くなってしまったら本末転倒なので気を使いながらではあるが。
しばらくグルグル回るように歩いていたら、それだけでかなりの疲労が溜まってきた。身体が思うように動かないことが、ここまで苦労するとは思わなかった。建材の余りなのか、転がっていた岩の上に腰を降ろす。涼やかな風が汗で濡れた肌の上を撫でていった。
カツン、という音が聞こえた。フルークが太い獣の骨を鉈で両断しているところだった。割れた太い骨の内部、骨髄に岩塩と香辛料のような赤い粉末をかけている。野外調理場、何時の間にか火入れをしていた手作りのオーブンの中に骨髄を鉄板を使い入れていた。
大振りの肉が台所に乗っており、板のような肉斬りナイフで切り取っていく。竈に火が入っており、鍋やフライパンではなく鉄板が乗せられていた。牛脂に似た油の塊を鉄板に乗せて伸ばし、その上に二枚の肉をしいた。焼けるまでの間、寄ってきた犬や猫に肉の切れ端を投げる。
両面を焼いた肉の良い香りが漂ってきた。味の酷い草粥ばかり食べさせられていた身体はその匂いだけで反応し、胃袋が鳴り始める。味を想像しただけで唾液が口内から溢れ出してきた。
フルークが調理場から少し離れる。水汲み場には何時の間にかトマトとレタスが洗われ、冷やされていた。まな板に並べられたトマトに、野菜を切るようのナイフが挿入される。良く砥がれているのか、ストンと柔らかいものを切るようにトマトが両断された。瑞々しい断面から水分が零れる。
レタスにもナイフが入れられ、食べやすいサイズに切断された。玉ねぎも鉄板に焼かれ、先に焼かれていた肉が皿の上に焦げないように避難させられた。
脇に置かれたバケットから大きな丸いパンが二個取り出され、真ん中から断面を切断する。レタスを敷いてその上に肉が広げられた。オーブンから焼けた骨が引き出され、スプーンを使い岩塩と香辛料で味付けたした骨髄がソース代わりに肉の上に広げられた。
その上に焼かれた玉ねぎとトマトが重ねられ、パンで挟まれる。パンの大きさもあるが、巨大な肉と様々な具材のせいでかなりのボリュームがある。普段なら食べきれないだろうが、今ならあれ一個くらいならペロンと食べきれそうだ。
しかしさすがはウォーリアバニー。ガタイや筋肉を維持するためには大食感にもなるだろうが、あれを二個食べきることができるとは。
最後に水飲み場で、木彫りのコップを二つ用意して水を汲む。巨大なパンとコップがテーブルに置かれ、手招きをされた。棒を使いながら立ち上がり、椅子に腰をかけると一つパンが差し出された。
「良いの?」
「歩き回れる程良くなったんだろうが。偶には良いだろう。そもそも、食べるのを見せつける為に呼ぶほど意地悪くはない」
噛みつき、咀嚼する。顎の力も弱っているかと思ったが。若い食欲がそれを上回る。しばらくぶりに食べた肉の味が口内に広がり、骨髄に塩と香辛料を混ぜたソースが想像以上に美味しい。少なくとも、帝国では太い骨というのは捨てるものであり内部のものを調味料に使うのは考えたこともなかった。
帝国から飛び立ってから、初めて料理と呼べるほどの手の込んだものを食べたこともあり涙が出てきそうになる。調理場にいたミルフには悪いが、どれだけ工夫してみても豊富な調味料と潤沢な食材には勝てない。
味も聞いてこずに、黙々とフルークは食を進めている。食べ慣れているせいもあるだろうが、やはり表情に出てこない。こちらが食べきった後で、口を開く。
「動けるようになるようになれば、そろそろ食いがいのあるものが必要になるだろう。エネルギーも欲しくなるだろうしな」
身体つくりには栄養が必要だ。自分も小さい頃、もう少し栄養のあるものを食べていけば今頃はもっと良い体つきになっていたのだろうか。今からでも間に合うだろうかと、少しだけ考えてしまった。
「ありがとう。久しぶりに料理って感じの食事を楽しめたよ」
「普段食べているものも、薬膳料理の類なんだがな」
「自分の中では、薬膳料理は料理の類と認識できなかったみたい」
「見てくれも悪いが、味も酷いからな」
動けない期間食べていたものがそればかりなのも、味に感動している理由かもしれない。パンは少し堅めの保存がきくものであったがそんなものも全然気にならない。あっという間に食べ終えてしまった。
さて、ここまで世話になっておきながら、今更な話ではあるが彼がなんの企みがあってここまで世話を焼いているのかが未だまったく分からない。以前の自分であったら裏があることを前提になにを考えているかを探る。だがしかし、世の中には無償で厄介に首を突っ込んだり世話をするお人好しもいる。
冒険者ギルドで囲まれた時、ベレーザが助けてくれたことを思い出す。ランザは海に漂流したテンを助けて養子にした。世の中には、無償で誰かを助ける善人だって存在する。だけどそんな人達の存在が、目の前の人物がどういう存在なのかが分からなくする。
悪意のようなものは感じない。例えばなにかに利用しようとしたりとか、性的な目で見て来るということもない。そもそも、淡々と動けない間の世話をしてもらった以上その企みはないと思うが。長々と本心を騙して油断したタイミングに、とも思うがそれなら動けない時に襲った方が早いだろう。
正直、行動から真意を読み取るのはお手上げだ。本人の言にあるように、他人をただ助けるだけの生活と心の余裕があるということか。そういえば、少し忘れかけていたがこちらの事情に興味があると言っていた
。単なる好奇心もあるだろうか。
「どうした?」
「いや、正直お手上げだなと思ってさ。そろそろ、本当に慈善事業で助けてくれているんじゃないかと信じてしまいそうになるくらいにね。こうして、内心素直に喋るくらいにはなんで助けてくれたのか分からない」
「その気持ちは分からなくはない。善意をちらつかせてだまし討ちをしてくる者等珍しくもないからな。だがしかし、お前は悪意を伴わない善意を施せる人物になれれば良いな」
悪意を伴わない善意。イルドガルでイドを助けたことを思い出す。あの時ランザは、イドの覚悟を受け取って助けることを選択した。二度と会うことのない人物、自分には無意味なことにしか思えなかったけど、ランザには違うからこそ助けたのだろう。
「自分には難易度の高い話だよ。それで、なんで助けてくれたの?確かに助けてくれとは話したけどさ。そろそろ、なにか交換条件や恩返しにあれをやれこれをやれなんて言うと思ったけどさ」
「お前の特技で、フルークの役に立つことがあるのならばな。ここでは、血に塗れる技術が必要になることは少ない。荒事がまったく無いとは言わないが、人の血が流れるようなことはまずはない」
フルークの鼻がピクンと動いた。そして、ウサギ特有の赤い目でこちらを眺める。
「武器にこびりついた血の香りもそうだが、多少なりとも体術の心得もあるのだろう。全身にある傷のつき方から考えれば、修羅場をくぐってきたことは分かる。平穏に暮らすならば、ここではその技術は必要がない」
「だろうね。本当に、ここで自分が約に立つことを考えてみたけど子供の使いくらいだよ」
「強いて言うならば、そろそろ教えてもらおうか。竜に捕まって、わざわざここに飛んで来た理由という訳をな」
「そりゃあ、気になるよねぇ」
「この国には、神秘主義というか自然信仰というか、古い竜神信仰を持っている者もいる。ここでずっと暮らしていれば、三年の一度くらい天竜オリシスを見る機会があってな。今や古すぎる価値観であるがここでは伝統の一部として脈々と受け継がれている。フルークも、一度あの雄大に空を飛ぶ姿を見てから分からなくはないと思っている。だからこそ、あれに捕まって飛ぶ等と考えるとな」
話して良いものだろうか。今まで自分が経験してきた経緯を思い返してみると、それこそ頭のおかしい奴扱いされてもおかしくないと思う。さて、どこから話してどこを隠しておくべきか。
「取り合えず、話を聞くなら二つ程約束してくれないかな。話の途中で腰を折らないこと、取り合えず全部真実だと思ってほしいこと。良いかな?」
何処を切り取り、何処から話せば良いか難しい。だけど、取り合えず話せるところは、正直に話してみようかとも思う。なにせ、恐らくあの山頂に辿り着く為には現地民の協力は必要不可欠だろう。
竜神信仰を持つ相手だ。話す内容が吉と出るか凶と出るかは分からない。だけど、信じてもらうには誠意を見せるしかないだろう。覚悟を決めて、口を開いた。
かいつまんだ内容を聞いたフルークの顔は、分かりにくいが苦虫をかみしめたようにも見えた。まあ、分からなくもない。虚言を吐いているとしか思えない内容なのだから。
「申し訳ないが、流石に信じきることは難しい。あの流石に帝国が連合王国と戦争していることくらいは噂程度には聞いていたが」
「まあそうだろうね。ランザ、悪竜になった人間。当事者でなければ信じられない話だと思うよ。もしくは病気を疑うよね…でもまあ」
つけなおしていた眼帯をずらす。ジークリンデから譲り受けた黄金の瞳が、フルークを視界に入れた。
「笑えることに、真実ってのは突拍子もない話なんだよね」
難しい顔をしたフルークは黙り込む。しばらく考え込み、そして、深い深いため息をついた。
「特殊な身の上。だからこそ、お前の旦那であるランザを迎えに行きたいのだな。心配でたまらないのだから」
大きく頷く。因みにこの関係は嘘ではない。遅いか早いかの差でしかないのだからね。