家族の仇は、娘でした 作:樫鳥
フルークは狩人でなめし職人だ。仕事ぶりは見たことはないが、仕留めた獲物の数と、獣の外皮をほとんど傷つけずに一撃で仕留める技量は加工する毛皮の様子を見て素人目にもうかがえた。
作業場兼倉庫に置かれる仕事道具の充実ぶり。罠から解体ナイフまで一揃いされており、品質にも妥協はない。そして使い込まれている。良いものは長持ちしやすいが、入念に手入れをしているのだろう。
フルークの仕事道具から砥石を借りて直刀を研いでいく。リスムの経済特別区で購入した、特注した訳でもないのに長い間支えてもらっていた武器。磨いた刀身が自分自身を映す。最近は肉も野菜も豊富なスープや料理を食べているせいかだいぶ血色が戻ってきた。
怪我も歩くくらいには支障も無くなり、身体はまだ本調子ではないとはいえ寝返りすらできない状態と比べればだいぶマシになっただろう。心配なのは戦闘における勘である。これは、訓練もそうだが実戦で確かめてみないとどれくらい鈍っているのか分からない。せめて模擬戦闘でも出来たら良いのだが、フルークはその手の願いを聞き入れてくれることはなかった。
直刀、そしてルーガルーのナイフを磨き自分の装備点検をすます。投げナイフを消費しすぎた為、どこかで補給をしたいが望み薄であろう。投げつける為の消耗品なので粗悪品で充分ではあるのだが。狩猟の獲物から出た骨を削り代用品にでもしておこうか考える。
フルークが扱う解体用に使う大振りのナイフを手に取る。状態を確認した後、砥石を刃先に当てて滑らせた。もうそれなりの月日、タダ飯食べている。恩返しには足りないが、出来ることは手伝わないと流石に座りが悪い。
しかし、狩人の道具類ということは分かるのだが、自分の感性がどちらかと言うと密偵向けというかすっかり戦闘向けになったせいかまるでゲリラ戦を行う為の武器庫にも見えて来る。トラ挟みに各種罠に使えるロープの類。森林地帯でも振りやすいククリナイフは、ガランが扱うものよりも大振りでどちらかと言えば鉈に近い。
住居の方にも飾ってあったが、ここにも弓矢の類や石弩もありこちらも使い込まれた跡が見える。骨を断ち切る為の鋸は、フルークの体躯と膂力に合わせる為か分厚く重そうだ。獣や鼻を欺く為に、森林に合わせた色に染め上げられた外套や体臭を消す薬品をしみこませていた。
狩人がどういうことをする人間かは分かるが、その技能の細かいところまでは知らない。本格的に狩りで生計を立てるならばこれくらいの装備は必要なのだろうか。それとも、山岳地帯故の多彩な装備なのか。
ギィ、という音を立てて扉が開いた。入ってきたフルークは外套を着こんでいる。なめし作業まで終えた怪我を丸めて長い紐で複数まとめる。背嚢と共に毛皮を背中に背負い込み、注文票をチラリと見て再度確認した後それをポケットに畳んでしまう。えらく几帳面に畳むものだ。
「今日は市に行くが、来るか?」
初めての誘いだったが、間を開けずに頷く。市場があるということは、人と道具に情報も集まる筈。出来れば帝国方面の噂話程度は欲しいが、多分それはあまり期待できない。ただ、流通情報から連合王国の様子やあの天竜がいる霊山の絶壁を昇る為に役に立つ道具があるかもしれない。
手持ちの高価は帝国で流通していた銀貨に、リスム自治州に流れていた連合王国の通貨。使えるかどうかは分からないが、それを確認する必要もある。
「それは置いていけ。必要になるようなことはない」
何時もの癖で、準備となったら自然と武装を身に着けていたが、それを指摘された。
「だとは思うよ。でも、今までずっとこれ等と一緒に過ごしてきた。手足を置いていけと言われて、置いていける人はいない。それこそ、切断でもされない限りね」
ルーガルーのナイフはモスコー、この直刀はリスム経済特別区からの付き合いであるがそれ以前から自分のすぐそばには武装があった。もうほとんど覚えていない奴隷市場時代を計算に入れなければ、今までの生涯を武装と共に過ごしたと言っても良い。それこそ、日常品であり必需品に近い。
そして、それをウォーリアバニーが分からないとは言わせない。自分を一目で、そういう人種だと判断するくらいには争い慣れしている人種がだ。
「何時かは、それをただの刃物として認識できる日がくれば良いな」
「フルーク、貴方はそれができたの?」
家に飾られていた強弓は、獣を狩る為には異常に強力なものだ。多分鎧を貫通するどころではすまない威力であるだろう。下手をすれば大人数人は貫通するかもしれない。それを、寝所に飾ってあるのはある種の警戒ではないかと思う。戦場の思い出は、壁にかけて見返すには不吉にすぎる。ウォーモンガーでもない限りは。
上着の中に直刀を仕込む。こう見えても隠密の端くれ、素人目では武器を持っているようには見えないくらいの技量はある。そして何時ものようにフードを深く被り、耳を隠す。半獣という存在は、それだけで争いの火種となる。
「みんなが怖がるという理由ならば、これならどう?」
フルークが頷いた。出ていく彼に続き、歩く。相も変わらず山羊が草を食み、猫や犬が思い思いに過ごしているが、聞くところによると乳を搾る為にいる山羊以外は野犬や野良がただ寄ってきているだけという。放し飼いかと思ったけど、そういう訳でもなさそうだ。
砂利が敷かれた道を歩く。今日も快晴であり、標高が高いわりに天気が崩れることは少ない。前に帝都を目指して北上していた頃は急激な天気の移り変わりに難儀をしたものだが、ここではそんなことも少ない。
人が少ないせいか、空気が澄んでいる。水は井戸を掘らずとも湧き出る地下水が透き通っており冷たい。冬場の厳しさは流石に帝都やリスムを超えることに想像がついてしまうが自然豊かな良い環境だ。自分はどちらかと言えば都会派であるが、もし本当に刃物を置いて一線を退くようなことがあればこんな環境で暮らすのも良いかもしれない。無論、その傍らには彼がいることが前提であり不可欠であるが。
歩いている最中にも民家がまばらにあったが、本当にまばらだ。石造りの土台と木星の壁に屋根。一軒一軒敷地が広く、それぞれが野菜を育てたりガーデニングに力を入れたり自由に使っている。少し、悪夢の世界にいたサグレとベレーザを思い出してしまった。彼女達が仮にここで暮らしていたら、彫刻用のアトリエとハーブ園を作るのだろうか。
「フルークさん」
分かれ道の合流地点で馬車を引く青年が声をかけてきた。馬車には麻袋が大量に積まれており、なにが入っているかは分からないが恐らくは物騒なものではないだろう。
「ドリナス、行商か?」
「羊毛の仕入れですよ。今年は質が良い、天候に恵まれたおかげですかね?」
「森の果実の実りが良いおかげで、獣達の毛皮も質が良い。興味があるなら、エルモの店に卸すから覗きに来い」
「直接取引してくれても良いんですよ?仲介料を払わなくて良い分、そちらに渡す金銭もお得となりますが?」
「遠慮しておこう。バレた時、ナミカに怒られるのが怖い」
この国にいるのも長くなり、フルークに言語を教えてもらった。多少違和感はあったが原型となったのは帝国系言語が少し訛った連合王国系、そしてそれがさらに訛ったような感覚であった為、コツさえ掴めれば日常会話程度は話せ、聞き取れるようになった。異国の言語をすぐに習得するスキルは、自分のような人種には必要不可欠だしね。
行商人の視線が、こちらに気が付いたように向けられた。商人、商人だ。商人相手にした時の嫌な思い出は多すぎる。イルドガルで、パルークーレースの為に利用されていたイドは相対的に考えればまだ幸せな扱われ方だ。彼等が持つ、値踏みをするような視線に嫌悪感が隠せない。
無意識に、手が直刀の方に行くのをフルークが商人から見えないように手で止めた。
「狩人の、お弟子さんをとられたのですか?」
「弟子ではないが、縁があってな。居候という訳だ」
「そうですか。初めまして、隣国のエルタやイルミを跨いで行商をしているドリナスと言います。お見知りおきを」
こちらの出自等気にする様子もなく頭を下げて自己紹介をする。こちらも渾身の作り笑いを浮かべ愛想よく笑ってみせる。レントが加護を与えた連中は美人や美少女揃いだった。少なくとも、その一員にいたのだからそれなりの笑顔を浮かべて応対すればそれなりの評価と感情が帰ってくるものだ。少なくとも、耳と尻尾を見せないかぎりは。
「初めまして。クーラ=ネレイスです。こちらこそよろしくお願いします」
「ネレイス。ファミリーネームを名乗るということは、外国からの旅行者ですか?」
しくじった。そういえば、フルークは自分の名前を名乗る際にファミリーネームを言わなかった。もしかしたら、この国にはそういう文化が無いかもしれない。少し考えれば、馬鹿でも分かる。ただの行商人相手に気を使いすぎかもしれないが、隙を見せたのは自分が腑抜けている証拠だ。
内心の自分に対しての苛立ちを抑えながら、思考は軌道修正をする。
「はい。旅の最中で難儀していたところ、フルークに助けてもらいました。今は、彼にこの国のことを教えてもらっている最中です」
嘘ではないが真実ではない。まさかこれだけの情報で竜から振り落とされた等と気が付くような奴がいたら、それは超能力者かなにかだろう。
「ドリナス。商売は時間との戦いが、師匠からの教えじゃなかったか?徒歩に合わせなくても、良いんだぞ?遅れたら、また鉄拳を受けるんじゃないか?」
「あーあー、フルークさんそういうこと言う。せっかく可愛らしい外国人のお嬢さんとお近づきになろうと思ったのに。まあでも、もっともかなぁ」
ドリナスが馬車の足を速める。少しづず遠くなる馬車の上から、こちらに手を振った。
「取引の話は考えておいてください!師匠を出し抜くことが、最高の師孝行ですからねー!」
馬車一台、護衛は無し。積まれているのは満載の羊毛であるようだが、それでも強盗の類には襲われないのだろう。速足で行ってしまった。
「しくじったなぁ」
大きくため息をつく。平和な生活で腑抜けてしまっただろうか。ただ一時、身体が治るまでいる場所でしかないというのに。
「しくじりと思うな、この国では杞憂だ」
「ウォーリアバニーに喧嘩を売る命知らずはいないでしょう?半獣はそういう訳にはいかないの」
「ならば、この先の光景を見て考えを改めろ」
なだらかな斜面の道を通っていくと、木製の門が見えた。しかしながら門は壊れており、扉は無警戒にも開きっぱなしであった。そもそも、それ以前に左右に壁も無ければ柵もない、ただの意味のない枠にしかなっていなかった。ド田舎、という言葉が失礼ながら頭をよぎる。
門の内側は、正面に木製の大きな建造物が見えた。二台の馬車が止まっており、農機具のようなものを降ろしている。隣にある馬車は果実が満載されており、自分達が入ってきたのとは反対側の方向に出ていった。郵便局のようなものを兼ねているのか、郵便袋を背負った飛脚が建物に入っていく。
左右には露店が並んでいた。主となるのは果実類の他に穀物や野菜等の料理の材料が並ぶ。その隣には干した川魚と肉が煙で炙られていた。燻製となったものを、村人と思われる人達や商人が購入していく。
小さな酒場と思われる建物。今は営業時間外なのか店員と思わしき人間が箒で地面を掃いていた。驚愕したのは、彼女の臀部からクリンとした茶色の中に黒の三本線が入る大きな尻尾がついていること。そして小さな耳が頭に生えていた。間違いない、リス系の半獣だ。
「飲食店の店員に、半獣?」
冗談のような光景に顔が引きつる。帝都であんなことをすれば、店に向けて投擲物を投げ込まれても珍しい話ではない。それどころか、浄化とか消化とか消毒とかの名目で夜中に火をつけられてもおかしくはない。連合王国でも表立っての排斥はされないにしても、眉をひそめられるだろう。
だがその半獣は、通りかかった人と挨拶をかわし立ち話に興じ始めた。奴隷ということでもなさそうだ。もっとも、半獣を飲食関係の奴隷に使おう等持ち主の衛生観念を疑われる悪手ではあるのだが。
フルークに肩を叩かれ、そちらの方を向く。露店で店主の男性と半獣の男性が値引き交渉をしていた。互いに値段を言い合い、しょうがないなと店主が笑いながら「何時も贔屓してくれるから」とかなり負けた値段で取引をしていた。
よく見たら、木窓から見える中央の建物の内部でも筆を走らせる半獣がいた。声は聞こえないが、動作から部下に指示をしている様子も見える。驚くことに、ここでは公務員や役人のような立場にまで半獣が存在しているようだ。そして、フルークに対して物怖じするような者が存在しない。
ガランが語っていた夢物語の光景が、目の前に広がっていた。自分には想像もつかないような世界。そりゃあ、ランザやベレーザのように差別を快く思わない人間はいる。だがしかし、普通の大衆にとっては差別というのは日常生活の一部となっている。
誰もが自分より下の存在を見て安心する。そして、ああはなりたくないと奮起をすることで、憐みを向けることで、嘲笑することで心の平穏と生活の安定を手に入れている。良い悪いの問題ではない。虐めは本能に基づく行動だと聞いたことがある。鶏でさえ、集団になれば仲間であっても弱い個体を死ぬまで集団でつついて殺す。
そのようなものだと思っていた。だがしかし、ここでの光景はそんな自分の価値観を根底から否定をするものだった。
「この国では、助け合わなければ生きていけない。時に苛酷となる環境は、命を容易く奪うからだ。助け合える者同士、憎しみあいいがみ合う価値はない」
自分は、まだこの国の気候について穏やかな面しか見ていない。だがしかし、時にはこの雄大な大自然が
猛威を振るうことがあるのだろう。だからこそ、皆が皆を尊重しあい助けあっているのか。
見かたによれは、それは競争を阻害する行為だ。踏みつけあうことにより争いが産まれ、それは発展に繋がる。人口比もあるから簡単な比較はできないが、悪く言えばこの小さな市場は過去の時代に取り残されているようにも見える。
だが、ガランが率いていた皆がこの光景を見たら涙を流すかもしれない。ここが、時代遅れで無価値であるとは言えない。
中央の建物を周りこみ、西側に向かうと織物が並ぶ露店が目に入った。民族衣装のようなものだろうか、ゆったりとした布を巻いたような衣装を男女問わず着ていたのを何人か見ている。因みに、フルークは着ていない。どう考えても似合わない。
「ナミカ」
「聞こえてるよ!入っておいで!」
近くにある建物に入ると、そこには麻の布地や毛皮が積まれていた。恰幅の良い中年女性が針と糸をまるで使い慣れた暗器のように凄まじい速さで動かしている。作っているのは、冬服だろうか。裏地にも毛皮を当て、保温を重視するように頑丈に縫われていた。
「ナミカ、これが注文に受けていた…」
「デカい図体の癖に、相変わらずボソボソ喋るね!今忙しいんだから金はそこの棚から持っていきな!グズグズしてると邪魔になるよ!」
流石に渋顔になるフルークであるが、なにも言い返さずに棚に置かれたフルークの名前が書かれた袋を手に取った。音からして貨幣が入っているようだが、中身を確認する様子はない。
「フルーク、中の確認を」
「あぁん!?誰だい失礼なことを言うアンタは!」
商品と金銭のやり取りをするのだ。後で金額が合わなければ水掛け論となり、意味がない。後でこじれないように、今この場で見て確かめることが重要である。
こちらは常識を言ったつもりであったが、ナミカは声を荒げながらこちらを睨んだ。腹の肉を揺らしながら立ち上がり、こちらに迫ってくる。
「失礼?揉め事をおこさないように、重要なことだと思うけど?」
金銭に関わることは大切だ。それを確かめることは当たり前であり、それを失礼呼ばわりされる謂れはない。こちらも黙ってはいられない。
「そちらに悪意が無くても、手違いで必要料金が入っていない可能性がある。それを後から指摘することで摩擦が産まれればお互いに面倒なことになるだけだと思うけど?そもそも、貴女はフルークが持ってきた毛皮の価値を鑑定しないまま値段をつけている。それは、狩人だけじゃなくなめし職人であるフルークに対する侮辱にも見えるけど?」
「生意気なことを言う小娘じゃないかい。アンタの連れかい?」
「色々あって、居候させている。市場に連れて来たのも、今日が初めてでな」
「ふーん、そうかい」
ナミカがフルークが持ってきた毛皮の紐をほどく。片手で広げ、商品を一瞥した後こちらに向き直った。
「フルークの腕前は確かだよ。アタシの注文通りのものを毎回届けてくれるし、文で予め卸す毛皮の状態を伝えてくれる。アタシの工房は忙しくてねぇ、本当ならこの口論の時間も惜しいくらいさね。フルークは注文通りのものを完璧ななめし作業をし持ってきてくれる。そして、状態について事細かく書かれた手紙は嘘も誤魔化しもない。状態が分かれば、鑑定をして金額をつける手間が省けるってもんさ。お互いの信頼のうえで、この取引が成り立っている。衣服造りも金銭も誤差なくきっちりが、こちらもモットーだからね」
「その通りだ。ナミカとの取引で、誤差がでたことはない」
「今アンタは黙ってな!今この嬢ちゃんと話しているんだ!」
怒鳴られたフルークは、渋顔のまま口を噤んでしまった。ウォーリアバニーを黙らせる怒声等、大した胆力だ。
「でも、そんな方法は他じゃ通じない。腕が良いだけの職人なんて、カモにされて終わりだね」
「余裕のない嬢ちゃんだね。よほど、ケツの穴が小さい世界から来たようだ」
「なに?」
「信頼には信頼で応じる。それのなにがいけないっていうのさ。それとも、そんな相手が一人もいない程寂しい奴なのかい?アンタは」
「そっ!」
そんな訳がない、と言おうとした時点で自分の負けが確定したことが分かった。思い出したのは、帝都に向かう際にノック山の調査による報酬金を山分けした際のことだ。ランザは、どうしても自分にも山分けした分を持たせたがり、そしてそれは確かめるまでもなくちゃんと五分のものだった。
自分はランザならそうするだろうなと思っていた。全額持っていてもらっても良かったのに、彼は対等な仲間として認めてそうしたのだ。
ナミカはフルークを、対等な商売相手として認めているのだろう。こんな大雑把な取引で、互いに納得がいく交渉ができるくらいには。
「言い負かされたからって、辛気臭い顔するねぇ!建物の中でくらいはそれをとりな!」
耳を隠す為のフード。伸ばされてきた腕から逃れる為に、後方に下がるが後ろにいたフルークがフードをとった。灰色の耳が露出してしまい、思わず両手で隠してしまうがそれは意味のない行為だった。
「なにをする!」
本気で牙を剥くが、悪意の視線は飛んでこない。それどころか、豪快な笑い声が響いた。ナミカが、こちらが威嚇する様子を小動物の威嚇を見るように大声で笑ったのだ。
「なにをトゲトゲしているのか思ったら、半獣かい?まったく、よそで相当酷いめにあったのかい?」
「お前には、関係ないだろう」
「ああ、ないね。まったくくだらない。アンタのことじゃない、アンタを取り巻く世界がくだらないのさ。この国で、その程度の特徴で後ろ指を指す相手がいるものかね。だから、そんなに怯えるのはやめるんだね」
興味も無さそうにナミカは作業に戻る。こちらが殺気を剥けても、相手にもされていない。行き場のない感情が、心の中に広がった。