家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

143 / 149


この国は良い国だ。自然は苛酷な面もあるがその為に人々は助け合い、他者に対する思いやりが産まれている。

 

 フルークが伝えたいことは、そういうことなのだろう。自分の過去は何一つ話した訳ではないが、彼のように武器を置ける道があるということを暗に示したかったかもしれない。まあ、思うところがない訳ではない。ガランが目指すもののモデルケースを見たという意味もあるし、ランザとこういうところで過ごすのも良い。

 

 市場の食堂にて昼食を囲むテーブルには、葉野菜の盛り合わせとライ麦のパンが並んでいる。汁物は岩塩と豆のスープと質素なものだが旅の最中に食べた料理は輪にかけて貧相だから文句の出ようもない。そもそも食べさせてもらっている以上、それを言うのはお門違いなのではあるけれど。

 

 「我等天風の恵みともたらしに感謝をし、今日の糧をいつの日か大地へ、そして空へお返しすることを誓います」

 

 フルークが手を正面に組み、食事前の文言を呟いていた。もはやすっかり慣れてしまった儀式的行為であるが、こちらとしてはやる気もおきなければ向こうから強要されることもなかった。神様とやらは見たことはないが、その奇跡による結果と惨劇を思えば食欲も失せてくる。

 

 ただフルークの文言が終わるまでは待った。先に食べ始めるなんてもっての他だろう。

 

 「待たせたな」

 

 「いや、毎度のことだし、別に。というか、何時も何時もまあよくやるよね。宗教観ってのはよく分からないけどさ」

 

 「天竜は枯れた大地には雨雲を呼び、荒れる地には風と陽を当てるという。我々はその恵みを享受して生きているという考えのものだ」

 

 「連中がそんなことまで考えているとは思えないけどね」

 

 少なくとも、ジークリンデはただの愉快犯だった。ランドルフはまっとうに祀られていたけれど、信仰の対象になることじたいは消極的には見えた。天竜はどうだかは分からないけれど、どちらにしても下々の信仰なんていちいち聞き入れていないんじゃないかと思う。

 

 「宗教とは心構えの問題だ。そして、土着の信仰というものは生活に密接している知恵が蓄えられている。例えば、戒律により不必要な狩猟や殺生は禁止されているが、それは獲物の数が不足しない為と治安の維持に貢献している。求めすぎないことも大切だ、必要な糧で満ち足りる幸福は大切でもある」

 

 「確かに、国によっては信仰心が無いということは常識が無いと一緒なんて言うけどさ。それでも、自分は勘弁だよ。宗教組織の皮を被ったヤバイ連中がいるからね」

 

 葉野菜を食む。野菜には岩塩が振りかけてあるようだが少量。これがこの国での食べ方なのだろうか?そういえば、塩が振りかけた野菜はフルークの家でも何度か出てきていた。だが思いのほか、ライ麦パンは美味しかった。噛んでから分かったが、中に腸詰めが入っている。貧相に見せかけた贅沢品だ。

 

 「そのような存在はこの国にはいない」

 

 「未来永劫いないとは言い切れないでしょ。そのうち来るよ、西からね。それも、遠くない未来に」

 

 ガスパルは、連合王国で待つと言っていた。いくら悪魔といえど、膨れ上がったエンパス勢力に対して後ろ盾無く対抗できるとは思えない。悪魔の所業だ、あれこと知識を吹き込んで抱き込むくらいのことはできるだろう。

 

 想像を空想まで広げるならば、連合王国を抱き込んだのは戦争以前から。つまり、帝国と連合王国の戦争を演出する為に暗躍していたなんて考えてしまうこともできる。証拠がない限りは、誇大妄想にすぎないけどね。

 

 取り合えず、今ガスパルが連合王国を後ろ盾にしている以上、いくらエンパスといえどもあの国を容易く攻略できるとは思えない。むしろ、国家という組織力を十二分に使いガスパルの采配のみでエンパスの問題を片付けることもできるかもしれない。

 

 だが、エンパスだってガスパルの存在を計算に入れたうえで計画を動かした筈だ。ガスパルが勝つ可能性があるならば、それ以上にエンパスはガスパルを越えて来るだろう。勝算があるからこそ、行動をおこしたのだから。

 

 「フルーク、今日までお世話になりました」

 

 貨幣袋をテーブルの上に置く。中身は帝国で鋳造された銀貨と銅貨の類だ。国は違えど、帝国の貨幣というのは信用が強い為異国でも問題なく使える場合が多い。今の帝国の信用がどれくらいかは知らないけれど、まったく使えない筈でもないと思う。どの道、今自分の手持ちはこれが精一杯である。

 

 「なんだ、これは」

 

 「足りないだろうけど、礼金として受け取ってほしい。身体はもうほとんど癒えたし、そろそろ世話になるのも申し訳ないしね。これで足りるとは思えないけど、埋め合わせは後日で良いかな」

 

 「それは別に良いが。これからどうするつもりだ?拾った命を捨てに行くつもりならば、許すことはできんぞ」

 

 フルークにはここ数か月、神域故に立ち入り禁止であるということと、そもそも登頂不可能と言える凄まじく高い壁を登攀するなど命を捨てるようなものだとも。宗教上の理由と共に、現実的にも危険であることを何度も口すっぱく語っていた。

 

 もしかしたら、お前の目当ての人物ももうあそこにはいないだろうと冷静に考えればあり得る話も時に織り交ぜながら、平和な暮らしを享受することを幾度も勧めてきている。

 

 だけど、ジークリンデの瞳を継承した自分には分かる。ランザは未だあそこにいる。何故降りてこないかと言えば、それは降りられない理由があるからに他ならない。或いは、天竜オリシスが原因に一枚噛んでいるのではないかと邪推をしてしまう。

 

 フルークには悪いが、天竜オリシスは状況いかんによっては敵だ。最悪ランザが監禁されているのではないかと考えるだけで、これ以上時間を浪費することはできないという焦燥感にもかられてしまう。なにせ竜の外見で性別を判断する方法は分からないのだから。同性同士で始まる恋もあるらしいしね。

 

 「自分のやるべきことを」

 

 動けない理由があるならば、迎えに行く。自分自身がそうしたいし、こんな自分を恐らくは一番理解してくれたジークリンデから託された最後の願いなのだから。それに比べれば、あの程度の壁等障害にもならない。

 

 古代遺跡があるということは、資材や石材を運ぶ必要がある。建築をするための人員や人足を動かすルートが必ずある。竜がセコセコ建築をするとは思えない為、古く危険だろうがその道は必ずあるのだ。そして、それを見つけることこそが潜入ルートを探り密偵の役目を与えられた自分の役目だ。

 

 「そのやるべきことは、人生を捧げるにたる行いなのか?今一度、自分の人生をというものを振り返ってみろ」

 

 「ロクでもないもんだよ。だからこそ、その中で見出したものに命を懸けることができるというものじゃないかな。フルーク、貴方が示してくれた生活と道は確かに良いものだと思うし、この国は良いところだよ。知り合いの半獣が夢見た楽園と言えるかもしれない。だけど自分にとってあの人、ランザが隣にいないのは耐え難い。場所は楽園でもそこは地獄さ。そして逆に言えば、ランザが隣にいるのならばそこが地獄でも自分にとっては代えがたい居場所なんだよ」

 

 フルークの顔が、理解し難いと言うように眉間に皺が寄った。

 

 「初めて、お前の思い人の名前を聞いたな」

 

 別の切り口を探ろうと、ランザの名前を口にだしたことに反応を寄せる。そういえば、そうだったか。

 

 「その思い人、ランザという人物だってお前が無為に危険に踏み込むことを望むものだろうか。出会ったことのない人物であるが、常識的に考えるならば近しい人物が行かなくても良い危険に進むのを気持ちよく送れる訳があるまい。まして、それが自殺と同じ無謀ならばなおさらだ」

 

 「痛いところをつくね、フルーク。確かにランザは、全力で反対するだろうと思う。優しいからね。……だけどさ」

 

 眼帯を外す。そういえば、フルークにはじっくりと見せたことはなかった。彼と顔を合わせる時は眼帯をしているか、無くても目を閉じていたからだ。

 

 「自分は二人分の思いを背負っている。引けと言われて、引けるものではないんだよね」

 

 爬虫類に近い金色の瞳が兎特有の紅玉の目と交差する。毛並みがざわめくように動いた瞬間、小さな悲鳴と共に食器が落ちて砕ける音が響いた。

 

 「す、すいません。すぐに片づけます」

 

 栗色のリス系半獣のが落としたものを片付け始める。軽く笑みを見せてから、瞼を閉じて眼帯を戻す。無意味な牽制合戦はここまでだ。

 

 「本当に世話になったと思っているよ。この程度の金で礼金になるとは思えないくらいにはね。フルーク、貴方も厳しい世界で生きて来た、そして今の生活を尊いものだと感じているのは分かる。貴方が過ごす世界は存外に良いものだったし、お前にこちらのなにが分かるとは言わないよ。でも、敢えて一つだけ言わせてもらうとしたら」

 

 フルークには抱けない心情。似たよなものは感じることはできても、自分だけが持っているもの。

 

 「恋する乙女は無敵なんだよ」

 

 「それがお前の譲れないものなんだな」

 

 大きく頷いてみせる。自分が追いかけたい背は一つしかなく、共に肩を並べたい人物は一人しかいないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お世話になりました」

 

 昼食での受け答えの後、フルークはなにも言ってこなかった。否定も肯定もせずにあの話は終わり、その後は市場の手伝いや雑務をして手間賃をもらい家に戻った。日が落ちてしまい、最後に一晩軒を借りて行けと言われ、準備が必要になる為その好意には最後に甘えさせてもらった。

 

 貨幣袋は押し返された。金が欲しくて助けた訳ではないと、突き返されたといった方が正しい。それを再度渡すことは失礼にあたる為、袋は受け取った。

 

 修繕した衣服に装備を身に着け、愛用の二刀を腰に差す。必要なものは全て身に着けた後、朝日が昇る前に家を出て頭を深々と下げた。

 

 まずは野宿先の確保。そしてあの絶壁を攻略する糸口を見つける為にまずは麓の偵察もとい調査をしなければならないだろう。フルークの家近くから見た風景を思い出すと、崖下の小川と数件の住宅、そしてその向こう側は鬱蒼とした森が広がっていた。

 

 野営を考えるならば水場の近くが良い。森であるならば資材や食料に困ることもないだろう。地理を把握し拠点を整備して地盤固めができたらあの壁に挑戦する。流石に一度で昇りきれるとは思えない。道具も入用だろう。流石は山岳の国だ、昨日市場でチラリと見た限り登山に関連する道具は充実していた。

 

 正直フルークが出した貨幣袋を受け取らなかったことは助かった。これで準備を整えることができる。

 

 防寒具も考えないといけない。手持ちの金は全て使い果たすことになるかもしれない。登攀前に準備に時間をかなりとられそうだが、フルークの手を振り切ってこの道に来たのだからこれ以上頼るのは筋違いだろう。

 

 がけ下まで降りて小川の近くを歩く。川近くの家はなんら変わったところはなく、玄関に竜を象った簡単な木像が飾られているくらいか。サグレがこれを見たら、私の方が上手く彫れるとか言いそうだなと考えてしまう。

 

 森は小さな木の柵に囲まれていたが、自分の腰程しかない小さな木柵の扉があり特に錠がかけている訳でもいなかった。侵入禁止とも私有地とも書いておらず、針葉樹の木々の間には道が続いていた。別段変わった様子はない。だがしかし、何処かゾクリとした感覚が背筋に走る。

 

 「こういう感覚は、ロクなことがない時におこるものなんだよね」

 

 扉を開けて中に入る。まずは野営に適した土地を探すつもりだったが、そうは言ってはいられないようだ。静けさの中に、圧力を感じる。だがそれは大きな気配という訳でもなく、ただ静かに、重く、そして強力なものだった。

 

 湿り気のある土を踏みながら森の中を歩く。木々の間には小さな小川が流れていたり、針葉樹だけではなくよく見たら果実の実タイプの樹木を見つけることもできた。ドングリに近いけど少しだけ形状が丸みを帯びたものを見つける。動物の餌には事欠かない環境であるようだが、その割には野生動物の気配を感じない。

 

 いや、感じないは言い過ぎか、潜んでいる。巣穴に、木のうろに、大樹の陰に潜んでいた。これからおこることを、まるで予期しているように。正直自分の中にある野生も、まずは潜み隠れるべきだと語りかけていた。

 

 「でもまあ、地の利は向こうにあるよねぇ」

 

 木々の間から、重武装の人物が歩いて来る。大弓を背中に担ぎ、周囲の地面には巨大な矢が突き刺さっている。ウォーリアバニーが戦場で猛威を振るう大ナタが木の幹に突き刺さっている。

 

 「こちらが先に出たと思ったけど?」

 

 「崖路を降りる道は一つではない。ほぼ垂直下降だがな」

 

 「それ、道っていう?」

 

 頭を抱える。恐らく、竜の信奉者には遺跡の守護が役割の中にあるのだろう。コボルト達が霊山を守護する動機の一つに、自分達の生存戦略の他火竜ランドルフの信仰があったことを思い出す。その手の前例を見ていなければ、フルークの行動には困惑しかうまれなかっただろう。

 

 「天竜オリシスの信奉者。頼まれてもいないのに、守護の役割を受け持った厄介な門番であり信者が貴方なのは、まあ予想していたうちの一つだよ。護る為に命まで投げ出して土地を護る奴等を見たことがあるからね」

 

 「あのような山に入りたがる物好きはいない。形骸化したお役目ではあるがな。怪我をしたくなければ、立ち去れ。お前の思い人も、竜に連なる存在なれば時がくれば降りてくるだろう」

 

 「その時、迎えに来てくれる保障が無いのが悲しいところで、片思いの辛いところなんだよね。退いてよ、フルーク。将来的なことを考えても、ここは自分を先に行かせた方が良いと思うけど?」

 

 「そうしたいところではあるがな。危険地帯に面白半分で入る者が増えぬように見張るのは立派な役目だ。なにがオリシスの怒りを買う行いになるか分からんからな」

 

 巨大な弓矢が持ち上げられる。あれを、喰らったら身体の一部でも弾け飛ぶ。

 

 「その殺意バリバリな武器は、見せしめは酷ければ酷い程良いってこと?」

 

 「竜の瞳を持つものが、この程度で倒せるとは思えんがな」

 

 「買いかぶらないで、油断してほしいんだけどな」

 

 計画は全て変更。目の前の問題に、全力に対処することになった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。