家族の仇は、娘でした 作:樫鳥
突風が真横を過ぎ去った。腕のように太い矢が頬の真横を通り過ぎ、背後の樹木に深々と突き刺さる。いや、刺さり具合から判断してあれは貫通している。
地面に踵の後を残しながら爪先をつける前に膝を曲げて跳躍。先程いたところに必殺の矢が通り過ぎる。
銃が戦場の主役となりつつこのご時世、骨董品を扱う物好きに他ならないだろう。だが、時代遅れの武器は技術と膂力で充分すぎる程カバーされている。そしてこの馬鹿げた威力は膂力だけのものではない。
「ヨーマン…ヨーマンのコルテス、リベリオン方式?」
「古い国の部隊の話だが、知っているのか?」
帝国が大陸の覇権を握るよりさらに昔の話。ヨーマンという中規模国家が存在していた。規模だけで考えれば当時の国家としては二番目に広大であったが、その領土のほとんどは鬱蒼とした原生林に覆われており国家に所属しない地方豪族達が好きに暮らしていた。
国の力というのは、時代や環境によって大きく違うが、昔から今まで未だに変わらないものは徴兵人口と税収の多さであろう。だが、国民意識というものが薄い時代は、国民は国に仕えるのではなく土地に根付く有力者、即ち豪族達に従う者が多かった。
参考までに当時大陸で一番の覇権国家は、広大な領地を持ちながらもそこに暮らす者達から得られた税収は国民のおよそ二十%からしか得られなかったという。
当時国家元首というものは、どちらかと言えば豪族連合の代表者という立場であったり、群雄割拠しその土地で旗揚げしたばかりの者が多く求心力が無い場合が多かった。下手に土地の有力者に税収を求めたら、そっぽを向かれ舐められた態度をとられるのはまだ良い方で下手をすれば豪族同士が連合し大反乱祭りになったりしていたそうだ。当時の為政者達の苦労が偲ばれるというものだ。
中でもヨーマンという国にあったコルテス地方は、少しでも国政や王が気に喰わないことを始めたり要求したら恒例行事とでも言いたげに反乱をおこしていたそうだ。
森の英雄と呼ばれた山師の男と猟師仲間達を中心にした半農の民兵達。普段は狩猟と穀物を栽培して暮らしていた者達はコルテス地方を長年抑えた豪族の一声で屈強なロングボウ兵となった。
通常の弓兵は単一材料で作られたロングボウを使用していたが、コルテス地方のロングボウ兵が愛用したのは複合弓と呼ばれる複数の素材で作られたものであった。
複合弓は木材の他に動物の動物の腱や牛の角等の材料を使い、専門の職人が三か月から半年余り、特注品にいたっては一年がかりで製造されたものであり、その威力は木製の盾を破壊し騎士の鎧を貫通する程の殺傷能力を持っていた。射程も通常弓の二倍から三倍を誇った。
無論、強力な弓は専門の訓練を積んだ者しか扱えない。当時のコルテス地方の男達は生きる糧を得る為の労働以外は全て山歩きと弓の技術向上の為に捧げられていたとも言われている。弓を引き続けていた為に、苛酷な訓練によって左右の腕の長さが違っていたそうだ。
国家を名乗らずとも税収は納めず。国家内の治外法権ともいえるような存在に頭を悩ませたヨーマンの君主は幾度となく討伐隊を差し向けたものの、その尽くを返り討ちにされたという。敵は例え専門の兵士じゃないただの農家でも、男女問わず両親からその子供達へ弓のノウハウを叩き込む戦闘民族だ。地の利もあり役者が違う。
時代が現代に近づくにつれ、兵士が持つ武器はロングボウからクロスボウ、そしてライフル銃へと時代が変わっていくが時折傭兵の中には好んで自作の複合弓を持ち込む者もいると現代でも語られていた。
そのうちの一人が、目の前の相手ということだ。伊達に自宅の、それも起きてすぐ手を伸ばせる場所に弓を置いている訳ではないようだ。寝所から手を伸ばせる場所に武器を置いておくのは、長年戦場に身を置いてきたものの習慣だ。飾りという訳ではない。
一度じっくり見せてもらったことがあるが獣の腱と加工と乾燥により強靭にした木材の他、鋼鉄による補強部分も確認できた。あれだけ頑健に造られていたら、例え鈍器代わりに振り回しても効果は絶大だろう。そしてなにより厄介なところはやはり射手の性能か。
矢の次ぎが早い。
恐らくは当時のコルテスにいた戦闘民族よりも頑強かつ強靭な代物。あんな化物弓、まともな人間や半獣に引くことはできない。だが、巨大な人斬り包丁にも似た大鉈を軽々振るうウォーリアバニーならそれも容易いということか。
「やれやれ、イリーナルが見たら泣くね、こりゃ」
有翼種のイリーナルは、三次元移動ができた上に加護で得た軽くて鋼鉄の翼と羽で空中から制圧をしてきた。無論の速さは、本人の強みであった。だが加護の力を得たとしても、例えあの羽と翼が矢を防げたとしてもその衝撃力までは殺しきれない。良い的だ。
眼帯は既に外していた。竜の瞳は、見えすぎる。詳しい原理は分からないが、通常の視覚よりも得られる情報量が桁違いに多いのだろう。現に、素早さを誇るイリーナルの突撃を、反射神経では説明できない程の大量の視覚情報を脳内に送りこみそれを元に格闘術での迎撃態勢がとれた。
だがその大量の情報を処理できる程、自分の頭脳や神経は高度な訳ではない。既に眼球周辺に熱を持っているのが分かり、明らかに酷使しすぎている。連続使用は、ほぼ確実に人体に良い影響を及ぼさないだろう。
だけど、今はこれに頼る他ない。そして何処かで、間合いを詰めるしかない。ほんと、直線的な射線の癖にこの圧力は弾丸を自在に操るカリナ=イコライよりもよっぽど難しい。
ランザならこういう時どうするだろうか。過去彼は、ウォーリアバニーの人妖と戦ったことがあると言っていた。その話を思い出してみても、バリバリの近接戦闘を最初から相手が仕掛けてきたということで、ジークリンデの連結刃が生きる間合いを確保するのに苦労したという話だけだ。戦場のように使い捨ての肉盾がいるならば近寄ることもできるかもしれないが、それも望み薄である。
「別に、自分は闘士じゃない」
大樹の背後で腰を落ち着ける。恐らくはこの太さであればいくら化物弓でも貫通はできないだろうし、少しだけでも眼球の負担を減らしたい。
自分は隠密、密偵、草の者。正面から殴りかかりにいく戦士じゃない。ここで気配をできるだけ殺し、この場から離れてフルークが油断した隙を狙い奇襲するなりすり抜けるなりすれば良いんだ。あまりやりたくはないがそれこそ、一度この場を離れて持久戦の構えをとっても良い。
心を落ち着かせる為に大きく呼吸をした瞬間、ゴッというなにか鈍器のようなもので物体を叩くような音が聞こえた。矢が突き刺さるような音ではない、聞いたことはないが強いて言うなら、城の門扉を波状槌のようなものでこじ開けようとした時のような音。
嫌な感覚に考えるより前に身体を横に飛びのく。地面を転がり先程まで自分がいた場所を見たら、太い大樹の根本に先端が鏃ではなく、鈍器のような楕円形の遺物が装着された矢が大樹にめり込んでいた。ミシミシという音をたてて、樹齢何年かも分からないような巨大な樹木が倒れていく。
「我等の戦いは、敵の戦意を徹底的に摘み取ることを主眼においている。古くはこの矢の一本で、防壁を打ち崩し兵器を破壊した」
「攻城兵器並みの威力を、一人の弓兵がだすとか。加護が無くても世界のパワーバランスって実は滅茶苦茶だったのね」
「ここで諦めるなら、命まではとらない。この弓矢では加減が効かないから、上手く命だけを残してやることはできんぞ」
「不思議なことに、魅力的な提案に思えてきたよ。まあ、少しパンツについた土を払うくらいの猶予はくれない?」
大樹が倒れ、隠れていた動物が逃げ、衝撃で鳥たちが飛び立った。葉っぱと土煙が舞い上がる。不必要な自然の破壊にフルークがやや眉をしかめた。狩人は、必要以上に獲物をとったり自然を破壊するようなことはしない。それは将来的には自分の首を絞めることに繋がり、獲物に対しての敬意を持っているからだ。
圧倒的な破壊力を見せつけ、こちらも諦めたかのような言葉を発した。それで、フルークは油断をしたのだろう。逃げていく動物達と不必要な自然破壊をした行いに、後悔の感情をほんの僅かな間でも抱く程度には。
『いくら強大な相手でも、虚をつけさえすれば活路を見いだせるものだ』
ランザの言葉を思い出した。吸血鬼化したサグレや、ノックの山で暴れたミハエルにそうしたように自分も、この人妖並みの相手にその前例を習う。
付着した泥を払おうとしたように見せかけて、小袋に手を伸ばした。煙玉を複数個つかみ取り、ベルトにつけた着火板に擦り付けてから地面に叩きつける。ランザに製造法を教えてもらい、幾度も活躍した小細工であるが凡人の自分にはその小技や小細工こそが活路になりえる。
こちらの姿が煙に覆われたことに、フルークは瞬時に引き絞る次の矢を放つが地べたに予めて伏せて回避。こちらの荷物を不必要に覗かない紳士な彼には、自分の小細工を予想ができなかっただろう。
地平にいたら、不利。樹木に張り付き爪を立てて昇る。木登りが得意なのはなにも猿だけではない。猫だって負けたものではない。
木々を移動する際枝葉を揺らし音を鳴らしてしまうが、視覚的にはこの姿を隠してくれる。そして時に大げさに枝葉を揺らし緩急をつけることで、この小柄な身体を的の範囲外になるように誘導する。
「こっわ」
それでも、こちらをかすめるような矢の威力は冷や汗どころのものじゃない。あの時、向こうは遊び半分であったとはいえ、火竜ランドルフの神殿前でジークリンデと対峙した時もこれ程の恐怖を覚えたことはなかった。
だが徐々にこちらの距離に近づけてきた。投げナイフのホルダーから、骨を削り作ったナイフを投擲する。腕の振り払いで刃を退けるが、矢をこれ以上放たせないためには充分だ。周囲を回りながら二回、三回と同じ行為を繰り返した。
苛立ちもあるだろうが、フルークは冷静だ。投げナイフと言えど携行量は限りがあるため、このまま防御に徹していればいずれ飛び道具も尽きるだろう。だが、最後の一本を投擲したのと同時に一つの爆弾を投下する。
投げナイフを腕で振り払った後、それを確認したフルークは顔面を防御する。筒状にくり抜いた骨と、そこから伸びた導火線。爆弾の類のものにしか見えないそれは、まさにその通りだった。
「こうなることも、予想はできた。フルーク、自分はそう言ったよ」
一人呟いて、耳を塞ぐ。
筒状のものの中身は火薬と天然のガスが詰まった動物の膀胱。古くは水筒の代わりに用いられた膀胱は、気密性が高い。燃焼した火薬が破裂し、内部のガスが反応したそれは膨れ上がり大きな音を立てて破裂音が炸裂した。
ウォーリアバニーという種族との交戦経験はなくても、ウサギという動物の存在くらいは知っている。頭についた巨大な耳はなにも飾りという訳ではなく、酔狂なとある動物学者が言うにはその聴力は人間の三倍か四倍はあるという。そして、我々は聞き取れない音にはならない音までまで聞き取っているとも。
半獣の自分にも、その耳鳴りのような音にはならない音というものは多少くらいは分かる。そして、それよりも鋭いであろうあのウォーリアバニーの聴覚は、意識していない不意の高音に瞬間的にでもぐらついた。万が一を想定して制作した、対フルーク専用爆弾だ。
ここしかない。木から飛び降りて、二刀で奇襲を狙う。利き腕に深々とルーガルーのナイフが突き刺さり、直刀が弓の弦を断ち切った。本当はもっと急所、最悪殺してしまいかねない首筋。次善の策として利き腕の腱を狙ったのだがそれでもきっちり対応をしてきた。対応の速さは、予想と経験の差か。
追撃はかけられなかった。耳孔から血を流しながらも、大鉈を掴み無造作に振るってくる。姿勢を低くして横薙ぎの一撃を回避。カウンターの二刃は鉈の横腹に火花をあげるのみに留まった。
「どうやら、実力をまだ見誤っていたようだ」
聴力が回復したのか。大鉈を地面に降ろしながらこちらを見つめる。腕を突き刺されておいても静かな目をしており、焦りや怒りというものを感じられない。多少なりとも動揺してくれても良さそうなものだがそう上手くもいかないようだ。
「見誤っていてほしかったけどね。今からでも、過大評価だったってことにできないかな?」
軽口を叩いてみたが、本音を言えばあの一撃で決めてしまいたかった。恩人に行う所業ではないが、最悪殺すつもりで、もしくはその後の生活に多大な悪影響を及ぼす部位を狙ったというのにだ。あれ程近寄りたかったのに、今は距離をおきたくて仕方ない。だがしかし、手の内を開かした以上ここで引いたら手詰まりだ。兎の脚力に、正直勝てる自信はない。足の速さには自信はあるが、少なくともイルガルドで東邦人にも負けているのだから。
刃の暴風雨が襲いかかる。正直、このジークリンデの瞳が無ければどのタイミングで二つに裂かれてもおかしくはない。下手に受けることもできないのだから、ひたすら見切って避けるしかないのだが、眼球付近の熱が頭まで昇ってくるようだった。
矢の時と同じ、どこに当たっても身体が弾け飛ぶ。だが持久戦はできない、何処かで勝負をかけるしかない。
身体を捻るように飛びながら斬撃を避けた後。額に向けて直刀を投擲する。乾いた金属音と共に鉈に直刀が弾かれて宙を舞うが、狙いはここから。巨大すぎる鉈により視界の範囲が狭まれたのを狙い、更なる懐。超至近距離戦闘に移行する。
狙いは睾丸。人体で唯一肉体に護られていない内臓部位。掌底を叩きもうとした瞬間、ドサリという音が響いた。視界の端で、手から離れて地面に深々と突き刺さる大鉈。
顔面の目の雨で、両手が叩かれる。パンッという大きな音は、先程の音響爆弾程ではないにせよ目の前でおこった現象に身体が反応、硬直してしまった。そして、続いてくる衝撃。地面がドンドンと離れている景色の先、まるでボールでも蹴ったかのように振り上げられたフルークの足が見えた。
「は?」
「まあ、先程のお返しという訳だ」
吹き飛ばされ、背中に衝撃が走る。吐血をする程の激痛を感じながら、重力に従い枝をへし折られ地面に落ちていく。地面に肩から打ち付けながら、なにをされたかようやく理解ができた。
「猫騙しという技だそうだ。状況に合ってしまうのは皮肉なものだな」
たった一撃で状況を引っ繰り返したフルークは、面白くもなさそうに、だが皮肉そうに笑みを浮かべてみせた。