家族の仇は、娘でした   作:樫鳥

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 雑に蹴り上げられた。まず、感じたことはそれだった。殺意や技術を込めた蹴り上げというよりは、その辺に転がっていた敵の生首でも蹴り上げたような感じ。なんだか、それを利用した新しい競技が生み出される気配があるなんて聞いたことはあるけど…時間切れだ、意識に激痛が追い付いた。

 

 「げぇ!」

 

 再度口内から大量の血液が吐き出され、青々とした雑草を塗りつぶす。どうでも良いことを考えて、意識を激痛からそらそうとはしたが、それすらも意味をもたなかった。本能から行われた現実逃避のようなものにすぎないのだが。

 

 殺意をこめた一撃でも捌かれた。手持ちの道具もほぼ使い切ってしまった。策も尽きた。逆転の芽はあるのか考えるだけの頭も回らない。格付けが完了してしまったような気さえする。いや、元々タイマンで歴戦の戦士を相手取ることじたい自分の得意分野ではない。

 

 「少々、手間取ったな。こいつを破壊されるのも想定外だ。お気に入りだったから、直せる範囲の損傷で良かったが」

 

 弦が斬れた巨大な弓を検分している。相手はまだ武器を気にする余裕があるってことか。先程の蹴り上げだって、本気だったら爪先が胴体を貫通しているか、或いは上半身と下半身が泣き別れしているか、どの道生きてはいないだろう。

 

 「経験上の話だが、内臓損傷に何ヶ所か骨も折れているだろう。殺さずに無力化する、捕虜を得る為の蹴りだ。悪いが頭が冷えるまでもう数か月程は大人しくしてもらう。霊山に二度と近づこうと思わない程度にはな。安心しろ、あの家にはい辛いだろうから、今度は麓の病院を紹介してやる」

 

 至れり尽くせりだね、笑える。笑えないけど。視界の端が赤く染まる。血が入ってきたか?赤ぼけた視線

の端、風景とは別になにかが見える気がした。それは、顔のように見えた。背景が見え辛くなって、視線がぼやけそういう風に見えるように錯覚でもしたか?

 

 ……にやけている。

 

 顔はにやけていた。ニヤニヤ、ニヤニヤ、なにが面白いのか分からないがただ面白そうにこちらを見下していた。シュルリと、なにかが首に巻き付くような感覚?或いは錯覚?フルークはまだ随分遠いことが、これは幻覚であることを自覚させた。半端に生きるなら、くたばれ。そんな声まで聞こえてくるようだ。

 

 冷たく、熱い。尻尾が首に巻き付くような生々しい冷たさに勝手に込み上げる皮膚裏に感じる熱さ。ああ、うん。幻聴通りさっさとくたばれってところかな。せっかく生かしてくれたのに、お前は何時まで関係ない風景を見せているんだと、文句を言いに化けてきたか。

 

 虫唾が走るよ、その顔が。嫌気がするよ、この身体が。文句を言いに来たのは分かるけど、腹いせに殺そうとするのも分かるけど、首を絞めながら嘲笑混じりに非難をされる覚えはない。化けて出て来てまで、こちらの腹が立つ方法をとるなんて本当にアイツらしい。

 

 「ジークリンデ、らしい」

 

 怒りは思考を通して腹に溜まる。激痛と合わさり増幅する。そして、不甲斐ない自分自身への怒りとなる。この痛みを、与えて良い相手は、この苦しみを、与えて良い人は…一人しかいないのに。いったなにをやっているんだ?自分は。

 

 「少々痛めつけすぎたか?すぐに医者に」

 

 助ける為だろう。負傷した利き腕の代わりに伸ばしてきた左腕が、万策尽きた自分にとって、唯一の勝機。激痛と苦しさを自分自身への怒りに変えバネとして身体を跳ね上げる。腕を胴体で抱きしめるように掴み、蛇のように絡める。親愛によるものではなく、自分の足を開いての首に回す為の行為だ。

 

 三角締め。ランザとの格闘訓練で教わった締め技の一つ。足の筋力は腕よりも強く、その力を利用して太ももで頸動脈を締め上げて相手の失神を狙う。どんな化物じみた相手でも、呼吸をしているならそれを遮断すれば良い。この奇襲が、全ての身体能力が格上の相手を落とす為の隠し玉として教わった。元々は彼の師匠の故郷で産まれた技であるらしい。

 

 完全に油断しきっていたところからの奇襲。そちらは決着をつけたのだろうが、此方からしたら勝負はまだ続いている。歴戦の戦士も戦場から離れて長く、平和な世界につかりすぎたか?戦歴と経験はそちらの方が長くても、こっちは少し前まで人妖や帝国軍、レントの取り巻き共と殺し合いをしていたんだ。死ぬまで、決着はついていない。

 

 身体が地面から浮き上がる。腕力のみで持ち上げるには軽すぎる身体だ。フルークの目は驚愕に見開かれているのが見えた。戦場では、基本的には武器術の世界だ、鎧兜を着ながら組手で戦う技術もあるとは聞くが、あくまでそれはオマケ程度のものだろう。なにより、向こうはこちらをもう無力化したと思い込んでいた。

 

 フルーク、お前の方が遥かに強い。でも、勝たせてもらう。

 

 だが、単純に締め落とさせてくれる相手ではない。フルークは自分ごと、右手を地面に振り落とす。衝撃と、内臓から更に血が口内に逆流する感触。胃液と混ざって口の中が滅茶苦茶だが、歯を食いしばる。この根競べで負けたら、自分にもう先はない。

 

 振り回した腕が樹木に当て、身体を押しつぶす。服と川が摩擦でボロボロになるのを感じた。更に遠心力で振り回して離そうとする。離さない。利き腕で足を握り潰すように掴むが離さない。

 

 頭の中で思い浮かべるのは、竜の身体で飛び立つランザ。その背には自分はいない。病室の窓からそれを見送っている光景が頭を浮かぶ。

 

 「ア”アアア”ア”ア”ア”ア!」

 

 そんなものはごめんだ。そんな未来はごめんだ。足手まといになりたくない。でも置いて行かれたくない。一生逃がさない。永遠に執着する。あの夜に決めたことを貫くのに、この激痛のなにが苦になろうものか。置いて行かれることに比べれば、なんの問題になるというのだ。

 

 だが振り回されて削られるように壊れる身体は、意思に反して離れようとする防衛本能すら見えた。そんな本能、理性で抑え込んでやる。

 

 『影術は、イメージが大事なんですよ』

 

 ミルフの言葉が頭の中に浮かぶ。ああ、影術を習っておいて良かったよ。

 

 逃がさない。逃がさない。逃がさない。何処にも飛び立てさせはしない。自分が傍にいない限りは。それが叶わぬなら追い続ける。影のように付きまとい、紐のように巻き付いて。

 

 地面に広がる影が広がる。まるで身体ごと溶けて広がるかのように。自分はもう我儘でいることに決めた。この身全てを相手に鎖の如く巻き付け、錠のない枷とする。でもそんなイメージを持ち使う相手がランザ以外は、まるで浮気だね。貴方は許してくれるだろうか。

 

 広がる影が荒れる海原の如く荒れ、竜巻のように巻き上がり、大量の紐となりフルークの首を、利き腕である右腕を、左腕を自分事巻き付ける。半獣でもジークリンデのような剛力を再現する為の工夫。いくら、ウォーリアバニーでも逃れられると思うな。

 

 フルークの食いしばるような目がこちらを見る。信じ難いものを見ているような目だ。だが、酸欠が脳を蝕んだ。戦場では無双となるその身体が、膝から崩れ落ちる。横倒しになり地面に倒れ、同時にこちらも力尽きてしまい影術も力も消え失せ地面に転がった。

 

 首を傾け視線だけフルークに向けるが、完全に落ちているのか動く様子はない。

 

 再度空を見上げる。木々に遮られ、ほとんど見えない青空ではあるが、ランザがまだ何処にも飛び立っていないと確認できた気がして安堵した。そして、あのニヤケ面はもう映っていなかった。

 

 「あーあ…また、待たせちゃうな」

 

 瞼が重みで閉じた。満身創痍すぎて、動かせる身体の部位を感じない。這ってでも山に向かいたいが、あの絶壁を這って登れる訳がない。

 

 だけど、絶望感はない。次に捕まえたら今度は、二度と離れない。その確証を得ることができただけで前進した気分でいれた。やはり自分は、平和な生活よりも血反吐に満ちた貴方の隣が良い。そう、確信できたのだから。縛り付けてでも傍にいるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 焚火の音。何時の間に意識を手放していたのか、目を覚ますと木々の間から星空が見えた。

 

 起き上がろうとしても起き上がれない。竜から振り落とされ、初めて目を覚ましたあの日のようだった。

 

 「タフだな。もうしばらくは寝ていると思ったが」

 

 声の方に首を向けると、フルークが何処からか持ってきた大きな石に腰をかけている。利き腕には包帯を巻きつけているが、意識は落としたもののこちらと比べれば怪我の程度は遥かに低い。

 

 「目を覚ましたら、ベッドに拘束されているとかじゃなくて安心した」

 

 「だと思ったから、わざわざ医者にここまで来てもらった。入院させて安静にさせるべきだと聞かなかったが、目を覚ましたら振り出しでしたじゃ、暴れかねないだろう?」

 

 「正解。暴れる程身体が動けばだけど…ね」

 

 沈黙。ただ焚火の中ではぜるのようなパチパチという小さな音だけが響く。ちょっとだけ、気まずい沈黙だ。袂を分かち、戦いをした間柄である以上に恩と好意を踏みにじるような行いをしたのだから。後悔はないが、罪悪感がない訳でもない。

 

 「一度、村に戻す。だが安心しろ、もうクーラを止めるようなことはない。一度でも戦場に身を置いたことがある者として、不意を打たれ意識を奪われるということは殺されたも同然だ。お前を止める資格は、もう私にはない。そして、謝る必要もない。互いに譲れないものを賭けて、勝利したのがそちらだというだけの話だ」

 

 「……謝らないよ。言われなくても、謝罪だけはしない」

 

 恩知らずで、恥知らずの罵りを受けても。それがどれだけ愚かな選択でも血と泥を選んだ。そして謝罪は、相手に泥をかけるのと同じだ。

 

 「だが、その代わり教えてほしい。クーラ、お前と崖上に運ばれた竜はどういう関係だ。そんな風になってでも、安寧の生活を捨てでも共に進みたいものなのか?」

 

 「同じことを言うのは、恥ずかしいね。それはもう話した筈だけど?」

 

 「……恋する乙女は無敵というやつか?」

 

 笑ってやると、フルークは頭を抱えて俯いた。でもなんだか、それが少し面白い。フルークとは数ヵ月共に暮らしていたが、呆れと困惑が混ざりあったような表情は初めてだった。村で話した時は、どうやら本気にしていなかったな?

 

 フルーク言葉を選んでいるというより、言葉が出てこないといった様子であった。口を開いては閉じ、また口を開いては閉じてを繰り返す。そして諦めたようにため息をつきそっぽを向いてしまった。

 

 「恋、か。考えてみれば、したことがなかった」

 

 「嘘?本当に?フル…あっ…イテテ…え?初恋も?」

 

 「初恋もだ」

 

 「……童貞?」

 

 「……昔先輩に、そういう店で。勘弁してくれ」

 

 「あっ…あははははははは!」

 

 思わず笑ってしまった。先程までバリバリに戦っていた、歴戦の戦士然とした男が色恋関係に関しては素人も同然だった。思わぬカミングアウトに身体が痛んでも笑いが出てしまう。

 

 「ずっと訓練に全てをつぎ込んできたんだ。それに、相棒と呼ばれるような仲間や信頼たる雇い主のようなものはいた。恋を語られたこともある。だが、恋仲となる自分を想像できなかっただけだ。口説き言葉なんて思いついたこともない」

 

 「もしかしたら、同性好き?時折いるって話は聞くけど」

 

 「いや、普通に女体は好き…いや、言わせないでくれ。というよりも、言った私が悪いか」

 

 顔色は変わらない、毛皮に覆われていたが恐らく人間や半獣だったらその顔を真っ赤にしているだろう。失礼な話かもしれないが、なんだか可愛らしく感じてしまう。

 

 「恋愛というものは、そんなに良いものなのか?どういうものなんだ?」

 

 「自分はちょっと特殊なケースであることは自覚しているから、少なくとも参考にはならないよ」

 

 子持ち、結婚済み、年の差、その他にその他。なによりも、甘く甘く疼く首筋。これだけは誰にも話さない。これを知っているのは自分とランザ、不可抗力であるがジークリンデだけで良い。だけど、言えることもある。

 

 「自分はね、あの人。ランザと会って始めて生きてるって気がするんだ。それより以前にもそう感じていたこともあるけど、それは偽物だった。本当に出会えて良かった、生きてて良かったと思えるような体験と実感をくれたの。それは穏やかな暮らしや莫大な財産なんかじゃ替えが効かないものなんだ。それを投げ捨てるような真似は、絶対にできない。例え死んだとしてもね」

 

 「生きている実感か」

 

 恋愛に限定しなくても、その言葉自体はフルークにも思い当たることがあるだろう。彼が戦場にいた頃に、そして今の平穏な生活に、そういう実感を得ることがある筈だ。少なくとも、そうじゃないならば他者に落ち着いた生活を勧めないだろうとは思う。彼の言動は、ただの善意の押し付けではないのだから。

 

 「フルーク」

 

 考え込んでいるフルークに声をかける。

 

 「ありがとう」

 

 フルークには、ちゃんとしたお礼を言ったことがなかった。やったことは、おざなり感謝を伝え礼金を渡しただけだった。例えやろうとしていることを否定された瞬間とはいえ、これは本当に失礼なことだったと反省しなければならない。でも今は、本心からお礼を言える。

 

 フルークとの戦いは、自分の中でなにかまた一皮むけたような気がする。それに、なにより、選ぶことができないとはいえ、自分に新たな道を善意で示してくれたことはランザ以外には初めてのことだった。そのこと自体は、余計なお世話とため息をつきつつも嫌悪を感じない。損得の絡まない、ただの善意であるのだから。

 

 「それで、もののついでではあるんだけど…」

 

 「またしばらく面倒をみてほしい、か?」

 

 「流石にこの状況であの断崖を昇れるとは思ってないよ。それに、焦ることはないんだ。ランザが、例え飛び立つにしても何処までも追いかければいい。それに、向かう先はどうせ決まっているしね」

 

 ランザが向かう先は帝国と連合王国の戦場であろう。ガスパルが何かを企み、エンパスがその矛先にいる。そしてそこには、テンがいるのだから。

 

 「それに、身体が鈍っているみたいだから、リハビリもね」

 

 「二度目だぞ。またボランティアか?」

 

 「フルーク。じゃあ、こういうのはどう?女心とか恋愛方法とか教えてあげるから…ね?恋愛関係とか、女心から見た頼れる男とか教えるから」

 

 「お前の恋愛経験は、参考にならないんじゃなかったか?」

 

 「うっ」

 

 言葉に、詰まる。提案してみたものの、寝込みに侵入して首を絞められましょうとは言えない。そんな様子を見て、軽く微笑む。

 

 「まあ、乗り掛かった舟だ。お前がそこまで言う相手、興味が湧いたからな。それにだ、入山禁止とはいえ一信徒が神殿の様子も見に行けないのは問題だろう」

 

 「宗教的には良いの?」

 

 「何事にも例外は付き物だ。それに、お前の言う通りだ、竜というものは信仰があろうが無かろうが、それに言動や行動を左右されるものではないだろう。一度、信仰対象を直接拝みに行くのも悪くない」

 

 「契約成立、だね」

 

 腕を伸ばす。向こうも、近寄り悪手をした。その手は分厚く、とても頼もしいものだった。

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