家族の仇は、娘でした 作:樫鳥
さて、恋愛に対する自分の体験談がロクなものではない自覚もあり、その周囲も参考にならないことばかりなのは自覚している。だがしかし、フルークにだって問題はあることは確かだ。
まず第一に、これだけ暮らしておいてフルークには人間臭いところがあまり見受けられないのである。
日が昇ると同時に寝台から降りて水を汲み、畑仕事に精をだす。ひと段落したら狩猟道具と共に山に入っていき、罠の確認や獲物を探して山中を巡る。午後からは獲った獲物を解体したり革なめし作業を行う。そして日が暮れたら食事を済ませ早々に床につくのだ。
これは訓練をまだしていない時の生活行動であり、なめし革を村に卸に行き生活必需品を買い物する時以外はほぼ毎日同じような生活を送っている。因みに食べきれない肉に関してはお隣さん(えらく離れた位置に住処があるお隣さんではあるが)に配ったり物々交換を行っていた。それも売れば良いのにとも思うが、本人はそれで良いらしい。
飲酒の習慣はなし。時折、なにかの記念日に付き合い程度に呑む程度。趣味もうかがえない。時折昔使用していた武具を磨く程度。冗談一つ言わずに喋る必要が無くなれば静かになる。別にフルークの方から話しかけない訳ではないのだが、業務連絡程度だ。
革なめしを手伝っていたが、狭い作業場に二人しかいないのに本当に仕事の指示やこちらの質問の返答くらいにしか反応がなかった。
一度趣味について聞いたら、しばらく考え込んでしまう程であった。
明日にはあの絶壁に手をかける予定であり、向こうも恋愛に関しての言及は冗談半分というニュアンスとなってしまっているが、もし本当に伴侶を探しているのならなにかきっかけくらいは作ってあげたいのだ。例えそれが、本当の意味で余計なお世話であったとしてもだ。まあ、動き出すには遅すぎた感はあるけれど、負傷の回復や訓練の疲労なんかあったし。
という訳で、今こうして革を積んだ荷車を引くフルークを尾行している訳である。素のフルークを見れば多少なりともなにか分かるかもしれない。ついでに言えば、隠密技術が鈍っていないかの確認も兼ねている。
特になにもおこらず、村まで問題なく到着することとなった。バレている様子も無いし、何時もの取引先に商品を卸し、予定通りに保存食のようなものを買い足している。卸先である服飾の工房である、ナミカという馴染みには流石に事情説明だけはしてきたようだが淡白なものであった。
もっとも、フルークの方はしばらく家を空ける予定がある。もしかしたらしばらく商品を卸せない為、その分を先んじて持ってきたくらいしか説明していないようだが。
工房の働き手にも若い娘はいそうであるが、別段なにか話す訳でもなし。まあ仕事の最中に私語を挟む等、あの女傑の工房長にどやされそうでもあるが。
本当になにもおきず、必要最低限の事情説明のみして工房から出て来た。そして村の小さな市場に赴き、大蒜や唐辛子のようなものを購入していく。大蒜を炒って唐辛子を和えたものが、滋養に効きなによりも活力が湧いて来ると話していたのを思い出す。
その後、馴染みと思える人間に何人か挨拶回りをしていたが、大体は商売関係かただの馴染みである男性だった。会話を盗み聞く限り、どうやら村の催しのようなものにはよく準備の手伝いと参加をしているようである。気温も暖かくなり、もうすぐ春の到来に感謝をする祭りを開始するようだが、出れない可能性があると告げると残念そうにしていた。
……そういうのを趣味とは言わないのかな?本人が違うというなら、違うのかもしれないけど。
いや、そう短絡的な話ではないか、フルークはただ住民達に馴染もうとして努力しているだけだ。そして受け入れられているのは、その成果なのだろう。そういうところを見ると、強い人だなと思う。
フルークは最後に、この前自分と行った飲食店に顔をだした。この小さな村では、ここ以外の飲食店では酒場しかない。
「え?春祭に出れないんですか?」
「ああ、少しばかり遠くに行く用事がな。ひょっとしたら、春祭に間に合わないかもしれないんだ」
大きくてふっくらしたリスの尻尾がユラリと揺れた。盆から下したのはどうやらお茶のようだ。この地方特有のものらしいが、毒々しい緑色で正直あまり好きではない。味も苦い。
「そうですか。今年の春祭には巨大なミートパイを提供しようと思っていたのに。フルークさんからお肉を融通してもらおうと考えていたんですが」
「私はただの革なめしだ。本職の狩猟人に話を回しておこうか?」
「本職の人は高くなります。安く仕入れられると思ったんだけどなぁ」
今は客の疎らな時間帯のせいか、少し会話が弾んでいるようであった。話している限りは笑顔であり、表情から商売用の愛想笑いのようなものは感じないこれは脈ありかもしれないが、まだ判断に困るところである。
「こんにちは」
「あれ?お客さん?いらっしゃい、みない顔ですね」
「ええ、少々……ほんの少し、こちらで用事がありましたので」
「お客さんか?ほら、私にばかりかまけていないでいきなさい」
「あ、はーい。取り合えず、お水汲んできますね?」
人良さそうな笑みを浮かべた男性が話しかけているようだ。徒歩でこちらに来たせいか足腰がガッシリしている。マントを付けているが大荷物を抱えている様子はない。小物を扱う類の商人かもしれないが、何処かで見たことあるような顔つきをしている。何処でだったか、だとしても自分でもあまり関わりがないような気がするけど。
「いえ、食事をとりに来たのではないのです。少々聞きたいことがありまして…フルークさん、貴方に」
「私に?」
唐突だが、小兵である自分が何故ここまで生き延びてきたかだが、それは敵意と殺意に敏感になるようセンサーを張り巡らせていたからだ。特にランザと出会う前は、いかに加護の力があったとはいえ、それだけでは生き延びれない危機が幾度もあった。
そしてフルークは、自分より余程長い時を戦場で過ごした筋金入りの戦人であった。自分は気配で、フルークは動作で瞬時に判断できたのだろう。満面の笑みを浮かべた男が、「おや?」と他人事のように呟いた。
「長旅お疲れ様です。まずはこれを…」
地面に転がるのは二本の腕。片方は鋭利な刃で裂か奇麗な断面を覗かせ、もう片方は力づくで引き千切ったようにささくれた竹の断面の如く粗雑な断面を覗かせた。握られていたのは、マントの下に隠しやすい短銃と小刀であった。
水を持ちすぐ近くまで来たリスの半獣。狙いは彼女だった。片方の短銃を彼女に向け、もう片方の小刀をフルークに向けようとしたようであるが、非常な手段に出る為に行われる切り替えの早さはこちらの方が腕あったようだ。
「え?なに、これ?作り物?」
「シー…」
机の端に転がる両腕が、まるで作り物かなにかに見えたかのように目をパチクリしている。そしてその上に、ネットリとした白銀の液体が垂れ下がっていた。口をすぼめながら静かにするように声をだしたのは、あろうことか両腕を切断された男の方だった。
遅れて生々しいそれが、切断された腕だと気が付いたのかリスの半獣は「はえぇ…」と言いながら倒れ込んだ。フルークが片腕でそれを受け止めて、そっと地面に横たえる。口の端からは、ぷくぷくと泡が覗いていた。
「クーラ、つけていたのか?」
「休息と言われていたから、散歩をしていただけ。それよりも、ちょっと面倒なのが追いかけてきたかもしれない。多分こいつ、自分の客だよ」
「落ち着いてださい、クーラ=ネレイス。僕は別に君を狙いに来た訳ではありません。どちらかと言えばフルークさん、そして竜に用事があっただけですから」
自分の名前を知っている。この男、やはり何処かで出会ったことがあるのか?
マントの裏側からなにか紐のようなものが伸びて来る。落下した両腕に紐が巻き付き、マントの中にスルリと回収されていった。なにか粘着質な音を建てた後、マントがずり落ちる。白い紐は何処にも見当たらない。そして、その腰には見覚えのあるエムブレムが見えた。
「掲げる大盾」
「帝国に母体をおく民間武装組織だったか?何故それがこんなところに?」
「序に言うなれば、あの大盾に描かれた漣はリスム支部特有の紋章だよ。成程、掲げる大盾の面子だったら、何処かで見たことある訳だよ。街中、モスコーの復興支援、経済特別区の巡回。一人一人の名前を把握していなくても、顔を見る機会くらいはあるってことか」
「リンドブルム=レノア。まあ殺気立たないでくださいよ。ウォーリアバニーやせっかく地獄から逃げ延びられた野良猫を敵に回すつもりはないんです。少しだけお話しませんか?西の状況は知りたい筈ですが。せっかくです、座りませんか?名物のお茶もいただきたいが…と、店子は気を失っていたんでしたね」
「いきなり武器をチラつかせようとした相手と話し合いだと?」
「背後をとられたままの話し合いは、些か心地が悪いですからね。出て来てほしかっただけですよ。それとも、ここで一戦やりあいますか?まあ、ウォーリアバニーやここまで修羅場を潜った半獣二人相手に勝てるとは思えないですが、少なくともこの村を半壊にするまでは暴れ回りますが?」
フルークが静かに腰を降ろす。彼はこの村に混乱をもたらすことを良しとしない。自分もそれに従う。相手はレントの取り巻き共でも、あの薄気味悪い人体から這い出て来た天使モドキでもない。言葉が通じるだけ、薄気味悪さを感じる。
改めて相手を見てみる。薄い茶色い髪の毛と整った髭。人の好さそうな笑みを浮かべており、なにも知らなければ好漢に見えるだろう。それは、天使共が浮かべていたような彫刻のように感情を感じない穏やかな笑顔ではない。人間臭い、笑顔だった。
「この度はエンパス教からの使者として訪れました」
「掲げる大盾の団員がエンパス教?なんの冗談?」
「元々帝国では信仰の自由が保障されています。リスム自治州ではそれに輪をかけて自由です。掲げる大盾にも元々いましたよ。かの宗教を信仰する者は」
舌打ちが思わず口から出て来た。恐らくは巨人事件の影響か。見ていないからピンときていないが、噂に聞いた巨人を一撃で滅した奇跡とやらに感化された者達が多いのは、あの事件直後から影響が出ていたのは目に見えていた。
「グローはどうなった?掲げる大盾のリスム支部長は」
「支部長は消息不明ですよ。ご存知の通り、リスムとその周辺は帝国と連合王国の主戦場でしたからね。多少なりとも混乱がありましたからね」
これも噂程度くらいにしか聞いていないが、戦火が広がる前に血の投票日事件と呼ばれる事態がおこっていたそうだ。戦争前にのゴタゴタ、戦争期の混乱、そして災禍。過度の混乱を経て死亡してしまったとしてもおかしくはない。帝国出身ということで、もしかしたら帝国側でハルバードを振るっていたかもしれない。
「聞きたいことはまだあるだろうが、本題といこう。私に用事というのはなんだ」
「僕はエンパス教からの使者として参った次第です。ただ天竜オリシスに、我が主からの託けを伝えに来た次第です。まずは、筋としてその信徒である貴方に一言挨拶を告げるべきかと考えまして。序に、かの竜の神殿を教えていただける幸いですが」
「託けだと?」
「ただ中立でいてほしい。それのみです」
フルークの目が鋭くなる。中立でいてほしい。味方についてほしいとは言わないが、第三勢力として動いてほしくなければ、敵に回ってほしくもないということだ。
それはつまり、エンパス教はこれからもう一つデカい争いをおこすということだ。無論相手は帝国ではない。連合王国、その裏側にいるガスパルとの対決だろう。
ただ、虫のいい話ではある。エンパスは火竜ランドルフを、ガスパルと組んで殺害した。竜にとって同胞意識がどれだけあるのかは知らないけど、普通に考えればその提案は舐めているとしか思えない。そう、少なくとも伝説によれば火竜ランドルフは同胞に対する侮辱に対し過剰な怒りでも周囲を燃やし尽くした。
ただ、ランドルフとジークリンデはそこまで仲が良い訳ではなかったし同じ竜ならば誰に対してもそうだとは言い切れない。オリシスがどう考えているかは知らない。だが、オリシスの元にはランザがいる。もしそれを知っていたうえで、そんなことをほざいたとすれば。こいつらは、話し合いに来た訳ではない。
「ならば、時間を無駄にしたな。確かに天竜オリシスを信奉しているし、数少ない信者達の代表、一応は祭祀のようなものもやらせてはもらっているが形ばかりのものだ。オリシスは、私のような下の存在等気にしない。行くならば、勝手に行け」
「そうですか。それを聞いて安心しました。では」
「行けるものならばな」
リンドブルムの表情が笑顔のまま止まる。こちらに敵意アリと判断するのならば身構えもするだろうが、フルークは未だ動く様子はない。敵意ならば自分の方から向けてはいるが、動き出さない。
「あの霊峰は例え鳥であっても登頂はできない。辿り着くことは不可能だ。例え託け以上の目論見があったとしてもな。回り道してさっさと戻ることだ。時間を無駄にせずにすむ。行くぞ、クーラ」
「待って。一応聞きたいんだけど、リスムは今どうなっているの?それに、北にいた解放軍達は?」
「それを聞きたいのならば、そちらもランザ=ランテ殿の所在を明かしてはくれないでしょうか?」
「そういう条件なら、おあいにく様。今回はフルークの顔を立てるけど、エンパス教の連中とならば自分は何時でも斬りあうよ。あんな胡散臭い宗教を信じるような間抜けは、生きているだけで資源の無駄だからね」
「それはけっこう。今後うっかり出くわさないように気をつけますよ」
リンドブルムは立ち上がり、去っていく。出くわさないように気をつけますか。残念だけど、目的地は同じなんだよなぁ。
「クーラ。アイツはなんだ。帝国方面とは長い間連絡がとれていないらしいが、戦争以外でいったいなにがおこったんだ」
「話しておこうか、フルーク。今世界で、どれだけ面倒くさいことがおこっているのか」