家族の仇は、娘でした 作:樫鳥
思い出したのは、帝都でエンパス教の神殿を乗っ取ったウェンディ=アルザスの夢魔を隠す為の地下空間だった。ただし、奥行きが段違いだ。松明で照らされた灯りだけでは、どこまで続いているのか分からない。
入口近くにあった階段を降りると、そこはまるで古い町並みのように見えた。レンガを積み上げた家屋は屋根の部分は崩れているが、それでも壁部分は残っており当時の暮らしを想像させるのに充分な程に現存している。
道の中央の窪みがあり、恐らくは水路であったのだろう。当時はここに水を引き入れて流し、生活用水は飲料水にしていたのだろうか。だが何故、こんな場所に大規模な一団が住む程の住居が必要であったのか。
「細々と続いた竜神信仰だが、それでも歴史は長い。代々の祭祀達の中には、この遺跡に興味を持ち調査を行う者もいた。恐らくここは、当時の信者達の住居だったんだろう」
「物好きだねぇ。とは考えそうだけど、これだけ広くていろんなものが残っていれば興味も引くか。でも、なんでこんな穴倉に籠ってたんだろうね」
「当時の祭祀の推測によれば、当時の地上は今よりも荒れていておおよそ人が住める場所とは言えなかったのではないかということだ、あの壁画とか、なにを書いているかはさっぱりだが少なくとも、ここを調べた三代前の祭祀である彼女はそう解釈している」
フルークが松明を掲げると、壁が照らされる。カクカクした分かり易い絵は竜。翼が生えた人間。天災に見える天から降り注がれるなにか。悪魔にみえる者はいないが、一部の集団から崇拝されているように見える人間に近いなにかがそれだろうか。
竜と神が人間をそっちのけで戦い天災をおこし、逃げ惑う人々。一部の者達が悪魔を崇拝して庇護を求めようとしているってところだろうか。文字のようなものも彫られているが生憎そちらは訳が分からない。別に今必要な情報ではないから、分かる必要もない。
「どうでも良いけどさ、こんな気が滅入る壁画を何時でも見れる場所に彫るのはどういう必要があるの?嫌がらせ?あとどうでも良いけど、これ見ると竜も天災扱いなのにここの連中はなんで崇拝する必要があるのか、よく分からないね」
「それについては、余所の国での宗教観に似たようなものがあるらしい。恐ろしい者は崇拝し、敬して遠ざけるのが一番だと。その地では、それが善きものであり悪しきものであれ、崇拝し恩恵を得たり怒りを沈めたりしていたのだとか。まあ、これも三代前の手記にあった受け売りだが。壁画の場所については警句の意味合いなのだろう。警句は、見える場所に無ければ意味がない」
「読み込んでるねぇ。暇だったの?」
「浪漫は感じると思うが…」
「分からないよ」
フルークの表情が少し歪む。小さな声で『分からないのか…』と呟いているところを見るに、少しダメージがあるように見えるが興味はない。問題は、古い遺跡故にこの先何処まで平坦な道を歩いて行けるかだ。
「肝心なのは、このルートで何処まで道が続いているかだよ。一応、外のルートよりは早いってことなんでしょ?」
エンパス教から派遣されてきた連中よりも早く登頂してしまいたい。恐らくはランザが山頂にいることを知っている可能性があるか、或いは推測できているのだが奴等に情報は持ち帰らせない。争いごとになることもあるだろう。その時は、いの一番に奴の首を掻き斬りに行ってやる。
「言っておくけど連中、空を飛ぶこともできるかもしれないよ。少なくとも、自分が対峙した化物共はデフォルトで翼が生えてたからね」
「恐らくは大丈夫だ。外のルートは推奨できないのはそれなりの事情がある。今頃、それなりには苦労している筈だ。こちらも苦労するが、外よりはマシな筈だ」
「どういうこと?」
フルークは、地下空間の天井である岩石を睨みつける。
「断崖を昇るルートはよく吟味する必要がある。まぬかれざる客には、相応の苦労があるということさ」
民間武装組織。その始まりは、三十年前まで遡ると言われている。
当時の帝国では近代化における地盤固めの時期が完了にさしかかっており、同時に開拓による冒険、そして新たな土地を市場に乗せた好景気に浮かれている時期であった。
冒険者組合と呼ばれる、ならず者達や食い詰め物、就職先の無い元犯罪者達を集めた捨て駒集団が開拓地の探索に向かう。そして見つけた有用な土地を、土地を継げない農家の次男や三男坊達を、妾に孕ませた扱いに困る貴族の子供に押し付け開拓団として派遣する。
当初は犯罪者や犯罪者予備集団、一攫千金に惹かれたスラム街やホームレス達を体よく利用し、同時に上流階級内で争いごとや厄介の芽となる存在を、土地を与える名目で無理矢理政治中央や貴族社会から押し出すことが可能となる。
当初は収益等さして期待していなかったが、目論見は良い意味で予想を外れる。冒険者ギルドの損耗は毎度大きかったが、同時に本当に莫大な財産を掴める程の成果を掴む者も現れ全盛期には希望者が絶えず訪れた。
そして開拓団が開いた土地は、長年誰も使用していなかったが故に土壌が豊であったのか大きな実りや名産を生み出し、帝国経済を豊にする起爆剤となった。不良債権となる国民を消費しつつ使える土地を増やし、上流階級の問題ごとを解決しながらそれが経済を回す。この時代を帝国の黄金期と語る経済学者もいる程だ。
だがそれと同時に、元々いるだけで害悪になるような人種を集めた冒険者ギルドの人員は、争いごとの火種となることも多かった。未開の地に向かう前に辿り着いた村々で好き放題するような連中や、略奪行為に走りそのまま冒険者達がならず者の盗賊になることなど珍しくはない。
好景気であったことと同時に、市民にとってはもっとも治安が悪い時代でもあった。冒険者を見たら、娘や嫁を家に隠せというのは、なにもやりすぎな対策ではない。
そんな者達に対抗する為に始めた自警団が、民間武装組織の始まり。当時の有志達が掲げた、民間守護を第一とするという約定は、常に継承されていた。掲げる大盾は、自警団から政府に認められた当時からおこった老舗中の老舗であった。
リスム支部における掲げる大盾の団員の五割は帝国出身者である。四割はリスム自治州、一割程が連合王国出身者であった。支部設立に辺り、先代支部長や現在の長であるグロー支部長を始め初期メンバーの五割は帝国の人材でしめている。
リンドブルムは、リスム自治州出身であった。リスム初となる民間武装組織設立に辺り、新団員の募集を看板で見かけ応募したのが始まりだ。
冒険者組合に登録をし日銭を稼いでいた毎日であったが、人生なにか変えたいと思い一念発起をして掲げる大盾に入隊志願を出した。民間武装組織に就職するのはハードルが高いと言われたが、簡単な面接を経て明日から指定の場所に来てほしい、歓迎をするというグロー支部長の言葉に、正直浮かれた。
そして、歓迎という名のシゴキを受けた。
歓迎という言葉は、一員として認められるということではなく、歓迎という名前の適正試験及び日常訓練の体験をさせるという意味だったのだ。掲げる大盾の訓練場には腕っぷしが強そうな奴含めて四十人くらいの男女が集まっていたが、半数以上がその日のうちに消えた。
日の出から昼食まで基礎体力向上、武器術、捕縛術、帝国式軍用格闘術、行軍訓練、火災等を想定した要救助者救助訓練。食事は肉、穀物、色とりどりの大量野菜。喉を通らずに何度も吐き出し、最終的には包丁で何度もたたいた物を水の中にぶち込んで無理矢理先輩に呑まされる。
僅かな休息時間の後は、ランダムに班分けをされ実戦を想定した連携訓練。単純な戦闘訓練の他指定位置にいち早く辿り着くことを想定したサバイバル等様々だ。沼地の中央までリザードマンの巣穴を目指し、繁殖具合を確認し戻れなんて言われた時には、始める前から死んだと思ったものだ。
夜間は照明代金を無視してまで座学が待っていた。主には法律の勉強や実際におきた犯罪等の検証等。勿論、民間武装組織の定義や考え方等もみっちりと叩き込まれる。
一月のあまりそれを過ごしているうちに、辞退する者のいれば夜中にこっそりと抜け出す者もいた。時には訓練中に走り出していなくなる者も。そうしているうちに、四十人いた面子が三人程になってようやく掲げる大盾の一員として認められた。
そんな地獄を潜り抜けた自分には自信があった。現に野盗や盗賊のような連中や、冒険者崩れの粗暴で素行の悪いアホ共相手には楽勝であり、年々減らされる予算で苦しむリスムの警備隊と比べれば治安の維持に貢献しているという自負があった。
だがしかし、ただの人間にはどうしようもないこともある。
モスコーが壊滅したと聞き、リスム自治州とモスコーから連名の依頼があった。復興支援の為、大規模な人員を動かす必要がある。要救助者がまだ瓦礫の下にいるかもしれない。既に反応がないという、人間を襲うというグールと呼ばれる死者の中には、まだ動いて救助活動に支障が出るかもしれない。火事場泥棒や、犯罪行為に走る連中を取り締まる必要もある。
グロー支部長と右腕であるマリアベル副長、そして半数近くの団員がモスコーに出向く。居残り組である者達は、何時もより少ない面子で業務を回す必要に駆られた。緊急性の少ない依頼案件は受け付けないようにしていたが、それでも目が回る忙しさだ。それでも、留守中その時が訪れるまで平穏であった。
巨人事件。あれを事件と言って良いかは分からないが、とにかくそれがおこる。後の情報でエルフ共の陰謀と暴発という事実を掴んだが、その時はとにかく唐突に巨人が現れたとしか言いようがない。なにせ、山の一部がいきなり人の形に盛り上がり自治州に向かって歩いて来たのだから。
帝国側は異常事態に国境線を固めた。連合王国でも情報が錯綜していたのか援護が来ない。対処にあたったのは、帝国から甘い蜜を啜るのが上手い市長のせいで、予算不足を日ごろから嘆くリスム自治州警備隊。
防衛線は破れ、街中は大混乱に陥る。市民を誘導しながら護衛をし、あの巨人が繰り出す蔦だが触手だかかを撃退するのは骨が折れるなんて場合ではない。市民や警備隊のみならず、居残り組である掲げる大盾の職員にも殉職者が多数でてしまっていた。
人の実力ではどうにもならない巨人。無残に命を散らしていく人々。自分の中で積み上げられた自信が、ポキリと折れるのを感じた。
だがしかし、奇跡はおきた。
僕はこれでも教会信者であったが、彼等の言う女神が助けてくれたことはない。もっとも、敬虔な者はともかく、僕は宗教とは倫理観を育み人並みの自制心と思いやりを持つ為の道徳を学ぶ物と割り切っている為にそこに驚きはない。
本当に驚いたのは、奇跡をこの目で目撃したからだ。あのツタの塊のような巨体を滅ぼした光の柱。まさに神の御業と言って差支えない。そしてそれ以降、改宗した僕は本当の神に祈りを捧げた。
そして、世界では戦争がおきた。火種は以前から存在していたが。だが、決定的な出来事はリスムの投票事件だろう。あの惨劇の裏には、連合王国が暗躍しているとグロー支部長は語っていた。そして、帝国の票数操作やなにかしらの工作の可能性も否定はできない。
リスム自治州は、裕福で発展している。傍から見れば恵まれた都市に見えたであろう。だがその繁栄の光から産まれた陰では、暗闘や工作が幾度も繰り返され、巻き込まれた市民も少なくはない。民間武装組織だって、万能ではない。歯痒い事態に無力感が沸き上がったことも幾度もある。
だがエンパス教ならば、人ならぬ存在ならば本当に彼等の言う争いのない安寧の世界が訪れるかもしれない。そして今、リスム自治州は神の庇護下にある。
「遠目からでも分かりましたが、流石に霊峰となれば昇るのには苦労しそうですね」
まともに歩ける山道を進むだけでも、一般人でも苦労するだろう。行軍訓練を掲げる大盾時代に繰り返した自分ですら見ているだけで辟易してきそうになる。
「まあ、まともに昇ればですが」
マントを地面に降ろす。一応は支給品なので無くさない為にちょっと大き目な岩を乗せておいた。授かり物を無くしてしまうことがあれば、不敬も良いところだろう。
エンパス教で表向きの主役であったレント=キリュウインは直属の者達に加護という異能を与えたという。だがしかし、エンパス様から与えられた者は信者の間では、安易な話ではあるが奇跡と呼ばれていた。個人的には、奇跡の安売りのようであまり好きではない名称だが他に候補もないのでそう呼称をする。
背筋、肩甲骨が増殖して浮き上がり、変化をする。服の背中部分を破りながら、羽毛の無い翼膜の翼が形成される。神話に出て来る天使のイメージに近い翼は、ありきたりすぎて実はこれもあまり好きではない。それに本来信仰とは日々の安寧における感謝を伝えるものであり、見返り等望むべきではないのだから。
本来ならば歩いて踏破を目指したかったが、昨日クーラ=ネレイスを見たことで計画の変更を余儀なくされた。我等と敵対している彼女が、なにかを仕掛けて来る可能性は高いと踏んでいるからだ。悪竜を継承したランザと共に、旅をしてきた者を侮る訳にはいかないだろう。
翼を羽ばたかせ、垂直に昇る。自分の体重と体力、装備重量を考えると数度の休憩は必要になりそうだがそれでも自力で進むよりは余程早く到着するだろう。
しばらく飛んでいると、急に耳障りな羽音が響く。視界の端で黒いなにかが飛んだ。首を傾けると、頬に赤い筋が走る。皮一枚斬られ、血が流れた。
一メートル近い、爬虫類を思わせるシルエット。頭部は鶏のような鶏冠がついているが、それは青黒く先端が刃物のような鈍い輝きを放っている。嘴をカチカチと合わせながら牙を覗かせ、空を飛ぶ捕食者が……いや、捕食者たちが耳障りな鳴き声をあげた。
「この地域固有の生物?」
注意してよく見ると、崖のあちこちに巣穴と枯れ木や草木を集めて作る巣が点在していた。まぬかれざる客に、縄張りに侵入してきた者に威嚇の声をあげ飛来する。
「これは、意外と時間がかかりそうですね」
任務に失敗はないが、もしかしたら減点はありそうだ。高速飛来する集団を見て、リンドブルムは小さくため息をついた。